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◆電線の網のすぐ上を、轟音とともに通り過ぎながら着陸態勢に入る旅客機。目をこらせば、雲の色をした羽のある生き物たちが屋根の上からいっせいに飛びつき、金属の腹にはりつくのが見えるはずだ。そのまま空港までくっついて行き、二割ほどは観光客のみやげになる。


◆「……手の生えてない奴ないですか?」と生け簀の向こうの料理人に訊く観光客。手がいちばん美味しいんですよと答えるかわりに、この手の客むけの一番無難なやつを取り出してくれるが、「目が……」「まあちょっと変なところについてますけど、味は」「いや、数が……」


◆きょうの歩道橋は5本だが、慣れた通行人たちはいちばん毛深いものを選んで渡る。それ以外は本体の排泄物などで出来ている。くすぐったがりな歩道橋のくすくす笑いは夕方まで響く。


◆酔って深夜の商店街を歩く。さわれないものが乱舞するこの時間の活況は百鬼夜行そのものだが、もう慣れてしまったのか、驚きはない。そう思っていると呼びとめられて、人の驚きを餌にするものが後頭部に吸いついていることを知らされる。


◆案の定、ビルのうろこは人間の爪とおなじ組織で出来ており、管理人は寒気におそわれながら地下室へ急ぐ。コラーゲンの巨塊の脇で店子のネイルアーティストが言い訳がましい顔を見せ、「ツタのようなものと思ってもらえれば……」「事前に言ってくださいよ」


◆ピイと鳴く地下生物が駅前の歩道に大繁殖。タイル舗装の幾何学模様の踏む場所によって違う音階の声がして、通勤客が急ぎ足で奏でるメロディの競いあいがヒートアップする一方で、深夜、半透明の影がひとり踏む「とおりゃんせ」を聴いたものはまだいない。


◆炎天続きのなか、半透明の植物ばかりがすくすく育ち、バスターミナルをゆらめくジャングルに変える。足のあるバスはおびえて近寄らず、タイヤは見えない棘でパンクする。改造クラゲの代用バスは離陸するなり雷を食らい、直後に幹線道を激流に変える豪雨が始まった。


◆豪雨はすでに一週間。赤い傘をさした石像の一団が丸木舟に乗り、濁流の幹線道をしずしずと下る。バスである。柄杓をもった手が水面から現われ、舟に溜まった水をくみ出す。運転手である。鳥居をくぐれば、晴れている。白煙と共に地蔵たちは宇宙へ飛び立ってゆく。


◆泥酔しないと目にみえず、場所も思い出せない居酒屋がある。いつも、たどりついたという記憶だけを抱えてどこかの路上で目覚めることになる。新年会で、皆が同じ経験をもつとわかり、一緒に泥酔してその店へ行くことにする。翌朝、ひとり消えている。誰だったのか誰にも思い出せない。


◆酒杯に予言が浮かぶ店。よく当たる、とは店主の言。「明日の晩この店が焼ける」とすべての客の杯にでて、笑いに包まれる店内。その日の夜に全焼し、翌晩に仮店舗がまた焼けた。「当たった」と店主は胸を張り、捕まった放火犯はひびわれた徳利だった。いまは予言は浮かばないという。


◆ハンバーガーショップから逃げ出す獣たち。食材なのか従業員なのか判断できず、見守るばかりの通行人。後を追うのは紙ナプキンが人の形に寄せ集まったもので、フォークを握っている。「食い逃げだ!」と叫ぶ声。巨大なハンバーガーが猫をくわえて飛んでゆく。通行人は判断を放棄する。


◆マンション屋上の貯水タンクが、いつのまにか酒で満たされていた。なにかの骨が沈んでおり、ほどなく住人のひとりが泥酔状態で発見される。骨はその老人の飼い猫とわかる。美談として広まり、あちこちの貯水タンクに猫が放り込まれるが、その結果、猫は意外と泳げるものだとわかった。


◆高架下にぴったりと収まる、寒天状の四角い巨塊。大きなクラゲがそのなかに埋め込まれている。電車が通過するとき、その振動からエネルギーを得て、クラゲは青い光を放つ。近くの路上に卓を据えた易者は、その光に照らされている間だけ、すこし暗い未来を告げる。


◆ドーナツ屋から煙がのぼる。煙は大きなドーナツの形になり、揚げ損じのドーナツにも供養が必要なのだと人々が気づく前に、近隣のファーストフード店に次々と火を放つ。炎につつまれた焼き芋トラックがいつも以上においしそうな匂いを放ち、客は火の粉から身を引きながら行列を作った。


◆地区で最後のひとつとなった公衆電話。電話というものを住処とし糧とするあらゆるものの最後のよるべとなって、外からはもはや不定形のもやの集合体としか見えず、時折くぐもった呼び出し音が聞こえる。もしもしと呼びかける声がする。切断音と回線音。いまだ撤去はされぬまま。


◆八百屋の店先から、ひんぱんに野菜が道路へ転がり出す。足がはえているのを見た、顔がついていた、いろいろの目撃談があるが、拾い上げれば普通の野菜で、ただ、少しだけ味が濃い。拾わずにおいたら四軒先の定食屋に転がり込み、厨房から号泣が響く。よくわからぬまま八百屋も泣いた。


◆枯れ葉が勝手に山になる。ボランティアが素早く突き崩す。火をつけるのでは逆効果、ひたすら散らしてゆくほかない。山が家ほどに大きくなれば、中から飛び出すさまざまな黒さの千羽の折り鴉が、街じゅうの生ゴミを喰い散らす。


◆閉め時を逃した真冬のオープンカフェが、四つ足の客で大繁盛。要望に応えてメニューも変わり、生栗とカブトのさなぎが大人気。ある日を境に、四つ足のもの達がテーブルになり、それまでのテーブルと椅子が客になる。困惑をみせずメニューを書き換える店主。ラッカー、螺子、生レバー。


◆目をふせて座る日本人形。その髪に隠れた数十のUSBコネクタに、慎重にメモリを挿してゆく。一つごとに主人は「どうだ、思い出したか」ときく。人形は「いいえ、まだ」と答える。本当のことを思い出せるか、偽の記憶の毒に負けるか。夜は長い。


◆宅配便の遅れへの苦情が増えるなか、袋のある足の早い生物を積極的に雇用すると発表した某運送会社。ウツボカズラによく似た俊足の大型植物が大量に雇われ、世間の話題をさらう。各社がこれに対抗し、独自の植物群でシェア奪回をはかるが、大食いの巨象を採用した某社の勝ちとなった。


◆ホームに鯨がすべりこみ、静かなブーイングに迎えられる。列車の遅延を知らせるためのものだが、ときどき、そのまま乗ろうとする人や獣がいる。半開きの口から中に入ると奥に住んでいる老人がフリーパスをくれるという噂があるが、実際には駅名スタンプを押してくれるだけ、とのこと。


◆虫の顔をもつ牛が町を歩き、未来を予言する。コンマ数秒後の未来なので、単なる実況に近い。スポーツの試合を中継してくれというリクエストを無視し、もっぱら遠洋漁業に密着する。迫真の描写のなかで、漁船が牛を釣っている。または聴衆が牛に釣られている。牛はコリアンダーを好む。

この本の内容は以上です。


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