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 適当にあしらおうとしても、事実を述べようとしても、同じように文句を言う男にうんざりしながら、私はただ返事を繰り返す。

 

「塾講師って事は若い女とも知り合えるわけだ」

 

「……はあ」

 

「クッソッ!」

 

「大学は共学なのか? 女子大生とも知り合い放題ってか」

 

「……はあ」

 

「クッソッ!」

 

 マッチョはこちらの言葉を聞いてから苛立っているというよりも、わざとこちらから嫌な言葉を引き出して、文句をつけたいだけのように思えた。

 

「女はいるのか?」

 

 マッチョの質問はまだ続く。

 

「いえ。いませんけど」

 

「これまで何人と付き合ってきた?」

 

「彼女いたことないんで」

 

 と、答えてすぐに後悔した。どうせこの男の事である、男は女の一人や二人常に好きに出来るようにしなきゃならんだとか、言い出すのだろうと思ったのである。

 

 だが、マッチョは怒るどころか急に態度を変えた。

 

「そうか、それは真面目でいい事だ。うん」

 

「はあ」

 

 私は思わずマッチョの顔を凝視した。


 マッチョの顔から怒りはすっかり消えうせていた。嬉しそうな表情で、こちらの肩をポンと叩き、ニヤニヤと笑っている。

 

「学生ってのは真面目じゃなきゃならん。俺のように女遊びばかりやっていると、ろくな職につけんからな。うん」

 

 あからさまに優越感に浸った表情で、こちらの体を上から下まで舐めるように見ると、マッチョは満足げに頷いた。

 

「ちょっと、ウチの客にちょっかい出さないでよォ」

 

 ちょうどその時、カーテンの後ろからオーナーが顔を出した。

 

「おう悪いな。で、いつまで待たせるんだよ」

 

「出来たわよォ。今包んでるのよ。ちょっと待って頂戴よォ」

 

 オーナーが三十センチ程のビンをカーテンの裏からこちらに持ち込み、カウンターに置いた。中には液体と、爬虫類らしきものが入っている。

 

「いいよ、そのままで」

 

 マッチョは払うように手を振ると、右腕でがっしりとビンを抱え込んだ。左手でポケットからくしゃくしゃの五千円札を取り出すと、カウンターに置く。オーナーが金を受け取り、五百円を返した。

 

「じゃ、また来るよ」

 

 そう言うと、マッチョは回れ右をするように、規律正しい動きで後ろを向き、そのまま出口へ向かった。店の扉に手を掛けようとしたとき、ちょうど反対側から扉が開いた。

 

 カランカランと音がして、外から新たな客が入ってきた。

 

「おう、アンタもか」

 

 マッチョの向こう側から男の声が聞こえてくる。

 

「あんたも諦め悪いね」


 そう言って、マッチョは下品に笑いながら、やってきた男の肩を抱いた。

 

 新たにやってきたのは、恰幅のいい中年男と、いかにも愛人らしい派手な女だった。

 

「よう」

 

「あらァん、いらっしゃい、社長」

 

 社長と呼ばれた男は、右肩をマッチョに抱かれ、左手で派手女を抱きながらゆっくりとカウンターの方へやってきた。

 

「ようマスター、いつものくれよ」

 

「あら、たった今この人が買ったばかりなのよォ。材料はあるんだけど、作るのにちょいと時間がかかるのよォ」

 

「マスター、いい加減その喋り方やめたらどうなんだ」

 

 社長がバカにしたようにオーナーを見下ろした。

 

「だってぇん。最近不景気だから、差別化をはからなきゃやってけないのよォ。これでも近所の主婦なんかに、オカマ店長って人気なのよん」

 

「痛いたしいんだよ。ったく」

 

 社長が吐き捨てるように言うと、オーナーは一瞬泣きそうな顔になったが、すぐに笑顔を作った。

 

「最近じゃ、すっかり板についちゃったみたいで、普段からこんなしゃべり方なのよォ」

 

「急いでるんだろ? 俺のを、アンタにやろうかい」

 

 マッチョ男がオーナーの会話を無視し、社長に言った。

 

「いや、アンタも帰りに送ってやろう。じゃマスター、待とうか。どのくらいかかる?」

 

「うーん。そうねぇ、十分くらいかしら」

 

「急いでるんだ。人と会う約束をしているからね」


 そう言って、社長はこちらを横目で見て、オーナーに尋ねた。

 

「お客さんかい?」

 

「大学生だよ」

 

 マッチョが横から答える。

 

 オーナーがそれを聞いて、我に返ったようにこちらを見た。

 

「あらやだアタシったら、お客さん放りっぱなしだったわ。悪かったわね、お客さん」

 

「ええ……まあ……でも、そちら急いでるみたいなんで、よかったらお先にどうぞ」

 

「悪いね」

 

「悪いわね」

 

 社長もオーナーも、こちらが最初からそう言うと想定していたかのように、言葉を返した。

 

 てっきり驚かれて感謝されるだろうと思っていたので、二人の態度が妙に腹ただしく感じた。だが何かに苛つく度、頭痛が酷くなる。おまけに店内が狭く空気があまりよくないからか、喉まで痛んできた。

 

「それじゃ、今から作ってくるから待っていてね、社長。今日は大忙しだわぁ」

 

 オーナーは飛び跳ねるように後ろを向いてカーテンの向こうへ消えていった。

 

 店内には私とマッチョ、社長と派手女が残された。

 

「おいっ! なんか、演歌でもかけてくれよ」

 

 社長がカーテンの向こうのオーナーに声を掛けた。

 

「りょうかぁい」

 

 くぐもった声がカーテンの向こうから返って来る。

 

 そして一分もしないうちに、社長のリクエストした演歌が流れ始めた。


 社長は自分に酔うように、首を軽く振りながら、演歌にあわせて鼻歌を歌う。

 

 演歌が流れ始めると、暗く空気の悪い店内が、一層重苦しい雰囲気になった。

 

 おまけに男の音感は驚くほど悪く、どこを真似たらその音になるのかこちらが驚くほど、下手糞だった。

 

「アンタもうちょっと店の雰囲気ってヤツを考えてやれよ」

 

「何言ってんの? いいじゃない、社長ったらオチャメなんだからァ。この曲、私もダイスキよ」

 

 派手女が媚びた笑みを浮かべ、社長の腕にしがみつく。

 

 社長は嬉しそうに目を瞑り、鼻歌を歌い続けていた。

 

 私は頭が割れそうな程の頭痛と苛立ちで、体が震えるのを感じた。それでも、苛立つと頭痛が悪化するだけなので、なるべく平静を保つよう下を向き、耳から聞こえるものを遮断するように、自分の世界に入り込もうとしていた。

 

「兄ちゃん、アンタもマムシかい?」

 

 突然、社長が声を掛けてきた。

 

「いえ、違います」

 

「ほう、じゃ何を買いに来たんだね」

 

「オレンジジュースとピーナッツですけど」

 

「へえ……」

 

「オレンジガールならここにおるがな」

 

 そう言って、社長は派手女を後ろから抱き、右手で乳房を、左手で股間をまさぐった。

 

「いやだァ社長ったら、エッチぃ」

 

 派手女もまんざらでもない様子で、社長とこちらの顔を交互に見た。



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