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ちよだ会議室

 その上、母艦ちよだの会議室では、検討が続いていた。
「しかし、艦艇ってすぐ劣化するんですね」
「そりゃそうよ。ゲームの駒じゃないんだから、さびたり、われたりは当然よ」
 ホログラフィには『ちよだ艦艇設備5年点検作業』の文字が浮かんでいる。
「応急班で目視確認とともに非破壊検査をメインで行いますが、極端な劣化があった場合はドックでの修繕ではなく、第1次改装として計画を立てることもあり得ます」
 戸那美が仕切る。
「で、戸那美としてはどうだ」
「我が国のBN-X計画だけだったら、問題はなく定期修繕で済んだと思います」
 戸那美はホログラフィを操作した。
「ところが、この計画は」
 そこに標示されたのは、
 軽量戦闘救難型BN-X・UN-X(仮称)開発要素研究
 の文字だった。
「UN-Xは韓国・インド・パキスタン・ペルー・アルゼンチンをはじめとした、BN-Xの保有能力を持たない国の、BN-Xの救難能力への要求を満たすものとして研究が開始されました。
 シファ級のダウングレードで済む部分もありますが、しかし一部にはモンキーモデルをなぜ押しつけられるのかという批判もあり、各国困難に直面しています。
 その上で、UN-Xが具体化した場合、そのソースデータの変換でストレスが発生しないように、キーオブゴールドのインストール後の十分な完熟訓練が必要になり、それを誰がやるかというと、必然的に嚮導艦であるシファとミスフィにリクエストが来るでしょう」
「となったら、BN-Xとそれと同等のウイングナイトを最大で8隻程度運用可能な艦艇が必要になる、と」
「それですが、このちよだはそれを見越した構造を持っています。
 その場合は、支援巡洋艦CSLからCVL、軽空母となります」
 全員が息をのんだ。
「そうか、空母か」
「ええ。このままの情勢なら、この支援巡洋艦ちよだは、軽空母ちよだとして、生まれ変わります」
 戸那美はそういうと、息を吐いた。
「で、それでまたドックでしょ? もう新淡路の八橋造船所、やだよ。
 だってあいつら連合艦隊を、かなりなめてるよ」
「そうだよなあ。艤装員で着任しても、こっちの言うこと聞かないし。
 連中にとっては小さな艦かもしれないけどさ、俺たちにとっては人生かかった艦だぜ。
 そう気安く「要求仕様ではそうですから」なんて言わないで欲しいよねえ」
 みんながぶうぶうと文句を言う。
「それにちよだの建造を指揮した造船官、尾張さんって言ったっけ。あの人、もういないでしょ」
「そうだよ。あの人がずいぶん八橋にかけあってくれて何とか『使える』艦にしてくれたのに」
「あの人の存在、大きかったよなあ」
「そうだよ。今こうして空母への改装ができる構造だって、尾張造船官と高千穂陸将のコンビでようやく実現したんだから」
「そうだよなあ」
 皆が息を吐いた。
「で。戸那美さん、ここまで定期補修の話をしておいて、いきなり昇進、指揮幕僚課程入りってのはないよね」
「ありました」
「ええっ!」
 みんなはびっくりした。
 戸那美の上昇志向は皆の知るところなのだ。
「さびしいなあ。覚悟はしていたけど」
 そのとき、戸那美はめがねに手をやって、言った。
「ありましたけど、そのままするほど私は浅くないです」
 皆が戸惑った。
「指揮幕僚、誘われましたけど、断りました」
 皆はさらに驚いた。
「だって、ハンモックナンバーのナンバーワンで、何でここに残るの?
 らしくないよ!」
「いつも当直の時だって勉強しているのに」
「いいえ」
 きりっと戸那美はめがねを直した。
「私なりに、最適解を検討した結果、このちよだで、艦隊勤務における実務をさらに経験した方が有利と判断したのです。
 最終的に理想とする艦隊士官としてのキャリアを積むには、このちよだの配置が一番なのです」
「そうか」
 聞いていた宮山司令と槌屋艦長は、そろって微笑んだ。
「ようし、びしびし鍛えるからな」


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ニュースライン

「衆院予算委員会での野党民権党の追及は今日も続きます。
 今日は平川総理への不正献金疑惑を民権党玉河委員が追及しました。
 かつて使われた小規模決済システムの不正利用の一部が平川派に流れたとの疑惑です。
 その決済システムはかつて、ドクター・ラッティが国際空賊団の構成に使ったもので、その記録が何故ここで出てきたのかは不明で、玉河委員はソースの秘匿を理由にしていますが、平川総理はそれを逆に追及する構えを見せていません。
 そこには柏岡派が意図的なリークを行ったとの噂もあり、平川総理は党の崩壊よりは、と苦渋の決断をしたともされています。

 また、情報筋では平川総理の決断をもっとも支えてきた内閣調査庁津島事務次官の退任で、平川総理が孤立し始めているとの分析もあります。
 津島次官が「東京の枢機卿」として情報政策では多大な功績を残した一方、次官のやり方を官僚の思い上がりとしてきた官邸生え抜きの情報政策チームは、カウンターパートとしての次官の退任で、いよいよ官邸主導の情報行政の実現という形で真価を問われることになります。

 また、この政局の混乱で、いくつかの法案が廃案に追い込まれるとの観測が広がっています。

 その一つが「新地価基準評価法」で、これは現実に理財建設省が日本各地で起きている都市崩壊に対する建設官僚の長年の宿願でした。

 しかし早くも官界では『「官僚たちの夏」の終わり』と冷ややかな感想も出ています。

 BN-X問題の紛糾の影で、日本の人口構成に起因する国土の荒廃を解決する計画「ビレッジフロントプロジェクト」は、すでに福岡・秋田・神奈川の3カ所をモデル地域として各自治体とともに進めてきた事業です。
 が、ここで国の政策として廃案となった場合、その事業をどのように継続していくか、特に負担割合が大幅に増える自治体としては、政局の行方とともに大きな不安が広がっています。
 一部自治体では着工し引き渡し寸前となった施設を恒久保管、モスボール措置としてでも、事業そのものへの追加の投資を認めないと公言する自治体の首長(くびちょう)もあらわれ、平成の大合併以前からの宿願は、またしても振り出しに戻るとの観測もあります。
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ハノイオリンピック

 シファとミスフィは翼を背中から広げ、見えないエレクトリックファンとジェットを使って推進し、環太平洋高々度回廊と呼ばれる航空路を南下しつつあった。
 背中から翼を広げ、戦闘可能な鎧を装備し、剣を構えたその姿は翼騎士、ウイングナイトの名の雄々しさがまさしくふさわしい。

「オモイカネよりダークスター、現在開会式が始まった。ベトナム総理の演説が予定通りであれば、そのままのプランで状況を開始する」
「ダークスター1、了解」
 シファとミスフィは目の前のホログラフィHUD標示を確認した。
「ホーチミンコントロール、アプローチに入った機を整理し、スタジアムまでのパスを確保中。現在風は東の風、微風」
「ホーチミンコントロール、了解。お願いします」
「ダークスターへ。ようこそベトナム・ハノイオリンピックへ。貴艦による演出、楽しみにしています」
「ホーチミンコントロール、ありがとう」
 コントロールセンターも、この祭典にうきうきとしているようだ。
「ダークスター3、4、現在バックアップのIP点へ到着。トラックパターンで空中哨戒に入る」
「ありがとう、ラヴァダ、アクリア!」
「シファ様、ミスフィ様、我らの名誉をお願いします」
「ええ」
 シファは傍らにオリンピック開会式のライブラインを表示した。生中継の流れるストリーミング放送である。
「スタジアムへのアプローチに入る」
 シファはジェット噴射を停止し、翼を変形させてエアブレーキにしながらベトナム・ホーチミン市に降りていく。
 途中、ホログラフィで、他の上空待機となっている民航機が見え、そのうちの一つがベトナム空軍の丙戦、戦闘機である標示が浮かぶ。
 接近した彼らが指信号を使う。
 シファも了解と応える。
 航路図を標示すると、延々と海に向かってスタジアム上空を航過する順番を待つ航空機や空中艦艇が並んでいる。スタジアム上空を等間隔で通過するために、逆算をそれぞれの速度域に合わせた結果だ。
 これを制御する能力を持つベトナム空軍は、かつてとは違う、立派な空軍だ。
 敬意を向けながら、シファはミスフィと合図を交わした。

 IOC会長の演説が始まった。

 そして最後の聖火ランナーへの聖火リレーが行われる。

 各国語をもつ合唱が、ビッグバンドを継いだ名オーケストラ・上海国立交響楽団の演奏から、弦楽カルテットと次第に人数を減らしながらエモーショナルに演出していく。

 そして、リレーの最終ランナーがあらわれた。
 歓声が沸き起こる。
 彼は重度障碍者のベトナムの英雄、金メダリスト、リュ・サフォンである。
 かつて、脳侵襲インターフェイスをつかった義体で初めてのオリンピックに出場した彼を、皆は尊敬を持って語る。
 サフォンは事故で重度障碍となるまえは陸上選手だった。
 それも、 100メートル走の選手で、世界最速を競ったのだ。
 元々科学者として東京大学で物理を学びながらのトレーニングに明け暮れる彼は、その事故を悲しんだ皆に、彼は語った。
「避けようのない事故は誰にでもある。私は、それを乗り越える人類の技術を信じているし、それを証明したい」
 そこで、知性が集まった。彼のための義体の研究プロジェクトが始まったのだ。
 しかも、世界でもっとも人間らしく、人間として再び100mを全速で走れる義体の研究だ。
 さまざまな苦闘があった。
 さまざまな悲劇があった。
 正確なデジタルモックアップの物理シミュレーションがあっても、実物を作っての試験で、サフォンは何度も転倒した。
 人間を人間として作るのは、テクノロジーとして無理であるという多くの批判が寄せられた。
 それだけでなく、神への挑戦との反発もあった。
 その批判を、サフォンは何度も反駁し、研究開発を守った。
 彼自身が、物理学を研究する学者として、彼らの批判にも反発したのだ。
 守られた技術陣は、なおさら必死の開発を続けた。

 そして、サフォンは義体の脚で、リビアで開催されたトリポリ・オリンピックの100m走のトラックに立った。
 IOCと世界陸連の説得に努めたものの、結局パラリンピックへの出場となるところだった。
 でも、サフォンは参考記録にしかできないといわれても、オリンピックへの出場を選んだ。
 それが本当のノーマライゼーションだとサフォンは決断したのだ。

 そして、運命の100m予選で、サフォンは易々と他の選手を置き去って流してゴールする俊足を発揮した。
 だれもが、その義体の前の健康体の時と同じランニングフォームに、感嘆のどよめきとともに、拍手を送った。
 だが、それはそこでおわらなかった。

 サフォンは決勝まで進んだのだ。

 そして、運命の決勝レース。
 サフォンは多くのライバルとともに、トラックに立ち、スタートブロックで構えた。
 審判とスターターが緊張の面持ちで、準備せよを告げた。
 フライング判定用のセーフレーザーが各選手を捕捉する。
 そして、スタジアムと各選手のスタートブロックを結ぶラインを、破裂音を組み合わせて調製された発砲音に似たスタート音が駆け抜けた。

 一斉に選手が皆スタートする。
 美しいスタートだった。
 脚の筋肉がブロックを蹴り、上体を起こす前に前傾のままで加速していく。
 そして若干の前傾のまま、両手を振り、脚を回すようにフィールドを蹴りながら、さらに加速を続ける。
 22世紀のオリンピック100m走では、ドーピング禁止と言いながら規制外のさまざまな強化法が研究され、加速は100mの間、絶え間なくすべての選手が続ける。
 そして、中継のアナウンサーとともに、スタジアムの興奮は、二人の希代のアスリートの対決に沸き続ける。
 サフォンの一番のライバル、ブラバム・マークレイ。
 彼と、サフォンの一騎打ちになったのだ。
 しかも、マークレイを、サフォンはリードしていた。
 サフォンは義体とはいえ、IOCが彼と彼の技術陣に突きつけた条件は、すべての動力システムを独立して義体の中に納め、人体にない突出部を一切持たず、なおかつ表面には模造皮膚による接触事故対策だった。
 その困難を乗り越えて、サフォンの義体は活動し続けていた。
 義体技術というモノが呼ばれて以来の頂点を続けていた。

 そして、ゴール直前だった。
 マークレイは、最後の一踏ん張りで、ほぼ誤差に近い僅差で、サフォンを追い抜いたのだ。
 それでもまだゴールまで距離があった。
 まさに死闘だった。

 そして、それに勝ったのは、

 マークレイだった。

 世界新を出しての勝利だった。

 その戦いは、晴れやかに終わった。
 サフォンとマークレイは力尽きてフィールドに倒れる寸前、スタッフに支えられ、そして二人はすぐに握手し、抱き合った。
 マークレイの金メダル、そして銀メダルはサフォンではなく、その次にゴールした山沢伸介に与えられることになったが、みなマークレイの母国・ソマリア民主主義共和国の国旗を持ってのウイニングランに加わった。

 そしてその結果、IOCは義体による正式競技への障碍者の参加を認め、その次のオリンピックで、サフォンはついに金メダルを手にしたのだった。

 しかし、その義体はサフォンの残っていた肉体との齟齬を解決しきれなかった。

 多くの悲しみとともに、サフォンは義体を更新しながらも、惜しまれつつの引退となった。


 その彼が、このハノイオリンピックの聖火リレーの最終ランナーだった。

 彼が、聖火を受け、聖火台へ昇っていく。

 だが、遙かに高い聖火台まで、階段は途中で途切れている。

 息をのむ静寂。


 だが、そこに有翼の「天使」が2人舞い降り、サフォンを抱えた。
 そして羽ばたいて持ち上げていく。
 それにもう2人の天使が加わる。

 空を昇っていく天使4人と、サフォン。

 そして、オリンピック伝統の鳩の群舞がホログラフィとして標示される。

 驚きとともに、歓声が広がり、そして満場を見たし、それにも持ち上げられて、サフォンは聖火台にトーチを差し出す。

 ふうっと風が舞い、炎が沸き起こり、聖火がともされた。

 天使は、シファとミスフィ、そしてラヴァダとアクリアだった。

 世界最強にして、最新の究極の守護天使、シファ級戦艦が、奇跡を起こしたのだった。

 この演出に、皆が賞賛を惜しまなかった。



 ハノイオリンピックは、こうして競技日程が始まった。
 その祭典は、まさに、世界に平和をもたらした彼女たちも加わってのものだった。

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人事

 ハノイオリンピックの警備に、シファとミスフィ、ラヴァダとアクリアが引き続き参加することとなっている。


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090425shipha_sword_kai8_image posted by (C)YONEDEN


 シファは選手村の警護担当である。選手村の近くには密かに移動式防空ミサイルが展開し、テロに備えている。
 平和の祭典が、結局こういうものになってしまうのはとても残念だが、それが現実だ。
 悪夢のミュンヘンオリンピックでの選手殺害テロの話は有名だし、未だにそういった政治対立はつづいている。
 どんないい発明も、多くの人間の欲望と恨みそのものまでは解消出来ない。
 シファはそれをわかっている。

 幸い、ベトナム警備当局も優秀で、選手村防備についてよく索をねってある。

 シファは、公務中と思ったが、自身に搭載された警戒システムに異常検知を任せ、書きかけのテキストに手をいれることにした。
 ロボットの限界を、シファたちは超えて、こうしてテキストすら作成する。
 単なる乱数とモジュール化した文章の切り貼りのジェネレーターかも知れない、とシファは自分で思う。
 だが、それを否定してくれたのは、浦賀教授と、アツコさんだった。

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090320sif_ver16_3sword_fly2_image posted by (C)YONEDEN

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内閣調査庁

「次官」
 改めて早瀬局長は津島次官を呼んだ。
 慣れ親しんだ職名。
 一部省庁では「さん」づけをやっているのに、津島はあえて職名を呼ばせてきた。
 ミスター内閣調査庁。
 人望と剛腕が一致した、稀代の事務次官、津島。
「次の次官、任せるからな」
「定年とはいえ」
「残念だよなあ。本当に」
 津島は笑った。
「永遠の命、シファとミスフィを作ったが、俺たちはどうやっても老い、衰えていく。
 オレみたいなこんな老兵が未だに役立つようでは、世の中の先が暗い。
 早瀬君、君になら託せる」
「とはいえ」
「まあな。東京の枢機卿か。
 でも現実には何人もの出世レースのなかで地獄に落としたこともあったし、自分も地獄を何度も見た。
 でも、同じ地獄なら、シファがいる地獄がいい。何度もそう思った。その犠牲も大きいが。何度もそのことで身もだえした。
 だが、シファとミスフィ、あの二人の笑顔で、それを堪えてきた。
 それも見られなくなるだろう。寂しいものだ」
「彼女たちには」
「気遣いはいらない。彼女たちが活躍している、そう風の便りに聞ければ、それで十分だ」
「再就職はなさらないんですか」
「小金があってね。小さな研究所を作るよ。とはいっても小さな事務所だが、郷の若者のたまり場にできるような場を作ろうと思って、もう不動産の手配をしている。
 これからをつくるのは若者であり、子供だ。彼らに、本当に良い道を紹介してやりたい。
 彼らの熱意だけが、世界を、文明を進めるんだ。
 彼らが本当の人類の財産だよ」
「でも」
 早瀬は寂しさを隠せなかった。
「私には次官はつとまりません」
「そう言うな。オレでつとまったんだ」
「津島次官は別です」
「いや、なに、他にもいる。オレはそんな安い組織作りをしたつもりはない。早瀬、君が辞めても、ちゃんと後は継げるように含めてある。ただ、君がベストだ。ベターはその次にいるが、君がベストだ。
 大丈夫、君が存分にできるようにサポートのスタッフもいる。
 オレはこれで、十分だ。
 君も、もしつらかったら、浦賀に話は通してある。
 懐かしいだろう? 大学の教員も」
「そんな」
「大丈夫だ。君には代わりがいないが、事務次官程度には代わりはいくらでもいる。
 仕事にしがみつくと、仕事は君を裏切る。それがオレが任官して以来の先輩の言葉だ。
 仕事をするのか、させられているのか。君をこの内調に誘ったのも、君がしたい仕事がここでできると思っびgskyたからだ。できなければ、こころおきなく辞めればいい」
「シファたちは大丈夫か心配です」
「ああ、それなら」
 津島はペーパーと呼ばれながら現実にはホログラフィで標示される論文を机からとりだし、早瀬に渡した。
「シファの論文だ。ミスフィとの共著というが、実に興味深い。
 さすがカシス准将にも学び、そして現在BN-Xとしての嚮導艦としての責任の中書いただけあって、具体的で示唆に富む。
 何よりも論理性が盤石な上で、展望が広い」
 早瀬はその目次を見ただけで、ぞくっと震えた。
「な? 有能だろ? 何よりも面白い。
 それこそ、『不思議な汗』がでそうな、面白さの熱がある文章だ」
「そうですね」
「まあ、それは後で読むとしても、君の人生をかけた彼女たちは、自ら道を開けるだけの力を手に入れた。そして、それでもなお人類の為に尽くそうと慎んでいる。
 十分じゃないか」
 津島は早瀬の背を叩いた。
「子は親が思うより成長しているものだ。親は気づかないうちに。まず、彼女たちに対する心配は要らない」
「そうかもしれません」
 津島はがははと笑った。
「さあ、役人人生でそうあることではない出待ちのみんなが待っている。
 親任官として新任の奉還の儀もある。さあ、行こう。長官からもう人事は発令されている。
 君もまた陛下の親任を受けねばならない。行くぞ」
 早瀬はうなずいた。

 内閣調査庁のエントランスでは、職員たちが花束を持って待っていた。
『ありがとう』と津島は応えながらそれを受け取った。
 そして、さらばと庁舎、新淡路モノリスに手を振った。
 その前に公用車がすっと進み出た。
 早瀬を連れて、津島はその公用車に乗り込んだ。
 公用車には交通機動隊エアバイクの護衛が付いた。

 新淡路中央駅には、そのままホームに公用車が乗り付けられるようになっている。大陸の鉄道のようだが、それが22世紀日本の鉄道である。
 リニア新幹線「ふじ」のプライムシート個室が用意されていた。この部屋はお召し列車のないリニア新幹線の車両の中で、お召し運用のために防弾構造が取られている部屋である。
  20世紀のグリーン車でも、お召し列車の御座所として使えるように同様に防弾化した車両があり、その車番は各鉄道で秘密になっている。

 リニアに乗り付けた時点で、メディアが一斉に規制線ぎりぎりまで迫って映像を撮っていた。
 ミスター内閣調査庁の退官にふさわしい、華やかな花道だった。

 その傍らで、ハノイオリンピックの競技の中継も流れていた。

 新淡路とアジアの夏は、まさに盛りを迎えていた。
 木々の声が満ちるような、鮮やかな夏の緑と空の入道雲の鮮やかな風景だった。

 そして、その盛りは、これからの秋の寂しさの、序曲であった。


100222新淡路駅L55plus_L3_8
100222新淡路駅L55plus_L3_8 posted by (C)YONEDEN



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