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人事

 ハノイオリンピックの警備に、シファとミスフィ、ラヴァダとアクリアが引き続き参加することとなっている。


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 シファは選手村の警護担当である。選手村の近くには密かに移動式防空ミサイルが展開し、テロに備えている。
 平和の祭典が、結局こういうものになってしまうのはとても残念だが、それが現実だ。
 悪夢のミュンヘンオリンピックでの選手殺害テロの話は有名だし、未だにそういった政治対立はつづいている。
 どんないい発明も、多くの人間の欲望と恨みそのものまでは解消出来ない。
 シファはそれをわかっている。

 幸い、ベトナム警備当局も優秀で、選手村防備についてよく索をねってある。

 シファは、公務中と思ったが、自身に搭載された警戒システムに異常検知を任せ、書きかけのテキストに手をいれることにした。
 ロボットの限界を、シファたちは超えて、こうしてテキストすら作成する。
 単なる乱数とモジュール化した文章の切り貼りのジェネレーターかも知れない、とシファは自分で思う。
 だが、それを否定してくれたのは、浦賀教授と、アツコさんだった。

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内閣調査庁

「次官」
 改めて早瀬局長は津島次官を呼んだ。
 慣れ親しんだ職名。
 一部省庁では「さん」づけをやっているのに、津島はあえて職名を呼ばせてきた。
 ミスター内閣調査庁。
 人望と剛腕が一致した、稀代の事務次官、津島。
「次の次官、任せるからな」
「定年とはいえ」
「残念だよなあ。本当に」
 津島は笑った。
「永遠の命、シファとミスフィを作ったが、俺たちはどうやっても老い、衰えていく。
 オレみたいなこんな老兵が未だに役立つようでは、世の中の先が暗い。
 早瀬君、君になら託せる」
「とはいえ」
「まあな。東京の枢機卿か。
 でも現実には何人もの出世レースのなかで地獄に落としたこともあったし、自分も地獄を何度も見た。
 でも、同じ地獄なら、シファがいる地獄がいい。何度もそう思った。その犠牲も大きいが。何度もそのことで身もだえした。
 だが、シファとミスフィ、あの二人の笑顔で、それを堪えてきた。
 それも見られなくなるだろう。寂しいものだ」
「彼女たちには」
「気遣いはいらない。彼女たちが活躍している、そう風の便りに聞ければ、それで十分だ」
「再就職はなさらないんですか」
「小金があってね。小さな研究所を作るよ。とはいっても小さな事務所だが、郷の若者のたまり場にできるような場を作ろうと思って、もう不動産の手配をしている。
 これからをつくるのは若者であり、子供だ。彼らに、本当に良い道を紹介してやりたい。
 彼らの熱意だけが、世界を、文明を進めるんだ。
 彼らが本当の人類の財産だよ」
「でも」
 早瀬は寂しさを隠せなかった。
「私には次官はつとまりません」
「そう言うな。オレでつとまったんだ」
「津島次官は別です」
「いや、なに、他にもいる。オレはそんな安い組織作りをしたつもりはない。早瀬、君が辞めても、ちゃんと後は継げるように含めてある。ただ、君がベストだ。ベターはその次にいるが、君がベストだ。
 大丈夫、君が存分にできるようにサポートのスタッフもいる。
 オレはこれで、十分だ。
 君も、もしつらかったら、浦賀に話は通してある。
 懐かしいだろう? 大学の教員も」
「そんな」
「大丈夫だ。君には代わりがいないが、事務次官程度には代わりはいくらでもいる。
 仕事にしがみつくと、仕事は君を裏切る。それがオレが任官して以来の先輩の言葉だ。
 仕事をするのか、させられているのか。君をこの内調に誘ったのも、君がしたい仕事がここでできると思っびgskyたからだ。できなければ、こころおきなく辞めればいい」
「シファたちは大丈夫か心配です」
「ああ、それなら」
 津島はペーパーと呼ばれながら現実にはホログラフィで標示される論文を机からとりだし、早瀬に渡した。
「シファの論文だ。ミスフィとの共著というが、実に興味深い。
 さすがカシス准将にも学び、そして現在BN-Xとしての嚮導艦としての責任の中書いただけあって、具体的で示唆に富む。
 何よりも論理性が盤石な上で、展望が広い」
 早瀬はその目次を見ただけで、ぞくっと震えた。
「な? 有能だろ? 何よりも面白い。
 それこそ、『不思議な汗』がでそうな、面白さの熱がある文章だ」
「そうですね」
「まあ、それは後で読むとしても、君の人生をかけた彼女たちは、自ら道を開けるだけの力を手に入れた。そして、それでもなお人類の為に尽くそうと慎んでいる。
 十分じゃないか」
 津島は早瀬の背を叩いた。
「子は親が思うより成長しているものだ。親は気づかないうちに。まず、彼女たちに対する心配は要らない」
「そうかもしれません」
 津島はがははと笑った。
「さあ、役人人生でそうあることではない出待ちのみんなが待っている。
 親任官として新任の奉還の儀もある。さあ、行こう。長官からもう人事は発令されている。
 君もまた陛下の親任を受けねばならない。行くぞ」
 早瀬はうなずいた。

 内閣調査庁のエントランスでは、職員たちが花束を持って待っていた。
『ありがとう』と津島は応えながらそれを受け取った。
 そして、さらばと庁舎、新淡路モノリスに手を振った。
 その前に公用車がすっと進み出た。
 早瀬を連れて、津島はその公用車に乗り込んだ。
 公用車には交通機動隊エアバイクの護衛が付いた。

 新淡路中央駅には、そのままホームに公用車が乗り付けられるようになっている。大陸の鉄道のようだが、それが22世紀日本の鉄道である。
 リニア新幹線「ふじ」のプライムシート個室が用意されていた。この部屋はお召し列車のないリニア新幹線の車両の中で、お召し運用のために防弾構造が取られている部屋である。
  20世紀のグリーン車でも、お召し列車の御座所として使えるように同様に防弾化した車両があり、その車番は各鉄道で秘密になっている。

 リニアに乗り付けた時点で、メディアが一斉に規制線ぎりぎりまで迫って映像を撮っていた。
 ミスター内閣調査庁の退官にふさわしい、華やかな花道だった。

 その傍らで、ハノイオリンピックの競技の中継も流れていた。

 新淡路とアジアの夏は、まさに盛りを迎えていた。
 木々の声が満ちるような、鮮やかな夏の緑と空の入道雲の鮮やかな風景だった。

 そして、その盛りは、これからの秋の寂しさの、序曲であった。


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皇居

 リニアはあっという間に東京に着いた。
 東京駅では親任官交代の儀のための皇宮警察騎馬隊の護衛する4頭立ての馬車が待っていた。
「馬車なんて、昔子供の時に乗って以来です」
 津島は笑った。
「まあ、そのうち慣れるさ」
 馬車は先導の騎馬警官の後に続いて丸の内を進み、皇居に入っていく。

 東京・皇居で津島の親任奉還の儀と、早瀬の親任の儀が執り行われた。
 陛下もまた、津島の退官を惜しんだ。
 しかし、津島は早瀬の優秀さを奏上し、陛下も頷き、早瀬は大変恐縮した。
 だが、儀が終わったとき、早瀬の胸には、熱いモノがこみ上げていた。

 陛下はその儀の後に、特別に時間と場を設けて、津島と早瀬をねぎらった。
「しかしシファを君が軸になって作ったのだとは聴いていたが」
「胃が痛みます」
 早瀬に陛下は笑った。
「私も胃は痛むよ。皇太子から即位の礼を迎えるまでは、この日本のことを自由に話したものだ。
 しかし、この国について、私は密かに憂慮している」
「恐れ多いですが、それは」
「地域と国土の荒廃だよ。
 いくら核融合と大統一理論の力を使っても、それは解決できない。
 共同体の崩壊は21世紀から言われていたが、それは私も気にしていたものの、行幸や植樹祭でも、少しずつ地方の首長から聞いている。
 彼らは決して言わないが、また周期的な少子高齢化の結果、限界集落の問題も生まれ、また担い手不足で農林水産業の現場の崩壊などもおきている。
 それが国土を荒廃させつつあるという。
 私も知識として知ってはいたが、現実に専用機で日本上空から国土を見ると、赤土の露出した荒廃した山、磯焼けの起きている海が目の当たりとなり、悲しかった。
 かといって、国政はこれから混乱の度を強めるだろう。
 君たちも推論しているだろうが、平川内閣はもうすぐ崩壊する。
「陛下、おそれながら、私でも無理です」
「ビレッジフロントはどうなる?
 あれはずいぶん野心的ながら、あれこそひとつの解だと思うのだが」
「陛下もそう思し召しですか。私もそう思います。
 ですが、手は見えています。
 平川政権の肝いりの計画です。野党は真っ先に槍玉に挙げてつぶすでしょう。
 来年度予算でのビレッジフロントのオープン予算から野党はつぶすでしょうし、そのとき現在の与党がそのままでいるとも思えないです。
 野党はすでにビレッジフロント計画、地域拠点への人口と都市機能の集約への反発をてこに、まさに旗艦的なその計画をつぶします。
 地域社会の破壊計画とすでに酷評しています」
「でも、あれは亡き建設官愛宕が作った計画のはずだ。
 そう簡単にはつぶせないぞ。
 なにしろ上物までできているし、新地価法も念願の法案だ」
「だからつぶすのでしょう。法案は廃案、そして事業そのものは」
 津島は断言した。
「事業の仕分け対象になるでしょう」
 沈黙の間が、この深刻さを宮殿の部屋の中を満たした。
「愛宕の夢は、新淡路市とビレッジフロントプランによる地域再生だった。でも、ビレッジフロントは失敗するのか」
「まだわかりません。
 愛宕の理想は、片方の新淡路市は妻であった愛宕ヤスコが市長として治めることとなり、理想は継がれていくし、その一環でシファに対する助力もできた。
 日本の地方行政において、首長は長い間、直接選挙を受けた住民の代表であり、また県知事は公安を含めて公安委員会を経由して県警を指揮できる、実質的な小さな大統領です。
 だから私はヤスコに地方自治への転身を勧めました。
 日本は日本会戦のとき、それまでの地方分権をあえて集権化してSAIS体制の下に自治体を統合しました。
 それは巨視的に見れば周期的な社会の律動だと思いますが、生きている人間にとってはそれは人生そのものを大きく変えてしまう、あまりにも大きな動きです。
 とはいえ、いえます。
 再び、日本はまちづくり、地方分権、地方の時代に戻るでしょう。
 そのトレンドの中で、本来ビレッジフロントも新地価法も議論されるものです。
 それは抵抗を受けるでしょうが、とどめることはできません。
 しかし、それを誰がやるか。
 結局は、そこに尽きます。
 誰が猫に鈴をつけるかです」
「誰になるだろうか」
 陛下は相好を崩した。
「今のままなら、理財省国土計画局になり、その主軸といえば、このまえG3試験に合格した建築士、赤江さとみでしょう」
「そうか。シファの関係者か」
「陛下、さすがです。ええ」
 津島は言葉を捜し、言った。
「シファの学園時代のライバルです」
 そのとき、侍従がそっとやってきて、陛下に奏上した。
「さっそく日本人選手に金メダルだそうだ。平川はきっとすぐに電話を入れるだろうが、私は私でまた公務日程が入るので、祝福には準備が入るだろう」
「御身お察しします」
「なあに、私自身は学習院でラグビーをやっていたから、どうということはない。
 今でもこの皇居の中を走っているよ。身体作りは大事だ。ロードワークをせねば、仕事に負ける。
 それにしては津島はその腹は何とかならんのか。食通なのは良いが、それは見た目で損するぞ。
 見た目は案外馬鹿にならないからな」
「歳を取ると、これはこれで貫禄かなと思いますが」
 津島は笑った。
「まあ、美食もほどほどにだな」
 陛下も笑った。
「それを言うならこの早瀬ですよ。胃弱のくせに食い道楽で、毎年カニ食べに越前行くんです」
「カニは本場が一番ですよ。浜茹でしたのをその場で食べるのがいいです。蟹ひとつで心が豊かになります」
 早瀬がようやく話し始めた。
「君はポーランド駐在でカシス准将などと交流し、シファ級建造計画を立てたと聞いているが」
「彼女達の造形には近江や御門の趣味がずいぶん入りました。
 パイモンもまた、そういう趣味だったのでしょう」
「彼はまたアルテラとともに国際法廷にかけられます。しかし現在は持病の延命治療で制限がかかったままです。法廷に出られるかどうか」
「アルテラについての処分の続報がないが」
「彼女は自決しようと国際拘置所内で自殺未遂しましたが、所内病院で命を取り留め、現在は回復中で、後半は予定通り」
「どっちにしろ、時間の秘密に関わることだ。我々の手には負えないだろう。タイムラブの件を含めて。
 我々はシファを作るということで、また一つ扉を開いたのだ。地獄の扉か、楽園の扉か。
 でもそれはいつの世でもそうだ。技術の進歩は犠牲を伴う。
 かといって足踏みをしても犠牲は既に存在する。
 原罪とも言うべき呪縛は、人が生を受けた時から続く。
 常に流れ続けねばならない、時間というものの残酷さだ」

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販売価格350円(税込)

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