目次
1.エアロバイク乗りの日常
1.エアロバイク乗りの日常(1)
1.エアロバイク乗りの日常(2)
1.エアロバイク乗りの日常(3)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(1)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(2)
3.正反対、だから気になる
3.正反対、だから気になる(1)
3.正反対、だから気になる(2)
3.正反対、だから気になる(3)
4.地表
4.地表(1)
4.地表(2)
4.地表(3)
5.平穏な生活
5.平穏な生活(1)
5.平穏な生活(2)
5.平穏な生活(3)
5.平穏な生活(4)
6.ネズミ
6.ネズミ(1)
6.ネズミ(2)
6.ネズミ(3)
6.ネズミ(4)
7.テロリスト
7.テロリスト(1)
7.テロリスト(2)
7.テロリスト(3)
7.テロリスト(4)
7.テロリスト(5)
7.テロリスト(6)
7.テロリスト(7)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(1)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(2)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(3)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(4)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(5)
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5.平穏な生活(4)

 私たちは中階層を通り過ぎ、低階層上部にあるレストランバーへと入った。私たち二人の財布では、この辺りの階層が妥当なところだ。
 それぞれビールを注文、それから私は蛸のカルパッチョとジェノベーゼのパスタ、ホワイトはフライドポテトと牛肉のステーキを注文した。大衆的なレストランバーで、メニューは節操がない代わりに、値段も安価で気取り気もない。仕事帰りのツナギ姿でも躊躇なく入れる雰囲気で、私とホワイトはよくこの店を利用していたが、ティムと出会ってからはあまり会社の人間と飲み歩くこともなくなったので来るのは久しぶりだった。
「ッぱー、やっぱ仕事の後のビールは美味い! 一口目がサイコーですね」
 一気にジョッキのほとんどを飲み干して、ホワイトは口周りを泡だらけにしている。私は横目でホワイトを睨んだ。
「良く言うよ……ミーティング中なんて、ずっと寝てたくせにさ」
「まあ、寝起きの一杯も美味いっすよね」
「ほんっと調子良いんだから」
 ジョッキを持つ腕の肘でホワイトを小突いた。
「しっかしあんたの言った通り、ネズミ型っていうの? あんなんだったわね。疑ってゴメンね」
「いやぁ、疑いが晴れれば別に良いんすけど。結局、以前ロンカさんが見てギャーギャー騒いでたアレも、今回のマシンだったんでしょうね」
 居眠りをしていたホワイトであったが、一応課長の話も聞いていたようだ。
「そうね、多分」
「動き、随分素早いですよね。音もなかったし、気持ち悪いマシンだなぁ」
「それだけ高性能ってことなんじゃないの。あんなマシンを開発しちゃうのって、一体どんな泥棒なんだろ」
「明らかに個人の窃盗じゃないっていうか、組織ぐるみのニオイがするっていうか」
「どっかのマフィアとか?」
「充分あり得ますよ。電気代、バカみたいに高いですから。いっぱい盗んで、電力公社よりもちょっと安く販売するだけでも充分稼げますよ、きっと」
 ウェイターが料理の皿を運んできたので、会話は一時中断した。社の内部情報を外部へ漏洩することは極力避ける。私たちはそれを思い出し、それ以降は声のトーンを若干低くして、食事の合間に額を寄せ合うようにして喋った。
「それにしても、専用のマシンまで開発しちゃうっていうのは凄いっすよね。随分手が込んでますよ」
「うん……いくら業者専門の入り口で厳重にセキュリティ掛けてもさ、入ってくる奴は入ってきて電気盗んでくでしょ。スラム階層なんて、いつも酷いもん。ただ今回抜かれてるポイントは――さっき、ちゃんと聞いてた?」
「んー、寝てたんであんまり」
「うん。何かね、通常の電気ドロはさ、入り口近くの整備版に簡易コード繋いで盗んでくじゃんか。蓄電機持ってきてさ。でもね、今回のはすっごい奥まで入り込んで来ているのよ。で、電力回路の分岐点で込み入っている部分を選んで、蚤みたいにくっ付いてチューチュー吸い続けるわけよ。気付かれる寸前までね」
「そりゃ、発覚が遅れますね。タチが悪いや」
 ゴムみたいなステーキにナイフを突き刺しながら、ホワイトが唸った。
「面倒ですね、さっさと捕まってくれれば良いのに。いくら調査だミーティングだって繰り返し残業しても、俺らに残業代なんて払われないんですから、迷惑ですよぅ」
「いつまで続くのかしら」
 私は頬杖ついた。
 仕事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
 でも、だからと言ってそれでティムとの時間を減らされるのはやりきれない。仕事とティムとどちらか選べと言われたら、難しいけれど今の私ならきっとティムを選んでしまうだろう。
 以前は恋人と仕事を秤にかけて恋人を選ぶなんてあり得ない、と思っていた。恋なんて一時の下らない夢でしかないと、そう思っていたのに。
 人間変われば変わるものだ。
 両立できれば一番なのだけれど……。
 端末の着信音が鳴った。表示はティム。
「はい、もしもし」
『今どこ?』
「低階層。ウエボってバー、分かる?」
『赤い看板のでっかいトコ? 知ってる知ってる。あー、じゃあ丁度良いや』
「何が?」
『俺ね、今近くにいるんだ。クライアントに呼びつけられて出てきたんだけど、それが低階層近くで』
「え、そうなの?」
『だからそっちに合流するわ。十五分くらいで着くと思う』
「分かった、待ってるね。何か注文しとこうか?」
『ツマミだけで良いよ、軽いやつ』
「うん」
 私は通信を切った。
 ティムは十五分も掛からないでやって来た。私はティムのために、オリーブのアンチョビ詰めと、ローストビーフのサラダをオーダーしておいた。
「あ、美味そう」
 ティムは手を擦り合わせながら着席し、すかさずウェイターにビールを注文。私とホワイトもビールを追加して、三人で乾杯し直した。
「こんな夜遅くに呼びつけないで欲しいよな。デザイナーってさ、宵っ張りだと思われてるから、例え0時回ってたって、いきなり電話掛けてこられたりね。ったく、良識のないクライアントに合わせるのってダルいな。まあ、仕事だから仕方ないけどさ……」
 ぼやくティム。噛み締めるように、ホワイトが頷いた。
「お互い大変っすね。俺らもサービス残業ばっかっすよ」
「ロンカも、前はさっさと帰って来れたのにね」
 ティムが私の肩に手を置いた。私はティムの手の上に自分の手を重ねた。
「ね。私だって、もっと早く帰りたいわよ」
「あーもう、イチャイチャ禁止! 家帰ってからやって下さい」
 ホワイトが口をひん曲げるので、私とティムは顔を見合わせて苦笑いした。
 結局、私たちは一時近くまでバーにいた。私とホワイトはアルコール分解薬を飲んでからエアロバイクに跨った。
「ロンカさん、途中まで一緒に帰りましょう」
「うん……ん?」
 私はそこで、はっと気付いた。
「やっば、明日までに纏めなきゃならない報告書、会社に忘れてきちゃった!」
「えーっ、何やってんすか」
「だって! あんなミーティング、突然やるから……イヤだぁ、取りに戻らなきゃ」
「じゃあ、今日は寝ないで仕事っすか?」
「一時間もあれば終わるでしょ。徹夜なんて絶対嫌よ。体力が持たないわ」
 それにしたって、ここから会社に戻るのは面倒臭い。私は背後のティムを振り返って尋ねた。
「どうする? 私、一回会社に戻らなきゃならないから、エレベータで先に帰ってても良いよ」
「いや、一緒に行くよ。夜のドライブは気持ち良い」
 それを聞いて私は少し嬉しくなった。些細なことだけれど、一人よりも二人の道中の方が、ちょっとは気が晴れる。
「じゃあ、俺はここで。ロンカさん、また明日!」
 ホワイトがエンジンをふかす。私は手を振った。
 アルコールが抜けた身体は、夜風を受けて若干ひんやりする。ティムの腕が回る腰の辺りだけ心地良く温かかった。
「綺麗だなぁ。この中に人間が住んでいるなんて思えないや」
 ティムがビル群を眺めて呟く。
「まるで、機械だけが動いている世界みたいだ」
「ほんとね」
 ピットにエアロバイクを停め、事務所のドアを開ける。事務所のカードキィは整備課の全員が一枚ずつ所持している。カードキィの他に指紋、声紋、虹彩チェックが必要だが、これは点検ポイントへ入るための業者専門の入り口と同じ機械だ。EE社のありとあらゆる施設にはこれらが標準装備されていて、酷いときには立て続けに何度もチェックを受けなければならないので、社員としては非常に面倒だ。
 事務所内に入って照明をつける。本当は部外者立ち入り禁止なのだが、真っ暗なピットにティムを一人で待たせておくのも悪いので、一緒に来るように促した。
 自分のデスクの引き出しから書類の束を取り出す。
「面倒くさ……」
 低い声で呟きティムを振り返った。
「さ、帰りましょ」
「早いな」
「だって、書類を取りに来ただけだもん。――私、ちょっとトイレに寄って来るから、コレ持っててよ」
「分かった。戸締りしとこうか?」
「じゃあ、お願いしようかな。締めるのは、カードキィだけで大丈夫だから」
 ティムにカードキィを渡してトイレへ向かう。アルコールを飲んだ後はトイレが近くなって困る。飲み始めてから今に至るまでのたった二時間の間に、私は三回もトイレへ行っている。
 ツナギの腿で手を拭きながら戻ってくると、ティムは既にエアロバイクの後部シートに跨って私を待っていた。
「さーて、報告書まとめなきゃ。頑張るぞっと」
 勇んでティムに宣言したものの、疲れ果てていた私はティムにつられてベッドへ寝転がってしまい、結局報告書をまとめ終えたのは、翌日社に出勤してからのことだった。 もちろん課長には怒鳴られ、隣の席のシンディには白けた視線を向けられる羽目になった。

6.ネズミ(1)

 マウス型の小型盗電マシンは、通称「ネズミ」と呼ばれるようになった。
 その呼称が一気に世間に広まったのは、ショッキングな事件のせいだった。
 当初、それはただの盗電装置だと思われていた。だからポリスはそれを回収した後、外部から分かる範囲のデータだけ軽く取って、解体して内部を調査する前に、今度は一般の鑑識に持ち込んで指紋を採取していた。それをいよいよ機械専門の鑑識部署へ持ち込もうとした時に、事は起きた。
 ポリスマンの一人がそれを手に持った瞬間、爆発したのだ。
 オフィスは大破、マウスを手にしたポリスマンは当然、他にも十数名の死傷者が出た。
 事件が起きたのは朝だった。今回の事件は盗電マシンが発見された時とは違い、これだけの事故なので当然のことではあるが、すぐに大々的にメディアに報道された。
 私たちは普段の出勤時間より二時間早い午前七時、課長からの着信で叩き起こされ、まだ半開きの目を擦りつつ緊急ミーティングの席に着かされた。しかし眠っていた脳がようやく睡魔から解き放たれ、事の重大さを各々が認識し始めるのと比例して、会議室に並んだ整備課チーム全員の表情は明らかに青ざめていった。無表情なシンディ以外は。
 課長は早口に、もし点検整備中にネズミを発見した時の対処法を、社の上層部から送られてきた書類を元に私たちへ伝えた。
「見つけても絶対に触るんじゃないぞ。すぐに私か№1に報告だ。なるべく早いうちにポリスの爆弾処理班が来ることになっているから、お前らはそれまでネズミが逃げないように見張り、現場を保存すること」
「保存ったって、見張ってるうちに爆発する可能性だってあるんじゃねえのか」
 マイトが文句を言うと、課長はむすっと口を曲げ、頬の肉をブルドックのように垂らした。
「大丈夫だ。ポリスマンはな、衝撃を与えたから爆発したのだ……多分」
「ホントかよ」
 私たちはどよめいた。命に関わることなのだから、適当に済ませないで欲しい。
 それなのに、課長はそれ以上私たちに喋らせまいとするかのように、
「ああ、それから№6は今日から事務所にて事務作業をするように。ではミーティング終了!」
と早口に叫んで、会議室から逃げ出してしまった。
「都合が悪くなると、すぐにコレよ」
 エツコが憤怒して書類を長机に叩き付けた。
「っざけんじゃないわよ!」
 チェが書類を手の甲でパンパン、と軽く叩いた。穏やかな彼ですら、苛立ちを隠しきれない様子だった。
「この内容、我々に、玉砕覚悟で仕事しろと宣告してきているようなもんですよ」
「俺らァ軍隊じゃねえんだ。上官の命令に絶対服従なんてしてられっかよ」
 シマダは小声で言った。外の課長に聞こえないように。
「良いか、お前ら。死にたくなけりゃ、もしネズミを見つけちまった時には、速攻で退散だ。退散しながら俺に連絡すれば良い。そしたら俺は、課長を通さずポリスへ連絡する。ぶっちゃけ、そんだけで充分だろ。俺らが命張って会社様に奉仕しなきゃならねえ道理はねェぜ」
「上層部は、情報はもちろんどこよりも先に把握したがるだろうし、できることなら何事か起きた時、外部に情報を漏らさず内部で処理したがるでしょうけどね。うちのビル、セントラルの超高層ビルの中でも初期に立てられたものですから、安全対策も現行の法律で規定されているものより、ずっと杜撰ですし。バレたら市民からクレームの嵐ですよ」
 チェが肩を竦めて言うと、ホワイトがうへぇ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ってことは、会社の言うこと聞かなかったら、良くて減給、悪けりゃクビじゃないっすか」
 マイトが呆れて言う。
「馬鹿、死ぬのとクビになるのと、どっちのがマシだっての」
「あーもう、転職しようかな……努力が報われない職場だわ」
 エツコが頭を抱え込んだ。私も同感だった。

6.ネズミ(2)

 だが、おっかなびっくりで日々の点検作業に精を出す私たちの前に、ネズミは中々姿を現さなかった。
 相変わらず、第三雑居ビルのそこここで盗電事件は起きていたが、私たちが盗電ポイントに近付いたときにはいつも、既にネズミは行方を眩ませた後だった。
 そんな追いかけっこが一週間ほど続いた、とある日。
 昼食まで残り一時間、空腹を抱えて点検作業をしていた私とホワイトは、シマダからの通信を受けて驚いた。シマダにしては珍しく、端末越しにも分かるほど切羽詰った声であったためだ。
『おい! お前ら、今どこにいる?』
「え? 上階層一七八二階ですけど……」
 端末を握るホワイトが、きょとんと目を丸めて私を見た。私は首を傾げてホワイトに尋ねる。
「どうしたの?」
「いやあ、何か、シマダさんが」
『そっちの電力、どうなってる?』
「へ? どうなってるって?」
『測定中じゃねェのか』
「はい、測定中です」
『だったら確認してみろ』
「急に何だってんですかァ? ええ、別に今のところは――あっ」
 突然、測定機の針がグンと下がった。私とホワイトが雁首を並べて見守る中、面白いほど急激に、それはゼロに限りなく近い数値にまで減少していった。
「あーららららら―――――――……何だこれ。電力、なくなっちゃった」
『そっから出てみろ。街は停電で大騒ぎだ』
 慌てて壁の内側から街に飛び出すと、そこは果たして、悲鳴と足音がごった返す混乱のど真ん中だった。
「この騒ぎは、一体……」
『一気になくなったんだよ、電力がこのビル全体からな。明らかに異常事態だってのに、お上からもEEからも何の通達もないもんだから、市民がパニックになっちまってる』
 シマダが言った。
 割り込み通信が入り、エツコの声がキンキン響く。
『どうしよう! ネズミ、発見しちゃったんだけど』
『馬鹿、どうしようじゃなくて逃げろっつったろ! モタモタしてねえで、さっさとそこから離れろ!』
『分かってる、分かってるけど……』
 エツコの声が半泣きだ。初めて聞いた彼女の弱々しい声色を聞いて、私はようやく、今現在このビルが非常事態の真っ只中に陥っているのだと思い知った。
 エツコから通信を奪い取ったマイトが、シマダに告げる。
『シマダさん、こっちは大丈夫だ。ちゃんと逃げるよ』
『おう、マイト。エツコを頼むぞ』
「私とホワイトは、どうしたら良い?」
 私が言い終わるか終わらないかのその瞬間だった。
 ゴウン……!
 轟音。
 そして振動。
 床、壁、そしてガラス、私たちの周囲にあるもの全てが、ビリビリと激しく震えた。
 人々の悲鳴とどよめきがワッと沸き起こる。
「何?」
「ロンカさぁん!」
 ホワイトが泣き顔になって私に飛び付いてきた。私はブルブル震えている軟弱なホワイトを押し退けて、目を凝らし耳を澄まして周囲を観察する。天井からパラパラと埃や 何かの破片みたいなものが落ちてくる。私は腰砕けになっているホワイトを引き摺るようにして、壁の内側に戻った。
「シマダさん、これ何?」
『デカいな……マイト、そっちもか?』
『そっちもこっちもないっすよ。右も左も……うわッ!』
『どうした!?』
『お、俺らの近く、どっかで何か……うぇ、ゲホッ、ゲホッ……』
 マイトが激しく咳き込んでいる。エツコの端末の通信が一端途切れ、再び割り込み通信が入った。
『すんません、電波、悪いっぽいっす。こっち、これ多分、爆発っすよ! 凄い粉塵で、何も見えねェや』
『きっとネズミよ!』
 エツコが叫んだ。私とホワイトは、顔面蒼白で顔を見合わせた。
『お前ら、まだ近くにネズミがあるんだろ? くっ喋ってねぇで、さっさと逃げろ!』
 シマダがエツコを叱咤した。大声で続くやり取りに、鼓膜がビリビリ震えて耳が痒くなった。
「二人とも、早く逃げて!」
 私まで我を忘れて端末に向かって叫んだ。
『言われなくたってそうするよ。通信、一端終了!』
 マイトはそう言って、割り込み通信を切った。
 私たちは事の深刻さについて行けず、途方に暮れて立ち尽くした。
『……カ、ロンカ、ホワイト、聞いてるか?』
 シマダに呼ばれ、二人揃って我に返る。
「は、はい!」
『お前らも一時撤退だ。一端、ガレージに戻って来い。今後の対策を練り直すぞ』
「了解」
 私は通信を切り、ホワイトを見た。ホワイトは表情を強張らせ、私を見つめ返す。
「聞いてたでしょ。撤収よ」
 私は指示を出し、足元に散らばった工具類を手早く纏めた。
 ゴウン……!
 またどこかで鈍い音が響いた。今度の衝撃は弱い。かなり遠くの階層だろう。
「早く、行きましょう」
 爆発音に急かされたのか、点検ポイントの入り口で、ケーブルの束を肩に巻き付けたホワイトが私を呼んだ。私は慌てて工具箱を引っ提げ、走り出した。
 エアロバイクに跨りEEのガレージに戻る途中、無線でホワイトが叫んだ。
『ロンカさん、あれ見て!』
 私の隣にエアロバイクを併走させて、ホワイトが指差した。その人差し指のずっと先、第三雑居ビルの側面には、まるで虫に食われて腐りかけた草の葉のように、爆発で煤けてぽっかりと穴の開いた箇所があった。直径十数メートルはあるだろうか。
『あんなデカい穴が……』
「急ぐわよ」
 私はエアロバイクのエンジンをふかし、スピードを上げてガレージを目指した。

6.ネズミ(3)

 ピットに到着すると、既に№3、4の駐車ラインにエアロバイクが停まっていて、それを確認した私は少しほっとした。更に視線を移動させると、ピット端のドリンクの自 販機脇に立つマイトと、その隣で両膝の間に頭を落として座り込むエツコの姿が見えた。
 停車する間ももどかしく、私はエアロバイクからピットの床に飛び降りた。床をガンガン鳴らして、マイトとエツコに走り寄った。
「着いてるなら連絡してよ! 心配するじゃない」
「――あっ、悪い。うっかりしてた」
 マイトがばつの悪そうな表情で舌を打った。一見落ち着いた様子のマイトでさえ、どうやら気が動転しているようだ。私の声に反応し、エツコが顔を上げる。弱気に歪んだ彼女の顔は、知らない他人のように思えた。
「ロンカぁ……もう私、びっくりしちゃってさァ、情けないったらないわ」
 私はエツコに手を差し伸ばす。エツコは私の手に捕まって力なく立ち上がり、胸を押さえて息苦しそうに何度も大きく呼吸した。
「はぁ、死ぬかと思った。テンパッちゃってさ……」
「無事で良かった。見つけたネズミは?」
「位置データだけシマダさんに送った。シマダさん、ポリスと上層部に転送してくれたはず」
「課長は?」
「この騒ぎで本部に行ってるっぽい。待機してろって連絡が来たけど、それだけ」
「じゃあ、俺らはとりあえず、シマダさんとチェさんを待つしかないってことっすね」
 ホワイトがマイトの隣の壁に身体をもたせ掛けて言った。
「シマダさんからさ、さっき運転中に着信があったんだけど、とる前に切れちゃって、その後何度こっちからかけても繋がらないのよね。電波障害が酷いのかしら」
 エツコが首を傾げて言う。
 私は腕時計を見た。シマダたちの今日の担当箇所は上階層上部だから、戻ってくるのにはエアロバイクでも時間が掛かる。だが、それにしたってそろそろ到着しても良い頃だ。
 全員が揃ったら、おそらく彼らが良策を立ててくれることだろう。第三雑居ビル電気系統整備課のブレーンは、課長でもEE社の上層部でもなく、実質上彼ら二人だ。現場を知らないお偉方には、現場のことなど理解できない。
 ゴウン……。
 また振動。
 足の裏から床の鉄板を通して震えが伝わってくる。
「何発目よ、コレ」
 エツコが天井を見上げる。
「どこら辺かしら」
「ずっと上だな」
 マイトが呟いた。
 事務所への扉が開いた。課長が戻ってきたのかと思い、視線を向ける。しかし出てきたのは課長ではなくシンディだった。
「シンディ、課長は?」
「さあ。事務所には、まだ連絡は来ていません」
「そう」
「ああ、でもシマダさんからは、連絡がありました」
「え? いつ?」
「十五分ほど前です」
 十五分前と言えば、通信を切った直後ぐらいだろうか。
「シマダさん、何だって?」
「テロリストに狙撃されたそうです」
 シンディは何食わぬ表情で言った。まるで簡単な事務報告でもするかのように。
 私たち四人は唖然として、コントみたいに揃ってぽかんと口を開けた。
 シンディの口調と会話の内容にあまりにもギャップがあり過ぎて、それが脳の正常な働きを阻害しているかのようだった。
「――どういうこと? テロリストって?」
「さあ。言葉の通りなんじゃないですか。チェさんは人質に取られていて、シマダさんはちょっと怪我をしたらしいですけど」
「どうして言わねえんだよ! お前、ずっと事務所にいて俺らが帰ってきたのも知ってたんだろ?」
 マイトがシンディに怒鳴った。シンディはちょっと目を丸めて、しかし怒鳴られたことが余程不服だったのか、剣のある目つきでマイトを睨んだ。
「課長には、既に報告しました」
「そういう問題じゃねえよ。普通はよぅ、課の人間全員に連絡するだろ」
「必要ないと判断しました。私たちが騒ぎ立てても、どうしようもないですよ。最早ここまできたら、完全にうちの課の業務外ですし、後はポリスと本社に任せるべきです」
「じゃあ、何もしないでほっとけって言うんか」
「さっきの、シマダさんからの一瞬の着信……きっと、その報告をしようとしていたんだわ。電波障害とばかり思っていたけれど、もしかしたらシマダさんの端末、壊れてんのかも」
 エツコが唇を噛んだ。
「っていうか、チェはその後どうなったの?」
 私は尋ねた。シンディはむっとして、明後日の方を見たまま答えた。
「さあ、知りません」
「確認とってないの?」
「私の仕事ではありませんから」
「ありえないんだけど」
 私は失望して首を横に振った。
「仲間が窮地に陥ってんのに、何でそんなに悠長に構えてんのよ」
「だから、何度も言わせないで下さい。騒ぎ立てても、意味なんてないんですよ」
「さっ、騒ぎ立ててって、そういう言い方ないでしょ!」
「私たちの仕事ではないものに首を突っ込んだって、仕方がないじゃないですか」
「仕事仕事って、これはもう仕事云々じゃないわよ。どうせ課長に任せておいたって、課長は本社かポリスに丸投げするだけだろうし、これだけの大騒ぎの中、シマダさんたちのところへ救助が向かうまでに、どんだけ時間が掛かるかなんて明白でしょう。その間に、シマダさんたちに何かあったらどうすんのよ! 私たち以外に、どうにかできる人間なんていないのよ、誰も助けてくれないのよ!」
「おい、カッカすんなってば。シンディ、最後に連絡が来たときの、シマダさんの端末位置を教えろよ」
 マイトがシンディに詰め寄った。
「……」
 シンディは頑なに口を一文字に結んでマイトを睨んでいた。しかしマイトが凄んで身を乗り出すと、顔を強張らせて渋々口を開いた。
「――上階層一八六六階、R-一三二ポイント付近ですが」
 マイトは返事の代わりに鼻を鳴らし、くるりと踵を返した。
「どんな状況だか分かんねぇけど、怪我してるってんなら、さっさと救助に行ってやらねえとな。エツコ、お前も来い」
「分かった」
「ロンカとホワイトはここで待機だ。二人から連絡があったら、すぐに俺たちにも通信を回せ」
「了解」
「それから、もしテロリストって奴らの方から連絡があったら、それもこっちに回せよ。ロンカ――電話口で頭に来ても、絶対に喧嘩吹っ掛けたりすんなよ、仲間の命掛かってんだから」
「そんなことしないわよ」
 私は溜息をついた。
 動悸が激しい。
 どうなってしまうのだろう。
 ……こういう時こそ落ち着いて。
 最善の行動を見極めないと。
「よし。じゃあ俺、元素銃の調整機、取ってくるわ。――銃のパワーレベル、いつもより三段階ぐらい上げてった方が良いよな?」
「まあ……そうね、レベル8にしときましょ。非常事態だし」
 マイトがエツコと相談している。エベル8と聞いて、私は改めて緊張した。
 私たちの課の人間が標準装備している元素銃の威力は、通常なら例え対象にヒットしても、軽い怪我を負わせる程度に絞られている。相手を威嚇して、一時的に怯ませることができればそれで充分だからだ。
 レベル8は、最高レベルだった。そこまで引き上げなければならないということは、つまり今がそれだけ危険な状況だということだ。撃てば、当たれば、相手が死ぬかもしれない。しかしそれすら仕方がないという状況。
「ロンカ、ホワイト、お前らも8に上げとけよ。いつでも動けるように、準備しとけ」
「……了解」

6.ネズミ(4)

 マイトは事務所の中へ入っていった。後に残された私たちは、重苦しい気分で口を閉ざしていた。エツコは煙草を口に咥えたが、中々火のつかないライターに苛立っている。ホワイトは眉間に皺を寄せ、自分のブーツの爪先をひたすら睨んでいた。私はと言えば、気分が全く落ち着かず、強張った身体を解すため無駄に屈伸ばかりしていた。
 身体が伸び上がった瞬間に、いつの間にかガレージの端に移動していたシンディの姿が目に入った。
 シンディはいつものように一人壁際に座り込み、眼鏡を光らせて漫画を読んでいた。
 ――何?
 何なの、アイツ?
 カッと頭に血が上る。
 一直線に歩いて行って、シンディの読んでいた漫画本を叩き落した。
「何やってんのよ」
 シンディは掴む対象を奪われた手先から視線を上げ、私を睨んだ。
「何って……特に今、私がするべき仕事はありませんし、いつものように待機しているだけですが、それが何か?」
「漫画なんて読んでる場合じゃねーだろっつってんのよ! さっきから爆発はボンボコ続いてるわ、シマダさんとチェが危ないわって時に、よりによって漫画? ……ちょっとは空気読めよ!」
 激昂する私とは対照的に、シンディはいつもの無表情。相変わらず感情の篭らない低いトーンの声で呟いた。
「――私には、関係ありませんから」
 関係ない?
 その言葉を聞いた私は激昂して、思わず手を振り上げた。
 もう止められなかった。
「止めな、ロンカ!」
 エツコが叫んだけれど、私の腕は止まらなかった。宙を斜めに切って、掌がシンディの肉付きの良い頬を打った。
 パツーン、と甲高い音がガレージ内に響いた。直後、シンディの眼鏡が床に落ち、鉄の床がカン、と鋭く鳴った。
 私は反射的に落ちた眼鏡を見た。左のレンズが割れている。それを見てようやく、とんでもないことをしてしまったという若干の後ろめたさと後悔の念が沸き起こった。
 しかし後悔はすぐに打ち消された。やはり腹立たしさの方がずっと強かったから。
 だって、そうじゃない。
 人の命が掛かっているのに。
 心の内に燻り続ける不快さを吐き出すように、私はつっけんどんに言った。
「私は、例え大嫌いな人間が死にそうな目に遇っていたとしても助けるわ。関係ないなんて絶対に言わない」
 シンディは目を真ん丸に見開いて、私を直視していた。彼女の頬は徐々に真っ赤に腫れていった。元から肉まんみたいな頬が、私に叩かれた左側だけ更に膨らんだ。
「大嫌いな人間でも助けるんだもの、職場の仲間だったら、自分の命張ってだって助けるわよ。どうして関係ないなんて言えるの? いつも助け合って仕事してきてんのよ。時々は、そりゃあムカつくことだってあるわよ。でも仲間でしょ? そんなに簡単に切り捨てられるもんじゃないわよ!」
 エツコが私とシンディの間に割って入る。
「分かったから落ち着きなさいよ。ダメよ、興奮しちゃ」
「エツコは黙っててよ! だって、だってこんな……あの二人が死んじゃったら、どうすんのよ!」
「まだ死んでないでしょ。だから、私たちで助けに行くのよ。こんなところでゴタゴタしてる場合じゃないでしょうが」
 その通りだ。私はぐっと詰まってエツコを見た。エツコも強張った表情をしていたが、口元を少し緩めて私に微笑んでくれた。
「大丈夫だからね、ロンカ? さあ、落ち着いて」
「……ごめん」
 私は頷いた。気が昂り過ぎて、泣き出してしまいそうだった。
 その時、私たちのオンボロなエアロバイクのものとは全く違う、お上品で静かな高級エアロカーのエンジン音がピットにゆっくりと降りてきた。それは毎日シンディを送迎しに来る、黒塗りのエアロカーだった。
 ピットに着地するとすぐに、中からスーツ姿の運転手が現れてシンディの傍へ立った。運転手は赤くなったシンディの頬を見て驚いたように口を開きかけたが、何も言わなかった。シンディに仕える彼はシンディと同じように、自分の仕事外のことは一切しないように教育されているのだろう。
「シンディ様。ご両親からお迎えに上がるようにと」
「……」
「ご両親は、既に避難する準備を整えてございます。停電により空気循環システムが停止しておりますので、一刻も早く外部に脱出しませんと、危険な状態でございます」
「えっ、マジで?」
 エツコが詰め寄ると、運転手は若干身を引いて、嫌そうな表情を浮かべつつ頷いた。
「は、はい。酸素が薄くなり、中階層から低階層にかけての避難民が集中しているエリアは大騒動になっているようです」
「うえぇ~、やっばいじゃんか!」
「さあ、シンディ様。お急ぎください」
 運転手は一刻も早くこの場から立ち去りたくて仕方がない様子でシンディを促した。しかしシンディは壁のように突っ立ったまま動こうとしない。私に叩かれた瞬間の姿勢のまま、立ち尽くしていた。
そこへ元素銃の調整機を手にしたマイトが戻ってきた。
「――どうした? 何騒いでんだ」
「いや、それが……あっちで話しましょ」
 首を傾げるマイトと青ざめたホワイトの袖を引いて、エツコがピットの脇へと連れて行った。残された私は、それでも意固地になってシンディと睨み合っていたが、エツコの言う通り、こんなことをしている場合ではないと気持ちを切り替えた。
 出発の準備を始めたエツコたちをサポートしようと、シンディに背を向ける。背中越しに、私は吐き捨てるように言った。
「行くならさっさと行っちまいなよ!」
「……ロンカさん」
 シンディが私の名を呼んだ。
「何?」
 相変わらずカッカしたまま、私は再びシンディに向き直り怒鳴り返した。シンディは私の勢いに怯んだが、おちょぼ口をもごもごさせて言った。
「……もし、私がチェさんのような目に遭っていたら……シノダさんのように怪我をしたら、それでも助けに来てくれるんですか?」
 シンディは割れた眼鏡を拾い上げつつ尋ねた。不意打ちの質問に、私は一瞬返事に窮したが、大きな声で答えた。
「当たり前でしょ! 私はあんたが大ッ嫌いだけど、それでも間違いなく、助けに行くわよ」
 シンディの無表情が少しだけ歪んだ。小鼻がぴくりと動いて、彼女の目がじわりと潤んだような気がした。
「……そうですか」
「それが何よ」
 シンディは俯いた。
「いえ……」
「は?」
「すみません、失礼します」
 シンディは、くるりと踵を返して運転手が待つエンリコ・エレキテル重役専用車へと乗り込んでしまった。
 ……何言ってんだ、あのデブ。
 私は呆気に取られて、シンディの広くて丸い背中を見送った。
「ロンカ、あんたの銃も調整するから貸しな」
 いつの間にかエツコがこちらに戻ってきて、私の肩を叩いた。
「うん……ありがと」
 私はもう一度だけシンディに視線を送り、腰の元素銃をホルダーから外した。
「シンディ、泣いてたね」
 遠退いてゆくエアロカーを見送りながら、エツコが呟いた。
「そう? ……っていうか、マジで意味分かんないんだけど、あの子」
 私が鼻から息を漏らしてぼやくと、エツコは肩をちょっと竦めた。
「できる子には、できない子の気持ちが分からないのよね」
「――どういうこと?」
「シンディは人付き合いが苦手なのよ。他人に自分の気持ちを伝えるのも、逆に他人の気持ちを汲み取ることも思うようにできない」
「確実に、空気は読めないわよね。でもさ、分からなきゃ聞けば良いし、分かってもらえてないなら、分かってもらえるまで話し合えば良いだけじゃんか。そんな簡単なことを……」
「だから、それがどうしてもできない人間だって、世の中にはたくさんいるのよ。あんたの定規で全てを測っちゃいけないよ、ロンカ」
「そりゃそうかもしれないけどさ」
「どうしてあの子がこんな職場に入ってきたのか分かる? きっと自分の殻を打ち破りたかったのよ。まあ、結果的に難しかったわけだけど。うーん、ちょっと可哀想なことしたかね」
「ええーっ、ただ単にオタクなミーハー心から、エアロバイクに乗りたいって言って、入ってきたんじゃないの」
「それもあるかもしれないけど、でもきっと、あの子なりに頑張っていた部分もあったはずよ。私らが気付いてあげられなかっただけでさ。なーんて言ってる私だって、ワガママで使えない、太りすぎのお嬢様だとばかり思っていたけどね。ハハハ」
「だって、その通りじゃん。それ以外の何者でもねーわ。頑張ってたって言われても、努力が見えてないんじゃ評価のしようもないしね」
「全くあんたも若いわね。その辛辣な意見ったら。自分のこと棚に上げてさ」
 からかうようなエツコの言葉に、私は思わず赤くなった。
 そうだ。シンディの文句ばかり言ってもいられない。
 私にだって直すべき点はたくさんある。例えば、こうやってすぐに手を上げてしまう暴力的なところ。。他人を傷つけるようなことを、平気で口走ってしまう短絡的な愚かさ。その他色々……挙げ始めたらきりがない。
「でもさ、あれできっとシンディも、何か学べたんじゃないの。この先、ちっとはマシな人生歩めるわよ。きっとね」
「……うん」
 私は去り際のシンディが浮かべた表情を思い出していた。
 多分彼女にとって、あの若干の顔の歪み、それが外に出すことのできる感情の全てだったのだろう。
 結局最後まで、私は彼女の内面に渦巻く感情の波を捉えることができなかった。
 このゴタゴタが落ち着いたら――今度はもう少し諦めないで、シンディとのコミュニケーションを図ってみようかな。
 心の隅の方でそう思ったけれど、結局私が彼女の肉まんみたいな顔を見たのは、その時が最後だった。

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