閉じる


<<最初から読む

10 / 14ページ

アラビア湾の小鳩 《2》

《2》

縁は不思議なものである。翌朝10時過ぎに電話を入れると、忘れもしないイレーヌの声が返ってきた。

Hi, Irene。琢哉だけど憶えている? 今出張でロンドンにいる」

「ああ驚いた。正木さんからも電話があったの。本当にびっくりした。お昼でも食べる?」

「勿論そのつもりだった。イレーヌが好きだった飲茶でどう?」

OK。ラスター・スクエアのジョイ・キン楼って知っている?」

「うん、ロンドンに来るとかならず寄っている。美味しいよね。そこで12時前に会おう」

電話が終わって、昼前までのひと時をベッドに寝転び、軽いクラシックのBGMを聴きながら眼を閉じると、30数年前が走馬灯のように蘇った。

デートは隔週で、金曜日と決まっていた。待ち合わせ場所は、ビートルズが日本で始めて記者会見したので有名な山王のヒルトンホテルのメインバー。そこで行き先を決め、琢哉が通勤に使っていた小さなブルーのルノーで走り回った。痩躯長身でファニーフェイスのイレーヌと、日本人にしては長身の琢哉のコンビだから人目につく。本人たちは「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペック気取りだったかもしれない。まもなく業界でもちょっとした噂が広まった。

イレーヌは父親がギリシャ人、母親はロシア人のミックスである。父親の姓はステファノスといって、オナシスに次ぐレベルの船舶財閥の直系だった。日本の高度成長期にタンカーを大きく取り扱っていたようだ。父方の祖父がアテネの本社で指揮をとっていて、跡継ぎであるイレーヌの父親は日本に支社をつくって長期滞在し、一人娘のイレーヌは中学から大学までを日本で過ごしていた。中高は横浜のアメリカンスクールである。日本人の帰国子女もいたから、読み書きは出来ないが日本語の会話にまずは不自由しない。ただし、ビジネスになると文書で記録しておく必要もあるので、英語を使った。

六本木のアントニオなどでパスタを楽しむか、横浜の中華街を探訪するかがデートの定番で、横浜ならそこから本牧辺りのバーで踊ったりしたものだ。イレーヌは早いテンポのジルバやサンバが得意だったが、合間のスローで抱くと上手い具合に2人の身体が合わさるのがなんともいえなかった。

当時は飲酒運転に今ほど厳しくはなかったので、長いデートが終わると、ルノーで彼女を北青山の家まで送る。庭に車のアプローチがある大きな邸宅だったが、イレーヌは門の手前で車を止めさせ、琢哉に素早く唇を合わせると、ドアから宵闇にひらりと消えていくのが常だった。

逢瀬を重ねるごとに恋心が募り、琢哉が結婚を意識するようになった晩春の頃だった。イレーヌが日帰りで箱根に連れて行ってほしいという。

「芦ノ湖を水彩画で描きたいの。出来上がったら琢哉にあげる。ロマンスカーって乗ってみたいし…」

「久し振りに箱根もいいね。ゆっくり話したいこともあるから車でなくロマンスカーにしよう」

 

 爽やかな五月晴れの朝、ロマンスカーで湖畔に着くと、イレーヌは早速キャンバスを広げて2時間ほどスケッチに集中する。琢哉はガードマンとして傍で寝転んでペーパーバックスの頁を繰っていた。絵が出来上がると、琢哉が予めデイユース(日泊まり)で予約しておいた強羅の老舗・富士屋ホテルに脚を伸ばした。

温泉でゆっくり手足をほぐしたあと浴衣に着替えて、ルームサービスでランチを楽しんだが、何故かイレーヌの言葉が途切れがちで、表情が冴えない。

帰りの車中で肩をそっと抱こうとする琢哉の腕を抑えて、イレーヌから思わぬ別れの言葉が低いくぐもった声で告げられた。

「琢哉、来月ギリシャに帰ることになったの。おじいさんが亡くなってパパが事業を継ぐことになったのよ」

「(驚いてしばし無言で見つめたあと)イレーヌ、好きだよ。大好きだ。前から思っていたけど結婚しない?」 

「(うつむいてしばし無言ののち)駄目。琢哉は大好きだけど、結婚は無理なの。パパはオナシス家の遠縁に当る人を探してきて、彼が待っているみたい。一人っ子だから後を継ぐにはそれしかないのだって。それに琢哉には何も言わなかったけど、今はいえない身体の秘密もあるの。もう会わないつもり。だから今日誘った。この絵は琢哉への贈り物。大事にして…」

 後は言葉にならない。

「そうか、そうだったの。実はこっちもジュネーブのIATA本部への出向を内々言われていてね。今日イレーヌの気持ちを確かめようと思っていたんだよ。つらいけど、イレーヌのこれからを考えると、ご両親とアテネに帰るしかないのかもしれないね」

 週明けに出社すると海外勤務の内示があった。やがて梅雨に入る頃、イレーヌはギリシャへ、琢哉はスイスへとそれぞれの旅路に着いた。その後、風の噂で、イレーヌは結婚したものの数年後には夫をクルーズの事故で失なったと聴いていた。

 


アラビア湾の小鳩 《3》

《3》

半年ほど前に、サラリーマン生活から第2の人生に入る準備としてパソコンを買い替え、人脈の整理を兼ねて興味本位で思い出す名前を次々と検索してみた。イレーヌ・ステファニスと入れると、アメリカンスクールの同窓会のホームページに繋がり、更に辿ると柔らかく長い黒髪で茶色の目をした高校時代のイレーヌが現われた。ところが、Lost(不明)と注記されている。Passed(死亡)ではないけど、行方不明で連絡が取れないらしい。どうしたのだろう…。不審に思いながらもそれ以上は検索できなかった。それが最後の出張先で32年振りに再会できるとは、神様も粋な演出をなさるものだ。

 待ちきれずホテルを飛び出して、マーブルアークから地下鉄に乗り、ラスター・スクエアの待ち合わせ場所に着いたのは11時半。飲茶は客足が早いが、何とか1階の奥に2席抑え、小さな茶碗でジャスミンテイを2杯ほど飲んだ頃、入り口から半ば白髪の女性がフィリピン人らしいメイドに支えられながら近づいてきた。イレーヌだ。杖をついている。琢哉が立ち上がるとすがりつくようにハグしてきた。メイドは琢哉にイレーヌを預けると、「終わったら、携帯で連絡してください。すぐ迎えに来ます」といって店を出て行った。

「琢哉、会いたかった。夢みたい」

「本当に夢みたいだ。32年振りか。ネットで検索したら行方不明となっていたので心配していた。それがこんな再会になるなんて…」

横浜のデートを思い出して、次々に点心を注文しながら話は弾んだ。事故で夫を失ってから間もなく今度は、母親、父親が相次いで病死して、船舶会社はオナシス・グループに吸収される形で解散した。

かなりの遺産を相続したようだが、傷心のイレーヌに追い討ちをかけるようにリューマチが襲った。足が不自由なのはそのせいで、実は日本にいて琢哉と出会う頃に医者から持病として宣告されていたそうだ。

両親の死後は、アテネから父親の故郷レフカス島に移ったが、リューマチが悪化したのを機に、気候のよい季節はロンドンでプライベート・ドクターの治療を受けながら過ごしている。ノッテイングヒルに家を持って、父親が収集していたアンテイークを基に骨董店を開くと、商売上手の血が流れているのか、かなりの成功を収めた。自分自身もアンテイークが好きになり、趣味と仕事が一本化しているらしい。

「レフカス島って、確か小泉八雲の故郷だよね」

「そうよ。彼のお父さんはアイルランド人。ギリシャは英国と変な繋がりがあるのよ。エリザベス女王と結婚したフィリップ、つまりエデインバラ公の祖先も半分はギリシャの血が入っているらしいわ。治療でロンドンに住んでいるのも因縁があるのかもね」

 再婚は諦め、結婚している頃にアテネで雇って今ではすっかり家族の一員になったフィリピン・メードと一緒に住んでいるという。暗くて寒い冬場は、骨董店はイギリス人の友人に預けてレフカス島に戻る。

オイルリッチのドバイにも小さな店を出し、パーム(The Palm)というタイガーウッズやベッカム様が別荘を持つ超高級リゾートの一角にも家を買ったというから凄い。ジュメイラというビーチからアラビア湾にシュロの葉のように突き出た、お伽の国のような海の上の別荘地である。

なぜかロシア人のお金持ちが大挙して訪れるという。ソ連が崩壊したあと資本主義経済に素早く変身して大儲けした成金さんが多いらしい。イレーヌの母親はロシアの旧家の生まれだが、一族にアラブの王族と釣るんでいる従兄弟がいて、その紹介でパームを知ったという。

「今夜の便でドバイに寄ってから日本に戻るので、パームも覗いてみよう。イレーヌから貰った水彩画は結婚した後も我が家の壁に架かっているよ。仕事で世界中を廻っているうちに、行く先々で気に入った銅版画や小さな絵を買い求めたのが家中に飾ってあるけど、イレーヌの『芦ノ湖』もそのうちの一点になっている。『永遠の芦ノ湖』というわけ」

「永遠の芦ノ湖? It’s all Greek to me.(なんだかさっぱり分らないわ)。たまには絵をみて思い出してね。セルフォン(携帯)のカメラで琢哉を撮っておくね。寂しくなったら見たいから」

 あっという間に2時間が過ぎ去った。そろそろホテルに戻り、チェックアウトして支店に挨拶する時間だ。携帯でフィリピン・メイドを呼び戻し、イレーヌとの長いハグを解いて彼女に預け戻した。

 


アラビア湾の小鳩 《4》

《4》

 夜九時にロンドンを発ったエミレーツ航空は滞空時間4時間ほどでドバイ空港に着陸した。昼間は摂氏40度を超える灼熱のドバイも夜はぐっと気温が下がる。空港内は思いっきり冷房が効いているから寒いくらいだ。免税店の入り口にはラッキードローの景品だという超高級車が飾ってあり、遠来のお客様の度肝を抜く。いかにも急成長したオイルリッチな国の玄関に相応しい。

 二泊三日の旅で、それこそこれで海外出張はジ・エンドとなるから、支店に無理を言って、宿は郊外のリゾートホテルを予約してもらった。翌日、エミレーツ航空との打ち合わせが無事終わると、パームをちょっとだけ覗いてからホテルに戻った。支店との会食までの時間をつぶすため、シャワーを浴びてから2階のメインバーに足を運ぶ。アラビア湾に夕日が傾き始めた頃である。

バーは広いテラスに繋がっている。4脚の椅子がついたほどよい大きさの円卓を1つ占領して、イレーヌとその昔よく飲んだジントニックを注文する。2杯、3杯とグラスを重ね、心なしか涼しい潮風で疲れが癒される頃、小鳩がすうーと近寄ってきた。

 初めこそテーブルの端から小首を傾げてじっと様子を窺っていたが、赤ら顔でうとうとしている初老の男に安心したのか、つつっとテーブルを渡って近寄ってきた。琢哉がつまみのナッツを砕いて撒くとちょこちょことそれを啄ばむ。十分も繰り返すとすっかり安心したのか、ひょいと飛び上がって琢哉の右肩にとまって琢哉の顔を覗き込む。

周りのテーブルのお客さんもそれに気が付いて、びっくりした表情でニコニコしている。

Is it a boy or a girl?(男の子かな、それとも女の子?)」。

アメリカ人らしい男が声をかけた。

Of  course, it’s a girl.(勿論女の子ですよ)」

琢哉が返す。それが分ったのかもしれない。小さい恋人は嬉しそうに右肩から左肩に飛び移った。

20分も遊んだろうか、アラビア湾に夕陽が沈むのを見計らったように、小鳩は琢哉の顔を覗き込んで一瞥すると、さっと飛び去って消えた。束の間の再会を惜しんだイレーヌが今一度別れを告げにきたのかもしれない。

 


奥付

【奥付】

 

企業OBペンクラブとは

 日本が世界に飛躍した頃、内外の第一線で活躍した元企業戦士が20年前に創設した「もの書き集団」です。掌編小説の他、800字文学館、エッセイ・コラム、俳句、川柳、フォト句、写真など活動分野は多様です。今は女性も積極的に参加してさまざまなジャンルで実力を発揮しています。

URL=http://www.obpen.com/

 

 

大人の玉手箱

編著者  企業OBペンクラブ

代表者  西川武彦

発行   2011年3月

 


奥付



大人の玉手箱


http://p.booklog.jp/book/21915


著者 : 企業OBペンクラブ
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirosawa-shigeho/profile


発行所 : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/
運営会社:株式会社paperboy&co.


感想はこちらのコメントへ
http://p.booklog.jp/book/21915

ブクログのパブー本棚へ入れる
http://booklog.jp/puboo/book/21915



この本の内容は以上です。


読者登録

企業OBペンクラブさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について