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突き棒のバイト

 僕は今バイトをしている。とても儲かるバイトだ。みんなも1回は聞いたことがあるだろう。

 病院のホルマリン漬けにされた死体をつつくバイトだ。噂されているほど高くはないが…時給はそこらのホステス以上なんじゃないかな。

 この仕事は安田明っていう奴に教えてもらったんだ。アキラって呼んでいる。アキラは病院長の息子。奴とは高校で知り合った。初めて会った時は、ええとこの坊ちゃんだと思ったね。

 だけどお互いテニス部に入部して、そこで意気投合しちゃって、それからはアキラとはいいライバルみたいな感じ、だったな。

 勉強の方はからきし負けてたけど、テニスに関しては僕のほうが上だったからな。アキラはそれが悔しかったらしいけどね。あんまりアキラは顔には出さないけど、自分にはわかる。

 まあ、それも過去のこと。今では雇い主の息子と雇われ者だ。

 さて。とバイトにでも行くかな。

 

 

 このバイトは2人体制だ。2人が順路に沿って移動しつつ死体を突いていく。死者の群れの中に2人が暗い部屋に閉じ込められるようになっている。しかも、この部屋はバイトが始まると同時に鍵が閉まるんだ。

 ここの部屋は僕が想像していたものより大きかった。大きな病院だからな。ホルマリン漬けされた死体もかなりの数がある。死体を数えたことは無い。突いた回数もカウントはしていない。

 

 

 パートナーはいるが、別れて行動しているし、部屋が暗いため、お互いの顔も確認できない。そもそも話そうとも思わない。

 


 こんなバイトをするのは何か理由があるんだ。僕にも…人にはいえない秘密がある。

 

 

 僕を含めてろくな人間がここにいるわけがない。こいつらと友人になったところで僕が得することなんてあるのかな。

 

 アキラの奴、俺のこういう"金だけ貰えればいい"っていう気持ちを考えてこのバイト誘ってくれたのかもな。

 

 

 さて…制服に着替えたことだし、今日も突くか…。

 

 このバイトは2人同時には始まらない。病院側の余計な気遣いだろうか。僕は暗く静かな部屋へ入っていった。

 

 

 ホルマリン漬けされた死体が浮かび上がってくるのをただひたすら沈めていく。モグラたたきと思えばいい。ただ…モグラの代わりに人間を叩くだけだ。

 

 

 この仕事は1週間も続ければ気が狂うらしい。廃人になってそのまま病院暮らし、らしい。

 

 

 どうなんだろうなあ。まだ僕は初めてから3日目。いたって普通だ。周りの人は変な目で見るけどさ。
 ホルマリンの臭いが身体についちゃったのかな。

 未だに同じ部屋にいるはずの相棒とは話していない。

 こっちも話そうと思わないし、むこうも話をしてこない。

 それよりも本当に真っ暗で下手をすると水層に落ちそうになる。

 

 

 暗いんだから手すりぐらいつけろよなあ…。落ちたら誰が助けてくれるんだよ。

 

 

 しかも暗くて音もない世界にいると幻聴が聞こえてくる。

 「いやだ~」とか「助けて~」とか…。
 どうせ、これは自分の想像、幻聴に過ぎないと思っている。人は無音になると幻聴が聞こえてくるって言うしね。死体が言葉を発するわけ…ないじゃないか。

 

 でも不思議に思うことがあるんだ。
 なぜ、死体をホルマリン漬けにしてるかなんだよね。
 教えてくれなかったんだよね。

 解剖とかなのかな…どうせだったら、生きてる人間の方がいいと思うんだけどなあ。
 死体なら死体で新しい方がいいと思うんだけどなあ。


 「キャー! 助け…」
 また聞こえてきたよ。

 あ~、今度は女性の声だ。男の声よりはいいかな。それにしても今のは生々しかったなあ。

 

 僕は暗闇の中で聞こえる幻聴を無視しながら死体を突いていた。

 そういや…相方サボってんのかなあ…気でも狂ったのかなあ。死体が浮いてるじゃんか。ちゃんと仕事しろよ。高い金もらってんだからさ。

 

 僕の突き棒に変な感触がした。目をやるとそこには不思議な死体があった。
 女の死体はいくらかあるのに1つだけ服を着ていた。それもバイトで配られた制服だ。

 

 え…さっきの声って…。

僕は後ろに何かを感じた。その瞬間、僕は目の前の水層に落ちた。冷たい。いや、何か熱い。
そして突き棒で沈められる。


繰り上げ入学

 この大学に入って何年が経ったんだろう。

 

 僕はこの大学に行きたかったわけではない。この大学から僕は呼ばれていたのだ。
 そもそも受験なんか無く、面接や口頭試問などと言われるものも無かった。
 僕は不思議に思っていた。自分は何も特別な資格は持っていない。

 入学して3ヶ月の間にできた友人はみんな、試験で受かってこの大学に来ていた。
 僕も試験で受かった…ということに一応なっていた。これは学校からの依頼…いや建前だった。

 合格は親の根回し? いや、そんなことは無い。うちの家は金持ちではないし、ここの学校との接点なんて一つも無い。

 しかし、幸運にも僕は受験戦争に巻き込まれること無く、受験生には誠に申し訳無いが、そこそこの大学へ入学することができたのだ。

 別に、この大学がつまらないわけではない。最初のうちは緊張していたが今ではそのかけらも無い。でも、僕がこの大学を卒業することはできなかった。いや、1年目の前期すら終えることができなかった。

 僕の時間はたくさんある。言葉にはならないけど伝えることはできるかもしれない。

 

 

 僕は4年間…いや、もっと、この大学にいなければならない。

 1年目の前期の終わりに僕は担任のS教授から呼ばれた。どうやら僕に実験の手伝いをやって欲しいとのことだった。

 話しは変わるが、僕は不正な手続きで入学したぶんサークルや学業を一生懸命がんばった。それがきちんと入学した同学年に対する、せめてもの償いだった。

 結局のところ、それは"自分は同学年のやつらより優れている"、"だから、特別筋で入学した"と自分を納得させるためのエゴだったのだけれども。

 あの時、僕はS教授についていった。そこには大きな箱があった。大学だから施設は充実していた。あたりを見ていたんだ。

 

「もう、1人暮らしには慣れただろう?」

 

S教授が無口な僕に話しかけてきた。

 

「ええ。一通りのことはできます。アバウトですけど。ところで、この施設というか装置は何ですか?」

 

S教授は黙っていた。しばらくして何事も無かったかのように
「もう、3ヶ月くらいになるな。友人はできたか?」

 

僕はS教授の場を繕う言葉に、なんとなく不安を覚えた。

 

「はい。もう、友人はクラスにもサークルにも、たくさんいます」
「…。そうか。それは良かった。親はどうだ? 高校の時の友人とか…」

 

 S教授はいつになく親身だった。
「親は実家にいますし、高校の友人とも休み中はあえます。携帯もありますし、連絡はすぐにでもつくので」

 

S教授は、机の上にあった紙になにやらメモを書いていた。
「…君、大学のために頑張らないか? 君はマジメで義務は果たす」
「えっ…僕でできることでしたら…」
「簡単なことだ。大きな箱に入って装置を自由に使ってくれ。そのデータを私が記入するから。少しの間だけでいい」

 

「…何の実験なんですか?」
「人間とコンピュータの意識の違い…まあ、人工知能の研究などだ。人間の行動を調査しているんだ。どんな行動をとるか…とかな」

 

 僕はその時は5分もすれば終わるだろうと思っていた。1人のデータでは情報が不十分であるからだ。

 僕が装置…といってもただの箱のようなものだが、僕はそこにはいると、スイッチやボタンを探した。

「Sせんせ~い。何もありませんよ? これが実験ですか?」
「…」

 S教授は、実験している時の眼でこっちを見ていた。あの眼は、実験で使うラットを見たときの眼だった。S教授にとって僕はラットであり、親も友人もラットだったのだ。

 僕は急いでその大きな箱から出ようとしていた。僕は力はある方ではないけど…それとは関係なく頑丈にロックされていた。

 

 そして、それは今でも頑丈にロックされている。

 

 

 僕は閉じ込められた空間で必死に脱出を試みた。
「先生! 冗談は止めてください。これも実験ですか? もういいでしょう…」

 先生は何も言わなかった。こちらからの声は聞こえないのだろうか。僕は必死に隙間を爪でこじ開けようとした。しかし、僕の爪は割れ、血まで出てきてしまった。

 僕は諦め、無駄な体力を使うことを止めた。

 時間の感覚がわからない。僕は暗く静まった空間に一人いた。光もなく、音もなく皮膚の感覚だけがたよりだ。

 このままでは僕は狂ってしまう。自分の存在が否定されているような感覚だ。皮膚の感覚も無くなってくる。意識も無くなってくる。寝ているのか起きているのか…わからない。

 まぶしい光が僕の眼に入ってきた。照明施設はついているのか。静まり返ったこの部屋に久しぶりの音も聞こえてくる。しかし、その音は懐かしいものであったが僕には不快な音だった。

「どうだね? 今の感想は? おっと、すまない。お前の声は聞こえなかったな」

 しばらくすると、あの忌々しいS教授が話してきた。

「君の声は外部には漏れない。しかし、音声は全てデータで保存されるから安心しなさい。自由に独り言をしゃべってくれてかまわない」
「おい! …なに言ってるんだ…」
 僕は話すことを止めた。僕の言葉は単なるデータになるだけだ。

「安心しろ。お前は殺さない。ただ、ここにずっといてもらう」
 S教授はそう言うと他の人と話していた。それが、大学の教授なのか、国のお偉いさんかはわからない。僕にはどうでもいいことだ。

 いろいろな一方通行の命令で、僕はこの中で生きる方法を教えてくれた。狭いものの、この大きな箱には、さまざまな装置があった。皮肉を込めて言うが、1人暮らしの時より環境はいいかもしれない。

 一通りの生活に慣れ、何ヶ月かたっただろうか? 寂しかったものの一部を除いて何不自由なかった。

 ある日、僕の眼の前にある大きなディスプレイに映像が映し出された。何ヶ月ぶりだろうか。画面には親の姿が映されていた。

 親が泣いていた。何かあったのだろか?

 しかし、その画面を見ているとおかしなことに気づく。画面に映し出された景色は、この大学の周辺なのだ。そして、親は僕の部屋の片づけをしていた。

 その画面が終わると画面には僕の実家が映し出された。懐かしい友人たちがいた。そして、僕の白黒写真が置かれてあった。遺影か。僕は気づいた。この人たちが悲しんでいるのは僕がいなくなったからか? 

 僕は死んだことになっているのか?

 家族や友人。全てのデータ。僕との関係、性格その他いろいろと全てが表になって表示されていた。そして、その後、親、友人が僕の存在を忘れいつも通りの生活、普通の生活をしていた。

 この実験は僕だけがデータの対象じゃなかったんだ。親も友人、そして、この事件を知った者たちのデータ…全てが人工知能に使われるデータだった。

 僕は涙をこらえきれなかった。気がつけば涙を流していた。

 大学に生徒として入ったのではなく、サンプルとして入れられたのだ。

「ありがとう。君のおかげで、人工知能のデータがそろったよ。人工知能で廃棄すべきモノと廃棄されるモノの感情データが」

「先生、もう卒業してもいいですか」 


洗濯機の中

洗濯機の中に何かいる。

いや、あなたが一人暮らしをしているなら、夜に気がつきませんか。

洗濯機の中に何かいるんじゃないかと。

洗濯機がないのなら、別にいいんです。洗濯機がある人だけに伝えたいんです。

 

洗濯機の中に何かいる。

 

そう、あなたは感じていませんか。洗濯機の中の存在を。

 

下着やタオル、溜め込んでいるはずの洗濯機の中にできたちっぽけなスキマ。

洗濯機の中に何かいる。

 

今、家にいるなら、今、仕事で帰宅途中なら、洗濯機の中をのぞいてください。

何もいないですか。入れたときのままの形ですか。スキマはありませんか。

 

僕の洗濯機の中には何かいる。

 

あなたの洗濯機の中、何かいませんか。スキマはありませんか。

 


この本の内容は以上です。


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