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Guido Gozzano
LA PRINCIPESSA SI SPOSA
1917




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黒魔術師の馬

 むかしあるところに貧しい男がいました。男は妻に先立たれて、息子とふたりで暮らしていました。不幸中の幸いながら、男は小さな畑をもち三頭の牛を飼っていました。息子の名前はカンディドといい、純白という意味でした。カンディドはとっても利口で機転の利く子でして、八歳になるとお父さんにこんなことを言いました。
「学校に行きたいな」
「カンディドや、お金がないんだ」
「牛を一頭売ってよ」
 お父さんはしばらく考え込んだあとで、そうすることに決めました。次に市が開かれたとき牛を一頭売り、そのお金でカンディドを学校にやりました。
 カンディドが知識をどんどん身に着けたので、先生たちはびっくりしました。
 読み書きを覚えたら世のなかをまわるつもりでした。カンディドは、表が黒、裏は白の服を着て、歩きはじめました。すると道端で馬に乗った紳士と出会いました。
「ぼっちゃん、どこへ行くんだい」
「仕事を探しに」
「文字は読めるかい」
「読み書きできるよ」
「じゃあ役に立たないな」
 そう言うと紳士は行ってしまいました。カンディドはしばらくあっけにとられていましたが、服を裏返して、表が白、裏は黒になるように着ると、畑のひろがるなかを走っていきました。すると、さっきの知らないひとにまた道端で会うことができました。このひとは、カンディドがさっきの子どもだと気づきませんでした。
「ぼっちゃん、どこへ行くんだい」
「仕事を探しに」
「文字は読めるかい」
「読み書きできないよ」
「そいつはいい。さあ乗りな、私のうしろへ」
 カンディドはこの知らないひとの馬に乗りました。それから何日も旅をすると、とっても高い壁に囲まれたお城に着きました。でも誰もお迎えに来ません。ふたりが荒れ果てた中庭で馬から降りると、紳士は自分で馬を小屋へ連れて行きました。それからカンディドにこう言いました。
「このなかでは生きてる人間には会えないよ。だが心配せんでいい。きみの気に入るものはなんでもあげるし、給料もとびきりはずむぞ」
「私の仕事はなんでしょうか、だんなさま」
「小屋のなかにいる馬を世話してくれたまえ、それだけだ。私は今日からとっても長い旅に出なくてはならん。一年と一日帰ってこない。私の城を頼んだぞ。じゃあな!」
 男爵は行ってしまいました。
 ひとりになったカンディドは、馬の世話を念入りにやりつづけました。大食堂へ行くと、生きものも見かけないしひとの声も聞こえないのに、一日に四回、山盛りのごちそうが並んでいました。カンディドは食べたり飲んだりして、広間や大きな庭を歩き回ったりしました。
 ある日のこと、木々のあいだからなにやら青い服が見えました。それはそれはたいへん美しい少女が、馬小屋のほうへと逃げていきました。
 カンディドが馬小屋に着くと、そこにはお姫さまがいて、お願いをするような表情をして言いました。
「私はあなたの世話している馬の一頭です。ほら、まだらのある白毛が、入り口からみて右側の三番目にいたでしょう。ほんとうはコレランディアの王の娘でして、あの黒魔術師の男爵から結婚を申し込まれたのですが、断ったせいで馬へと姿を変えられてしまったのです。男爵が帰ってきたらあなたの働きぶりに満足して、ごほうびとして馬を一頭あげるから選べと言うはずです。そのとき私を選んでください、きっと後悔はさせませんよ。
 カンディドは引き受けました。そして男爵の本を読みふけって、黒魔術の秘密を学び取りました。一年後、男爵がお城に帰ってきました。
「きみの働きぶりに満足した。一年経ったことだし、ほら金貨の入った小袋をあげよう。それと馬小屋へ行きなさい。馬を一頭選んで、ふるさとへ帰るがいい」
 ふたりは馬小屋へ行くと、すこし迷うふりをしてから、まだらのある白毛の馬を指さしました。
「これにします」
「この老いぼれた馬か、いったいどうしてだ。まったくきみはよい目利きにはなれないな。見たまえ、周りにはこんなに立派な馬がいるぞ」
「これが気に入りました、他のは要りません」
「よかろう」  と男爵は言いました。けれどもこころのなかではこう考えていました。 (抜け目のない召し使いだな! どこで俺の秘密を知ったのだ。今に見てろ。)
 カンディドはまだらのめす馬を連れて出発しました。お城の外へ出るやいなや、馬はふたたびお姫さまの姿に戻りました。
「ありがとう、やさしい子ね。お父さんのところへ帰りなさい、私はコレランディアの王宮に戻ります。一年と一日経ったら、おいでなさい」
 そしてお姫さまは姿を消しました。
 カンディドは故郷を目指して歩きました。何日もかかって、とうとうあばら家にたどり着きました。お父さんは気づいてすぐに腕を広げ、カンディドはそのなかに飛び込みました。
「お父さん、ぼくたち大金持ちだ、金貨だよ喜んで!」
 そう言うとあの小袋を見せました。それからしばらくふたりは豊かで幸せに暮らしました。けれども、何ごとにも終わりはあるものでして、ついに金貨が残り一枚となってしまいました。
「カンディド、元の木阿弥(もくあみ)に戻っちまったよ!」
「心配ご無用! 明日、朝市へ行ってりっぱな馬を一頭売ろう」
「馬だって。どこで手に入るんだい」
「簡単さ、明日になったら手に入る。それで三百スクーディを受け取って。でも気をつけて、買い手に手綱を渡さないようにね」
「手綱は馬と一緒に相手に渡すもんだろう」
「だめだよ、繰り返すけど手綱は手放さないで。さもないと、ぼくがとんでもなくひどい目にあうよ」
「わかった、手綱は持って帰る。筋は通らないけどな」
 翌日、お父さんは戸口のあたりで馬のいななくのを聞きました。見に行くとそれはそれはりっぱな馬がいました。一緒に行くつもりでカンディドを呼びましたが、答えがありません。
(きっともう朝市に行ったんだな。)それから歩き始めました。村へ着いてもカンディドは見当たりませんでした。そのうちすぐに大勢の買い手に取り囲まれました。
「美しい馬だ。いくらかね」
「三百スクーディでさあ、でも手綱は返してもらいます」
「二百五十でどうかね」
「びた一文も負けませんよ!」
 すると、このあたりでは見かけない、炭火色の目をした赤毛の商人が話をつけようと進み出ました。誰が知りましょう、実は男爵が変装していたのです。
「高いな。だが気に入った、値切ったりしないよ。手綱をくれ、そうすれば私が連れて行ける」
「手綱は絶対にゆずれませんな」
「じゃあこの話はなかったことにしよう」
 この見知らぬひとはかんかんに怒って去っていきました。
 馬は、手綱をほしがらないある馬車引きに売られました。たてがみをつかまれて連れて行かれると、他の馬と一緒にそのひとの馬小屋のなかに入れられました。でも夜明けのうちにもういなくなってしまいました。実はその馬はカンディドだったのです。魔法の本で覚えた秘密のおかげで、まず馬に変身して、それからお父さんのところに帰るため、男に変身しました。お父さんとカンディドは三百スクーディを得て、何日も楽しく暮らしました。
 金貨が残り一枚になってしまうと、カンディドは言いました。
「もうお金がないや。前は黒い馬に化けたけど、明日の朝は白い馬に化けるから、朝市に連れて行って。でも手綱を渡さないようによく気をつけてね、さもないとぼくおしまいだから」
 朝になると、お父さんは庭先で馬のいななくのを聞きました。見に行くと雪のように真っ白なとても美しい馬がいました。お父さんは手綱を引いて朝市へ行きました。
 大勢の買い手が馬の周りを取り巻きました。炭火色の目をした赤毛の商人が進み出ました。
「美しい馬だ。いくらかね」
「五百スクーディでさあ」
「高すぎやしないかね。だが、そらやるよ。試しに乗らせてくれ」
 見知らぬ商人は鞍にのぼって、馬の横腹にむりやり拍車をかけました。すると馬は商人を乗せたまま駆け足で逃げだしてしまったので、あわれお父さんは馬も手綱もなくしてしまいました。
 商人は、蹄鉄職人のところへ着くと馬から降りて、工房へ入っていきました。
「親方、私の馬はまだ蹄鉄をつけてないんだ。それぞれ百二十キロの蹄鉄を四つつけてくれ」
「百二十キロだって、冗談だろ、旦那!」
「ふざけてはいない。つべこべ言わずにやってくれ、払いはうんとはずむぞ」
 こうして商人に化けた男爵と親方が話しているあいだ、馬は口輪で壁につながれていました。何人か子どもたちがその周りを囲んで、馬をいじめはじめました。
「こいつをはずしてくれ、いい子だから!」
「馬がしゃべった!」
 子どもたちはよろこんでおおはしゃぎしました。
「何てしゃべったっけ」
「はずしてくれって言った」
「そうだよ、みんな、ぼくの口輪をはずしておくれ。すてきな手品を見せてあげるよ」
 いちばん背が高くていちばん勇敢な子が馬を逃がしました。すると馬はすぐに野うさぎに変身して、草原のなかに姿を消しました。そこへ男爵が職人と一緒に工房から出てきました。
「私の馬はどこへ行った」
「野うさぎになって原っぱのほうに逃げちゃった」
 黒魔術師の男爵は犬に変身して、急いで野うさぎの足跡をたどっていきました。
 カンディドは追い詰められてアオサギに変身し、黒魔術師はオオタカになって空を飛んで追いかけました。そうこうしているうちにコレランディアの都に着きました。オオタカがあわやアオサギをわしづかみにしようとしたところで、アオサギは指輪に変身し、お城の窓辺でひと息ついていたお姫さまの指にすとんとはまりました。
 黒魔術師は人間の姿に戻って、不治の病に苦しむ王さまの治療をするということで王宮にあらわれました。
「陛下、必ず治して差し上げましょう。ただしお願いがございます」
「申してみよ、そなたの求めはなんなりと叶えてやろう」
「お姫さまの指にはまっている金の指輪をいただきとうございます」
「これだけか、おまえのほしいものは。もっとよいものをくれてやるぞ」
「他のものは要りません、陛下」
 そのあいだお姫さまは窓を閉めて指輪を外そうとしていました。金の指輪が外れると、カンディドがほほえんで姿をあらわしました。
「おおカンディド! どうやってここへ」
 カンディドは話しました。
「あの黒魔術師がお城のなかにいます。あいつはあなたのお父上を治す代わりに、あなたの指輪をもらう約束をしました。あなたはそれを受け入れてください。でも黒魔術師の指にはめるときに、指輪を地面に落としてください。それで万事うまくいきます」
 お姫さまは引き受けました。
 翌日、年老いた王さまはお姫さまを玉座の間に呼びました。それからお医者さんに変装した黒魔術師があらわれました。
「娘よ、この名高い医者が、余を治したほうびとして、他でもないおまえの指輪をねだっておるのだ」
「わかりました」
 お姫さまはそう言い、黒魔術師の指に指輪をはめようとしかけたところで、うまいこと指輪を床に落としました。
 指輪が空豆に化けると、黒魔術師はそれを飲み込もうとして雄鶏になりました。でも空豆は狐に変身して、雄鶏を食べてしまいました。
 それからカンディドは、奇跡に驚いている大臣たちの前でもとの姿にもどりました。お姫さまは王さまにカンディドを自分を助けてくれたひとだと紹介し、その日のうちに結婚式が挙げられたのでした。



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最終更新日 : 2011-04-05 23:38:15

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著者
グイド・ゴッザーノ
Guido Gozzano
[1883-1916] 20世紀イタリアの代表的な詩人のひとり。トリノ大学法学部中退。1907年、ある詩篇のなかで隠遁願望を表す。これは同時代のダンヌンツィオに代表されるような知識人の大望からかけ離れており、独特の気質をうかがわせる。同年、女性詩人アマーリア・グリエルミネッティと交際しはじめる。しかし当時不治の病といわれ恐れられた結核にかかってしまい、若くしてこの世を去った。この33年に満たない短い生涯を通じて、彼は黄昏派と呼ばれる詩人たちとともに当時の文学活動に積極的に参加し、新聞や文学雑誌に寄稿をつづけ、数々の詩篇や童話に加えて小説や評論までを遺した。



訳者
原口昇平
Haraguchi Shohei
[1981-] 熊本県生まれ。東京在住。詩人。 訳書:グイド・ゴッザーノ『小雪姫と春生』『黒魔術師と馬』


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