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高空の狩人たち

 シファとミスフィは今年最後の訓練任務に参加していた。
 太平洋上空、翼を広げて飛翔し、対抗側に当たる三航艦の無人戦闘機隊との空中戦訓練である。
「ミスフィ、交戦空域!」
 ピピ、とミスフィは信号で答える。
 敵機は未だ姿を現さない。
 レーダーは逆探知の可能性があるので使えない。上空からの警戒レーダーやセンサーは実戦になれば働くだろうが、もちろん現代戦でそういった拠点が真っ先に破壊されるのは常識である。
 南洋上空、積乱雲の谷間をシファたちは航行している。
 純白の雲の奥には荒れ狂う灰色の雨雲、そして下には雲の合間にコバルトカラーの海、上空は大気圏の上限に見える青空。
 雲はその対流圏一杯に伸びる柱のように林立している。
 このなかでたった一点でしかない、事実実測しても寸法は幅五メートルしかない無人機を探すのだ。
 もちろん、シファたちも翼を広げても四メートルに達せず、しかも光学迷彩を使っているので発見率は低い。
 光学迷彩はいくつかの技術を組み合わせて実現した技術である。PUシールドのシールドピクセルに描く迷彩パターンが大型機用のものである。それをホログラフィで代替したものが警備端末や戦車に使うものである。
 どちらも汎用ネットワーク経由で誰から隠れたいのかを局限しないと効果がないのだが、しかしそのときに局限しない相手にニセ映像を送り込んで身を隠すもう一つの技術を使うことで被発見率を低くすることが出来る。
 その上で、身につけた衣装の色を変更する機能を使う。衣装には小さな、大昔の液晶画素のような画素がびっしりと取り付けられている。大まかな対象の方位さえ分かれば、衣装自身の位置センサーや外界センサーを使って周囲に溶け込むのだ。その仕組みはカメレオンと同じである。
 PUシールドとは、水蒸気を放散したり、鉛よりも高密度の放射線遮蔽プラズマ層を作ったりすることの出来るワームホールを使ったシステムである。
 このシステムに使うワームホールはシールドピクセルと呼ばれ、ピクセルユニットシールド、ゆえにPUシールドと呼ばれる。
 もともとは核融合炉壁遮蔽のために開発され、艦船・重要施設の防弾防御に活用されているに至り、砲弾など質量兵器には高エネルギーによる対消滅を、レーザーなどエネルギー兵器には水蒸気噴射による放散を、ポジトロン砲など粒子兵器には高密度プラズマによる粒子減速・捕獲をもって対処する『考える装甲(シンクシールド)』としての強靭な耐弾特性を持つ。
 シールドピクセルと呼ばれるワームホール開口を高密度で並べることによって構成され、力学的特性があり、カウルとしても使用でき、磁場によって並べて形(遮蔽素層)を作ることができる。
 ドーム状・球状に成形するのが通常で、許容エネルギー量を超えるエネルギーを受けると並べられた遮蔽素が爆発的に放散するという脆い特性があり、シールド再展開のリアクションタイムを上げていかに防弾特性をねばりのあるものにするかが研究課題となっている。
 シールドピクセルは通常のワームホール内に水蒸気を封入したもので、シールドエジェクターによって臨時的に開口させられる簡易ワームホールであり、秩序を失って放散した後は量子論的なサイズに分割されて不活性化し、力学的意味を失う。
 理論的にはこの遮蔽素作成技術によってダイヤモンドよりも硬くウランよりも重い遮蔽素ペレットが形成できるが、二一四一年現在ではまだ実験室レベルである。この遮蔽素ペレットが実現すれば劣化ウラン弾よりも貫徹力の高い弾丸が開発されることになるが、まだまだ成長の余地のある技術である。
「目標発見! 敵機七時方向!」
 シファの背中にあるアイボールⅡセンサーが敵機の機影をとらえた。
 直後に急加速、間合いを取り、空中から剣を取り出し、広げた脚と翼の先からスジ状の雲を噴き出しながらドリフトをするように旋回、後ろから迫る無人機の後ろを狙う。
 後ろを取られていたが、しかし甲戦、最高の格闘戦性能を要求された結果、たった六十キロの質量に膨大な出力、そして空力的に最高の形状を常にとる自己成形翼を組み合わせたシファたちにとって、こうした不利な状態から格闘戦で勝利するのは最大の見せ場である。
 無人機は必死に追いすがるが、後ろを取られる。
 彼らは動翼を駆使して逃げようとする。
 無人機は急旋回などでの加速度に強いとされる。
 しかし、無人機にも弱点がある。
 空中戦の極意とも言うべき、駆け引きである。
 人間ではダウンしてしまうような急旋回をこなす無人機だが、どこでどう加速し、どう旋回し、どう位置エネルギーを回復するかの空中戦の組み立ては、二十二世紀の今でも難題である。
 もつれあうように互いの背後を追って旋回するが、一瞬無人機にスキができた。
「甘い!」
 もちろん、シファも自分のミスを感づいている。いくつかの旋回で損をしたが、トータルでは上回れる。それが空中戦のエースであった戦隊司令・宮山一佐の極意を会得したシファとミスフィの誇るべき点である。
 シファが五連装機銃の訓練弾の一連射で仕止める。
 ミスフィも、無人機に電磁波を整形した剣を突き立てて制御系回路をオーバーロードさせ、自分の獲物を仕止める。
 要撃管制もほとんどない、熱画像分析だけで敵を探り合い、その分析に共用グリッドとよばれるウェブを経由して介入しあうその姿は、太平洋戦争中の空中戦に似ている部分もある。
 仕止められた無人機は訓練終了で帰投するために編隊を組んでいる。乗り組むべきパイロットは一千キロ彼方の乙戦機内である。乙戦は無人機の母機であり、長距離を進出し、大気圏外まで敵機を追い、身を隠しながら搭載した無人機を分離、格闘戦で敵機を仕止める。
 この戦術は日本会戦で定着した。航続距離の短い高機動機と、航続距離が長いが格闘性能で劣る大型哨戒戦闘機を組み合わせるのだ。
 訓練は終わった。
「ダークスター・ノヴェンバー、帰投せよ」
「了解」
 シファたちは翼を変形させ、北に進路を取った。





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二つの頭脳

「ご苦労様でーす」
 鳴門の元に、事務服を着たバイオロボットがコーヒーを持って来た。
「悪いね。コーヒーぐらい自分でいれなきゃ」
「いいんですよ。私たちの仕事ですから」
 そういってコーヒーカップを置く手の手首が透明になっている。ロボットらしい意匠だ。江蘇遺伝子工学公司・チャンスーCH-2240Ap2が彼女の形式名なのだが、人間の女子職員が『さゆりちゃん』と愛称を付けている。
 ロボットとはいえ顔は一体一体違うし、IDタグをそれぞれの身体の部分に埋め込んでいるので間違えることもない。結果、今では人口を数えるときにロボットの項目が出来るほどに普及している。

 内閣調査庁は、内閣調査室と公安調査庁、警察公安部から自衛隊中央調査隊の後の姿である第四の自衛隊『情報本部』、渉外省の一部を統合して作られた総理府内の組織である。
 調査企画部と調査部、作戦部(調査部の名称内に隠れている)などで構成され、行政に必要な情報の収集から秘密工作、テロ対策までを一手に行っている。
 しかし、警察、防衛省、渉外省などと権益が対立し、弱い立場にある。
 調査局・機材局のみで構成と公表されているが、内部は作戦局・分析局に分かれる。作戦局とは言っても公安警察との共同作戦が主であり、その作戦も特殊な機材により情報を収集するのが目的の事が多く、謀略はほとんどない。
 任務は艦隊・警察・民間調査機関などへの外注が多く、他に電子犯罪への対策なども行っている。
 国際犯罪への対応が大きく、国際政治への影響力行使はその一環と位置づけられている。
 調査庁の人数の殆どは分析局員である。作戦局の正式名は第一調査局である。何らかの作戦を必要とするほどに政治的犯罪は多くなっているのである。
 分析局はジェトロや在外公館・警察・職業安定所・保健所・民間情報調査機関からの情報を統合・分析する。公式にされないことだが、選挙予測は旧内務省警察当時と同じくらい精密・正確である。
 また、内閣調査庁は銀行系のシンクタンクに分析業務・情報収集業務を委託することも行っている。
 第二産業銀行(第二産銀)系のシンクタンク、第二産銀研究所は金融業界情報だけでなく政治経済動向に影響のある国際情勢などの分析も行い、内閣調査庁と深く交流し情報収集網を補完しあっている。
 他にも八菱総研、一ツ橋銀行データバンク、新淡路銀行経済研究所、香港中央銀行情報公司などの銀行系シンクタンクと内閣調査庁の総合で見た連携能力は世界随一を誇る。
 二十二世紀=アジア共同体の時代は内閣調査庁とそれらアジア系情報ネットワークによって支えられていると言っても過言ではない。
 そして、そのすべてが西ロシア連邦情報通信局(FAPSI)と情報戦を激しく争っている。
「鳴門君」
 氷室カオリ管理官がやってきた。
「彼女がいるのにロボットまで引っかけてどうするつもりなの? というのは冗談で」
 冗談なのか? と鳴門は止まったが、その氷室管理官の持っているファイルに目がとまった。
「今回の十二号の件についての追加情報。十二号が活動するときに使っている経路遮断器を洗っているのは知ってるわよね? その速報よ」
 渡された資料を読む鳴門の顔色が変わった。
「これ、クドルチュデスじゃないですか!」
「そうよ。聞いたわよ、クドルチュデスをミスフィが保護下に入れたって。その是非はうちの庁としてはアリだけど、でも警察や電子作戦群としては不満があるのよ。で、それでクドルチュデスが昔やっていた、さまざまな活動の記録をちょっと強引な方法で解析しているの」
 氷室は遠い目をした。
「データだけの人工生命クドルチュデス。それを作ったラッティはクドルチュデスを生き残らせるために、命を捨てた。
 でも、私は思うの。ラッティとライバルで、シファたちを作った近江さんも思っているだろうけど、ラッティは未だ死んでいない。
 私たちの記憶の中ではなく、世界中をはね回るパケットの海の中に、ラッティの遺伝子がある。
 結局、こうしてウェブが出来ることで、人間の脳も、世界も拡張され、そのなかで死者の記憶は公的なものとして永遠に残る。
 ラッティには奥さんもお子さんもいなかったそうだけど、クドルチュデスにはラッティの思いがある。
 私たちがクドルチュデスのような、そして近江さんのAMEG_EXやSILVERのようなものを見上げるしかないのも、結局は利己的遺伝子論の世界の中で、環境に特化して行く生命の潮流に私たちが取り残されているからでしょう」
「そうかもしれません」
 鳴門がそう答えたとき、そこに闇が集まった。
「チュチュ様の記録が残っているのでしか?」
 現れたのはクドルチュデスだ。
 少女型の身体に黒の防水素材でそろえたコルセットと長手袋と網タイツ、そして胸元に巨大なアメジストを配飾した扇情的な衣装の彼女を見る鳴門の思いは複雑だった。
 シファを追い込んだクドルチュデス。
 しかし、なぜこうも憎めないのだろう。
 警視庁の建部警部補と涼子巡査補をあれだけ追い込んだのに、なぜか見ていて暖かい。
 白磁のような透き通った色の素肌に、なぜだか温かい心を思わされてしまうのだ。
 ラッティと近江が同僚だった頃、まだ世の中がこれほど世知辛くなる前の、世界をデザインしようと志に燃えていた人々の時代の希望を見せられる気がする。
 それに比べて、と鳴門は思う。
 あの人々は、もう引退しつつある。
 少しずつ、世界が冷淡になっていくのを感じる。
 そんなことはないと頭では分かっている。世代交代はあるし、新しい世代にも力があり、エネルギッシュに世界を拡張している。
 それでも、なぜだか……悲しい。
「鳴門、訓練終わったわ」
 シファがホログラフィで現れる。帰投中の操縦を秘書システム・ZIOTにまかせて通信を使ってやってきているのだ。
「シファ……」
 クドルチュデスは頷いた。
「チュチュ様、これまでのこと、正直すまんかったでし」
 クドルチュデスは率直に言う。
「今は世界の女王の孤独、すこし分かったでし。ラッティ様も、最後には近江様と同じ境地に達したのでし。ラッティ様はいなくなってしまわれたけれど、でもチュチュ様はがんばるのでし。立場は違うけれど、チュチュ様にはチュチュ様なりの理想へ向かっての方法があるでし」
「あなた、強いわね」
 氷室管理官が微笑む。
「でも、チュチュ様の痕跡が残っているというのは許せないでしね。
 ラッティ様の開発した痕跡消去システムにミスがあるちうことでし。
 なんとしてもチュチュ様の痕跡消去システムを完成させるのでし」
 クドルチュデスは紫色の唇を動かし、あどけない口調で宣言する。
「なんだかこんな時代に人間やっているのってそれだけで損な気がするわ。
 あなたたちには無限の可能性と疲れを知らぬ論理があるんだから」
「そうでもないですよ」
 シファが異論を差し挟む。
「私たちロボットも、時々切なくなるんです。
 いつまでこんな争いや仕事を続ければいいのかなあ、って。
 自分が何もなかった時代から、この世界を選んでここに今いる、と分かっても、時々辛くなります」
「僕がいても?」
 鳴門が首をかしげる。
「これは愛ではないのかも知れないけれど、でも、鳴門と永遠に過ごしたいとしても、永遠なんてこの世には何一つ存在しない。
 そして、日々自分が擦り減っていくのが分かるもの。
 鳴門のせいでもない、世の中のせいでもないのに、なんだか」
 シファは自分の肩を抱いた。
「擦り減る、ねえ」
 氷室管理官は考えている。
「そうね。擦り減るわね。でも、あなたたちはパートナーがいるわ。でも結婚はしてないのよね」
「氷室管理官は?」
 鳴門が問う。
「私もまだまだ。
 でも、甘えたくなる時って、どんな生命にもあると思うわ。
 子供時代、お母さんの洗ってくれたバスタオルにくるまった感触とか思い出すと、私もなんだか泣けてくるもの」
「空賊ビビデバビデ団をあんなに追い込んでも?」
 シファは尋ねる。
 ラッティと組んだ空賊『ビビデバビデ団』は、ヒマラヤに残された子供たちの集団で、ラッティの手によって多数の重巡洋艦を手に入れ、三航艦に喧嘩を売るまでに成長したが、シファたちの活躍で壊滅した。そのビビデバビデ団を内閣調査庁が扱う不法すれすれの行為を行う特殊団体に仕上げたのは氷室管理官である。
 しかし、所詮はラッティの下請けから内閣調査庁の下請けになっただけで、ビビデバビデ団の弱い立場は結局変わらなかった。
「そう。あの子たちにはツライ当たりをしちゃったけど、ホントはうらやましかったの。私もああいう、『家族』って言うのかな? そういうものにあこがれを抱くことはあるわ。毎回そのたびにパウダールームで自己暗示かけるの。昔の歌が好きで、思い出すようにしてるの。歳がばれるわね」
「そうですか」
 男女の性差がさまざまな技術と法制度でクリアされ、もう生理痛も過去のものではあるとしても、男女に限らず、一人一人が違う心を持ち、必死に戦っている。
 何のために? と鳴門もシファも考える。
 次の世代に残すために、と思っても、やはり、つらい。
「鳴門」
 シファが話しかけた。
「話は変わるんだけど、沢禰の街のクリスマス会、参加しない? 青年団から呼ばれているんだけど」
「いやあ……難しいかも」
 と鳴門が答えると、氷室は首を傾けてシファに言った。
「先月の組織改組で鳴門君の直属の上司になったから、いろいろ仕事割り振っちゃった。でも鳴門君の仕事は出来がいいから。ホント、頼りにしちゃってごめんなさいね」
「いいえ。仕事ですから」
 とシファも理解を示す。
「ムキー! チュチュ様おん自ら鳴門さまのお仕事手伝うのでし。シファ様と鳴門様はクリスマス会に参加して『らう゛』を確かめあうのでし!」
「そういったって、クドルチュデス、君は一応、とらわれの身なんだよ」
「え、そうなのでしか?」
 自分の立場を分かってない彼女に、鳴門は頭を抱えた。
 今もミスフィの中に本拠を置き、管理されているのだ。
 それだけミスフィの心が広いと言うことなのか。
 セキュリティが甘いと言われるかもしれないが、しかしミスフィのこと、手抜かりはないだろう。
「でも大変ね。例によって資金ルートの解明、意志決定の経路調べでしょ」
「慣れたけどね」
「なんか、鳴門がずいぶん大人になったように思える」
 シファは微笑む。
「まあね。入庁してからはまだ、けっこう学生気分だったけど、早瀬局長とか津島次官と一緒に仕事をしているとね」
「格好良い~」
 シファが戯れに言う。
「格好悪いよ。じゃ、ちょっと仕事に戻るよ」
「はーい」
 なぜかクドルチュデスが返事をした。


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鋏(はさみ)

「また鳴門か」
 首相官邸で、杉崎内閣参与は吐き捨てるように言った。
「いくら世代交代とはいえ、G3程度の下っ端調査官をなぜあそこまで重用するのか、理解に苦しむ。事実、内閣調査庁内に異論もあると聞いているが」
「ご批判は承知しております」
 早瀬は杉崎に詰(なじ)られていた。
「仕事が速く、正確なのは結構だが、しかし役所には役所の序列がある。君はそれをどう思っているのかね。内閣参与として直接に人事を言うわけにはいかないが、しかし時期が微妙だ。世界のすべてを監視するタカムスビ法案だけでも苦しいのに、BN-X法案を通すというのか? 松田総理の力でもそこまでは出来ないだろう。困難だぞ」
 早瀬は頭を下げながらも、思っている。
 そのチカラワザを発揮するのが政治家ではないか。
 政治家は法律を作れるのだ。既存の法案と矛盾するかどうかは法制官が判断するにせよ、そのおおもとの憲法でさえ、政治家は変更出来る。
 もちろん分かっていることだが、現在の松田内閣は強引がすぎて批判されつつある。支持率も、太平洋戦争後四人目の理系総理ということでこの困難なセキュリティーを扱う事案の多発で高かったのに、今はかなり落ちた。
 それでもシファたちを不法状態に置くわけには行かない。秘密兵器であるシファたちを公開し、特例予算で支払ったシファたちの建造費を一般財源で償却せねばならない。
 そのための国会決議の準備で早瀬は官邸に入ったのだが、浴びせられた言葉は露骨な津島-早瀬-鳴門ラインへの批判だった。
「お叱りは重々承知しております」
「まあいい。ここで君を詰ったところで津島次官は松田総理と通じている。私ごとき参与がどうこう言っても詮無いことだ。BN-X法案は聞き置く」
「ありがとうございます」
 参与のオフィスを辞した早瀬は悟っていた。
 この杉崎参与の『聞き置く』は、塩漬けにする事と同じだ。
 なんとかしなければ。
 官邸車寄せで黒塗りの公用車に乗った早瀬は、携帯端末で連絡を取り始めた。
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ひとときの安らぎ

 沢禰の公民館で子供たち向けの出し物とプレゼント配りが終わり、青年部のパーティーが始まるところだった。
 パワードスーツ・ディルマに乗る軍事探偵・ケイコも参加している。
 ミスフィは香椎を呼び、二人でなにか話し合っている。
 しかし、シファは一人だった。
 残業で鳴門がまだ内閣調査庁に残ってシファと通信している。
「やっぱり来られない? 残念ね。でもお仕事だからしょうがないわよね」
『うん。また急ぎの仕事が入っちゃったんだ、ホントごめんよ、シファ』
 そこに青年団の団長が介入した。
「あー、鳴門ぉ、かまわないよ。仕事大事だろ」
 との言葉の後、わざと間をあけていった。
「大丈夫。こっちはこっちで『楽しーく』やってるから」
 そう言って、シファの肩に手をのばした。
『行く! 行きます! 今から快速特急に飛び乗って三十分!』
 団長はシファに目配せした。
「ほら釣れた。彼女なんだから、こうやってカレシを操縦しなきゃ。シファは素直すぎるよ。それがまた良いんだけど」
 意地悪げな団長だが、これはこれで、シファが大学に行っていた頃の旅研(旅行研究部)の部長のようで、シファには嬉しい。
「じゃあ、鳴門が未だ来ないけど、カンパーイ!」
 青年団団長の家はライフサプライ、大昔のコンビニをさらに大きく機能を拡張したような店であり、さっそくお酒やオードブル、そして七面鳥とケーキが配られている。
「じゃあ、プレゼントの交換でーす」
 すっとミスフィが可愛く包装された包みを香椎に差し出す。
「わあっ、ありがとうミスフィ。あけていい?」
 と香椎が聞くと、こくんとミスフィは頷いた。
 開けると、中から出てきたのは蛍光の青色もまばゆいレースクイーンの衣装だった。
「わー、可愛い! レーシングチーム・ネバーエンドの四十一年タイプね!」
 香椎はそういうのだが、可愛いのかな、とシファは思う。
「これで『レースクイーンの刑』の時も、バリエーションが五着になったから大丈夫ね」
 刑……?
 五着……?
 怖い考えになってしまったシファであった。
「ふー、着いた」
 扉が開き、鳴門が入ってきた。
「おう、早かったな」
「早瀬局長のタイフーンに乗せてもらったんだ」
 世界最強のロードゴーイングカー、タイフーンは早瀬局長の遊び用の車である。
 早瀬局長は休日には子供を乗せて高速道路を駆け、峠を攻める若さを持っているのだ。
「タイフーンか! 見たいな!」
「いいんじゃないか? 表に停めてある」
「じゃ、いこうか」
 男どもがゾロソロと表に出る。
 赤のカラーリングも眼に鮮やかなタイフーンに、男どもはため息を吐きながら魅入る。
「すごいな。大排気量水素エンジンは普通としても、その上に動翼がついているんだもんな」
「ウェットだろうがドライだろうが、たとえオイルで汚れた路面だろうと、どこまでいっても常にハンドル特性はニュートラルなんだ」
 そこに香椎がきた。
 その衣装に、全員が目を点にした。
「どうかしら、似合う?」
 純白のレースクイーンの超ミニのスカートに見せショーツ、そして胸は特徴的なデザインの、襟付きの蛍光青のトップスで覆われている。
 白い地に同じ青が配された腕章にまた趣味が入っている。
 トップスには、なまめかしい胸元が見えるように窓が開いているのが何とも扇情的だ。
 その姿でパラソルを持っている。
 脚は鍛えられた脚に光沢がまばゆいストッキングである。
 露出が多いように見えるが、今は発熱と冷却機能のある衣服、スマートウェアが普通で、レースクイーン衣装もその例外ではない。
 早速香椎はポーズを取って、ミスフィはそれを嬉しそうに眼で撮影している。ロボットなので、眼がいちばん使いやすいカメラになるのだ。
 しかし、やっぱり『レースクイーンの刑』って……。
 ますますシファもみんなも、怖い考えになってしまった。

「クドルチュデスが案外役に立ってくれて」
 鳴門が側聞きされないようにシファにメッセンジャーで話かけてくる。
「とらわれの身なのに?」
 シファもメッセンジャーで返す。
「彼女は流石だよ。ラッティが入れ込んだだけあるね。今も休まずに仕事してるよ」
 鳴門はクドルチュデスのできる仕事を任せてきたのだ。
「彼女、ミスフィのサブシステムを借りてるんでしょ」
「そう。それにしちゃ仕事が手早い。いくつか出所の分からない資金があったんで、彼女に頼んだらあっさり出てきたよ」
「どこなの?」
 興味津々のシファに鳴門は言った。
「国民保健省だよ」
「嘘!」
 国民保健省とは太平洋戦争以来四度目の行政改革で厚生省・労働省・旧文部省・旧科学技術庁を統合した巨大官庁である。
 現在の政府は六省一府三委員会制をとっている。その委員会の中には行政執行委員会という大きな委員会があり、そのなかにSAIS管理委員会も含まれる。
「ホントだから困るよ。シファ、君を作る計画の時、いくつか平行して似たようなことをする計画があったようなんだ。香椎さんが普段乗り組むパワードスーツFPXの時もそうだし、ケイコさんの乗るディルマも山崎重工がFPX計画に関与するための試作機だった」
「じゃあ、私たちと同じ人工生命がトップ?」
 シファは驚く。
「そうでもないらしい。クドルチュデスの話によれば、えらく人間くさい反応が返ってくるけど、それにしても応答速度が速い」
「脳に直接マシンを接続している人間かな」
「わかんないよ。まだ資料が少なすぎる」
 そのとき、声がかかった。
「また仕事の話かい。忙しい仕事だとは聞いているけど、たまに休まないと壊れるよ」
「そうだね」
 鳴門はシファを抱き寄せ、公民館に向かった。
 全員が公民館に入った。


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そのころの〈ちよだ〉

「今頃シファたち楽しくやっているだろうなあ」
 シファ機付長の沖島がつぶやく。
「ああ」
 主計科で〈ちよだ〉の司厨士をやっている矢竹がビンゴマシンを動かす。
「はい、二十五番」
「リーチ!」
 艦内のクリスマスパーティーはビンゴゲームまで進んでいた。
「しかし……イヴにこうして恋人のいない職場の連中で集まって、ビンゴゲームか……。俺の人生二十六年目のクリスマス、しょっぱすぎるよ」
 矢竹が慨嘆する。
「おれもな」
 沖島も継ぐ。
「沖島さん、なんですか」
 天霧が声を上げる。
「なんでもない」
「私、こういうの好きですよ。いつも病院の院内学級ではこうでした。」
 それがよけい悲しいじゃないか、と沖島と矢竹は言いそうになって堪える。
 天霧は循環器の病気でずっと院内学級だった。それを治療した後、体力面でも強さを求められる艦隊に入隊し、今に至るのだ。

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