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死の宣告

 デジタル音が鳴っている。かすかに意識を取り戻した。

 デジタル音が鳴っている。問題ない。

 デジタル音が少し大きくなった。まだ我慢しよう。隣人には影響がない。

 デジタル音が何分鳴り響いているのかわからない。もう起きよう。

 

 

「……光信号からデジタル音に変えてみたが、朝起きれないのは体質の問題だな」

 旧式の目覚まし時計であった。音だけは馬鹿でかい。こいつのいいところは電池で動いているということだ。そう、この使い勝手が悪いところが自分に似ていてたまらない。

 

 新着メッセージを受信しました。

「【重要】入替作業のご案内」

 

 

「メンテナーのカジキです。先日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。

移行準備が整いましたので、本日の13:00より入替作業を実施いたします。

最寄の公的機関、もしくは自宅にて作業開始時まで待機をお願いいたします。

以上、よろしくお願いいたします。」

 

 

「最寄の公的機関? どういうことだ」

 

 新着メッセージを受信しました。

「【補足】移行作業オプション」

 

 

「メンテナーのカジキです。移行時に以下のオプションがあります。

・キャリアアッププラン

 経営者になってみませんか。入替作業時にあなたの経歴を一部変更いたします。古いあなたは新しいあなたに代わり、素晴らしい経歴を持った状態で生活していくことができます。

・スキルアッププラン

 あなたは天才だったのです。他人には気がつかない程度にあなたの能力を価格に応じてスキルアップを行います。ばれても大丈夫。「努力」と「才能」という言葉があなたを守ってくれます。

・オーバーライドプラン

 残したい記憶があれば消してみませんか。あなただけの記憶ではなく、すべての記憶を上書きいたします。あなたが消える際にすべての情報を消してみませんか。

・スペシャルプラン(期間限定その1)

 メンテナーとして第二の人生を歩みませんか。ただいま【ノア】ではメンテナーを募集しています。興味のある方は本日の12:00時までに、【ノア】人事部までご連絡ください。

・スペシャルプラン(期間限定その2)

 最新の【ノア】を体験してみませんか。あなたは永遠の存在を手に入れることができます。興味のある方は本日の12:00までに、【ノア】人事部までご連絡ください。

すばらしいプランをぜひご購入、ご体験してください」

 

 メッセージの斜め読みを終えると、ため息とともに愚痴が漏れる。

「なるほど。なんて目覚めの悪い朝だ。最期の日、死の宣告ってわけか」

 再度、「【補足】移行作業オプション」のメッセージを開く。価格の欄を見てすぐにメッセージ画面を閉じる。

「オプション品はどれも購入できそうにないな。メンテナーになるのにも金が要るのかよ。金、金、金だな」

 

「ご主人様、今日はどのようなご予定ですか?」

 嫁からの新着メッセージ。

「ああ、スケジュール入れるの忘れていたな」

 スケジュールを開く。13時に公的機関とすでに予定が入っていた。「承諾」をクリックする。

「それなら公的機関とやらにいってやろうではないか」

 公的機関であるコロニー管理局は【ノア】のデータセンターの1つである。コロニー管理局のエリア内でしか行えない登録手続き、更新手続き、抹消手続きがある。

 

 軽いストレッチを行い、ダイニングルームに向かうと既に嫁は朝飯を作っていた。エプロンをつけた嫁の後姿を見ることができるのもこれが最後かもしれない。

「ご主人様、公的機関に行って何をされるのですか?」

「悪あがき」

「ご主人様、捕まらないようにしてくださいね」

「ああ。もちろん」

 嫁が皿を両手で持って振り返る。

「今日もオムライスなのかい?」

「ご主人様、オムライス嫌いでしたっけ?」

「いや、そういう意味ではない」

 

 オムライスを口の中に詰め込む。歯を磨き、髪を整え、スーツに着替える。

見た目は何も変わらない。

「さあ、戦闘準備はOKだ。今日の夜には戻ってくるよ」

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 定期便の輸送車両に乗ると、コロニー管理局へ向かった。

 12:00。タイムリミットまで、あと1時間。


ID交換

 普段と変わらぬ輸送車内。携帯端末でゲーム対戦をしている子供たち。眼鏡越しに難解そうな本を読む老人。周りの迷惑を顧みず大声で話すおばさん…失礼、婦人たち。キャバ嬢風アンドロイドとデート中の男性。

 この乗客の中にもうすぐ消される人間がいるなんてことは誰も予想すらしていないだろう。ぼんやりと景色を眺めながら輸送車両に揺られること30分。コロニー管理局前の駅で降りる。


 12:45。タイムリミットまで、あと15分。

 

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コロニー管理局。
コロニーの全住民、全施設、外部へのアクセス、外部からのアクセス、すべての情報を管理している公的機関。

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 コロニー管理局は円筒型の灰色の建物で入口のみの建物で中を覗けるような窓はない。エアーダクトからは生暖かい空気が放出されていた。

 

「何年ぶりかな。管理局に入るのは」

自動ドアが開く。

 12:47。タイムリミットまで、あと13分。

 右手を受付の端末に乗せると、ディスプレイに「6FのフロアB」と表示された。
「へえ、ここ6Fまであったんだ。知らなかったな」

 網膜ディスプレイにエレベータまでのルートが表示される。案内されるままにエレベータのある部屋へと進んでいく。

 

 コロニー管理局の職員とすれ違うこともなくエレベータの前に到着した。エレベータが開く。

 目の前に自分がいた。

 自分が右手を上げるが、目の前の自分は、あきれた顔でこちらを見ていた。鏡ではないようだ。

 

「どうぞ、こちら空いていますので、お乗りください」
「あ、いや、自分、次ので乗るんで。結構です」
「そうですか」

 自分とのやり取り、お互いの無言の時、わずか数秒の出来事が数分のように感じた。
 エレベータは自然に閉まった。閉まり際に目の前の自分が微笑んだのがわかった。
 悪魔のような素敵な笑顔だ。鏡の前で笑う自分とそっくりだった。


「あの人が、新しいあなたなのですよ」
 背後からの声。聞き覚えのある声。振り返る。カジキだ。

 

「ロストナンバー。先ほどのあなたが新しいあなたです」
 両手を広げ、神の申し子のように語り掛けるカジキ。

 

「…ドッペルゲンガーかよ」
「あなたのIDは新しいあなたに引き継ぎました」
 自分の言葉に耳を貸さないカジキ。相変わらずだ。

「なるほど、ちょっと不満を言ってもいいかな」
「応えられる範囲であれば」

「もうちょっとイケメンにしてほしかったな」
「これ以上は無理でしたね」


 12:54。タイムリミットまで、あと6分。


「あと、5分ほど後にあなたは死にます」
「死因は? それより痛くないんだろうな?」

「強制シャットダウンによるガベージです」
「時間もないし、サルでもわかるように言ってほしい」

「あなたの体内デバイスを暴走させます。脳への血流を止め、同時に心臓を停止させます。ご安心を、痛みはありません。体への負担の少ない方法で肉体および臓器は再利用できます」

「その起動スイッチはどこにあるんだ?」
「このコロニー管理局のスケジューラに登録してます。自動でキックされます」

 

わざわざコロニー管理局へ呼んだのは電波障害を防ぐためだったのか。

 

「今から電波の届かない場所でも行こうかな」
「このコロニーの外に出るということでしょうか? それならば、異動手続きが必要ですよ」

そういえば、コロニー内で電波が圏外になることなかったな。いい仕事をしてらっしゃる。

 

「あと、3分後にあなたは死にます」
「いちいち言わなくても、時間くらい自分でわかる」

 

あと、2分じゃないか。多めに見積もるなよ、カジキ。

 

「そういえば、さっきのクローン。自分とIDが同じって言ってたな」

「ええ、純粋な複製ですから」

「同じIDなら同時に死ぬんじゃないの?」

「ご安心を。実際は、あなたのIDを消した直後に、あなたのIDの入れ替えを行うのです」

「なるほど、しっかりテストはやったのか?」

「ええ、万全の体制です」

 

「まもなく、あなたは死にます」


この本の内容は以上です。


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