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パブー版まえがき

『原因と結果の法則』の邦訳名で有名な、ジェームズ・アレンの "As a Man Thinketh" の完全訳『人は思考したとおりに』、そしてこれまで商業出版として五冊のアレン本を翻訳した経験をもとにジェームズ・アレンの思想を徹底解読します(特に、他の成功哲学との違いを明確に示します)。

 

本書ははじめ、2009年12月6日(日曜日)に大田区産業プラザPiOで開催された「第九回文学フリマ」にて販売するために作られました。

 

その後、2011年3月11日に発生した東日本大震災のためのチャリティ本としてブクログのパブー電子書籍版を公開いたしました。この間の本書の売り上げは、ブクログのパブーを通じて全額が義援金として日本赤十字に寄付されました。

 

現在、ブクログのパブーでの寄付システムが終了いたしましたので、通常の有料電子書籍としての公開となっております。本書の内容は皆さんの心をすがすがしいものにしてくれるであろうと信じています。


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もくじ

はじめに

目次

 

『人は思考したとおりに』(As a man thinketh)完全訳

 序
 第一章 思考と人格
 第二章 環境に対する思考の影響力
 第三章 健康と身体における思考の効果
 第四章 思考と目的
 第五章 達成における思考の要素
 第六章 ヴィジョンと理想
 第七章 落ち着いた心

 

ジェームズ・アレン略歴


ジェームズ・アレン徹底解読

 ■「思考」という訳語を選んだ理由
  ●ジェームズ・アレンは「望めばかなう」などと言ってはいない
  ●日本語の「思い」は「願いごと」のニュアンスも含む
 ■アレンとワトルズ
  ●ニューソートとジェームズ・アレン
  ●ワトルズの一元論と成功哲学
  ●一元論の宇宙観
  ●アレンとワトルズの違い
  ●プロセスでの善か、その根源の心の状態か
  ●黄金律という言葉
  ●アレンの考える「成功」
 ■日本語での翻訳にまつわる問題点
  ●日本語版で削除された内容
  ●出版社の意向・翻訳者の考えとアレンの衝突
 ■『人は思考したとおりに』各章解説

 

松永英明によるアレン翻訳一覧
ジェームズ・アレンの著書一覧


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最終更新日 : 2011-03-15 17:44:42

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序文

人は思考したとおりに

ジェームズ・アレン

 

序文

 

 この小品(瞑想と経験から書かれたもの)は、これまでさんざん述べられてきた「思考の力」というテーマについて徹底的に論ずるつもりで書かれたわけではありません。説明的ではなく、示唆的に書いています。その目的は、一つの真理を人々が発見し、認識するよう促すことにあります。
 その真理とは、自分が選んだ思考、自分が増幅させている思考によって、「自分自身が自分自身を作っている」ということです。
 すなわち、意識こそが、性格という内側の衣と、環境という外側の衣の両方を織る織物師の親分なのです。そして、これまでは何も知らず、苦痛の中でその衣を織ってきたかもしれませんが、これからは悟りと幸福の中で織ることができるようになります。

 

ジェームズ・アレン。
イングランド、イルフラコム、ブロードパーク・アベニュー


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第一章 思考と人格

「人は、心の中で思考したとおりのものになる」(※「彼はその欲望が示すとおりの人間だ。」旧約聖書『箴言』23:7)という格言は、ある一人の人の存在の全体について当てはまるだけではありません。非常に広範囲に当てはまることで、その人の人生における状況や境遇のすべてに及びます。ある人は文字どおり「その人が思考したとおりのもの」です。ある人の人格は、その人の思考のすべてを総合計したものです。
 植物は種から生まれ、種がなくては存在できません。それと同じく、人の行動はどれもが、思考という隠された種から生まれたものであり、思考という種がなければ現われることはありません。これは、意図しておこなわれた行動だけではなく、「思わず知らずに」なされたことや、「意図的ではなく」なされた行動についても当てはまります。
 行動とは、思考が花開いたものであり、喜びも苦しみもその果実です。ですから、人は、甘い果実にしろ、苦い果実にしろ、自分自身が植えたものを収穫しているのです。

 意識の中の思考がわたしを作った。
 わたしというものは、思考によって形づくられ、建てられた。
 ある人の意識が悪しき思考を持っているなら、
 その人には苦痛が訪れる、
 牛のすぐ後ろに車輪が迫って来るのと同じように……。
 ……ある人が純粋な思考を保つなら、その人には喜びが訪れる、
 影がついてくるのと同じように――確かに。

 人は法則によって育っていくのであって、小手先の技術で作られるのではありません。そして、原因と結果の法則は、目に見える物質の世界と同様、思考という目に見えない世界においても絶対的で例外のないものです。高潔で神々しい人格は、神の気まぐれや幸運によって与えられるものではありません。正しい思考を保つよう継続して努力した結果として、神々しい思考を長く保ち続けた結果として、当然のごとく備わるものです。卑劣でけだもののような人格は、同じプロセスを経て、卑しい思考を継続して抱いた結果としてうまれます。
 人を作るのも損なうのも、その人自身です。思考という武器庫の中で、人は自分自身を破壊する兵器を作り上げています。一方で、喜びと力強さと平安をそなえた天の住まいを自分のために建造するために、その道具を作ることもできるのです。思考を正しく選択し、適切に使うことによって、人は完全なる神に近づいていきます。思考を濫用し、間違った使い方をすることで、人はけだもののレベルよりも堕ちていきます。この両極端の間のどこかに、すべての段階の人格があてはまります。人はその人格を作り、支配する者なのです。
 今この時代、魂についての美しい真理の数々が見直され、明らかにされてきました。そのすべての真理の中で、これほど、神々しい希望と確信に満ちて喜ばしく、有益なものはありません――それはすなわち、「自分自身が、自分の思考を支配しており、人格を形成しており、状況・環境・運命を形づくっている」という真理です。
 能力・知性・愛を有する存在として、自分自身の思考の支配者として、人はすべての境遇の鍵を握っています。そして、自分自身の中に変換・改造する力があって、それによって自分自身を自分の意図したとおりに作り上げていくのです。
 人は、いつでも支配者です。それは、たとえ弱ってしまい、自暴自棄になってしまった状況にあったとしても、そうなのです。もっとも、この弱ってしまい、落ちぶれた状況にあっては、人は愚かな支配者であって、自分の「家」の支配方法を間違っているわけです。自分の状況を熟考し始め、自分の存在が拠って立つ法則をこつこつと探し求め始めるならば、その人は賢明な支配者となり、自分のエネルギーを知性によって方向付けることができるようになり、自分の思考を実り多いものにすることができるようになっていきます。これでこそ「理性的な」支配者となります。そして、「自分自身の内側に」思考の法則を見いだすことによってのみ、このようになれるのです。それを見つけるのは総じて、実践・自己分析・経験の問題です。
 ひたすら探索し続け、採掘し続けることによってのみ、金やダイヤモンドが得られます。同様に、人が自分の魂という鉱脈を深く掘り進むならば、自分自身の存在につながるすべての真理を発見できます。
 そうすれば、自分自身が自分の人格を作り、人生を形成し、運命を組み立てているということを、間違いなく証明することでしょう。そのためには、まず、自分の思考を観察し、コントロールし、変えていきます。そして、自分自身における結果、他の人たちにおける結果、自分の人生と境遇における結果を追跡し、原因と結果を辛抱強い実践と調査によって結びつけることです。そして、自分自身についての知識(すなわちそれは理解力・智慧・能力にほかなりません)を得るための手段として、自分が日々経験することをどんなささいなものも漏らさずすべて活かしていくのです。ほかならぬこの方向においてのみ、「探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」(マタイによる福音書7:8)という法則が絶対的なものとなります。なぜなら、忍耐・実践・絶え間ない懇願によってのみ、人は「知識の神殿の扉」に入ることができるからです。


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最終更新日 : 2011-03-15 17:44:42

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ジェームズ・アレン略歴

ジェームズ・アレン【James Allen】一八六四年英国生まれ。いくつかの企業の管理運営担当者を務めた後、三七歳で執筆活動を開始。トルストイ、プロテスタント自由主義、仏教などの影響を受け、素朴な生活の中ではぐくまれた思想を一九冊の著書として発表。四八歳で亡くなった後、その思想は数々の成功哲学にも受け継がれ、一世紀のときを経ていま、多くの人々に人生の指針と明日への活力を与え続けている。


 ジェームズ・アレンは不思議な文筆家です。示唆に富んだアレンの文章は、何百万もの人にずっと影響を与え続けています。しかし、今でもアレン自身についてはほとんどわかっていません。
 十九冊の本のどれを読んでも、英国イルフラクームに住所があったという以外、生涯についての手がかりはありません。アレンの名前は、主要な参考図書にも載っていません。国会図書館や大英博物館でも、アレンについて述べたものはほとんどないのです。
 思考の力によって名声や富や幸福が得られる、と信じていたこの人物は、何者だったのでしょうか?あるいは、ヘンリー・デビッド・ソローの言葉を借りれば、「別の太鼓叩きに聴き入っていた」のでしょうか?
 ジェームズ・アレンは、名声も富も得ませんでした。それだけは本当です。アレンの才能は、世に表れず、報いのないものだったのです。アレンは、著作を出してもほとんど赤字でした。

 アレンは一八六四年十一月二十八日、中部イングランドのレスター市で生まれました。それからしばらく経って家族の事業が失敗し、一八七九年、父親がアメリカに渡って損失を埋め合わせようとしました。父親はアメリカに定住することを望んでいましたが、家族を呼ぼうとした矢先、強盗に襲われて殺されてしまったのです。
 その結果、経済的に困窮したため、ジェームズは十五歳で学校を中退しなければなりませんでした。それから、企業の役員を補佐する管理・運営担当者になったのです。一九〇二年まで、いくつかの英国の製造業者でこの職を務め、それから執筆活動に入っていきました。
 不幸にも、アレンの執筆活動の期間は短く、一九一二年に亡くなるまで九年間しか続きませんでした。その間にアレンは十九冊の本を書きました。その豊かな発想は、後世の人たちを大きな影響を与え続けています。

 最初の本『From Poverty To Power』を書き上げた直後、アレンは英国南西海岸のイルフラコムに引っ越しました。この小さな保養地には、海に面したヴィクトリア様式のホテルや、なだらかに起伏する丘、曲がりくねった小道がありました。この静かな雰囲気のおかげで、アレンは哲学的な研究を進めることができたのです。
 『As A Man Thinketh』はアレンの二冊目の本です。発行後にこれは人気が出たのですが、本人は満足していませんでした。これは最も簡潔で、内容も充実した本でしたし、アレンの思想をよく示した本ではあったのですが、その値打ちを自分では認めていなかったのです。妻のリリーは、それを出版させようとして説得を繰り返さなければなりませんでした。

 ジェームズ・アレンが望んでいた生活は、ロシアの文豪にして神秘的なレオ・トルストイ伯爵が描いた理想的な生活――すすんで清貧に甘んじ、自給自足し、禁欲的な自己訓練を進める生活――だったのです。トルストイのように、アレンは自分自身を向上させ、幸福になり、よいことはみな習得しようと努めていました。「世俗の人の至福」を探求する姿勢は、まさに典型的なトルストイアンだったといえます。トルストイアンとは、レフ・トルストイの思想を奉ずる人々です。原始キリスト教的な隣人愛を説き、素朴な農民生活を理想とし、悪に対する無抵抗主義をとります。わが国の白樺派もその影響を受けました。

 妻のリリーによれば、アレンが「ものを書くのは、何か伝えたいことがあるときでした。その伝えたいことというのは、自分自身の生活の中で、それがいい生き方だとわかったときにだけ生まれてきたものでした」といいます。
 イルフラコムでの一日は、夜明け前に石塚へと散歩することから始まりました。それは家と海を見下ろす山腹の石で覆われた場所でした。アレンはそこで1時間ほど瞑想します。それから家に戻って、午前中は執筆にとりかかります。午後は趣味の庭いじりに没頭していました。夜には、自分の著作に興味を持った人たちと会話をして過ごしました。

 ある友人は、アレンを「流れるような黒髪の、虚弱に見える小さな男で、キリストのようだ」と描写しています。

「夜にはいつも黒いビロード製のスーツを着ていたのを特に思い出す」
「そして、英国人、フランス人、オーストリア人、インド人のいたわたしたち少人数のグループに静かに語ってくれるのだった。瞑想について、哲学について、トルストイや仏陀について、あるいは庭のネズミ一匹に至るまでどんな生き物も殺してはいけない、ということについて」
「アレンの風貌、優しい話し方、そして夜明け前に丘に瞑想しに行くことについて、わたしたちはみな圧倒されていた」

 

 ジェームズ・アレンの哲学が可能になったのは、自由主義プロテスタンティズムが原罪という教義を捨てたからでした。自由主義プロテスタンティズムは、19世紀のプロテスタントの中で、たとえば進化論を認めるなど、科学的な立場をとったものです。この宗派では、「人はもともと罪深いものである」という教義ではなく、「人間はもともとよいものであり、神のような合理性を内に秘めている」という楽天的な信条を持っていました。
 この教義の逆転は、米国の哲学者ウィリアム・ジェームズが述べたように「19世紀最大の革命」だったのです。これは、ダーウィンの『種の起源』出版後に起こった、科学と宗教の和解に向かう動きの一部でもありました。
 チャールズ・ダーウィン自身は、『人間の系統』で信条の変化をほのめかしています。この本でダーウィンはこう書いています。
「わたしたちが自分自身の思考をコントロールするべきであると認識したとき、精神的な文化は最も高いステージとなりうる」と。

 アレンの著作は、このようにプロテスタント自由主義の影響を受けていますが、また、仏教思想の影響も受けています。例えば、仏陀は「今の自分がどのようなものであるかということは、わたしたち自身が考えてきたことの結果である」と説いています。アレンは聖書の言葉を借りて「人は心の中で考えたとおりのものになる」と言います。
 個々の人には自分自身の性格を作る力があり、そして自分自身の幸福を作り出す力があるのだ、とアレンは主張します。
「思考と性格は一つのものです。そして、性格は環境や周囲の状況を通してのみ明らかになります。ですから、ある人の人生の状態は、常にその人の心の中の状態と一致していることがわかるでしょう。これは、ある人の置かれた状況がいつでもその人の性格のすべてを反映しているという意味ではありません。そうではなく、この状況というのはその人自身の心の中でも大きな部分を占める思考と非常に密接な関係があるので、当面のあいだ、その人の進歩にとって不可欠なものである、ということです」

 アレンの著書を読むと、わたしたちは考え始めずにはいられません――何か別のことをしているときでさえも。思考がどのように行動を導くのか、アレンは語ります。わたしたちの夢を現実に変えるための方法を示します。
 アレンは、何百万人もの人たちに成功をもたらした哲学者です。それは、ノーマン・ヴィンセント・ピールの『積極思考』や、ジョシュア・リーブマンの『心の平安』の哲学です。
 わたしたちが精神的に豊かになるのは、心の中で一歩踏み出したとき、人生すべてに一定の法則があることに気づいたとき、瞑想の力を知ったとき、自然の法則と人生の法則が似ていることを経験したときだ――とアレンは書いています。

 アレンのメッセージは、混乱している最中にさえも希望をもたらしてくれます。
「そう、人の心は、コントロールできない感情が押し寄せ、制御できない悲しみで掻き乱され、不安や疑いによって吹き飛ばされるものです。賢明な者、つまり自分の思考をコントロールし、浄化した人だけが、その心の中の嵐を鎮めることができるのです。
 どこで浮世の荒波に翻弄されていても、人生がどのような状況にあろうとも、あなたの魂はこのことを知っています――人生の大海の中には幸福の島が穏やかにたたずんでいて、理想という名の日当たりのいい岸辺はあなたがやってくるのを待っている、ということを……」

 こうして、アレンは二つの重要な真理を教えてくれます。今わたしたちがいる状況というのは、わたしたちが過去に考えた思考によってもたらされたものであること。そしてわたしたち自身の未来は、自分自身がいいものにも悪いものにも変えることができるということです。

 

 


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最終更新日 : 2011-03-15 17:47:23


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