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予期せぬエラー

「もう一度言います。あなたにエラーが見つかりました」

 

「え? はぁ?」

 

「聴覚、思考データにエラーは出ていないはずですが、もしかしたら」
「確かに自分は頭の出気が悪いかもしれませんが、それは元からでして、その、なんていうかエラーと言われるのは心外ですが」
「いえいえ、あなた自身がエラーではないんですよ。あなたの体内デバイスがエラーだということです」
「なるほど、では修理してください」

 

 

「それが無理なんですよ」

 

「へ?」

 

「ご相談にあがったのは、無断では削除できない法律になってまして」
「削除。削除ってどういうことですか」

 

「あなたの代わりをこちらで用意するので、同意をお願いしますという確認です。あなたはいなくなります。しかし、世間一般的にはあなたは存在していることとなります。固体識別番号もそろえますので、この世間的に問題ありません」

「問題ありですよ」

「ほとんどの方がそう仰いますね」
「で、自分は死ぬことになるんですか」

「代わりのあなたは生き続けますよ」

カジキという男は冷静だ。この不毛なやり取りに慣れているようだ。

 

やばいな。このままだと消される。なんとかして自分が生きることを正当化しなければ。

 

「【ノア】の関係者ならご存知ですよね? 【ノア】は生命すらも管理したと公言していますが思想や考え方までは復元や複製はできない。これは過去からの【ノア】の永遠の課題ですよね。実際には、あなたたちは生命について何もわかっていらっしゃらないようで」


 

 自分の発言にカジキという男の眉が動いた。この問題は【ノア】の関係者にはタブーの領域である。

 

 

「はい、あなたの思考にもエラーがあるかもしれませんね。【ノア】は完璧です。まあ、説明を聞いてください」

 そう言うとカジキは我に返り、定型作業のように話を続けた。自分の発言について、うまくお茶を濁された感じだ。

「あなたの体内デバイスにメモリリークが発生しているようなんですね。原因はバグとは言いにくいのでウイルス感染だと考えています」
「なるほど、バグではないと。あくまでウイルス、ウイルスと。ウイルスによる不具合と」

「類似障害がありまして間違いありません。一番怖れているのは、外部への感染を怖れているわけです。もし、あなたのコンピュータウイルスが飛び火してしまうとパンデミックが発生するわけです」
「では、そのパンデミックの対策はどのようにするんですか」
「あなたと通信を行った端末の隔離と検疫、あなたと感染者の削除」

 

「そういうことですか」

「そういうことです」

 

やばいな。これは。自分の体内デバイスがおかしいのは事実なんだろう。でも、どうする。

「家内に相談したいのですが」

「あなたに家内はいませんよね」

 

「では、親に」

「ご両親はいませんでしたよね」

 

「弟と相談したい」

「弟さんがいらっしゃったんですか。ま、期限がありますので、明日にはあなたを削除します。代わりのあなたも用意いたします。最期の一日を楽しんでください」

 

「長い休暇になりそうです」

「ええ。では、ただ今より、あなたはロストナンバーとなります」

「そうですか」

 

「データの移行期間がありますが、あなたの権利はすべて、代わりのあなたに委譲されます」

「そうですか」

 

「つまり、あなたはいつ殺されてもおかしくない状態になります」

「そうですか、では、私は家に帰ります」

 

「今から作業開始しますが帰りの車両は乗れると思います」

 


 はあ、人生オワタ。


死の前夜

「ただいま」

 かかとで片方の靴を踏み靴を脱ぎ捨てる。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 靴を揃える嫁を脇目にもせず、リビングに向かった。

 


 【デレ・モード】の嫁の声が聞けるのも今日で最後だ。おそらく自分の代わりへデータが移行された段階で自分の存在は不要になる。殺されるとしたならばその瞬間だろう。

 この体内デバイスがネットワークに繋がっているのであれば、一瞬で心臓を止めることも可能なのではないだろうか。

 

「待てよ。すでに攻撃は始まっているかもしれないな」

 

 

 自分の活動ログを確認する。メモリエラーもなく端末に異常の気配は無い。

 

「朝9時、出勤」「朝11時、来客対応」「午後、体調不良により帰宅」

 

 ローカル情報には何の変化もない。虫歯が悪化したことを除けば特に問題は無い。

 

 

「どうやら個人の活動ログは改ざんできないようだな」

 

 カジキとの話し合いの後、【1F東側の窓際の席】に戻り、仕事を再開しようとした。しかし、既に自分の作業実績は記録されていた。カジキが訪れた際のビジネススペース内での緊急メッセージは削除され、カジキとの来客対応は無かったことになっていた。しかし、個人の活動ログは残っていた。

 プライバシーの配慮から、【ノア】の管理人クラスであっても個人の活動ログは改ざん、参照できないようになっているのだろう。

 

「真面目か!」

 このあたりは真摯に仕様通りに作りすぎているのでないかと、不覚にも【ノア】の誠実さに感心した。

 

「待てよ……」

 個人ログはコピーも参照もできない。ここに自分が生き延びることのできるチャンスがあるかもしれない。

 公式ログの記録と事実の差異が発生すれば記録上では死亡し、実際には生存している状況を作り出すことができるかもしれない。

 

 

 【ノア】側からの通信は全て受け付けないようにする必要がある。自分から【ノア】側への接続も控える必要がある。

 

 

「ご主人様、ご飯冷めちゃいますよ」

 未来を憂う自分を嫁の甘い声が現実に引き戻す。

「悪い、悪い。食べるよ。おいしいうちに」

 

 

嫁が作った最期のご馳走を食べ終える。

「オムライス、作るの上手くなったな。美味いよ。本当に」

「また、明日も作りますね」

 毎回の食事の後に自分好みの味になるように、【レシピ】のパラメタをいじっているのだから、美味しくなるのは当然である。

「また…明日な」

 

 食事を終え、自室に引き篭もると、過去に調べた資料を全てプライベート領域に格納した。体内デバイスを含む全ての端末の設定を変更し、外部からの応答は全て弾くようにした。

 

 

 リビングに戻る。充電器の前で座り込む嫁。

 いつもは自分の位置情報から帰宅前になると起動していたため、無表情の嫁を見るのは購入した時以来であった。

「なあ、今までありがとうな」

 嫁に対して感謝の言葉だった。自分の言葉に嫁からの応答は無かった。

 

 

「わかってる。もう、お前には、僕の声、聞こえてないんだからな」

「……」

 相変わらず無反応の嫁。

 

「……からの」

「……」

 相変わらず無反応の嫁。

「だよな。何もないよな。これでいい、ああ、これでいいんだ」

 

 

 自分の位置情報から自分の生存信号まで処断した。これで自分が死んでも身内や救急隊が駆けつけてくることも無い。知人にしてみればコンタクトリストに登録しているリストから自分一人のIDが削除されただけに過ぎない。削除されたことに気がつくのもわずかな知人だけだろう。

 

 

「テストは完了した。よし、元に戻しておくか」

 端末の設定を元に戻す。プラグイン端末が自分の位置情報、生存信号の送信を始めた。

 

「ご主人様、いつのまに戻っていたんですか」

「ふ、魔法使いは突然現れるもんだ」

 上目遣いに驚く嫁に、自分なりのニヒルな笑みを返した後、小さく呟いた。

「本当は魔法使いにはなりたくないんだけどな」

 

 

「さて、明日、何時まで生きているんだろうな。本物の自分は」


死の宣告

 デジタル音が鳴っている。かすかに意識を取り戻した。

 デジタル音が鳴っている。問題ない。

 デジタル音が少し大きくなった。まだ我慢しよう。隣人には影響がない。

 デジタル音が何分鳴り響いているのかわからない。もう起きよう。

 

 

「……光信号からデジタル音に変えてみたが、朝起きれないのは体質の問題だな」

 旧式の目覚まし時計であった。音だけは馬鹿でかい。こいつのいいところは電池で動いているということだ。そう、この使い勝手が悪いところが自分に似ていてたまらない。

 

 新着メッセージを受信しました。

「【重要】入替作業のご案内」

 

 

「メンテナーのカジキです。先日は貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございました。

移行準備が整いましたので、本日の13:00より入替作業を実施いたします。

最寄の公的機関、もしくは自宅にて作業開始時まで待機をお願いいたします。

以上、よろしくお願いいたします。」

 

 

「最寄の公的機関? どういうことだ」

 

 新着メッセージを受信しました。

「【補足】移行作業オプション」

 

 

「メンテナーのカジキです。移行時に以下のオプションがあります。

・キャリアアッププラン

 経営者になってみませんか。入替作業時にあなたの経歴を一部変更いたします。古いあなたは新しいあなたに代わり、素晴らしい経歴を持った状態で生活していくことができます。

・スキルアッププラン

 あなたは天才だったのです。他人には気がつかない程度にあなたの能力を価格に応じてスキルアップを行います。ばれても大丈夫。「努力」と「才能」という言葉があなたを守ってくれます。

・オーバーライドプラン

 残したい記憶があれば消してみませんか。あなただけの記憶ではなく、すべての記憶を上書きいたします。あなたが消える際にすべての情報を消してみませんか。

・スペシャルプラン(期間限定その1)

 メンテナーとして第二の人生を歩みませんか。ただいま【ノア】ではメンテナーを募集しています。興味のある方は本日の12:00時までに、【ノア】人事部までご連絡ください。

・スペシャルプラン(期間限定その2)

 最新の【ノア】を体験してみませんか。あなたは永遠の存在を手に入れることができます。興味のある方は本日の12:00までに、【ノア】人事部までご連絡ください。

すばらしいプランをぜひご購入、ご体験してください」

 

 メッセージの斜め読みを終えると、ため息とともに愚痴が漏れる。

「なるほど。なんて目覚めの悪い朝だ。最期の日、死の宣告ってわけか」

 再度、「【補足】移行作業オプション」のメッセージを開く。価格の欄を見てすぐにメッセージ画面を閉じる。

「オプション品はどれも購入できそうにないな。メンテナーになるのにも金が要るのかよ。金、金、金だな」

 

「ご主人様、今日はどのようなご予定ですか?」

 嫁からの新着メッセージ。

「ああ、スケジュール入れるの忘れていたな」

 スケジュールを開く。13時に公的機関とすでに予定が入っていた。「承諾」をクリックする。

「それなら公的機関とやらにいってやろうではないか」

 公的機関であるコロニー管理局は【ノア】のデータセンターの1つである。コロニー管理局のエリア内でしか行えない登録手続き、更新手続き、抹消手続きがある。

 

 軽いストレッチを行い、ダイニングルームに向かうと既に嫁は朝飯を作っていた。エプロンをつけた嫁の後姿を見ることができるのもこれが最後かもしれない。

「ご主人様、公的機関に行って何をされるのですか?」

「悪あがき」

「ご主人様、捕まらないようにしてくださいね」

「ああ。もちろん」

 嫁が皿を両手で持って振り返る。

「今日もオムライスなのかい?」

「ご主人様、オムライス嫌いでしたっけ?」

「いや、そういう意味ではない」

 

 オムライスを口の中に詰め込む。歯を磨き、髪を整え、スーツに着替える。

見た目は何も変わらない。

「さあ、戦闘準備はOKだ。今日の夜には戻ってくるよ」

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 定期便の輸送車両に乗ると、コロニー管理局へ向かった。

 12:00。タイムリミットまで、あと1時間。


ID交換

 普段と変わらぬ輸送車内。携帯端末でゲーム対戦をしている子供たち。眼鏡越しに難解そうな本を読む老人。周りの迷惑を顧みず大声で話すおばさん…失礼、婦人たち。キャバ嬢風アンドロイドとデート中の男性。

 この乗客の中にもうすぐ消される人間がいるなんてことは誰も予想すらしていないだろう。ぼんやりと景色を眺めながら輸送車両に揺られること30分。コロニー管理局前の駅で降りる。


 12:45。タイムリミットまで、あと15分。

 

---------------------------------------------
コロニー管理局。
コロニーの全住民、全施設、外部へのアクセス、外部からのアクセス、すべての情報を管理している公的機関。

---------------------------------------------

 コロニー管理局は円筒型の灰色の建物で入口のみの建物で中を覗けるような窓はない。エアーダクトからは生暖かい空気が放出されていた。

 

「何年ぶりかな。管理局に入るのは」

自動ドアが開く。

 12:47。タイムリミットまで、あと13分。

 右手を受付の端末に乗せると、ディスプレイに「6FのフロアB」と表示された。
「へえ、ここ6Fまであったんだ。知らなかったな」

 網膜ディスプレイにエレベータまでのルートが表示される。案内されるままにエレベータのある部屋へと進んでいく。

 

 コロニー管理局の職員とすれ違うこともなくエレベータの前に到着した。エレベータが開く。

 目の前に自分がいた。

 自分が右手を上げるが、目の前の自分は、あきれた顔でこちらを見ていた。鏡ではないようだ。

 

「どうぞ、こちら空いていますので、お乗りください」
「あ、いや、自分、次ので乗るんで。結構です」
「そうですか」

 自分とのやり取り、お互いの無言の時、わずか数秒の出来事が数分のように感じた。
 エレベータは自然に閉まった。閉まり際に目の前の自分が微笑んだのがわかった。
 悪魔のような素敵な笑顔だ。鏡の前で笑う自分とそっくりだった。


「あの人が、新しいあなたなのですよ」
 背後からの声。聞き覚えのある声。振り返る。カジキだ。

 

「ロストナンバー。先ほどのあなたが新しいあなたです」
 両手を広げ、神の申し子のように語り掛けるカジキ。

 

「…ドッペルゲンガーかよ」
「あなたのIDは新しいあなたに引き継ぎました」
 自分の言葉に耳を貸さないカジキ。相変わらずだ。

「なるほど、ちょっと不満を言ってもいいかな」
「応えられる範囲であれば」

「もうちょっとイケメンにしてほしかったな」
「これ以上は無理でしたね」


 12:54。タイムリミットまで、あと6分。


「あと、5分ほど後にあなたは死にます」
「死因は? それより痛くないんだろうな?」

「強制シャットダウンによるガベージです」
「時間もないし、サルでもわかるように言ってほしい」

「あなたの体内デバイスを暴走させます。脳への血流を止め、同時に心臓を停止させます。ご安心を、痛みはありません。体への負担の少ない方法で肉体および臓器は再利用できます」

「その起動スイッチはどこにあるんだ?」
「このコロニー管理局のスケジューラに登録してます。自動でキックされます」

 

わざわざコロニー管理局へ呼んだのは電波障害を防ぐためだったのか。

 

「今から電波の届かない場所でも行こうかな」
「このコロニーの外に出るということでしょうか? それならば、異動手続きが必要ですよ」

そういえば、コロニー内で電波が圏外になることなかったな。いい仕事をしてらっしゃる。

 

「あと、3分後にあなたは死にます」
「いちいち言わなくても、時間くらい自分でわかる」

 

あと、2分じゃないか。多めに見積もるなよ、カジキ。

 

「そういえば、さっきのクローン。自分とIDが同じって言ってたな」

「ええ、純粋な複製ですから」

「同じIDなら同時に死ぬんじゃないの?」

「ご安心を。実際は、あなたのIDを消した直後に、あなたのIDの入れ替えを行うのです」

「なるほど、しっかりテストはやったのか?」

「ええ、万全の体制です」

 

「まもなく、あなたは死にます」


この本の内容は以上です。


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