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2004年10月17日

私が生まれたこの地には、貨物列車が往来していました。
普段から見慣れていた光景だったので気にもとめませんでしたが、最近になってようやく、古き良いものを撮りたくなってきました。
でも、この撮影を実行した日、すでに遅かったことに気付いたのです。
その中で自分が歩いた道のりをご紹介いたします。


晴海二丁目。
晴海通り沿道の路線跡、ここから越中島を経て、
亀戸に向かって進んでいきます。
かつて遊んでいた車のほとんど通ることのない車道も、
現在は通行止めになってしまっています。
この左の高台になっているところが停車場です。
この先数百メートルに分岐点があり右側にそれると
晴海埠頭沿岸に続く線路があります。



高台になっているところに避難用階段があったので上ってみました。
線路どころかブルーシートがかけられ、不可解なことからの始まりでした。
奥にそびえるのは豊洲にある日本ユニシス本社ビル。


過去の記憶にある筈の、線路がないことから始まったこの珍道中で、
セメント工場の出入り口に入ったらやっとありました!
草が生い茂っているのは分かりますが柵の奥に木まで生えている。(ビックリ)


トラックが運んだであろう砂などでレールの溝は埋まっています。
でもこの時、なぜか嬉しくなってきて、子供の頃の楽しい思い出が蘇ってきました。


橋のたもとに着き、後を振り返ったところ。
「この先に時間を超越した世界がある」っていう感じですね。


で、前に向き直ると柵の向こうに晴海橋。


今でもモデルの撮影などに使っています。


晴海運河に架かる晴海橋の全景。
子供の頃はもっと水色だったと思うのですがはっきり覚えていません。
この橋と奥のセメント工場、貨物船は物心ついた頃から好きな光景でした。
後方に晴海アイランドトリトンスクエアがそびえます。


橋を渡りきるとススキの穂がお出迎えしてくれました。
江東区豊洲。奥は石川島播磨重工跡地。現在ららぽーと豊洲などがある。


晴海橋を真っ直ぐ進んだところ。橋はあるのに線路がない。
しかもこの先・・・


車道なのにすでに線路も無くなっています。ここに踏切があったことは覚えています。
この晴海通りに対して斜めにのびていました。


豊洲運河。
豊洲と塩浜に架けられていた橋も橋脚を残すだけですでに無くなっています。奥には豊洲橋や佃の大川端リバーシティが見えます。
豊洲運河を渡り、塩浜に着きました。
橋があったと思われるたもとを探して・・・
あ、これだ!
工事しているところの柵の間にレンズを入れて撮影。
うむ、枕木らしきものが点在して集積してある。
線路を残して欲しかったような愛着すら感じてきました。


通りを一つ越えて、後方を振り返って見ると、
アスファルトの色の違いに気付きました。
かつて線路があったことの証ですね。


で、そのまま後ろ向きに歩くと・・・(実際はそんなことやっていません)
また線路の名残りです。


で、ここで運河に差し掛かってプッツリ途絶えました。
お約束の家庭菜園がありますね。


運河の向こうに渡って線路の断面をパシャ!


先を見ると三ツ目通りの上に首都高速深川線が見えます。
ここは線路がありませんね。建設予定地でもなさそうです。
三ツ目通りから後方をみたところ。
柵の隙間から人が入り込んでいます。
なぜかけもの道ができていて、犬が小便していたところをパシャリ。


三ツ目通り。かつてはここにも踏切がありました。
確かに記憶にあります。


その先に線路がまたお出迎えです。なぜかホッとしました。
柵を越えて入ってしまいました。(ごめんなさい)


で、今までは地面よりやや高い位置に線路があったのに、ここは線路の両脇が高くされていることに気付きました。
ここで、学んだことを一つ。
実は晴海からここまで延びていた線路は、東京都港湾局晴海線という東京都の管轄だそうです。
ここから先がJR貨物越中島線になるそうです。


さて、進行方向へ。
住居のすぐ前に敷かれているレール。
癒される人も多いかも知れませんね。


そうこうしている間に到着しました。越中島貨物駅(所在地は塩浜)。


何両にも連結されたレール輸送専用車輌。奥に京葉線が走っています。


先に進むと、晴海から来てようやく初めて現存する踏切に出会いました。


ここの交通整理の方達、1日にちょっとしか往来しない車輌のためにずっといるのでしょうか?


この新砂踏切を越えると亀戸までほぼ真っ直ぐ線路が続きます。


新砂一丁目の踏切。
こんな標識、自分の地元にあることすら忘れていました。
後ろに見えるビルと妙にマッチしているかも。


さらに北へ向かって進んで行きます。


永代通りと交差しました。
この通りはここから永代橋を越え皇居まで続いています。


最近では線路の描かれた標識も段々姿を消そうとしています。
物資の輸送手段が時代とともに変わってきました。またそれは貨物列車にだけいえる事ではありません。
江東区には碁盤の目のように張り巡らされた運河も、埋め立てが進んでいます。
下の写真は葛西橋通りのすぐ横を流れる仙台掘川公園。
この貨物路線の所だけこのようなユニークな使い方をしています。


清洲橋通りと交差しました。
ここは歩道・車道が深く掘られていて貨物線をくぐるように通ります。


その先に今は無き、JR貨物・小名木川駅。
画面右側がすでに更地になっています。


小名木川駅のちょっと手前の道路。自転車で通ると頭をぶつけてしまいそうです。


第2八ヱ門架道橋という名称ですね。
この辺の住民で知っている人どれくらいいますかね。


小名木川駅を越えると高架になっていきます。
名称の由来の小名木川に架かる橋。


その右側の車道の橋桁がレンガで外装されています。
線路が消えていく一方、こういうレトロなものはできるだけ残して欲しいですね。


大島一丁目。枕木丸見えの架橋です。
列車を下から見上げると落ちて来そうで怖いでしょうね。


大島周辺に差し掛かるとこのような下町を横目に線路は続いています。
ここの人たちにとって家の前を通る貨物列車は当たり前のものなのでしょう。


新大橋通りと交差しました。
ここは私にも馴染みの深い、以前暮らしていた所の近くです。
特に変わった様子のない下町ですが、亀戸駅に用があるとき、この架橋の表示はいつも目にするものでした。


首都高速小松川線の下に堅川に架かる橋がありました。
この堅川は今では広範囲にわたって埋め立てられています。


今はなき川を越えたところ。


まもなく亀戸駅に到着します。
この辺から線路は徐々に東の方向に曲がり始めました。


京葉道路に対して斜めに架かった橋。
そして今回の探訪はまもなく終わりに近付きました。


総武本線と合流するかのように亀戸駅に到着しました。
総武線と成田エクスプレスがお出迎えです。


亀戸駅交差点。奥が総武本線、手前が貨物線です。
この駅を越えると更に橋脚は高くなり、総武本線を跨ぐようにして交差し新小岩まで続いていくのでした。

段々なくなりつつある子供のころの風景。
そんな時、ある歌を思い出しました。
森高千里:『この街』
♪でもこの街が好きよ 生まれた街だから・・・


Posted/发表于 keidoh : 2004年10月18日 21:31


Comment/发表评论

見ていて鳥肌が立ちました!凄い!!
結構残ってるんですね。
橋台のレンガ。こういうモノは歴史的遺産の価値アリです!
踏切の表示が「汽車」の絵なのもびっくりでした。
 
そうそう!keidohさんのご近所、有楽町駅日比谷口のガードの柱には明治43年開業時の鉄柱がしっかり残ってます!

Posted/回复者 しらいし : 2004年10月18日 23:02

手元の地図と写真を見比べながら楽しませていただきました。
お役目を終えた線路は、今後周辺の風景が変わるとともに徐々に撤去され、人々から忘れられてしまうのでしょう。
子供の時、心に刻み込まれた原風景は一生忘れないと言われますが、きっとkeidohさんの原風景は、この貨物電車と近くに見える海なんでしょうね。

Posted/回复者 momo : 2004年11月05日 15:50

おしさしぶりです
私にとってはあまりにも懐かしくそして忘れかけていた記憶が、鮮烈に蘇ってきました。

その中でも特に
”清洲橋通りと交差”
小名木川の踏切があったところですね!
5歳の頃、幼稚園まで清洲橋通りをバスで通いました。そのほかにも想い出が沢山、沢山ある場所です。

”新大橋通りと交差”
この場所は・・・・・涙があふれてきました。

keidohさん ありがとう!!

Posted/回复者 竹さん : 2004年12月11日 05:01

竹さん、本当にお久しぶりです。
私は今年の5月に晴海の実家に戻りました。
江東区で11年一人暮らししていたことになります。
年が明けたらまた江東区近辺を撮影していきます。
家を囲むように縦横に走る碁盤の目のような道路。
一生撮り続けていきます。
リクエストあれば承りますよ。

Posted/回复者 keidoh : 2004年12月15日 06:01

新砂踏切の警備員さん、この方たちはバスの車庫への交通整理の方々です。カメラ監視中の看板の奥に踏み切りを渡って左手に進む道が分かるかと思います。そこが車庫への入り口なのです。

Posted/回复者 旅歌 : 2005年02月22日 19:16


2005年9月19日

この日がいつか来るのは分かっていましたが、ついに晴海線が通っていた場所の再開発事業が始まりました。
晴海・豊洲周辺は工事が進み、少しずつ違った風景になってきています。

p1000024.jpg
晴海の車庫跡を出てすぐのカーブ部分にて。
写真では分かりにくいがショベルカーが線路の上に乗っています。

p1000018.jpg
役目を果たした枕木が山積されています。

p1000019.jpg
トラ柄のポールや信号装置などが横たわっていました。

「今あるがままの姿を写しておこう」
無くなりつつある子供の頃の記憶をこれ以上失わないようにとあちこち撮影していた時、悲観的な心の隙間に一筋の光が差し込みました。
豊洲地区で巨大なホームセンターがオープンし、その建物の脇の歩道に線路がオブジェとして遺されていました。
p1000028.jpg
それまで工事フェンスで覆われていたため立ち入りできなかった場所でしたが、このような形で出会えたことに驚き、長年捜していた友人に出会えたかのような感激がありました。

Posted/发表于 keidoh : 2005年09月19日 20:59


2011年3月6日


晴海大橋たもとの空き地も再開発されるようで工事が始まりました。
いままで土で埋もれていた線路を掘り起こし撤去している様子。
画面右下が積まれたレール。

この本の内容は以上です。


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