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中国への熱い思い

私の勤務する会社の社内報に私の中国での体験が掲載されました。

毎年恒例になってきた中国旅行、今年は母を連れて北京に行きました。母は初めての外国なので行く前までは戸惑いがちだったものの、現地ではのびのび 楽しんでいて、帰国後も興奮いまだ覚めやらぬ感じです。今でも私が実家に帰るとずっと北京の話をしている姿は、親孝行した甲斐がありました。

私はこれまで中国、台湾など写真撮影目的で一人旅をしてきました。1997年に上海に行ったのが初めてで、筆談とジェスチャーでなんとかなると思う 安易な気持ちで出掛けたのが不運の全てでした。レストランに行き言葉のわからない私はメモ紙とペンを相手に差し出すと、「几位?」と書かれ何の事か解ら ず、箸で物を食べるジェスチャーをしても店員は何度もその文字を指差すだけでした。これは「何名様?」の意味で、同じ漢字使用圏でもこんなに表意字が違う 典型的な例です。滞在7日間中、食事もろくにありつけない散々な目に度々会い、上海の冷たい風が吹き付ける広場で途方に暮れた悔しさから、一念発起で北京 語(普通話)を覚え始めました。まだ片言ですが今回の北京では母と二人でレストランに入り、私が笑顔で店員と会話している姿を母がポカーンと口を開けてこ う言い放ちました。「あんた中国人に見えるよ!」私が現地の人に話しかけると決まって「なぜ言葉を勉強したの?」と返ってきます。まだ言葉のできる日本人 は稀少のようです。私は「ただの趣味だよ」とか「中日友好の為」などと答えその場を和らげます。レストランやホテル内では私のことが噂で流れるようで、関 係のない従業員までもが「中国は何回目なの?」などと話しかけて来ます。言葉を覚えた事で私はこんな気さくな人々と出会う旅ができるようになりました。世 界貿易機関(WTO)に加盟し、2008年にオリンピック開催を控え、更なる発展を遂げる中国を私はこれからも撮り続けていきます。

投稿者 keidoh : March 24, 2002 12:00 AM


漢字のはなし「宴」「媛」

みなさん、オンナは好きですか?といっても漢字の中に含まれる「女」です。
ここで漢字の生い立ちについて少しだけ雑学をいたします。
今回は「」と「」についてです。

※みなさんご存知のとおり、漢字は秦の時代以前は現在の中国大陸に異なった字形がたくさんあり、これを秦の始皇帝が新しい漢字(小篆)を作らせ統一したといわれています。

」といえば当館のスタッフが黙っているわけがありません!宴会、酒宴の意味にとりますから。(笑
でもなぜ「女」という字が入るのでしょうか?それこそ女性にお酒を注いでもらうからと思ったあなた!うちの副館長と同じ類です。
実はこの字を分解すると「(うかんむり)」と「妟」という字に分かれます。
「(うかんむり)」は屋根や家の意味です。
「妟」は一説によると「日」が西の空に沈む下で「女」がくつろいでいる、すなわち”やすらか”の意味になったといわれます。
家の中で安らかにくつろぐ、それが「」という字だと説かれています。
決して女性たちとドンチャン騒ぎをやっている意味で作ったのではないのですね。副館長!

次に
」は一説では「秀女(ひめ)」=秀でた女 の意味だといわれます。この対義語が「彦(ひこ)」です。
右側の「爰」は上下から手で何かを引き合っている形だという説があり、”引く””したがう”などの意味が生じたそうです。
それが”ゆるやか”という意味を持つようになり、「」はゆるやかな女性、しなやかな女性を表し、”美女”という意味に転じたそうです。


参考文献
オンナの漢字 北嶋廣敏著 太陽企画出版


投稿者 keidoh : July 7, 2004 09:33 PM


コメント

>それこそ女性にお酒を注いでもらうからと思ったあなた!うちの副館長と同じ類です。

>決して女性たちとドンチャン騒ぎをやっている意味で作ったのではないのですね。

ぎくっ!! ちがったの? きっとそう思った人多いはず・・・ねっ♡ 管理人さん♡

投稿者 monpan@副館長 : July 7, 2004 11:46 PM


中国人と筆談でどこまで通じるか

私が1997年に初めての海外旅行で一人で上海に行き、レストランに入ったときの筆談です。 何を言っているのか解からない私はメモ紙を差し出しました。 先生,你好!我问你几位?
このとき残念ながら私は理解できませんでした。 正解は ○「お客様(男性)、こんにちは!何名様ですか?と伺っています」 私はあまりに無知なまま、この大地に足を運んでしまい、後悔ばかりが立つ滞在になってしまいました。 馬鹿な奴ならこう訳すでしょう。 ×「(偉大なる)先生、こんにちは。(好きですよ) 私はあなたにテーブル(机)の位置を伺います。」 ここで指す馬鹿な奴とは過去の私です。 私は箸で物を食べる仕草をした後、空席のテーブルを指差していました。 これだけ違うのですから、きちんと学習して出向かなければまず理解できないでしょう。 (中国政府は、中華人民共和国成立後、文字改革委員会を設け、 1964年に従来の繁体字に変わる漢字の簡略化政策<简体字>を採りました。) 参考:几位(简体字)→幾位(繁体字) あまりご紹介できませんがいくつか例を出させていただきます。


手纸・・・トイレットペーパー
汽车・・・自動車、バス
火车・・・電車、汽車
爱人・・・配偶者
前年・・・一昨年
东西・・・品物
花子・・・ホームレス、乞食
新闻・・・ニュース
大夫・・・医者

走・・・歩く
见・・・会う
闻・・・嗅ぐ
看・・・見る
去・・・行く
回・・・帰る
会・・・~できる


投稿者 keidoh : January 19, 2003 12:00 AM


ママ、私は日本人、それとも中国人?

「ママ、道徳の時間に先生が、昔、日本やアメリカなんかが中国をいじめたっていうお話をしたのよ。・・・・・お友達はどうして私のこと日本人っていうのかしら」

中国の小学校では国を愛し、民族を愛するような思想の教育をおこなっています。毎週小学校では朝に国旗を掲揚し、国家を歌います。
日本で生まれ、幼児期を日本で過ごした少女、京京(Jingjing)ちゃんは半分日本語、半分中国語の環境を後にして北京に帰国しました。
すぐに小学校に入学し、道徳の授業で日本軍に侵略されたことを「いじめられた」という表現で教わりました。その時、あるクラスメートが「京京ちゃんは日本 人だ」と誤解した発言をしました。先生はとっさに生徒の前で真実を説明したのですが、当の京京ちゃんは家で悔しそうな顔をしてママに尋ねたそうです。
「ママ、私は日本人、それとも中国人?」
「ママもパパも中国人でしょ。だからあなたも中国人よ」
「どうしてみんな私に会うと、日本語をしゃべらせようとするの?」
京京ちゃんは周りの人たちが自分を特別視しているように感じているのでしょう。彼女の前で日本の話になると[小日本](けちな日本人野郎)とか[日本鬼 子](日本の畜生ども)という言葉を発する子供がいて、当時、京京ちゃんはその言葉に悪意があることを解らずに耳にしていたそうです。
彼女にとっては自分に付いてまわる「日本」の二文字が普段からうっとうしく感じ、ゆえに一度ならず母親に真実を尋ねたようです。

子供は悪い言葉をすぐに覚えます。もちろん大人の私も中国語を覚え始めたとき、中国人女性から教わった言葉の中ですぐに覚えてしまうのが、男女の性 器を表現する卑猥な表現や相手を罵る表現、すなわちテキストや辞書には決して載っていない俗語でした。(耳で覚えたので漢字がわかりません)

近代史において日本は8年にわたる侵略戦争で中国人に多大な苦痛を与えました。「反ファシスト戦争勝利50周年」の際に抗日戦争の歴史の映画がテレビで繰り返し放映されていたそうです。[日本鬼子]が焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くした内容です。
これを見た中国の子供たちは強烈なショックであろうと同時に、一部の子供たちにはいまだに日本に侵略軍のイメージしかないかも知れません。

そのイメージを払拭していくために、国際交流の舞台に立つ日本人の役割は大きいようです。教育では得られない友好関係の構築は、各々の思考と行動にかかっています。私も何度か中国に行きましたが、これからも現地でのモラルは大切にしていこうと思います。


参考文献
中国の小学生はどう中国語を覚えるか

李 凌燕著 はまの出版
4年以上前に読んだ本ですが今回、改めて読み返して一番印象に残ったコラムの欄を参照しました。
全体的には小学校で学習する普通話の過程が面白いほどわかります。中国語を勉強されている方には超オススメです。

もう一つ、同著者の
中国の子供はどう中国語を覚えるか
こちらは乳幼児期の京京ちゃんが言葉を覚え始めたときのエピソードを交えて面白く書かれています。
子供は「パパ」「ママ」「おしっこ」「うんち」などから覚えることを書いてあり、「いないいないばぁ」などのあやし言葉も書かれています。中国人と国際結婚を考えている方には超オススメです。(?)

投稿者 keidoh : July 10, 2004 02:20 PM


コメント

『中国の子供はどう中国語を覚えるか』
国際結婚を考えている方には超オススメです。
・・・なに、そうか!今すぐ本屋にダッシュだ!!

投稿者 けんたろう : July 10, 2004 11:07 PM


keidohはなぜ中国にハマったのか

私が初めて中国人と接したのは、現在勤務している会社をパート従業員でやっていた時でした。そのあと何回か転職して復職した事になるのですが。
そこで初めて中国人男性を見たときは、正直言ってあまり働かないヤツだなと思いました。祖国に妻子を残し、出稼ぎで来ているのにサボることばかり考え、そこの責任者に怒られるとそそくさと帰ってしまうんです。


次に転職した先で出世し、中国人労働者数人を遣った作業の責任職をすることになりました。
これがまたサボるんですよ、とにかくすぐどこかにいなくなる。注意すると全員で歯向かって来る。溜まらず上司に報告しましたが「彼らがいなくなったらもっと苦労するのは自分だぞ」と説得されました。
当時まだ若輩者の私は「自分がいなくなったらどうなるか思い知らせてやる」と強気に出て退職しました。
上記は余談でしたが、私にとって良い印象を持たなかった中国人民。

その印象を変えてくれたのが一人の上海人女性だったと思っています。
その職場での疲れを癒す夜のスナック。そこでは日本人女性に混ざり、中国・フィリピン・タイなどの外国人女性が5,6人働いていました。私は1ヶ月に数回 のペースで飲み、歌い、騒いでいました。いつの間にか常連と化し、お決まりの女性も付くようになっていましたが、その上海人の女性とはいつも話す機会はあ りませんでした。
でも実はその子に近付きたくて通っていたのですが・・・笑
ある日、いつもどおり飲んでいて、お決まりの女性(フィリピーナ)と私は軽い口論になりました。それを見つけたママさんはほかのお客さんに悟られないよう 入れ替え(チェンジ)をしてくれました。その時、来たのがその上海人女性でした。私が酔って軽はずみな事を言ったことで口論になったのですが、さすが商売 人、そんなことは聞きもせず楽しい話題を提供してくれています。その時、初めてゆっくり彼女と話しました。1年近くも店に通い詰めているのに。
閉店後、ごく自然な流れで(酔った勢いで)私は彼女を飲みに誘いました。
往きのタクシーの中でポケットベルの番号を訊き出そうとしたら、他のお客さんには教えていない家の電話番号を教えてくれたのです。
「俺に番号なんか教えたら本当に電話しちゃうよ」
「別にいいよ、でも内緒ね」
あの言葉が今でも忘れられません。私はと言えば職場で中国人に対して偏見しか持っていなかったのに、彼女は私の事を信頼してくれている。嬉しくてたまりませんでした。
いつの間にか私たちは交際を始めました。
13歳の時、父を亡くし、母と弟のために17歳で来日し、被服の専門学校に通いながら夜遅くまで働き、仕送りしていることを聞きました。
しかし、生活のリズムの違いと私のワガママで、付き合いは1年足らずで消滅してしまいました。私は彼女の都合を考えず電話するたび「今すぐ会いたい!」ばかり。会ってくれない彼女を疑ったり責めたりしていました。
今思い出しても取り返しのつかない恥ずべきことをしたと思っているし、できることなら今すぐ謝りたい。
当時22歳だった彼女も今年で31歳。早いものです。

初めての海外旅行はその半年後、彼女の生まれた上海でした。別に行ってみたい気持ちがあったわけではなく、前述した職場を辞め、退職して暇だったからです。言葉も通じず、筆談も通じず、ただ途方に暮れただけの旅でした。良い印象の旅だったとはお世辞にもいえません。
働かず、お金もなく、以前のように飲みに行くこともなくなり、複数のアルバイトで生活をしていた時、上野・御徒町のチャイニーズパブに職場の仲間と行く事になりました。外で飲むこと自体、久しぶりでした。
そこで私に付いてくれたある上海人の女性は私が上海で泊まったホテル(中心地より郊外)の近くの出身という事で意気投合、私が市内バスの路線の話をすると「なぜそんな事まで知ってるの」と驚いていました。
のちにアルバイトが終わってからその店に飲みに行く機会が増えました。私は中国語の発音の難しさをあらかじめ痛感していたので、学習する気は毛頭ありませんでした。
でも、その店で自然に遊んでいくうちに覚えていったのです。(とは言え、後で上海訛りの普通話だということを実感するのですが)
さらに私はパブでたくさんの会話がしたくて簡単なCD付きのテキストを買って学習し始めました。これが始まりです。言葉が通じるかどうか試しに行ってみた台湾で見事通じ、しかも簡単な言葉は聞き取れる!メチャクチャ嬉しかったのです。
それからというもの、中国旅行は年間行事の一つになりました。
まだまだ中国の先っぽに触れただけですが、今では中国にドップリと漬かっています。
もしあの彼女が私がこういうHPを開いていると知ったら、たぶん驚くでしょうね。
いつか彼女が現在住んでいる上海で、中国語で思い出話しができたらいいと願っています。
もちろんその前にきちんと謝りますけどね。
 

投稿者 keidoh : August 13, 2004 06:55 PM


コメント

先日の名古屋オフ会で生中講座みごと玉砕。。。  もうちょっとできるかな?と思ったけど、
全然ダメでした。 改めてkeidohさんの(動機の不純さを含め)偉大さを痛感いたしました。
また今度生中連れて行ってくださいね

投稿者 生中勉強中@副館長 : August 15, 2004 02:36 AM

ん~実に興味深い・・・〝生中講座〟一度受けてみたいです。

その昔、中国人を遣ったことはありますが、日本語がとても上手くてビックリしました。
ちなみに教えてもらった言葉は「辛苦了」と「先走了」だけ。当時はあまり興味がなかったんですよねぇ。

館長、もし機会があったら是非一度連れてってね♪

投稿者 生中ちょっと勉強中@黒服 : August 22, 2004 01:09 AM



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