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三枚のうろこ

「一つの魔法しか使えない魔法使いは、手品師以下だよね」
 
 漂流二日目。今日も救助の船影のかけらもない。そんな時、二人きりの船の中で船長の下田が、ため息のようにつぶやいた。
 
 そこそこの会社を経営しいている私の唯一の趣味は釣りである。海に出て魚と向き合うことは最大の気分転換になる。今回は、秘書の勧めもあり、自由が利くように釣り船を貸し切って海に出た。
 ところが船の具合が悪くなり、潮に流され漂流することになった。なんと無線も利かないとのこと。最悪な状態になった。しかし、ここは太平洋のど真ん中でもないので、しばらくすれば連絡を絶った船は捜索され、発見され、乗客は無事帰宅することになる。私はあまりそのことは心配していない。楽観主義こそが会社経営の原則だ。最近はちょっと経営が心配なところもあるが、まあなんとかなるだろうと思っている。
 
「俺の生まれた村には、言い伝えがあって、昔、村の名主の一人娘のところへ、毎晩通ってくる若い武士がいたそうだ」
 
 下田の船に乗るのは、今回初めてだった。秘書の予約だ。戻ったら減給だ。
 
「その武士なんだが、不思議なことにどこに住み、名前はなんというのか、身分はどうなのか、いっこうに明かそうとはしなかったそうだ」
「そりゃあ、落ち武者か逃亡者ってとこだな」
 
 ちょっと応えてあげた。
 
「それで、娘の親が心配になって、ある日その武士をつけた。そうしたら、村の奥にある沼の龍神だった。龍神は正体を知られたからには、もう村には行かないことで親とは話をつけた。けど、実は、娘にはその時腹ん中にそいつの子どもがいた」
「まあ、カッパやカエルよりいいんじゃないの。なんたって神様だもん」
「生まれた男の子は、龍神の子どもの証拠にわきの下に、三枚のうろこがあったそうだ」
「ええと、昔話はいけど、なんか最初の話から離れていないか。魔法使いの話とはどうつながるんだ」
 
 下田は、俺に目も合わせず、つぶやく。
 
「その子ってのは、父親は神かもしれないけど、所詮は人間が生んだものだから、たいして特別なことはできなかった。そして、俺はその子孫なんだ」
「はいはい、それで、お前は俺にわきの下のうろこを見せて驚かせてくれるってわけね」
「いや、残念ながら、俺のじいちゃんまではうろこの名残があったそうだが、俺にはそんなもんない」
「なんだよ、それじゃ、このはなしオチがないじゃねえか。せめて、水の中に何時間も潜っていられるとかできないと……」
「あ、それならできる」
「ええっ。ほんとかよ。うそだろう」
 
 下田の話に合わせていられるのは、私の大いなる楽観主義のなせる技。
 
「ああ、でも一つの奇跡しか起こせない魔法使いは、悲しいことに他のことは人間以下で、人間社会でうまくやっていくことができない。しかも、他人にいいように利用される」
 
 その時、船が大きく傾いた。
 
「お前まさか。他人にいいようにって……」
「そう、この船は沈む。乗客は、水死体で見つかる。船長は発見されない。船長が別の船で逃げることは、状況的に考えられない。二人は事故死になる。会社は社長の保険金で立ち直ることになる。俺は何日かかるかわからないが、陸にたどり着く。『溺れる』ことがないから」
 
 一瞬、海底を歩くやつの後ろ姿が目に浮かんだ。

この本の内容は以上です。


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