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2台のトラックは前後の20cmの間隔をキープしたまま東名高速を170kmではしりつずけ、あっという間に横浜港に着き、高速を降りてもスピードを緩め ることもなく接岸した貨物船めがけて突進していき、6輪ドリフトしながら、2台相次いで貨物船に平行にぴたりと止まった。

既に貨物船の近くで待ち構えてい た(株)山北コンビーフの幹部は一斉に2台のトラックのハッチに駆け寄り、船積み作業を開始し、あっという間に52000缶のコンビーフは貨物船のコンテ ナの中に納まった。貨物船が出航する瞬間、(株)山北コンビーフの幹部は全員で岸壁から貨物船の船体を押した。

そして貨物船が水平線に消えるまでの1時 間、大きく手を振りつずけた。その後全員でランドマークタワーの展望台からもう一度貨物船を見送った。

貨物船を見送ってから一ヵ月が過ぎた。バンビアからも国連からも日本政府からも何の連絡もなかった。一つ言えることはこの食料援助はバンビアの内戦の沈静 化には何の役にも立っていなかったということである。それどころか戦闘はさらに激化し、戦闘と飢餓による死者の数が増え初めていた。そしてこのコンビーフ がその大きな原因になっていたのである。

後に厚生省がこのコンビーフのカロリー計算をしたところ、栄養価が非常に低く、0.9mmの鋼板を手で巻取りながら缶を開けるために消耗するエネルギーよりも低いということがわかった。つまり食えば食うほど腹の減るコンビーフになってしまったわけだ。

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最終更新日 : 2012-01-08 08:32:59

この本の内容は以上です。


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