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南海鉄道、高野線、極楽橋駅

南海鉄道、高野線、極楽橋駅。

 

南海電鉄の高野山への参拝路線高野線の終着駅が、極楽橋駅です。

 

極楽橋駅からは、ケーブルに乗り換え高野山に行くことができます。

 

1977年に極楽橋駅に訪れた時、特急こうや号が止まっていました。

車両は20000系で、特急専用車両で『デラックスズームカー』と呼ばれていました。

 

極楽橋駅は勾配の続く高野線を登り詰めた所にあり、まさに天空の終着駅です。

 

最近では観光列車『天空』も運転されています。

 

『デラックスズームカー』20000系は、後継車の30000系が登場すると引退し、

1985年1月に、廃車となりました。


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能勢電鉄、妙見口駅

能勢電鉄の終着駅、妙見口駅です。

大阪府の北部にある妙見山の麓のある中小私鉄で、妙見口駅は、妙見山へのハイキングコースの

出発駅で、土日は、ハイキング客等で賑わいます。電車は阪急のお古が、いつも回ってきます。

 


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別府鉄道、別府港駅

別府(べふ)鉄道、別府港(べふこう)駅。

 

兵庫県の瀬戸内海に面する小さな港、別府港と山陽本線、土山駅を結ぶ

ローカル私鉄別府鉄道の土山線の終着駅です。

 

又、別府港駅と国鉄高砂線の野口駅を結ぶ野口線もありました。

 

貨物輸送が中心でしたが、旅客輸送も僅かながら行っていて、写真の様な古典的な客車を

機関車が牽引する時代から取り残された様な鉄道でした。

 

貨物輸送がある時は、貨車と客車の混合列車となり、貨物が無いときは、写真の様に、

機関車と古典客車だけの列車が運行していました。

機関車はDB201、客車はオープンデッキのあるハフ7です。

 

野口線は、岡山県のローカル私鉄、片上鉄道からやってきた気動車が、運行していました。

写真は1977年に、訪れた時のものです。

 

国鉄の貨物営業が縮小されると、貨物輸送が困難となり、1984年1月末で廃線となりました。

 


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片上鉄道、柵原駅

 同和鉱業、片上鉄道線の終着駅、柵原駅です。

 

岡山県の片上より、柵原鉱山のある柵原までを結んでいたローカル私鉄で、

柵原鉱山から産出される硫化鉄鋼を瀬戸内海の片上港まで、輸送する目的で、建設された鉄道です。

 

柵原駅は、牧歌的な駅舎と、柵原鉱山の巨大な選鉱場、鉱山ヤードが並ぶ姿は独特で、

これほど、強烈な印象の終着駅は他にないと思います。

 

柵原鉱山が閉山されると存在意義になくなった片上鉄道線は、1991年6月末で廃止されました。

 

写真は、1984年に訪れた時のものです。

 


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下津井電鉄、下津井駅

下津井電鉄の終着駅、下津井駅の構内の一番端より駅舎等を望む。

下津井電鉄は、岡山県の瀬戸内海に面する児島半島にあった軽便鉄道で、

写真の様に線路の幅が狭く、672mmしかありません。

 

下津井電鉄は、四国に渡る連絡港、下津井と国鉄宇野線、茶屋町を結ぶ鉄道として、

1913年に開業した鉄道で、1910年に開業した国鉄宇野線により、四国へ渡るルートが、

 

宇野~高松に変わりつつあるのに対抗して、建設された鉄道です。

 

国鉄が、宇高連絡船を就航させると、軽便鉄道では対抗できなくなり、四国へ渡る路線としての

役割は小さくなっていきました。

 

1972年には、乗客の減少により茶屋町~児島間が廃線となり、海沿いで、

地形的に不便な、児島~下津井間のみが存続しました。

 

瀬戸大橋の完成により一時期は、観光路線として脚光を浴びましたが、

 

その後、ブームが去り、乗客が減少し、1991年に鉄道線としては廃線となりました。

 

写真は1976年頃の下津井駅構内の様子です。 白と赤の可愛い電車が止まっています。

 

路線が児島~下津井間に縮小された後で、下津井駅構内にある車庫や車両の修理工場は、

荒れ果てた感じがしました。

 

 

 



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