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1. 緒言

企業内における人材育成とは,企業が労働者に対して行う教育の事である。

名称は企業により,社員教育や企業内研修,社員研修等,様々である。教育と一括りにしているがその内容は多岐に渡る。教育としては,一律的な全社員教育や集合教育だけでなく,社員入社時の教育や,人事異動に際しての教育,現在おかれている業務問題点の改善についての情報収集等,必要に応じて行っていくことが肝要である。



2009年から続く,景気の低迷は下げ止まりの様相を呈しながらも,いまだ回復には至っていない。

不況期において,企業は多くの人員を抱えることはできず,逆に,人材の質は今まで以上に重要となる。

現在,多くの企業では組織のスリム化や人員の削減,再配置による適正化が進んだ結果,少数精鋭型で,数少ない人員が第一線で活躍しているケースが多い。

そんな状況下において,転職市場の活性による中堅社員の流出,また団塊世代の大量退職,少子化の進行により,優秀な人材の確保及び人材育成は,競争力維持において,経営課題の一つであると考えられる。



人材確保が課題だとは言っても,実際に業績が悪化すれば安易に人件費増加させるわけにはいかない。

そこで,全社的に人の質を上げていく為,中長期の事業構想と実行する組織や人材のあり方を同時に描いて人材育成戦略を描く必要がある。

ところが,不況期になると,短期の収益の確保が優先されてしまい,人材の育成は二の次になってしまうことが多い。

人材育成を,景気との関係でみると,景気後退期には,教育訓練を実施する時間の確保が容易になる一方で,教育訓練のための予算の確保が困難になると考えられる。図1に経済産業省が2010年に発表した,労働費用に占める教育訓練費の推移を示す。厚生労働省「就労条件総合調査」等によって労働費用に占める教育訓練費の割合の推移をみると,景気後退期には教育訓練費は停滞する傾向にある(1




1 労働費用に占める教育訓練費の推移


例えば,経費削減を目的として,研修費用が削られたり,セミナーが見直されたりする。また,経験の浅い社員により大きな課題にチャレンジさせるだけの余裕がなくなり,すぐに結果を生める体制で対応することが多くなると考えられる。

その結果,若手の社員は定型業務に終始してしまい,成長する機会が失われる。あるいは逆に,経験の浅い社員に,大きすぎる課題を与え,若手社員を潰してしまうこともある。経済不況期においては,よほど意識しない限り,人材育成が手薄になってしまい,質の面からも後々の人材不足の原因となりかねない。



そこで経営,事業及び研究開発において成長を実現できる人材育成をテーマに,各種記事の調査から改善案を提案する。




2.1 人材育成現状

近年,多くの企業でOJT(On the Job Training)制度を運用し始めた。

通常,OJT制度は,新入社員に対し所属長が直接指導するのではなく,数年上の先輩社員が教育係となって指導するというスタイルをとる。職制上で公式の監督権限を持っていない社員に権限を委譲し,指導監督をさせるという点で「制度」という呼び方がされている。



一般的なOJT制度の目的は,所属長が特定の新人にかかりきりになる状態を回避すること,また中堅クラスの社員に指導経験を積ませることで成長を促すこと等も目的とされている。



しかしながら,多くの企業において,運営に関しては,最低限の項目,「指導期間」,「OJTトレーナの選定の目安」,「育成日程」までは決め,各所属長の理解を得られるようにしておいているが,詳細は決めず,配属先の所属長に対し新入社員にはOJTトレーナをつけ,個別指導するという通達だけに見受けられ,新人育成において十分に機能していないと感じられる。

肝心の教育現場の確認や情報交換,訓練実施することでの問題の洗い出し等は,各トレーナにすべて任せられており,組織立った指導体制としては,まだ日本企業への浸透は,構築段階言える。



またOJT制度を導入することで,本来の新人研修期間を削減されているのが現状であり,これでは教育成果にバラつきが生じてしまう。

指導状況の標準化や精緻化を進めようと思えば,より詳細な計画書,指導記録,報告書が必須となり,何より知識レベル,行動レベルの変化を見る教育効果の測定が重要となる。



 確かにOJT制度には次のようなメリットがある。

 ①日常的に業務の中で指導できる。
 ②身近に具体的に指導できる。
 ③場合に応じて臨機応変に指導できる。
 ④1対1できめこまかく指導できる。
 ⑤コストをかけないで指導できる。

 しかしそれには,前提条件として,人材育成基本コンセプト及び指導者条件の明確化。組織全体における育成の仕組みの整備、能力の把握、計画性が揃って無くてはならない。
 組織内の整備として,教育現場の確認業務分析,資格制度,人事制評価制度を関連させた訓練制度及び計画の立案,指導育成方針について統一,また個人能力の把握として,トレーナ及び訓練参加者の教育効果計測のシステム構築が必要となる。また整備,計画を立案するにあたり,基本骨格及び指針となる,企業理念を実現する人材育成コンセプトを明確にすることが重要である。

2.2 企業理念を実現する人材育成基本コンセプトの提案

営業,企画,総務,設計,製造,品証,開発等各部署によって,また各グループによって,求められる人材は異なる。その為,社内の人材育成において厳格に指導要綱を標準化することは極めて困難である。



企業が求めている企業理念,行動指針を実現する研修の実現や,会社が直面している問題に対して直接,間接的に貢献できる人材育成教育は難しい。この問題は,人材育成業界の中でも,度々取り上げられている。求められる人材を言語化するのは困難であり,また言語として定義できないものは,測定も管理もできない。その為,研修によって習得された知識やスキルの80%は実務に活用されていないといった報告例もある(2-3



昨今の不景気の中,多くの企業ははこれまで,下降線をたどっていた企業収益を急激に上昇基調に転じる,いわゆるV字回復を目標として度々あげてきた。これには顧客ニーズを競合他社よりいち早く理解し,他社に先んじた事業開発を行うことが不可欠である。つまりこの不況期においては,仕事を早い人を育て上げる人材育成に特化すれば良いと考えられる。



そこで,本提案では「スピード」「仕事の成果」「汎用性」をキーワードに企業理念を実現できる人材育成基本コンセプトを以下に提案する。



 表1にIT教育コンサルトである芦屋広太氏が提唱する仕事を早い人の特徴について示す(4
 芦屋広太氏は,著書「ITエンジニアのための仕事を速くする9の基礎力と7のエクササイズ」の中で,仕事を早くするために必要なのは,9つの基本技能を修得し,実務で実践することと結論付けられている。この技能を習得することで,V字回復に大きく貢献できる人材を確保できると考えられる。

1 仕事を早い人の特徴(4


以下に内容を具体的に説明する。

① 論理的思考力がある。業務目的,効果,実現策が硬く,理にかなって納得感がある。このため,他人からの反論を受けにくく,サポートしてもらえる可能性が高い。


② 深い理解力がある。本質を理解しているの,作業漏れ,対応や考察漏れ,勘違いによる無駄な作業が少なく,仕事を最短で完了できる。


③ 構造化できる力がある。原因と結果等物事の因果関係を解明できる。仕組みを立案でき,効率の良いシステム選択できる可能性が高くなる。

④ 目的達成への行動力がある。目標を設定し,計画を作成し,そのシナリオを達成するための最適な行動をとれる。この為,行動が合理的で無駄がなく,最短で仕事ができる可能性が高い。


⑤ わかりやすく説明する力がある。自分の意見を最短の時間で,誤解なく相手に説明できるので,作業ロス,見直し,やり直し等のロスが少なく,合理的に行動を取れる可能性が高い。


⑥ 他人を説得する力がある。自分の意見,業務計画に従って,他人に交渉し説得できるので,反論,反対,追加調査等の作業が少ない。また,知識,ノウハウをもった他人の協力も受けることができるため,個人の持つ能力以上に成果をあげることができ,仕事を最短で完了できる可能性が高くなる。


⑦ うまく断る力がある。どのような要求に対しても,立場の上の人間の厳しい依頼に関しても,情報をうまく与え,相手をあきらめさせ,有利な方向へ誘導できる。


⑧ 意見を通す力がある。意見の論理性が高く,また他人の立場,感情に配慮したアイデア,企画,業務計画を立案できるので,反論や,意見,また反感を受けることが少なく,常に最短の時間で完了できる。


⑨ 論理的でわかりやすい文書を書く力がある。意見,事実等文章に表現でき,その内容が最短時間で,相手に伝わる構造である。作業ロス,見直し,やり直しが少なく,無駄な作業が発生しにくく,最適な指示,報告ができる。


 

 この9つの技能を習得するためには,どのように人材を育成すべきか考察する必要がある。表2に,この9つの基本技能を修得するための教育計画概要について示す。

2  9つの基本技能を修得するための教育計画概要

この中で,目的達成行動力の教育について,近年,多くの企業で目標管理制度や,トヨタ方式をはじめと知るVM(Visual Management:業務の見える化及び管理)活動による進捗管理を導入し,社員が,時間指向型アプローチを身につける為の活動を全社的に取り組み始めた。



論理的思考力,理解力,構造化力等の思考法は,業務活動の基本であるが,完全に身につけるのは極めて難しく,また教育にも時間及びコストがかかる。

これは学問体系として経営手法,一般工学,哲学と幅が広い為である。セミナー,研修を開催し,各階層別に必要な業務知識やスキルを社員にインプットするが,得られた知識,ノウハウを実践に適用するまで時間がかかる。

定期的な教育と日常業務における実践を繰り返さなくてはならないと考えられる。説明力,説得力,断る力,意見通し力も同様であり,教育とともに,社員から教育の成果を十分に引き出すには,ディベート,ディスカッション,プレゼンテーション等を重ね,中長期的に習得していかなくてはならない。

また社員同士の対話の機会を創出することが重要である。



文書力の教育についても,完全に身につけるのは極めて困難であるが,短期的な教育で十分な教育成果をあげられる。

なぜならビジネスの実務上で使われる文書は,公共性を持ち,公式文書としての役割が大半を占める。

その為,文書形式,構成上のルール,慣用句や用語等,ある程度の基本形式というものが存在する。

またビジネス文書は,業務の記録を持たせるという役割もある。その特性上,文書は日々,データベースとして蓄積される。

その為,簡単な基礎教育によって,基本骨格となる形式,ルールを習得し,かつ蓄積された過去文書を文例として活用することで,得られた知識で,実践にも十分対応できると考えられる。

 


3.1 対話の機会を創出する取り組み

論理的思考力,理解力,構造化力等の思考法及び,説明力,説得力,断る力,意見通し力等のコミュニケーション法を育成するために,定期的な教育と日常業務における実践を繰り返し,さらに対話機会を創出することが必要である。



しかしながら,定期的教育は極めてコストがかかる。セミナーのような集合教育や研修は,一時仕事を離れて多数の受講者を一室に集め行うため,講師の準備や段取り,業務スケジュールによっては,手配する時間や仕事量に対して思うような効果が得られない場合がある。

また,セミナー及び研修の講師は大きく内部講師と外部講師に分けられる。

前者は社内より指導者を抜擢するもので,後者は外部団体より講師として招くものである。

前者は,社内事情や業務内容に精通しているものが教壇に立つという揺るぎの無いメリットが得られるが,担当する講師により指導の展開に極端な差が出る。

また内部の人によるため社内雰囲気に流されることもある。

 後者は,指導要綱がまとまっており,安定した指導及び研修を実施してくれる。

しかし当然のことながらコストがかかる。またプロだからといって,発注する雇用者側のリクエストに応じた内容に必ずしもなるわけでもない。



その為,コストをかけず,コミュニケーション法を育成するには,日常業務おいて対話の機会創出することが極めて重要である。

尚,ここで言う「対話」とは「雑談」ではなく,「自由なムードで議論される情報のやり取り」を指す。

企業の経済的な成長を達成するために,人材育成は,日々社内にて生まれては消えていくアイデアを,具体的なビジネスモデル,技術,ノウハウに結びつけるものでなくてはならない。

その為には,現在置かれている業務遂行,問題点に対して。身近なロールモデルとなる部署,人物等の対話機会を増やすことが望ましい。

また,業務の中で,黙っていても何も生み出さないことが多い。ゆえに,価値ある情報やアイデアを周りに知らせ,人から見える仕事を心がけることが重要である。



これまでのように,組織が固定的で,部門ごとのメンバーが大きく変わらなければ,それぞれの業務内容や進捗,またノウハウや技術情報は同僚たちの中で共有される。

しかし現在は,組織も業務の進め方も決して規則的ではない。

部門を横断したプロジェクトチームの増加や,事業の最適化による頻繁な組織改正,事業統一による人事異動により,個々の業務や各チームの業務を把握するのはかなり困難となり,対話環境も乏しくなり,閉じた組織になりやすい(5



各事業所における定期的な報告会(生産会議,品証会議,研究討論会等)については,予め報告内容,議題が明確化されており,積極的に参加することで,現在必要とされる業務知識,課題,技術等の情報が,詳細に得られる。

しかし,通常,各事業所における定期報告会は月報,季報,もしくは期末報告等の情報であるため,リアルタイムな生情報は得られないことが多い。

また,事業部別,部門別の報告会は規模が大きい。

そのため,報告サイクルを短くし頻繁に会議を行うことは,手間がかかり,上述したセミナー同様,仕事の効率的な時間利用を阻害する可能性がある。

VMボードは,各事業所,テーマ,グループ,チーム単位で生データが随時更新され,業務進捗や情報を適時に得られる。また比較的低コストで実施することが出来る。しかしながら,まだ運用に関して多くの企業が導入段階であり,明確な成果としてはまだ見えて来ないのが現状である。



それでは,社員の対話機会をどのように増やすか,技術,ノウハウ,知識をどう上げていくのか。どのような教育,知識の習得をすべきか。コストと有効性を考えて選択する必要がある。



そこで,事業所単位の定例会議に加え,部門別,階級別の会議,打合わせ,グループ報告会,非定期な問題解決ミーティング,ブレインストーミング等,低階層の会議,小さな打合せもオープン化し,各部門,グループの社員も自由に参加できるようにすることを提案する。


これまで,業務の中で日々行ってきた会議に対して,予め「日程」,「主催」,「主な議論内容とトピック」を公開し,全社単位で可視化し,参加者を募集することで,個々の社員が興味を持った内容を聞くことができ,また業務の必要に応じて情報収集ができる。また業務の問題に対して,参加者が対策や解決案等の意見を出し合う会議においては,別部門の参加者を募集することで,多面的に問題解決に導くことができ,会議主催側のメリットも大きい。



また低階層での会議にて,グループ間や部門間コミュニケーションが活発となり,予め情報が共有されることで,部門を跨いだより大規模な会議を行う際,問題経緯の資料や説明の割愛,さらに議論が重複されにくく,会議時間の短縮が期待できる。また対話機会が大幅に増えるため,論理的思考力,理解力,構造化力等の思考法及び,説明力,説得力,断る力,意見通し力等のコミュニケーション法が実務を通じて,習得されていくと考えられる。



また,このように常日頃行っている会議,打合せに対して,外部から参加者を募集した場合,日ごろ話したことも会ったこともない人と会う機会が得られる。

グループ間や部門間コミュニケーションが図られるというのは,会社の大きなメリットの1つである。もちろん,取り扱う連絡事項や議題によっては,会議及び打合せをクローズさせなくてはならない。この場合は,関係者のみの参加と表明する。会議,打合せに対してオープン,クローズを使い分けることで,極秘プロジェクトや部門間機密情報に対するセキュリティ意識が高まると考える。



例えば,社内の特定メンバーで極秘プロジェクトを進めている場合,プロジェクトの情報がメンバー以外に漏洩しないようにしながら,必要な情報はスムーズに共有できるように管理する必要がある。

しかし,どれだけ緻密にルールやポリシーを作り上げ明文化しても,参加者のセキュリティ意識が低ければ意味がなく,それだけに,社内における日頃の啓発,教育,訓練等が重要となってくる。

通常の会議のオープン化が,当然の状態を社内に作ることで,あえてクローズされた特殊な会議の情報に対して,取り扱いの重要さが参加者レベルで強調,意識されると考える。




3.2 社内ネットワーク構築と活用例について 

他にも対話機会を創出する為に,社内Webシステムを構築し,有効活用することを提案する。


コミュニケーション,特に他部門との異文化コミュニケーションにおいて,自分の存在感,自分が何者であるかアピールすることが重要である。例えば,IBM東京基礎研究所では,自分の仕事を人から見えるように,研究者の個人写真,プロファイルを社内Web電話帳及び外部向けサイトに掲載し,閲覧できるようになっている(6


社員が誰かにアクセスする時に使うのが,社内Web電話帳である。この時,連絡先,所属等の基本情報の他に,この人物はどのような仕事に携わっていて,どのような業績があるのか,専門知識,関係するコミュニティー等がわかるようになっている。IBM東京基礎研究所の研究者は,見えないのはいないと同じと考えており,自分の業績をまとめ,また,それを他人の目に留まるようにすることで,人のネットワークを繋いでいる。



また2008年1月に,オープンソースのSNS(Social Network Service)エンジンOpenPNEを用いた,日立グループ内SNS「COMOREVY(こもれび)」が発足した。図2にSNSの概念図を示す。Social Networkとは,社会科学系の研究分野で人間関係の概念として用いられる用語であり,これをWebで応用し,社会的ネットワークをWeb上で構築し,人間関係を可視化するサービスをSNS(Social Network Service)という。日立グループ内SNS「COMOREVY」は国内の日立グループ26万人が,誰でも登録できるシステムであり,プロフィール機能,ユーザ検索機能,記事作成(ブログ)機能,コミュニティー機能等,メッセージ送受信機能等,SNS基本機能を持っている。



積極的に情報発信,共有を行うことで,人的ネットワークの拡大と,コミュニケーションの活性化が期待される。例えば,プロフィール機能によって,社員は目的の問題やプロジェクトに適した人材を容易に検索ができる。情報を共有したり交換したりするための簡単な手段として,コミュニティーの作成,検索,参加を簡単に実現することができる。



図2 SNSの概念図


また,日立グループ内SNS「COMOREVY」は,コンテンツを公開してフィードバックを受け取ることができる。この為,主題の専門家同士でアイデアを共有したり,質疑応答をすることで,価値あるフィードバックを受け取ったりすることができる。

さらに,このように,既存の社内Webシステムを利用し,人材検索,ディベート,ディスカッション,プレゼンテーション等を重ねる事で,社員の思考能力及び,コミュニケーション能力が向上されると考えられる。

 


このように,種々の企業が社内コミュニケーションシステムを導入している例もある。



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