三菱石炭鉱業、南大夕張駅

三菱石炭鉱業、南大夕張駅。
北海道の国鉄夕張線、清水沢駅と南大夕張を結んでいた運炭鉄道の終着駅で、
三菱石炭鉱業は、北海道内で、旅客輸送を行う最後の運炭鉄道でもありました。
周囲には、夕張の炭鉱街が広がり、映画『幸福の黄色いハンカチ』の舞台にもなりました。
朝夕に1日3往復の写真の様な機関車が牽く、客車列車が運転されていました。
又、この客車列車には、石炭貨物も連結され、珍しい混合列車でした。
オイルショックにより、一時期、石炭が見直された事もありましたが、炭鉱事故等により、
閉山を余儀なくされると、鉄道の存在意義もなくなり、1987年7月に廃線となりました。
車両の一部は、三菱大夕張鉄道保存会により旧南大夕張駅に保存されています。
JR東日本、岩泉線岩泉駅

JR東日本、岩泉線の終着駅、岩泉駅です。
岩泉線は、岩手県の山田線の茂市駅から分岐し、岩泉駅に至るローカル線の更に支線といった感じの
超ローカル線です。
2010年8月に訪れましたが、列車はいつまでたっても来ません。
2010年7月に発生した土砂崩れによる脱線事故が発生し、全線不通になっているからです。
復旧の目途は立っていません。
災害で、復旧できずに、そのまま廃線となる路線や鉄道は少なくないのです。
新潟交通電車線、月潟駅

新潟交通電車線の終着駅、月潟駅です。
新潟県の新潟市近郊の東関屋から月潟までを結ぶ21.6kmの路線が、新潟交通の電車線です。
元々、路線は、もっと長く、東関屋側は、県庁前まで、月潟側は燕市の燕駅まであったのですが、
乗客の減少により、1992年に、県庁前(白山前)~東関谷間が廃止され、
翌1993年には、月潟~燕駅間が、廃止されました。
よって、月潟駅は、もともと途中駅だったのですが、この様な経緯で終着駅となりました。
無人駅で、1999年1月に訪れた時、写真の様な湘南色のワンマン電車が月潟駅を折り返すと、
雪が降る駅の辺りには、誰もいなくなりました。
新潟交通電車線は1999年4月5日で、全線が廃止になりました。
蒲原鉄道、村松駅

蒲原(かんばら)鉄道、鉄道線の終着駅、村松駅です。
蒲原鉄道は、新潟県にあったローカル私鉄で、JR東の磐越西線五泉駅から、松村駅に至る4.2kmの
ミニ鉄道でした。
かつては、路線は、松村駅~国鉄信越本線の加茂駅までありましたが、乗客の減少により、
1985年3月末で、松村~加茂間17.7kmは、廃止になり、路線は縮小され、村松駅が終着駅になりました。
写真は、1999年1月に訪れた時の雪の中の村松駅ホームと、ホームに停車するモハ41です。
蒲原鉄道は、1999年10月4日に、全線が廃止され、同社のバス輸送に転換されました。
鹿島鉄道、鉾田駅

茨城県の霞ケ浦の北側を走っていた、ローカル私鉄、鹿島鉄道の終着駅、鉾田(ほこた)駅。
鹿島鉄道は、常磐本線石岡駅から、鉾田市の鉾田まで、26.9kmの非電化単線のローカル私鉄でした。
車両のキハ600形601は、国鉄から譲り受けた戦前からの古い気動車です。
2007年1月に、訪れた時、車歴は70年に達していましたが、現役で使用されていました。
鹿島鉄道は、2007年3月末で廃止されました。

M-Hirai