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 唯人の胸には、名札が付けられていた。

 ようやく納得がいった。あの薄紫のガスは知性を奪う悪魔のガスである。人の顔の分別もつかないほどに脳機能が低下した結果、ガスを吸っていない人間に興味を示し、それ以上に名札のある人間に服従する。
 結論から言えば、どこかの国か組織が人々を奴隷化しようとしていたのだ。昨夜のガスはその準備といえる。
 その悪意に、卑怯さに、唯人は腹が立った。
 浩平も怒っていたが、それ以上に、唯人の変化に興味を示した。
 SAYURIも心配そうな顔をしていた。
 唯人の心は怒りでいっぱいになった。






 怒りに震えた唯人の顔が紅潮していく。徐々に首筋や腕も紅くなっていく。腹のあたりで何か光ったかと思うと、額の毛の生え際から牙のようなものがメキメキと音を立てて生えてくる。
 角だ。
 唯人は瞬間的な光に包まれた。光の落ち着いた後には2メートルほどの巨人が立っていた。
 しなやかで充分に膨らんだ筋肉をもつ、例えるなら・・・赤鬼というしかなかった。


10

「唯人!」浩平が声をあげる。
「これが、唯人?」
 SAYURIは初めて見るその変異に興味を示した。
『すまねえ。サポート頼む』
 赤鬼、唯人はいつもよりはるかに低い声と、よく響く高音を同時に放った。
「いいよ。攻撃位置をナビゲートする」
 SAYURIはあっさりと状況に順応した。
「んじゃあ、俺はドア全部開けてくるわ」
 浩平は、当然と言った顔で引き受けた。
 浩平はなんとなくうれしかった。このメンバーで作戦が展開できるとは夢のようだ。

 特殊工作員、森野浩平。彼は様々な時空で生きていた。
 旅行者、SAYURI。時間と空間を偵察する発明者。
 赤紫の髪、風間唯人。赤鬼に変化するヒーロー。
 浩平にとっての、お楽しみの時間がやってきた。
 SAYURIは赤鬼と浩平にサングラスのようなバイザーをさっと投げた。受け取りざま、装着する浩平。サイズ合わせのため赤鬼のほうが一秒ほど時間がかかった。SAYURIも同様のバイザーを着けている。

11

「目標!戦艦の占拠」
 SAYURIはマイクを通して指示を出した。

 その直後、浩平と赤鬼はすでに飛び出していた。
 低空を飛び、数百の兵を翻弄する赤鬼。混乱にまぎれ、あっという間に艦に張り付く浩平。
「で、最適ルートは?」
 浩平は船内に潜入した。
 赤鬼は埠頭の兵を海に突き落としている。
「浩平。そのまま地下へ。扉を全て開けたら司令室へ!赤鬼はデッキ上を確保!」
 SAYURIの声が届く。
 赤鬼は船の上から乱射されるマシンガンをはじきながら、一人づつ放り投げていった。
「ウヘラー」「ンノフーーー」兵達の言語は全くどこのモノか分からなかった。こっそりとSAYURIだけが意味ありげににやりとした。


12

 浩平と赤鬼が走っている。
 時間はかからなかった。

 占拠された船にSAYURIは赴いた。赤鬼の腕には提督とおぼしき人物が捕らえられてる。カバンからSAYURIはとっておきの道具を出した。水筒のようにも見える。そして、聞いたこともない言葉で提督に尋問を始めた。
 浩平にはなんとなく予想がついた。とんでもなくあぶないモノで脅しているのだ。
「じゃあ、残念賞」
 交渉は決裂したらしい。SAYURIは水筒?のボタンを押した。
「ヌビラハ…!!」
 提督の顔に紫色のガスが吹きつけられる。
「あ、ムラサキ」浩平が苦笑した。
 なんて恐ろしいんだSAYURI。
『昨夜の?』
 赤鬼は徐々に唯人に戻っていく。
「ちょっとお返し」
 SAYURIは水筒をしまった。
「これで、連中はうちらの管轄下!?」
 浩平は付け足した。

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