閉じる


<<最初から読む

9 / 43ページ

試し読みできます

皇居

 リニアはあっという間に東京に着いた。
 東京駅では親任官交代の儀のための皇宮警察騎馬隊の護衛する4頭立ての馬車が待っていた。
「馬車なんて、昔子供の時に乗って以来です」
 津島は笑った。
「まあ、そのうち慣れるさ」
 馬車は先導の騎馬警官の後に続いて丸の内を進み、皇居に入っていく。

 東京・皇居で津島の親任奉還の儀と、早瀬の親任の儀が執り行われた。
 陛下もまた、津島の退官を惜しんだ。
 しかし、津島は早瀬の優秀さを奏上し、陛下も頷き、早瀬は大変恐縮した。
 だが、儀が終わったとき、早瀬の胸には、熱いモノがこみ上げていた。

 陛下はその儀の後に、特別に時間と場を設けて、津島と早瀬をねぎらった。
「しかしシファを君が軸になって作ったのだとは聴いていたが」
「胃が痛みます」
 早瀬に陛下は笑った。
「私も胃は痛むよ。皇太子から即位の礼を迎えるまでは、この日本のことを自由に話したものだ。
 しかし、この国について、私は密かに憂慮している」
「恐れ多いですが、それは」
「地域と国土の荒廃だよ。
 いくら核融合と大統一理論の力を使っても、それは解決できない。
 共同体の崩壊は21世紀から言われていたが、それは私も気にしていたものの、行幸や植樹祭でも、少しずつ地方の首長から聞いている。
 彼らは決して言わないが、また周期的な少子高齢化の結果、限界集落の問題も生まれ、また担い手不足で農林水産業の現場の崩壊などもおきている。
 それが国土を荒廃させつつあるという。
 私も知識として知ってはいたが、現実に専用機で日本上空から国土を見ると、赤土の露出した荒廃した山、磯焼けの起きている海が目の当たりとなり、悲しかった。
 かといって、国政はこれから混乱の度を強めるだろう。
 君たちも推論しているだろうが、平川内閣はもうすぐ崩壊する。
「陛下、おそれながら、私でも無理です」
「ビレッジフロントはどうなる?
 あれはずいぶん野心的ながら、あれこそひとつの解だと思うのだが」
「陛下もそう思し召しですか。私もそう思います。
 ですが、手は見えています。
 平川政権の肝いりの計画です。野党は真っ先に槍玉に挙げてつぶすでしょう。
 来年度予算でのビレッジフロントのオープン予算から野党はつぶすでしょうし、そのとき現在の与党がそのままでいるとも思えないです。
 野党はすでにビレッジフロント計画、地域拠点への人口と都市機能の集約への反発をてこに、まさに旗艦的なその計画をつぶします。
 地域社会の破壊計画とすでに酷評しています」
「でも、あれは亡き建設官愛宕が作った計画のはずだ。
 そう簡単にはつぶせないぞ。
 なにしろ上物までできているし、新地価法も念願の法案だ」
「だからつぶすのでしょう。法案は廃案、そして事業そのものは」
 津島は断言した。
「事業の仕分け対象になるでしょう」
 沈黙の間が、この深刻さを宮殿の部屋の中を満たした。
「愛宕の夢は、新淡路市とビレッジフロントプランによる地域再生だった。でも、ビレッジフロントは失敗するのか」
「まだわかりません。
 愛宕の理想は、片方の新淡路市は妻であった愛宕ヤスコが市長として治めることとなり、理想は継がれていくし、その一環でシファに対する助力もできた。
 日本の地方行政において、首長は長い間、直接選挙を受けた住民の代表であり、また県知事は公安を含めて公安委員会を経由して県警を指揮できる、実質的な小さな大統領です。
 だから私はヤスコに地方自治への転身を勧めました。
 日本は日本会戦のとき、それまでの地方分権をあえて集権化してSAIS体制の下に自治体を統合しました。
 それは巨視的に見れば周期的な社会の律動だと思いますが、生きている人間にとってはそれは人生そのものを大きく変えてしまう、あまりにも大きな動きです。
 とはいえ、いえます。
 再び、日本はまちづくり、地方分権、地方の時代に戻るでしょう。
 そのトレンドの中で、本来ビレッジフロントも新地価法も議論されるものです。
 それは抵抗を受けるでしょうが、とどめることはできません。
 しかし、それを誰がやるか。
 結局は、そこに尽きます。
 誰が猫に鈴をつけるかです」
「誰になるだろうか」
 陛下は相好を崩した。
「今のままなら、理財省国土計画局になり、その主軸といえば、このまえG3試験に合格した建築士、赤江さとみでしょう」
「そうか。シファの関係者か」
「陛下、さすがです。ええ」
 津島は言葉を捜し、言った。
「シファの学園時代のライバルです」
 そのとき、侍従がそっとやってきて、陛下に奏上した。
「さっそく日本人選手に金メダルだそうだ。平川はきっとすぐに電話を入れるだろうが、私は私でまた公務日程が入るので、祝福には準備が入るだろう」
「御身お察しします」
「なあに、私自身は学習院でラグビーをやっていたから、どうということはない。
 今でもこの皇居の中を走っているよ。身体作りは大事だ。ロードワークをせねば、仕事に負ける。
 それにしては津島はその腹は何とかならんのか。食通なのは良いが、それは見た目で損するぞ。
 見た目は案外馬鹿にならないからな」
「歳を取ると、これはこれで貫禄かなと思いますが」
 津島は笑った。
「まあ、美食もほどほどにだな」
 陛下も笑った。
「それを言うならこの早瀬ですよ。胃弱のくせに食い道楽で、毎年カニ食べに越前行くんです」
「カニは本場が一番ですよ。浜茹でしたのをその場で食べるのがいいです。蟹ひとつで心が豊かになります」
 早瀬がようやく話し始めた。
「君はポーランド駐在でカシス准将などと交流し、シファ級建造計画を立てたと聞いているが」
「彼女達の造形には近江や御門の趣味がずいぶん入りました。
 パイモンもまた、そういう趣味だったのでしょう」
「彼はまたアルテラとともに国際法廷にかけられます。しかし現在は持病の延命治療で制限がかかったままです。法廷に出られるかどうか」
「アルテラについての処分の続報がないが」
「彼女は自決しようと国際拘置所内で自殺未遂しましたが、所内病院で命を取り留め、現在は回復中で、後半は予定通り」
「どっちにしろ、時間の秘密に関わることだ。我々の手には負えないだろう。タイムラブの件を含めて。
 我々はシファを作るということで、また一つ扉を開いたのだ。地獄の扉か、楽園の扉か。
 でもそれはいつの世でもそうだ。技術の進歩は犠牲を伴う。
 かといって足踏みをしても犠牲は既に存在する。
 原罪とも言うべき呪縛は、人が生を受けた時から続く。
 常に流れ続けねばならない、時間というものの残酷さだ」

試し読みはここまでです。続きは購入後にお読みいただけます。

この本は有料です。閲覧するには購入する必要があります。
購入するにはしてください。
有料本の購入に関しては、こちらのマニュアルをご確認ください。
販売価格350円(税込)

読者登録

米田淳一さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について