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 埃を掃き集めて、外に捨てる。月に一度ほどは掃除しているとはいえ、使っていないとすぐに汚くなってしまう。

 僕だけがここに残った。大学、就職、夢を追っての上京。いろいろな理由で、みんなが旅立っていった。

 だんだんと、それはただの習慣になっていった。何かにすがって、信じ続けて、頑張り続けるような人間ではなかった。この秘密基地を守り続けることで、自分を見失わないでいられる気がした。みんなのように大きな目標は持てなくても、大丈夫だって安心したかった。

 腰を掛けて、折り畳み式の盤を開く。九年前、お年玉で買ったものだ。今思えばおもちゃなのだが、当時は木の盤というだけでとてもテンションが上がった。駒袋から駒を取り出す。駒も平べったい、字をプリントしたもので、せめてもと思ってあとでいい駒袋を買ったのだ。その後バイトもするようになって新しいものを買う余裕はあったけれど、結局ずっとこれを使っている。

 駒を並べていく。何回も繰り返したこの作業。僕は、棋譜を並べるのが好きだった。一つ一つの棋譜が、オリジナルの物語だと思った。途中で難しいことは考えずに、ただただ再現していく。それが楽しい。

 携帯電話を開いて、モバイルページに接続する。昨日行われたタイトル戦の棋譜を検索。今日この場所で並べるために、見るのを我慢していたのだ。

 今、一番強い人たちの将棋。やっぱり、迫力が違う。

 中盤から、よくわからない手順が続く。次の一手が全く予想できない局面で、手が止まる。きっとここが勝負どころだ……

「昨日の将棋だね」

 耳の後ろから、すっと手が伸びてくる。白くて細くて、それでいてピシッとしていて。その手は飛車をつかみ、自陣に打ち付けていた。まったく予想外の、相手の攻めを封じ込める一手。

「見てたんだね」

「昨日、日本に来たの」

 振り返り、ちょっと驚いた。そこにいたのはもちろん大人になった彼女で、それは予想していた。けれどもすらっと背が高くて、肩まである髪はゆるやかにウェーブしていて、とっても知的な顔で。記憶の中の少女が、こんな風に成長するとは思っていなかった。

「それでここまで来たんだ」

「私、約束は守る方だから」

 彼女が帰国すると知ったのは二週間前。アマチュアの女流棋戦に海外招待選手が呼ばれることになって、そこに彼女の名前があったのだ。見つけた瞬間は飛び上るほどびっくりしたけれど、すぐに言い知れぬ喜びに変わっていった。

 僕はどこかで、確信していた。どれだけ時間がかかっても、この日が来ると。

「時間はあるの」

「うん。今日は大丈夫」

「じゃあ、指そうよ」

「うん」

 僕の前に座る彼女。真っ白なワンピースだ。

「ちょっと待ってね」

 急いで棋譜を並べて、そして二人で最初の形に駒を並べ直す。

 十年ぶりだ。

「なんか変な感じ。あの頃と変わらないね」

 そう言って、冬美ちゃんが最高の笑顔を見せてくれる。確かにこうしていると、子供の頃の気持ちがよみがえってくるようだ。

 だけど。確実に一つ変わったことがある。あれから僕は、頑張って将棋の勉強をした。いつの日かこうして対局できるとき、しっかりと教えられるように。そして、アマ初段の免状をとった。それを見せて、少しは自慢しようと思っていた。

 でも、冬美ちゃんの方が頑張っていたのだ。彼女は海外で一番強い女性になって、ここに戻ってきてくれた。教わるのは、僕の方だ。

 窓の外は、太陽の光であふれている。夏の日に、秘密基地で、最高の思い出に、最高の思い出を重ねていく。

「お願いします」

「お願いします」

 大人になった二人はしっかりとお辞儀をして、対局を始めた。きっとずっと、忘れない一局になる。


お城は飽きた 一



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