貨物列車を眺める青年
じゅうはちもん鉄橋を渡りきった大阪市都島区側の淀川堤防にて、
ゆっくりと走る貨物列車を自転車を降りてじっと眺める青年、その他、夕方の河川敷で思い思いで過ごす人々の姿が見られます。
この頃、既に多くの貨物列車が、コンテナ貨物でした。
ディーゼル機関車DD51のすぐ後のコンテナ貨物車は、車掌室付きのコキフ10000型、
貨物列車に、車掌の常務の必要が無くなり、いつの間にか見られなくなりました。
赤川鉄橋を渡る配給電車
じゅうはちもん鉄橋(赤川鉄橋)は、複線用に建設されましたが、城東貨物線は、単線であるため、余った部分に、歩行者及び自転車専用の木製の人道橋が架けられています。
この人道橋から、鉄橋を渡る城東貨物線の列車を間近で見ることができます。
写真は、じゅうはちもん鉄橋を渡る配給電車です。
この頃は、城東貨物線から分岐し、都島区にあった淀川電車区がまだあったので、淀川電車区への配給列車と思われます。
淀川電車区は、1985年に廃止されました。この様に、電車の回送があったため、城東貨物線は、一部電化されていました。
配給電車は、旧型電車を改造した荷台のあるクモル24021を先頭に、たまたまやってきました。
もちろん今は、この様な古い形式の配給電車は見られません。
特急車両を牽引する旧型電車
城東貨物線の沿線には車両工場(近畿車輛)があるので、車両工場からの回送列車もたまに走っていました。
この辺りの淀川河川敷は広く、じゅうはちもん鉄橋の中央部付近の河川敷は、あまり整備されていなかったため、まるでジャングルみたいになっていました。
そこを特急車両を運ぶ回送電車が通り過ぎていきます。
特急車両を牽引していたのは、旧型電車モハ72系を改造したクモヤ90004です。
クモヤ90形は、この様に、回送列車の牽引などに使われていました。
このクモヤ90形も既に廃止になっています。
特急車両の回送列車
回送される特急車両は、この頃の新鋭車両、振り子電車の381系と思われます。
この回送特急車両の前後に、クモヤ90形が連結されていました。
後ろに連結されているのは、写真のクモヤ90006です。
この回送列車が通り過ぎると、淀川河川敷に、再び静寂が戻りました。
じゅうはちもん鉄橋の夕景
淀川河川敷の中央部にある大きなわんど付近にて、
堤防からは、かなりの距離があるため、この付近まで来る人はまばらでした。
河川敷の葦原に、日が沈む瞬間、貨車を連ねた貨物列車が、じゅうはちもん鉄橋を渡ってきました。

M-Hirai