目次
1.エアロバイク乗りの日常
1.エアロバイク乗りの日常(1)
1.エアロバイク乗りの日常(2)
1.エアロバイク乗りの日常(3)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(1)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(2)
3.正反対、だから気になる
3.正反対、だから気になる(1)
3.正反対、だから気になる(2)
3.正反対、だから気になる(3)
4.地表
4.地表(1)
4.地表(2)
4.地表(3)
5.平穏な生活
5.平穏な生活(1)
5.平穏な生活(2)
5.平穏な生活(3)
5.平穏な生活(4)
6.ネズミ
6.ネズミ(1)
6.ネズミ(2)
6.ネズミ(3)
6.ネズミ(4)
7.テロリスト
7.テロリスト(1)
7.テロリスト(2)
7.テロリスト(3)
7.テロリスト(4)
7.テロリスト(5)
7.テロリスト(6)
7.テロリスト(7)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(1)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(2)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(3)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(4)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(5)
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5.平穏な生活(3)

 私たちはその夜、滅多に使われない会議室に閉じ込められていた。
 時計を見ると午後九時半。退社時間などとっくに過ぎている。
 私は口をだらしなく開けたまま、正面のホワイトボードをバンバン叩いて大袈裟に話し続ける課長の剥げ頭が電灯を反射して光っているのをじっと眺めていた。隣ではホワイトがメモを取るフリをしつつ、実際には机に涎を垂らして居眠りしている。
 シンディ以外の整備課の人間全員が、ここに集められていた。例の如く、シンディだけは特別扱いなので残業せずにさっさと帰ってしまった。
 退社時間になると、毎度黒塗りのピカピカに磨き込まれたエアロカーがシンディを迎えに上階層から参上する。シンディは社内で何が起きようと、例え火事が起きようが水漏れが起きようが殺人事件が起きようが、退社時間になったら絶対に帰ってしまう。
 いつもは何も言わないシマダもとうとう業を煮やしたのか、今日に限ってシンディに対して釘を刺した。
「お前さん、それじゃあいつまでも本物のエアロバイク乗りにはなれねえぞ。チームワークが大事なんだからな」
 だがシンディは反省するでもなく、ちらりとシマダを見て、
「本物ってなんですか?」
 と一言尋ね、運転手がドアを開けて待つエアロカーへ乗り込んでしまった。一同絶句だ。ここまでいくと大したもんだとさえ思う。
 私は今夜、ティムと二人で近頃評判のロシア料理店へディナーを食べに行く予定だった。一週間前に約束して店に予約まで入れて楽しみにしていたというのに、一週間分の期待が残業によってパァになってしまった。
「仕方ないよ、仕事頑張って。家で風呂沸かして待ってるからさ」
 ティムは電話越しに励ましてくれたけれど、私の気分は全く晴れない。
 それもこれも、例の盗電騒ぎのせいだ。
 一体どれほど私たちに負担を掛けようというのだろう。もしも今、目の前に盗電犯が現れたら、絶対にそいつをボコボコの半殺しにしてやる。私の腹の底では、溜まりに溜まった仕事に対するストレスが怒りに姿を変えてとぐろを巻いていた。
 緊急ミーティングは、先日起きたちょっとした事件に関するものだった。
 盗電するための道具が、とうとう発見されたのだ。
 それはまさに、ホワイトや私が見たネズミのような形状のマシンだった。いや、生物としてのネズミとPCのマウス、その中間と言った方が想像しやすいかもしれない。尻尾の代わりに電力コード。目の代わりに暗視スコープと小型ライト。ネズミを特徴付ける大きな耳はないもののしっかりと歯も付いていて、針のような鋭い刃が二本、電力ケーブルの厚いゴム製の表皮を突き破り、中のファイバーから電気を吸い出す仕組みになっていた。
 マシン下部には小さなローラーがたくさんついていたが、しかし実際にそのマシンを動かすのはどうやらそのローラーではなくマシンの尻から伸びるケーブルの方で、蛇の身体を真似て作られたような構造だった。ケーブルをくねらせ、松毬のように重なり合った表皮の溝で地面を引っ掛けて動く仕組みになっているらしい。
 マシンは見た目以上に非常に軽量で、たった直径5センチのケーブルによって楽々に先端のボディを支え前進後退し、大概の障害物をも乗り越えられるというのが調査機関の見解だった。しかしまだ細かい分析は進んでおらず、発表されているのはあまりにも大雑把な鑑識の調査結果のみだった。しかも政府の機関内と、盗電被害に関係のある一部電力会社等にしか公表されておらず、まだ各メディアにその情報は流れていない。
 そんなわけだったので、もちろんEE社内部に流された事件の関連文書にも大した情報は記載されていなかった。実際に一番事件に関わりのあるであろう私たちの課にすら、マシン外部から見て判断できる大体の構造の仕組みが書かれているだけで、実際に動かして測定したデータは記載されていなかった。
 私には鑑識の仕事のペースなど知る由もないので、はっきりしたことは分からないけれど、おそらく表面に付着した繊維や指紋を採取分析するのもまだこれからなのだろうし、あのマウス型マシンに関する完全なデータが公表されるのには、今しばらくの時間を要するだろう。
 発見したのは巡回中のポリスマン。上階層の整備業者用出入り口で深夜に不審者を発見し、職務質問しようとしたところ、不審者は逃亡。余程慌てていたのか、持っていたマシンを取り落とし、そのまま走って行ってしまったらしい。
 課長は盗電マシンの図解と写真をホワイトボードにマグネットで貼り付け、そこにいくつもマルだのバツだのの図形を書き込んでは、唾を飛ばしてがなりまくった。
「良いか、このマシンを見つけたら、即刻取り除き、社に報告するように。付近に電気ドロが潜んでいる可能性もあるからして――」
「見つけたらったって、今まで散々盗まれておいて、一匹も見つからなかったわけじゃねえか。今回はたまたま、泥棒の野郎が落としてったから見つかっただけでよぅ……」
 隣に座るエツコにマイトが耳打ちしている。エツコは欠伸を噛み殺し、目の端に涙を浮かべている。
「そうそう、どーせ見つかりゃしないわよ。遠隔操作で動かしてるんだろうしさ、私らが近寄ったら、速攻で感づいて逃げられちゃうでしょ。深追いするだけ無駄っていうか、そんな得体の知れない犯人追っかけて、危険な目に遇うなんてゴメンだわね」
「こら、№4何をゴチャゴチャ言っとる。全部聞こえとるぞ!」
 課長がエツコを指差した。エツコは口の端に馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「知ってますよぅ。だって、聞こえるように言ったんだもん」
「な、何だと――――――――――ッ」
 私、マイト、チェの三人は、思わず吹き出しそうになって口を押さえた。シマダはさすがに落ち着いたもので、顔を引き攣らせつつもフォローに回る。
「まあまあ……我々は民間人だし、逮捕云々はポリスに任せてですな、補修と点検に徹しましょうや。深追いしても、何も良いこたァありませんぜ。事件に巻き込まれて怪我でもしようもんなら、労災の手続きが面倒だし」
「――まあ、それもそうだがね、シマダさん。いい加減、社の上層部にも苛立ちが募っているわけですよ。それがね、現場の私らに向けられる。上から責められ下から馬鹿にされる、私の身にもなって下さいよ」
 終いには、課長はやってられないとばかりにシマダに愚痴を溢し始めた。シマダは眉を八の字にして苦笑いだ。
「そりゃぁ、課長さんの気苦労はよーっく存じておりますがね。実際危険に晒されるのは上層部のお偉方じゃなくて、俺ら現場の人間ですからな。その辺のところも汲んで、エツコの意見も少し分かってやって下さいよ。課長さん」
「ぐぬぅ……」
 シマダに諭され、課長は口をひん曲げたが、とりあえず黙った。
 課長はホワイトボードに向き直り、更に言葉を続けようとした。しかしそこに貼り出してある資料や書き込まれた文章の全ては、既に何度となく繰り返し説明されたものだったので、課長の粗探しも底を尽きたのか、それ以上何も言い出さなかった。
「この辺でお開きにしちゃどうですかね。皆、課長さんが丁寧に説明してくれたんだからな、明日からはそこら辺、ちゃんと気をつけて仕事に励まにゃならんぜ」
「はーい」
「了解でっす」
 私たちは素直に返答した。シマダの上手い締め方に課長も納得したようで、渋々ながらに解散宣言が出た。
 課長の姿がドアの向こうへ消えるのを確認した途端、溜まっていた疲労がどっとあふれ出て、私は折りたたみ式の長机に突っ伏した。
「課長の話、長過ぎ! シマダさんが上手いこと纏めてくんなかったら、いつまで同じ話繰り返されてたか分かんないし」
「くっだらねェ。盗電犯の捜査なんて、ポリスが勝手にやってろっての。補修だけでもてんてこまいだってのによ」
 マイトもうんざりしたように毒づいた。
「このアホたれどもが」
 シマダが珍しく不機嫌な顔で振り向いた。
「課長をカッカさせてどうする。ますます会議が長引くだけだろ」
「すんませーん、つい……」
 エツコが頭を掻いて苦笑する。
「俺ァ今夜、女房を映画に連れて行く約束になってんだ。さっさと帰らねェと、また不機嫌になられちまう」
 シマダはやれやれ、と首を振り筆記用具を片付ける。
「課長にも困ったもんさなぁ。上から責められるっちゅうのは可哀想なもんだが、だからといって俺らにどうにかしろっつったって、そりゃ無茶さ」
「でしょォ? そーいうのはポリスの管轄じゃない。私らは整備工なのよ。大体、今の時点で仕事量パンパンなのに、この先更に増やされたら……無理無理! そうなったらボイコットね、ボイコット」
「せめて、残業代か特別手当でも出してもらえりゃ良いんですがね」
 課長が書きっ放しで帰ってしまったホワイトボードを掃除しながら、チェがぼやいた。
 マイトが皮肉に笑って立ち上がる。
「そりゃないわな。絶対に」
「ですよねぇ」
「さーて、帰ろ帰ろ」
 シマダを筆頭に、私とまだ居眠りをしているホワイト以外の全員が会議室から出て行った。私は下っ端なので、使い終わった折り畳みの椅子と長机を片付けるという使命を負っている。椅子を全て壁際に寄せたところで、シマダたちのエアロバイクのエンジン音が遠退いてゆくのが聞こえた。
「ホワイト。もういい加減起きなさいってば」
 私が肩を揺すって起こすと、ホワイトはやっと目を覚まし、寝ぼけ眼で涎を拭きながら顔を上げた。
「んん……あれ、皆は?」
「とっくの昔に帰ったわよ。椅子、私が全部片付けたんだからね。机はあんたがやりなさいよ」
「えーっ、机の方がはるかに面倒じゃないっすか。冷たいこと言わずに手伝って下さいよぅ」
「嫌よ」
 私は壁際にもたれ掛かり腕組みをして、ホワイトを見張るように立った。ホワイトはまだ眠たそうで、ぶすぶす愚図りながら机を片付け始めた。会議室の青白い照明のせいで、モヤシみたいなホワイトの顔色は、尚のこと不健康そうに見えた。
「あ~しんどい。しんど過ぎる。昼間の仕事だけでもキツいってのに、何だって残業代なしでこんなに残らなきゃなんないんだ……」
「あんただけじゃないのよ、文句言わないの。私なんて、ティムとディナーの約束がパァよ。くっそー、腹減ったなぁ」
「帰りに一杯引っ掛けてきません? メシもまだだし、何かもう飲まなきゃやってらんないっていうか」
「う~ん……でも、ティムが待ってるしなぁ」
「いいじゃないっすか。どうせティムさんメシ食っちゃってますよ、だってもう十時ですもん」
 私はホワイトにせがまれて、仕方なくティムに電話を掛ける。
「あのさぁ、今終わったんだけど、ホワイトが軽く飲んで帰ろうって言うのよね」
『いいんじゃない? 俺もうメシ食ったし、ロンカも外で食ってきなよ』
「うん、でも……今日うちにいる? 待っててくれる?」
 ティムは笑った。
『もちろん待ってるよ。起きてるから』
「十二時前には帰るから」
『ああ。ホワイト君によろしくね』
 私が携帯を切ると、すかさず肩越しにホワイトが茶化してきた。
「ロンカさん、甘えん坊キャラっすか。キモ……」
「うるっさい!」
 私はホワイトの頭に拳骨を落とした。

5.平穏な生活(4)

 私たちは中階層を通り過ぎ、低階層上部にあるレストランバーへと入った。私たち二人の財布では、この辺りの階層が妥当なところだ。
 それぞれビールを注文、それから私は蛸のカルパッチョとジェノベーゼのパスタ、ホワイトはフライドポテトと牛肉のステーキを注文した。大衆的なレストランバーで、メニューは節操がない代わりに、値段も安価で気取り気もない。仕事帰りのツナギ姿でも躊躇なく入れる雰囲気で、私とホワイトはよくこの店を利用していたが、ティムと出会ってからはあまり会社の人間と飲み歩くこともなくなったので来るのは久しぶりだった。
「ッぱー、やっぱ仕事の後のビールは美味い! 一口目がサイコーですね」
 一気にジョッキのほとんどを飲み干して、ホワイトは口周りを泡だらけにしている。私は横目でホワイトを睨んだ。
「良く言うよ……ミーティング中なんて、ずっと寝てたくせにさ」
「まあ、寝起きの一杯も美味いっすよね」
「ほんっと調子良いんだから」
 ジョッキを持つ腕の肘でホワイトを小突いた。
「しっかしあんたの言った通り、ネズミ型っていうの? あんなんだったわね。疑ってゴメンね」
「いやぁ、疑いが晴れれば別に良いんすけど。結局、以前ロンカさんが見てギャーギャー騒いでたアレも、今回のマシンだったんでしょうね」
 居眠りをしていたホワイトであったが、一応課長の話も聞いていたようだ。
「そうね、多分」
「動き、随分素早いですよね。音もなかったし、気持ち悪いマシンだなぁ」
「それだけ高性能ってことなんじゃないの。あんなマシンを開発しちゃうのって、一体どんな泥棒なんだろ」
「明らかに個人の窃盗じゃないっていうか、組織ぐるみのニオイがするっていうか」
「どっかのマフィアとか?」
「充分あり得ますよ。電気代、バカみたいに高いですから。いっぱい盗んで、電力公社よりもちょっと安く販売するだけでも充分稼げますよ、きっと」
 ウェイターが料理の皿を運んできたので、会話は一時中断した。社の内部情報を外部へ漏洩することは極力避ける。私たちはそれを思い出し、それ以降は声のトーンを若干低くして、食事の合間に額を寄せ合うようにして喋った。
「それにしても、専用のマシンまで開発しちゃうっていうのは凄いっすよね。随分手が込んでますよ」
「うん……いくら業者専門の入り口で厳重にセキュリティ掛けてもさ、入ってくる奴は入ってきて電気盗んでくでしょ。スラム階層なんて、いつも酷いもん。ただ今回抜かれてるポイントは――さっき、ちゃんと聞いてた?」
「んー、寝てたんであんまり」
「うん。何かね、通常の電気ドロはさ、入り口近くの整備版に簡易コード繋いで盗んでくじゃんか。蓄電機持ってきてさ。でもね、今回のはすっごい奥まで入り込んで来ているのよ。で、電力回路の分岐点で込み入っている部分を選んで、蚤みたいにくっ付いてチューチュー吸い続けるわけよ。気付かれる寸前までね」
「そりゃ、発覚が遅れますね。タチが悪いや」
 ゴムみたいなステーキにナイフを突き刺しながら、ホワイトが唸った。
「面倒ですね、さっさと捕まってくれれば良いのに。いくら調査だミーティングだって繰り返し残業しても、俺らに残業代なんて払われないんですから、迷惑ですよぅ」
「いつまで続くのかしら」
 私は頬杖ついた。
 仕事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
 でも、だからと言ってそれでティムとの時間を減らされるのはやりきれない。仕事とティムとどちらか選べと言われたら、難しいけれど今の私ならきっとティムを選んでしまうだろう。
 以前は恋人と仕事を秤にかけて恋人を選ぶなんてあり得ない、と思っていた。恋なんて一時の下らない夢でしかないと、そう思っていたのに。
 人間変われば変わるものだ。
 両立できれば一番なのだけれど……。
 端末の着信音が鳴った。表示はティム。
「はい、もしもし」
『今どこ?』
「低階層。ウエボってバー、分かる?」
『赤い看板のでっかいトコ? 知ってる知ってる。あー、じゃあ丁度良いや』
「何が?」
『俺ね、今近くにいるんだ。クライアントに呼びつけられて出てきたんだけど、それが低階層近くで』
「え、そうなの?」
『だからそっちに合流するわ。十五分くらいで着くと思う』
「分かった、待ってるね。何か注文しとこうか?」
『ツマミだけで良いよ、軽いやつ』
「うん」
 私は通信を切った。
 ティムは十五分も掛からないでやって来た。私はティムのために、オリーブのアンチョビ詰めと、ローストビーフのサラダをオーダーしておいた。
「あ、美味そう」
 ティムは手を擦り合わせながら着席し、すかさずウェイターにビールを注文。私とホワイトもビールを追加して、三人で乾杯し直した。
「こんな夜遅くに呼びつけないで欲しいよな。デザイナーってさ、宵っ張りだと思われてるから、例え0時回ってたって、いきなり電話掛けてこられたりね。ったく、良識のないクライアントに合わせるのってダルいな。まあ、仕事だから仕方ないけどさ……」
 ぼやくティム。噛み締めるように、ホワイトが頷いた。
「お互い大変っすね。俺らもサービス残業ばっかっすよ」
「ロンカも、前はさっさと帰って来れたのにね」
 ティムが私の肩に手を置いた。私はティムの手の上に自分の手を重ねた。
「ね。私だって、もっと早く帰りたいわよ」
「あーもう、イチャイチャ禁止! 家帰ってからやって下さい」
 ホワイトが口をひん曲げるので、私とティムは顔を見合わせて苦笑いした。
 結局、私たちは一時近くまでバーにいた。私とホワイトはアルコール分解薬を飲んでからエアロバイクに跨った。
「ロンカさん、途中まで一緒に帰りましょう」
「うん……ん?」
 私はそこで、はっと気付いた。
「やっば、明日までに纏めなきゃならない報告書、会社に忘れてきちゃった!」
「えーっ、何やってんすか」
「だって! あんなミーティング、突然やるから……イヤだぁ、取りに戻らなきゃ」
「じゃあ、今日は寝ないで仕事っすか?」
「一時間もあれば終わるでしょ。徹夜なんて絶対嫌よ。体力が持たないわ」
 それにしたって、ここから会社に戻るのは面倒臭い。私は背後のティムを振り返って尋ねた。
「どうする? 私、一回会社に戻らなきゃならないから、エレベータで先に帰ってても良いよ」
「いや、一緒に行くよ。夜のドライブは気持ち良い」
 それを聞いて私は少し嬉しくなった。些細なことだけれど、一人よりも二人の道中の方が、ちょっとは気が晴れる。
「じゃあ、俺はここで。ロンカさん、また明日!」
 ホワイトがエンジンをふかす。私は手を振った。
 アルコールが抜けた身体は、夜風を受けて若干ひんやりする。ティムの腕が回る腰の辺りだけ心地良く温かかった。
「綺麗だなぁ。この中に人間が住んでいるなんて思えないや」
 ティムがビル群を眺めて呟く。
「まるで、機械だけが動いている世界みたいだ」
「ほんとね」
 ピットにエアロバイクを停め、事務所のドアを開ける。事務所のカードキィは整備課の全員が一枚ずつ所持している。カードキィの他に指紋、声紋、虹彩チェックが必要だが、これは点検ポイントへ入るための業者専門の入り口と同じ機械だ。EE社のありとあらゆる施設にはこれらが標準装備されていて、酷いときには立て続けに何度もチェックを受けなければならないので、社員としては非常に面倒だ。
 事務所内に入って照明をつける。本当は部外者立ち入り禁止なのだが、真っ暗なピットにティムを一人で待たせておくのも悪いので、一緒に来るように促した。
 自分のデスクの引き出しから書類の束を取り出す。
「面倒くさ……」
 低い声で呟きティムを振り返った。
「さ、帰りましょ」
「早いな」
「だって、書類を取りに来ただけだもん。――私、ちょっとトイレに寄って来るから、コレ持っててよ」
「分かった。戸締りしとこうか?」
「じゃあ、お願いしようかな。締めるのは、カードキィだけで大丈夫だから」
 ティムにカードキィを渡してトイレへ向かう。アルコールを飲んだ後はトイレが近くなって困る。飲み始めてから今に至るまでのたった二時間の間に、私は三回もトイレへ行っている。
 ツナギの腿で手を拭きながら戻ってくると、ティムは既にエアロバイクの後部シートに跨って私を待っていた。
「さーて、報告書まとめなきゃ。頑張るぞっと」
 勇んでティムに宣言したものの、疲れ果てていた私はティムにつられてベッドへ寝転がってしまい、結局報告書をまとめ終えたのは、翌日社に出勤してからのことだった。 もちろん課長には怒鳴られ、隣の席のシンディには白けた視線を向けられる羽目になった。

6.ネズミ(1)

 マウス型の小型盗電マシンは、通称「ネズミ」と呼ばれるようになった。
 その呼称が一気に世間に広まったのは、ショッキングな事件のせいだった。
 当初、それはただの盗電装置だと思われていた。だからポリスはそれを回収した後、外部から分かる範囲のデータだけ軽く取って、解体して内部を調査する前に、今度は一般の鑑識に持ち込んで指紋を採取していた。それをいよいよ機械専門の鑑識部署へ持ち込もうとした時に、事は起きた。
 ポリスマンの一人がそれを手に持った瞬間、爆発したのだ。
 オフィスは大破、マウスを手にしたポリスマンは当然、他にも十数名の死傷者が出た。
 事件が起きたのは朝だった。今回の事件は盗電マシンが発見された時とは違い、これだけの事故なので当然のことではあるが、すぐに大々的にメディアに報道された。
 私たちは普段の出勤時間より二時間早い午前七時、課長からの着信で叩き起こされ、まだ半開きの目を擦りつつ緊急ミーティングの席に着かされた。しかし眠っていた脳がようやく睡魔から解き放たれ、事の重大さを各々が認識し始めるのと比例して、会議室に並んだ整備課チーム全員の表情は明らかに青ざめていった。無表情なシンディ以外は。
 課長は早口に、もし点検整備中にネズミを発見した時の対処法を、社の上層部から送られてきた書類を元に私たちへ伝えた。
「見つけても絶対に触るんじゃないぞ。すぐに私か№1に報告だ。なるべく早いうちにポリスの爆弾処理班が来ることになっているから、お前らはそれまでネズミが逃げないように見張り、現場を保存すること」
「保存ったって、見張ってるうちに爆発する可能性だってあるんじゃねえのか」
 マイトが文句を言うと、課長はむすっと口を曲げ、頬の肉をブルドックのように垂らした。
「大丈夫だ。ポリスマンはな、衝撃を与えたから爆発したのだ……多分」
「ホントかよ」
 私たちはどよめいた。命に関わることなのだから、適当に済ませないで欲しい。
 それなのに、課長はそれ以上私たちに喋らせまいとするかのように、
「ああ、それから№6は今日から事務所にて事務作業をするように。ではミーティング終了!」
と早口に叫んで、会議室から逃げ出してしまった。
「都合が悪くなると、すぐにコレよ」
 エツコが憤怒して書類を長机に叩き付けた。
「っざけんじゃないわよ!」
 チェが書類を手の甲でパンパン、と軽く叩いた。穏やかな彼ですら、苛立ちを隠しきれない様子だった。
「この内容、我々に、玉砕覚悟で仕事しろと宣告してきているようなもんですよ」
「俺らァ軍隊じゃねえんだ。上官の命令に絶対服従なんてしてられっかよ」
 シマダは小声で言った。外の課長に聞こえないように。
「良いか、お前ら。死にたくなけりゃ、もしネズミを見つけちまった時には、速攻で退散だ。退散しながら俺に連絡すれば良い。そしたら俺は、課長を通さずポリスへ連絡する。ぶっちゃけ、そんだけで充分だろ。俺らが命張って会社様に奉仕しなきゃならねえ道理はねェぜ」
「上層部は、情報はもちろんどこよりも先に把握したがるだろうし、できることなら何事か起きた時、外部に情報を漏らさず内部で処理したがるでしょうけどね。うちのビル、セントラルの超高層ビルの中でも初期に立てられたものですから、安全対策も現行の法律で規定されているものより、ずっと杜撰ですし。バレたら市民からクレームの嵐ですよ」
 チェが肩を竦めて言うと、ホワイトがうへぇ、と苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ってことは、会社の言うこと聞かなかったら、良くて減給、悪けりゃクビじゃないっすか」
 マイトが呆れて言う。
「馬鹿、死ぬのとクビになるのと、どっちのがマシだっての」
「あーもう、転職しようかな……努力が報われない職場だわ」
 エツコが頭を抱え込んだ。私も同感だった。

6.ネズミ(2)

 だが、おっかなびっくりで日々の点検作業に精を出す私たちの前に、ネズミは中々姿を現さなかった。
 相変わらず、第三雑居ビルのそこここで盗電事件は起きていたが、私たちが盗電ポイントに近付いたときにはいつも、既にネズミは行方を眩ませた後だった。
 そんな追いかけっこが一週間ほど続いた、とある日。
 昼食まで残り一時間、空腹を抱えて点検作業をしていた私とホワイトは、シマダからの通信を受けて驚いた。シマダにしては珍しく、端末越しにも分かるほど切羽詰った声であったためだ。
『おい! お前ら、今どこにいる?』
「え? 上階層一七八二階ですけど……」
 端末を握るホワイトが、きょとんと目を丸めて私を見た。私は首を傾げてホワイトに尋ねる。
「どうしたの?」
「いやあ、何か、シマダさんが」
『そっちの電力、どうなってる?』
「へ? どうなってるって?」
『測定中じゃねェのか』
「はい、測定中です」
『だったら確認してみろ』
「急に何だってんですかァ? ええ、別に今のところは――あっ」
 突然、測定機の針がグンと下がった。私とホワイトが雁首を並べて見守る中、面白いほど急激に、それはゼロに限りなく近い数値にまで減少していった。
「あーららららら―――――――……何だこれ。電力、なくなっちゃった」
『そっから出てみろ。街は停電で大騒ぎだ』
 慌てて壁の内側から街に飛び出すと、そこは果たして、悲鳴と足音がごった返す混乱のど真ん中だった。
「この騒ぎは、一体……」
『一気になくなったんだよ、電力がこのビル全体からな。明らかに異常事態だってのに、お上からもEEからも何の通達もないもんだから、市民がパニックになっちまってる』
 シマダが言った。
 割り込み通信が入り、エツコの声がキンキン響く。
『どうしよう! ネズミ、発見しちゃったんだけど』
『馬鹿、どうしようじゃなくて逃げろっつったろ! モタモタしてねえで、さっさとそこから離れろ!』
『分かってる、分かってるけど……』
 エツコの声が半泣きだ。初めて聞いた彼女の弱々しい声色を聞いて、私はようやく、今現在このビルが非常事態の真っ只中に陥っているのだと思い知った。
 エツコから通信を奪い取ったマイトが、シマダに告げる。
『シマダさん、こっちは大丈夫だ。ちゃんと逃げるよ』
『おう、マイト。エツコを頼むぞ』
「私とホワイトは、どうしたら良い?」
 私が言い終わるか終わらないかのその瞬間だった。
 ゴウン……!
 轟音。
 そして振動。
 床、壁、そしてガラス、私たちの周囲にあるもの全てが、ビリビリと激しく震えた。
 人々の悲鳴とどよめきがワッと沸き起こる。
「何?」
「ロンカさぁん!」
 ホワイトが泣き顔になって私に飛び付いてきた。私はブルブル震えている軟弱なホワイトを押し退けて、目を凝らし耳を澄まして周囲を観察する。天井からパラパラと埃や 何かの破片みたいなものが落ちてくる。私は腰砕けになっているホワイトを引き摺るようにして、壁の内側に戻った。
「シマダさん、これ何?」
『デカいな……マイト、そっちもか?』
『そっちもこっちもないっすよ。右も左も……うわッ!』
『どうした!?』
『お、俺らの近く、どっかで何か……うぇ、ゲホッ、ゲホッ……』
 マイトが激しく咳き込んでいる。エツコの端末の通信が一端途切れ、再び割り込み通信が入った。
『すんません、電波、悪いっぽいっす。こっち、これ多分、爆発っすよ! 凄い粉塵で、何も見えねェや』
『きっとネズミよ!』
 エツコが叫んだ。私とホワイトは、顔面蒼白で顔を見合わせた。
『お前ら、まだ近くにネズミがあるんだろ? くっ喋ってねぇで、さっさと逃げろ!』
 シマダがエツコを叱咤した。大声で続くやり取りに、鼓膜がビリビリ震えて耳が痒くなった。
「二人とも、早く逃げて!」
 私まで我を忘れて端末に向かって叫んだ。
『言われなくたってそうするよ。通信、一端終了!』
 マイトはそう言って、割り込み通信を切った。
 私たちは事の深刻さについて行けず、途方に暮れて立ち尽くした。
『……カ、ロンカ、ホワイト、聞いてるか?』
 シマダに呼ばれ、二人揃って我に返る。
「は、はい!」
『お前らも一時撤退だ。一端、ガレージに戻って来い。今後の対策を練り直すぞ』
「了解」
 私は通信を切り、ホワイトを見た。ホワイトは表情を強張らせ、私を見つめ返す。
「聞いてたでしょ。撤収よ」
 私は指示を出し、足元に散らばった工具類を手早く纏めた。
 ゴウン……!
 またどこかで鈍い音が響いた。今度の衝撃は弱い。かなり遠くの階層だろう。
「早く、行きましょう」
 爆発音に急かされたのか、点検ポイントの入り口で、ケーブルの束を肩に巻き付けたホワイトが私を呼んだ。私は慌てて工具箱を引っ提げ、走り出した。
 エアロバイクに跨りEEのガレージに戻る途中、無線でホワイトが叫んだ。
『ロンカさん、あれ見て!』
 私の隣にエアロバイクを併走させて、ホワイトが指差した。その人差し指のずっと先、第三雑居ビルの側面には、まるで虫に食われて腐りかけた草の葉のように、爆発で煤けてぽっかりと穴の開いた箇所があった。直径十数メートルはあるだろうか。
『あんなデカい穴が……』
「急ぐわよ」
 私はエアロバイクのエンジンをふかし、スピードを上げてガレージを目指した。

6.ネズミ(3)

 ピットに到着すると、既に№3、4の駐車ラインにエアロバイクが停まっていて、それを確認した私は少しほっとした。更に視線を移動させると、ピット端のドリンクの自 販機脇に立つマイトと、その隣で両膝の間に頭を落として座り込むエツコの姿が見えた。
 停車する間ももどかしく、私はエアロバイクからピットの床に飛び降りた。床をガンガン鳴らして、マイトとエツコに走り寄った。
「着いてるなら連絡してよ! 心配するじゃない」
「――あっ、悪い。うっかりしてた」
 マイトがばつの悪そうな表情で舌を打った。一見落ち着いた様子のマイトでさえ、どうやら気が動転しているようだ。私の声に反応し、エツコが顔を上げる。弱気に歪んだ彼女の顔は、知らない他人のように思えた。
「ロンカぁ……もう私、びっくりしちゃってさァ、情けないったらないわ」
 私はエツコに手を差し伸ばす。エツコは私の手に捕まって力なく立ち上がり、胸を押さえて息苦しそうに何度も大きく呼吸した。
「はぁ、死ぬかと思った。テンパッちゃってさ……」
「無事で良かった。見つけたネズミは?」
「位置データだけシマダさんに送った。シマダさん、ポリスと上層部に転送してくれたはず」
「課長は?」
「この騒ぎで本部に行ってるっぽい。待機してろって連絡が来たけど、それだけ」
「じゃあ、俺らはとりあえず、シマダさんとチェさんを待つしかないってことっすね」
 ホワイトがマイトの隣の壁に身体をもたせ掛けて言った。
「シマダさんからさ、さっき運転中に着信があったんだけど、とる前に切れちゃって、その後何度こっちからかけても繋がらないのよね。電波障害が酷いのかしら」
 エツコが首を傾げて言う。
 私は腕時計を見た。シマダたちの今日の担当箇所は上階層上部だから、戻ってくるのにはエアロバイクでも時間が掛かる。だが、それにしたってそろそろ到着しても良い頃だ。
 全員が揃ったら、おそらく彼らが良策を立ててくれることだろう。第三雑居ビル電気系統整備課のブレーンは、課長でもEE社の上層部でもなく、実質上彼ら二人だ。現場を知らないお偉方には、現場のことなど理解できない。
 ゴウン……。
 また振動。
 足の裏から床の鉄板を通して震えが伝わってくる。
「何発目よ、コレ」
 エツコが天井を見上げる。
「どこら辺かしら」
「ずっと上だな」
 マイトが呟いた。
 事務所への扉が開いた。課長が戻ってきたのかと思い、視線を向ける。しかし出てきたのは課長ではなくシンディだった。
「シンディ、課長は?」
「さあ。事務所には、まだ連絡は来ていません」
「そう」
「ああ、でもシマダさんからは、連絡がありました」
「え? いつ?」
「十五分ほど前です」
 十五分前と言えば、通信を切った直後ぐらいだろうか。
「シマダさん、何だって?」
「テロリストに狙撃されたそうです」
 シンディは何食わぬ表情で言った。まるで簡単な事務報告でもするかのように。
 私たち四人は唖然として、コントみたいに揃ってぽかんと口を開けた。
 シンディの口調と会話の内容にあまりにもギャップがあり過ぎて、それが脳の正常な働きを阻害しているかのようだった。
「――どういうこと? テロリストって?」
「さあ。言葉の通りなんじゃないですか。チェさんは人質に取られていて、シマダさんはちょっと怪我をしたらしいですけど」
「どうして言わねえんだよ! お前、ずっと事務所にいて俺らが帰ってきたのも知ってたんだろ?」
 マイトがシンディに怒鳴った。シンディはちょっと目を丸めて、しかし怒鳴られたことが余程不服だったのか、剣のある目つきでマイトを睨んだ。
「課長には、既に報告しました」
「そういう問題じゃねえよ。普通はよぅ、課の人間全員に連絡するだろ」
「必要ないと判断しました。私たちが騒ぎ立てても、どうしようもないですよ。最早ここまできたら、完全にうちの課の業務外ですし、後はポリスと本社に任せるべきです」
「じゃあ、何もしないでほっとけって言うんか」
「さっきの、シマダさんからの一瞬の着信……きっと、その報告をしようとしていたんだわ。電波障害とばかり思っていたけれど、もしかしたらシマダさんの端末、壊れてんのかも」
 エツコが唇を噛んだ。
「っていうか、チェはその後どうなったの?」
 私は尋ねた。シンディはむっとして、明後日の方を見たまま答えた。
「さあ、知りません」
「確認とってないの?」
「私の仕事ではありませんから」
「ありえないんだけど」
 私は失望して首を横に振った。
「仲間が窮地に陥ってんのに、何でそんなに悠長に構えてんのよ」
「だから、何度も言わせないで下さい。騒ぎ立てても、意味なんてないんですよ」
「さっ、騒ぎ立ててって、そういう言い方ないでしょ!」
「私たちの仕事ではないものに首を突っ込んだって、仕方がないじゃないですか」
「仕事仕事って、これはもう仕事云々じゃないわよ。どうせ課長に任せておいたって、課長は本社かポリスに丸投げするだけだろうし、これだけの大騒ぎの中、シマダさんたちのところへ救助が向かうまでに、どんだけ時間が掛かるかなんて明白でしょう。その間に、シマダさんたちに何かあったらどうすんのよ! 私たち以外に、どうにかできる人間なんていないのよ、誰も助けてくれないのよ!」
「おい、カッカすんなってば。シンディ、最後に連絡が来たときの、シマダさんの端末位置を教えろよ」
 マイトがシンディに詰め寄った。
「……」
 シンディは頑なに口を一文字に結んでマイトを睨んでいた。しかしマイトが凄んで身を乗り出すと、顔を強張らせて渋々口を開いた。
「――上階層一八六六階、R-一三二ポイント付近ですが」
 マイトは返事の代わりに鼻を鳴らし、くるりと踵を返した。
「どんな状況だか分かんねぇけど、怪我してるってんなら、さっさと救助に行ってやらねえとな。エツコ、お前も来い」
「分かった」
「ロンカとホワイトはここで待機だ。二人から連絡があったら、すぐに俺たちにも通信を回せ」
「了解」
「それから、もしテロリストって奴らの方から連絡があったら、それもこっちに回せよ。ロンカ――電話口で頭に来ても、絶対に喧嘩吹っ掛けたりすんなよ、仲間の命掛かってんだから」
「そんなことしないわよ」
 私は溜息をついた。
 動悸が激しい。
 どうなってしまうのだろう。
 ……こういう時こそ落ち着いて。
 最善の行動を見極めないと。
「よし。じゃあ俺、元素銃の調整機、取ってくるわ。――銃のパワーレベル、いつもより三段階ぐらい上げてった方が良いよな?」
「まあ……そうね、レベル8にしときましょ。非常事態だし」
 マイトがエツコと相談している。エベル8と聞いて、私は改めて緊張した。
 私たちの課の人間が標準装備している元素銃の威力は、通常なら例え対象にヒットしても、軽い怪我を負わせる程度に絞られている。相手を威嚇して、一時的に怯ませることができればそれで充分だからだ。
 レベル8は、最高レベルだった。そこまで引き上げなければならないということは、つまり今がそれだけ危険な状況だということだ。撃てば、当たれば、相手が死ぬかもしれない。しかしそれすら仕方がないという状況。
「ロンカ、ホワイト、お前らも8に上げとけよ。いつでも動けるように、準備しとけ」
「……了解」

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