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格闘映画の見方

僕の文章を読んでいただくにあたって、理解しておいてほしいことがある。

僕の感受性は、かなりの尺度でねじ曲がっていて、万人ウケするものではないということだ。

たとえば、ホラー映画。

新たなDVDが発売されると、僕は簡単な雑誌記事とジャケットから判断して、鑑賞するかしないかを決める。

それがゾンビモノなら、90%に近い確率で観る。

逆に、話題作であっても、心の琴線に触れる何かが無ければ観ない。

TSUTAYA DISCUSの映画レビュー投稿も、ウケを狙って低級作品を選んでいると思われているかもしれないが、決してそうではない。

鑑賞前は、どのような作品であれ、期待に胸を膨らませている。

 

低級作品といっても、ホラー映画は意外と人気があるほうだ。

それに比べて、明らかに人気薄なの格闘(マーシャル・アーツ)映画。

ブルース・リー、ジャッキー・チェン。ジェット・リー。

このあたりのメジャーどころは、それなりに堅固な地位を築いている。

ジャッキー・チェンに至っては、僕が創刊号から読んでいる『DVDでーた』(むかしはビデオでーた)の人気俳優ランキングの常連だ。

それに反し、マイナーな格闘映画がある。

ホラー映画に比べれば、リリース本数は少ないし、僕の周囲にも熱烈なファンは見当たらない。

TSUTAYAのレビュー数も、寂しいばかり。

 

ジャッキー・チェンには、カリスマがある。

強靭な肉体を持ちながら、コミカルで愛嬌がある。

ジャキーを知らぬものは、あの笑顔の下に隠された功夫の技を想像できないだろう。

逆をいえば、功夫以外のカリスマもあるために、彼の功夫技術に重きを置いていないファンもいるということだ。

映画の鑑賞は、基本的に自由。

自身の感受性、センス、体験等から、思い入れも変わってくる。

思い入れが強く、その映画が原動力となって人生が変わることがあるかもしれない。

たとえば、苛められていた子が『ベスト・キッド』を観、感化されて格闘技を習ったとしよう。

その結果、力をつけて苛められなくなったとしたら?

その子にとって、『ベスト・キッド』は生涯忘れられない、A級作品と言える。

このように、映画の評価は人によって変化する。

 

 

 

格闘映画のプロットは、極めてシンプル。

主人公の親・兄弟姉妹・師匠などが悪人の犠牲になる→主人公は復讐を誓う→敵を倒すが一般的。

これに修行シーンなどを加え、肉付けをしていく。

僕は、こういう作品を多々見てきたわけで、もはやストーリーにオリジナル性は求めなくなった。

同じパターンが、サザエさんの如く繰り返されるからだ。

そのため、満足感は、シンプルにカッコ良さから得ることになる。

ここら辺が、一般的な映画ファンとの相違点。

だから、作品を総合的に鑑賞しようとしていない。

どこまで熱くさせてくれるか。

いかにカッコ良い画が飛び出すか。

なので、僕がベタ褒めしていても、皆さんにとってみればカス程度かもしれない。

そのことを、知っておいてほしい。

 

ちなみに、僕が格闘映画を評価するポイントを挙げておこう。

・主人公に魅力がある

・技にキレがある

・悪役の動きや描写に凝っている

・必殺技・キメ技がある

・ワイヤーを多用しない

・当然、格闘シーンはカッコ良い

・修行シーンがある

以上の7点。

 

特に修行シーンは重要で、これを挿入することで感情移入度が増してくる。

主人公と共に、憎き敵を倒すのだという気構えが生まれる。

これはラストに、主人公がピンチに陥った時の回想シーンとして再び登場する。

 

あの辛かった修行を思い出せ!!

 

僕らは拳を振り上げ、涙を流しながら主人公の最後の必殺技を待つ。

快心の一撃が放たれ、敵は大げさにぶっ飛んで行く。

溜めこんだ恨みを全てフッ飛ばす演出。

それがあれば、僕の中ではA級なのだ。


映画の思い出 バトル・マスターUSAサムライ伝説

『バトル・マスター USAサムライ伝説』

1992年アメリカ作品。監督サム・ファーステンバーク。

 

ビデオ・レンタルで鑑賞した作品で、DVD化を心待ちにしているが、国内版は今日に至るまで実現されていない。

20年近い月日が経ているので、記憶が曖昧な部分があるが、その辺はご容赦を。

 

 

 

主人公は、デビッド・ブラッドリー演じるアメリカ人。

幼い頃、家族とともにセスナで日本上空を飛行。

ところが、セスナは故障し、密林へと墜落してしまう。

両親は亡くなってしまい、主人公だけ生き残った。

 

 

まだ幼い彼を救ったのは、その森に住まうサムライだった。(注:時代劇ではない)

サムライは、主人公を引き取り、息子のように育てた。

サムライの家だから、当然のごとく教育方針は武士道。

主人公は、剣術とともに健全な精神を育んでいく。

 

 

一方、サムライには実の息子・ケンジロウがいた。

当然現れた兄弟子の出現に、ケンジロウは陰ながら嫉妬の炎を燃やす。

そして、二人の袂を分かつ決定的な出来事が起きた。

サムライが、自分の跡取りとして免許皆伝を与えたのは、主人公のほうだった。

戸惑う主人公。

彼は、ケンジロウの気持ちを痛切に感じ取っていたのだ。

しかし、サムライは、見抜いていた。

ケンジロウの心の奥にある、邪悪な心を。

ケンジロウの精神は、まだまだ未熟なもの。

父の態度に激昂したケンジロウは、呪いの言葉を吐き、家を飛び出してしまう。

 

 

 

 

月日は流れ、主人公はアメリカに戻ってきた。

しかし、武士道を極めた彼に、安息という日は訪れない。

ある日の夜、自宅に賊が侵入する。

しかし、彼の実力は測りしれない。数人の賊を相手に、見事な立ち回りを見せる。

素手の勝負に敵わなかった賊は、卑怯にも銃を抜く。

発射された弾丸は、主人公の腹部に命中。

その隙に、賊はサムライから託された命より大切な伝家の宝刀を持ち去ってしまう。

重傷を負った主人公だが、彼はサムライの教えを引き継ぐもの。

禅の境地で苦痛を殺し、自らの指を腹に突っ込んで、弾丸を抜き取るという感涙モノの演出を見せる。

しかし、奪われたのは、師から受け継いだ日本刀。

武士の魂。

何としても、取り戻さなければならない。

 

賊を追って、舞台は何とイスタンブールへと移る。

そこでは、地下組織が暗躍し、世界の富豪を相手にした賭博目的の闇試合が行われていた。

いわゆる異種格闘技戦だったが、試合というほど生易しいものではない。

ルールは、武器の使用さえ認めるアンモラル・トーナメント。

そう、試合とは名ばかりの、公開殺人だったのである。

それでも、巨額の富を求めて、出場者は止まない。

国籍を問わず、腕に覚えのある猛者たちは、こぞって地下闘技場に終結してくるのだ。

主人公は、そこに君臨する最強の剣士の存在を知る。

その男こそ、姿を消したはずのケンジロウだった。

 

賊が主人公の日本刀を奪ったのは、ケンジロウの差し金だった。

歪んだ武士道とプライド。

ケンジロウの中に燻り続けた邪悪な炎は、すでに消すことのできない大火となっていた。

恨みはらさでおくべきか!

決着は、どちらか一方の死あるのみ。

かくして、二人の運命を絡めた暗黒武闘トーナメントの火蓋は切って落とされた。

 

ゲーム『サムライ・スピリッツ』を彷彿させる、ソード・アクション。

地下格闘場に参戦する各国の戦士たち。

各々が使用する剣も多彩で、キャラクターも豊か。

主人公とケンジロウは、当然日本刀を使用する。

実は、主人公よりもケンジロウのアクションが印象的で、彼が見せるのは居合抜刀術。

一閃で相手を斬る姿に、シビレる外国人も多いことだろう。

感情を押し殺した、冷気すら感じさせる表情も魅力的で、演じたマーク・ダカスコスの人気が高まった要因ともいえる。

 

 

ケンジロウの試合で印象的なのは、さそり男のような中国系剣士との闘い。左右に青龍刀を携え、流麗かつアクロバティックな攻撃を見せる。しかも弁髪の先に第三の武器を仕込んでケンジロウに一矢を報いるところなど、マニア受け間違いなしのシーンだ。

一瞬だけ驚きを見せるケンジロウだったが、『イエェェイ』と気合一閃。

さそり男の頭部が、ゴロンと床に転がる演出が見事。

本作は、剣を使ういう点で、格闘シーンにも良い緊張感が含まれている。

そこに、誤った日本イメージがプラスされ、全体としてはカオスが渦巻くものとなった。

しかし、外国のサムライファン受けしそうな要素はテンコ盛りで、何故か忘れられない作品となった。

 

サムライ・禅とベタなネタながら、外国人ファンには見事なアピールを繰り返す本作。

アメリカでは、しっかりDVD化されていることが分かった。

Amazonサイトでは、5星と最高評価をしているレビュアーもいる。

気になるジャケットは、中央に主人公デビット・ブラッドレイ、下方に小さくケンジロウ役マーク・ダカスコスが写っている。

注目すべきは、向かって左サイドに書かれた日本語。

『玉 日本刀』。

ちなみに、玉の字は〇で囲まれている。

何かのキャッチ・コピーのつもりだろうか?

せっかくの名バトルが、玉の一文字によって著しく品位を下げている気がする。

しかし、作品のすべてを物語っているということを考えると、見事なコピーかもしれない。

 

 

 

 


映画の思い出 キング・オブ・キックボクサー

1990年 香港作品。監督:ルーカス・ロウ。

 

主人公ジェイク(ローレン・アベドン)は、型破りな刑事。

マーシャル・アーツを駆使し、悪人逮捕もお茶の子さいさい。

しかし、そんな彼にも、忘れがたい過去が隠されていた。

その事件は、兄がキックボクシングのチャンピオンになった夜に起きた。

突然、二人の前に現れた黒人の男・カーン。

彼は裏組織に属し、そのビルドアップされた肉体を使って悪事に手を染めていた。

兄を挑発し、闘いを挑むカーン。

圧倒的なパワーの前に、チャンピオンであるはずの兄は防戦一方だった。

そこへ、カーンの究極技『黒い三連キック』(ドムではない)が炸裂する。

兄は殺され、ジェイク自身も重傷を負わされた。

 

運命は、再び動き出す。

刑事となったジェイクのもとに、スナッフ・フィルム(殺人映画)が絡んだ事件の情報が入る。

この映画のマニアックさは、まずこのスナッフ・フィルムにある。

何と、格闘家を俳優として使い、文字どおり死闘を繰り広げさせるのだ。

そして、敗者には死あるのみ。

マニアックすぎるぞ、その設定。

死にゆく者の背後に写るは、あのカーン!!

亡き兄が、天国からジェイクに送ったメッセージなのかもしれない。

復讐の炎を燃やし、ジェイクはフィルムの出所であるタイへと向かう。

 

タイに到着したジェイクは、とりあえず暴れまくる。

腕が立つという噂が流れれば、闇組織の方からコンタクトしてくるはず。

ジェイクは、自ら囮となって捜査を始めた。

 

雑魚相手に自信に満ちたジェイクだったが、カーンの強さはその上を行くことが分かった。

このままでは、カーンに勝つことはできない。

ジェイクは、打倒カーンの方法を知る唯一の男を訪ねる。

男は隠棲し、カヌーでしか行けない川の上流に住んでいた。

なんと、チンパンジーと同棲している。

初めは、ホームレスを装い、酒びたりに見えた男だったが、そこにカーンの手下が襲来。

ジェイクが応戦するも、ピンチを迎えてしまう。

一陣の風が吹き、男の眼に光が宿った。

 

 

その動き、鬼神の如く。

一瞬で数人をなぎ倒すシーンは、間違いなく我が心のシーン上位に入る。

そして、ジェイクは、男の元で修行を開始するのだった。

 

修行シーンも、なかなかアイデアに富んでいる。

木に吊り下げられての開脚。

川に浮かべた二つの筏に跨っての開脚。

弟子入りしたくせに、文句ばかり垂れるジェイクのアメリカンさも一味足している。

タイのジャングルとも等しい舞台設定なのに、ヒロインとの絡みを入れてしまうサービス魂も忘れてはならない。

桶風呂で、束の間のロマンスを楽しむジェイクとモリー。

復讐はどうした、ジェイク。

 

そして、いよいよ囮捜査は、佳境に入る。

ジェイクにお呼びがかかり、撮影が実行されることになった。

ジェイクの不在時に、再びカーンらは師匠の家を襲撃。

師匠は殺され、ヒロイン・モリーは連れ去られてしまう。

全ては、スナッフ・フィルムの完成度を高めるためだった。

怒りの感情が強ければ強いほど、観客へのアピール度が増す。

意外なところで律義であり、職人魂をも持った闇組織であった。

 

何も知らぬジェイクは、撮影の舞台へと現れる。

マッドマックスのサンダードームならぬ竹で作られたバンブー・ドーム。

周囲は、闇組織の用意したエキストラが原住民のカッコして、固めていた。

撮影のノリで始まったカーンとの闘い。

剣を使ってのバトルを繰り広げ、ジェイクが文句をつける。

『真剣じゃないか!怪我しちまうよ。やってらんねぇ。俺は降りるぜ』

不穏な空気が流れる。

そこへ、誘拐されたモリーの姿が!

『彼女を放せ!!』

『それには、闘ってもらわなければ』

 

ここで、ジェイクはカーンに写真を投げつける。

写真を見て、カーンは気づいた。

目前にいるのが、彼が殺した男の弟であることを。

『アイ ノーユウ。ユーアーザ・ブラザー!アイル センド ユー トゥー ヘル フォー ブラザー!!』

中学生でも聞き取れるセリフ回しが印象的だ。

かくして、ジェイクとカーンの命を賭けたバトルが始まる。

 

バトルは、B級テイスト炸裂ながらも、見せ場に事欠かない。

ハヌマーンの仮面を被ってのソード・アクション。

不自然な重力描写ではあるが、バンブードーム利用の立体的動き。

頭部への飛び蹴りを片手でブロックするなど、細部へのこだわりも見せている。

攻撃を喰らい、怒りで筋肉を盛り上げるカーンの迫力も見もの。

なんと、このカーンを演じるのは、ビリー・ブランクス。

そう、数年前にビリー隊長として、ブートキャンプを世に知らしめた、あの御仁だ。

この映画のビリーは、その凄まじい形相から、これ以上はない悪役を演じた。

それが、後にエアロビで一世を風靡しようとは、誰が予測できただろう。

 

熱きバトルを繰り広げ、ストーリーはクライマックスへ。

ジェイクの前に投げ捨てられて布袋。

その中には、ジェイクを鍛えた師の亡骸が!

怒りに震えるジェイク。

そこに、カーンの必殺技、三連キックが火を噴いた。

師とともに、それを防ぐべく積んだ修行が回想される。

全ての蹴りを防ぎ、ジェイクは攻撃へ転じた。

『これは、兄貴の分!』

ジェイクのパンチが、カーンの顔面を捉える。

『これは、モーリーの分!!』

再び、パンチは顔面へ。

『そして、これはオマケだーっ』

もう少し、何とかならぬかという字幕に嘆きつつ、渾身のストレートがカーンの頬を打つのだった。

 

細部はともかく、僕が学生時代に熱中した映画の一つである。

僕は、この映画を格闘映画・心のベストテンにランクインさせている。

ちなみに、この映画は日本ではDVD化されていないらしい。

ビリー隊長がブート・キャンプで有名になった際、秘かにDVD化を期待していたのだが、別の作品に白羽の矢が立ってしまった。

その時、DVDのオマケとして入っていた『エクササイズ・ゴム』をご存知だろうか?

着色された2本の輪ゴムが、僕をあざ笑うかの如く封入されていた。

こんなオマケ、いらねえ。

 


映画の思い出 新・死霊のえじき

1992年アメリカ作品。監督リーフ・ヨンカー。

 

この作品の存在を、僕はタイムリーには知らなかった。

ネット通販でDVDを漁っていたら、偶然に発見したのだ。

ジャケットを見ていただくと解かるが、半身が損壊し、あばら骨まで覗くティーンズらしき男の画が強烈だ。

スプラッター色の濃さが、感じられる。

 

 

映画のタイトルに、『死霊』とか『ゾンビ』という文字が含まれていると、自然と体が動いてしまう。

しかし、その多くが、アタりではない。

低級ホラー映画に免疫のない方は、激しい徒労感を味わい、時間の尊さを悟り、作り手への激しい怒りさえ覚えてしまう。駆け出しの頃の僕も、同じような意見だった。

駄作の宝庫。

 

 

 

ホラー映画界は、そのようなものだと思っている。

しかし、その中に、100分の3くらい財宝が埋もれている。

作品全体で評価すれば、しょうもないものでも、1カットのシーンが良かったり、女優さんが可愛かったり、クリーチャーが素敵だったりする。

僕は、いつのまにかホラー映画を、そういう観方をするようになった。

 

 

さて、話を元に戻すと、本作は『ハズれ』の臭いがプンプンにもかかわらず、しかし鑑賞しないわけにはいかない『何か』を感じさせるものだった。

製作年も1992年なので、スプラッター描写もある程度期待できる。

レンタルできれば良かったが、僕の利用するところでは在庫を置いてなかった。

渋々ではあったが、購入を決断。

DVDは、人気作以外はすぐに廃版になる傾向があるらしい。

そのため、作品との出逢いは、大切にしなければならない。

一期一会の精神が、僕を散財させる。

 

 

 

鑑賞して、即座に画質の粗さが気になった。

『シャッター!』(訳:しまったー)

後悔の念が、奔る。

この粗さ、自主製作映画ではないか?

 

画面には、一人の男が店に駆け込んでくるところから。

男の服には血が付着し、理性を失っているようだった。

店内の人間に、喚き散らす。

『逃げろ!怪物がくる!!』

そこに居合わせた警官が男をなだめ、落ち着かせようとする。

しかし、男は豹変し、警官に喰らいついた。

絶命する警官。

かくして、怪物による地獄絵図が始まった。

 

以下、オーソドックスなゾンビ作品のスタイルとなる。

邦題から、ロメロ監督のゾンビ映画『死霊のえじき』との関連性を匂わせるものの、実は全く関係がない。

それどころか、本作はゾンビ作品でもないのだ。

確かに、噛まれた人間が感染し、いわゆるゾンビ化はする。

感染者は、人間の肉を喰らい、生き血をすするのだ。

画的には、どうみてもゾンビ的描写。

しかし、その正体は、なんとヴァンパイア!!

親玉みたいな男がいて、時々姿を現すのだ。

細部の描き込みが不十分で、イマイチ重要さが損なわれているキャラクターなのが惜しい。

 

俳優陣も、とかくオーラが無い。

というか、素人に毛が生えた程度。

冒頭の犠牲者の友人らしき男が、いつのまにか復讐を誓っていたらしく、突然ヒーロー風を吹かして現れる。

銃を携え、精一杯のクールな口調でナルシスティックに振舞うのだ。

う~ん、俺って超カッコイイという内なる心が全面に押し出される演出に疑問を感じていると、どうやら本作の特殊メイク担当者らしい。これが、自主映画の醍醐味ならぬ大ゴミ。

これと同種の感覚は、グロさが最低の『ボーン・シックネス 最強ゾンビ軍団襲来』でも見ることができる。

監督のブライアン・ポーリンは、最もおいしい役を俳優として演じるが、あまりの臭さにドン引き。セーラームーン然とした金髪をなびかせて、ポーリンの自己陶酔演技は暴走する。ちなみに、ポーリンは男性。言い方を変えれば、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の麗子みたいな髪型。キング・オブ・ウザ!

 

 

はてさて、ここまで書くと、本作も最低の称号が相応しくなってきたが、最後に怒涛のシーンが待っていた。

ストーリーの脈絡としては、全く捻りがないのが残念だ。

主人公たちを追うヴァンパイアたち。

感染したら、脳の思考回路が止まっちゃうのか、自己防衛機能がないのか不明だが、ひたすらに主人公を追って行く。

その先には、夜明けが待っていた。

朝日がサンサン、オハヨーさん。

当然、日光を浴びたヴァンパイアたちは、死滅してしまう。

このシーンの描写に、製作陣は全てを賭けた。

焼け焦げ、ドロドロに溶けていくヴァンパイア。

肉が弾け、腸が落ちる。

溶解と破裂のシーンにたっぷりの時間を取り、怪物たちの阿鼻叫喚図が繰り広げられた。

低予算であることは明白だが、この主張は評価に値する。

ほんの僅かではあるが、『死霊のはらわた』のラストを想起させた。

もちろん、本作のほうが低予算さは勝っていると思うが。

 

 

 

 


奥付



奇怪伯爵のオタ・カル漬け丼 4


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著者 : 奇怪伯爵
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/kkaiki0710/profile


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


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