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フラグマスター 1

「1年B組、出席番号12番、加納吉光(かのうよしみつ)、いるか~?」
 教室の前扉が勢い良く開いて、教室中に俺の名前が響き渡った。

 高校に入学してまだ日も浅いこの時期に、先輩から呼び出しをくらう理由など、全く心当たりがない。そう思いながら、おずおずと挙手した俺は、そのまま生徒会室へと連行された。



「お~来たな、加納吉光」
 そこでも、別の先輩が俺の顔を見て、開口一番にそう言った。
「…あの、名前、フルネームで呼ばんで下さい」
…しかも俺、何でそんなに有名人?

「俺は、この山上(やまがみ)高校の生徒会長の結城。今日は君に、いいものを進呈しようと思って、ご足労願った訳なんだが…おい、総司」
 結城会長が何事か合図をすると、俺の目の前に細長い箱が置かれ、恭しくその蓋が開かれた。

「…あの~何ですか、これ?」
「見ての通り…」
 満面の笑みを浮かべながら、会長は箱の中身を取り出すと、
「紅白の手旗」
 と言って、それを手にしてぱたぱたと振って見せた。
「そりゃ、見れば分かりますが…」
「総司…」
「はい、会長」

 総司先輩は、会長から紅白の手旗を受け取ると、何か規則性のある動きと共に、その旗を振り回してみせた。

「…もしかして、それは手旗信号とかいう奴でしょうか?」
「その通り」
 会長が手を打った。
「我が校の通信手段は、主にこれで行われていてね…」
「はいっ?」
 素っ頓狂な声を出した俺に、会長が苦笑する。
「君、携帯は持ってる?」
「そりゃ、一応、今どきの高校生ですから」
「じゃ、どこでもいいから、今、掛けて見てよ」
「はあ…」

 意味が分らないまま、俺は携帯を引っ張り出す。そして、ボタンを押そうとして、その手が止まった。
「け、圏外!?」
「そう。我が、山上高校は、最寄りの駅からバスで30分という、人里離れた山間部にあるが故に、まあ、当然といえば当然のことながら、圏外なんだ」

 そう言われて、俺はようやく入学案内書に「携帯禁止」ではなく「携帯持ち込み不要」と書かれていた、その意味を理解した。


 この山上高校は、全寮制の男子校である。なぜ全寮制かといえば、もの凄く辺鄙な場所にあるからだ。最寄り駅までの足は、日に二便のバスしかなく、しかもその駅は無人駅で、駅前には店の一つもなく、ただ農地が広がっているだけ…という、ど田舎。

 それでも、全寮制のせいなのか、レベルは結構高かったから、その辺に期待を寄せる親達に、ここに放り込まれる哀れな生徒が、毎年絶える事はなかった。



「職員室には電話があるし、校内放送も使えるし、事務室前には公衆電話が一台。と、最低限の学校生活を送る分には、特に支障はないんだけどね、私的なちょっとした伝達には、もの凄く不便な訳だ」
「私的な伝達って?」
「ほら、うちは、田舎だけあって、敷地がもの凄く広大だろう。だから、例えば、放課後、敷地の隅にある寮から、学校に残っている友達に連絡を取ろうと思ったら、広大な敷地の端から端までランニングなんてハメになる。勿論、緊急な要件であれば、職員室へ電話という手段もありなんだけどね」
「ははあ…」
「そんな情報過疎を解消しようと、何代か前の生徒会長が考え出した方法が…」
「手旗信号ですか。しかし、何でまた手旗…」
「その先輩が、たまたまボーイスカウト経験者だったんだよ。そんな訳で、今や我が校には手旗による立派な通信網が整備されている」
「はあ…」

「そして、我々の日常生活を支える彼ら、手旗信号士を、我々は感謝と敬意を込めて、『フラグマスター』と呼んでいるんだ」

「…フラグマスターっすか」
…ここ、笑ってもいい所なんだろうか…

 そんな事を考えながら、微妙な顔をしていると、いきなりとんでもない爆弾を落とされた。
「君は、その栄えあるフラグマスターに任命された」
「はっ?何で俺っ?」
「入学時視力検査で両眼1.5だったんだろ?視力がいいっていうのは、フラグマスターに不可欠の条件だからね。そういう事だから、頑張ってくれたまえ、加納吉光」
「だから、フルネームで呼ばんで下さいっ。ていうか、手旗信号なんて、やったことないし、分かんないですから…」
「それは大丈夫。僕が手取り足取り教えてあげるからねっ☆」
 総司先輩がにこやかにそう言い、俺は、その日から名誉ある(のか?)フラグマスターとなってしまった。

 

 


 


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最終更新日 : 2010-06-25 11:02:52

フラグマスター 2

 さて、ひと月程して、俺の動きもだいぶ様になってきた頃の事である。

「今日は、長距離通信してみようか」
 総司先輩にそう言われて、俺は屋上に連れて行かれた。



「あの山の上の方に、赤いとんがり屋根があるのが見える?」
「ええ…あれは?」
「華重女学館(はなえじょがっかん)。全寮制のお嬢様学校だよ」
「へえ」

 ミッション系の学校なのか、その赤い屋根は鐘楼の様だった。そして、その鐘の横に、二つの人影が見えた。うち一人は、手に紅白旗を持っている。

「もしかして、手旗の本来の目的っていうのは…?」
「そもそもは、例の先輩が、あっちの学校にいる幼馴染みの彼女と通信したくて始めたのが発端だったらしい。吉光、この紙読み上げてくれる?」

 先輩がポケットから、紙きれを渡して寄越す。
「2B、22、日曜、十時、駅前、2C、18」
 俺が読み上げていくと、その側から、先輩が旗を振っていく。

「向こうからも来るから、解読してみてごらん」
 言われて首から下げていた双眼鏡を覗くと、女の子が同じ様に旗を振っている。

「ええと…3・4・1・0・ド・1・0・エイガ・3・1・3・5…ですかね。暗号みたいですね、これ」

「最初の数字は、学年。次がクラス。4はDに変換する。次が出席番号。1と0で10。ここまでが伝えて欲しい相手の情報。それから本文だね。土曜日、十時に映画館で待ち合わせって所かな。で、最後が発信者の学年、クラス、出席番号、って具合」

「もしかしてこれ、デートの取り持ちっすか?」

「あそこの学校とは、年に数回、行事の時に、交流があるんだ。その時に、気に入った子のクラスと出席番号を押さえておくと、こうして連絡が取り合える。もちろん、僕達には守秘義務があるって話はしたよね」

「通信上知り得た情報は、他言してはならない、でしたね」
 それを破ると、停学になる事もあるからねと、事の始めに脅されている。

「成程、これが青少年の為の崇高な使命なのは、理解しました。でも、これ、お金取ってるんですよね?1文字1円とかって。それって、ちょっと不純っていうか…」

「吉光は真面目なんだな。まあ、お金儲けが目的なんだとしたら、そうなるのかも知れないけどね…」 

 謎を掛ける様にそう言って、先輩は口元に笑みを浮かべて空を見上げた。その横顔は、でも何となく、俺たちの崇高さを否定するものではなかった。




 俺が、そのお金儲けの意味を知ったのは、それから二年後…自分が生徒会長になった時の事だった。

 旗を振って稼いだお金は、代々しっかりと蓄えられていて、その残高は数十万にもなっていた。実はそれは、先輩たちが、後輩たちへと託した『夢』だったのだ。



 それから四季が巡り、また春が来て、俺は卒業の日を迎えた。
 式の後、やはり足は、一番の思い入れのある屋上に向いた。

 『あっち』も同じ事を考えていたらしく、鐘楼の中から、俺に気付いたあいつが手を振るのが見えた。
 


 そこに、携帯がメロディを奏でて着信した。


「…今日、一緒に帰ろうよ。駅で待ってるから…」
 彼女の声を聞きながら、空を仰いだ俺の目に、鉄塔が映る。


…屋上に携帯の基地局を作るっていうのは、どうだろう?…


 昔、誰かが言い出したその夢物語は、それから何代にも渡って引き継がれて、俺の代でようやく実を結んだのである。



【 フラグマスター 完 】


2
最終更新日 : 2010-06-25 11:01:14

この本の内容は以上です。


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