目次
1.エアロバイク乗りの日常
1.エアロバイク乗りの日常(1)
1.エアロバイク乗りの日常(2)
1.エアロバイク乗りの日常(3)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(1)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(2)
3.正反対、だから気になる
3.正反対、だから気になる(1)
3.正反対、だから気になる(2)
3.正反対、だから気になる(3)
4.地表
4.地表(1)
4.地表(2)
4.地表(3)
5.平穏な生活
5.平穏な生活(1)
5.平穏な生活(2)
5.平穏な生活(3)
5.平穏な生活(4)
6.ネズミ
6.ネズミ(1)
6.ネズミ(2)
6.ネズミ(3)
6.ネズミ(4)
7.テロリスト
7.テロリスト(1)
7.テロリスト(2)
7.テロリスト(3)
7.テロリスト(4)
7.テロリスト(5)
7.テロリスト(6)
7.テロリスト(7)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(1)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(2)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(3)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(4)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(5)
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7.テロリスト(2)

 目の前を、またエアロバイクの集団が横切った。
 見たことのないペイント。どこの会社のものだろうか。
 ピット前の空間を左下から右上へ、斜めに横切る。連続する全てのエアロバイクが、二人乗りだった。目に止まったのは、誰も飛行帽やツナギを着用しておらず、全員がエアロバイク乗りらしからぬカジュアルなファッションだったためだ。
 何だ、この集団。
 視線で追っていた私は、その中に見知った顔を見つけて血の気が引いた。
 ティム!
 見間違えることはない、大切な恋人の顔。
 ティムは私の後ろでいつもそうしているように、一台のエアロバイクの後部シートに跨っていた。
 一瞬、目が合ったような気がした。
 私はピットの端まで走り、手摺から身体を思い切り乗り出して、ぐんぐん上昇して遠退いてゆくエアロバイクの集団を見送った。
 ティムだ。
 絶対にティムだ。
 何故あんな集団にいたのだろう。
 そこで私は、チェの境遇を思い出した。
 もしかしたら……ティムも何かのアクシデントに遭って、チェのようにテロリストたちに人質に取られてしまったのではないだろうか。
 私はいてもたってもいられなくなり、自分のエアロバイクに飛び乗った。
「ロンカさん、どうしたんすか」
 尋常ならぬ様子の私に驚いて、ホワイトが走り寄って来る。私はエアロバイクのエンジンを掛けながら叫んだ。
「ティムがいたのよ! 今のエアロバイクの集団に」
「え、ええ?」
「もしかしたら、テロリストに拉致られてるのかも」
「マジっすか? 本当にティムさんなんすか?」
 私はエアロバイクを発進させる。フォン、と気の抜けた高音を響かせ、エアロバイクが宙に浮いた。
「ロンカさん、勝手に動いたらマズいですってば」
「うるさい!」
 ホワイトが私のエアロバイクのフロントにしがみ付き、必死で止めようとする。私はエアロバイクを左右に大きく揺らしてホワイトを振り払い、急上昇させた。
「ロンカさん、ああもう……!」
 ホワイトが自分のエアロバイクを慌てて発進させようとしている光景が視界に入ったけれど、私はすぐに視線を天に向け直す。
 エアロバイクの集団は、既に随分上まで行ってしまっていた。もう胡麻粒ぐらいにしか見えない。
 私もエアロバイクを加速させる。
 絶対に見失うわけにはいかなかった。
 エアロバイクのスピードと比例するかのように、私の中の不安もどんどん加速していった。
 ティム、ティム、ティム……。
 最悪の事態が脳裏にちらつく。私は時折目をぎゅっと瞑って、嫌な妄想を振り払おうとした。
 私と集団との距離は、徐々に縮まっていった。胡麻粒ぐらいにしか見えなかった集団の影が、少しずつ大きくなってくる。だが胡麻粒から大豆大になったとき、その集団はふいに私の視界から姿を消した。おそらくどこかに停車したのだ。
 私は更にエアロバイクのスピードを上げる。頬がブルンブルンと風圧に煽られた。メーターを見るとレッドランプが点滅している。未だかつて出したことのない高速だった。バイクのフレーム全体がガタガタと微振動している。これ以上のスピードを出したらエンジンが焼きつくか車体が空中分解してしまうのではないだろうか、と思った。
 集団のエアロバイクが乗り捨てられたかのような乱雑さで停車していたのは、上階層中部、一四二三階だった。私は勢い余ってその三階上まで行ってしまい、慌ててUターンした。
 エアロバイクを停めて周囲を見回したが、ビルの裏口に人影はない。
 私は深呼吸を一つ。それから腰のホルダーから元素銃を手に取って、そろそろと裏口の扉を開いた。
 ビルの中は静かだった。時折、どこからか爆発の振動が響いてくるだけ。音を立てないようにビル内部へと足を踏み入れる。
 若干息苦しい気がする。もう酸素が薄くなっているのだろうか。――いや、まさか。低階層の避難民が集中して混雑しているエリアならともかく、既に人気のないこの階層ならば、まだ空気は有り余っているはず。空気循環システムが停止してしまったと聞いたものだから、きっと自己暗示に掛かっているだけだ。
 人の話し声が遠くで聞こえた。私は壁に背をつけて、声のする方へじりじりと近づいて行った。
 そこは高級住宅が建ち並ぶ居住エリアだった。しかし上階層の人間はとうに避難した後で、無人となった今、街はまるでゴーストタウンのようだ。電力が途切れているので 街を照らす太陽光代わりの照明も消え、弱々しい光の非常灯のみが、所々にぼんやりと光を発している。
 薄暗闇に目を凝らす。一箇所だけ妙に明るい場所があった。誰かが携帯ライトを使用しているようだ。放たれる強い光の中心から放射線状に、長い人影がいくつも揺れている。
 私は闇に紛れて人影に近付いた。徐々に彼らの輪郭がはっきりとしてくる。書類を広げ何事か話し合っているようだ。彼らの足元には大きな鞄や謎の機械がいくつもあった。
 携帯ライトに照らし出される顔の中に、私はティムを探した。
 ――いた!
 額から汗が一筋流れた。
 ティム、待ってて。
 今、助けるから。
 私はティムから目を逸らさずに、元素銃の安全装置を解除した。

7.テロリスト(3)

 その時。
 ピリリリリリリリリ!
 私の端末の着信音が、静寂の中にけたたましく響いた。
 心臓が止まりそうになった。私は身体中をまさぐり必死になって端末を探った。端末は腰のポケットに突っ込んであった。急いで取り出し着信を切ったが、時既に遅し。
 顔を上げようとした私のつむじ辺りに、冷たく硬いものが押し付けられた。
「銃、捨てて」
 知らない男の声が言った。
 私は生唾を飲み込んで、ゆっくりと銃を床に置いた。命を守ってくれるはずの頼もしい重量感が手の中から消えた。武器を失った今、もう私に戦う力は残されていない。武術の心得などあるわけもなく、かといって策士でもない。私はただの非力な女だ。
「立て」
 言われるがままにゆっくりと立ち上がる。顔を上げると、相手は若い男だった。どこにでもいそうな、学生なのか社会人なのか分からないカジュアルなファッション。とりわけ凶悪そうにも見えない。
 本当にテロリスト?
 しかし、その疑問を打ち消すための最高の材料である銃が、私の額に押し付けられているのだ。突然他人の額に銃を押し付けるという物騒な行為は、平和を愛する一般市民のすることではない。
 私は無言で相手を睨む。足音がして、他のテロリストたちもこちらにやって来た。
「なに? 誰、それ」
「知らねーよ」
「――あぁ、ツナギ着てるってことは、電気屋か」
「整備工だよな。大変だったでしょ、俺らが電気盗むから。迷惑掛けたね」
 テロリストたちは声を立てて笑った。この場にそぐわない、和やかな雰囲気だ。私は呆気に取られて彼らを眺めた。
「あんたら……この爆破騒ぎの犯人なんでしょ?」
「そうだよ。ご存知かとは思うけど、真世界党だよ」
 私に銃を突きつけている男が頷いた。
「何でこんなことすんのよ」
「何でって――そりゃ、しなきゃならないからだよ」
 また、一斉に笑い声。
「あれ、ロンカ」
 大好きな声がした。私は視線だけで声の主を探す。
 テロリストたちの向こうにティムがいた。
「ティム……」
 ティムは心底驚いたような表情で私を見つめている。
「どうして君が、こんなところにいるんだ」
「……あんたが、エアロバイクで上ってくのが見えたから」
 ティムは視線を逸らし、眉根を寄せて舌を打った。
「えっ、知り合い?」
「――ちょっとね」
 テロリストの一味に尋ねられ、素直に頷くティム。
 彼らとティムは敵同士には見えなかった。
 むしろ親しげにすら見えた。
 私に対する態度の方がそっけない。目もろくに合わせようとしない。
「どうする?」
 銃を構える男が、ティムを振り返って尋ねた。ティムは床を睨んだまま答えた。
「銃だけ取り上げとけば、別にほっといても大丈夫だろ」
「まあね、女だし」
「今更通報されたって、どうってことないしな」
「おまけに、どうせ整備工だろ……二人もいらねえよ、お荷物になる」
 二人?
 その台詞に、私はチェを思い出した。
「あのっ、もう一人、人質になってる整備工は……チェはどうなってるの?」
「え? ……さぁ、どうなってんのかな」
 一人が暢気な口調で言った。
「どうなってんのかなって……あんたたちの仲間の仕業なんでしょ?」
「そうだけど、別働隊だし」
「ちょっと聞いてあげなよ。心配だろ、仲間なんだろうからさ」
「それもそうだね」
 別の仲間に言われ、その男は端末で仲間に連絡を取る。
「あ、もしもし? 俺です。ちょっと聞きたいんすけど、さっき整備工一人、人質に取ってるって言ってたじゃないすかぁ。あれってどうなりました? え? いやなんか今、こっちも一人、EEの整備工とバッティングしちゃって、どうしようかなって話になってて……あ、邪魔? やっぱり? ええ、はい。あーなるほど、そうっすよね、わっかりました。了解です。え? はい、異常ないです。もうバッチリ。はい、頑張ります。任せてください、じゃあ」
 通信を切った男は、私を見てにっこり笑った。
「とっくに解放されたらしいよ。人質はもういらないってさ。結局、俺らの仲間がメディアを乗っ取ったって。頼もしい限りだよ、全く」
 男は得意げだ。
 私には解せなかった。
 過激派のくせに、テロを起こしている真っ最中だというのに、何故こんなに余裕綽々でいられるのだろうか。
 これではまるで、サークルのイベント準備でもしているみたいではないか。
「あんたたち、本当にテロリストなの? 本当に真世界党なの?」
 いぶかしむ私に、テロリストたちは一瞬顔を見合わせ、それから大爆笑した。
「え、まだ信じてなかったの?」
「信用されてねぇなぁ、俺ら」
「でも、だって……何だか……」
 私は言葉を詰まらせた。
「悪者に見えない、とか?」
 私は頷いた。
「それに緊迫感がないし」
「あーあ、言われちゃったよ」
 テロリストたちは、肩を竦めてまた笑う。
「俺たちはさ、別に自分たちを悪者だとは思っていないよ。もっと平和で住みやすい世の中になれば良いなって、ただそう思って行動しているだけだから」
「でもこんな事件を起こしたら、絶対に何人も人が死ぬわ。それなのに」
「多少の犠牲は仕方ない。現実的に考えてそういうもんだろ。――とか言いつつ、やっぱり俺たちだってこんなことするのは慣れてないし、もちろん怖いさ。それに、自分たちのせいで人が死ぬのは明白なんだから、罪悪感がないわけがない。だから、気を楽にするために、ちょっとした小道具は使ってる」
 その男はポケットから何か取り出した。広げた手に乗っているのは、白い錠剤。
「何これ」
「いわゆる違法な薬さ。ひたすら楽しい気分になるやつ」
「ばっ……」
 バカじゃないの、と言おうとして、私は言葉を飲み込んだ。もう、言い合うことすら不毛だと思った。
 だがテロリストたちは私の内心を読み取ったのか、ニヤニヤ笑った。
「バカって言わないでくれよ。俺たちだって、馬鹿げているのは充分過ぎるほど分かってるんだ。でも、人間そこまで強くない。それが分かっているから、目的を達成するためなら馬鹿なことだって何だってするさ」
「それに、どうせなら楽しい気分であの世に行く方が良いもんな」
「え?」
「じゃあな、お嬢さん」
 私の背後にいたテロリストの一人が、突然私を羽交い絞めにした。
「何すんのよ!」
「おっと、暴れないでよ」
 あっという間に、何かのコードでぐるぐる巻きに縛り上げられてしまった。そのまま私は引き摺られ、近くの看板の棒に縛り付けられた。
「止めてよ、離して!」
 それまで私から離れた場所で傍観していたティムが近寄ってきて、私のポケットを探った。
「端末借りるよ」
「ちょっ、勝手に弄らないでよ」
「――あ、もしもし? ホワイト君?」
 ティムが私をちらりと見た。しかしすぐに視線を逸らす。
「俺、ティムだよ。あのね、今ロンカと一緒にいるんだけど、迎えに来てあげてくれる? いや、それはまあ後でロンカにでも聞いてよ。とにかく早く迎えに来て。場所? GPSで分かるだろ? じゃあ、そういうことで」
 ティムは端末を切った。無言で私のポケットにそれを戻す。そういえば、ハイになっている仲間たちの中にあって、ティム一人だけは緊張した面持ちだった。例の妙な薬を飲んでいないのだろう。
「さっさと行こうぜ、時間がねーよ」
 遠くから、仲間たちがティムを呼んでいる。彼らはティムが端末を操作している間に、手早く荷物を纏めて、1ブロック先の方まで行ってしまっていた。
「今行く」
 ティムも足元に置いてあった無骨なリュックサックを背負い、私に一瞥をくれると、仲間たちの方へと小走りに行ってしまった。
「待て―――――――――――ッ!」
 私は大声で叫んだが、彼らも、そしてティムも振り返らなかった。
 何よ……。
 何なのよ……。
 私は混乱して頭を振った。
 ティム、どうして……。
「……あッ」
 もしかして、もしかしてティムは……。
 私は恐ろしい事実に気付いてしまった。
 ティムはビル内部の配電図を手に入れるため、私に近付いたのではないだろうか?
 そうだ。きっとそうだ。
 チャンスはいくらでもあったはず。例えばホワイトと三人で飲んだ帰り道。他の日だって、私はいつも会社のキィを玄関にぶら下げた鞄の中に入れっぱなしでいたのだから。
 私の頭の中は、絶望の黒に塗り潰されていった。
 ピラミッドの中に詰まった大切な思い出のかけらが、ティムの顔をしたスフィンクスの前足で薙ぎ払われ、ガラガラと総崩れしてゆくという間抜けな幻覚が頭の中で展開した。
 嘘だったんだ……。
 あんなに幸せで楽しかった日々。
 ティムの瞳を見る度に、初心な少女のようにドキドキしていたのに。
 出だしは確かに微妙だったけど、いつの間にか「この人となら――」なんて柄にもなく乙女チックなことまで考えていたのに。
 こんなに誰かを好きになったのは、そして心を許したのは生まれて初めてだったのに。
 それなのに、あのチョコレートみたいに濃くて甘い生活は全て幻想だった。
 嘘のコーティングで固めた土台の上に建てられた、儚く崩れやすい夢の城だったのだ。
 涙が溢れ出てきた。
 悔しいのと同時に、死にたいくらいに恥ずかしくなった。
 恋に酔っていた自分の言動が、今となっては全て醜態のように思える。
 あんなに喜んで有頂天になって、ただ踊らされていただけだったなんて。
 ダサ過ぎる。
 最低だ。
 私を騙したティムも最低だが、コロッと騙されていた私の方が更に最低だ。
 なんてダサくて気持ち悪い。
 頭の悪い、絵に描いたような馬鹿な女……。
 歯を食い縛って堪えようとしたが、無駄な足掻きだった。ぽろぽろと涙が頬を伝う。両手を封じられているので、拭うことすらできなかった。
 悔しかった。
 騙されていたことが本当に悔しかった。
 私が今まで愛を注いでいたのは、作り上げられた「ティム」という架空のキャラクターだったのだ。

7.テロリスト(4)

「ロンカさーん」
 遠くでホワイトが私を呼ぶ声。私は顔を上げ、擦れた泣き声を振り絞った。
「ここよ、ここ!」
 やがて乱暴な足音が近付いてきて、街の角からホワイトのひよこみたいな金髪頭がひょっこりと顔を出した。
「あっ、ロンカさん、いたぁ」
「ホワイト……」
 ホワイトは腰の工具ホルダーからナイフを取り出し、私の身体を縛りつける縄を切ってくれた。
 両腕が解放されるのと同時に、私は素早く顔を擦って涙を拭い去ろうとしたが、拭っても拭っても後から流れてくる。結局涙は雫となって、乾いた瓦礫の床に落ちていった。
「ロンカさん……何があったんすか?」
 ホワイトがおろおろしながら私を覗き込んだ。
「大丈夫っすか」
「大丈夫なもんか! ティム……ティムが、テロリストだったんだよ。真世界党だよ。私はただ、利用されていただけだったのよ!!!!!!!!!」
「えっ……え―――――――――――――――――――ッ?」 
 ホワイトに泣き顔を見られるのが嫌で、俯いた。これ以上、屈辱感に塗れるのはゴメンだ。
 悔しい。
 歯軋りするくらい悔しい。
「ちッ」
 私は舌を打った。
 止まれ、涙。
 泣いている場合じゃないんだから。
「……くっそーッ」
 私は小声で悪態をついた。
 そうだ。それでいい。
「ティムの野郎……覚えてろ……」
 いつまでも泣いていたって、何も始まらない。自己嫌悪でへこんでいたところで、状況が良くなることはない。
 自分を取り戻せ。
 自分のペースを。
 いつもの元気を。
 そして自信を。
 例えどんなに打ち砕かれたとしても、その気になれば、またきっと作り直せる。そして今度は、更に強固で洗練されたものとして、再構築すれば良い。
 心って、きっとそういうものだ……きっと……。
 キッと顔を上げ、彼がいるであろう上階層を睨みつける。
「いつか、ぶっ殺してやる!!!!!!!!」
「怖ァ……」
 怯えるホワイトを睨む。
「何よ」
「……いえ、何でもないっす」
「ふん、さっさと行くわよ」
 私は床に転がった自分の銃を拾った。そしてエアロバイクへ足早に戻った。テロリストたちは、どうやらエアロバイクを乗り捨てたようだ。私はその中の一台をブーツの踵で思い切り蹴飛ばした。ゴワン、と音がしてフロントカバーがへこんだ。
「おーい」
 聞き慣れた声が、遠くから私たちを呼んだ。
 声は私たちよりずっと階下から聞こえてきた。私はエアロバイクの腹の横から顔を突き出し、声の主を確認した。
「おーい、ロンカぁ~」
「マイト、エツコ!」
 私とホワイトは下に向けて手を振って合図する。マイトたちのエアロバイクは規定違反の垂直上昇で、猛スピードで上がってきた。
「ロンカ!」
 私のエアロバイクのすぐ横に駐車したエツコがバイクから飛び降りて、私の頭を蝿でも叩き落すように上から叩いた。
「いッたぁ! エツコ、何よ」
「ホワイトからあんたが飛び出していったって連絡入って、びびったわよ! 何やらかしてんの、この非常時に」
「……」
 私は叩かれた頭を押さえて、口を尖らせて視線を落とした。ホワイトがエツコに何事か耳打ちしているのが見えた。
「げっ、嘘でしょ……?」
 蛙でも踏み付けてしまったかのような表情で、エツコが硬直する。聞き耳を立てていたマイトも、取り出した煙草を咥えることも忘れて私を凝視した。
 数秒間、いたたまれない沈黙が私を取り巻いた。
 ああ、本当に……本当に恥ずかしい。
 顔がカーッと熱くなり、私は両手で顔を覆った。
「ずっと、ずっと、私……だっ、騙されてたのよ! ……馬鹿だよね、気付かなかったなんて。あんなに浮かれてさんざんノロケておいて、ほんと……ほんと、恥ずかしい! もう、恥ずかしすぎて穴に埋まっちゃいたいくらい恥ずかしい!」
「ロンカ……」
 エツコが私の肩に手を置いた。
「……もー、仕方ないよ。恋は盲目って言うじゃない。私だって若い頃はさぁ、散々恥を掻き捨ててきたもんよ。――あんたほどじゃないけど」
 励まされてるのか貶されてるのか分からないが、どちらにせよあまり効果はなかった。
「だけど――それだけじゃないのよ。多分、多分ね、会社の機密事項を……」
 嫌なことを思い出したら、また涙が滲み出てきた。
「ストップ!」
 突然マイトが大声を出して、分厚く堅い整備士の掌で私の口を塞いだ。
「止めろ止めろ、そんな話。今はどうでも良いだろ」
「ふぉが……」
「やっちまったことは仕方ねえ。今更嘆いたって、もうどうにもならないんだから。それよりも、やれることをやっちまう方が先だろ」
 私はマイトの手を押し退け、噛み付くように尋ねた。
「でも、どうやって!」
 マイトは掌に付着した私の唾液を見て、嫌そうな顔をしてツナギの腿で拭った。
「良く考えてみろよ。俺らはこのビルの電気系統の整備を生業にしてんだぜ」
「電力を取り戻せば良いのよ」
 エツコが私の背中を叩く。
「そっか。そうすれば、空気循環システムも復旧しますね」
 ホワイトも身を乗り出した。

7.テロリスト(5)

 ピリリリリリリ。
 誰かの端末が着信音を鳴らした。私たちは慌てて各々がポケットを漁ったが、それはエツコの端末だった。
「うへ、課長」
 エツコは端末に表示された相手を見て、苦虫を噛み潰したような表情になった。そして「どうする?」とでも言いたさそうに片眉を吊り上げて、私たちをぐるりと見回した。
「取れ取れ」
 マイトに促され、エツコは溜息をついてから端末の着信ボタンを押す。
「――はい、こちら№4」
『№3も一緒か?』
「あ~、5と7も一緒でっす」
 エツコは、課長の声が全員に聞こえるように端末のスピーカーモードを切り替えた。
『おお、無事だったか。エアロバイクは機能するか?』
「№3、4は問題なし」
「№5、7も問題なしです」
 私は顔を突き出して、エツコの端末に向かって喋った。
『よし、それならお前ら、すぐに700階へ向かえ』
「何で?」
『そこに、最上階層住みの政府の要人やら業界人の方々が避難しているから、先行護送で地上までお連れしろ』
「はァ? 何だよそれ」
 マイトが眉をぴくりと痙攣させた。
「一般人は見殺しってわけかい」
『別に、そんなことは言っとらん。後からちゃんと……』
「空気循環システムを復旧させるのが先だろうが! このままじゃビル一本丸ごと、酸欠でデッカイ墓標になっちまうぞ。本来俺らがやるべき仕事はそっちだろ。それにお偉方を運んでる間に、中階層以下がやられたらどうすんだよ。結局、貧乏人は見殺しってことかい」
『馬鹿者、これは政府の命令だ。つべこべ言わんと、命令に従え』
「馬鹿はどっちだよ! 俺らは整備工なんだぞ。ハイヤーの運ちゃんじゃねえんだ」
 一際高い声で叫び、マイトはエツコから端末を取り上げ、スイッチをぶちりと切ってしまった。
「あ~あ、切っちゃった。知らないよぉ」
 エツコが腕を組んで、囃し立てる。端末は再び課長からの着信音を鳴らしたが、今度は端末の持ち主であるエツコが、当然といった顔をしてさっさと切ってしまった。
 マイトは憮然として言った。
「上階層住みだろうが低階層住みだろうが、俺らには関係ねぇし、国の奴らに何言われたって、要人の先行護送なんて真っ平だ。お前ら、課長の言いなりになりたいか? ふんぞり返ってる偉そうな能無し連中に、ヘイコラしたいか?」
「やだ!」
「やりたくない!」
「無理!」
 私たちは口を揃えて叫んだ。
「だろ? 誰が先に助かるべきかなんて、優先順位を決める方がおかしいんだ」
「そっすよ。こんな状況で、俺らが課長に従う義理なんてない! 俺ら、ただの整備工っすし。整備工なら整備工らしく、守備範囲を守りましょう」
 珍しくまともな意見を述べるホワイトの頭を撫でて、エツコがよし、と頷いた。
「そうよ。第三雑居ビル電気系統整備課の意地、見せたろうじゃないの」
 そして子供が逃げていくような不敵な笑みで、力強く曲げた左の二の腕を右掌でパシッと叩いた。
「でも……良いの? 勝手な行動してたら、私はともかく、皆までクビになっちゃうよ」
 私が尋ねると、マイトは皮肉に笑った。
「馬ッ鹿お前、このビルが潰れたら、俺ら全員お払い箱だぜ」
「そうよ。だったら、やりたいようにやった方がずっとマシ」
 エツコも鼻息荒く言った。
「行こう。一丁かましたろうぜ」
 私は嬉しくて、目頭に浮かんだ涙の粒を指の腹で拭い、何度も頷いた。
「うん」
「よし、ロンカとホワイト回収完了、と」
 エツコが呟きながら、端末を操作している。
「あ、シマダさぁ~ん? エツコです。№5と7、たった今、こちらに合流しました」
『無事だったか!』
 シマダの嬉しそうな声が聞こえた。エツコが端末を私に向けたので、私は端末越しに謝罪した。
「ご心配お掛けしました、すみません」
『おう、心配したぞ。この借りは、キッチリ働いて返してもらうからな。覚悟しろ』
「シマダさぁ~ん、それからさ、さっき課長から連絡あったんだけど、ブチ切りして無視しちゃった。まずったかなぁ」
 エツコがぼやくように言うと、シマダは構わんさ、と鼻で笑った。
『あのクソみたいな命令だろ? そんなん知るかってな。俺らは俺らで、空気循環システムを――』
「あ、やっぱそう来る? だと思ったぁ」
『シマダさん、エツコさん、悠長に話してる暇はないんですよ』
 チェの声がシマダとエツコの会話に割って入った。私とホワイトは顔を見合わせて微笑んだ。
「チェ、良かった。元気そうだね」
『ええ。何とか生き延びることができました』
 チェの声が少しだけ緩んだ。しかし彼の声はすぐに緊張感を取り戻す。
『皆さん、良いですか。今、僕とシマダさんは本部近くにいるのですが、これから二人で空気循環システムを修理しに行きます』
「お前らたった二人でか? 無理言うなよ。あんなデカい機械……」
『俺らがやらんで誰がやる。会社がやるわけなかろうが』
 マイトの言葉をシマダが遮る。
『課長の意見は、EE上層部の意見だぞ』
「だとしてもよ、俺らだけじゃ無理だろ、実際問題」
『無理じゃない方法もある。おめぇ、ちゃんと毎年の整備工研修受けてんのか?』
「はぁ? いきなり何言ってんすか」
『勉強不足だな、マイト。このビルの空気循環システムには、メインマシンともう一台、非常時に備えてサブがあることを忘れたか? そっちを起動させるくらいなら、俺とチェだけでも充分さな』
「あぁ、そういやそんなモンもあったんだっけ……」
 マイトはとぼけて上を向いた。エツコがやれやれ、と首を振っている。
『サブマシンは一号機の三分の一の酸素量しか作り出せないが、そんだけありゃ、民間人を避難させる間ぐらいならいけるだろ。まあ素人見解だから何とも言えんが、テロリストの野郎ども、あんなご大層な爆弾装置を作ってる割には、爆破に関しちゃ手を抜いてる。やるつもりなら、もっと手っ取り早くビルを圧し折ることだってできるはずだ。それなのに、どういうつもりかあっちゃこっちゃと効率の悪い爆破を繰り返している』
「もしかして、市民の避難時間も計算のうちなんすかね」
 ホワイトが呟いたが「まさか」とマイトが鼻を鳴らした。
「うちらに手伝えること、何かある?」
 エツコが尋ねると、シマダはそれなんだがな……と若干言葉を濁した。
「――何よ?」
『一つ、難儀なことがあってな。肝心要の二号機だが、年に一度の起動点検をしているのみで、五十年以上前に設置されてから、今まで実用したことがないんだ。おまけに、さっき確認してきたんだが、二号機への電源経路が爆破されとる。従って、電力供給もストップしとる現状だ』
「うわ、面倒くさ……どうすんのよ」
『俺とチェが、まず非常電源を使用して、二号機の起動点検をする。そんくらいなら、僅かな非常電源でもどうにかなる。その間にお前らは手分けして、爆破地点と漏電箇所を修理してくれ』
「何箇所ぐらいあんの?」
 エツコが尋ねる。
「私らだけで回れるような数なの?」
『えっとですね……今のところ、全部で十二箇所です』
 チェが答える。私たち4人は淀んだ溜息をついた。
「大丈夫かな。爆破されてるわけじゃん、どんだけメチャメチャになってるか……代用部品、社に戻って掻き集めてきても、足りないんじゃないの?」
『それは手配済みです。業者に頼んで何箇所かに分けて置いといてもらいましたから、途中で回収して使ってください』
「仕事速いなぁ」
 ホワイトが甲高い口笛を吹いた。
『皆さんの端末に、漏電箇所のデータをお送りします。おそらく、そこにネズミがあるはずです。もしかしたら見張りのテロリストがいるかもしれませんから気をつけて。それからもう一つ。先ほどテロリストの一人が逮捕されたんですが、そいつが吐いた残りのネズミの設置箇所、およびネズミの処理方法のマニュアルがポリスから我が社にも回ってきたので送ります。漏電箇所の方は一応、社のデータと見比べて判断してください。もしかしたら、奴らはまだ設置箇所を隠している可能性もありますから、油断しないで』
「ええ、ネズミの処理方法って……俺ら、爆弾処理までしなきゃならないってことなんすか?」
 ホワイトは、落ち着きのない様子で指の爪を齧りながら呟いた。マイトが、仕方ねえだろ、と諭す。
「非常事態なんだから、爆弾処理班待ってらんねぇよ。なぁに大丈夫。マニュアル見ながらやりゃあ、爆発しねえんだろ。確かなモンじゃなければ、ポリスが民間に情報流すわけねえし」
『さあ……でも、テロリストが逮捕されてからそんなに時間経ってないですから、実際にそのマニュアルの安全性が百%のものであるかは疑問ですけどね……』
 チェが嫌なことを言うので、私たちは押し黙ってしまった。
 しかし、やるしかない。
 チェは咳払いを一つ、そして念を押すように言った。
『良いですか。僕らはポリスでも軍でもない一民間人、非戦闘市民なんです。戦う必要なんてありませんから、危なくなったら逃げてください』
「チェよう、そんな悠長なコト言ってらんねえだろ」
 マイトがぼやく。
『まあ、そうですけど……じゃあそこは、自己責任で。なるべく発弾数は抑えてくださいね。それから、軍やポリスに見つからないように。見つかったら適当に誤魔化してください。会社のバックアップはないんですから』
「分かってるって」
『絶対に死なないで下さいよ。会社に提出する書類作成と遺族への労災手続き、大変なんですからね』
『馬鹿野郎。テロ騒ぎがこのままデカくなったら、皆お陀仏だぜ。会社だって潰れて、そんなん関係なくなるさ』
 シマダがチェの横から毒づいているのが聞こえて、皆が一斉に笑った。
 死ぬかもしれないこの場面で、皆で笑えるなんてカッコイイではないか。
 怖くないわけはない。
 私たちは一般市民。仕事柄、会社から支給されている護身用の銃は持ち歩いているものの、使用することなど滅多にない。現に、チェ、私、ホワイトの三人は、会社の練習場以外では一度たりとも発砲したことがない。
 それでも皆、立ち向かおうとしている。自分にできる精一杯のことをやり通そうと、整備工の意地を貫き通そうとしている。
 私たちを突き動かすのは多分、自分勝手なそれぞれの正義だ。
 無駄なことかもしれない。途中で志半ばにして死ぬかもしれない。しかし、やらなければ後悔するのを分かっているから、私たちは行動するのだ。
 チェからのデータ受信が完了した。私たちは各々の端末画面を覗いて、分担箇所を決めた。
 シマダは通信の最後にこう付け加えた。
『何が起こるか分からんからな。お前らも、大事な人に挨拶しとけよ』
 そのときばかりは、私たちの表情も暗くなった。
 通信を切るとすぐに、ホワイトとエツコは端末で家族に連絡を取っていた。
「――うん。じゃあ、あんたも? そっか、気をつけて。……私は大丈夫よ。そう、ママに頼んだなら子供たちは安心ね。うん、頑張るから。愛してる」
「そうだよ、兄ちゃん今から重大な任務に取り掛かるんだ。え、嘘じゃないって! ホントホント。スーパーヒーロー並みだぜ。かっちょいいだろ? ああ、頑張るよ。大丈夫だから泣くんじゃないよ。おりこうにしてたら、今度遊園地にでも遊びに連れてってやるから、ちゃんと母ちゃんの言うこと聞くんだぞ」
 彼らの方から、途切れ途切れに会話が聞こえてくる。
 私はちらりと横のマイトを見た。マイトだけは誰に連絡するでもなく、煙草をのんびりふかしている。
「電話しないの?」
「俺、若い頃に両親から勘当されてるから。連絡先も知らねーし」
「恋人は?」
「連絡するようなご大層な相手なんていないよ。そういうお前はどうなんだよ」
 私は膨れて視線を落とした。
「こんな事件起こしといて、誰に連絡すんのよ。それとも何よ、あのテロリストでクソったれなティムにでも連絡しろっての?」
「そりゃ無理な話だな。ごめんごめん」
 マイトは肩を竦め、ばつの悪そうな顔をした。
 通話を終えて戻ってきたエツコとホワイトに、マイトが提案した。
「今日はいつもの仕事じゃない。ロンカとホワイトは銃も扱い慣れてないし、何かあったときにベテランがいないと不安だ。ペアを変えよう」
「よし、じゃあ私はホワイトを連れてくわ。マイトはロンカを」
「分かった」
 頷きながらマイトは元素銃を取り出した。手早く動作確認をする。
「本当はこんなもの、私らの使うアイテムじゃないけどね……」
 エツコも銃をチェックしながら呟く。私とホワイトも、緊張した面持ちでそれぞれの銃を手に取った。冷たく重い銃の感触が緊張感を増幅させる。
「使わずに済むなら、それに越したことはないよな」
 マイトが銃をホルダーに収めながら呟いた。
「さあ、ロンカ行くぞ」
「うぃース」
 私とマイトは、エツコとホワイトに片手を挙げて合図した。エツコたちも、片手を挙げる。
 死ぬなよ。頑張れよ。また会おうね。
 多分、お互いの心中に浮かんだ言葉は同じだったと思う。

7.テロリスト(6)

 大方の漏電箇所付近は悲惨な状態になっていた。
 爆破されて、内通路が瓦礫の山となって封鎖されている階もあった。ビルの横っ腹を抉るように大きな穴が開いている場所もあった。
 ポリスや軍の目を掻い潜って移動し、爆破された地点の手前で、まだ無事なケーブルに新しいケーブルを繋いで応急処置を施す。
 時々ケーブルが足りなくなった。そんなときには、チェに連絡する。すると、すぐにその階の外壁まで工場のエアロトラックが飛んできて、私たちにケーブルの大きな束を渡してくれるのだ。
「勝手にトラックなんて飛ばして、大丈夫なの?」
 私が尋ねると、業者のおばさんはからからと笑った。
「大丈夫よ。もう上へ下への大騒ぎになってるんだから、うちらのトラックがその辺飛んでたって、何も言われないわ。大体、検問に引っ掛かったって怪しいものなんか一つも持っていないんだから、すぐ通してもらえるわよ」
「そっか。良かった」
「あんたたち、頑張んなさいよ! ケーブルの他にも足りないものがあったら、すぐ言いなさい。持ってくるからさ」
 おばさんは太い腕で私の肩をバンバン叩いた。
「ありがとう」
「じゃあね」
 走り去るエアロトラックを見下ろしながら、マイトが腕を上げ下げしつつ「よーし」と大声で言った。
「あんだけ期待されちゃ、やるしかねえわな」
「っしゃァ!」
 私もレンチを振り上げて気合いを入れた。レンチを握るグローブは、既に瓦礫や銅線に引っ掻かれてボロボロだ。オレンジ色の作業着も砂埃だらけだった。
「次行くぞ、次」
「はい!」
 四箇所目の修理を終えた私とマイトは、まだ運良くテロリストと鉢合わせしてはいなかった。一箇所だけ、ネズミを発見した。マニュアルを見ながらおっかなびっくりで取り除いたが、何とか爆発させずに済んだ。
 大変だったのはエツコ&ホワイト組の方で、一箇所目から見張りのテロリストと鉢合わせし、銃撃戦に陥った。
 射撃の腕の良いエツコがすぐにテロリストを仕留めたけれど、ホワイトが負傷した。とはいえ左足の腿を弾がかすった程度だったようだが、大袈裟なホワイトは死ぬ死ぬと泣き叫び、私とマイトまで端末越しに宥めすかす羽目になった。
「そのくらいで死ぬわけないでしょ。消毒したんなら大丈夫だってば」
『ロンカさんは見てないから、そういうこと言えるんだ。スゲー血が出てるんすよ!』
『こんな血ぐらい、スゲーなんていう内に入らないわよ。もう、しっかりしてよね……』
 端末の向こうでエツコがぼやいている。私とマイトは顔を見合わせてクスクス笑った。
「ホワイト、名誉の負傷ってやつじゃねえか。ちったァ痛いかもしんねぇけどさ、その状態で頑張ってビルを救ったら、間違いなくヒーローだぞ。女の子たちに、モテモテ確定だな」
『……痛いけど、頑張ります』
『現金な奴だなぁ』
 エツコが呆れて呟いた。
 しかし彼らの不運はその後も続き、二箇所目では積み重なった瓦礫をどかすのに四苦八苦、三箇所目では軍に追い回され、誤魔化すのに一苦労する羽目になった。
「エツコとホワイトから通信が入ってくるたびに、うわあ、また何かあったんかな……って、ビクビクしちゃうわ。それに比べたら、うちらは相当ラクしてるよね」
 私は作業を一休みして、ケーブル業者のおばさんがくれたエネルギーバーを齧りながら言った。
 端末を弄っていたマイトが、眉間に皺を寄せた。
「シマダさんたちも苦労してるみたいだな。まだしばらく掛かりそうだって」
「民間人の避難はどうなってんの?」
「さあ……要人の護送は結局、軍部がやったらしいぞ。わざわざ俺たちを招集しなくったって、余裕でどうにかなってんじゃねえか。馬鹿にしてんのかよ」
「エレベータが使えないから、民間人は階段を歩いて下まで逃げてるんでしょ? うちのビルだけでも五、六万人住んでるから、まだまだ時間が掛かるだろうね」
「民間人が逃げてる通路を爆破されたら、最悪だな」
「端末でニュース見てみようか?」
「やめろよ、見ないほうが良い。せっかくもう一踏ん張りだってのに、嫌な報道なんか聞いちまったら、やる気も失せちまうよ」
「それもそうだね」
 私は頷いた。
 作業に戻ると、途中でチェから連絡があり、また一箇所爆破されたと告げられた。
『すみませんが、そこも修理をお願いします』
「イタチごっこだな、おい」
 マイトがぼやいたが、しかし私たちに振り分けられていた修理箇所は全て修理し終わったところだったので、追加と聞いても精神的には余裕があった。
 その人影を目にするまでは。

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