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1.Fall in LOVE(1)

 俺は、泣けなかった。
 唯一人の肉親が死んでも……泣けない自分に腹がたって、膨大な遺産を相続した後、欲に狂った親戚から逃げ出してきた。

   ☆

 別荘から遠出をしすぎた。
 地球的規模で行われた緑化運動で茂った森に深く入りすぎた。
 だが、帰り方は分かる。出掛ける前に始めてきた別荘周辺の地形図をみておいたから。
 俺は周りの緑で和んだ心を抱えて別荘へ帰ろうと思った。
 うんざりしたけど。
 帰るべきところは、もうどこにもないと思ったけど。
 帰ろうとした。
 くるりと反転して歩き出した。
『パシッ!』
 静電気がまとわりついた。何だろう? 構わず歩いたが、どんどんショックが強くなっていく。
(な……んだ? これは?)
 他へ行こう。


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(2)

 少し迂回して、もう一度トライ。
(駄目だ)
 憶測だが電気の壁……バリアが作られているようだ。
 不安と、心の奥底にある、あそこに帰らなくていいという安堵があふれ出た。
 しょうがない。もっと奥に入ればバリアから出るだろう。
 まっすぐ歩いた。
 時々思い出したように反転してみたが、何メートルおきにかその壁はあるようでどんどん追い込まれていくようだった。
 不安は少しずつ増していった。
 陽が沈んでいく。
 朱に染まった木々を少しの間、見惚れていたが、その後に来る闇が怖かった。
 そして、真っ暗になった。
 闇の中を歩くのは良くないと判断して木の上に寝床を造った。
 包まれてみれば、闇はそう怖くはなかった。優しく包んでくれて死んだ母の抱擁を思い出した。
 そこで母が死んで初めての安息の眠りに就いた。

   ☆



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(3)

 鳥のうるさすぎる……でも都会のざわめきより健康的な囀りと朝日で目覚めた。
 気分のいい朝だった。
 朝日を見るなんて久しぶりだ。一昨年の修学旅行で見たのが最後だったんじゃないだろうか?
(まあ、これも悪くないさ)
 水分補給のために湖にむけて歩き出した。
 森は途絶えそうになかった。ずっと、永遠に続くかと思われた。
 それが、不意に途絶えた。
 綺麗な青い水をたたえた湖がそこに広がっていた。その中央あたりには結構大きい島が浮いている。
 そして、それらよりも俺の目を驚かせたのは、美しい乙女の姿だった。
 白いワンピースは膝下十センチ位。
 長い髪は腰まであり、陽に透けると金色に輝いている。
 顔はかなり美しく、二重のぱっちりした瞳。通った鼻筋。少し薄めのピンクの唇。桃色の頬。
 俺の好みだなんてことを思う。
 両手にパンプスを持ってスカートの裾が少し浸るくらいまで水に入っている。
 五月の朝に水泳はなかろう。
 でもあまりの美しさに言葉を失っていたのだ、俺は。そして彼女は吃驚したように俺を見ていたが、ふぅっと口許をほころばせるとにっこり笑った。
「おはよう」


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