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蒲原鉄道、村松駅

蒲原(かんばら)鉄道、鉄道線の終着駅、村松駅です。

 

蒲原鉄道は、新潟県にあったローカル私鉄で、JR東の磐越西線五泉駅から、松村駅に至る4.2kmの

 

ミニ鉄道でした。

 

かつては、路線は、松村駅~国鉄信越本線の加茂駅までありましたが、乗客の減少により、

 

1985年3月末で、松村~加茂間17.7kmは、廃止になり、路線は縮小され、村松駅が終着駅になりました。

 

写真は、1999年1月に訪れた時の雪の中の村松駅ホームと、ホームに停車するモハ41です。

 

蒲原鉄道は、1999年10月4日に、全線が廃止され、同社のバス輸送に転換されました。

 


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鹿島鉄道、鉾田駅

茨城県の霞ケ浦の北側を走っていた、ローカル私鉄、鹿島鉄道の終着駅、鉾田(ほこた)駅。

 

鹿島鉄道は、常磐本線石岡駅から、鉾田市の鉾田まで、26.9kmの非電化単線のローカル私鉄でした。

 

車両のキハ600形601は、国鉄から譲り受けた戦前からの古い気動車です。

 

2007年1月に、訪れた時、車歴は70年に達していましたが、現役で使用されていました。

 

鹿島鉄道は、2007年3月末で廃止されました。

 


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鹿島鉄道、鉾田駅駅舎

鹿島鉄道の終着駅、鉾田駅の駅舎です。

市街地の外れに有り、どう見ても乗降客は、多くなさそうでした。

 

鉾田駅に訪れた日は、寒い日で、駅舎にある立喰そば屋さんで、たい焼きを買い、

これを食べると、体が温まりました。

 

市街地を歩き、鹿島臨海鉄道の新鉾田駅まで行きましたが、1kmぐらいあり、

とても接続駅とは言い難いものでした。

 

鉾田駅に戻り、また鹿島鉄道に乗って石岡駅に戻り、常磐本線で、東京方面に戻りました。

 

鹿島鉄道は、1924年に鹿島参宮鉄道として開業、一時期は、関東鉄道の路線だった事もありますが、

再び独立し、典型的な赤字ローカル私鉄で、何とか支援を受け存続していましたが、

 

2007年3月末で、終に廃線となりました。


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富山港線、岩瀬浜駅

富山港線の終点、岩瀬浜駅。

 

富山港線は、富山駅から北へ向かい岩瀬浜駅まで至る8Kmの路線です。

 

元々は富岩鉄道として1924年(大正13年)に開業した路線で、戦時中の私鉄の買収により、

 

国鉄の富山港線になった経緯があります。

 

このため、北陸本線が、交流であるのに対し、富山港線は直流で、写真の様な、

国鉄の直流の旧型電車が、走っていました。

 

写真はスカイブルーの旧型国電72系が、朝、岩瀬浜駅に到着したところです。

 

電車からは通学の学生達が降りてきました。1982年4月撮影

 

現在は、富山港線は、第3セクターによる富山ライトレール富山港線となり、路面電車(LRT)化されています。

ポートラム http://www.t-lr.co.jp/time/index.html


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神岡鉄道、奥飛騨温泉口駅

神岡鉄道の終着駅、奥飛騨温泉口駅です。

 

神岡鉄道は、富山県の国鉄高山線猪谷駅から岐阜県の神岡鉱山とを結ぶ国鉄の神岡線でしたが、

1984年に国鉄神岡線は廃止され、第3セクターの神岡鉄道になりました。

 

神岡鉱山への貨物(硫酸)輸送が主な目的で、存続しましたが、旅客輸送も行われました。

 

2005年に、貨物輸送が廃止されると、経営が厳しくなり、2006年に神岡鉄道は、11月末で廃止になりました。

 

奥飛騨温泉口駅は、もともと国鉄時代は、神岡駅でしたが、神岡鉄道として再スタートした段階で、

観光を意識した奥飛騨温泉口駅という名称に変わりました。

 

奥飛騨温泉口駅に、廃止着前の2006年に訪れましたが、ホームに人影はありませんでした。

 

駅舎に、しゃれた喫茶店があり、ここでコーヒーを飲んで休憩しました。

 

 



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