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食文化を変えた工場食品たち
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病気になったらはじめる養生
要介護にならないために!
過ぎたるは及ばざるが如し
季節野菜の効用
日本食は庶民が発展させた
<電子レンジ簡単レシピ>ま~るいオニオンスープ
<電子レンジ簡単レシピ>白子のとろろ蒸し
<電子レンジ簡単レシピ>芋餅
<電子レンジ簡単レシピ>リゾット風ミルク がゆ
なぜか身近に感じる二胡の音色
普通に出てきた物が食べられる社会
決して絶望する事なかれ
1万円出しても惜しくない握り飯
一諾を守る」の持つ信用力
幕末のアイドル坂本龍馬の実相
優秀な家臣がいても
大金持ちの財力
「高松城の水攻め」にみる黒田官兵衛の心理作戦
人生意気に感ず 功名誰かまた論ぜん
よく遊びよく働け、野村徳七の教え
慶長遣欧使節団に託した思い
スマホで変わる世の中
『古事記の神々』 その12
スコットランド式シャワー
車を安く直す秘訣 
オイル交換を忘れずに
水の色は?
ペット用携帯電話
ノロウイルスの消毒に関する注意点について
丸い氷で一杯
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なぜか身近に感じる二胡の音色

二胡の音色は何とも言えない哀愁が漂う。穏やかで優しい気持ちにしてくれ、今の気持ちを素直に解決してくれる。良い意味でも、悪い意味でも気持ちを深くしてくれる。特に昔からある曲は歴史の違いなのか、大きななにかを感じることができた。そして演奏者それぞれの個性や演奏の仕方がまた一つの曲をさまざまな曲にしてくれる。それは二胡にかぎらずずべての楽器にいえる。

 二胡のもっとも有名な曲で二泉映月があるが、昔の中国色が強く、演奏者によっては厳かに聴こえ、時に広大で、時に伝統的で率直にも聴こえる。

 人の声に近い楽器としても有名で、歌っているようにも聴こえる。日本で活動している中国人演奏者は日本の音楽を二胡で演奏しているが、どれも伸びやかで若い人にもすぅと心にはいってくる。もともと中国の古い文化や芸術品、料理などが日本にもなじみがあるから二胡は素直に聴けた。

 ヴァイオリンやピアノの音色も好きだが、アジア色の強い二胡は外国の楽器でありながら、最も身近に感じるし、なにより心が洗い流される。

 二胡は自分にとってはストレス解消法でもある。このあいだ聞いた曲に、激しい曲で馬を表現しているものがあった。題名に馬という字があったから馬の曲というのが分かったがなんと二胡で実際に馬の鳴き声を表現したのだった。楽器で動物の鳴き声を出すというあまりのサプライズにより、今までよりも二胡が大好きになった。

 (コラムニスト 加藤恭介/絵:吉田たつちか )
2011-03


普通に出てきた物が食べられる社会

 直江兼続という人物がいます。謙信亡き後の上杉家の舵取りを任された人ですが、この人が50代の頃、自筆で3冊の小雑誌をまとめたそうです。

 1冊めが「戦いに関する心得」を述べた「軍法」、2冊目が

「漢文の文辞に関する物」を書き写した「文鑑」・・・と、ここまではさすがに文武に秀でた智将!と感心するのですが、なぜか3冊めは「秘伝集」という少々、怪しげなタイトル。

 この中には、「その日大事が起こるときには自分の影が見えない」とか、「小便をして泡が立たないときは、その日大事があると考えよ。泡が立っていれば心配はない」とか、少々、「??」と思うようなことも書かれているそうです。

 この辺りは現代でも、「政治家と大企業の社長は占いが好き」と言いますし、プロスポーツ選手などもジンクスを大切にすると言いますが、ましてや、当時は生命の危険と隣り合わせの日常・・・ですよ。

 この本の後半には毒殺防止の為の心得などもあり、「毒のある膳」を前にすると、「持ってきた者は目に涙を浮べ、自分も涙目になって急に小便に行きたくなる」とか、「にわかに口が乾いて唇がひりひりする」・・・など、思わず、当時、主に毒として使われていた物がどういう成分だったか想像がつくでしょうが、そう考えれば、我々、現代日本人が噛み締めるべきものは、普通に外食に行って、出てきた物を何の疑いもなく食べられる社会というものの有り難さ・・・なのかもしれませんね。

 同書にはさらに、「口の中に脈がある。それと手の脈を取り合ってみよ。二つの脈が同時に打てば、どんな難儀があっても身に危険が及ぶことはない。これから合戦というときにも、このことによって生死を知るべきである。脈が同時に打ったならば、心を強くもって高名をあげよ。またそうでなければ用心して、きちんと慎むように。もしどちらかわからないときには、思いきって、討死にしようと思い定めて進め。意外にうまくいって高名をあげることもあるものだ」と。

 口の中の脈・・・というのは私にはよくわかりませんが、これなどもあるいは消防士さんやレスキュー隊の人たちなどにはわかるのかもしれません。

要は、戦いを前にして平常心でいろ、狼狽えてるとかえって危ない・・・ということだと思いますが、興味深いのは人によって違うのではなく、同じ人でも、その時その時で、平常心でいたり、ビビったりしていたってことですね。

 

(小説家 池田平太郎/絵:そねたあゆみ)


決して絶望する事なかれ

 昭和時代、極道和尚と呼ばれ一時代を築いた今 東光という人物がいます。

この人は、その豪放磊落な人柄もあり、まあ、良いにつけ悪いに付けエピソードには事欠かない人でしたが、中で

 

も私が忘れられない話に「絶望するなかれ」というものがあります。

 大正3年(1914年)、16歳の今 東光は、女性問題を咎められたことで教師を殴り、学校を退学処分になったことにより、町にいられなくなり、上京すべく、独り、駅のホームに立ちます。当然、一人の見送りもなく、他には人もまばらで、がらーんとしたホームで、不意に、誰かが隣に立つ・・・。フロックコートに山高帽という出で立ちで身を固めたその人物は、よく見ると何と、退学になった学校の校長先生だったそうです。

 校長と言っても、当時の校長は今とは比べものにならないくらいステイタスが高い時代ですから、怪訝な顔をしていると、突然、「絶望するなかれ」と一言・・・。さらに、困惑する少年に構わず、校長は前を見つめたまま、「君にこの言葉を贈ろう」と言い、こう続けたと言います。「絶望したときがすべての終わりである。絶望さえしていなければ、まだ、事は終わったわけではない。決して絶望するなかれ」うろ覚えで書いてますので、言葉の詳細は違うかもしれませんが、ニュアンス的には大筋はこのようなものだったと思います。

 「敗戦とは、司令官が負けを認めた瞬間に決定する」と言う定義があります。つまり、司令官が負けを認めてないうちは、どれほど苦戦していても、当然、撤退命令も出ないわけで、まだ、負けてないわけです。

 フランスの英雄ナポレオンもロシアとの激戦の際、ロシア軍の猛攻の前に、「もうだめだ。負けた。明日の朝になったら撤退を発令しよう・・・」と思っていたところ、夜が明けたらロシア軍の方が撤退していた・・・という話があります。ロシア軍はロシア軍で、フランス軍の敢闘の前に「負けた」と思ったということなのでしょうが、世の中とはとかく、こういうことが起こり得るもので、この校長が言ったのも、そういう意味だったのでしょう。

けだし名言ですね。絶望して、投げやりになったときに終わりが始まる・・・と。

 しかし、この言葉の意味もながら、さらにこの言葉を効果的にしているのが、このシチュエーションでしょう。

地域の名士である校長が、これまた、退学処分になるなどというとんでもない問題児を独り、見送りに来た・・・

と。あるいは、校長は駅まで来て、もし、見送りの生徒が数人でもいたら、一言も声をかけず、その場を立ち去ったのかもしれません。なぜか、そんな気がします。

(小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2001-03


1万円出しても惜しくない握り飯

 先日、拙宅の夕食のおかずに、鶏肉に卵と野菜を炒めた物が並んでいたところ、少し余ったので、家内がガキどもに、「ご飯にこれを掛けて、親子丼にしてあげようか?」と言っていました。その翌夕、家内がガキが書いた小作文に目を通しながら、子供に、「あんた、いつ、ウナギ丼など食べたとね?」と言っている・・・。

「もしかして、親子丼じゃないの?」・・・と。

後で、そのプリントを見てみたら、うちのガキは、「昨日は、うなぎどんを食べたよ。せんせいは、なにをたべた?」などと書いてある・・・。

先生も、「うなぎ丼なんて食べたの?いいなー」などと返事がありました・・・。

何だか、うちが、毎夕、そんな豪華な物ばかり食べているような誤解を与えたような・・・(汗)。

「お前が食べたのは、親子丼だ!」と・・・(笑)。

 島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」の中で、洋七のばあちゃんが、「別に、値段が高い物が美味いわけではない。品数が少ないから値段が高いだけだ」と言っていたのを聞いて、ある意味、「ほー!」っと思いました。

 これって、立派なインフレーションの原理でしょうし、確かに、言われてみれば、その通りなんですが、それを普通に田舎の老婆が理解していた・・・ということに新鮮に驚きましたよ。

 よくあるのが、「昨日5万円もするステーキを食ったんだぜ!」などというやつ・・・。

5万円と聞いただけで、何だか、もの凄く有り難い気がするのですが、でも、その5万円の中には、場所代も、運送代も入っての5万円なわけなのですから、それが、そのまま、美味さの等価ではないはずなんですよね・・・。(第一、人によっても、美味いまずいは違うわけで・・・。私に言わせれば、あんなに美味い「雑煮」ってやつを嫌いなやつなんて居るはずがない!と思っていたところ・・・、すぐに居ました(笑)。

 そう言えば、名古屋人である織田信長の味覚は、かなり、濃い味で、京都の貴族たちが食べる高級な食い物というのは、「どえりゃあ、まずうてかんわ」だったようです(笑)。)

ただ、普通、多くの人が美味いと思うから、皆が欲しがる。→皆が欲しがるから、品数が少なくなる。→品数が少なくなるから、値段が高くなる・・・ってことなのでしょうが、でも、皆、その理屈を疑おうともせず、盲信しているキライがありますよね。

 しかし、確かに言われてみれば、高い物が必ずしも美味いとは限らないんですよ。

以前、テレビで、東京銀座の一流寿司店の特集で、その店の店主は、直接、産地の漁場に買い付けに行ったときの映像がありました。

その店主は、市場に行くだけではなく、自ら漁に同行し、船の上で、釣れた魚をその場で捌いて、味見をしていました。

 で、一言、「釣ったその場で食べる、漁師飯というのが一番美味い。これに敵う物はない」と。

そして、続けて、「どうしても、東京に、持って行く間に鮮度が落ちてしまう。あとは、如何に、その鮮度を落とさないように調理するかが、料理人の腕」というような意味の事を言ってました。

鮮度をできるだけ落とさないで調理する技術という意味では、確かに、東京や大阪などの一流店には、そういう人材が揃っているのでしょうから、その意味では、高額な食い物というのは、「産地まで行かなくても食べられる」という利点にお金を払っているとも言えるでしょう。

 であれば、逆に言えば、「産地まで行って食べられる人」、もっと言えば、「産地に住んでる人」にとっては、必ずしも、この理屈は通らないわけですから、必ずしも、「高額な物が美味い」というわけでもないと・・・。

私が敬愛する大橋武夫という人がこういうことを言ってました。

「私はひとつの握り飯に1万円出しても惜しくないと思ったことがある。それは、糖尿病になって、食事制限されたときだ」と。

 結局、これが、「食」という物に対する人間の本来のあり方なんでしょうね。

(小説家 池田平太郎)2012-03


一諾を守る」の持つ信用力

 一諾を守る・・・ということ、それは、いくら最終決定権を持つ権力者とは言え、そう簡単な事ではありません。一諾とは、一面、実行力という面も持っているからです。

 あるいは、「決定権者になりさえすれば、そんなの簡単だ・・・。」と言われるかもしれませんが、前回申し上げました大久保利通にしても、田中角栄にしても、権力の座に着く前から一諾を守ってきたがゆえに、権力の座についてからは権力と信用というものが相乗効果を得て、それが誰にも打倒することが出来なかったという点では、まさに、運命的にまで強い「権威」というものを持ち得ることに繋がったのだろうと思います。「今日から、決定権者になったから、約束を守るよ!」と宣言しても、信用という物は一朝一夕につくものではないからです。

 一方で、そうは言いながらも、歴史上の英雄と言われた人たちを見てみると、どなたも、多かれ少なかれ梟雄的なところが有るようです。必要と有れば、約束など破るのに、それほどの躊躇は持たない。あるいは、約束など破っても、自分が強くなれば、相手は付いてこざるを得ない・・・という判断があったのかもしれません。

 それらの古今東西、英雄と呼ばれる人の中で、一人だけ、信用という点で、異彩を放っている人物がいます。それこそが、偉大なる大ハーン、チンギス・ハーンです。チンギス・ハーンについては、今更、言うこともないでしょうが、彼の創設したモンゴル帝国は、旧ソ連に次ぐと言われる、空前の版図を獲得したことでも知られてます。晩年、幽閉中のナポレオンをして、「余の為したる事は、彼の偉業の前には児戯に等しいものであった・・・。」と言わしめたとか。

 もっとも、モンゴル帝国の版図が最大になったのは、彼の死後であり、また、そのときには、事実上、帝国は分裂しており、厳密な意味での彼の帝国は、もっと、小さかったとは思いますが・・・。

 で、そのチンギス・ハーンですが、彼だけは、どういうわけか、どのような苦境にあっても、どれほどに被害が大きくなっても、まさに、綸言汗の如し・・・で、一度、口にした言葉は絶対に実行したと言います。

 「この城を落とす!」と宣言した後、攻城戦がうまくいかなかったときも、どれほどの犠牲を出してでも攻略したと言いますし、彼が「許す」と言った人間は絶対に「許された」と言います。

 さらに、この人物の尋常成らざるところは、自分もそれほどに一諾を守るものの、同時に、他人にも、その一諾を強制したことです。

1221年、バーミヤン攻略の折、ハーンの可愛がっていた孫が戦死したことで、激怒したハーンは、「この都市のすべての生き物を抹殺せよ!」と将軍に命令したと言います。その将軍は、命令通り、住民はおろか馬も犬も皆殺しにした後で、ハーンの入城を待って復命しているときに、その足許をネズミが一匹、駆け抜けていったことで、「命令違反」として殺されたか・・・。

 また、逆に、戦いに敗れて帰ってきた将軍が、「今回は、装備が不十分で、雪と寒さに負けたのであって・・・。」と弁明しようとすると、ハーンは、「わかった。では、次回は春になって出撃しろ。」と言って、前回より多い兵を付けて送り出したとか・・・。その将軍は、もう、死にものぐるいで戦ったそうです。

 それはそうでしょう。彼の主君は、自ら、どれほどのことがあっても、一諾を守るということを見せつけている人間なのですから・・・。これで、負けて帰ったら、彼は「約束を守らなかった人間」ということになり、その後に、何が自分を待っているかは、火を見るよりも明らかだったでしょう。

 自らが、一旦、口にしたことは、どんなことでも守る代わりに、部下にも、それを遵守することを要求する・・・。モンゴル軍が強かったはずです。自分のところの大将が、戦争前に、「撤退しない」と言ったのであれば、この戦いには、「撤退」はないわけですから・・・。

(文:小説家 池田平太郎/絵:吉田たつちか)
2010-03



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