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二つの頭脳

「ご苦労様でーす」
 鳴門の元に、事務服を着たバイオロボットがコーヒーを持って来た。
「悪いね。コーヒーぐらい自分でいれなきゃ」
「いいんですよ。私たちの仕事ですから」
 そういってコーヒーカップを置く手の手首が透明になっている。ロボットらしい意匠だ。江蘇遺伝子工学公司・チャンスーCH-2240Ap2が彼女の形式名なのだが、人間の女子職員が『さゆりちゃん』と愛称を付けている。
 ロボットとはいえ顔は一体一体違うし、IDタグをそれぞれの身体の部分に埋め込んでいるので間違えることもない。結果、今では人口を数えるときにロボットの項目が出来るほどに普及している。

 内閣調査庁は、内閣調査室と公安調査庁、警察公安部から自衛隊中央調査隊の後の姿である第四の自衛隊『情報本部』、渉外省の一部を統合して作られた総理府内の組織である。
 調査企画部と調査部、作戦部(調査部の名称内に隠れている)などで構成され、行政に必要な情報の収集から秘密工作、テロ対策までを一手に行っている。
 しかし、警察、防衛省、渉外省などと権益が対立し、弱い立場にある。
 調査局・機材局のみで構成と公表されているが、内部は作戦局・分析局に分かれる。作戦局とは言っても公安警察との共同作戦が主であり、その作戦も特殊な機材により情報を収集するのが目的の事が多く、謀略はほとんどない。
 任務は艦隊・警察・民間調査機関などへの外注が多く、他に電子犯罪への対策なども行っている。
 国際犯罪への対応が大きく、国際政治への影響力行使はその一環と位置づけられている。
 調査庁の人数の殆どは分析局員である。作戦局の正式名は第一調査局である。何らかの作戦を必要とするほどに政治的犯罪は多くなっているのである。
 分析局はジェトロや在外公館・警察・職業安定所・保健所・民間情報調査機関からの情報を統合・分析する。公式にされないことだが、選挙予測は旧内務省警察当時と同じくらい精密・正確である。
 また、内閣調査庁は銀行系のシンクタンクに分析業務・情報収集業務を委託することも行っている。
 第二産業銀行(第二産銀)系のシンクタンク、第二産銀研究所は金融業界情報だけでなく政治経済動向に影響のある国際情勢などの分析も行い、内閣調査庁と深く交流し情報収集網を補完しあっている。
 他にも八菱総研、一ツ橋銀行データバンク、新淡路銀行経済研究所、香港中央銀行情報公司などの銀行系シンクタンクと内閣調査庁の総合で見た連携能力は世界随一を誇る。
 二十二世紀=アジア共同体の時代は内閣調査庁とそれらアジア系情報ネットワークによって支えられていると言っても過言ではない。
 そして、そのすべてが西ロシア連邦情報通信局(FAPSI)と情報戦を激しく争っている。
「鳴門君」
 氷室カオリ管理官がやってきた。
「彼女がいるのにロボットまで引っかけてどうするつもりなの? というのは冗談で」
 冗談なのか? と鳴門は止まったが、その氷室管理官の持っているファイルに目がとまった。
「今回の十二号の件についての追加情報。十二号が活動するときに使っている経路遮断器を洗っているのは知ってるわよね? その速報よ」
 渡された資料を読む鳴門の顔色が変わった。
「これ、クドルチュデスじゃないですか!」
「そうよ。聞いたわよ、クドルチュデスをミスフィが保護下に入れたって。その是非はうちの庁としてはアリだけど、でも警察や電子作戦群としては不満があるのよ。で、それでクドルチュデスが昔やっていた、さまざまな活動の記録をちょっと強引な方法で解析しているの」
 氷室は遠い目をした。
「データだけの人工生命クドルチュデス。それを作ったラッティはクドルチュデスを生き残らせるために、命を捨てた。
 でも、私は思うの。ラッティとライバルで、シファたちを作った近江さんも思っているだろうけど、ラッティは未だ死んでいない。
 私たちの記憶の中ではなく、世界中をはね回るパケットの海の中に、ラッティの遺伝子がある。
 結局、こうしてウェブが出来ることで、人間の脳も、世界も拡張され、そのなかで死者の記憶は公的なものとして永遠に残る。
 ラッティには奥さんもお子さんもいなかったそうだけど、クドルチュデスにはラッティの思いがある。
 私たちがクドルチュデスのような、そして近江さんのAMEG_EXやSILVERのようなものを見上げるしかないのも、結局は利己的遺伝子論の世界の中で、環境に特化して行く生命の潮流に私たちが取り残されているからでしょう」
「そうかもしれません」
 鳴門がそう答えたとき、そこに闇が集まった。
「チュチュ様の記録が残っているのでしか?」
 現れたのはクドルチュデスだ。
 少女型の身体に黒の防水素材でそろえたコルセットと長手袋と網タイツ、そして胸元に巨大なアメジストを配飾した扇情的な衣装の彼女を見る鳴門の思いは複雑だった。
 シファを追い込んだクドルチュデス。
 しかし、なぜこうも憎めないのだろう。
 警視庁の建部警部補と涼子巡査補をあれだけ追い込んだのに、なぜか見ていて暖かい。
 白磁のような透き通った色の素肌に、なぜだか温かい心を思わされてしまうのだ。
 ラッティと近江が同僚だった頃、まだ世の中がこれほど世知辛くなる前の、世界をデザインしようと志に燃えていた人々の時代の希望を見せられる気がする。
 それに比べて、と鳴門は思う。
 あの人々は、もう引退しつつある。
 少しずつ、世界が冷淡になっていくのを感じる。
 そんなことはないと頭では分かっている。世代交代はあるし、新しい世代にも力があり、エネルギッシュに世界を拡張している。
 それでも、なぜだか……悲しい。
「鳴門、訓練終わったわ」
 シファがホログラフィで現れる。帰投中の操縦を秘書システム・ZIOTにまかせて通信を使ってやってきているのだ。
「シファ……」
 クドルチュデスは頷いた。
「チュチュ様、これまでのこと、正直すまんかったでし」
 クドルチュデスは率直に言う。
「今は世界の女王の孤独、すこし分かったでし。ラッティ様も、最後には近江様と同じ境地に達したのでし。ラッティ様はいなくなってしまわれたけれど、でもチュチュ様はがんばるのでし。立場は違うけれど、チュチュ様にはチュチュ様なりの理想へ向かっての方法があるでし」
「あなた、強いわね」
 氷室管理官が微笑む。
「でも、チュチュ様の痕跡が残っているというのは許せないでしね。
 ラッティ様の開発した痕跡消去システムにミスがあるちうことでし。
 なんとしてもチュチュ様の痕跡消去システムを完成させるのでし」
 クドルチュデスは紫色の唇を動かし、あどけない口調で宣言する。
「なんだかこんな時代に人間やっているのってそれだけで損な気がするわ。
 あなたたちには無限の可能性と疲れを知らぬ論理があるんだから」
「そうでもないですよ」
 シファが異論を差し挟む。
「私たちロボットも、時々切なくなるんです。
 いつまでこんな争いや仕事を続ければいいのかなあ、って。
 自分が何もなかった時代から、この世界を選んでここに今いる、と分かっても、時々辛くなります」
「僕がいても?」
 鳴門が首をかしげる。
「これは愛ではないのかも知れないけれど、でも、鳴門と永遠に過ごしたいとしても、永遠なんてこの世には何一つ存在しない。
 そして、日々自分が擦り減っていくのが分かるもの。
 鳴門のせいでもない、世の中のせいでもないのに、なんだか」
 シファは自分の肩を抱いた。
「擦り減る、ねえ」
 氷室管理官は考えている。
「そうね。擦り減るわね。でも、あなたたちはパートナーがいるわ。でも結婚はしてないのよね」
「氷室管理官は?」
 鳴門が問う。
「私もまだまだ。
 でも、甘えたくなる時って、どんな生命にもあると思うわ。
 子供時代、お母さんの洗ってくれたバスタオルにくるまった感触とか思い出すと、私もなんだか泣けてくるもの」
「空賊ビビデバビデ団をあんなに追い込んでも?」
 シファは尋ねる。
 ラッティと組んだ空賊『ビビデバビデ団』は、ヒマラヤに残された子供たちの集団で、ラッティの手によって多数の重巡洋艦を手に入れ、三航艦に喧嘩を売るまでに成長したが、シファたちの活躍で壊滅した。そのビビデバビデ団を内閣調査庁が扱う不法すれすれの行為を行う特殊団体に仕上げたのは氷室管理官である。
 しかし、所詮はラッティの下請けから内閣調査庁の下請けになっただけで、ビビデバビデ団の弱い立場は結局変わらなかった。
「そう。あの子たちにはツライ当たりをしちゃったけど、ホントはうらやましかったの。私もああいう、『家族』って言うのかな? そういうものにあこがれを抱くことはあるわ。毎回そのたびにパウダールームで自己暗示かけるの。昔の歌が好きで、思い出すようにしてるの。歳がばれるわね」
「そうですか」
 男女の性差がさまざまな技術と法制度でクリアされ、もう生理痛も過去のものではあるとしても、男女に限らず、一人一人が違う心を持ち、必死に戦っている。
 何のために? と鳴門もシファも考える。
 次の世代に残すために、と思っても、やはり、つらい。
「鳴門」
 シファが話しかけた。
「話は変わるんだけど、沢禰の街のクリスマス会、参加しない? 青年団から呼ばれているんだけど」
「いやあ……難しいかも」
 と鳴門が答えると、氷室は首を傾けてシファに言った。
「先月の組織改組で鳴門君の直属の上司になったから、いろいろ仕事割り振っちゃった。でも鳴門君の仕事は出来がいいから。ホント、頼りにしちゃってごめんなさいね」
「いいえ。仕事ですから」
 とシファも理解を示す。
「ムキー! チュチュ様おん自ら鳴門さまのお仕事手伝うのでし。シファ様と鳴門様はクリスマス会に参加して『らう゛』を確かめあうのでし!」
「そういったって、クドルチュデス、君は一応、とらわれの身なんだよ」
「え、そうなのでしか?」
 自分の立場を分かってない彼女に、鳴門は頭を抱えた。
 今もミスフィの中に本拠を置き、管理されているのだ。
 それだけミスフィの心が広いと言うことなのか。
 セキュリティが甘いと言われるかもしれないが、しかしミスフィのこと、手抜かりはないだろう。
「でも大変ね。例によって資金ルートの解明、意志決定の経路調べでしょ」
「慣れたけどね」
「なんか、鳴門がずいぶん大人になったように思える」
 シファは微笑む。
「まあね。入庁してからはまだ、けっこう学生気分だったけど、早瀬局長とか津島次官と一緒に仕事をしているとね」
「格好良い~」
 シファが戯れに言う。
「格好悪いよ。じゃ、ちょっと仕事に戻るよ」
「はーい」
 なぜかクドルチュデスが返事をした。


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鋏(はさみ)

「また鳴門か」
 首相官邸で、杉崎内閣参与は吐き捨てるように言った。
「いくら世代交代とはいえ、G3程度の下っ端調査官をなぜあそこまで重用するのか、理解に苦しむ。事実、内閣調査庁内に異論もあると聞いているが」
「ご批判は承知しております」
 早瀬は杉崎に詰(なじ)られていた。
「仕事が速く、正確なのは結構だが、しかし役所には役所の序列がある。君はそれをどう思っているのかね。内閣参与として直接に人事を言うわけにはいかないが、しかし時期が微妙だ。世界のすべてを監視するタカムスビ法案だけでも苦しいのに、BN-X法案を通すというのか? 松田総理の力でもそこまでは出来ないだろう。困難だぞ」
 早瀬は頭を下げながらも、思っている。
 そのチカラワザを発揮するのが政治家ではないか。
 政治家は法律を作れるのだ。既存の法案と矛盾するかどうかは法制官が判断するにせよ、そのおおもとの憲法でさえ、政治家は変更出来る。
 もちろん分かっていることだが、現在の松田内閣は強引がすぎて批判されつつある。支持率も、太平洋戦争後四人目の理系総理ということでこの困難なセキュリティーを扱う事案の多発で高かったのに、今はかなり落ちた。
 それでもシファたちを不法状態に置くわけには行かない。秘密兵器であるシファたちを公開し、特例予算で支払ったシファたちの建造費を一般財源で償却せねばならない。
 そのための国会決議の準備で早瀬は官邸に入ったのだが、浴びせられた言葉は露骨な津島-早瀬-鳴門ラインへの批判だった。
「お叱りは重々承知しております」
「まあいい。ここで君を詰ったところで津島次官は松田総理と通じている。私ごとき参与がどうこう言っても詮無いことだ。BN-X法案は聞き置く」
「ありがとうございます」
 参与のオフィスを辞した早瀬は悟っていた。
 この杉崎参与の『聞き置く』は、塩漬けにする事と同じだ。
 なんとかしなければ。
 官邸車寄せで黒塗りの公用車に乗った早瀬は、携帯端末で連絡を取り始めた。
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ひとときの安らぎ

 沢禰の公民館で子供たち向けの出し物とプレゼント配りが終わり、青年部のパーティーが始まるところだった。
 パワードスーツ・ディルマに乗る軍事探偵・ケイコも参加している。
 ミスフィは香椎を呼び、二人でなにか話し合っている。
 しかし、シファは一人だった。
 残業で鳴門がまだ内閣調査庁に残ってシファと通信している。
「やっぱり来られない? 残念ね。でもお仕事だからしょうがないわよね」
『うん。また急ぎの仕事が入っちゃったんだ、ホントごめんよ、シファ』
 そこに青年団の団長が介入した。
「あー、鳴門ぉ、かまわないよ。仕事大事だろ」
 との言葉の後、わざと間をあけていった。
「大丈夫。こっちはこっちで『楽しーく』やってるから」
 そう言って、シファの肩に手をのばした。
『行く! 行きます! 今から快速特急に飛び乗って三十分!』
 団長はシファに目配せした。
「ほら釣れた。彼女なんだから、こうやってカレシを操縦しなきゃ。シファは素直すぎるよ。それがまた良いんだけど」
 意地悪げな団長だが、これはこれで、シファが大学に行っていた頃の旅研(旅行研究部)の部長のようで、シファには嬉しい。
「じゃあ、鳴門が未だ来ないけど、カンパーイ!」
 青年団団長の家はライフサプライ、大昔のコンビニをさらに大きく機能を拡張したような店であり、さっそくお酒やオードブル、そして七面鳥とケーキが配られている。
「じゃあ、プレゼントの交換でーす」
 すっとミスフィが可愛く包装された包みを香椎に差し出す。
「わあっ、ありがとうミスフィ。あけていい?」
 と香椎が聞くと、こくんとミスフィは頷いた。
 開けると、中から出てきたのは蛍光の青色もまばゆいレースクイーンの衣装だった。
「わー、可愛い! レーシングチーム・ネバーエンドの四十一年タイプね!」
 香椎はそういうのだが、可愛いのかな、とシファは思う。
「これで『レースクイーンの刑』の時も、バリエーションが五着になったから大丈夫ね」
 刑……?
 五着……?
 怖い考えになってしまったシファであった。
「ふー、着いた」
 扉が開き、鳴門が入ってきた。
「おう、早かったな」
「早瀬局長のタイフーンに乗せてもらったんだ」
 世界最強のロードゴーイングカー、タイフーンは早瀬局長の遊び用の車である。
 早瀬局長は休日には子供を乗せて高速道路を駆け、峠を攻める若さを持っているのだ。
「タイフーンか! 見たいな!」
「いいんじゃないか? 表に停めてある」
「じゃ、いこうか」
 男どもがゾロソロと表に出る。
 赤のカラーリングも眼に鮮やかなタイフーンに、男どもはため息を吐きながら魅入る。
「すごいな。大排気量水素エンジンは普通としても、その上に動翼がついているんだもんな」
「ウェットだろうがドライだろうが、たとえオイルで汚れた路面だろうと、どこまでいっても常にハンドル特性はニュートラルなんだ」
 そこに香椎がきた。
 その衣装に、全員が目を点にした。
「どうかしら、似合う?」
 純白のレースクイーンの超ミニのスカートに見せショーツ、そして胸は特徴的なデザインの、襟付きの蛍光青のトップスで覆われている。
 白い地に同じ青が配された腕章にまた趣味が入っている。
 トップスには、なまめかしい胸元が見えるように窓が開いているのが何とも扇情的だ。
 その姿でパラソルを持っている。
 脚は鍛えられた脚に光沢がまばゆいストッキングである。
 露出が多いように見えるが、今は発熱と冷却機能のある衣服、スマートウェアが普通で、レースクイーン衣装もその例外ではない。
 早速香椎はポーズを取って、ミスフィはそれを嬉しそうに眼で撮影している。ロボットなので、眼がいちばん使いやすいカメラになるのだ。
 しかし、やっぱり『レースクイーンの刑』って……。
 ますますシファもみんなも、怖い考えになってしまった。

「クドルチュデスが案外役に立ってくれて」
 鳴門が側聞きされないようにシファにメッセンジャーで話かけてくる。
「とらわれの身なのに?」
 シファもメッセンジャーで返す。
「彼女は流石だよ。ラッティが入れ込んだだけあるね。今も休まずに仕事してるよ」
 鳴門はクドルチュデスのできる仕事を任せてきたのだ。
「彼女、ミスフィのサブシステムを借りてるんでしょ」
「そう。それにしちゃ仕事が手早い。いくつか出所の分からない資金があったんで、彼女に頼んだらあっさり出てきたよ」
「どこなの?」
 興味津々のシファに鳴門は言った。
「国民保健省だよ」
「嘘!」
 国民保健省とは太平洋戦争以来四度目の行政改革で厚生省・労働省・旧文部省・旧科学技術庁を統合した巨大官庁である。
 現在の政府は六省一府三委員会制をとっている。その委員会の中には行政執行委員会という大きな委員会があり、そのなかにSAIS管理委員会も含まれる。
「ホントだから困るよ。シファ、君を作る計画の時、いくつか平行して似たようなことをする計画があったようなんだ。香椎さんが普段乗り組むパワードスーツFPXの時もそうだし、ケイコさんの乗るディルマも山崎重工がFPX計画に関与するための試作機だった」
「じゃあ、私たちと同じ人工生命がトップ?」
 シファは驚く。
「そうでもないらしい。クドルチュデスの話によれば、えらく人間くさい反応が返ってくるけど、それにしても応答速度が速い」
「脳に直接マシンを接続している人間かな」
「わかんないよ。まだ資料が少なすぎる」
 そのとき、声がかかった。
「また仕事の話かい。忙しい仕事だとは聞いているけど、たまに休まないと壊れるよ」
「そうだね」
 鳴門はシファを抱き寄せ、公民館に向かった。
 全員が公民館に入った。


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そのころの〈ちよだ〉

「今頃シファたち楽しくやっているだろうなあ」
 シファ機付長の沖島がつぶやく。
「ああ」
 主計科で〈ちよだ〉の司厨士をやっている矢竹がビンゴマシンを動かす。
「はい、二十五番」
「リーチ!」
 艦内のクリスマスパーティーはビンゴゲームまで進んでいた。
「しかし……イヴにこうして恋人のいない職場の連中で集まって、ビンゴゲームか……。俺の人生二十六年目のクリスマス、しょっぱすぎるよ」
 矢竹が慨嘆する。
「おれもな」
 沖島も継ぐ。
「沖島さん、なんですか」
 天霧が声を上げる。
「なんでもない」
「私、こういうの好きですよ。いつも病院の院内学級ではこうでした。」
 それがよけい悲しいじゃないか、と沖島と矢竹は言いそうになって堪える。
 天霧は循環器の病気でずっと院内学級だった。それを治療した後、体力面でも強さを求められる艦隊に入隊し、今に至るのだ。
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ロボット省察

「完了、っと」
 三時間後、そういう鳴門と青年団長だけをのこして、全員が会場に酔って横たわって眠っている。
 アルコールが飲めないのはミスフィだけだったので、沢禰のバーのマスターが飲み物がないのは可哀想とココアを入れた。
 しかし、そのココアに、いつものクセで少量のブランデーを入れてしまった。
 二滴のブランデーで轟沈してしまったミスフィの傍らで、香椎が横たわっている。
 香椎はレースクイーン姿のままである。
 シファも眠っている。
「じゃあ、女の子だけうちの店のサナに頼んで隣の部屋にまとめておこう。いい加減大人なんだし、途中で目覚めるよ」
「そうだね」
 サナがやってくる。幼い顔をしたメイド姿のバイオロボットである。漆黒の衣装に純白のフリルが多いのが流行なのだが、シンプルなその衣装は、無垢を感じさせる顔と相まって絵本の中の存在のように見える。
「ところでなんだが、鳴門、オマエどう考えている?」
 青年団長は酔っぱらった男共をかたづけながら、鳴門に問うた。
「シファとの仲か?」
 鳴門も、よっぱらいの足を持って引っ張っている。
「ああ。いい子だと言うのも分かる。だがな」
「考えたよ。ロボットとの恋だろ? 今は命に差はないよ。人間だって強くなれるし、機械だって優しくなれる。大学時代、考えつくした」
「そうか」
 サナが両肩に女の子を担いで隣の部屋に連れて行く。
「時々、サナを見ていると悲しくなって。ロクに趣味も持たず、黙々と働いてくれるのはいいんだけど、その姿が余りにもひたむきで、なんだかこうやってずっと仕事させるのが申し訳なくて」
「そうだよな」
 鳴門は頷いた。
「カシス准将という、今、宇宙立体区で捕まっている偉い人がいて」
 と切り出す鳴門に、団長が興味を示す。
「捕まっている? なぜ?」
「ものすごい理論家でね。世界中の軍隊の学校で採用している教科書を書いた戦略家で、宇宙艦隊の指揮官だったんだけど、あまりにもキレ過ぎるから、クーデターの嫌疑をかけられて未だに拘束されている」
「そうか。そういや、この前マイナーメディアに載っていたような気がするな」
「その人が言うんだ。この世界は、すべて文脈である、と。もう個人主体の時代さえも終わった。個人がもう人間であるか機械であるか関係ない段階に来た。あるのは文脈、関係性の歴史だけだって」
「えらく難しいな」
「でも、そうだろ? ホログラフィやシールドで何でも作れるし、個人の視覚を多人数で共有することも出来る。架空の存在が活き活きと動き、個人は疲れて引きこもっていく。そのなかで、リアルとアンリアルに区別はなくなる」
「そうかもな」
「僕は文脈に乗ってしまった。あとは放り出されるまで乗り続けるだけだよ。しぶとく、しつこく。もちろん僕なりの考えはあるけれど、それはいずれ変わらざるを得なくなる。文脈そのものは自分では作れないからね。
 でも、文脈に乗れば、その文脈を暴走させることは出来る。結局、自分でできることなんて、この大きくなりすぎた世界じゃ小さい。カシス准将もそれを分かっているから、拘束されても抵抗していないんだと思う。文脈をしばらく見守り、いずれそれを暴走させようと力を蓄えている」
「うーん」
 団長は考えた。
「とりあえず飲めよ」
「ああ、もらう」
 二人はしばらく酒を舐めた。
「おまえも大変そうだな」
 団長は鳴門にいった。
「まあね。なんか頼りにされてるみたいで。僕なんかでいいのかなって思ってるんだけど、仕事をこなすだけで精一杯になってしまうよ」
 鳴門は苦笑混じりに言った。
「シファ、大事にしてやれよ」
「ああ」
 二人は一時間ほど話しながら呑んだ。
「さて、明日仕事だし、そろそろ帰るよ」
 団長はきりだした。
「シファたちは?」
「じゃ、起こすか」
 鳴門はシファの胸元のペンダントに触った。
 そして、とんとん、とダブルクリックした。
 ペンダントが輝き、その輝きが波紋状に広がって、直後、シファはガバッと目を覚ました。
「もう、鳴門ったら、私がロボットだからってそんな起こし方、ひどいわ」
 強制覚醒だったようである。
 シファが半笑いで抗議する。
 鳴門はゴメンネと言いながらキスをする。
「ミスフィも起こしてやって」
「うん」
 シファは酔いをすっかり醒まして起きてミスフィのところへ行く。
 そして、鳴門と同じ起こし方でミスフィを起こすシファを見て、鳴門は笑っていた。
 それをを見送りながら、団長は言った。
「ロボットって、便利だね」

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