目次
2001年
2001年に観た映画(1)
2001年に聴いたCD(1)
2001年に観た映画(2)
「川端ウォッチ」への道 
2001年に観た映画(3)
2001年に聴いたCD (2)
2001年に観た映画(4)
2001年に観た映画(5)
早分かり『ボサノヴァの歴史』
2001年に観た映画(6)
輝け!第一回エヴリシングクール・ムービーアワード(2001)
2002年
新しい楽器によるスタンダード
着心地が窮屈なスーツのような映画
ネプチューンズを追え
作家主義度100%のキッズムービー
今我々が観るべきコメディ映画
長谷川町蔵、ニューヨークを行く<映画編>
長谷川町蔵、ニューヨークを行く<ブロードウェイ編>
上流階級の諧謔趣味炸裂
ハリウッド新世代サバイバルレース ノーラン、メンデス、シャマランの新作
ドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』20周年
日曜の夜は憂鬱に包まれて眠れ
戯れの恋ならプラハで落ちろ
愛についての賛歌
巨大なスクリーンの中の小さな彼女たち
TLCのニューアルバム「3D」にみる現代R&Bプロデューサーたち
『ストーリーテリング』の必要条件『サイドウォーク・オブ・ニューヨーク』
王の帰還 リチャード・リンクレーター『ウェイキング・ライフ』
『マテリアル・ウーマン』は今のハリウッドの充実を象徴する快作だ
「サウンド&ビジョン」をデヴィッド・ボウイは持っている。
かくて神は降臨されたり クラフトワーク来日公演
映画監督の限界年齢は幾つなのか?
2002年によく聴いた10曲
輝け!第二回エヴリシングクール・ムービーアワード(2002)
2003年
ベタベタのオールドスクール少女漫画映画『ウォーク・トゥ・リメンバー』
日影の中心人物、遂にブレイク『ボーン・アイデンティティー』
グッド・アメリカンのナイスジョブ『ボウリング・フォー・コロンバイン』
こんなヒドい世界だけど我々にはアダム・サンドラーがいる。
ウォーレン・オーツ 荒野より。
『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』はスピルバーグの自伝映画だ。
こうして事実は伝説になっていく『24アワー・パーティー・ピープル』
ニコール・キッドマンの映画切り捨て御免(第1回)
ブラザーはコーデュロイパンツなんか穿かないぜ『アンダーカバー・ブラザー』
こんなの聴いてましたけど 2003年1月〜3月
『シカゴ』は芸能に徹しているゆえに支持したい
究極の闇鍋映画『ドリームキャッチャー』
陽春キルスティン祭り
そして岩窟王の名前が残った『メイド・イン・マンハッタン』
ドント・トラスト・ラジー、バット・エディー!『プルート・ナッシュ』
六本木純情派 '03
おい、そこのジジイ、途中退出すんな!『アバウト・シュミット』
ニコール・キッドマンの映画辻斬り御免(第2回)
ハッピータイムズ・アゲイン 『チャーリーズ・エンジェル・フルスロットル』
こんなの聴いてましたけど 2003年4月〜5月
ブラックシネマへの共鳴と差異 『シティ・オブ・ゴッド』
問題なのは手段ではなく才能だ 『テープ』
『トーク・トゥ・ハー』と『エデンより彼方に』の開かれた世界
さあ始めましょう『パンチドランク・ラブ』
『フリーダ』で流れたチャールストンから思い浮かべたアレコレ
仏恥義理!オイラのスカGは右ハンドル 『ワイルドスピードX2』
ジョアン 真夜中の声とギター
80Sと90Sの間に ルールズ・オブ・アトラクション
『アウトサイダー』を観て『ムキムキ・ビーチ』に想いを馳せてみる
こんなの聴いてましたけど 2003年6月〜8月
『恋は邪魔者』は今年最高のプロテスト映画だ
東京カフェ・グランプリ(ただし大正〜昭和初期の)
『マトリックス』三部作を超訳してみる
『キル・ビル』は”映画における90年代”の華やかなフィナーレだ
フラッシュバック・ハイスクール
「ブレイク・オブ・ドーン」はマイケル・ジャクソンの臨界点だった
このミッションネームはあんまりだ
イエスタデイ・ワンスモア
ソフィア・コッポラを巡るあれこれ(ただしガーリー度ゼロ)
こんなの聴いてましたけど 2003年9月〜12月
ヒア・カムズ・ハヌカ!
レス・ザン・10ミニッツ
我々はどんどん没落していっている
輝け!第三回エヴリシングクール・ムービーアワード(2003)
2004年
「ザ・マン」の陰謀に立ち向かおう
『宇宙人だよ 全員集合!』
ハロルドとクマーがハリウッドを変える(かもしれない)
見たのはコメディ映画ばかり(1)
見たのはコメディ映画ばかり(2)
見たのはコメディ映画ばかり(3)
わたしの座右の書
見ているのはコメディ映画ばかり(1)
7月24日はモッズ・メイデイ
見ているのはコメディ映画ばかり(2)
4ストライク取られていても頑張る女子の話
ニコール・キッドマンの「映画斬り捨てご免」第3回
見ているのはコメディ映画ばかり(3)
都庁から遠く離れて
見ているのはコメディ映画ばかり(ホリデイ・スペシャル)
輝け!第四回エヴリシングクール・ムービーアワード(2004)
あとがき
あとがき

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新しい楽器によるスタンダード

  ウェス・アンダーソンとオーウェン・ウイルソン(共同脚本家である彼の貢献について触れる人があまりに少ないので敢えて並べて書いてみる)による『天才マックスの世界』に続く新作『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』は、予想以上に素晴らしい。どのくらい良いかと言うと、あのポール・トーマス・アンダーソンすら危うしと思わされるほど。彼らは今作で、PTAが『ブギーナイツ』から『マグノリア』の間に成し遂げた跳躍記録を、もっと洗練したフォームであっさりと更新しまったのだ。
  物語は、ジーン・ハックマン演じる落ちぶれた弁護士が、崩壊して久しい家族の絆を取り戻そうと悪戦苦闘する姿がギャグを織り交ぜて描かれる。妻のアンジェリカ・ヒューストン(何故か可愛らしい)、長男のベン・スティラー(当然ながら最高)、長女のグウィネス・パルトロウ(儚げで美しい)、次男のルーク・ウィルソン(ビヨルン・ボルグ似)から彼らを取り巻くビル・マーレイやシーモア・カッセルたち(ここいらへんはもはや常連)に至るまで、物語にはヘンな人物しか登場しない。しかも時代設定等は全く謎。要はヘンづくしの映画なのだ。だがここには悪意や諧謔は存在しない。何故なら彼らのヘンさは戯画化・象徴化されたわれわれ自身の姿に過ぎないのだから。
  だからこそ最初は紙芝居のような平坦な画面(にも係らず人間関係を構図だけで説明しつくすミニマルな映像デザインは素晴らしい)で繰り広げられる、彼らの奇妙な行動にクスクス笑いしていた筈のぼくらは、物語がやがてエモーショナルに高揚し始める(画面の方は最後まで盛り上がらないにも関わらず!)につれて物語世界に引き込まれ、あろうことかラストでは心を激しく揺り動かされてしまうのだ。過去の映画、音楽、文学といったあらゆるモノからの影響を伺わせるのに「サンプリング感」は皆無。音楽に喩えて言うならメロディはスタンダードナンバーなのに、それを奏でる楽器が新発明されたものであるせいで瑞々しく響いている感じだ。
  もしかすると本作はスタンダードなものの再生を告げるファンファーレにして、形骸化したカウンターカルチャーの成れの果てのシニシズムへの甘美な葬送曲なのかもしれない。『マックス』でロックマニアぶりを見せつけたアンダーソン&ウイルソンが、何故本作のキーになる楽曲にわざわざビートルズ「ヘイ・ジュード」やローリングストーンズ「ルビー・チューズデー」といった名曲だがあまりにベタすぎる楽曲を選んだのかについて思いを巡らせているうち、ふとそんな考えが頭に浮かんだ。
  そして葬送曲といえば、この作品で最も重要な役割を果たすシーンが葬式と結婚式のシーンである事に気づかされる。アンダーソン&ウイルソンは「冠婚葬祭から人生の真実をあぶり出す」なんて古色蒼然とした試みに今さらながら真摯に取り組み、それをフレッシュに語ることに成功したのだ。
(2002年9月3日)

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最終更新日 : 2013-06-03 19:38:21

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ニコール・キッドマンの映画切り捨て御免(第1回)

みなさん、お久しぶり。ニコールよ。クスクスクス、ウフフフフ、えっ?今何て言ったの?「アカデミー主演女優賞おめでとう」ですって?マア、バクダッドで人がバタバタ死んでいっているこの時節柄に大きい声で「おめでとう」だなんて不謹慎よ、でもありがと。ウフフフフ。
 さて、そんなニコールが賞をもらったばかりのアカデミー賞だけど、映画マニヤの人からはやれ「パワーゲームの産物だ」とか「商業主義の賜物だ」とかうるさいことを言われっぱなしらしいわね。でもそんな人たちがカンヌ映画祭を褒めているのを見ると、ニコールは何だか疑問を覚えてしまうの。たしかにハリウッド的価値感に縛られない映画をプッシュするお祭りがあってもいいと、今やハリウッドの女王と言えないこともないニコールですら思うし、事実60年代のグランプリ作は正真正銘の傑作揃いよ。『ナック』とか『if もしも』とかね。アカデミー賞では黙殺された『タクシー・ドライバー』や『パルプ・フィクション』にグランプリを与えたことはいくら賞賛してもキリがないわ。
 でも最近のカンヌって、才能があんまし無い監督でも「アンチ・ハリウッド」を標榜してさえいれば賞をもらえてしまう閉鎖的なサークルのイベントに成り下がっていると思うの。そんな限られた仲間うちで賞を回しあってる欧州貴族サロン的な雰囲気が、島流しの囚人が作った国オーストラリア出身のニコールとしては不愉快だわ。
 大体何よ、昨年のグランプリ作だったアキ・カウリスマキの『過去のない男』ってのは!『戦場のピアニスト』とグランプリをダブル受賞だったっていうから、てっきりイイ映画なんじゃないかと思って観たら、トンだダメ映画じゃないの。えっカウリスマキのミニマルな演出やオフビートなギャグはいつも通りじゃないかですって?答えはノーよ。だって、かってのカウリスマキのそれは自分のナイーブなところ、柔らかいところを照れ隠しするためのモノだったじゃない。それをニコールたちは愛した筈。でも今やそれ自体が支配的な様式となって、作品全体をギチギチに縛ってしまっているの。そこからは作家のエモーションや心の揺れが全く感じられないわ。まあ、それもこれもカウリスマキ本人の心がすっかり硬直化してしまったからに他ならないし、だからこそ自分が築き上げた形式に逃げるしかないんだろうけどね。でもそういうやり方で逃げることが許される人って豊かな美的伝統をバックボーンに持った人だけじゃないかしら。”ハズシのセンス”だけで成り上がったカウリスマキじゃ無理なのよ。だからワザとらしさと空々しさだけがニコールの胸に残ったわ。でもこの程度の映画でも、監督が「アンチ・ハリウッド」だってだけで賞をもらえちゃうんだから、カンヌってちょろいわね。
 でもカウリスマキもこれで終わったわけじゃないと思うの。そう、ニコールは彼が復活する秘策を知っているのよ。それは何かですって?もちろん次回作でニコールを主演女優に起用することよ!これで彼も大復活間違いないわ、ウフフフ。えっ、ニコールはカウリスマキ映画の主演女優にしては美人すぎるですって?ご心配なく。かくなる上はまたツケ鼻くらい付けるわよ!
(2003年3月26日)

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最終更新日 : 2013-06-03 19:38:21

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『宇宙人だよ 全員集合!』

 ドリフをモンティ・パイソンだとすると、彼だけラクな仕事をして一人だけ悠々自適だからジョン・クリースにちがいないとか、ドリフをザ・ローリングストーンズだとすれば、リーダーかつ俳優業に積極的だから彼こそがミック・ジャガーなのではないか(ちなみに茶がキース、「サイレント・ドリフ」ことブーがビル、工事がチャーリー。当然、初期にグループを引っぱり、後に脱退して水死した荒井注がブライアン・ジョーンズで、ファンキーな志村はロン・ウッド。つまり「加トケン」はニュー・バーバリアンズなのである)とかバカ話が好きな連中に色々言われていた長さんだけど、当然ながら彼は、クリースでもミックでもなくワン&オンリーの存在であった・・・あたり前だ。2人より年上だし。
 ワン&オンリーだった故に「全員集合」が終わった後しばらく低迷していた彼を、「日本のモーガン・フリーマン」に仕立て上げた「踊る大捜査線」のスタッフは、やはり冴えていたと今さらながら思う。しかしながらその「モーガン・フリーマン」感が、晩年の長さんのイメージを縛りつけていた事もまた事実なのだ。それはちょっと残念な事だった。
 だって全盛期のドリフのコントといえば、インパクトある顔とガタイの良さが際立っている長さんが、圧倒的な支配力で他の4人を虐待しまくる異常なシチュエーションを黄金パターンにしていたのだから。テレビの「全員集合」もそうだったけど、小さい頃テレビで見た映画の方がさらに異様な話が多かった。
 だから出来れば、もう1回だけ「恐い」長さんが見たかった。そう、「モーガン・フリーマン」は「モーガン・フリーマン」でも、『セヴン』ではなく『ドリーム・キャッチャー』での彼のような! そんな長さんを主演に、ドリフはもう1本だけ映画を撮るべきだったのだ。題して『宇宙人だよ 全員集合!』。
 ストーリーはというと・・・子どものころ不思議な体験をした幼馴染4人組(茶、ブー、工事、志村)が再会した夜に雪山で異常事態に巻き込まれ遭難。そこに宇宙人を25年追い続けてるうちに精神に異常をきたしてしまった長さんがヘリコプターで登場。開口一番「オッス!」・・・おそらく最高の映画になった筈。
 そんなわけで、いかりや長介さんのご冥福をお祈りいたします。自分でも驚くほどショックでした。(2004年3月22日)


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最終更新日 : 2013-06-03 19:38:21

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