目次
1.エアロバイク乗りの日常
1.エアロバイク乗りの日常(1)
1.エアロバイク乗りの日常(2)
1.エアロバイク乗りの日常(3)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(1)
2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(2)
3.正反対、だから気になる
3.正反対、だから気になる(1)
3.正反対、だから気になる(2)
3.正反対、だから気になる(3)
4.地表
4.地表(1)
4.地表(2)
4.地表(3)
5.平穏な生活
5.平穏な生活(1)
5.平穏な生活(2)
5.平穏な生活(3)
5.平穏な生活(4)
6.ネズミ
6.ネズミ(1)
6.ネズミ(2)
6.ネズミ(3)
6.ネズミ(4)
7.テロリスト
7.テロリスト(1)
7.テロリスト(2)
7.テロリスト(3)
7.テロリスト(4)
7.テロリスト(5)
7.テロリスト(6)
7.テロリスト(7)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(1)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(2)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(3)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(4)
8.終幕、そしてまた始まるエアロバイク乗りの日常(5)
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2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~

2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(1)

 翌日の勤務は、前日に引き続きスラム点検だった。いつもならウンザリするような仕事も、今日ばかりは憂鬱にならない。更に幸運なことに、今日はシンディが事務業務に回って現場に出て来なかった。彼女にとっては物珍しいスラムも、昨日一日見て回って飽きたのだろう。シンディ分の負担が軽減されたことも、浮かれた気分に拍車を掛けた。
「あれ。今日はなんかゴキゲンっすね。男でもできた?」
 ホワイトに茶化されても腹が立たない。
 ロッカーの中に入っている、レインドロップのワンピースのせいだろうか。それとも、それを着て行く久しぶりの合コンのせいだろうか。これまでは嫌いだ嫌いだと言い張っていた合コンだけれど、真剣に彼氏を作りたいと考えている今は、良い男と出会うための恰好なチャンスの場だ。
「さ~てねェ……。ホワイト君、今日はちゃっちゃと仕事済ませて、ちゃっちゃと帰ろうね。残業なんて絶対無理だから」
「え、マジすか! もしかしてデート……とか?」
 ホワイトは驚いて私を見た。私は口を尖らせてブッブー、と言った。
「秘密ですー、秘密」
 ホワイトは引き攣った笑顔を浮かべる。
「何すか、気味悪いなぁ。どうせ、ろくな用事じゃないんでしょうけど。なんだぁ、てっきりこっちにロンカさんも来るんだとばかり思ってたけど」
「こっちって?」
「今夜、マイトさんとエツコさんと飲みに行くんすけどね。ロンカさん来ないんじゃ、俺が一人でパシリ役決定じゃないすか」
「ああ、それね。っていうか、私がいたって結局あんたがパシリになるわよ」
 私もエツコに誘われていたが、今日ばかりは断った。
 エツコは飲みに行くのが大好きで、頻繁に旦那と子供をほったらかしにしてはバーをハシゴしている。そしてパンパンに腫れた酷い顔で出勤してくる。アルコール分解薬を飲んだところで、顔の浮腫みまではカバーできない。身体だってダルいだろう。それでも毎朝子供の弁当を作ってから出勤してくるというのだから、アルコール癖は褒められたものではないものの、主婦としてはまずまずだと思う。
「私の分まで飲んできなよ」
「俺、酒弱いっすからぁ」
 言いながら、ホワイトは煙草に火を点けた。煙草の臭いを嗅ぐとすぐに顔を顰める私だが、今日はその反応すら出てこない。始終締まりなく微笑んでいた。そして早く終業時間にならないかなあ、と仕事の合間に時計ばかり見ていた。
 浮かれた気分を抑えつつ、のろまなホワイトの尻を蹴飛ばしてキリキリ働いたお陰で、ノルマは終業時間の一時間も前に果たすことができた。この珍しく上出来な自分たちの働きっぷりに、私もホワイトも大満足だった。安全バーに固定して空中停車したエアロバイクに腰掛けて、終業時間までの小一時間、缶コーヒーを飲みながら時間を潰した。
 こういう暇な時間に花が咲くお喋りの内容はといえば、大体決まっている。仕事の愚痴や職場の人間関係、そんなものがメインだ。
「シンディの野郎、もうほんっと最近我慢ならないんだけど」
 私が苦々しい表情で言うと、ホワイトが今にも噴き出しそうに頬を膨らました。
「昨日はやばかったっすね。ロンカさんブチ切れ」
「だって! いくら何もやらないにしても、片付けぐらい手伝っても良くない? アイツ、仕事を舐めてるよなー」
「今に始まったことじゃないでしょ」
「いやぁ、昨日はマジで無理だった」
「ロンカさんと俺、いっつもダイレクトに被害被ってますからね。何故かシンディさん、気紛れに外回りに出て来る時、俺らにばっか付いてくるし」
「お前、惚れられてんじゃないの」
「ま、まさかぁ。勘弁して下さいよぅ」
 ホワイトは笑顔を凍らせた。
「ロンカさんは、いっつも我慢してシンディさんに何も言わないから、ストレス溜まるんすよ。俺、嫌味言ったりして密かに反撃してますもん」
「あんた、そういうとこ陰湿よね」
「だって、そうでもしないとやってらんないっすよ」
「あんたの嫌味なんて、あの子には通じてないわよ。大体、何言ったって無駄じゃんか。注意したって言うこと聞かないし、わけ分かんない反論されて、益々ムカつくだけじゃんか」
「だからって溜め込んでると、現にああやって、ロンカさん時々大爆発するじゃないっすか」
「まあ、そうだけどさ……」
「堪えきれなくなったときの反動、デカ過ぎないっすか? いい加減、大人なんだからもうちょっとセーブしないとダメっすよ」
「うぅ……あんたに諭されて、なおかつそれが正論だったりすると、何だか妙にムカつくわぁ」
「えええ~、なんじゃそりゃ」
ホワイトが大袈裟に仰け反った。その拍子に、空中停車した彼のエアロバイクがぐらりと傾いた。ホワイトは慌ててハンドルを掴み、体勢を整えた。
「っぶね」
「気をつけてよ。落ちても助けられないからね。――お、もう時間じゃん」
「そろそろ帰りますか」
 腕時計のアラームが終業時間を告げた。私とホワイトはエアロバイクのテイルをわざと大きく振り、ふざけながら社のガレージへと戻った。
「お帰り」
 そこにはエツコとマイトが既に戻っていて、ピットに停めたエアロバイクの横に胡坐をかいて座り込んでいた。
「今日は残業なし? スラム点検であんたら二人にしちゃ、随分頑張ったじゃない」
 エツコが煙草の煙を吐き出しながら、感心したように眉毛を上げた。私は汚れたゴーグルを頭から外し、ツナギの中から引っ張り出したTシャツの裾でグラスを拭いながら「まあね」と呟いた。
「だって、今日ばかりは残業するわけにはいかないんだもの」
「あのですねぇ、今日はロンカさん、大事な用があるんすよ」
「え、何?」
 エツコが目を瞬かせる。餌の匂いを嗅ぎ付けた動物のように、彼女の瞳が鋭く光った。
「あ、こら!」
 私はホワイトに飛び掛り、手で彼の口を塞ごうとした。しかしホワイトは必死で身体を捻り、私の手を掻い潜って、ケラケラ笑ながら大声で叫んだ。
「ロンカさんは今日、合コン!」
「え~~~~~~~~ッ、マジか」
 案の定、エツコも腹を捩って笑い出した。
「アーッハハハハハハ、ロンカが合コンだってェ」
「エっ……エツコ、そんなに笑うことないでしょ!」
「だってさぁ、あんた。ガラじゃないでしょ。似合わねー」
 私は不貞腐れて口を尖らせ、弱気に反論する。
「だって……例えガラじゃなくったって、チャンスなら乗っとくわよ」
「チャンスって、何の?」
「だからっ……私だって、彼氏の一人や二人欲しいのよ」
 言葉の最後は、何だか自分でも気恥ずかしくて消え入りそうな声になっていた。
 それを聞いたエツコは、ガレージの床を拳でガンガン叩きながら、益々激しく笑い出した。
「ヒーッ、ヒーッ、あー可笑し過ぎる! もー止めて! ロンカ、今日の一等賞はあんたに決定だわ」
「エツコぉ――――――――――ッ!」
 私は大声で叫んだ。顔がカーッと熱くなる。
 エツコの横では、マイトが白けた表情で鼻を鳴らした。
「……何が合コンだよ、馬鹿臭ェ」
「何よ、マイトまで! そりゃエツコは旦那さんいるし、マイトは女に不自由していないだろうから良いかもしんないけどさ。私はそうじゃないのよ」
「ロンカさん、俺が抜けてるんすけど……」
 ホワイトが己を指差して言ったが、私はそちらを見もせずに、手を振って蝿を追い払うようなジェスチャーをした。
「あんたの話はどうでもいい。問題外」
「酷っ」
「だけど、お前、そういう飲み会嫌いなんじゃなかったっけ?」
 マイトに指摘され、私は言葉に詰まる。
「……そうだけどさ」
「だったら無理して行ったって、どうせ不愉快な気分になるだけさ。身の丈に合わないことすると、自分が辛いだけだぞ」
「ふんだ。マイトだって、いい歳して女ナンパして、よく飲みに行ったりしてるじゃんか」
「そりゃ、俺はそういうの嫌いじゃないもん。むしろ大好きだし」
「俺も好きっス!」
「だからお前とは違うんだよ」
 マイトとホワイトは、ティーンエイジャーの少女のようにカワイコぶって「ねーッ」と声を揃えた。気持ち悪い上に、非常にムカついた。
「だってェ、本気で彼氏欲しいんだもん。ちょっとぐらい苦手な場だって我慢するわよ。マイトさ、そんなに私を馬鹿にするんだったら、良い男でも紹介してくれんの? ねえ、責任とってくれんの?」
 マイトはますます私を小馬鹿にしたように目を半開きにして、鼻先で笑った。
「だったら責任とって、俺がお前の相手してやるよ」
「マ、マイトさん、恐ろしいこと言いますね! ロンカさんを相手にするのは、良く噛むブルドック……いやいや暴れ闘牛を相手にするようなモンですよ」
 ホワイトが身を引いて両手で自分の肩を抱き、身体をぶるりと震わせた。
「俺、命知らずの冒険野郎だから、猛獣だろうが怯まないわけよ」
「キャー、マイトさんカッコイイ」
「だろ?」
「惚れるゥ、惚れちゃうゥ」
 ホワイトにヨイショされたマイトは、自分のジョークに得意げだ。
「ギーッ!」
 皆におちょくられまくりの私は、とうとう癇癪を起こして地団太を踏んだ。鉄板の床がゴワンゴワン響く。
「ロンカ、床を壊さないでね」
 書類の束を手に通り掛かった№2のチェが、苦笑いで私に釘を刺した。エツコは相変わらず笑い転げている。
「何なのよ、うちの課の連中は」
 私は失礼極まりない同僚たちにプリプリ怒りながら、乱暴にタイムカードを押して、ロッカールームへと逃げ込んだ。これ以上からかわれ続けるのはごめんだ。
 ロッカールームは、エレベーター通勤の社員のためにある。
 うちの課の人間は、課長とシンディを抜かした全員が、職務特権を乱用してエアロバイク通勤をしているので、帰宅時に着替えることもなく、ロッカールームも必要ない。 しかし、そこは一応「できる限り、社への通勤はエレベーターを使用する」という社内規定に配慮して、全員分設置してある。もちろん、誰も使用していないけれど。大体、私物ならば自分のエアロバイクのトランクにしまっておいた方がずっと便利だ。
 洗面所で、冷たい水で顔を洗う。ヒートアップしていた心が一気にクールダウンした。
 ツナギを脱いで汗ばんだ身体をタオルで拭き、用意してきたレインドロップのワンピースに袖を通した。布地が頼りなくヒラヒラしていて、露出した肌が少し寒い。
 化粧水、乳液、下地、リキッドファンデーション、パウダー。順を追って顔に塗りたくっていると、心の中にはいつの間にか、浮き足立った気分が復活してきた。やはり女は着飾ってこそだ。お洒落をすると、どうしてこんなにも心が弾むのだろうか。ツナギを着ている時とは別人の気分だ。
 調子に乗った私は、マスカラなんて、ここが気合の見せ所とばかりに四度も重ね塗りした。鏡を覗き込むと、駱駝の目のような自分に見つめ返された。
 化粧をしていると、ガレージのほうから何重奏にもなったエアロバイクのエンジン音が轟々と聞こえ、すぐに遠退いていった。仕事を終えた仲間たちが一斉に帰宅していったのだ。
「ふん、帰れ帰れ、さっさと帰れ。馬鹿どもめ」
 私は鼻を鳴らし、壁の向こう側の見えない同僚たちに向かって悪態をついたが、それは鏡に反射して、結果的に自分と睨めっこしながら罵り合っているような状態になってしまった。
 化粧の最後、頬にふんわりとチークカラーを乗せる。チークのお陰で二、三歳は若く見えるのではないか、と勝手に思い込んで満足する。
 よし、これでオフタイムへのファッションチェンジ完了。
 こんな格好でエアロバイクに乗るのは変だが、私服で乗ってはいけないという規則は特にない。おそらく、ひらひらのワンピースで乗る人間のことなど、想定していないだけだろうが。
 ツナギと飛行帽はバイクのトランクに突っ込んで、ゴーグルだけ装着した。お気に入りのジャケットをワンピースの上に羽織って、エンジンを掛ける。フォン、とエンジン音が鳴るのと同時に、風に煽られてワンピースの裾がバタバタと捲くれ上がった。
 これはまずい、と一度エンジンを切り、バックパックを太腿の間に挟み込んで、シートに座り直す。これで、スカートが捲れてパンツが丸見えになり、うちの課の人間ばかりか他社のエアロバイク乗りたちからまで「よう、丸見え」だの「今日のパンツは何色?」だのと、セクハラ紛いのからかいを受けずに済む。

2.エアロバイク乗りの非日常~合コン~(2)

 「ケゴン」は、第三雑居ビルから二つのビルを挟んだ第五雑居ビル内、上階層下部の繁華街にあった。レンガ造りの街並みの、若いプチブルが集うお洒落な街だ。螺旋状にビル側面を上昇し、指示灯に従ってビル間を移動する。
 化粧と着替えにだいぶ時間を取られたが、それでもまだ集合時間より二十分も早い。私はケゴンの一階下のピットにバイクを停めて、非常口からビル内へ入った。バイクで乗りつけたところを合コン相手に見られたくなかったのだ。
 非常口近くのカフェに入り、コーヒーを注文し、ウェイトレスが去って行ったのを確認してから、鞄からコンパクトミラーを取り出した。化粧と髪型をチェックする。いつもの如く、飛行時の風圧のせいで髪が乱れていたものの、手櫛で軽く撫で付けるとすぐに綺麗になった。今日は会社のロッカールームで、ドライヤーとヘアムースをたっぷり使用して丹念にセットしてきたので、自分の髪とは思えないほど柔らかく指通りも滑らか、乱れを直すのも簡単だった。
 コーヒーを一口啜り、今度は化粧室へ。大きな全身鏡で、ワンピースをチェック。大丈夫、まさかこの格好でエアロバイクに乗っていたなんて、誰も思わないだろう。美人と言い切るには難しいけれど、それなりに可愛いのではないかと自己評価。
 っしゃ!
 これならいける、と口角に力を入れて軽く微笑み、鏡の中の自分と頷きあった。
 ピリリリリリリ。
 鞄の中で端末が鳴った。慌てて乱雑に散らかった鞄の中へ手を突っ込み、微振動を続けている端末を探った。
「はい、もしもし」
『もう着いた?』
 通信の相手はミランダだ。
「今ね、キャラメルカフェにいるよ。ケゴンの一階下」
『え、じゃあそっち行くわ』
「うん。でも、もう時間だね……じゃあ、カフェの前に出てるよ」
『了解~』
 暢気に語尾を伸ばして、ミランダが通信を切る。私はもう一度だけ鏡と向き合ってからカフェを出た。
「ハイ、ロンカ」
 ミランダは五分も経たないうちにやって来た。アフロヘアが揺れて、遠目でもすぐに分かる。彼女の頭は非常に目立つ目印になるが、こんな奇抜なヘアスタイルなのに、それでも彼女は色気に満ちているし、男にモテる。
「わあ、カワイイんじゃないの」
 ミランダは微笑を浮かべ、私の頭の上から爪先までをじっくりと眺め回した。ミランダに褒められると、素直に嬉しい。私は綻ぶ口元を両手で押さえた。
「昨日、レインドロップで買ったんだ」
「私が行ったときには、その服セールに出てなかった。ラッキーじゃん、良い買い物したね」
「そう?」
「超似合ってる。男ウケ良さそう」
「っしゃァ、気合入れるぞっと」
 ミランダのお墨付きを貰い、私は得意になってスカートの裾をひらりと振ってみせた。
「……ねえ、ミランダ。頼みがあるんだけどさ」
「何?」
 突然シリアスな調子で話を切り出した私に、ミランダは目を丸くした。私は気恥ずかしくて、無駄に両手の指先を弄り回しながら、ボソボソと言った。
「あのさぁ……その……」
「モジモジしちゃって、どうしたの?」
「……私がEEの整備工だって、伏せといてくんない?」
「何で?」
「だってそれこそ、男ウケ悪そうだし」
 ミランダは吹き出した。
「アッハハハ。何だァ、そんなこと」
「ちょっと! 私にしたら大問題なんだから、真剣に聞いてよ」
「分かった分かった、伏せるよ。じゃあ、あんたはEE社の秘書課で働いてるってことにしよう」
「秘書課ぁ?」
「だってホラ、秘書課って言えばさ、どこの会社だって良い女の巣窟じゃんか。間違いなくモテ職だよ」
「なるほどなるほど」
「よっし、決まりね」
 拳を軽くぶつけ合い、お互いのやる気を確かめ合った後、ミランダと連れ立ってケゴンへ向かった。私は彼女と並んで歩いているときの、自分の足取りが好きだ。蟹股気味で品のない私の足取りまで、ミランダの妖艶な歩調にリードされ、女性らしく美しいテンポを刻むことができるからだ。
 ケゴンは、アジアンテイストのお洒落なレストランバーだった。店内へ入るとすぐ目の前に、滝を模した水のカーテンのようなオブジェがあった。そこから流れてくる空気は水に冷やされており、やや興奮気味の私の肌に心地良かった。
 滝のオブジェの前でしばしの間待っていると、やがてウェイトレスがやって来た。ミランダが予約の確認をすると、店の奥、薄いピンク色のシフォンのカーテンで仕切られた個室タイプのテーブルへと通された。部屋の中央に据えられた朱塗りの大きな丸テーブルには、既に男が4人、女が2人、席について談笑していた。
「あーら、もう私たち以外全員揃ってたのね。早いんだぁ」
 ミランダは全員の顔を見回して言った。ミランダから一番近い席にいた男が、俺らは自己紹介済んでるよ、と答えた。
「ロンカ、このコたちは、エレナとミレイ。アカデミーのときの友達なの」
「よろしく」
 テーブルの向こうから、女の子たちが手をヒラヒラ振って、首を傾げてお辞儀する。このコたちが今日のライバルか。油断していると先を越されそうだ、と心の中で腹黒い計算をする私。
「で、こっちは、うちの店のお得意さんのリチャード」
「あ、どうも」
 ミランダの隣の男が、笑顔でこちらを向いた。笑顔が眩しい、良い男だ。しかし「こいつは彼女持ちだったよな」と、また私の中の腹黒い部分が囁き、良心的な部分はそんな自分に呆れてやれやれ、と首を横に振った。
 リチャードが立ち上がり、他の男の子たちを一人ずつ示してゆく。
「えっと、こいつらは、サダオとトビー、クリス」
「こんにちは」
 紹介された男の子たちを、ざっと見回す。見た目だけで言えば、それなりにレベルが高いと言えるだろう。こりゃあ今回は当たりだな、とミランダに目配せした。ミランダも目元で笑って、右の口角をちょっと持ち上げた。
 アルコールを注文してそれを待つ間、いかにも初対面といったぎこちのないテンポで、当たり障りのない会話が続いた。天気の話に始まり趣味やテレビ番組の話、それから相手がどんな人間なのか遠まわしに探りを入れてみたり。
 心なしか皆の笑顔がわざとらしく感じられる。きっと、私の笑顔も同じなのだろう。笑顔すら、他人から見て少しでも好印象に見えるよう計算している。下らない努力だとは思うけれど、こんな時、実は一番重要なのかもしれない。
 苦手なんだよなぁ、こういうの。
 私は懸命になって、慣れない柔らかな笑みを心掛けつつ、マイトたちの小馬鹿にしたにやけ面を思い出していた。
 ちくしょう。絶対に楽しんでやる。
 私は脳裏に浮かんだ同僚たちの姿を、無理やり掻き消した。
 全員分のアルコールが来て、リチャードが音頭を取って乾杯した。私のグラスの中身はビールだ。仕事上がりで喉が渇いていたし、本当は一気に空けてしまいたいのを堪え、数口飲んだところで一時停止。一気飲みは可愛くない。
 グラスに付着したグロスを気にしながら、こっそりと男の子たちを品定めする。トビーが一番キュートだ。ブロンドの短い髪も、男ながらに整った指先も、ちょっと大袈裟なリアクションも私の好み。
「ロンカちゃんは何やってる人?」
 クリスに名を呼ばれ、私ははっと我に返る。
「え、ごめん。何?」
「仕事、何やってるのって、聞いたんだけど」
「あ、ああ、仕事? 私、私はね……」
 慌てて言葉を探す。
 えっと、何だっけ……ダメだ。頭が働かない。
「ロンカはEE社の秘書課に勤めてんのよ」
 横からミランダが助け舟を出してくれた。私はほっとして、コクコクと何度も頷いた。
「そうそう、秘書課秘書課」
「マジ? 秘書課?」
「すっげーじゃん」
「良い女ばっかなんだろうなぁ」
 男の子たちの食いつきが予想を遥かに上回っていたので、驚いた私は気持ちが引いてしまった。ちょっと自分を隠したかっただけなのに、やり過ぎだったろうかと後悔した。
「……そう? ハハハ」
「どうりでカワイイと思ったよ」
「そんなぁ」
「EEっつったら、大手だもんなぁ。良い会社、勤めてんね」
「でもさ、同じ大手のEEっつっても、整備課とかんなるとマジ最悪だよな」
「え?」
 思わぬところから自分の所属する課の話題が出たので、私はぎくっとして心臓が止まりそうになった。
「整備課の女なんて、大手だろうが弱小だろうが、皆酷いもんだよ」
「何で同じ女なのに、ああも違うんかね」
 サダオとクリスがケラケラと笑う。
「こないださぁ、俺んちの近く散歩してたら、茂みの向こうの業務口から、すっぴんに顔中機会油だらけの女がぬっと顔出してさあ」
「うわぁ。マジでドン引く」
「整備課って、エアロバイク乗ってるアレだよな。ていうか女なんていんの?」
 リチャードが驚いて尋ねた。
「いるいる、たま~にいるんだよ。つっても、男だか女だか分かんないようなのばっかだけど」
「整備課の連中って、どこの会社もガラ悪くね?」
「まあ、本来なら低階層以下の人間だからさ、しょうがないんじゃないの。汚れ仕事じゃん」
 私とミランダ以外の全員が爆笑した。
 顔から血の気が引いてゆく。
 喉がカラカラだ。
 グラスに残ったビールを一気に煽った。飲んで数秒後には、冷たく強張った顔が逆にカーッと高揚した。
「あ、ロンカ、グラス空いたね。もっと飲むでしょ? すみませーん」
 ミランダが大きく手を挙げウェイトレスを呼んだが、彼女もまた、酷く動揺しているようだった。
 ウェイトレスはすぐにやってきて、私の空のグラスと、ビールで満たされた新しいグラスとを交換していった。私は無言でグラスを手に取った。掌も熱を帯びていて、グラスの温度が冷たく肌を刺すように感じられた。
 私の肩にサダオが手を置いた。
「あ、ロンカちゃん、もしかして気に触ったの? 何でそんなに膨れてるの?」
「え」
「同僚思いなんだねえ、やっさしいなぁ」
「でもさあ、秘書課と整備課なんて、同じ会社っつっても、はっきり言って別世界なんだから関係ないじゃん。接点ないでしょ? 気にすることないよ」
 サダオの向こうからクリスも言う。
「花の秘書課と違ってさ、整備課なんてクソ溜めだぜ?」
 クソ溜め……。
 クソ溜めですか。
 はあ、そうですか。
 とうとう堪えきれなくなった。
 私の右手は反射的にグラスを大きく振っていた。中の液体が飛び出して、サダオたちに降り注ぐ。
 狭い個室内に悲鳴のオーケストラが反響する。
 私は立ち上がった。
「何すんだよ!」
 トビーが怒鳴る。既に彼に対する興味は一ミリたりとも残っていなかった。むしろ一瞬でも彼をキュートだなんて評価した自分が憎かった。
「ロンカ」
 ミランダが私を呼んだけれど、返事をする元気もなかった。
 誰の顔も見たくない。
 私は財布から適当にお札を取り出してテーブルの上に激しく叩き付けると、ヒールを鳴らして店を飛び出した。走りながら、いつの間にか涙が頬を伝っていた。
 エレベーターも使わずに走って、走って、エアロバイクのピットへ。ロックを外してバイクに飛び乗り乱暴にエンジンをふかす。
 悪かったわね。
 どうせガラが悪いわよ。
 どうせ低階層以下の人間よ。
 どうせクソ溜めの職場よ。
 どうせ、どうせ、どうせ……。
「うわあああああああああん!」
 人目を気にする余裕もなく、大声で泣き叫びながらバイクを急発進させた。規則違反のスピードでぶっ飛ばす。帰宅途中の同業者とすれ違ったら、相手は驚いた様子で、ビルの側面にぶつかりそうになりながら大きく進路を開けてくれた。
 いつの間にか会社の近くまで来ていた。ガレージを覗くと事務所は真っ暗で、常夜灯の薄らぼんやりとした橙色の照明と、誘導灯の青く小さな光だけが灯っていた。
 誰もいないピット。私は駐車ラインを無視して、ど真ん中にバイクを停めた。だがブレーキを掛ける際、あまりにも乱暴にバイクを振り回し過ぎた。バランスが崩れる。いつもなら絶対にやらないような初歩的なミスだった。
 気付いたときには、横倒しになったバイクから放り出されていた。シートから転げ落ちた私は、腹から無様に鉄板のピットへ叩き付けられた。スカートが捲れてパンツが丸見えになったが、顔面から落ちて鼻の骨を折らなかっただけマシだ。
 無様に転がるバイクと私。起き上がってはみたもののバイクを立て直す気力もなく、倒れたままのバイクに背中を預けてグスグスと泣き続けた。ワンピースがバイクの機械油と煤で汚れるのも、どうでも良かった。見せる相手なんてどこにもいない。
 がらんどうのピットの向こうは薄墨に染まった空。あちこちのビルに、小さな赤い誘導灯が点滅している。時折、黒いビルの影の上をエアロマシンの黄色いヘッドライトが通過して行く。
 両足を抱えて蹲る。零れ落ちる涙を膝で拭った。マスカラが溶けて真っ黒に染まった涙がべっとりと付着した。この分だと、目の周りはオバケみたいに黒くなっていることだろう。
 ウィィィィィン……。
 エアロバイクのエンジン音が聞こえた。顔を上げると、闇の中に年季の入ったエアロバイクが近づいてくるのが見えた。灰色の機体の横っ腹には黄色のペイントで1の数字。シマダの機体だ。
「こんな時間におめェ、何してんだ」
 轟々とガレージ内に反響するエンジン音に負けじと、シマダが大声を張り上げた。私は泣いているのを見られるのが嫌で顔を背けた。
 ビュウィィィィィィィィィィン……。
 エンジン音が萎んでゆく。エアロバイクの着地で、床の鉄板が鈍い音を立てて軋んだ。
「何だい、その格好は。珍しいじゃねェか」
 シマダがこちらに歩いてくる。私は慌てて涙を拭った。
「……どうした?」
 私の様子を察知したシマダが、怪訝な顔で足を止めた。私はどんな顔をして良いのか分からず、困惑してシマダを見つめた。シマダの方もわけが分からないといった顔をして、倒れたままの私のバイクを立て直してくれた。
「化粧が落ちてっぞ」
「――知ってる」
「そんな格好してたら、風邪ェひくぜ」
「うん……」
 シマダは唸って頬を掻いた。
「――別に、おめェが話したくねぇなら、話さなくても良いけどよ。何かあったんかい」
「……下らないことよ」
「物事に、下るも下らないもあるかい。そんなこと言ったら俺の人生なんて全部クソったれだぜ。もちろん女房は抜かすけどよ」
 シマダがおどけて言うので、私は思わずにこりと笑った。私が笑ったので、シマダもようやく安心したように表情を和らげた。
 シマダはポケットから煙草を取り出し火を点けた。美味そうに煙を吸い込むシマダの顔が、ライターの火が灯る間だけ闇に浮かんだ。
「今日ね、合コンだったの」
「合コンってェのはアレかい、お見合いパーテーみたいなもんだろう?」
 パーティーという発音ができないシマダに、私は軽く吹き出した。
「極端に言えばそんな感じだけど、もっと軽いヤツ」
「飲み会か」
「うん」
「いい男はいたか?」
 私は首を振った。
「整備課なんてクソ溜めだって言われて、ビールぶちまけて帰ってきた……」
 シマダは口から煙草の煙をぼふっと漏らして盛大に笑った。
「ロンカよぅ。おめェ、面白いなあ」
「笑い事じゃないわよ。私、私……バカみたい。もう全部イヤ。仕事も私生活も、自分自身も、ほんとイヤ」
「そんなに嫌がるこたァないだろ。かっこいいじゃねぇか。自分の仕事に対して、誇りを持ってる証拠さ」
 私は食って掛かる。
「誇りなんてないわよ! ただ、カッとなって……だって、本当なら低階層以下の人間だとか、ガラが悪いとか言われたから……馬鹿みたい」
「そんなこと口にしてる奴の方が、よっぽど馬鹿野郎だよ。他人を蔑むことでしか自分の価値を推し量れない、能無し野郎さ」
 スパーッと煙草の煙を吐き出しながら、吐き捨てるようにシマダが言う。
「おめェは何も恥じることなんてねえだろ。しっかりしろよ」
「でも、それじゃあモテないのよ」
「モテ?」
 シマダはちょっと目を丸めて、眉根を寄せた。
「……そりゃあ、ちょっくら難儀な問題だな」
「でしょ?」
「うむ……まあ、モテるモテないはともかくとしてよ、もうちょっと自分に自信を持つこったな。おめェに必要なのは、飾り立てることや男連中に媚を売るよりもむしろそっちなんじゃねえかと、俺は思うわけさ」
「自信、ね。難しいけど覚えておく」
シマダは立ち上がる。
「さぁて、俺もこんなところで油売ってるわけにゃいかねぇんだった。忘れた書類を取りにちょっくら行ってくる、と言って出て来たのに、あんまりボヤボヤ時間潰してると、あんたの言う『ちょっくら』っていうのは何時間のことなの!? なんて、女房が角を生やすからな。愛想尽かされちまう前に帰らねぇと」
「そうよ、早く帰ってあげなよ」
 照れ臭そうに笑うシマダは、職場内でも評判のおしどり夫婦だ。何かにつけて、すぐに奥方の話を持ち出す。整備課の人間は、課長とシンディ以外、全員シマダのホームパーティーに一度や二度は呼ばれて行ったことがある。ちなみに課長とシンディは誘われても行かなかった。
「シマダさんは偉いね。仕事も一生懸命だし、家族にもちゃんとサービスしてる」
「そりゃ趣味の問題さ。俺は家族でワイワイやってるのが好きだから、こういう生き方をしているが、もしもアレだ、一人でいるのが好きな趣味人だったとしたら、また違った生き方をしていただろうな」
「趣味?」
「ロンカだってよ、もしも整備課なんかでなく、もっと普通のOLっちゅうのか? ああいった職種についていたら、今とは大分違っていたろうが。それをおめェは、エアロバイクを乗り回したり、給料に見合わねえ中階層暮らしを選んだから、この職場にいるんだろう。馬鹿とケムリはなんとやら、っちゅうからなあ」
「まあ、そうね……そうかも。シマダさんの言うとおり、私がここにいる理由は主にその二つかも」
「ああ、夕暮れ時の中高階層から見える景色は、現実離れしてて本当に美しいもんだからなあ。シティの向こう側、荒地の果てまで延々と伸びる地平線が、浮き上がるようにオレンジ色に染まってなぁ。こんな俺ですら、ガラにもなく感傷的になっちまうくらいさ。低階層以下にいたら到底見れない景色だ」
「だよね」
「どこにいたって、メリットとデメリットは半々で存在するさ。何に重きを置いて何を諦めるのか、それもその人間次第。おめェはモテることよりも別の部分を重要視して選んだ結果、ここにいるんだ。もちろん、今からそれを変更することだって可能さな。もし、ロンカがそう望むなら」
 私は首を横に振った。
「――そうね。それでも私はやっぱり、今の仕事を選ぶんだわ」
 シマダは私の肩を叩いた。
「ま、お前さんがそう言うなら、そうするが良いさ。誰にも文句を言う権利なんぞないんだ。言う奴がいたら、今度はビールぶっ掛けるどころかブッ飛ばしてやれ」
「ハハハ」
「じゃあ、俺は帰るぞ。おめェもさっさと帰って、飯食って寝ろ。明日も仕事だぞ」
 シマダは一端事務所へ入り、書類を手に戻ってきた。そしてゴーグルを装着し、私に片手を上げて合図すると、エアロバイクを宙に浮かせた。バイクの尻を振って小さくカットを決め、流れるようなフロントライトのラインを描き家路へと去っていった。
 私は立ち上がり、シマダの機体が雲間を切って斜めに下降し徐々に小さくなってゆくのを、ガレージの端の安全柵に身体を預け、首を出して眺めていた。シマダの操縦は、年季が入っているだけあって安定していて美しい。
 私はそのまま安全柵に両肘をついて、真っ暗になった空を見ていた。

 企業の看板はビル内の市街地にしか出せないので、外壁を飾るのは誘導灯とエアロマシン用ピットの照明だけ。超高層ビルの窓という窓は、内側からは透明なガラスにしか見えないが、エアロマシンへの安全対策として外側から見ると遮光になっているので、所々に点る照明以外、ビルの影は真っ黒だ。

 こうやって眺めていると、闇にニョキニョキと連立する細長い箱の中にたくさんの人々が生活している巨大な都市があるなんて、信じられないような気持ちになる。
「あれ~、ロンカ何してんの? 合コンは?」
 静寂が支配するガレージ内に、遠慮のない大声が響いた。驚いて振り向くと、そこには私以上に驚いた表情のエツコがいた。エツコの隣にはホワイトとマイトも並んでいる。
「うっわ。さすがに合コンともなると、オサレっこいの着てんねェ」
 エツコが寄ってきて、私のワンピースを抓んで布地を見た。マイトは私をじろじろ眺めながら甲高い口笛を吹いた。
「馬子にも衣装……と思ったら、お前、何だよ。そのパンダ面」
「……色々あんのよ。乙女だから」
 私は肩を竦めた。ホワイトが笑いを噛み殺して言った。
「その分だと、本日のビッグイベントは大失敗の巻だったようですね」
「マジ最低よ」
 私は両手を軽く広げ、肩を竦めた。
「やっぱ慣れないことはしないほうがいいわね。っていうか、あんたらこそ、ここで何してんのよ」
「いやあ、近場で飲んでたんすけどね。二軒目行く話になって、でも俺、常に金欠じゃないっすかァ。だったらこの際EEのガレージで良いんじゃないかってことになって、そこのスーパーで酒とツマミを買ってきたんすよ」
「うわあ。課長に見つかったら、超怒られるよ」
「いいじゃん。どうせハゲオヤジは鈍いから、見つかりゃしないわよ。それよりさ、ロンカも飲もうよぅ」
 エツコは既に相当酒臭い。
「――じゃあ一杯だけ」
「ええ、一杯だけ? つれないわねぇ」
「エツコ、飲みすぎたらエアロバイク運転できなくなるよ」
「クスリ飲むから」
「アルコール分解薬だって、そんだけ飲んでたら効かないわよ」
「クスリも多めに飲んじゃえば大丈夫よ」
「胃やられるよ……」
「そしたらダイエットになるじゃん」
 ヘラヘラと笑うエツコに、マイトが「お前はホント、いくつになっても馬鹿だなあ」と小声で呟いた。
 エツコは眼光を光らせて睨んだが、マイトは知らん顔で視線を逸らした。
「まあまあ、喧嘩しないで。ロンカさんも途中参加したことですし、仕切り直しましょうよ」
 ホワイトがいそいそとビニル袋からビールの缶を取り出し、皆に配った。私たちはガレージの端で、缶ビールを高く掲げて乾杯した。
 一歩踏み出せば、そこは高度1000メートルの空中。
 ああ、何て気持ち良いのだろう。
 夜気に冷やされた春先の風を火照った頬に受けて、私は深呼吸する。
 私はビールの苦味を舌の上に感じながら、何だかんだ言っても、私たちの職場はやっぱり素適な場所だと思った。