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「素敵な墓地で、君のフルヌードを撮らせてくれないか?」

 

「ぬ、ヌード……」

 

「あっ、大丈夫大丈夫。これは芸術なんだから。みんなボクの前では喜んでアンダーヘアーまで出してくれるんだよ」

 

「あ……アンダーヘアー?」

 

 ギョットして男を見ると、ちょうど陰毛のように縮れた髪が空調の風で揺れている。

 

「あ、そんなに心配しなくて大丈夫。この前は許可を取らずに怒られちゃったけど、今回はちゃんと墓地の許可は取ってあるから」

 

 男が自信満々の笑みを浮かべるのを見て、強い寒気に襲われた。

 

「……い……いや……け、結構です」 

 

 それだけ答えると私は商品を投げ出し、慌ててコンビニを飛び出して、タバコ屋へ向かった。

 

 タバコ屋はコンビニから一つ信号を渡った先にあった。

 

 店に入ると、風鈴が涼しげな音を鳴らす。

 

「いらっしゃい」

 

 店主の姿は見えないが、奥のほうから老婆の声がした。近くの小学校が終る時間以降ならともかく、普段、この時間はあまり人が入らないからか、店には出ていないのだろう。声がしただけで、すぐに奥から出てくる気配は無かった。

 

 店主が出てきて何も買わずに狭い店から出るのもばつが悪いので、これ幸いと急いで店の中を見て回る。

 

 まずは牛乳などが置いてある冷蔵庫を見た。だがオレンジジュースの姿はない。念のため駄菓子が置いてあるコーナーを見回すが、やはりピーナッツも置いていなかった。

 

 目当てのものがない事を確認すると、私はすぐに店を出ることにした。

 

「中西さんかい」


 店の扉を開けようとした時に、奥から声がした。振り向くと店主である老婆が服を整えながら顔を出している。

 

「いえ」

 

 慌てて首を振って答えてすぐ、老婆の声など聞こえなかったフリをして出て行けばよかったと後悔した。普段なら出来ることも、風邪で頭が朦朧としているせいか判断力が鈍っているのが自分でも分かる。

 

 老婆は人違いと分ってがっかりしたように肩を落とした。

 

 老婆の髪は伸びきっていた。季節外れの厚手の生地で出来た服を何枚か重ね着しているのだが、それが彼女なりのファッションなのか、それとも単に寒いだけなのか、よく分らなかった。

 

「何かお探しですかな」

 

「え、ええ。オレンジジュースと、それからピーナッツを……」

 

「オレンジジュース。ああ、昨日石川さんが持っていったよ」

 

 石川さんなどという人の事は知らなかったが、私はそうですかと言って再び扉に手を掛けた。

 

「あんた、顔が赤いんじゃないのかい」

 

 老婆が皺の間に隠れた目を、大きく見開いて言った。

 

「ああ、風邪気味なんで」

 

「そりゃだめだよ、安静にしてなきゃ」

 

「ええ、ですからオレンジジュースでビタミンを……」

 

「ああっ?」

 

 こちらの声が小さかったのか、老婆は耳に手を当て、大声で聞き返してきた。

 

「ですから、風邪にはビタミンを摂るのが」


「ああ、ビタミンねビイィタミン、アッハッハ」

 

 自分が聞き取れなかった事に照れたのか、それとも単にビタミンという言葉が面白かったのか、こちらには分らなかったが、老婆は大声で笑った。

 

「それじゃ、ここには無いようなので」

 

「いやいや、ちょっと待ちな。風邪にいいもん、持ってきてやっから」

 

「はあ」

 

 老婆は皺の間から見開いた目を輝かせ、いそいそと店の奥へ消えていった。何か風邪に効くものを持ってこようとしているのは分ったが、これ以上話に付き合うのも面倒だったので、すぐにでも店を出たかった。

 

 だが、この店もたまには世話になるかもしれない。老婆は半分ボケかけているから、こちらが感じの悪い態度を取っても、いちいち覚えていないかもしれないが、近所の店でもあるので、それほど時間がかからなければと、大人しく待つことにした。

 

 老婆はすぐに戻ってきた。だが、その鳥の骨のような細く骨ばった手にしっかりと握られているものを見て、私は唖然とした。

 

 老婆は長ネギを持ってきたのである。

 

 しかも使いかけである上、鮮度が悪いのか端の方が微妙に変色している長ネギである。

 

 それを嬉しそうに掲げて手渡すと、老婆は豪快に笑った。

 

「これ、やるからよく休んで寝な」

 

「はあ、これ長ネギですよね、ネギを食べるって事ですか」

 

「何ヤボなこと言ってんだい、ネギっていったら喉に巻くって昔から決まってるじゃないか。そんな子供でも知っていること、知らないのかい。まあ、いいさ。それよりこれも持っていきな」

 

 そう言いながら、老婆は自分の両ポケットをまさぐり、キャンディを四つ取り出した。昔からある、黒蜜味の飴である。


「とにかくネギ巻いて寝ることだね。それが一番だよ。風邪の時にはさ」

 

「ありがとうございます」

 

 水分の抜けかかった長ネギを右手に、そして新たに手渡された飴を左手で受け取ると、いちおう礼を言った。

 

 すると老婆は、それまでの積極的な態度を改め、急に少女のようにはにかんだ。

 

 無論、顔は老婆のままである。

 

 店を後にした時は、老婆の積極性が移ったように、こちらの足取りも軽かったのだが、ふと自分が風邪をひいていた事を思い出した途端、再び体が重くなってきた。

 

「ネギなんか、よこさないでくれよ」

 

 いくら風邪をひいていて判断力が鈍っているとはいえ、強引に手渡されたネギぐらい、断る事は出来たはずである。

 

 しかも袋に入れてくれるならまだしも、むき出しのネギである。飴玉はポケットにしまえるからよかったが、むき出しのネギなど扱いに困ってしまう。

 

 周囲を見回したが、あいにくゴミ箱がない。仕方なくネギを片手に自然派食品の店へ向かった。

 


 自然派食品の店は自宅を改築して店にしたようなのだが、自宅兼店の奥が畑になっており、そこで採れた野菜や近所の農家が作ったものの他、珍しい外国産の食品なども置いてある。

 

 店のあった場所に近づき、看板にある店名を見たとき、思わず足を止めた。店の名が変わっていたからだった。

 

以前は「自然食品のお店 ナチュラルハウス」と書かれていたはずが、「超自然派食品のお店 スーパーナチュラルハウスDX」となっている。

 

「これって……同じ店だよ……な」


 限りなく確信に近い不安を抱えながらも、オレンジジュースとピーナッツを求めて、私は超自然派食品の店に歩を進めた。

 

 自然派食品の店は、以前と変わらず木造の一軒家だったが、窓が全て塞がれていた。元々はガラスの出窓や普通の窓があった場所が全て、外から木の板でしっかりと塞がれているのである。

 

「店……潰れたのかな」

 

 呟きながら店の扉を開けると、チリンチリンと喫茶店のような鈴の音が鳴り響いた。

 

 店は暗かった。以前は外からの光が店内を照らす、爽やかで清潔な印象を与えるログハウスのような作りが印象的だったのだが、久々に見た店内は薄暗く、まるでどこかのバーにでも迷い込んだようだった。

 

「いらっしゃあい」

 

 店の奥にあるカウンターの更に奥にある赤っぽいビロードカーテンから、店員らしき男が顔を覗かせた。だが店内が暗いせいか、顔だちまでは、はっきり見えない。

 

 店内の様子があまりに変わった事に驚いて、扉を半分開きっぱなしにしながら眺めていたが、店員の声で我に返り、慌ててネギを背後に隠すと店内に足を踏み入れた。

 

「ちょっと待っててよねん」

 

 店員はオネエ言葉でそう言うと、再びビロードのカーテンを閉じ、その後ろへ消えてしまった。

 

 店内はBGMも流れておらず、静かだった。ビロードカーテンが防音の役割をしているのか、店員の消えた先からは物音一つしてこない。

 

 待っているように言われたので、店員が現れるまで店を見て回る事にした。

 

 明かりは天井に設置された小さなライト数個と、店の角に設置された四つのスタンドから放たれていた。床は、歩くと革靴でもないのに音が響いた。

 

 店内には壁に沿って三段の棚が設置されており、その上に様々な商品が置いてある。

 

 異様な雰囲気に呑まれるように、私はふらふらと店の端から見始める事にした。



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