第39回「『資本論』を読む会」の報告
◎99パーセントの怒り
「ウォール街を占拠せよ」のスローガンをかかげニューヨークから始まった民衆の抗議行動は、たちまち全米に広がり、さらに全世界へと広がりを見せつつあるかです。それは自然発生的で雑多な要求を掲げたものですが、資本主義への怒りの告発であることは確かなようです。“政府は国民の99パーセントの犠牲のもとに、国民の1パーセントの富裕層を救済し優遇している”というのが、彼らの主要な批判なのだそうです。この告発はもっともといえます。
以前、08年のリーマン・ショックのあと、保険大手のAIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)の巨額報酬が問題になりました。その時も書きましたが、彼らはバブルを煽った張本人でありながら、1700億ドル(約17兆円)もの公的資金による救済をよいことに、それを山分けして、金融商品部門の幹部が総額160億円(一人当たりの最高額は約6億2700万円)ものボーナスを受け取っていたのです。また証券大手のメリルリンチも、総額450億ドル(約4兆5000億円)の公的資金の注入を受けながら、そのトップ10の社員へのボーナスの支払い総額は約209億円(平均約20億円!)という凄まじい額の大金を貪っていたのでした。アメリカの99パーセントの国民の怒りは、当然といえば、あまりにも当然ではないでしょうか。
しかし資本主義の告発と抗議の大衆行動が、資本主義的生産様式そのものの変革へと発展するためには、ただ自然発生的なものに留まっていては不可能です。それが意識的で組織的なものへと発展しなければ、本当に変革する力にはならないでしょう。そしてそのためにはやはり資本主義的生産様式そのものに対する科学的な認識が不可欠ではないでしょうか。『資本論』の学習は地道ではありますが、やはり重要なのです。
“我田引水”よろしく「『資本論』を読む会」の宣伝を思わずしてしまいましたが、しかし、現実は厳しいもので、第39回の学習会も、相変わらず寂しいものでした。さっそくその報告を行いたいと思います。
◎第12パラグラフ
今回は第12・13の二つのパラグラフを進みました。今回のパラグラフからは「ロビンソン物語」が出てきますが、これらは如何なる意味があるのか、それが分かるその前の第11パラグラフの最後の一文を紹介しておきましょう。
〈したがって、商品生産の基礎の上で労働生産物を霧に包む商品世界のいっさいの神秘化、いっさいの魔法妖術は、われわれが別の生産諸形態のところに逃げこむやいなやただちに消えうせる。〉
だから今回の第12パラグラフから第15パラグラフまでは、マルクスが〈別の生産諸形態のところに逃げこむ〉と述べている、その〈別の生産諸形態〉が具体的に検討されることになります。では、それを具体的に見て行くことにしましょう。今回もこれまでと同様に、まずパラグラフ本文を紹介し、それを文節ごとに記号を打って、それぞれを平易に書き下すなかで、議論の紹介もして行くことにします。まずは本文の紹介です。
【12】〈 (イ)経済学はロビンソン物語を好むから(29)、まず孤島のロビンソンに登場願おう。 (ロ)生まれつきつつましい彼ではあるが、それでもさまざまな欲求を満たさなければならず、したがってまた、道具をつくり、家具をこしらえ、ラマ〔南アメリカ産のラクダ科の役畜〕を馴らし、魚をとり、狩りをするといったさまざまな種類の有用労働を行わなければならない。 (ハ)祈祷やこれに類することは、ここでは問題にしない。 (ニ)なぜなら、わがロビンソンは、それに喜びを見いだし、この種の活動をくつろぎと見なしているからである。 (ホ)彼の生産的機能はさまざまに異なってはいるけれども、彼は、それらの機能が同じロビンソンのあい異なる活動形態にほかならず、したがって、人間労働のあい異なる様式にほかならないことを知っている。 (ヘ)彼は、必要そのものにせまられて、彼の時間を彼のさまざまな機能のあいだに正確に配分しなければならない。 (ト)彼の全活動の中でどの機能がより大きい範囲を占め、どの機能がより小さい範囲を占めるかは、所期の有用効果の達成のために克服されなければならない困難の大小によって決まる。 (チ)経験がそれを彼に教える。 (リ)そして、わがロビンソンは、時計と帳簿とインクとペンとを難破船から救いだしているので、立派なイギリス人らしく、やがて自分自身のことを帳簿につけ始める。 (ヌ)彼の財産目録には、彼が所有する諸使用対象と、それらの生産に必要とされるさまざまな作業と、最後に、これらのさまざまな生産物の一定量のために彼が平均的に費やす労働時間との一覧表が含まれている。 (ル)ロビンソンと彼の手製の富である諸物とのあいだのすべての関係は、ここではきわめて簡単明瞭であって、M・ヴィルト氏でさえ、とりたてて頭を痛めることなしに理解できたほどである。 (ヲ)にもかかわらず、そこには、価値のすべての本質的規定が含まれているのである。〉
(イ) 経済学はロビンソン物語を好みますから、まず孤島のロビンソンに登場してもらいましょう。
ここで学習会では次のような疑問が出されました。先に見たように、マルクスはその前の第11パラグラフで商品生産とは異なる〈別の生産諸形態〉に〈逃げこむ〉と書いています。しかし果たしてロビンソンの孤島の生活はそうした〈別の生産諸形態〉というようなものと言いうるのだろうか、という疑問です。ロビンソン物語そのものは一つの空想物語ですから、第13~15パラグラフのようなものと同じ〈別の生産諸形態〉の一つといえるようなものだろうか、という疑問です。この疑問は、このマルクスのロビンソン物語の考察は、そもそもどういう意義があるのか、という問題と関連しているように思えます。ただ、この問題は、少し詳しく論じようと思いますので、項を改めてその議論も含めて紹介したいと思います。
(ロ) ロビンソンは、生まれつきつつましい生活をしているのですが、それでもやはりさまざまな欲求を満たさねばならず、だからそれに必要な、道具や家具をこしらえ、ラマを馴らし、魚をとり、狩りをするというようにさまざまな種類の有用労働を行わなければなりません。
ロビンソンは彼のつつましい生活を維持するためだけでも、さまざまな欲求を満たさなければならず、そのために彼をとりまく自然に働きかけて、そこから彼の欲求を満たす有用物を得なければなりませんが、ここで問題になるのは、有用労働だということです。そして有用労働というものには、何らの神秘性もないことはあきらかです。
(ハ)、(ニ) しかし、われわれは彼がやるであろう、祈祷やそれに類することは、ここでは問題にしない。というのは、それらは彼にとっては喜びであって、一つのくつろぎだろうからです。
ここでは、労働を犠牲と考えたアダム・スミスを批判して、マルクスは労働は賃労働という歴史的形態を脱ぎ捨てれば、個人の自己実現となり、魅力的なものになりうると主張していること、しかしそのことは、フーリエが考えるような、労働を単なる慰みや、娯楽になるというようなことでは決してないのだとも述べていることが紹介されました。だからここで祈祷やそれに類するものを問題にしない理由として、マルクスが〈なぜなら、わがロビンソンは、それに喜びを見いだし、この種の活動をくつろぎと見なしているから〉と述べているのは、そうしたマルクスの労働に対する認識が背景にあるのではないかということです。
(ホ) ロビンソンの生産的な機能はさまざまに異なっていますが、しかし、彼は、それらの機能が同じ自分自身の異なった活動形態であり、だから、それらは人間労働の違った様式であることを知っています。
この部分は、マルクスが第2パラグラフで、商品の神秘的性格が価値規定の内容から生じるものではない理由として、第一に上げていた次の一文に対応しているように思えます。
〈と言うのは、第一に、有用労働または生産的活動がたがいにどんなに異なっていても、それらが人間的有機体の諸機能であること、そして、そのような機能は、その内容やその形態がどうであろうと、どれも、本質的には人間の脳髄、神経、筋肉、感覚器官などの支出であるということは、一つの生理学的真理だからである。〉
つまりこうしたこともロビンソンがハッキリ自覚していることであり、そこには何の神秘的なものはないということでしょう。
(ヘ) ロビンソンは、その彼のさまざまな機能を必要にせまられて、彼の時間をさまざまな機能のあいだに正確に配分しなければなりません。
この部分も第2パラグラフの価値規定の内容については神秘的なものはない第二の理由として述べていた次のような一文に対応していると考えられます。
〈第二に、価値の大きさの規定の基礎にあるもの、すなわち、右のような支出の継続時間または労働の量について言えば、この量は労働の質から感覚的にも区別されうるものである。どんな状態のもとでも、人間は--発展段階の相違によって一様ではないが--生活手段の生産に費やされる労働時間に関心をもたざるをえなかった。〉
(ト)、(チ) 彼の全活動のなかで、どの機能がより大きな範囲を占めるか、あるいはどの機能がより小さい範囲を占めるかは、必要な有用な効果を達成するためにやらなければならないことの困難さの大小によって決まってくるでしょう。経験がそれを彼に教えます。
この部分もロビンソンのさまざまな諸機能が対象である自然に働きかけて、彼が目的にしたものを獲得するために、相互に有機的に関連しあった形で支出される必要があることが指摘されているわけですが、これも先の価値規定の内容の第三のものに対応していると考えることが出来るでしょう。
〈最後に、人間が何らかの様式でたがいのために労働するようになるやいなや、彼らの労働もまた一つの社会的形態を受け取る。〉
つまり社会的にはさまざまな人間によって担われる、彼らの社会的形態を受けた労働、すなわち社会的に結びあっている労働が、ロビンソンの場合は、彼自身のさまざまな機能として一人の人間の諸機能として関連し合って支出されるということです。
このようにこれらのロビンソンの労働の分析は、第2パラグラフの価値規定の内容には何の神秘的な性格はないと述べていた内容に対応しています。これはある意味では当然なのです。というのは、初版本文では、この第12パラグラフのロビンソンの生活の考察と、第15パラグラフの将来の自由な人々の連合体の社会の考察は、第2パラグラフの直後に、その第2パラグラフで述べている価値規定の内容には神秘的なものは何もない具体的な例証として論じられていたものなのです(だから初版では第3、第4パラグラフにありました)。それをマルクスは第2版ではやや位置づけを変えて、今の位置に持ってきているのです。こうした初版と第2版との違いは、どういう意味があるのかも、一つの問題といえばいえますが、それはまた別に機会があれば論じたいと思います。
(リ) そしてロビンソンは、それぞれの物を生産するに必要な時間がどれだけかを帳簿につけ始めます。
(ヌ) 彼の財産目録には、彼が所有する諸使用対象がどれとどれかが記されるとともに、それらの生産に必要なさまざまな作業や、そして一つの生産物の一定量を生産するために、彼が必要とした平均的な労働時間の一覧表が含まれていることでしょう。
こうしてロビンソンは、彼の生活を維持し、再生産するためには、自分の時間のうち、どの作業にどれだけ費やせばよいかを知っているので、彼は彼自身の労働を意識的に合理的な計画のもとに支出して、彼の生活を、つまり自然との物質代謝を維持することが出来るようになるわけです。
(ル) ロビンソンと彼の手製の富である諸物とのあいだのすべての関係は、ここではきわめて簡単明瞭であって、俗物経済学者のM・ヴィルト氏でさえ、とりたてて頭を痛めることもなしに理解できたことでしょう。
(ヲ) にもかかわらず、そこには、価値のすべての本質的規定が含まれているのです。
つまり価値規定の内容というのは、こうした人間と自然との物質代謝を規制するもっとも原理的な、自然法則とでもいうべきものなのだということではないでしょうか。
関連して少し思い出したことがあります。私たちの仲間のなかで以前「有用労働による価値移転」問題が論争になりました。一部の人は「有用労働が『価値』の概念の根底に入り込むのはおかしい」と疑問を出し、マルクスの理論を事実上否定しました。しかし、このロビンソンの労働の分析を考えてみると、問題は分かりやすいように思えます。例えばロビンソンは家具を作るために、彼の時間のうち木を伐採するのに3時間、その木から材木を作るのに10時間、そして材木から家具を作るのに20時間を要したとします。これらの〈彼の全活動の中でどの機能がより大きい範囲を占め、どの機能がより小さい範囲を占めるかは、所期の有用効果の達成のために克服されなければならない困難の大小によって決まる〉わけです。つまりロビンソンがどの労働にどれだけを支出しなければならないかは、彼の具体的な有用労働の内容によって決まってくるわけです。だからロビンソンのノートには彼の財産である家具とそれに必要な作業(伐採、製材、木工)とそれらに費やされた時間が記録されています。そして家具の生産には全体としてかかった時間として、それらをトータルして33時間と書かれているはずです。有用労働による価値移転というのは、こうしたかかった労働時間が最終の生産物の生産に必要な労働時間としてトータルされるというまったく自明な自然の原理を、ただそれぞれの労働がロビンソンの労働や自由な人々の連合体のように直接には社会的に結びついていないがために、それぞれの労働の社会的性格が、それぞれの労働の生産物の価値性格として表されざるをえない社会に固有の問題であることが分かるわけです。つまりそれらの諸労働が諸商品の交換を通じて一定量の価値として、その社会的な関連が実証されるからこそ、その関連が、最終生産物に価値が移転するという形態で現れてくるということが分かるのです。それらの諸労働の社会的関連というのは、それぞれの労働の具体的で有用な側面が表しています。木を切る伐採労働と、その木から材木を作る製材労働、材木から家具を作る木工労働は、一つの社会的な分業を形成しています。しかし、商品生産社会では、これらの諸労働の社会的結びつきは直接的ではなく、ただそれらの労働の生産物が商品として交換されるなかで実証されるしかありません。だからこそ、それらは価値の移転という形で関連し合い、最終の労働生産物の価値として堆積されることになるわけです。そしてそれぞれの労働生産物を加工して新たな生産物を作るのはそれぞれの具体的な有用労働ですから、だから、マルクスは有用労働によって価値は移転されるのだとしたのだと思います。
◎「マルクスのロビンソン物語」?
さて、このパラグラフの性格について改めて考えてみましょう。
マルクスは冒頭〈経済学はロビンソン物語を好む〉と述べていますが、久留間鮫造編『マルクス経済学レキシコン』第5巻「唯物史観」の一つの項目に「4.台頭しつつある18世紀のブルジョアジーの一種のイデオロギーとしてのロビンソン物語」というのがあります。つまりロビンソン物語というのは、18世紀のブルジョアジーの一つのイデオロギーであったということです。ただ久留間氏は、この小項目を設けた理由を、レキシコンの「栞No.5」のなかで次のようにのべています。
〈久留間 これ(ロビンソン物語--引用者)はブルジョア的イデオロギーにはちがいないが、マルクスも言っているように、本来は18世紀の革命的ブルジョアのイデオロギーで、社会契約論に代表される、もともと人間は個々独立のものであったという幻想です。それがスミスによって経済学にもちこまれ、リカードにうけつがれた、孤立した猟師や漁夫の想定です。こうした学説をマルクスはロビンソン物語と名づけて批判しているのです。だからこの批判の対象とされているのは、現在はすでにすたれている過去のイデオロギーであって、その批判は革命期のブルジョアジーのイデオロギーの考察にとっては大きな意義があるが、直接現実の問題に関係があるわけではない。だから、この批判を一つの独立項目として集録することについてはいちおう躊躇したのですが、結局そうすることにしたのは、「マルクスのいわゆるロビンソン物語」についてとんでもない誤解があることを考慮したからです。マルクスは『資本論』の「商品の物神的性格」のところで、「経済学はロビンソン物語を愛好するから」といって、孤島に漂着したロビンソン・クルーソーがどのようなやり方で彼の労働力を彼の生活の必要をみたすためにいろいろの仕事に割り当てるかを述べていますが、これがいわゆるマルクスのロビンソン物語なのだというのです。そういうことをだれかが書いたので、この誤解がかなりの範囲に普及しているらしい。これはぜひ訂正する必要がある。そういうことも考えて、結局この項目を設けることにしたわけです。〉
どうやら、久留間氏によると、古典派経済学にロビンソン物語があるように、マルクスにもロビンソン物語があり、それがこの「商品の物神的性格」を論じた部分だという見解があるのだそうです。そしてどうやら、久留間氏はそれは間違いだと考えているようです。だからそれを論証するために、この小項目を設けたようなのです。確かにこの小項目では、『経済学批判要綱』からマルクスが古典派経済学のロビンソン物語を批判している部分が二カ所にわたって長く抜粋されて、紹介されています。ところが、奇妙なことに、『資本論』からは、第1章第4節「商品の物神的性格とその秘密」の第12パラグラフ全体ではなく、わずかその冒頭部分だけ、すなわち〈経済学はロビンソン物語を好むから(29)、まず孤島のロビンソンに登場願おう〉という部分だけと、その注29全文が紹介されているのみなのです。
なるほど、久留間氏によれば、この第12パラグラフの冒頭に続く部分は、「マルクスにもロビンソン物語がある」という誤解を与えかねないものだとの判断なのかも知れません。しかし、こうした抜粋の仕方は、レキシコンの他の抜粋のやり方から考えても、かなり恣意的な印象を持たざるを得ません。
確かに『要綱』からの引用文のなかでは、マルクスは次のように古典派経済学のロビンソン物語を批判しています。
〈 (a)ここでの対象はまず第一に物質的生産である。 社会のなかで生産をおこなう諸個人--したがって諸個人の社会的に規定された生産、いうまでもなくこれが出発点である。個々の孤立した猟師や漁夫、スミスやリカードはここから出発するのであるが、これらのものは、一八世紀のロビンソン物語の幻想のない想像物に属するのであって、この想像物は、けっして、文化史家たちの想像するようにたんに過度の洗練にたいする反動や誤解された自然生活への復帰だけを表現するものではない。それは、本来は独立している諸主体を契約によって関係させ結合するルソーの社会契約〔contat social〕と同様に、そのような自然主義にもとつくものではない。このような自然主義は、大小のロビンソン物語の外観であり、しかもただ美的な外観でしかない。それは、むしろ、一六世紀以来準備されて一八世紀に成熟への巨歩を進めた「ブルジョア社会」を見越したものである。この自由競争社会では、個人は、それ以前の歴史上の時代には彼を一定の局限された人間集団の付属物にしていた自然的紐帯などから解放されて現われる。スミスやリカードがまだまったくその肩のうえに立っている一八世紀の予言者たちの目には、このような一八世紀の個人--一面では封建的社会形態の解体の産物、他面では一六世紀以来新しく発展した生産諸力の産物--が、すでに過去の存在になっている理想として、浮かんでいるのである。一つの歴史的な結果としてではなく、歴史の出発点として、なぜならば、それは彼らの目には、人間性についての彼らの観念に合致した自然に適合した個人として現われ、歴史的に生成する個人としてではなく、自然によって与えられた個人として現われるからである。このような錯覚は、これまでどの新しい時代にもつきものだった。多くの点で一八世紀に対立し、また貴族としてより多く歴史的な地盤のうえに立っているステユアートは、すでにこのような素朴さからまぬかれている。
われわれが歴史を遠くさかのぼれぽさかのぼるほど、ますます個人は、したがってまた生産をおこなう個人も、独立していないものとして、あるより大きな全体に属するものとして、現われる。すなわち、最初はまだまったく自然的な仕方で家族のなかに、また種族にまで拡大された家族のなかに現われ、のちには、諸種族の対立や融合から生ずる種々の形態の共同体のなかに現われる。一八世紀に「ブルジョア社会」ではじめて、社会的関連の種々の形態が、個人にたいして、その個人的な目的のためのたんなる手段として、外的な必然性として、相対するようになる。しかし、このような立場、すなわちばらばらな個人の立場を生みだす時代こそは、まさに、これまでのうちで最も発展した社会的な(この立場から見れば一般的な)諸関係の時代なのである。人間は最も文字どおりの意味でゾーン・ポリティコン〔共同体的動物、社会的動物〕(アリストテレス『政治学』第1巻第2章。919)である。たんに社交的な動物であるだけではなく、ただ社会のなかだけで個別化されることのできる動物である。社会の外でのばらばらな個人の生産--すでにいろいろな社会力を動的に身につけている文明人がたまたま無人島に吹き流されでもすれば起こるかもしれないめったにないこと--は、いっしょに生活しいっしょに語りあう諸個人なしでの言語の発達と同じようにありえないことである。それは、これ以上かかりあうにおよぼないことである。もしも、一八世紀の人々にとっては意味もあったこのたわいもないことがバスティアやケアリやプルードンなどによってまたしても大まじめに最新の経済学のまんなかにもちこまれさえしなかったら、この点に触れる必要はまったくなかったであろう。ことにプルードンにとっては、自分がその歴史的な発生を知りもしない経済的関係の起原を、神話化することによって、歴史哲学的に説明することは、もちろん愉快なのである。たとえば、アダムとかプロメテウスとかの頭にちゃんとできあがった観念が浮かんで、それからそれが採用されるようになった、などという神話によってである。こういう空想的なきまり文句〔locus communis〕ほどたいくつでおもしろくないものはない。〉(「〔経済学批判への〕序説」から、全集13巻611-2頁)
こうしたマルクスの古典派経済学に対する批判はまったく正当です。しかし問題は、ではそうであるならば、どうしてマルクス自身も『資本論』第1章第4節第12パラグラフで、敢えてロビンソン物語を取り上げているのか、それは古典派経済学がロビンソン物語を取り上げているのとどういう点で異なるのか、そのマルクスの叙述をわれわれが「マルクスのロビンソン物語だ」と言ってはどうしておかしいのか、ということではないかと思います。
古典派経済学の取り上げるロビンソン物語とマルクスの論じているロビンソン物語とには、歴然たる相違があります。古典派経済学の場合は、歴史の出発点として孤立した個人の狩猟や漁労を取り上げながら、その中に直接、交換価値や資本、利潤等を持ち込んで論じています。マルクスがリカードのロビンソン物語について、〈そのさい彼は、原始的な漁師と猟師とが、彼らの労働用具の計算のために、一八一七年にロンドン取引所で用いられている年賦償還表を参照するという時代錯誤におちいっている〉と批判しているようにです。しかし、マルクスの場合、すでに見たように、ロビンソンの孤島での生活をあらゆる社会的な関係とは無縁の一つの抽象物として論じています。ロビンソンは孤島でひとりぼっちなので、ここでは彼と自然との関係のみがあるだけです。これはマルクスが「第5章 労働過程と価値増殖過程」の「第1節 労働過程」において、労働過程をとりあえずはあらゆる社会形態から独立してそのものとして考察したのと同じような関係が、ここにはそのまま、つまり何の抽象も必要なく、具体的なものとして存在しているわけです。
マルクスは労働過程がそうした抽象的なものとして論じる理由を次のように述べています。
〈使用価値または財貨の生産は、資本家のために資本家の管理のもとで行なわれることによっては、その一般的な性質を変えはしない。したがって、労働過程は、さしあたり、どのような特定の社会的形態からも独立に考察されなければならない。〉(全集版233頁)
そしてそうした考察の最後に、その意義を次のように述べています。
〈われわれがその単純で抽象的な諸要素において叙述してきたような労働過程は、諸使用価値を生産するための合目的的活動であり、人間の欲求を満たす自然的なものの取得であり、人間と自然とのあいだにおける物質代謝の一般的な条件であり、人間生活の永遠の自然的条件であり、したがってこの生活のどんな形態からも独立しており、むしろ人間生活のすべての社会形態に等しく共通なものである。それゆえ、われわれは、労働者を他の労働者たちとの関係において叙述する必要がなかった。一方の側に人間とその労働、他方の側に自然とその素材があれば、それで十分であった。小麦を味わってみてもだれがそれを栽培したのかわからないのと同様、この過程を見ても、どのような条件のもとでそれが行なわれるのか、奴隷監督の残忍なムチのもとでか、資本家の心配げなまなざしのもとでなのか、それともキンキナトゥスが数ユゲルム〔1ユルゲム=約25アール〕の耕作において行なうのか、石で野獣を倒す未開人が行なうのか、はわからない。〉(241-2頁)
ここでマルクスが述べているように、マルクスのロビンソンの孤島での生活の考察は、それが〈人間の欲求を満たす自然的なものの取得であり、人間と自然とのあいだにおける物質代謝の一般的な条件であり、人間生活の永遠の自然的条件であり、・・・・人間生活のすべての社会形態に等しく共通なもの〉としてではないかと思います。それがロビンソンの孤島での生活では、一つの空想的な物語とはいえ、具体的に何の抽象も必要のない形で存在しており、その具体性において、一般的条件が考察できるからではないかと思うわけです。
だからこうしたマルクスのロビンソン物語の特徴を理解し、古典派経済学のそれとの相違を踏まえた上でなら、「マルクスにもロビンソン物語がある」と言っても決して間違いではないのではないかと思うわけですが、どうでしょうか。
◎注29について
注29についても、一応、学習会では問題にしたので、その紹介をしておきましょう(但し、ここでは関連資料を紹介するのみで、文節ごとの解説はやりません)。
【注29】〈(29) 第2版への注。リカードにも彼のロビンソン物語がないわけではない。「彼は、原始的な漁師と猟師にも、ただちに商品所有者として、魚と獣とを、それらの交換価値に対象化された労働時間に比例して交換をとり行わせている。そのさい彼は、原始的な漁師と猟師とが、彼らの労働用具の計算のために、一八一七年にロンドン取引所で用いられている年賦償還表を参照するという時代錯誤におちいっている。『オーエン氏の平行四辺形』が、ブルジョア社会形態以外に彼が知っていた唯一の社会形態だったようである」(カール・マルクス『経済学批判』、38、39ページ〔『全集』、第13巻、45ページ〕)。〉
レポーターのJJ富村さんから提出されたレジュメには、次のような全集版の注解からの紹介がありました。
〈オーウェンの平行四辺形〉(全集版,注解) (29)オーエン氏の平行四辺形について、リカードは、その著『農業保護について』、第四版、ロンドン、1822年、21頁〔岩波文庫版、大川訳『農業保護政策論』、66頁〕のなかで触れている。オーエンは、そのユートピア的な社会改造計画のなかで、集落が平行四辺形または正方形の形態で設けられれば、経済性の立場からも、居住性の立場からも最も合理的であるということを証明しようとした。〔河出書房版『世界大思想全集』、社会・宗教・科学篇、第一〇巻、永井・鈴木訳『ラナーク州への報告』、87頁以下。〕
さらに『剰余価値学説史』のなかでは、マルクスはリカードの『農業保護について』から一文を引用して、次のように批判しています。
〈「もしわれわれがオーエン氏の平行四辺形(14)の一つに住み、われわれの全生産物を共同に享受するとすれば、その場合には、豊富であることの結果として苦しむものはだれもいないであろう。しかし、社会が現在のように構成されているかぎり、豊富であることがしぼしば生産者にとっては有害であり、稀少であることが彼らにとっては有利であろう。」(『農業保護について』、第四版、ロンドン、1822年、21べージ。〔岩波文庫版、大川一司訳『農業保護政策批判』、666ページ。〕) リカードは、ブルジョア的生産を、もっと明確に言えば資本主義的生産を、生産の絶鉢的な形態として把握している。したがって、その生産関係の一定の形態が、生産そのものの目的--豊富--と矛盾したり、それを拘束したりすることはけっしてありえない。ここで言っている豊富とは、使用価値の量とその多様性とをともに含んでいるものであって、この使用価値はこれでまた、生産者としての人間の豊かな発展、彼の生産能力の多方面にわたる発展を条件とするものである。そしてリカードは、ここで、こっけいな矛盾に陥っている。われおれが価値と富について語るのであれぽ、ただ全体としての社会だけを念頭におかなければならない。といっても、資本と労働について語るとすれば、「総収入」はただ「純収入」を生みだすためにのみ存在する、ということは自明なことである。彼がブルジョア的生産について驚嘆しているのは、実際には、その一定の形態が--先行する諸生産形態に比較すれば--生産諸力の無拘束な発展を許容する、ということである。それがそうしたことを遂行しなくなったり、そうしたことを遂行している内部に矛盾が現われたりする場合には、彼は矛盾を否定する。というよりはむしろ、生産者を顧慮することなく、富そのもの--使用価値の量--をそれ自体究極の目標だとすることによって、矛盾そのものを他の形態で言い表わすのである。〉(『学説史』全集第26巻III62-3頁)
(注解14--オーエンは彼のユートピア的な社会改革案のなかで、住居は平行四辺形かまたは正方形かに設計されるのが経済性の立場からも家庭生活の立場からも最も合目的的だ、ということを証明しようと試みた。)
◎第13パラグラフ
次は第13パラグラフです。
【13】〈( イ)そこで次に、ロビンソンの明るい島から暗いヨーロッパの中世に目を移そう。 (ロ)ここでは、独立した男の代わりに、だれもが依存しあっているのがみられる--農奴と領主と、臣下と君主と、俗人と聖職者とが。 (ハ)人格的依存が、物質的生産の社会的諸関係をも、その上に立つ生活領域をも性格づけている。 (ニ)しかし、まさに人格的依存関係が与えられた社会的基礎をなしているからこそ、労働も生産物も、それらの現実性とは異なる幻想的姿態をとる必要はない。 (ホ)それらは、夫役や貢納として社会的機構の中に入っていく。 (ヘ)労働の現物形態が、商品生産の基礎上でのように労働の一般性ではなく労働の特殊性が、ここでは、労働の直接的に社会的な形態である。 (ト)夫役労働も、商品を生産する労働と同じように、時間によってはかられるが、どの農奴も、彼が領主のために支出するのは彼の個人的労働力の一定量であるということを知っている。坊主どもに納めるべき十分の一税は、坊主の祝福よりもはっきりしている。 (チ)だから、ここで人々が相対しているさいに身につけている仮面がどのように判断されようとも、彼らの労働における人格と人格との社会的諸関係は、いつでも彼ら自身の人格的諸関係として現れ、物と物との、労働生産物と労働生産物との、社会的諸関係に変装されてはいない。〉
(イ) それでは次に、ロビンソンの明るい島から、暗いヨーロッパの中世に目を移しましょう。
ここではロビンソンの島の明るさと、暗い中世ヨーロッパが対比されていますが、当時の歴史学や経済学では「暗い中世」像が支配的だったのだそうです。
(ロ) 中世では、孤島の独立した男の代わりに、誰もが依存しあっています。例えば農奴と領主、臣下と君主、俗人と聖職者というように。
商品生産の社会では、労働の社会的関係は物的に覆い隠され、物の社会的関係として現れ、神秘的な形態をとります。だからマルクスは商品生産とは異なる別の生産諸形態に逃げ込めば、こうした一切の神秘化、いっさいの魔法妖術は、消え失せるとして、最初はロビンソンの孤島の生活を考察しました。孤島ではロビンソンがただ一人いるだけですから、そもそも人間の社会的関係そのものが問題ではありませんでした。しかしロビンソン個人のささやかな生活を支えるためにも、彼は彼の諸機能を、さまざまな作業として支出しなければならず、それらが互いに関連し合っていなければならないという形で、労働の結びつきが、やはりそこでも問題であることが示されました。しかしそれらはロビンソン個人の諸機能ですから、そこには何の神秘性もないことが確認されたのでした。
そこでマルクスは、今度は、孤立した一人の人間ではなく、人間相互の関係が、最初から直接に関連し合っていて、物の関係として現れていない社会として、中世の社会を取り上げているわけです。つまり中世では人々は最初から互いに依存し合っている社会なのです(支配・被支配の服従関係ですが)。このロビンソンから中世へ、そして家父長制の家族共同体へ(第14パラグラフ)、そして最後は自由な人々の連合体へ(第15パラグラフ)、という考察の順序には、どういう意味があるのかも一つの問題なのですが、それはまたおいおい考えて行きたいと思います。とりあえず、ロビンソン物語から中世への移行にはそうしたマルクスの意図が感じられると、今の時点では指摘しておきたいと思います。
(ハ) 中世では、人格的な依存関係が、物質的生産の社会的関係をも、その上に立つ生活領域をも性格づけています。
学習会では、ここで述べられていることは、人間の物質的諸関係がすべての関係の基盤だという、いわゆる「唯物史観」の定式化と言われるものと同じといえるのか、印象としては若干の齟齬が感じられるように思うが、どう考えたらよいのか、という疑問が提出され、少し議論になりました。しかし、この問題は、別の項目を立てて検討・紹介したいと思います。
(ニ)、(ホ) しかし、まさに人格的な依存関係が社会の基礎をなしているからこそ、そこでは労働は夫役として、またその生産物も貢納という形で、その社会的な機構のなかにあり、それらの現実性とは違った幻想的な姿をとる必要はないわけです。
マルクスは『資本論』第1部第3編「第8章 労働日」「第2節 剰余労働への渇望 工場主とボヤール」(ボヤールというのはロシアやルーマニアの領主のこと)において、領主と農奴との関係について論じています。そこでは農奴の剰余労働は〈夫役において一つの独立な感覚的に知覚することのできる形態をもっている〉(307頁)〈彼は一方(必要労働--引用者)を彼自身の耕地で行い、他方(剰余労働--同)を領主の農場で行う。それだから、労働時間の二つの部分は独立に並んで存在する。夫役の形態では、剰余労働は明確に必要労働から区別されている〉(307-8頁)と。つまり農奴は自分のために彼自身の耕地で働く労働と領主のために農場で働く労働とは、時間的にも空間的にも、だからまた感覚的にもハッキリ区別されていて、そこにはそれ以外の何らかの幻想的なものが入る余地はまったくなかったということだと思います。
ついでに、ドナウ諸侯国やルーマニア諸州では夫役から農奴制が発生した事情について、次のように述べていることも紹介しておきましょう。
〈夫役はドナウ諸侯国では現物地代その他の農奴制付属物と結びつけられていたが、しかし支配階級への決定的な貢租となっていた。このような所では、夫役が農奴制から発生したことはまれで、むしろたいていは反対に農奴制が夫役から発生した。ルーマニア諸州でもそうだった。これら諸州の元来の生産様式は共同所有を基礎としていたが、それはスラヴ的形態の共同所有ではなく、インド的形態のそれではなおさらなかった。土地の一部分は自由な私的所有として共同体の諸成員によって独立に管理され、他の部分――ager publicus〔公共地〕――は彼らによって共同に耕作された。この共同労働の生産物は、一部は凶作その他の災害のための予備財源として役だち、一部は戦費や宗教費やその他の共同体支出をまかなうための国庫として役だった。時がたつにつれて、軍事関係や教会関係の高識者たちは共有財産といっしょに共有財産のための仕事を横領した。自分たちの公共地での自由な農民の労働は、公共地盗人たちのための夫役に変わった。それと同時に農奴制諸関係が発展した。〉(308頁)
つまり夫役はもともとは農村共同体の共有する公共地での自由な農民たちの共同体のための労働だったのが、その公共地を軍事関係者や教会関係者が横領して支配者に成り上がり、共同体の構成員を支配するようになったために、公共地での自由な農民の労働は夫役になってしまい、そこから農奴制諸関係が生まれたのだということのようです。
(ヘ) 労働の現物形態が、つまりその特殊な形態が、ここでは、労働の直接に社会的な形態ですから、商品生産の基礎上でのように、労働生産物に対象化された労働が抽象的・一般的な性格に還元されて、初めて社会性を獲得するというような、難しいわけの分からないものは何もありません。
(ト) 夫役労働も、確かに商品を生産する労働と同じように時間によってはかられますが、どの農奴も、彼が領主の農場で支出するのは、彼の個人的労働力の一定量であるということは知っています。また教会に納める十分の一税も、坊主の与える祝福よりハッキリしています。
(チ) だから、ここで人々が相対しているさいに身につけている仮面(農奴、領主、臣下、君主、俗人、聖職者等々)がどのように判断されようとも、彼らの労働における人格と人格との社会的諸関係(農奴と領主、俗人と聖職者との関係)は、いつでも彼ら自身の人格的諸関係として現れ、物と物との、あるいは労働生産物と労働生産物との、社会的関係というような変装された形では現れないのです。
◎中世では、人格的な依存関係が、物質的生産の社会的関係をも、その上に立つ生活領域をも性格づける、という定式は、果たして唯物史観の定式化とどのように関係するのか?
それでは、文節〈 (ハ)人格的依存が、物質的生産の社会的諸関係をも、その上に立つ生活領域をも性格づけている〉に関連して提起した問題を改めて考えてみましょう。つまりここで述べていることは、唯物史観の定式化と言われているものと同じと考えてよいのか、それともそれとは違ったものなのか、という問題です。
この問題を考えるために、マルクスが『経済学批判』の「序言」で〈私にとって明らかとなった、そしてひとたび自分のものになってからは私の研究にとって導きの糸として役だった一般的結論は、簡単にいえば次のように定式化することができる〉として述べている一文を紹介しておきましょう。
〈人間は、彼らの生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係に、すなわち、彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。これが実在的土台であり、その上に一つの法律的および政治的上部構造が立ち、そしてこの土台に一定の社会的諸意識形態が対応する。物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する。〉(全集13巻6頁)
このようにマルクスはここでは〈物質的生活の生産様式が、社会的、政治的および精神的生活過程一般を制約する〉と述べています。これにもとづけば、物質的生活の生産様式が、人間の社会的な関係をも制約すると理解できそうに思えますが、しかし、マルクスは中世においては、人格的な依存関係が、物質的生産の社会的関係をも・・・・性格づけていると述べています。果たしていわゆる唯物史観の定式化は、ブルジョア社会だけに適応できるものであって、中世の世界では適応不可とマルクスは考えていたのでしょうか。
しかしそうでないことは、先の定式化の最後のあたりで、マルクスは〈大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会構成のあいつぐ諸時期としてあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の最後の敵対的形態である〉と述べていることを見ても明らかです。それは封建的生産様式にも妥当すると考えているのです。しかし、では先の文節の一文はどのように考えたらよいのでしょうか。
唯物史観の定式化をよく見ますと、マルクスが〈物質的生活の生産様式〉と述べているものは、その前で述べている〈実在的土台〉と同義と考えられます。そして〈実在的土台〉というのは、〈社会の経済的構造〉であり、それはすなわち〈生産諸関係の総体〉を意味しています。そして〈生産諸関係〉というのは、〈物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する〉ものであるということが述べられているわけです。つまり物質的生産諸力の発展段階に対応して、社会的な生産諸関係が形成されるのであり、その総体が土台になっていると述べているわけです。そしてそれがまた〈物質的生活の生産様式〉でもあるということではないかと思います。
そして先の文節では、マルクスは〈人格的依存が、物質的生産の社会的諸関係をも、その上に立つ生活領域をも性格づけている〉と述べています。つまりここでは人格的依存関係が、直接、物質的生産の社会的諸関係、すなわち生産諸関係をなしているとマルクスは述べているわけです。だからそれが物質的生産諸力の一定の発展段階に対応していることはいうまでもありません。つまり物質的生産諸力の一定の発展段階に対応して、人格的依存関係が直接社会的な生産諸関係を形成しているわけです。そしてそれがこの場合は社会の経済構造を形成し、実在的土台をなしているといえるわけです。このように考えれば、この文節で述べていることが、マルクスのいわゆる唯物史観の定式化と決して矛盾するものではないことが分かるでしょう。
また学習会では、マルクスは『経済学批判要綱』では、社会諸形態の歴史的な発展段階を、三つの継起する段階として特徴づけて論じているという紹介がされました。それも、ここで紹介しておきましょう。
〈交換価値においては、人格と人格との社会的関連は物象と物象との一つの社会的関係行為に転化しており、人格的な力能は物象的な力能に転化している。社会的な力を交換手段がもつことが少なければ少ないほど、つまり交換手段がいまだに直接的な労働生産物の性質や交換者の直接的諸必要とかかわりあいがあればあるほど、諸個人を結びつける共同団体--家父長的関係、古代の共同団体、封建制度、ギルド制度--の力は、まだそれだけ大きいにちがいない。……各個人は社会的な力を一つの物象の形態でもっている。この社会的な力を物象から奪いとってみよ。そうすると諸君は、それを諸人格のうえに立つ諸人格にあたえざるをえない。人格的な依存諸関係(最初はまったく自然生的)は最初の社会諸形態であり、この諸形態においては人間的生産性は狭小な範囲においてしか、また孤立した地点においてしか展開されないのである。物象的依存性のうえにきずかれた人格的独立性は第二の大きな形態であり、この形態において初めて、一般的社会的物質代謝、普遍的諸関連、全面的諸欲求、普遍的諸力能といったものの一つの体系が形成されるのである。個人の共同体的、社会的生産性を諸個人の社会的力能として服属させることのうえにきずかれた自由な個体性は、第三の段階である。第二段階は第三段階の諸条件をつくりだす。〉(『要綱』草稿集第1巻137-138頁、但し、挿入されている原文はドイツ語がうまく表記できないためにカットしました。)
また関連すると思われる、『資本論』第3巻第48章の最後の一文も紹介しておきましょう。
〈以前のいろいろな社会形態では、この経済的神秘化(生産関係の物化や生産当事者に対する生産関係の独立化と、それが生産者に対して、圧倒的に彼らを支配する自然法則として現れ、彼らに対立して盲目的な必然性として力を振るうこと--引用者)は、ただ、おもに貨幣と利子生み資本とに関連してはいってくるだけである。それは次のような場合には当然排除されている。第一には、使用価値のための、直接的自己需要のための、生産が優勢な場合である。第二には、古代や中世でのように奴隷制や農奴制が社会的生産の広い基礎をなしている場合である。この場合には生産者にたいする生産条件の支配は、支配・隷属関係によって隠されていて、この支配・隷属関係が生産過程の直接的発条として現われており、目に見えている。自然発生的な共産主義が行なわれている原始的共同体のなかでは、また古代の都市共同体のなかでさえも、その諸条件を含めてのこの共同体そのものが生産の基礎として現われ、また共同体の再生産が生産の最終目的として現われる。中世の同職組合制度にあってさえも、資本も労働も無拘束なものとしては現われないで、それらの相互の関係は、組合制度やそれと関連する諸関係やまたこの諸関係に対応する職業上の義務や親方資格などの諸観念によって規定されたものとして現われる。〉(全集25b1064-5頁)
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【付属資料】
●第12パラグラフに関するもの
《初版本文》
〈島の上でのロビンソンを例にとってみよう。彼は、生来つつましやかであるが、それでもいろいろな種類の必要をみたさなければならず、したがって、道具を作り、家具をこしらえ、ラマを馴らし、漁労をし、狩猟をする等々、いろいろな種類の有用な労働を行なわなければならない。祈祷とかこれに類することは、ここでは触れない。というのは、わがロビンソンは、こういったことに喜びを見いだし、この種の行動を気晴らしだと思っているからである。彼の生産機能が種々雑多であるにもかかわらず、彼は、これらの機能が、ほかならぬロビンソンのいろいろな活動形態でしかなく、したがって、人間労働のいろいろなやり方でしかない、ということをわきまえている。必要そのものが、彼を強制して、彼の時聞を彼のいろいろな機能のあいだに精確に配分させている。彼の全活動のなかでどれがより大きなスペースを占めどれがより小さなスペースを占めるかは、目ざす有用効果を達成するために克服しなければならない困難の大小いかんで、きまることである。経験がこのことを彼に教える。そして、わがロビンソンは、時計や帳簿やインクやぺンを難破船から救出していたので、立派なイギリス人として、直ちに、自分自身のことを帳簿につけ始める。彼の財産目録には、彼がもっている諸使用対象の、それらの生産に必要ないろいろな仕事の、そして最後に、これらのいろいろな生産物の一定量が彼に平均的に費やさせる労働時間の、明細書が、記入されている。ロビンソンと彼の自家製の富を形成している物とのあいだのいっさいの関係は、ここではきわめて簡単明快であるから、M・ヴィルト氏でさえ、特に精神を緊張させなくてもこれらの関係を理解できたであろう。それにもかかわらず、これらの関係のうちには、価値のすべての本質的な規定が含まれている。〉(江夏訳60頁)
《補足と改訂》
〈経済学はロビンソン物語を好むから〈注)、まず孤島のロどンソンに登場ねがおう。(P. 3 6、37、I)ここでの注。リカードにも彼のロビンソン物語がないわけではない。「彼は、原始的な漁師と猟師にも、ただちに商品所有者として、魚、と獣とを、それらの交換価値に対象化された労働時間に比例して交換をとり行なわせている。そのさい彼は、原始的な漁師と猟師とが、彼らの労働用具の計算のために、1817年にロンドン取引所でもちいられている年賦償還表を参照するという時代錯誤におちいっている。『オーエン氏の平行四辺形』が、ブルジョア的社会形態以外に彼が知っていた唯一の社会形態だったようであるJ (『批判』、p.38、39)〉(33頁)
《フランス語版》
〈経済学はロビンソン物語を好むので、まずロビンソソを彼の島に訪れよう。 ロビソソンは、生来そうであるように慎ましやかであるが、それでもさまざまな必要をみたさなけれぽならない。たとえば家具を作り、道具をこしらえ、動物を馴らし、漁労をし、狩猟をするなど、各種の有用労働を行なわなければならない。彼の祈濤その他これに類するつまらぬことについては、なんら語る必要もない。というのは、わがロビンソソは、そういうことに悦びを見出して、この種の活動は元気をますための気晴しであると見なしているからである。彼の生産機能が多様であるにもかかわらず、それらの機能はほかならぬロビンソンの生活設計のためのさまざまな形態でしかない、すなわち、ただたんに人間労働のさまざまな様式でしかない、ということを彼は知っている。必要そのものにせまられて、彼は自分の時間を種々の仕事に配分しなければならない。彼の総労働のなかで、ある仕事がより大きな範囲を占め、別の仕事がより小さな範囲を占めるが、このことは、彼が目ざす有用な効果を得るために克服しなけれぽならない困難の大小に依存している。経験が彼にこのことを教えたのであって、時計や台帳やペンやイソキを難破船から救い出したわがロビソソソは、立派なイギリス人として、まもなく日々の行為をくまなく記帳する。彼の財産目録には、彼が所有する有用物についての、それらの生産に必要な種々の労働様式についての、そして最後に、これらさまざまな生産物の一定量が平均して必要とする労働時間についての、明細が記されている。ロビンソソと彼の自製の富である諸物とのあいだの関係はことごとくきわめて簡単明瞭であって、ボードリャール氏〔ブルジョア経済学者〕もとりわけ心を緊張させずにこのことを理解できるほどである。それでも、価値のあらゆる本質的な規定がこのうちに含まれている。〉(52頁)
●注29に関するもの
《フランス語版》
〈(29)リカードにさえ、ロビンソン物語がある。リカードにとっては、原始的な狩猟者と漁夫とは、魚と獣とをそれらの価値のうちに実現された労働時間に比例して交換する商人である。このばあいリヵードは、狩猟者と漁夫とが彼らの労働用具の計算のために、ロンドン取引所で一八一七年に使われていた年賦償却表を参照するという、かの特異な時代錯誤を犯している。「オーウェン氏の平行四辺形〔集落が平行四辺形であれば最も合理的である、というオーウェンのユートピア的な社会改造計画〕」は、リカードがブルジョア社会以外に知っている唯一の社会形態であるようだ。〉(52頁)
●第13パラグラフに関するもの
《補足と改訂》
〈そこで次に、ロビンソンの明るい島から暗いヨーロッパの中世に目を移そう。ここでは、独立した男の代わりに、だれもが依存し合っているのが見られる--農奴と領主と、臣下と君主と、俗人と聖職者とが。人格的依存が、まさしく、物質的生産の社会的関係をも、その上に立つ他のすべての生活領域をも性格づけている。しかし、まさに人格的依存関係が与えられた社会的基盤をなしているからこそ、したがって、労働も生産物も、それらの現実性とは異なる幻想的姿態をとる必要はない。それらは、夫役や貢納として社会的機構のなかにはいっていく。ここでは労働の自然形態が、商品生産の基礎上でのように労働の一般性ではなく労働の特殊性が、労働の直接的に社会的な形態である。夫役労働も、商品を生産する労働と同じように、時聞によってはかられるが、どの農奴も、彼が領主のために支出するのは彼の個人的労働力の一定分量であるということを知っている。坊主どもに納めるべき十分のー税は、坊主の祝福よりもはっきりしている。だから、ここで人々が相対しているさいに身につけている社会的扮装がどのように判断されようとも、彼らの労働における人格と人格との社会的諸関係は、いつでも彼ら自身の人格的諸関係として現われ、物と物との、労働生産物と労働生産物との、社会的諸関係に変装されてはいない。〉(33-4頁)
《フランス語版》
〈さて、ロビソソソの光り輝く島から暗いヨーロッパの中世に移ろう。われわれはここでは、独立した人間のかわりに、奴隷と領主、家臣と宗主、俗人と聖職者という、依存しあっている万人を見出す。この人的依存が、物質的生産の社会的関係をも、この物質的生産が土台として役立っているところの他のすべての生活領域をも、特徴づけているのである。そして、この社会が人的依存を基礎としているからこそまさに、すべての社会的関係が人間のあいだの関係として現われる。したがって、さまざまな労働とその生産物とは、実在とちがった幻想的な姿をとるには及ぽない。それらは、夫役や現物給与や現物給付として現われる。労働の自然形態、労働の特殊性- 商品生産におけるように労働の一般性、鋤労働の抽象的性格ではないーが、労働の社会的形態でもある。夫役労働も、商品を生産する労働と全く同じょうに、時間で測られる。だが、個々の農奴は、アダム・ス、ミスのような人に頼るまでもなく、自分の主人のために支出するものが自分自身の労働力のなかの一定量であることを、非常によく承知している。司教に納めるべき十分の一税は、司教の祝福よりもはっきりしている。だから、人間がこの社会でかぶっている仮面をどのように判断するにしても、諸個人各自の労働における彼らの社会的関係は、彼ら自身の人的関係としてはっきりと確認されるのであって、物の社会的関係、労働生産物の社会的関係に変装してはいない。〉(53頁)
第40回「『資本論』を読む会」の案内
『資 本 論』 を 読 ん で み ま せ ん か
欧州の国家債務危機と信用不安は、ギリシャからイタリアへと飛び火し、ますますその深刻の度を加えています。
ギリシャでは、EU首脳会議が決めた支援策の受け入れで、国民投票をするかどうかですったもんだした挙句、それを言い出したパパンドレウ首相が辞任、パパデモス前欧州中央銀行(ECB)副総裁が後任につき、来年2月実施予定の総選挙までの暫定政権が発足しました。
しかしギリシャの財政危機は依然として増大しており、国債償還が集中する12月中旬には、国際通貨基金(IMF)や欧州金融安定基金(EFSF)などから80億ユーロ(約8500億円)のつなぎ融資を受けられなければ、国家破綻する事態を迎えています。
一方、イタリアの国債価格が急落し、10年物国債の利回りが自力返済不能のボーダーライン(危険水域)とされる7%を超え、一気に、財政・金融不安が広まりました。イタリアの政府債務は約1兆9000億ユーロ(約200兆円)、国内総生産(GDP)比120%に達しています。
もしイタリアが国家危機に陥るなら、その影響はギリシャの比ではありません。イタリアの経済規模はユーロ圏全体の約17%を占め、ドイツ・フランスに次ぐ「大国」なのです。
先の主要20ヵ国・地域(G20)首脳会議では、IMFによるイタリアの財政改革の実行状況の監視を決めました。もし国債の利回りがこのまま上昇し続ければ、IMFからの支援なしでは、資金調達が困難になり、国債償還時に資金繰りに行き詰まり突然の債務不履行(デフォルト)に陥る可能性があるからです。結局、ベルルスコーニ首相は自ら退陣を表明、2013年までに対GDP比4.6%の財政赤字を解消させる財政安定法の成立を国際公約させられました。
こうしたなかで、財政危機のしわ寄せを一方的に押しつけられようとしている、ギリシャやイタリアの労働者は、敢然と闘いに立ち上がっています。ギリシャでは10月19~20日に、数百万人規模の官民48時間ゼネストと数十万人の集会や、国会包囲デモが行われ、イタリアでも600万人の労働者を組織しているイタリア最大の労組CGIL(イタリア労働総同盟)の呼びかけで、ベルルスコーニ政権の緊縮財政攻撃に反対する8時間ゼネストに決起しました。労働者への犠牲の押しつけで国家的危機を乗り切ろうとする資本に対して、その反撃は当然といえます。
今回のEU発の世界的な信用不安は、08年のリーマンショックの延長であり、世界市場恐慌の一層の深化を示しています。そして恐慌の時こそ、労働者階級が、新しい社会の建設に向けて闘いに立ち上がる時でもあるのです。マルクスは、恐慌と革命の関係について、次のように述べています。
〈本当の革命は……この二要因、つまり近代的な生産諸力とブルジョア的生産諸形態とが、たがいに矛盾に陥る時期にだけ、可能である。……新しい革命は新しい恐慌につづいてのみ起こりうる。しかし革命はまた、恐慌が確実であるように確実である。〉(下線はマルクスによる。全集7巻450頁)
世界市場恐慌のより一層の深まりは、やがては世界の労働者階級を闘いに駆り立てずにはおかないでしょう。ギリシャやイタリアの労働者の闘いは、その先駆けといえます。来るべき革命の一時代に備えるためにも、貴方も、共に『資本論』を学びませんか。
第40回「『資本論』を読む会」の報告
◎大阪ダブル選挙
大阪府知事選と大阪市長選のダブル選挙は「維新の会」の圧勝に終わりました。橋下前府知事が「大阪都」構想を掲げ、「大阪維新の会」を基盤に大阪市長選に鞍替えして立候補したために、実現した選挙でしたが、橋下前知事の狙いが着々と具体化しつつあることに、危機感を持たざるを得ません。
橋下氏は、「独裁者」よろしく、乱暴な攻撃的な物言いで、さまざまな作られた「敵」を相手に、派手な立ち回り演じることによって、人気を集めています。
しかし、北海道大学准教授の中島岳志氏が「橋下徹の言論テクニックを解剖する」(http://www.magazine9.jp/hacham/111109/)で暴露していますが、橋下氏は自らが著した『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』(日本文芸社)で、自分の言論のテクニックを披露し、手の内を明かしているのだそうです。
それによれば、この間の橋下氏のマスコミを上手に使い、耳目を引き付ける奇抜な言動のすべてが、大衆を欺き、錯覚を引き起こして、操作するための、計算されたものであることが分かります。
このようなファシストまがいの大衆操作のテクニックを操る危険な人物を私たちは決して、認めるわけには行きません。
「維新の会」進出に警鐘を乱打しながら、とにかく、第40回の学習会の報告を行います。
◎第14パラグラフ
今回も第14パラグラフと第15パラグラフの二つのパラグラフをやりました。まず最初にそれぞれのパラグラフの本文を紹介し、文節ごとに記号を打って、平易に解説しながら、議論の紹介もして行くことにします。まずは第14パラグラフ本文です。
【14】〈 (イ)共同的な、すなわち直接的に社会化された労働を考察するためには、われわれは、すべての文化民族の歴史の入口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はない(30)。 (ロ)自家用のために、穀物、家畜、糸、リンネル、衣類などを生産する農民家族の素朴な家父長的な勤労が、もっと手近な一例をなす。 (ハ)これらのさまざまな物は、家族に対して、その家族労働のさまざまな生産物として相対するが、それら自身がたがいに商品として相対することはない。 (ニ)これらの生産物を生み出すさまざまな労働、農耕労働、牧畜労働、紡績労働、織布労働、裁縫労働などは、その現物形態のままで、社会的機能をなしている。 (ホ)なぜなら、それらは、商品生産と同じように、それ自身の自然発生的分業をもつ、家族の諸機能だからである。 (ヘ)男女の別、年齢の相違、および季節の推移につれて変わる労働の自然的諸条件が、家族のあいだでの労働の配分と個々の家族成員の労働時間とを規制する。 (ト)しかし、ここでは、継続時間によってはかられる個人的労働力の支出が、はじめから、労働そのものの社会的規定として現れる。 (チ)なぜなら、個人的労働力は、はじめから、家族の共同的労働力の諸器官としてのみ作用するからである。〉
(イ) 共同的な、つまり直接的に社会化された労働を考察するためには、私たちは、すべての文化民族の歴史の入り口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はありません。
さて、ここでは〈共同的な、つまり直接的に社会化された労働〉が問題になっています。その前の第13パラグラフのところで紹介したように、マルクスは人間の社会諸形態を三つの大きな段階として位置づけていました。すなわち(1)〈人格的な依存諸関係(最初はまったく自然生的)は最初の社会諸形態〉、(2)〈物象的依存性のうえにきずかれた人格的独立性は第二の大きな形態〉、(3)〈個人の共同体的、社会的生産性を諸個人の社会的力能として服属させることのうえにきずかれた自由な個体性は、第三の段階〉と。
この最初の〈人格的な依存諸関係〉について、マルクスは〈社会的な力〔Kraft〕を交換手段がもつことが少なければ少ないほど、つまり交換手段がいまだに直接的な労働生産物の性質や交換者の直接的諸必要とかかわりあいがあればあるほど、諸個人を結びつける共同団体--家父長的関係、古代の共同団体、封建制度、ギルド制度--の力は、まだそれだけ大きいにちがいない〉とも説明していました。つまり人格的依存関係というのは、何らかの共同体的な関係が労働における人間の社会的関係(生産関係)になっているものです。だからそれは封建制度だけではなく、家父長的関係や古代の共同体やギルド制度などにも共通して言えるものであるとの認識に立っているわけです。その意味では第13パラグラフの封建的な生産も、〈共同的な、つまり直接的に社会化された労働〉にもとづくものだったといえるでしょう。
だからこのパラグラフでは、同じ〈共同的な、つまり直接的に社会化された労働〉の別の社会的諸形態を論じようとしているわけです。さらにマルクスは〈われわれは、すべての文化民族の歴史の入口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はない〉と述べていることにも注意が必要です。つまりマルクスには時代を遡って商品生産とは異なる別の生産諸形態に逃げ込もうという意図があるということです。マルクスが『資本論』で対象にしているのは、いうまでもなく資本主義的生産様式です。そこから時代を遡って最初に問題になるのは、封建的生産様式であることは明らかでしょう。だからこそ、マルクスはロビンソンの孤島での生活というあらゆる社会形態に共通な一般的条件をまず考察したあと、最初に取り上げたのは、中世の生産諸形態であったといえるでしょう。そして中世の生産諸形態では、人格的な依存関係が直接的に労働における人間の社会的関係(生産諸関係)をなしていることが指摘されたのでした。つまり労働は最初から人格的な依存関係によって社会的関連の枠のなかにあったのです。そして同じ労働が直接に社会的に結びついている社会、つまり直接的に社会化された労働を問題にするためには、原始的な共同体社会まで時代を遡る必要はない、として次は、つまりこのパラグラフでは、自家需要のために生産する家父長制の家族共同体の生産形態を問題にしているといえます。
(ロ) その直接的に社会化された労働としては、自家用のために、穀物や家畜、糸、リンネル、衣類などを生産する農民の家族の素朴な家父長的な勤労が、もっとも手近な一例をなしています。
(ハ) これらのさまざまな物は、家族に対して、その家族労働のさまざまな生産物として相対しますが、それら自身がたがいに商品として相対することはありません。
(ニ) これらの生産物を生み出すさまざまな労働、例えば農耕労働(穀物)や牧畜労働(家畜)、紡績労働(糸)、織布労働(リンネル)、裁縫労働(衣類)などは、その現物形態のままで、社会的機能をなしています。
(ホ) というのは、それらの労働は、商品生産と同じように、それ自身の自然発生的分業をもつ、家族の諸機能だからです。
(ヘ) 男女の別や年齢の相違、季節の移り変わりによって変化する労働の自然条件などが、家族の間での労働の配分と個々の家族構成員の労働時間を規制します。
(ト)、(チ) しかし、ここでは継続時間によってはかられる個人的労働力の支出は、はじめから、労働そのものの社会的規定として現れます。というのは、個人的労働力は、はじめから、家族の共同的労働力の諸器官としてのみ作用するからです。
この家父長制の労働について、学習会では、家父長制の労働は果たして自然発生的な分業と言えるのだろうか、という疑問が出されました。というのは、文節(ニ)では家父長制のもとにおける家族労働は、その現物形態のままで社会的機能を持っているとしています。ということは、それらは直接に社会的に結びつけられた労働ということでしょう。ということはそれらの諸労働の分業もその限りで意識的・計画的なものと言えるのではないかと言うわけです。工場内の分業が意識的・計画的なものであり、だから工場内の労働はその現物形態のままで工場の枠内においては社会的ものとしてあるのと同じように、家父長制の家族労働もやはり意識的・計画的に諸労働が分割されて、家族のさまざまな構成員に配分されるのではないだろうか、というわけです。
この点について、マルクスは、資本主義以前の社会諸形態における分業について、次のように述べています。
〈それ以前の諸社会形態では諸産業の分化がまず自然発生的に発展し、次いで結晶し、最後に法的に固定された〉と。(全集23a468頁)
そしてその具体的な例としてインドの太古的小共同体の場合を紹介し、次のように述べています(全体を引用すると長すぎるので一部省略しました。興味のある方は『資本論』に直接当たって参照してください)。
〈たとえば、部分的には今日なお存続しているインドの太古的な小共同体は、土地の共有と、農業と手工業との直接的結合と、固定した分業とを基礎としており、この分業は、新たな共同体の建設にさいしては与えられた計画および設計図として役だっている。……生産物の大部分は共同体の直接的自己需要のために生産され、商品として生産されるのではなく、したがって、生産そのものは、商品交換によって媒介されるインド社会の全体としての分業からは独立している。……この共同体機構は計画的分業を示してはいるが、しかしマニュファクチュア的分業は不可能である。……共同体労働の分割を規制する法則は、ここでは自然法則の不可侵的権威をもって作用するのであるが、他方、鍛冶師などのようなそれぞれの特殊な手工業者は、伝統的な仕方に従って、しかし独立的に、自分の作業場ではどんな権威も認めることなしに、自分の専門に属するあらゆる作業を行なうのである。〉(全集23a6468-9頁)
このように、マルクスはインドの太古の小共同体では、さまざまな労働が分割されているが、それらは商品として生産されるのではなく、その〈共同体機構は計画的分業を示して〉いると述べています。ただそれらの労働の分化そのものは自然発生的に発展したものであり、次いでそれが結晶し、法的に固定したものだと述べています。
だから家父長制の家族労働も、それらが家族の構成員にそれぞれ振り分けられるやり方は、男女の別や年齢の相違、あるいは季節によって移り変わる自然条件の変化によって、自然発生的に行われてきたものであるが、しかしそれらはやがては固定されて、最初から家族の各構成員のそれぞれの義務として、家族の中の一つの決まりとなったものであり、その限りでは最初から計画的なものとしてあるということではないでしょうか。
◎注30について
注30についても議論しましたので、紹介しておきましょう(ただし文節ごとの解説は省略します)。
【注30】〈(30) 第2版への注。「自然発生的な共有の形態は、特にスラヴ的な、しかももっぱらロシア的な形態であると言うのは、近ごろ広まっている笑うべき偏見である。それは、われわれがローマ人、ゲルマン人、ケルト人のあいだで指摘できる原初形態であるが、これについては、さまざまな見本をそなえた立派な見本台帳が、今なお、一部は遺制としてであるけれども、インド人のあいだに見いだされる。アジア的な、ことにインド的な共有諸形態のいっそう厳密な研究は、自然発生的な共有のさまざまな形態からどのようにしてその崩壊のさまざまな形態が出てくるかを示すであろう。こうして、たとえば、ローマ的およびゲルマン的私有のさまざまな原型が、インド的共有のさまざまな形態から導出されるのである」(カール・マルクス『経済学批判』、10ページ〔『全集』、第13巻、19ページ〕)。〉
この注30については、そもそもこの注30は『経済学批判』からの引用になっていますが、『経済学批判』でも、やはり注としてあることが紹介されました。そしてその本文は次のようなものだという紹介もされました。
〈これに反して、紡ぎ手も織り手も同じ屋根の下に住んでいて、いわば自家需要のために、家族のうちの女たちは紡ぎ、男たちは織っていた家父長制的農村工業においては、家族の限界内で糸とリンネルとは社会的生産物であり、紡績労働と織布労働とは社会的労働であった。けれどもそれらの社会的性格は、一般的等価物としての糸が一般的等価物としてのリンネルと交換されること、つまり両者が同じ一般的労働時間のどちらでもよい、同じ意味の表現として互いに交換されることにあったのではない。むしろ原生的な分業をもつ家族関連が、労働の生産物にその固有な社会的極印をおしたのである。あるいはまた、中世の賦役と現物給付をとってみよう。ここでは現物形態にある個々人の一定の労働が、労働の一般性ではなくて特殊性が、社会的紐帯をなしている。あるいはまた最後に、すべての文化民族の歴史の入口で見られるような、原生的形態にある共同労働をとってみよう〔*〕。ここでは労働の社会的性格は、明らかに個々人の労働が一般性という抽象的形態をとることによって、つまり彼の生産物が一つの一般的等価物の形態をとることによって媒介されているのではない。個々人の労働が私的労働となることを妨げ、彼の生産物が私的生産物となることを妨げ、むしろ個々の労働を直接に社会有機体の一肢体の機能として現われさせるものは、生産の前提とされている共同体である。交換価値であらわされる労働は、個別化された個々人の労働として前提されている。それが社会的となるのは、それがその正反対の形態、抽象的一般性の形態をとることによってである。〉(全集13巻18-19頁)
この本文中にある〔*〕につけられた注として、上記の一文が存在しているのです。
この本文を読んでも、家父長制の家族関連そのものが、それらの家族の諸労働の社会的関連そのものになっており、だからそれらの諸労働は最初から社会的労働であったという指摘がなされています。労働が家族のさまざまな構成員に配分されるのは、家族の生理的な理由や自然条件によって、自然発生的に決まってきたのですが、しかしそれらが家族のさまざまな諸機能として直接に結びつけられており、その限りでは計画的分業をなしていたということが出来るでしょう。
◎第15パラグラフ
次は第15パラグラフです。
【15】〈 (イ)最後に、目先を変えるために、共同的生産手段で労働し自分たちの多くの個人的労働力を自覚的に一つの社会的労働力として支出する自由な人々の連合体を考えてみよう。 (ロ)ここでは、ロビンソンの労働のすべての規定が再現されるが、ただし、個人的にではなく社会的に、である。 (ハ)ロビンソンのすべての生産物は、もっぱら彼自身の生産物であり、したがってまた、直接的に彼にとっての使用対象であった。 (ニ)この連合体の総生産物は一つの社会的生産物である。 (ホ)この生産物の一部分は、ふたたび生産手段として役立つ。 (ヘ)この部分は依然として社会的なものである。 (ト)しかし、もう一つの部分は、生活手段として、連合体の成員によって消費される。 (チ)この部分は、だから、彼らのあいだで分配されなければならない。 (リ)この分配の仕方は、社会的生産組織体そのものの特殊な種類と、これに照応する生産者たちの歴史的発展程度とに応じて、変化するであろう。 (ヌ)もっぱら商品生産と対比するだけのために、各生産者の生活手段の分け前は、彼の労働時間によって規定されるものと前提しよう。 (ル)そうすると、労働時間は二重の役割を果たすことになるだろう。 (ヲ)労働時間の社会的計画的配分は、さまざまな欲求に対するさまざまな労働機能の正しい割合を規制する。 (ワ)他面では、労働時間は、同時に、共同労働に対する生産者たちの個人的関与の尺度として役立ち、したがってまた、共同生産物のうち個人的に消費されうる部分に対する生産者たちの個人的分け前の尺度として役立つ。 (カ)人々が彼らの労働および労働生産物に対してもつ社会的諸関係は、ここでは、生産においても分配においても、簡単明瞭である。〉
(イ) 最後に、目先を変えるために、共同的生産手段で労働して、自分たちの多くの個人的労働力を自覚的に一つの社会的労働力として支出する自由な人々の連合体を考えてみましょう。
(ロ) ここでは、ロビンソンの労働のすべての規定が再現されますが、ただ、個人的なものとしてではなく、社会的なものとしてです。
(ハ) ロビンソンのすべての生産物は、もっぱら彼自身の生産物であり、したがってまた、直接に彼にとって使用対象でした。
(ニ) この連合体の場合は、その総生産物は一つの社会的生産物です。
(ホ)、(ヘ) この生産物の一部分は、再び生産手段として役立ちます。だからこの部分は依然として社会的なものです。
(ト)、(チ) しかし、もう一つの部分は、生活手段として、連合体の成員によって消費されます。だからこの部分は、彼らの間で分配されなければなりません。
(リ) この分配の仕方は、社会的な生産組織そのものの特殊な種類と、これに照応する生産者たちの歴史的発展程度に応じて、変化するでしょう。
(ヌ) もっぱら商品生産と対比するだけのために、各生産者の生活手段の分け前は、彼の労働時間によって規定されるものと前提しましょう。
(ル) そうすると、労働時間は二重の役割を果たすことになるでしょう。
(オ) 労働時間の社会的計画的配分は、さまざまな欲求に対するさまざまな労働機能の正しい割合を規制します。
これに関連すると思われる文言は、『資本論』の他の部分にもみられます。例えば……
〈ただ生産が社会の現実の予定的統制のもとにある場合にだけ、社会は、一定の物品の生産に振り向けられる社会的労働時間の範囲とこの物品によってみたされるべき社会的欲望の範囲とのあいだの関連をつくりだすのである。〉全集25a236頁)
〈第二に、資本主義的生産様式が解消した後にも、社会的生産が保持されるかぎり、価値規定は、労働時間の規制やいろいろな生産群のあいだへの社会的労働の配分、最後にそれに関する簿記が以前よりもいっそう重要になるという意味では、やはり有力に作用するのである。〉(全集25b1090頁)
(ワ) 他方、労働時間は、同時に、共同労働に対する生産者たちの個人的な関与の尺度として役立ち、したがってまた、共同生産物のうち個人的に消費されるべき部分に対する生産者たちの個人的分け前の尺度としても役立ちます。
労働時間が、共同生産物のうち個人的消費されうる分け前を規制するというのは、『ゴータ綱領批判』のなかでより詳しく展開されています。
〈個々の生産者は、彼が社会にあたえたのと正確に同じだけのものを――控除をしたうえで――返してもらう。個々の生産者が社会にあたえたものは、彼の個人的労働量である。たとえば、社会的労働日は個人的労働時間の総和からなり、個々の生産者の個人的労働時間は、社会的労働日のうちの彼の給付部分、すなわち社会的労働日のうちの彼の持分である。個々の生産者はこれこれの労働(共同の元本のための彼の労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会から受け取り、この証明書をもって消費手段の社会的貯蔵のうちから等しい量の労働が費やされた消費手段を引きだす。個々の生産者は自分が一つのかたちで社会にあたえたのと同じ労働量を別のかたちで返してもらうのである。〉(全集19巻20頁)
(カ) 人々が彼らの労働や労働生産物に対してもつ社会的な諸関係は、ここでは、生産においても分配においても、簡単明瞭であり、何の神秘的な性格を帯びることもないでしょう。
学習会では、労働時間は二重の役割を果たすとありますが、「三重」ではないのか、という意見が出されました。第一に社会的欲望に対応したさまざまな労働機能の正しい割合に応じて労働時間を社会的計画的に配分する役割、第二にそうした労働の計画的な配分に応じて、個々人の労働を社会的に直接割り振る役割、第三に、個々人が社会に与えた労働に応じて、各人が共同生産物から個人的消費分の分け前を受け取る役割、ということです。第二と第三は同じ労働時間ですが、しかしその果たしている役割はやはり別のものと考えるべきではないかという意見です。しかしこの問題は、「二重」か「三重」かということ以上ではなく、大した問題ではないので、それ以上には問題になりませんでした。
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【付属資料】
●第14パラグラフに関連して
《補足と改訂》
〈共同的な、すなわち直接的に社会化された労働を考察するためには、われわれは、すべての文化民族の歴史の入口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はない。注「それは云々J (W 批判~ p. 1 0 、注1)。自家用のために、穀物、家畜、糸、リンネル、衣類などを生産する農民家族の素朴な家父長的な勤労が、もっと手近にある一例を提供する。これらのさまざまな物は、家族にたいして、その家族労働のさまざまな生産物として相対するが、それら自身が互いに商品として相対することはない。これらの生産物を生み出すさまぎまな労働、農耕労働、牧畜労働、織布労働、裁縫労働などは、その自然的形態のままで、社会的機能をなしている。なぜなら、それらは、商品生産と同じように、それ独自の自然発生的分業をもっ、家族の諸機能だからである。一面では男女の別、年齢の相達、および他面では季節の推移につれて変わる労働の自然的諸条件が、家族の間での労働の配分と個々の家族構成員の労働時間とを規制する。しかし、ここでは、労働の継続時間によってはかられる個人的労働力の支出が、はじめから、労働そのものの社会的規定として現れる。なぜなら、個人的労働力は、はじめから、家族の共同的労働力の器官としてのみ作用するからである。〉(34頁)
《フランス語版》
〈共同の労働、すなわち直接的な協力に出会うためには、すべての文明国民の歴史の入口で見られるような、この労働の原始的な自然形態にまで、さかのぼる必要はない(30)。自分たち自身の必要のために家畜、小麦、リンネル、亜麻糸、衣服等を生産している農民家族の田園的、家父長的事業のなかに、この労働の全く身近な一例がある。これらさまざまな物品は、その家族にとっては、家族労働のさまざまな生産物として現われるが、相互に交換される商品としては現われない。これらの生産物の源であるさまざま労働、農耕や牧畜や機織や衣服の仕立等は、当初から社会的機能の形態をとっている。というのは、それらは、商品生産と全く同じように、分業が行なわれている家族の機能であるから。季節の変化につれて変わる自然条件も、年齢や性のちがいも、家族内では、各人にたいする労働の配分と労働時間とを規制する。労働時間による個々人の労働力の支出の測定が、ここでは直接に、労働そのものの社会的性格として現われる。というのは、個々人の労働力は、家族の共同労働力の諸器官としてのみ機能するからである。〉(53-54頁)
●注30に関連して
《経済学批判》
〈〔*〕原生的な共有の形態は、とくにスラヴ的な、しかももっぱらロシア的な形態だというのは、近ごろひろまっているばかげた偏見である。それは、われわれがローマ人、ゲルマン人、ケルト人のあいだで指摘することのできる原初形態であるが、これについては、さまざまな見本をそなえたりっぱな見本帳が、いまでもなお、一部分は遺制としてであるとはいえ、インド人のあいだに見いだされる。アジア的な、ことにインド的な諸共有形態のいっそう詳しい研究は、原生的共有の種々の形態からどのようにしてその崩壊の種々の形態が出てくるかを示すであろう。こうして、たとえばローマ的およびゲルマン的私有の種々の原型が、インド的共有の種々の形態からみちびきだされるのである。〉(全集13巻19頁)
《フランス語版》
〈(30) 共有の原始的形態が特にスラヴ的な、あるいはもっぱらロシア的な形態であるというのは、最近流布されている笑うべき偏見である。それは、ローマ人やゲルマン人やケルト人のもとでも出会う形態であって、この形態については現在でもなお、たとえ断片や破片としてであろうと、さまざまの標本をそなえたそれの見本台帳を、インド人のもとで見出すことができる。アジア、とりわけインドにおいての分割されていない所有形態の徹底的な研究は、それのさまざまな解体形態がどのようにして出てきたかを、示すであろう。こうして、たとえばローマでの、そしてまたゲルマン人のもとでの私有の種々の原型が、インド的共有のさまざまな形態から発生することができるのである。〉(54頁)
●第15パラグラフに関連して
《初版本文》
〈さて、ロビンソンに代わって、共同の生産手段を用いて労働し、自分たちのたくさんの個人的な労働力を意識的に一つの社会的な労働力として支出するところの、自由な人々の団体を、想定することにしよう。ロビンソンの労働のあらゆる規定が繰り返されるが、このことは、個人的にではなく社会的にというにすぎない。とはいっても、一つの本質的な区別が生ずる。ロビンソンのすべての生産物は、彼ひとりの個人的生産物であったし、したがって、彼にとっては、直接的な使用対象であった。団体の総生産物は社会的な生産物である。この生産物の一部分は再び生産手段として役立つ。それは相変わらず社会的である。ところが、ほかの一部分は生活手段として団体の構成員たちの手で消費される。したがって、それは、彼らのあいだに分配されなければならない。この分配の様式は、社会的生産有機体そのものの特殊な様式に応じて、また、この様式に対応する生産者たちの歴史的な発展の高さに応じて、変化するであろう。ただ商品生産と対比してみるために、生活手段についての各生産者の分けまえが各生産者の労働時間によって規定されている、と前提しよう。そうすると、労働時聞は二重の役割を演ずることになろう。労働時間の社会的に計画された配分が、いろいろな必要にたいするいろいろな労働機能の正しい割合を、規制する。他方、労働時聞は同時に、共同労働についての生産者の個人的な分担分の尺度として役立ち、したがってまた、共同生産物中の個人的に消費可能である部分についての生産者の個人的な分けまえの尺度としても役立つ。人々が彼らの労働や彼らの労働生産物にたいしてもっている社会的な諸関係は、ここでは依然として、生産においても分配においても、透明で簡単である。〉(江夏訳61頁)
《フランス語版》
〈最後に、共同の生産手段を用いて労働し、協議した計画にしたがって多くの個別的労働力を同一の社会的労働力として支出するような、自由な人々の集まりを描くことにしよう。ロビンソンの労働についてすでに述べたことはどれも、ここでも再現されているが、それは社会的にであって、個別的にではない。ロビンソソの生産物はすべて、彼の個人的で専有的な生産物であり、したがって、彼のために直接的な有用性をもつ物品であった。結合した労働者の全生産物は一つの社会的生産物である。この生産物の一部は再び生産手段として役立ち、相変わらず社会的であるが、他の部分は消費され、したがって、全員のあいだで分配されなけれぽならない。この分配様式は、社会の生産有機体と労働者の歴史的な発展段階とに応じて変化するであろう。この事態を商品生産と比較対照するために、個々の労働者に与えられる分け前が彼の労働時間に比例するものと前提しよう。そうすると、労働時間は二重の役割を演じるであろう。一方では、社会内での労働時聞の配分が、さまざまな必要にたいするさまざまな機能の正確な比率を規制する。他方では、労働時間が、共同労働内での個々の生産者の個別的分担を測定し、同時に、消費に充てられる共同生産物部分のうち個々の生産者に帰属する分け前を測定する。労働においての人澗の社会的関係も、労働から生ずる有用物にたいする人澗の社会的関係も、ここでは相変わらず、生産でも分配でも簡単明瞭である。〉(54-5頁)
第41回「『資本論』を読む会」の案内
『 資 本 論 』 を 読 ん で み ま せ ん か
大阪ダブル選挙では、橋下徹前府知事率いる「大阪維新の会」が圧勝しました。
「維新の会」圧勝の原因として上げられているのが、既成政党への不信です。大阪市長選では、民自公共が現市長平松氏支持でタッグを組んだのに負けました。橋下氏からは「理念なき野合」と批判されるありさまでした。もう一つの理由として上げられているのが、蔓延する「閉塞感」です。「市を解体するという前代未聞の訴えが、『大阪を変えてほしい』という市民、府民の切実な思いをとらえた」(東京新聞)というのです。
「維新の会」は、その政策で「大阪の危機」の深刻さを訴え、さらには「国家自体の未曾有の危機」も次のように訴えています。
「国家自体も未曾有の危機に瀕している。2010年の国・地方を合わせた財政収支赤字はGDP比で10%程度にまで拡大し、公的債務残高はGDP比で200%にも達すると予測されている(OECD推計)。政府は全国一律のバラマキ(再分配政策)を始め、財政赤字をさらに拡大させようとしている。日本経済はまさに破綻への道を転がり落ちている。しかし、中央の政府も政党も危機の深刻さを理解しようとせず、どのように窮状から抜け出すのか短期的なビジョンも示せずにいる。」(同会HPから)
では「維新の会」はそうした危機を打開する方途を示しているのか、というと、まったくそうではありません。ただ「大阪都構想」なるものを提示して、都市の構成を再編すると主張しているに過ぎません。こんなもので現在の危機を乗り越える展望など何一つないのに、しかし「何かやってくれるかも」という漠然とした期待が、有権者を選挙に向かわせ、「維新の会」を押し上げたというわけです。
ただ、大阪のみならず、日本全体が深刻な危機と閉塞感にあることは事実です。あるいは日本ばかりか、欧米の先進各国も同じような状況にあるとも言えるでしょう。これはどうしてなのでしょうか。
マルクスは『資本論』で「一般的利潤率の傾向的低下の法則」を明らかにしました。資本は最大の利潤を得ようと互いに競争して生産力を高めます。大規模な機械や設備をどんどん導入します。生産過程で労働者を機械に置き換えます。しかし資本が求める利潤(剰余価値)の源泉は、労働者の剰余労働なのです。つまり資本は利潤を求めて生産力を高めるために機械化や省力化に取り組めば取り組むほど、自分が求める利潤の源泉を生産過程から追い出すという矛盾したことをやらざるを得ないのです。そのために生産手段の価値は、そこで使う労働力の価値に比べてますます大きくなり、その結果、一般的に利潤率は低下する傾向にあるというのです。これがマルクスが明らかにした資本主義的生産に固有の根本的な矛盾を暴露する法則なのです。しかもこの法則は、低下する利潤率を補うために資本をさらなる生産拡大に追いやります。低落する利潤率に追われるように諸資本は生産の拡大・蓄積に狂奔するわけです。その行き着く先がすなわちバブルです。そしてその結果が、08年のリーマン・ショックで私たちが経験した過剰生産恐慌なのです。
マルクスの時代の恐慌は、ほぼ十年周期の産業循環の最後の局面において、こうした資本主義的生産に固有の矛盾の爆発であるとともに、同時にその矛盾を暴力的に調整し、解決する手段でもありました。資本は恐慌という大変な経済的な混乱の煉獄を経て、再び産業循環を最初から開始することができたのです。
「世界市場恐慌は、ブルジョア的経済のあらゆる矛盾の現実的総括および強力的調整として理解しなければならない。」(『剰余価値学説史』全集26II-689頁)
しかしマルクスの時代とは異なり、国家が経済過程に深く関与する現代の資本主義においては、恐慌はもはやこうした産業循環をリセットする機能を十分に果たせなくなっています。恐慌時に特有の価値の暴力的な破壊が徹底して行われる前に、経済的混乱や体制的な危機を恐れる資本の政府がさまざまな救済策を講じてしまうからです。資本主義的生産の矛盾は、十分清算されず温存され、そのために資本は低落したままの利潤率の下で生産への意欲を失い(これが「失われた20年」と言われているものの背景にあるものです)、そればかりか本来破壊されるべき膨大な資本価値(その中には「架空」なものも少なからずあります)を諸資本に代わって背負い込んだ政府は、そのために膨大な債務を抱え込むことになったのです。つまり資本主義的生産の矛盾が、政府の債務危機という形をとって現れることになったのです。それが今日の先進各国を襲っているソブリン危機(国家債務危機)の本当の原因なのです。
だから先進各国を捉えている深刻な停滞と閉塞感、あるいはそれに規定された政治的な混迷は、こうした資本主義的生産そのものの行き詰まりに起因しています。だからこそ、大阪という一都市の構造を変えようが、問題が解決するようなものではないのです。しかしこうした資本主義のどうしようもない行き詰まりは、資本主義的生産様式そのものを根本的に克服する道が示されなければ、やがては混迷を突き抜けようと、戦争への道を掃き清めるファシズム的な“解決”を求める悪しき道へと迷い込むことを歴史は教えています。「維新の会」は、そうした危険な芽を持った存在とも言えるでしょう。
こうした意味でも、現代の資本主義社会を新しい社会へと展望する労働者階級の闘いこそが、ますます必要となっているのです。そしてそのためにも意識ある労働者の『資本論』の学習は欠かせません。是非、貴方も共に『資本論』を読んでみませんか。
第41回「『資本論』を読む会」の報告
◎収束宣言?!
野田首相は、16日、東電福島第一原発事故の収束宣言を行いました。「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と。しかし、メルトダウンし、さらに圧力容器をメルトスルーし、あるいは格納容器さえも突き抜けかねない融け落ちた核燃料が今どうなっているかは、誰も直接には知ることができていないのではないでしょうか。
そればかりか、すでに広範囲に拡散され、今も垂れ流され続けている深刻な放射能汚染は、福島県を中心にした東北地方のみならず、首都東京や西日本も含めたまさに日本列島全体を、その海域も含め、これから放射能の恐怖に晒そうとしているのです。
いったい、どの面さげて「事故は収束した」などと言えるのでしょうか。住み慣れた美しい故郷を汚され、安住の地を失い、剥ぎ取られ、追い払われた何万人もの人たちの心を踏みにじるものではないでしょうか。
腹立たしい気持ちは容易に納まりませんが、しかし、とにかく第41回「『資本論』を読む会」の報告をやりたいと思います。
◎第12パラグラフの「ロビンソン物語」に関連する二つの疑問
今回は、すでに第39回で学習した第12パラグラフのロビンソン物語に関連して、二つの疑問が出され、まず、その議論から始まりました。というのは、以前紹介した新参加者の方(今、仮に「Nさん」としておきます)が、そのときには都合で参加されなかったために、今回、その疑問を改めて提出されたからです。だから、まずその疑問と関連する議論の紹介から始めることします。
★第一問、どうして「ヤギ」ではなく、「ラマ」なのか?
最初の疑問は、次の部分に対するものです。
〈経済学はロビンソン物語を好むから(29)、まず孤島のロビンソンに登場願おう。生まれつきつつましい彼ではあるが、それでもさまざまな欲求を満たさなければならず、したがってまた、道具をつくり、家具をこしらえ、ラマ〔南アメリカ産のラクダ科の役畜〕を馴らし、魚をとり、狩りをするといったさまざまな種類の有用労働を行わなければならない。〉
ここでマルクスはロビンソンが〈ラマ〔南アメリカ産のラクダ科の役畜〕を馴らし〉たと書いていますが、Nさんによれば、デフォーの書いた『ロビンソン・クルーソーの生涯と奇しくも驚くべき冒険』によれば、ロビンソンが飼っていたのは「ヤギ」になっているのだそうです。ロビンソン・クルーソー物語そのものは空想物語ですが、そのヒントになったと言われている、スコットランド人航海長アレキサンダー・セルカークの実話(その体験談が1713年に出版されている)によれば、そのヤギというのはセルカーク自身が島(マス・ア・ティエラ島、後にロビンソン・クルーソー島と改名)に持ち込んだものなのだそうです。
だからどうしてマルクスは物語とは違った「ラマ」にしているのか、というのがNさんの疑問なのです。あるいはマルクスはロビンソン物語の実話の島がチリの沖合に浮かぶファン・フェルナンデス諸島(その主島がロビンソン・クルーソー島)であることを知り、南米ならばヤギではなくラマだろうと考えたのかも知れないが、しかしラマというのは南米のアンデス山脈の高地で古くから役畜として飼育されてきたようですが、果たしてチリ沿岸とはいえ、島にも生息していたといえるのだろうか、というのもNさんの疑問でもあるのです。果たしてどうでしょうか。困ってしまいました。
マルクスが「ヤギ」ではなく、どうして「ラマ」にしたのか、というのは、よく分かりませんが、そもそもマルクスが「ロビンソン物語」という場合、それはある程度、象徴的な意味をもたせているのではないだろうか、という意見がだされました。というのは注29で〈リカードにも彼のロビンソン物語がないわけではない〉と述べて、〈彼は、原始的な漁師と猟師にも、ただちに商品所有者として、魚と獣とを、それらの交換価値に対象化された労働時間に比例して交換をとり行わせている〉という『経済学批判』の一文を紹介していますが、しかし、実際にリカードの著書を見ても、ロビンソン物語そのものが直接論じられているのではなく、〈アダム・スミスが説ける、彼の初期の状態〉の話として、〈海狸〉(ビーバーの別名)と〈鹿〉の狩猟に必要な労働の違いによって、〈一頭の海狸は当然二頭の鹿よりも多くの価値を有する〉などと論じているだけです(『経済学及び課税の原理』第1章第3節)。だから現在の経済諸関係や諸法則を、人間社会の原初的な関係にまで遡って説明しようとする試みを、象徴的に「ロビンソン物語」としているところがあるのではないだろうかというのです。その意味では、実際のロビンソン物語に忠実ではないということそのものは、それほど重要な問題ではないだろうというわけです。
またこれに関連して、以前にも問題になりましたが、第12パラグラフで論じているロビンソン物語の考察は、そもそもどういう意義があるのか、またそれに続いて第13パラグラフで取り上げられているのが、どうして中世社会なのか、という疑問も出されました。つまりこの一連のマルクスの考察の順序にはどんな意味があるのか、という問題です。
この問題については、すでに第39回の報告のなかでも触れましたので、その部分を少し紹介することをお許しください。そこでは次のように論じています。
〈マルクスの場合、すでに見たように、ロビンソンの孤島での生活をあらゆる社会的な関係とは無縁の一つの抽象物として論じています。ロビンソンは孤島でひとりぼっちなので、ここでは彼と自然との関係のみがあるだけです。これはマルクスが「第5章 労働過程と価値増殖過程」の「第1節 労働過程」において、労働過程をとりあえずはあらゆる社会形態から独立してそのものとして考察したのと同じような関係が、ここにはそのまま、つまり何の抽象も必要なく、具体的なものとして存在しているわけです。・・・・(中略)・・・・ここでマルクスが述べているように、マルクスのロビンソンの孤島での生活の考察は、それが〈人間の欲求を満たす自然的なものの取得であり、人間と自然とのあいだにおける物質代謝の一般的な条件であり、人間生活の永遠の自然的条件であり、・・・・人間生活のすべての社会形態に等しく共通なもの〉としてではないかと思います。それがロビンソンの孤島での生活では、一つの空想的な物語とはいえ、具体的に何の抽象も必要のない形で存在しており、その具体性において、一般的条件が考察できるからではないかと思うわけです。〉
議論のなかでは、ロビンソンは漂流して、孤島に流れ着くことによって、ロビンソンが生活していたその時代の社会的な生産諸関係から切り離されてしまったたために、彼の孤島での生活は、〈人間と自然とのあいだにおける物質代謝の一般的な条件〉という、どんな社会形態からも独立した関係になってしまったのではないか。つまり漂流は彼の生活をある特定の生産諸関係から抽象する役割を果たしたと言えるのではないか、との指摘もありました。そしてそれがマルクスが最初にロビンソン物語を考察している理由ではないかということです。
では、それ(第12パラグラフの考察)に続いて、マルクスが中世社会の労働(第13パラグラフ)や家父長制の下での労働(第14パラグラフ)、将来の連合体社会の労働(第15パラグラフ)という順序で考察していますが、この順序には何か意味があるのか、という問題についてはどうでしょうか。
これについては、一つは、マルクスは第11パラグラフまで、商品世界の物神的性格について、それを生み出す原因を明らかにし、労働生産物の物象的諸関係が、ブルジョア経済学の諸カテゴリーをなしていること、だからそれらは歴史的に規定された商品生産を基礎とする社会(資本主義社会)に固有のものであることを明らかにしたのでした。そしてマルクスは、だから商品生産を基礎とする社会とは違った別の生産諸形態の場合には、そうした労働生産物に纏い付く神秘的なものは直ちに消え失せるのだ、と述べて、第12~15パラグラフにおいて、そうした資本主義的生産様式とは異なる別の生産諸形態の考察を行っているわけです。
それをマルクスは、まず最初に、人間生活のすべての社会形態に等しく共通なものであり、人間と自然とのあいだにおける物質代謝の一般的な条件を示す具体例として、空想物語であるロビンソンの孤島での生活を例に考察を行い、そのあと資本主義的生産様式から歴史的に遡って、最初の前資本主義的生産様式である中世社会の考察に移っていると考えられます。そこでは人格的な依存関係が、労働の社会的な関係に、すなわち生産諸関係になっている社会でした。そこで次に、マルクスは〈共同的な、すなわち直接的に社会化された労働を考察するためには、われわれは、すべての文化民族の歴史の入口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はない〉として、中世の封建社会へと発展する以前の社会形態である、家父長制の家族労働の分析を行ったのでした。そして最後に、マルクスは今度は、一転して、将来の自由な個人の自覚的な連合体の社会を想定して、そこでも諸関係は極めて透明であり、労働生産物が神秘的な霧に覆われる必要はないことを明らかにしたのです。もしこの考察の順序に意味があるとすれば、その程度のものではないでしょうか。
あるいは、こうした考察の順序自体には、それほど重要な意味がないのかも知れない、という意見も出されました。というのは、第40回の報告でも注30と関連して、紹介したことのある『経済学批判』では次のようにマルクスは論じているからです(すでに一度紹介しましたが、もう一度紹介しておきます)。
〈これに反して、紡ぎ手も織り手も同じ屋根の下に住んでいて、いわば自家需要のために、家族のうちの女たちは紡ぎ、男たちは織っていた家父長制的農村工業においては、家族の限界内で糸とリンネルとは社会的生産物であり、紡績労働と織布労働とは社会的労働であった。けれどもそれらの社会的性格は、一般的等価物としての糸が一般的等価物としてのリンネルと交換されること、つまり両者が同じ一般的労働時間のどちらでもよい、同じ意味の表現として互いに交換されることにあったのではない。むしろ原生的な分業をもつ家族関連が、労働の生産物にその固有な社会的極印をおしたのである。あるいはまた、中世の賦役と現物給付をとってみよう。ここでは現物形態にある個々人の一定の労働が、労働の一般性ではなくて特殊性が、社会的紐帯をなしている。あるいはまた最後に、すべての文化民族の歴史の入口で見られるような、原生的形態にある共同労働をとってみよう〔*〕。ここでは労働の社会的性格は、明らかに個々人の労働が一般性という抽象的形態をとることによって、つまり彼の生産物が一つの一般的等価物の形態をとることによって媒介されているのではない。個々人の労働が私的労働となることを妨げ、彼の生産物が私的生産物となることを妨げ、むしろ個々の労働を直接に社会有機体の一肢体の機能として現われさせるものは、生産の前提とされている共同体である。交換価値であらわされる労働は、個別化された個々人の労働として前提されている。それが社会的となるのは、それがその正反対の形態、抽象的一般性の形態をとることによってである。〉(全集13巻18-19頁)
この本文中にある〔*〕につけられた注として、現行版の注30とほぼ同じ内容のものが付けられているのです。
ところで、ここでマルクスが考察している順序は、(1)家父長制の家族労働、(2)中世の賦役と現物給付、(3)原生的形態にある共同労働、というものです。だからこの考察の順序自体に、何か意味があるようにはどうしても思えません。こうした例を考えてみると、『資本論』の場合も、あまりその考察の順序自体に何か深い意味があるかに考えるのは、やはり考えすぎではないかと思うわけです。
★第二問、〈価値のすべての本質的規定〉の三つ目はどこに〈含まれている〉のか?
これは次の部分に対する疑問です。
〈ロビンソンと彼の手製の富である諸物とのあいだのすべての関係は、ここではきわめて簡単明瞭であって、M・ヴィルト氏でさえ、とりたてて頭を痛めることなしに理解できたほどである。にもかかわらず、そこには、価値のすべての本質的規定が含まれているのである。〉
このように、マルクスはロビンソンと彼の作った諸物とのあいだの関係は、簡単明瞭であって、簡単に理解できるものであるにもかかわらず、そこには、価値のすべての本質的規定が含まれていると述べています。マルクスがわざわざ〈すべての〉と述べているのは、いうまでもなく、マルクスが第2パラグラフで次のように述べていたことに対応しています。
〈したがって、商品の神秘的性格は、商品の使用価値から生じるのではない。それはまた、価値規定の内容から生じるのでもない。と言うのは、第一に、有用労働または生産的活動がたがいにどんなに異なっていても、それらが人間的有機体の諸機能であること、そして、そのような機能は、その内容やその形態がどうであろうと、どれも、本質的には人間の脳髄、神経、筋肉、感覚器官などの支出であるということは、一つの生理学的真理だからである。第二に、価値の大きさの規定の基礎にあるもの、すなわち、右のような支出の継続時間または労働の量について言えば、この量は労働の質から感覚的にも区別されうるものである。どんな状態のもとでも、人間は--発展段階の相違によって一様ではないが--生活手段の生産に費やされる労働時間に関心をもたざるをえなかった(26)。最後に、人間が何らかの様式でたがいのために労働するようになるやいなや、彼らの労働もまた一つの社会的形態を受け取る。〉
このようにマルクスはここでは「価値規定の内容」として三つの契機について論じています。(1)価値の実体である抽象的人間労働の基礎にあるものは、その内容や形態がどうであろうと、人間有機体の諸機能として、本質的には人間の脳髄、神経、筋肉、感覚器官などの支出であるということは生理学的真理であり、そこには何の神秘性もない。(2)また価値の大きさの規定の基礎にある、そうした労働の支出の継続時間、あるいは労働の量についても、やはり労働の質から感覚的に区別されうるものであり、やはり何の神秘性もない。(3)労働の社会的形態についても、やはり人間が何らかの様式で互いのために労働するようになるやいなや、必ずそうした形態を受け取るものである、と。
Nさんの疑問は、このマルクスが〈最後に〉と述べているものは、ロビンソンと彼の諸物とのあいだの如何なる関係に〈含まれている〉のか、というものです。
この問題については、第39回の学習会でも問題になりました。そして議論の結果、それは〈彼の全活動の中でどの機能がより大きい範囲を占め、どの機能がより小さい範囲を占めるかは、所期の有用効果の達成のために克服されなければならない困難の大小によって決まる。経験がそれを彼に教える〉という部分に合致しているのではないか、ということになったのでした。だから報告では次のように書いています。
【(ト)、(チ) 彼の全活動のなかで、どの機能がより大きな範囲を占めるか、あるいはどの機能がより小さい範囲を占めるかは、必要な有用な効果を達成するためにやらなければならないことの困難さの大小によって決まってくるでしょう。経験がそれを彼に教えます。
この部分もロビンソンのさまざまな諸機能が対象である自然に働きかけて、彼が目的にしたものを獲得するために、相互に有機的に関連しあった形で支出される必要があることが指摘されているわけですが、これも先の価値規定の内容の第三のものに対応していると考えることが出来るでしょう。
〈最後に、人間が何らかの様式でたがいのために労働するようになるやいなや、彼らの労働もまた一つの社会的形態を受け取る。〉
つまり社会的にはさまざまな人間によって担われる、彼らの社会的形態を受けた労働、すなわち社会的に結びあっている労働が、ロビンソンの場合は、彼自身のさまざまな機能として一人の人間の諸機能として関連し合って支出されるということです。
このようにこれらのロビンソンの労働の分析は、第2パラグラフの価値規定の内容には何の神秘的な性格もないと述べていた内容に対応しています。これはある意味では当然なのです。というのは、初版本文では、この第12パラグラフのロビンソンの生活の考察と、第15パラグラフの将来の自由な人々の連合体の社会の考察は、第2パラグラフの直後に、その第2パラグラフで述べている価値規定の内容には神秘的なものは何もない具体的な例証として論じられていたものなのです(だから初版では第3、第4パラグラフにありました)。それをマルクスは第2版ではやや位置づけを変えて、今の位置に持ってきているのです。こうした初版と第2版との違いは、どういう意味があるのかも、一つの問題といえばいえますが、それはまた別に機会があれば論じたいと思います。】
しかし、今回、議論のなかで、この〈最後に〉とマルクスが述べている価値規定の内容の三つ目の内容は、人間労働が社会的形態をとることについて述べているのに、今、ロビンソンのところで引用している部分は、労働の社会的形態というより、ロビンソンの時間がさまざまな労働に配分されることについて述べているという指摘がありました。だからロビンソンの諸労働が互いに結び合って一つの分業の体系をなしているということを言っているのは、その部分ではなく、むしろ最初に言われている次の部分の方が適切ではないか、ということになりました。すなわち次の部分です。
〈生まれつきつつましい彼ではあるが、それでもさまざまな欲求を満たさなければならず、したがってまた、道具をつくり、家具をこしらえ、ラマ〔南アメリカ産のラクダ科の役畜〕を馴らし、魚をとり、狩りをするといったさまざまな種類の有用労働を行わなければならない。〉
つまりこうしたロビンソンのさまざまな労働は、彼の諸欲求を満たすために、全体として有機的に関連して支出されなけれはならないという意味で、一定の“社会的”形態を持たねばならないと言えるのではないか、というわけです。
なおこれに関連して、Nさんは、さまざまな解説書がその部分をどのように説明しているかも紹介してくれましたが、それはここでは割愛させて頂きます。ただNさんが河上肇の『資本論入門』も例に上げてくれましたが、河上肇の場合は、ロビンソンと彼の諸物との関係に含まれる価値規定の内容として上げているのは、最初の二つだけで、マルクスが〈最後に〉と述べている部分は取り上げていません。つまりNさんが問題にしている部分については何ら論じていないように思えます。もちろん、これではマルクスが〈価値のすべての本質的規定〉(下線は引用者)と述べていることに必ずしも忠実ではないことになりますが。
◎第16パラグラフ
さて、今回はそういうこともあって、実際に進んだのは、第16パラグラフ一つだけでした。その報告を次に行います。これまでと同じように、まず本文を紹介し、それを文節ごとに記号を付して、それぞれについて平易に解説しながら、議論の内容も紹介していくことにします。
【16】〈 (イ)商品生産者たちの一般的社会的生産関係は、彼らの生産物を商品として、したがってまた価値として取りあつかい、この物的形態において彼らの私的諸労働を同等な人間労働としてたがいに関係させることにあるが、このような商品生産者たちの社会にとっては、抽象的人間を礼拝するキリスト教、ことにそのブルジョア的発展であるプロテスタント、理神論などとしてのキリスト教が最もふさわしい宗教形態である。 (ロ)古アジア的、古代的等々の生産様式においては、生産物の商品への転化、したがってまた商品生産者としての人間の現存は、一つの副次的な役割を--といっても、共同体が崩壊の段階にはいっていけばいくほど、ますます重要な役割を--演じている。 (ハ)本来の商業民族は、エピクロスの言う神々のように、あるいはポーランド社会の気孔の中のユダヤ人のように、古代世界の空所にのみ存在する。 (ニ)あの古い社会的生産有機体は、ブルジョア的生産有機体よりもはるかに簡単明瞭ではあるが、それらは、他の個々人との自然的な種族関係のへそのおからまだ切り離されていない個々人の未成熟にもとづいているか、さもなければ、直接的な支配隷属関係にもとづいている。 (ホ)それらの生産有機体は、労働の生産諸力の発展段階の低さによって、またそれに照応して局限された、物質的生活生産過程の内部における人間の諸関係、したがって人間相互の諸関係と人間と自然との諸関係によって、制約されている。 (ヘ)この現実の被局限性が古代の自然宗教や民族宗教に観念的に反映している。 (ト)現実世界の宗教的な反射は、一般に、実際の日常生活の諸関係が、人間に対して、人間相互の、また人間と自然との、すいて見えるほど合理的な諸関係を日常的に表すようになる時、はじめて消えうせる。 (チ)社会的生活過程の、すなわち物質的生産過程の姿態は、それが、自由に社会化された人間の産物として彼らの意識的計画的管理のもとにおかれる時、はじめてその神秘のヴェールを脱ぎすてる。 (リ)けれども、そのためには、社会の物質的基礎が、あるいは、それ自身がまた長い苦難に満ちた発展史の自然発生的産物である一連の物質的存在諸条件が、必要とされる。〉
(イ) 生産物をもっぱら商品として生産する生産者の社会的な関係(つまり資本主義的な生産関係)は、生産物を商品として、したがってまた価値として取り扱い、その商品の価値という物的形態において、生産者の私的な諸労働を同等な人間労働として互いに関係させることにあります。こうした商品生産者たちの社会においては、抽象的人間を礼拝するキリスト教、ことにそのブルジョア的発展であるプロテスタントや理神論などとしてのキリスト教が最も相応しい宗教形態です。
このパラグラフから問題が一転しています。第12~15パラグラフは、第11パラグラフで〈したがって、商品生産の基礎の上で労働生産物を霧に包む商品世界のいっさいの神秘化、いっさいの魔法妖術は、われわれが別の生産諸形態のところに逃げこむやいなやただちに消えうせる〉と述べたのを受けて、その〈別の生産諸形態〉が考察されたのでした。だからその考察が第15パラグラフで終わった今、第16パラグラフからは、再び、〈商品生産の基礎の上で労働生産物を霧に包む商品世界のいっさいの神秘化、いっさいの魔法妖術〉の問題に戻り、それが宗教の諸形態として反映することが、今度は問題になっているように思えます。初版本文ではこのパラグラフの冒頭は、次のように始まっています。
〈つまり、商品の神秘性は次のことから生じている。すなわち、私的生産者たちにとっては、自分たちの私的労働の社会的な諸規定が、労働生産物の社会的な自然規定性として現われているということ、人々の社会的な生産諸関係が、諸物の対相互的および対人的な社会的諸関係として現われているということ。社会的総労働にたいする私的労働者たちの諸関係は、彼らに対立して対象化され、したがって、彼らにとっては、諸対象という形態で存在している。[/]商品生産者たちの一般的な社会的生産関係は、自分たちの生産物を商品として、したがって価値として取り扱い、この物的な形態において、自分たちの私的労働を同等な人間労働として互いに関係させる、という点にあるのであるが、このような商品生産者たちの社会にとっては、抽象的な人間にたいする礼拝を伴うキリスト教が、ことにそれのブルジョア的な発展であるプロテスタントや理神論等々におけるキリスト教が、最もふさわしい宗教形態である。・・・・〉(但し[/]は引用者が付けた)
つまり初版本文では、こうした一連の文章であったのです。[/]より前の一文は、現行版の第4パラグラフ、〈したがって、商品形態の神秘性は、単に次のことにある。すなわち、商品形態は、人間に対して、人間自身の労働の社会的性格を労働生産物そのものの対象的性格として、これらの物の社会的自然属性として反映させ、したがってまた、総労働に対する生産者たちの社会的関係をも、彼らの外部に存在する諸対象の社会的関係として反映させるということにある〉とほぼ同じ内容になっています。つまり〈商品の物神的性格とその秘密〉(第4節の表題)が結論的に説明されています。そしてそのあとそれらは宗教としても反映されていることに問題が移っているわけです。フランス語版では、このパラグラフの最初に〈宗教界は現実世界の反映にほかならない〉という一文が来たあとほぼ同じ内容の(やや文章が違いますが)展開があります。だからこのパラグラフからは、明らかに商品の物神的性格の宗教的反映が問題になっているといえるでしょう。
ここでは、キリスト教が商品生産者たちの社会にとってもっとも相応しい宗教形態であることが指摘されています。そしてその理由として、商品生産者たちの社会では、生産者たちの社会的関係を生産物を商品として、あるいは価値として取り扱うことによって、物の関係によって、彼らの私的諸労働を同等性な人間労働として関係させる社会だからというものです。それが抽象的人間を礼拝するキリスト教、特にプロテスタントや理神論として反映しているのだとしています。
学習会ではキリスト教が抽象的人間を礼拝する宗教だというのがよく分からないという意見が出ました。これについては、埼玉の所沢で行われている「『資本論』を読む会」のブログで紹介されている浜林正夫氏の著書からの引用が紹介されました。それをそのサイトから重引して紹介しておきましょう。
《キリスト教には、カトリックとプロテスタントがあります。カトリックのほうは飾りたてた物を拝むという傾向があります。カトリックの教会には十字架やキリスト像など飾り物がいっぱいあります。それにたいしてプロテスタントの教会には飾り物はありません。そこで、人びとは十字架を拝むのではなく、自分の心の中に神を思いうかべて拝むという内面的、抽象的な形をとります。理神論というのは、さらにそれが徹底され、特定の神を思いうかべない。つまり、具体的にキリストやエホバなどの特定の神ではなく、心の中に思いうかべる神といった抽象性をもつようになります。そういうかたちが、ブルジョア社会、商品生産の社会にいちばんふさわしいのはなぜか。そこでは、身分の違いをこえて人間がすべて平等に考えられているようなそういう社会だということです。》(「『資本論』を読む(上)」137‐138頁)
またこれと関連して、宗教というのは、そもそもどういうものか、それは将来の社会では無くなるというのは本当か、という議論にもなりました。そこで、少しこの問題について、エンゲルスの見解を紹介しておきましょう。エンゲルスは『フォイエルバッハ論』のなかで次のように述べています。
〈宗教は、非常に原始的な時代に、人間が自分自身の本性と自分をとりまく外的自然とについていだいていた誤った非常に原始的な諸観念から発生したものである。ところが、どのイデオロギーもひとたび存在するようになると、与えられた観念材料と結びついて、この観念材料をいっそう発展させるものである。そうでないなら、それはイデオロギーではないであろう。つまり、独立に発展し、ただ自分自身の法則だけにしたがう自立的な存在としての思想との取り組みではないであろう。こうした思想過程がその頭のなかで生じている人間には、自分の物質的生活の諸条件がけっきょくはこの過程の経過を規定するのだということは、必然的に意識されないままである。というのは、もし意識されるなら、およそイデオロギー全体がおしまいになってしまうであろうから。そういうわけで、たいてい近縁のどの民族群にも共通であるこの根源的な宗教的諸観念は、民族群が分離したのちには、各民族において、その民族に与えられた生活条件にしたがって、独特の発展をとげる。そして、この発展の過程は、一連の民族群、とくにアーリア民族群(いわゆるインド・ヨーロッパ民族群)にかんしては、比較神話学のおかげでくわしく示されている。各民族においてこのようにつくりあげられた神々が民族神であって、その領域は、この神々の手で守護されるはずになっている民族の領土を越えることはなく、その境界のかなたでは、別の神々が文句も言われずに大きなことを言っていたのである。この神々は、ただその民族が存続しているあいだだけ、その観念のなかに生きながらえることができた。その民族の没落とともに神々は亡びた。〉(全集第21巻308-9頁)
またキリスト教については、次のように述べています。
〈中世においてはキリスト教は、封建制が発達するのとちょうど同じ歩調で封建制に照応した宗教となり、この制度に照応した封建的位階制度をもっていた。そしてブルジョアジーが台頭してきたとき、封建的なカトリック教に対抗してプロテスタント的異端が発展してきた。それはまず、南フランスの諸都市が最も繁栄していた時代に、そこのアルビ派のあいだで発展した。中世は、神学以外のイデオロギーのすべての形態――哲学、政治学、法学――を神学に併合して、これを神学の部門としていた。そのために、中世では、どの社会的運動も政治的運動も神学的形態をとるほかはなかった。大衆の気持はもっぱら宗教でやしなわれていたから、大きなあらしをまきおこすためには、大衆自身の利益も宗教的に扮装してもちださなければならなかったのである。そしてブルジョアジーが最初からその付属物として、公認された身分に属していない無産の都市平民、日雇人、あらゆる種類の召使いなど、のちのプロレタリアートの先駆をなす人々を生みだしていたように、プロテスタント的異端もまた、すでにはやくから、ブルジョア的に穏健なものと、ブルジョア的異端者たちからもきらわれていた平民的に革命的なものとに分かれていた。
プロテスタント的異端が根絶できないのは、台頭するブルジョアジーを打ちまかすことができないのに照応していた。このブルジョアジーが十分に強くなったとき、これまでは主として地方的なものであった封建貴族との闘争は、全国的な規模をとりはじめた。その最初の大行動はドイツで起こった。いわゆる宗教改革がそれである。……(中略)……キリスト教は、以後どれにせよ進歩的な階級のためにその要求のイデオロギー的扮装として役だつということができなくなった。それは、ますます支配階級の独占物となり、支配階級はそれを下層階級を制御するただの統治手段としてもちいている。この場合さまざまな階級のうちのどれも、自分自身に照応した宗教を利用している。すなわち、地主貴族はカトリックのイェズイット派やプロテスタントの正統派を、自由主義的および急進的ブルジョアは理性宗教を、利用している。〉(同309-310頁)
(ロ) 古代アジア的、古代的などの生産様式においては、生産物の商品への転化、したがって商品生産者としての人間の存在は、一つの副次的役割を演じています。といっても、共同体が崩壊段階にはいっていけばいくほど、そうした関係は重要な役割を果たすようになるのですが。
ここでは、商品生産を基礎とする社会、すなわち資本主義以前の生産様式が問題になり、やはりそこでの社会的関係の宗教的な反映はどうかが論じられています。そしてそのために、まずここではそれらの生産様式では、商品生産の諸関係がまだ副次的な役割しか果たしていないことが指摘されています。
またここでは〈古アジア的、古代的等々の生産様式〉という文言が出てきます。これはマルクスが『経済学批判』序言で次のように述べていたことに対応していると思います。
〈大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式を経済的社会構成のあいつぐ諸時期としてあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の最後の敵対的形態である。〉(全集13巻7頁)
この〈アジア的〉あるいは〈古アジア的〉というのは、「アジア的生産様式」を指すことが指摘されましたが、しかしアジア的生産様式をどういう社会構成体として捉えるかについては、さまざまな論争があり、学習会の議論もその点ではあまり深まりませんでした。かつてはアジア的生産様式を原始共同体と同じものとして捉える主張が優勢でしたが、最近では、原始共同体が崩壊する過程で最初に見られる生産様式であり、マルクスが『資本主義的生産に先行する諸形態』で指摘している「総体的奴隷制」と同じ、最初の階級社会であるとする主張が一般的になっているようです(といっても、それは「奴隷制」とは違った概念であることに注意が必要です)。
また〈古代的〉というのは、同じく『先行する諸形態』で、マルクスが「ギリシャ・ローマ的」と述べいているものと同じであり、奴隷制的な生産様式を指しているという意見が出されました。
こうした社会では、商品生産は未発達で、従属的な役割しか果たしていないということです。マルクスは『経済学批判要綱』の序説では、次のように述べています。
〈貨幣や貨幣の生まれるための条件である交換は、個々の共同体の内部ではまったく現われないか、またはわずかしか現われないで、むしろ共同体の境界で他の共同体との交渉で現われる。じっさい、交換を共同体そのもののなかに本源的な構成要素としてもちこむことは、およそまちがいなのである。むしろ、交換は、当初は、一つの同じ共同体のなかの諸成員のあいだでよりも別々の共同体の相互関係のなかでのほうがより早く現われるのである。さらに、貨幣は、非常に早くから全面的に一つの役割を演じてはいるが、しかし古代に支配的要素としてそれが現われているのは、ただ、一面的に規定された諸国民、すなわち商業国民の場合だけである。そして、最高度に完成された古代にあってさえも、すなわちギリシア人やローマ人のもとでさえも、近代ブルジョア社会で前提されているような貨幣の十分な発展は、ただその崩壊の時代に現われるだけである。つまり、このようなまったく簡単な範疇でも、それが歴史的にその内包性をもって現われることは、社会の最も発展した状態のもとでよりほかにはないのである。それは、けっしてすべての経済関係にゆきわたっていたのではない。たとえぽローマ帝国では、その最高の発展期にも、相変わらず現物租税や現物給付が基礎になっていた。ローマ帝国で貨幣制度が完全に発展していたのは、もともとただ軍隊だけでのことだった。それが労働の全体に及んだことも、けっしてなかったのである。〉(全集13巻630頁)
(ハ) 本来の商業民族は、エピクロスのいう神々のように、あるいはポーランド社会の気孔の中のユダヤ人のように、古代世界の空所にのみ存在していました。
ここでは古代ギリシャの哲学者であるエピクロスが出てきます。JJ富村さんは昔読んだことがあるということで、その主張は、原子論を唱え、ほとんど無神論に近い主張なので、神を空所に追いやったのではないか、との説明でした。マルクスは「ライプティッヒ宗教会議.III 聖マックス」という論文で、エピクロスについて次のように述べています。
〈エピクロスは古代のほんとうのラディカルな啓蒙家であった。彼は古代の宗教を大っぴらに攻撃したのであって、ローマ人にみられる無神論も--これがローマ人のもとに存在したかぎりは、--彼に由来したのである。ルクレティウスが彼を、まっさぎに神々を倒し宗教を踏んづけた英雄としてたたえたのもこのゆえであり、エピクロスがプルタルコスからルターまでのすべての教父たちから、本格的な涜神哲学者、豚野郎の異名をとったのもこのためであり、アレクサンドレイアのクレメソスが、哲学を目の仇にするパウロの念頭にはただエピクロス哲学があるばかりなのだと言うのもそのためである(『雑纂』第1巻〔第11章〕295頁、ケルン版(1688年)。これによってみれば、世間の宗教を歯に衣きせずに攻撃したこのむき出しの無神論者が世の中にたいしてどんなに「狡くて、インチキで」そして「賢い」態度をとったかということ、これにたいしてストア派のほうは古い宗教をわが身に合わせて思弁的にうまくアレンジし、懐疑派のほうは彼らの「そう見える」を口実にして自分たちの判断にいつでも心の中での留保をともなわせうるようにしたことがわかる。〉(全集第3巻127頁)
またマルクスは先に紹介した『要綱』序説では、古代の商業民族について、次のように述べています。
〈古代世界で商業民族--フェニキア人やカルタゴ人--が示した純粋性(抽象的規定性)は、まさに、農業民族が優勢だったということ自体によるものである。商業資本または貨幣資本としての資本は、資本がまだ社会の支配的要素になっていないところでこそこのような抽象性で現われるのである。ロンバルド人やユダヤ人も、農業を営む中世の社会にたいして、これと同じ地位を占めている。〉(同635頁)
(ニ) こうした古い社会的生産有機体は、ブルジョア的生産有機体よりもはるかに簡単明瞭ですが、それらは、他の個々人との自然的な種族関係のへその緒からまだ切り離されていない個々人の未成熟にもとづいているか(アジア的生産様式の場合)、そうでなけれは、直接的な支配隷属関係にもとづいているのです(古代的生産様式の場合)。
(ホ) それらの生産有機体は、労働の生産力の発展の低さによって、またそれに照応して極めて限られた、物質的な生活過程の内部における人間の諸関係、だからまた人間相互の諸関係と人間と自然との諸関係によって、制約されています。
(ヘ) この現実の生活の局限された状態が、古代の自然宗教や民族宗教に観念的に反映しています。
ここでは〈古代の自然宗教や民族宗教〉という言葉が出てきますが、その内容については、すでに紹介したエンゲルスの『フォイエルバッハ論』からの最初の引用文や、すぐ後で紹介する『反デューリング論』の中にその説明があると思います。
(ト)、(チ) 現実世界の宗教的な反射は、一般に、実際の日常生活の諸関係が、人間に対して、あるいは人間相互の、また人間と自然との、透明な関係として、よって合理的な諸関係を日常的に表すようになると、初めて消え失せるようになります。社会的生活過程の、すなわち物質的な生活過程の姿は、それが、自由に社会化された人間の産物として彼らの意識的で計画的な管理のもとにおかれたとき、はじめてその神秘のヴェールを脱ぎ捨てるのです。
宗教の消滅については、まずエンゲルスの『反デューリング論』から紹介しておきましょう。
〈ところで、いっさいの宗教は、人間の日常生活を支配する外的な諸力が、人間の頭のなかに空想的に反映されたものにほかならないのであって、この反映のなかでは、地上の諸力が天上の諸力の形態をとるのである。歴史の初期には、まず最初に自然の諸力かこういう反映の対象となるのであって、それらは、その後の発展につれて、さまざまな民族のあいだでぎわめて多様な、きわめて雑多な人格化をこうむる。……(中略)……さらにすすんだ発展段階では、多くの神々のもっていた自然的および社会的な属性が、ことごとく全能の唯一神に移されるが、この唯一神そのものはこれまた抽象的人間の反射にすぎない。このようにして一神信仰が成立したが、これは、歴史的にはギリシア後期の俗流哲学の最終の産物であって、ユダヤ人の排他的な民族神ヤハウェ〔エホヴァ〕に、既成のものとして自分の化身を見いだした。こういう便利で手ごろな、なんにでも適応できる姿では、宗教は、人間を支配する外的な自然的および社会的な諸力にたいする人間のふるまいの直接的な、すなわち情緒的な形態として、人間がこのような諸力の支配のもとにあるかぎり、つづくことができるのである。だが、すでに幾度も見たように、今日のブルジョア社会では、人間は、あたかも外的な力によるかのように、彼ら自身がつくりだした経済的諸関係によって、彼ら自身が生産した生産手段によって、支配されている。だから、宗教的反射作用の現実の基礎はいまなお存続しているのであって、それとともに、宗教的反射そのものも存続している。そして、たとえブルジョア経済学がこのような外的な力の支配の因果関係をいくぶん洞察する道をひらいたにしても、実質上はなにも変わらない。ブルジョア経済学は、恐慌を全般的に阻止することもできなければ、個々の資本家を損失や貸しだおれや破産から守ることも、個々の労働者を失業や貧困から守ることもできない。いまでもやはり、事を計画するのは人間、事の成否を決するのは神(つまり、資本主義的生産様式の外的な力の支配)という状態になっている。たんなる認識だけでは、たとえそれがブルジョア経済学の認識よりもいっそうすすんだ、いっそう深いものであっても、社会的な諸力を社会の支配に服させるには足りない。そのためには、なによりもまず一つの社会的行為が必要である。そして、この行為がなしとげられたとき、すなわち、社会がいっさいの生産手段を掌握しそれを計画的に運用することによって、社会自身とその全成員とを、現在彼らがこの生産手段――彼ら自身で生産したものでありながら、優越する外的な力として彼らに対立しているところの――のためにおとしいれられている隷属状態から解放するとき、したがって、人間がもはや事を計画するだけではなく事の成否をも決するようになるとき、そのときにはじめて、いまなお宗教に反映されている最後の外的な力が消滅し、それとともに宗教的反映そのものも消滅する。それは、そのときにはもう反映すべきものがないという、簡単な理由によるのである。〉(全集第22巻325-6頁)
またマルクスも『剰余価値学説史』の中で次のように述べています。
〈人間が自分自身の自然や外部の自然や他の人間にたいする自分の関係を宗教的な形態で独立化して、そのためにこれらの観念によって支配されるようになれば、人間は聖職者たちと彼らの労働とを必要とする。しかし、意識の宗教的形態や意識の諸関係の消滅とともに、聖職者のこの労働も社会的生産過程にはいることはなくなる。聖職者とともに聖職者の労働もなくなり、同様に、資本家とともに、彼が資本家として行なうかまたは他の者に行なわせる労働もなくなる。〉(全集第26巻III639-40頁)
(リ) けれども、そのためには、社会の物質的基礎が、あるいは、それ自身がまた長い苦難に満ちた発展史の自然発生的な産物である一連の物質的存在条件が、必要とされるのです。
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【付属資料】
●第16パラグラフに関連するもの
《初版本文》
〈つまり、商品の神秘性は次のことから生じている。すなわち、私的生産者たちにとっては、自分たちの私的労働の社会的な諸規定が、労働生産物の社会的な自然規定性として現われているということ、人々の社会的な生産諸関係が、諸物の対相互的および対人的な社会的諸関係として現われているということ。社会的総労働にたいする私的労働者たちの諸関係は、彼らに対立して対象化され、したがって、彼らにとっては、諸対象という形態で存在している。商品生産者たちの一般的な社会的生産関係は、自分たちの生産物を商品として、したがって価値として取り扱い、この物的な形態において、自分たちの私的労働を同等な人間労働として互いに関係させる、という点にあるのであるが、このような商品生産者たちの社会にとっては、抽象的な人間にたいする礼拝を伴うキリスト教が、ことにそれのブルジョア的な発展であるプロテスタントや理神論等々におけるキリスト教が、最もふさわしい宗教形態である。古代アジア的、古代的等々の諸生産様式にあっては、生産物の商品への転化、したがって、商品生産者としての人間の存在は、従属的な役割を演じている。といっても、この役割は、共同体が没落の段階にはいるにつれて、ますます重要になってくる。本来の商業民族は、エピクロス〔ギリシアの哲学者〕の神々のように、または、ポーランド社会の気孔のなかのユダヤ人のように、古代世界の透き間にしか生存していない。上記の古い社会的な諸生産有機体は、ブルジョア的な生産有機体よりも異常なほどにずっと単純で透明であるが、それらは、他の人間との自然的な種属関係の臍の緒からまだたちきられていない個々人の未熟にもとづいているか、または、直接的な支配および隷属関係にもとついている。それらは、労働の生産力の低い発展段階によって制約されており、また、この発展段階に対応して偏狭であるところの、人間たちの物質的な生活創造過程内部における彼らの諸関係--したがって、彼ら同士の諸関係と彼らの自然にたいする諸関係--によって、制約されている。このように現実に偏狭であることは、観念的には、古代の自然宗教や民族宗教のなかに反映している。現実の世界の宗教的な反映は、実践的な日常生活の諸関係が、人間にたいして、人間の相互間および対自然の・日常的に透明であり合理的である諸関係を、表わすやいなや、初めて消滅しうるのである。こういった諸関係は、それのあるがままのものとしてのみ、現われることができる。社会的な生活過程の姿、すなわち物質的な生産過程の姿は、それが、自由に社会化された人間の産物として、人間の意識的に計画された制御のもとにおかれるやいなや、初めてその神秘な霧のヴェールを脱ぎ捨てる。しかし、そのためには、社会の物質的な基礎または一連の物質的な存在条件が必要なのであって、これらの条件そのものもまた、長くて苦悩にみちた発展の歴史の、自然発生的な産物なのである。〉(江夏訳63-5頁)
《フランス語版》
〈宗教界は現実世界の反映にほかならない。労働生産物が一般に商品形態をとる社会、したがって、生産者たちのあいだの最も一般的な関係が彼らの生産物価値を比較することから成り立ち、また、この関係が諸物のこういった外被のもとで彼らの私的労働を同等な人間労働として相互に比較することから成り立っている社会、このような社会は、抽象的な人間を礼拝するキリスト教、とりわけプロテスタントや理神論等というキリスト教のブルジョア的な典型のうちに、最もふさわしい宗教的補足物を見出している。古代アジアの生産様式、一般には古代の生産様式では、生産物の商品への転化は副次的な役割しか演じない。とはいえ、共同体がその解体に近づくにつれ、この役割はいっそう重要なものになるのであるが。厳密な意味での商業国民は、エピクロスの神々流に、あるいはポーランド社会の隙間に生きるユダヤ人のように、古代世界の幕間にしか生存していない。これらの古い社会的有機体は、生産関係についてはブルジョア社会よりもはるかに簡単明瞭だが、個々人の未成熟--彼を原始部族の自然共同体に結びつけているいわばへその緒を、歴史はまだ断ち切らないでいる--か、または専制主義と奴隷制の諸条件を土台とするものである。これらの有機体を特徴づけ、したがって物質生活の全域に浸透しているところの労働生産力の低い発展度、人間相互の関係または人間と自然との関係の狭さは、古い民族宗教のなかに観念的に反映している。一般的に言って、現実世界の宗教的反映は、労働と実際生活との諸条件が人間にたいして、対同類および対自然の透明で合理的な関係を、目に見えるようにするときにはじめて、消滅しうるであろう。物質的生産とそれに含まれている諸関係とにもとづく社会生活は、自由に協力し意識的に行動し自分自身の社会的運動の主人公となった人間の仕事が、そこに現われる日にはじめて、その姿を蔽い隠す神秘的な雲から解放されるであろう。だが、このためには、社会内に一そろいの物質的存在条件が必要であるが、この存在条件自体が、長くて苦悩にみちた発展の産物でしかありえないのである。〉(江夏他訳55頁)