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マイスイートチョコレート 1

「ああ、またこんなに買っちゃったよ」
 今日は、バレンタインデー。

 毎年この時期には、普段お目にかかれない特別仕様のチョコが出る。だからつい、次々と購入してしまうのだ。…自分で食べる為に。そう、世間で言う所のマイチョコって奴。

 寄り道がバレない様に、はみ出しそうになるチョコをカバンに押し込んで、あたしは何食わぬ顔で自分のデスクに戻った。
「南さん、契約書貰ってきてくれた?」
 あたしの姿を見つけるなり、部長からお声が掛かる。
「は〜い」

 慌ててカバンの中から書類袋を引っ張り出して、部長のデスクへ向かった。書類を渡し、自分のデスクに戻る途中で、ふと、二つ隣のデスクの上に乗っているモノに目が止まる。
 先刻買ったチョコと同じ箱が、そこにちょこんと鎮座していた。慌ててデスクに戻って、カバンの中をかき回す。そこに入っている筈のチョコがなかった。
…何で、あんな所にさらしものになってるのっ?よりによって…
 そこは、あたしが密かに思いを寄せている主任の席だった。
…このままだと、あたしが乙女チックにもバレンタインのチョコなんてあげる女だって思われちゃうじゃない…いや〜っ、そんなのありえないからっ。は、早く取り戻さなきゃ…

 周囲を伺い、あたしは主任のデスクに手を伸ばす。
「やっぱり、南さんだったんだ」
 いつの間にか、そこに主任が立っていた。必要以上ににこにこして見えるのは気のせいだろうか。
「いえっ、これは何かの手違いで…」
…って、その言い訳は気まずいだろうよ、自分っ…
「そこに落ちてたから、見える所に置いておけば、誰か取りに来るかと思ってさ」
…良かった。誤解されたんじゃなかった…
 ほっとする反面、誤解されても良かったかもとも思う。女心は複雑だ。
「誰かにあげるの?」
「…い、言えません」
…言えません…自分用だなんて…哀しすぎて…
「そりゃ、そうだ」
 そう言ってさわやかな笑顔を見せる主任に、がっくりと肩を落とす自分が、何だか惨めだ。
…こんなに格好いいんだもん。彼女とか、いるんだろうな…
 そう思ったら、つい聞いていた。
「主任は、彼女からチョコ貰いました?」
「俺、甘いのダメだからさ」
 微妙な答え。

 チョコを貰ってないのは分かったけど、彼女の有無は判断がつかない。
「そうですか…」
「南さんてさ、チョコ好きだよね」
「はい?」
「だって、いつも机の上に必ずチョコの箱が乗っかってるから」
 自分の子供っぽさを指摘された様で、頬が熱くなるのを感じた。
「そのチョコも、もしかして自分用?」
「済みません、失礼します」
 それだけ言って、化粧室に逃げ込んだ。

 


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最終更新日 : 2011-02-04 22:14:25

マイスイートチョコレート 2

 気を落ち着かせてデスクに戻ると、主任の姿はなかった。ホワイトボードに外出の文字を確認して、脱力した。

 退社時間になって、帰り支度をしていると、外線が入った。営業マンの定時連絡かと思いながら出ると、相手は主任だった。
「…お疲れ様です」
 言ってる方が疲れている様な声で応対してしまう。
「ああ、南さん?丁度良かった。さっきのお詫びに、これからご飯でも食べにいかない?」
…それは、バレンタインに誰とも約束がない女への、憐みなんでしょうか?…
「場所はさ……」
 こちらが返答出来ないでいる間に、主任は話を進めていく。
「…それじゃ、待ってるから」
 主任の声がそう言って、電話が切れた。
「…え、ちょっ、行くなんて言ってませんけど?」
 すっぽかす訳にはいかないよね。せめて、礼儀知らずな女だとは思われたくないから。だた、それだけで、重い気持ちを引きずりながら待ち合わせ場所へ向かった。

 あたしの姿を見つけると、主任は笑顔で手を振った。
「はい、これ、昼間のお詫びね」
 そう言って手の上に乗せられたものは…
「え?」
「バレンタインのチョコレート」
…って。これっ、予約の上抽選で外れて買えなかったプレミアムチョコっ…
「い、一個だけ、ここで味見してもいいですか?」
 はしたないと思いつつ、我慢できずに言ってしまった。
「どうぞ」
 生チョコトリュフを口に放り込んだ途端に、ローズブランデーの香りがふんわりと口の中に広がった。ああ、幸せ。
「…でも主任、甘いもの嫌いなのに、何でこんな限定チョコ…」
 あたしが不思議そうな眼でみると、主任が少し照れた様に笑った。
「南さんのチョコ、ホントはね、落ちてたんじゃなくて、カバンからはみ出してたのを僕が持って来ちゃったんだ。ごめん」
「…チョコが欲しかった訳じゃないですよね?」
「欲しかったのは、きっかけ、かな」
「きっかけ、ですか?」
「そう。恋のきっかけ…」
 ささやく様に言って、その顔がゆっくりと近づいてくる。

「あ…あのっ…あたし…今、口の中チョコだらけですよ」
 つい、言ってしまった。
「策士、策に溺れるって奴か…」
 そう呟いて主任は苦笑い…
…主任、それは、ホワイトデーのお返しに取っておいて下さい… 

 


【 マイスイートチョコレート 完 】

 

 


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最終更新日 : 2011-02-04 22:15:34

この本の内容は以上です。


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