目次
はじめに
第1回「『資本論』を読む会」の案内
第1回「『資本論』を読む会」の報告
第2回「『資本論』を読む会」の案内
第2回「『資本論』を読む会」の報告
第3回「『資本論』を読む会」の案内
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第4回「『資本論』を読む会」の案内
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第5回「『資本論』を読む会」の案内
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第6回「『資本論』を読む会」の案内
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第50回「『資本論』を読む会」の報告(補足)

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第31回「『資本論』を読む会」の案内

『 資 本 論 』  を  読  ん  で  み  ま  せ  ん  か

 

 

 新年、明けまして、おめでとうございます。

 

 菅首相は、年頭記者会見で「三つの理念」を掲げ、その最初に「平成23年を平成の開国元年としたい」と述べました。「平成23年を、そうしたヒト・モノ・カネばかりではなくて、明治維新や戦後に続く、日本人全体が世界に向かってはばたいていくという、そうした開国を進めていく元年としたい」と。記者の1人は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の問題は「平成の開国に対する本気度をはかる試金石」だと述べ、その交渉の是非をいつごろまでに判断するのかと質問。首相は、「6月頃というのが一つの目処だ」と答えていました。

 

 

 貿易の自由化を明治維新に例えるのは、大げさではありますが、それだけこのTPPには根強い反対勢力があるからでしょう。TPPは、アジア太平洋経済協力会議(APEC)21カ国・地域のうち、米国やオーストラリアなど9カ国で交渉が進む経済の枠組みのことですが、コメなど農産物を含む原則すべての関税の撤廃や、投資や貿易の円滑化、サービス、金融など幅広い分野で「障壁」の除去を取り決めようとするものです。

 

 

 日本の農業は、コメの関税が政府の公式試算で490%(世界貿易機関の新ルールだと700%を超える)であることに象徴されるように、手厚い保護政策と高い関税障壁によって守られてきました。だからそれを撤廃すると日本の農業は壊滅的な打撃を受けるといわれています。

 

 しかし打撃を受けるのは、安い外国産に太刀打ちできない生産性の低い日本の農業であって、生産力を高めれば、日本の農業も十分外国産に対抗できると主張する農業従事者もいます。だから日本の農業そのものが壊滅するかにいうのも大げさであって、反対に、生産性の低い農業が淘汰され、日本の農業生産も、生産性の高い工業の技術力と結合させて、生産力を飛躍的に高める出発点にならないとも限らないのです。

 

 菅首相がTPPの推進を叫ぶのは、FTA(自由貿易協定)の推進など、先行する韓国などに決定的に立ち遅れ、焦燥感を募らせている日本の大資本の意向を受けてのことだと思いますが、他方で、それに反対する政党(民主党の一部も含まれます)もただ小農業者の票を失いたくないがためのものにすぎません。

 

 労働者は原則的には貿易の自由化には賛成です。それは自由化によって労働者の境遇や生活の改善がなされるという目先の利益からではなく(自由化そのものは、労働者が搾取されている現実には何の変化ももたらさないでしょう)、自由貿易は小農を淘汰し、農業でも生産の変革を迫ること一つをとっても、社会変革を押し進めるからであり、そうした革命的意義を認めるからにほかなりません。

 

 マルクスは「世界貿易と世界市場とは、16世紀に資本の近代的生活史を開く」(『資本論』第1巻、全集23a191頁)と述べています。そして世界市場こそは一般に資本主義的生産様式の基礎をなしその生活環境をなしているのだと指摘しています。そして次のようにその意義について明らかにしています。

 

 「歴史のブルジョア時代は、新世界の物質的基礎をつくりださなければならない。--一方では、人類の相互依存にもとつく世界的交通とこの交通の手段、他方では、人間の生産力の発展と、物質的生産を自然力の科学的支配に転化すること、これがその基礎である。このような新世界の物質的諸条件を、ブルジョア商工業は、地質上の革命が地表をつくりだしたのと同じように、つくりだしているのである。将来、偉大な社会革命が、このブルジョア時代の成果である世界市場と近代的生産力とをわがものとし、これらをもっとも先進的な諸国人民の共同管理のもとにおいたとき、そのときはじめて人類の進歩は、うま酒(ネクタール)を死人の頭蓋骨からだけ飲もうとする、あのいとうべき異教の偶豫に似ることを、やめるであろう。」(「イギリスのインド支配の将来の結果」全集9巻217-8頁)

 

 まさにこうした意味で、労働者は貿易の自由化に原則的に賛成するのです。

 

 新しい年も、『資本論』をさらに深く理解して、あらゆる問題について、労働者の原則的立場を堅持する年にしたいと思います。是非、『資本論』を一緒に読みませんか。

 


第31回「『資本論』を読む会」の報告

第31回「『資本論』を読む会」の報告

 

 

 

◎今年こそ

 

 本来なら、今年最初の『資本論』を読む会であり、その報告なのですから、「明けましておめでとう」ぐらいから始めるべきでしょうが、すでに2月です。だから、まあ、今年の決意から始めましょう。

 

 今年こそ、わが「『資本論』を読む会」も多くの参加者に恵まれ、充実した学習を重ねて、一層の進展をはかりたいと思います。是非、多くの皆様のご参加をお待ちしています。そのような期待と決意を込めて、報告を行います。

 

 ただ今回は都合により、開始時間が遅れたこともあり、進んだのは第3節の「C 一般的価値形態」の「3 一般的価値形態から貨幣形態のへ移行」だけでした。分量としてはわずか2つのパラグラフに過ぎません。しかし、ここには初版本文との展開相違などの問題もあり、議論は多義にわたりました。

 

◎一般的価値形態から貨幣形態のへ移行について

 

 今回、学習したところは、いわゆる「移行」が問題になっています。これまででも価値形態が発展する度に、それぞれ「移行」が問題になりました。初版付録の項目を見ると、それがハッキリします。例えば、次のようなものです。

 

  〈(9)単純な価値形態から、発展した価値形態への移行〉(江夏訳897頁)

  〈(5)総和の価値形態から、一般的な価値形態への移行〉(同899頁)

 

 そして今回の「移行」、すなわち〈一般的価値形態から貨幣形態のへ移行〉は、価値形態の発展としては最後の「移行」なわけです。これまでも、こうした価値形態の発展と移行には、商品の交換関係そのものの発展、あるいは商品形態の発展が背景にあり、それを前提してマルクスは考えていると指摘してきました。今回もその意味では同じなのですが、これまでは価値形態そのものの本質的な変化があったのに、今回はそうではないともマルクスは述べています(こうした事情は次の「D 貨幣形態」で考察されます)。こうした価値形態の発展とその移行は、すべて形態そのものに内在する矛盾や欠陥を指摘することから説明されてきました。その意味では、抽象的な考察だったのですが、そうした過程が実際の歴史的な発展としてはどうだったのか、という具体的なイメージを持つために、今回は、その問題から入りたいと思います。

 

 そのために、まずマルクス自身が徹底的に手を入れたといわれている、モスト著『資本論入門』(大谷禎之介訳、岩波書店)から関連する部分を紹介しておきましょう。

 

 〈さてここで交換価値に、つまり諸商品の価値が表現されるさいの形態に、立ち戻ろう。この価値形態は生産物交換から、また生産物交換ととともに、しだいに発展してくる。 

  生産がもっぱら自家需要に向けられているかぎり、交換はごくまれに、それも交換者たちがちょうど余剰分をもっているようなあれこれの対象について、生じるにすぎない。たとえば毛皮が塩と、しかもまず最初はまったく偶然的なもろもろの比率で交換される。この取引がたびたび繰り返されるだけでも、交換比率はだんだん細かに決められるようになり、一枚の毛皮は、ある一定量の塩とだけ交換されるようになる。生産物交換のこの最も未発展の段階では、交換者のそれぞれにとって、他の交換者の財貨が等価物として役立っている。すなわち、それ自体として彼の生産した財貨と交換可能であるばかりではなく、彼自身の財貨の価値を見えるようにする鏡でもあるような、価値物として役立つのである。 

  交換のその次に高い段階を、われわれはこんにちでもまだ、たとえばシベリアの狩猟種族のところで見いだす。彼らが提供するのは、交換向けのほとんどただ一つの財貨、つまり毛皮である。ナイフ、武器、火酒(かしゅ) 、塩等々といった彼らに供給される他人のすべての商品が、彼らにとってはそっくりそのまま、彼ら自身の財貨のさまざまの等価物として役立つ。毛皮の価値がこうして受け取る表現が多様であることは、この価値を生産物の使用価値から分離して表象することを習慣にするが、他方では、同一の価値をたえず増大する数のさまざまの等価物で計量することが必要となる結果、この価値の大きさの規定が固定するようになる。つまり、ここでは毛皮の交換価値はすでに、以前ばらばらに行なわれていただけの生産物交換の場合に比べて、はるかにはっきりした姿をもっているのであり、したがってまた、いまではこれらの物そのものもすでに、はるかに高い程度で商品という性格をもっているのである。 

  こんどはこの取引を、異郷の商品所持者の側から観察してみよう。彼らのおのおのはシベリアの狩人たちにたいして、自分の財貨の価値を毛皮で表現しなければならない。こうして毛皮は、一般的等価物になる。一般的等価物は、他人のすべての商品と直接に交換可能であるばかりでなく、また他人のすべての商品にとって、共通の価値表現のために、したがってまた価値を計るものおよび価値を比較するものとしても役立つ。言い換えれば、毛皮は生産物交換のこの範囲のなかでは、貨幣となるのである。総じて同じようにして、あるときはこの商品が、あるときはあの商品が、広狭(こうきよう) さまざまの範囲で、貨幣の役割を演じた。商品交換の一般化につれて、この役割は金銀に、すなわち生まれながらにこの役割に最も適している商品種類に移って行く。金銀は一般的等価物となるのであって、これは他のすべての商品と直接に交換可能であり、また、他のすべての商品がいっしょに、これで自分たちの価値を表現し、計り、比較しあうのである。貨幣で表現された商品の価値は、商品の価格と呼ばれる。たとえば、20エレのリンネル=2分の1オンスの金 であり、かつ10ターレルが二分の一オンスの金の貨幣名であるときには、20エレのリンネル価値の大きさは、10ターレルという価格で表現される。〉(10-12頁)

 

 次も少し先走りになりますが、今回の移行と関連するものとして、「第2章 交換過程」からも、紹介しておきます。

 

 〈直接的な生産物交換においては、どの商品もその所有者にとっては直接的に交換手段であり、その非所有者にとっては等価物である--もっとも、その商品がその非所有者にとって使用価値である限りでのことであるが。したがって、交換品は、それ自身の使用価値や交換者の個人的欲求から独立した価値形態をまだ受け取ってはいない。この形態の必然性は、交換過程に入りこむ商品の数と多様性との増大と共に発展する。課題はその解決の手段と同時に生じる。商品所有者が彼ら自身の物品を他のさまざまな物品と交換したり比較したりする交易は、さまざまな商品所有者のさまざまな商品がその交易の内部で同一の第三の種類の商品と交換され、価値として比較されることなしには、決して生じない。このような第三の商品は、他のさまざまな商品にとっての等価となることによって、直接的に--たとえ狭い限界内においてにせよ--一般的または社会的な等価形態を受け取る。この一般的商品形態は、それを生み出す一時的な社会的接触と共に発生し、それと共に消滅する。この形態は、あれこれの商品に、かわるがわる、かつ一時的に帰属する。しかし、それは、商品交換の発展につれて、排他的に特殊な種類の商品に固着する。すなわち、貨幣形態に結晶する。それがどのような種類の商品に固着するかは、さしあたり偶然的である。しかし、一般的には、二つの事情が決定的である。貨幣形態が固着するのは、外部から入ってくる最も重要な交易品--これは、事実上、内部の諸生産物がもつ交換価値の自然発生的な現象形態である--か、さもなければ、内部の譲渡されうる所有物の主要要素をなす使用対象、たとえば家畜のようなものである。遊牧諸民族が最初に貨幣形態を発展させるのであるが、それは、彼らの全財産が動かしうる、したがって直接的に譲渡されうる形態にあるからであり、また彼らの生活様式が彼らをたえず他の諸共同体と接触させ、したがって、生産物交換へと誘いこむからである。〉(全集版118-9頁)

 

 ここで、一般的等価形態である〈第三の商品は、他のさまざまな商品にとっての等価となることによって、直接的に--たとえ狭い限界内においてにせよ--一般的または社会的な等価形態を受け取る。この一般的商品形態は、それを生み出す一時的な社会的接触と共に発生し、それと共に消滅する。この形態は、あれこれの商品に、かわるがわる、かつ一時的に帰属する。しかし、それは、商品交換の発展につれて、排他的に特殊な種類の商品に固着する。すなわち、貨幣形態に結晶する〉という部分に注目して下さい。これが今回の「移行」に関連する部分なのです。

 

 もちろん、われわれが今考察している価値形態においては、第2章の交換過程では登場する商品所有者そのものは捨象されており、考察の対象はあくまでも商品世界そのもの、よって諸商品自身が互いに主体的に関わり合う世界を対象にしていることに注意する必要があります。以上は、あくまでも具体的なイメージで問題を考えるための参考として紹介したのです。

 

 それでは前置きが長くなりましたが、実際に、今回、学習した部分の解説と報告に移りましょう。

 

◎第1パラグラフ

 

 最初のパラグラフの解読です。これまでと同様、まず最初に本文を紹介し、文節ごとに検討して行きましょう。

 

【1】〈 (イ)一般的等価形態は価値一般の一つの形態である。 (ロ)だから、それはどの商品にでも付着することができる。 (ハ)他方、ある商品が一般的等価形態(形態Ⅲ)にあるのは、ただ、それが他のすべての商品によって等価物として排除されるからであり、また排除されるかぎりでのことである。 (ニ)そして、この排除が最終的に一つの独自な商品種類に限定された瞬間から、はじめて商品世界の統一的な相対的価値形態は客観的な固定性と一般的な社会的妥当性とをかちえたのである。〉

 

 その前の小項目〈2 相対的価値形態と等価形態との発展関係〉では、価値形態の発展によって、その兩極の対立も発展し、一般的等価形態になる商品は、商品世界から排除された、特別で、例外的なものになることが確認されました。そうした一般的等価形態が、今度は、貨幣に移行するわけです。その移行がここでは問題になっています。

 

 (イ)、(ロ) 一般的等価形態は価値一般の一つの形態です。だから、それはどの商品にでも付着することができるのです。

 

 ここで〈一般的等価形態は価値一般の一つの形態である〉というように、〈価値一般〉という言葉が出てきますが、これをどう理解したらよいのか、という疑問が出されました。これは一般的等価形態というのは〈抽象的な人間労働の一般的な物質化〉とか〈一般的な労働として、認められている〉(初版本文文庫版64頁)等と言われていたように、そうした意味で「価値一般」と言われているのだろうか、という話になり、どうもそうではないのではないか、ということになりました。というのは、ここでは〈価値一般の一つの形態である〉というように〈一つの形態〉と言われているように、一般的等価形態も価値の形態の一つだというような意味で言われているように思えること、そして〈だから〉次の文節である〈それはどの商品にでも付着することができる〉と繋がっているように思えるからです。だからここでの〈価値一般〉は文字通りに取るべきであり、「すべての商品に一般的に内在する価値」というような意味ではないか、だからすべての商品が価値を持つ限り、一般的価値形態はどの商品にも付着することが出来るというように繋がっているのではないか、ということになりました。初版本文の最後のあたりで、マルクスは次のように書いています。

 

 〈ところが、商品の分析が明らかにしたものは、商品形態一般としてのこれらの諸形態であり、したがって、これらの諸形態は、もし商品Aが一方の形態規定にあれば商品B、C等々は商品Aに対立して他方の形態規定をとるというように、ただ対立的にのみ、どの商品にも属している〉(江夏訳58頁)

 

 つまり「価値一般」の「一般」は、ここでマルクスが「商品形態一般」と述べている「一般」と、ほぼ対比できるのではないかと思えます。

 

 そして次には、では、どうしてマルクスは、こうした書き方から始めているのか、ということが問題になり、それは初版本文の展開と関連しているという指摘がありました。つまりこの最初の二つの文節は、一般的等価形態がまだ最初の段階では、色々な商品に付着することができる。あるいは歴史的に考えてもそれはさまざまな商品に付着してきたことを前提して述べているのですが、しかしマルクス自身は、そうした歴史的な形でそれを説明するのではなく(マルクスはすでに紹介したように、「第2章 交換過程」では歴史的に論じています)、いわば論理的な形で、すなわち「価値一般の形態の一つ」なのだから、それはどんな商品にも付着できるのだという形で説明し、しかし、では、それはどんな商品に最終的には付着し、固定するのかということそのものは、論理的には、出て来ない、それは歴史的に、社会的な実践によって決まってくるのだという形で、それ以降の文節と対比する意味も込めて、最初はこうした抽象的な、その意味では論理的・形式的な考察から始めているのではないか、という説明がありました。

 

 そしてそれでは、それは初版本文の展開とどのように関連しているのか、初版本文ではそもそもどのように展開されているのかということが問題になりました。初版本文では、形態IIIの次に来る形態IVは貨幣形態でなく、形態II(展開された価値形態)をさまざまな商品におけるものを並列した形で図示されているという説明がありました。しかし、では、その初版本文の形態IVは、どのような意味があるのか、という問題も議論になりましたが、それを詳しく語りだすと、大きく枠をはみ出てしまいますので、今回は、それは割愛したい思います。

 

 (ハ) しかし、ある商品が一般的等価形態にあるのは、他のすべての商品によって等価物として排除されるからであり、またその限りで、それは一般的等価形態にあるのです。だからその商品は、これまで確認してきたように、商品世界から排除された、特別な商品であり、例外的な商品でした。

 

 (ニ) だから、この排除が最初は、ときとところによっては、色々な商品に付着したのですが、しかし最終的に一つの商品の種類に限定されると、その瞬間から、はじめて商品世界の統一的な相対的価値形態は、客観的に一つの固定性と一般的な社会的妥当性をかちえたことになるわけです。

 

 この部分は初版付録ではより詳しく、より具体的に、次のようになっています。

 

 〈一般的な等価形態は、価値一般の形態である。だから、それはどの商品にもそなわりうるものだが、そうなるのは、それが、どんなばあいでも、他のすべての商品から排除されているばあいにかぎられている。  それにもかかわらず、形態IIと形態IIIとのあいだの単なる形態上の差異は、すでに、形態 I とIIとの区別にはないある特徴的なものを、示している。すなわち、発展した価値形態(形態II)においては、一つの商品が、他のすべての商品を排除して、これらの商品のうちに自分の価値を表現している。この排除は純粋に主観的な過程でありうるのであって、たとえば、自分自身の商品の価値を多数の他の商品で評価するリンネル所持者の過程が、それなのである。これに反して、一商品が一般的な等価形態(形態III)にあるのは、その商品自身が他のすべての商品によって等価物として排除されているからこそであり、また、そのかぎりにおいてのことでしかない。排除は、このばあいには、排除される商品からは独立した客観的な過程である。だから、商品形態の歴史的な発展においては、一般的な等価形態は、あるときにはこの商品に、あるときにはあの商品に、かわるがわるそなわっていることがありうる。ところが、一商品は、この商品の排除が、したがってこの商品の等価形態が、客観的社会的過程の結果であるかぎりでのほかは、けっして現実に一般的な等価物として機能することがない。  一般的な価値形態は、発展した価値形態であり、したがって、発展した商品形態でもある。素材的に全くちがっている諸労働生産物は、同一の同等な人間労働の物的な諸表現として表示されていなければ、完成した商品形態をもつことができず、したがって、交換過程において商品として機能することもできない。すなわち、完成した商品形態を獲得するためには、諸労働生産物は、統一的な一般的な相対的価値形態を獲得しなければならない。ところが、諸労働生産物がこの統一的な相対的価値形態を獲得しうるためには、これらの労働生産物がある特定の商品種類を一般的な等価物として自分たち自身の系列から排除する、ということ以外には、手段がない。そして、この排除が最終的に一つの独自な商品種類に限定された瞬間から、初めて、統一的な相対的価値形態が客観的な固定性一般的社会的妥当性とを獲得したことになる。〉(江夏訳903-4頁)

 

 このように初版付録では、〈商品形態の歴史的な発展〉や〈交換過程〉への言及も見られます。こうした背景が前提となって先の考察があるわけです。

 

◎第2パラグラフ

 

 それでは次に第2パラグラフの検討に移りましょう。

 

【2】〈 (イ)そこで、その現物形態に等価形態が社会的に合生する特殊な商品種類は、貨幣商品になる。 (ロ)言いかえれば、貨幣として機能する。 (ハ)商品世界のなかで一般的等価物の役割を演ずるということが、その商品の独自な社会的機能となり、したがってまたその商品の社会的独占となる。 (ニ)このような特権的な地位を、形態Ⅱではリンネルの特殊的等価物の役を演じ形態Ⅲでは自分たちの相対的価値を共通にリンネルで表現しているいろいろな商品のなかで、ある一定の商品が歴史的にかちとった。 (ホ)すなわち、金である。 (ヘ)そこで、形態Ⅲのなかで商品リンネルを商品金に取り替えれば、次のような形態が得られる。〉

 

 (イ)、(ロ) そのような過程で、その現物形態に等価形態が最終的に癒着する特殊な商品種類は、貨幣商品になるわけです。言いかえると、貨幣として機能します。

 

 ここで全集版は「合生する」というあまり見慣れない言葉が使われていることが問題になりました。これは辞書を引いても出て来ないところを見ると造語のように思われます。新日本新書版は「癒着する」となっています(青木版も同じ)。この「癒着」は第1パラグラフで「付着」と表現されていたのとは少し違うような感じがします(因みに新日本新書版の第1パラグラフは〈したがって、どの商品もこの形態をとることかできる〉となっています)。「付着」の場合、表面にくっついているというイメージであり、だからさまざまな商品に付着するという形で使われていることが分かります。それに対して「癒着」の場合は、固くくっついてしまっているというイメージです。しかし「合生」の場合は、「合成」に近く、単にくっつくというより内部で化学反応が生じて別の何物かになってしまっているイメージの方がが強いという印象が語られました。まあ結論的には、この場合には「癒着」が相応しいのではないか、ということですが、先の引用・紹介した「交換過程」のところで使われていた「固着」という表現でも良いのではないか、という意見もありました。  また初版付録では〈この商品種類の現物形態等価形態とは社会的に癒着している〉と〈現物形態〉の〈形態〉と〈等価形態とは社会的に癒着している〉が強調されています。つまり商品の現物の手で掴める形そのものが、一般的等価形態と癒着しているということが強調されているわけです。つまり金という物的な形態、つまりその金ピカの光り輝く形象そのものが、一般的等価物としての社会的機能と癒着してくっついて現われてくることが強調されていることに注意が必要でしょう。

 

  そして「貨幣商品になる」という言葉が、「貨幣として機能する」と言いかえられており、だから「貨幣商品」というのは「貨幣として機能する商品」というぐらいの意味だろうということになりました。

 

 (ハ) 商品世界のなかで一般的等価物の役割を演ずるということが、その商品の独自の社会的な機能となり、だからその商品だけがそれを果たすことになり、社会的独占となります。

 

 ここで一般的等価形態は、以前(小項目1の第8パラグラフ)では、〈商品世界の一般的な相対的価値形態は、商品世界から除外された等価物商品、リンネルに、一般的等価物という性格を押しつける〉と書かれていたように、一般的等価物になる商品は、商品世界から「除外される」とか「排除される」(新日本新書版)と書かれていましたが、今回は、この一般的等価物の商品は商品世界の「なかで」、一般的等価物の役割を演ずると書かれています。商品世界から「除外」されたり「排除」されたものが、その中で役割を演ずるというのもやや分かりにくいような感じがします。恐らく最初の「除外」や「排除」は相対的価値形態の列を形成する商品世界から「除外」されたり「排除」されるものと理解すべきなのかも知れません。

 

 (ニ)、(ホ) これは一つの特権的な地位を獲得することですが、こうした特権を、形態IIでは、リンネルの特殊的な等価物の役割を演じ、形態IIIでは、自分たちの相対的価値形態を、他の商品と一緒にリンネルで表現していた、ある商品が歴史的に勝ち取ったのです。それがすなわち金なのです。

 

 確かに形態IIや形態IIIをふり返ると、金は前者では「または=2オンスの金」という形で、特殊的な等価物の一つとして出てきました。また形態IIIでは、リンネルで自分たちの価値を表現する多くの商品と並んで「2オンスの金=」として出てきていました。ということは歴史的には金も一つの商品として他の諸商品と交換されていた普通の商品だったということでしょう。

 

 (ヘ) そこで、形態IIIの一般的等価形態にあるリンネルの代わりに商品金を入れると、次のような形態が得られます。

 

 そして「D 貨幣形態」が次に提示されているのですが、それは次回にやることになります。

 

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【付属資料】

 

●【3の表題】

 

《初版付録》

 

 〈(五) 一般的な価値形態から、貨幣形態への移行〉(江夏訳903頁)

 

《フランス語版》

 

 〈(c) 一般的価値形態から貨幣形態への移行〉(江夏他訳43頁)

 

●第1パラグラフに関して

 

《初版本文》

 

 〈とはいえ、われわれの現在の立場では、一般的な等価物はまだけっして骨化されていない。どのようにしてリンネルがじっさいに、一般的な等価物に転化されたのであろうか? リンネルが自分の価値を、まず一つの単一の商品で相対的に表し(形態 I )、次には、すべての他商品で順ぐりに相対的に表わし(形態II)、こうして反射的に、すべての商品が自分たちの価値をリンネルで相対的に表わす(形態III)、ということによって。単純な相対的価値表現は、リンネルという一般的な等価形態がそこから発展してきた胚珠であった。この発展のなかで、リンネルは役割を変える。リンネルは、自分の価値量を他の商品で表わすことで始まり、すべての他商品の価値表現のための素材として役立つことで終わる。リンネルにあてはまることは、どの商品にもあてはまる。リンネルの発展した相対的価値表現(形態II)は、リンネルの単純な価値表現の多数のあつまりからのみ成り立っているのであって、この形態IIでは、リンネルはまだ一般的な等価物として現われていない。むしろ、ここでは、他の商品体はどれも、リンネルの等価物になっており、したがってリンネルと直接的に交換可能であり、それゆえにリンネルと位置を取り替えることができる。  だから、われわれは最後に次の形態を得ることになる。〉(江夏訳56頁)

 

《初版付録》

 

 〈一般的な等価形態は、価値一般の形態である。だから、それはどの商品にもそなわりうるものだが、そうなるのは、それが、どんなばあいでも、他のすべての商品から排除されているばあいにかぎられている。  それにもかかわらず、形態IIと形態IIIとのあいだの単なる形態上の差異は、すでに、形態 I とIIとの区別にはないある特徴的なものを、示している。すなわち、発展した価値形態(形態II)においては、一つの商品が、他のすべての商品を排除して、これらの商品のうちに自分の価値を表現している。この排除は純粋に主観的な過程でありうるのであって、たとえば、自分自身の商品の価値を多数の他の商品で評価するリンネル所持者の過程が、それなのである。これに反して、一商品が一般的な等価形態(形態III)にあるのは、その商品自身が他のすべての商品によって等価物として排除されているからこそであり、また、そのかぎりにおいてのことでしかない。排除は、このばあいには、排除される商品からは独立した客観的な過程である。だから、商品形態の歴史的な発展においては、一般的な等価形態は、あるときにはこの商品に、あるときにはあの商品に、かわるがわるそなわっていることがありうる。ところが、一商品は、この商品の排除が、したがってこの商品の等価形態が、客観的社会的過程の結果であるかぎりでのほかは、けっして現実に一般的な等価物として機能することがない。  一般的な価値形態は、発展した価値形態であり、したがって、発展した商品形態でもある。素材的に全くちがっている諸労働生産物は、同一の同等な人間労働の物的な諸表現として表示されていなければ、完成した商品形態をもつことができず、したがって、交換過程において商品として機能することもできない。すなわち、完成した商品形態を獲得するためには、諸労働生産物は、統一的な一般的な相対的価値形態を獲得しなければならない。ところが、諸労働生産物がこの統一的な相対的価値形態を獲得しうるためには、これらの労働生産物がある特定の商品種類を一般的な等価物として自分たち自身の系列から排除する、ということ以外には、手段がない。そして、この排除が最終的に一つの独自な商品種類に限定された瞬間から、初めて、統一的な相対的価値形態が客観的な固定性と一般的社会的妥当性とを獲得したことになる。〉(江夏訳903-4頁)

 

《フランス語版》

 

 〈一般的等価形態は、価値一般の形態である。したがって、それはどんな商品にも所属することができる。他方、ある商品がこの形態(形態III) のもとにありうるのは、それ自身が他のすぺての商品によって等価物として排除されているからにほかならない。この排他的な性格が、ある特殊な商品種類に結びつくようになったときにはじめて、相対的価値形態は、唯一無二の物体のなかに凝結し固定し、社会的に真正であることを獲得するのである。〉(同前43頁)

 

●第2パラグラフに関して

 

《初版付録》

 

 〈そこで、独自な商品種類--この商品種類の現物形態等価形態とは社会的に癒着している--が、貨幣商品になる。すなわち、貨幣として機能するのである。商品世界の内部で一般的な等価物の役割を演ずることが、この商品種類の独自な社会的機能になり、したがって、この商品種類の社会的な独占になる。形態IIではリンネルの特殊的な等価物の役割を演じ、形態IIIでは自分たちの相対的価値をリンネルで共通に表現している諸商品のなかで、この特権的な地位を歴史上かちとったものが、ある特定の商品、すなわちである。だから、形態IIIにおいて商品リンネルの代わりに商品金を置くと、次のような形態が得られる。〉(同前904頁)

 

《フランス語版》

 

 〈この特殊な商品は、その自然形態が社会のなかでだんだん等価形態と同一視されるにつれて、貨幣商品になる、すなわち、貨幣として機能する。その独自な社会的機能、したがってその社会的独占権は、商品世界において普遍的な等価物の役割を演じることである。形態IIにおいてはリンネルの特殊な等価物として現われ、形態IIIのもとでは自分たちの相対的価値を共にリンネルのうちに表現する諸商品のうち、歴史上この特権を勝ちとったのは、金である。そこで、形態IIIにおいてリソネル商品のかわりに金商品を置けば、次の形態が得られる。〉(同前43頁)

 


第32回「『資本論』を読む会」の案内

『 資  本  論 』  を  読  ん  で  み  ま  せ  ん  か

 

 

  チュニジアにおけるベンアリ独裁政権を打ち倒したジャスミン革命(チュジニアの国花の名にちなんでこう呼ばれている)は、多くの人たちにとっては、“寝耳に水”の驚きであった。

 

  1987年以降20数年にわたって独裁權力を欲しいままにしてきたベンアリ政権はそれほど安定したものに思われてきたのである。

 

  しかしそれが歴史的必然であったことは、この革命がたちまち中東・北アフリカ諸国に波及して、中東最大国であるエジプトでも、革命が起こり、30年の長期にわたるムバラク独裁政権をも打ち倒したことを見ても明らかである。

 

タハリール広場に集まり革命の成功を祝う群衆 

 

 革命の波は、ヨルダンやイエメン、アルジェリア等にも及び、中東諸国にいまだに居すわっている王国や首長国にも大きな脅威として迫りつつある。そればかりか長期の共産党一党独裁が続く隣の中国でも、為政者はその波及をくい止めようと必死だといわれている。

 

 今回の革命の特徴は、インターネット等を利用したものであることが取り沙汰されている。しかし、われわれが注目するのは、イスラムという宗教色の薄いものだという点である。チュニジアでもエジプトでもデモの中心にいるのは宗教者ではない。独裁政権の圧政に苦しみ、貧富の格差に憤り、失業と貧困、食料品の高騰による生活苦に対して民衆は立ち上がったのである。

 

 これまでの中東諸国における様々な革命や政変の多くは、宗教的色彩を帯びて、イスラム教の原理に帰れという呼びかけと共に行われ、イスラム原理主義組織がその中心にあった。しかし今回のエジプトの革命運動の中心を担ったともいわれる「4月6日運動」とは、2008年に始まった、緩やかな無党派反政府ネットワークだという。彼らは昨年の人民議会選挙でも既存野党からの共闘の呼びかけを拒否し、選挙にも参加しなかったという。反ムバラクだけでなく、既存の政党への不信を表明しているところに特徴があるのだという。

 

 中東・北アフリカ諸国においては、チュジニアやエジプトだけではなく、リビアやイエメンなど長期にわたる独裁政権が続く国家が多い。またサウジアラビアやバーレーンなどの湾岸諸国においては、いまだに国王が国政の実権を握り、首長が国を治めている。それに反対するさまざまな政治運動も、イランのイスラム革命に象徴されるように、イスラムの宗教色が強いのが一般的であった。

 

 こうしたこれらの地域の特徴は、ひとえにこれらの諸国が、資本主義的発展がいまだ十分ではなく、労働者の階級としての未発達と未成熟に起因するといえる。

 

 マルクスは『資本論』第1版序文で、自分がこの著作で研究するのは、資本主義的生産様式と、それに照応する生産諸関係および交易諸関係であるが、その典型をなしているのは、イギリスだと述べ、同時に、当時のイギリスに較べて、資本主義的発展が遅れていた大陸諸国について、次のように述べている。

 

 〈資本主義的生産の発展ばかりでなく、その発展の欠如もまた、われわれを苦しめている。近代的な窮境とならんで、一連の伝来的な窮境がわれわれを締めつけているが、これらの窮境は、古風で時代遅れの生産諸様式が、時勢に合わない社会的政治的諸関係という付随物をともなって、存続していることから生じている。われわれは、生きているものに悩まされているだけでなく、死んだ者にも悩まされている。“死者が生者をとらえる! Le mort saisit le vif! ”〉(全集23a9頁)

 

 しかし今回のチュジニアやエジプトの革命は、こうした諸国においても近代的な資本主義的生産の発展と労働者階級の発達は、不可避にそれに相応した政治体制を要求しつつあることを教えている。これらの諸国においても、〈こんにちの支配階級は、より高尚な動機は別として、まさに彼ら自身の利害関係によって、労働者階級の発達をさまたげている、法律により処理可能ないっさいの諸障害を取りのぞくことを命じられている〉(『資本論』同10頁)といえるであろう。

 

 「革命」という、既に歴史の倉庫の中でホコリを被っていたと思われていた“幽霊”が再び甦りつつある。貴方も『資本論』を読んで、共に来るべき「革命」に備えませんか。

 


第32回「『資本論』を読む会」の報告

第32回「『資本論』を読む会」の報告

 

 

 

◎ジャスミン革命

 

 ジャスミン」というのは香料の名前として知っていましたが、その花については、恥ずかしながら、知りませんでした。チュジニアの国花だそうで、だからチュジニアで起こった革命を「ジャスミン革命」というのだそうです。その革命の波は、エジプトにも及び、いまはリビアをも巻き込んでいます。お隣の中国でも「中国ジャスミン革命」が呼びかけられているのだとか。

 

ハゴロモジヤスミン

 

 花の名前を冠した革命というのも、いい感じですが、厳しい冬の季節を克服して、暖かい春の到来をいち早く告げる梅の花も、あるいは革命の名に相応しいのかも知れません。

 

 第31回「『資本論』を読む会」もようやく寒さが緩んで、春を感じさせるなかで開催されました。もちろん、参加者の状況は、相変わらずのお寒い限りではありましたが・・・。

 

 今回は〈D 貨幣形態〉をやりました。これは分量も大したことはないので、一回で終わりました。これで〈第3節 価値形態または交換価値〉が終わったことになります。だから学習会の議論の最後には、この第3節全体の位置づけについても話題になりました。さっそく、その報告に移ることにしましょう。

 

◎一般的な価値形態から貨幣形態への移行と、それ以前の発展移行との差異

 

 まず現行版には〈D 貨幣形態〉として次のような図示があります。

 

 〈 20エレのリンネル  =

   1着の上着      =

   10ポンドの茶    =

   40ポンドのコーヒー =  2オンスの金

   1クォーターの小麦 =

   1/2トンの鉄    =

   x量の商品A     =       〉

 

 そして、初版付録の「IV 貨幣形態」には三つの小項目がついています。まずそれを紹介しておきましょう。

 

 〈(1)一般的な価値形態から貨幣形態への移行と、それ以前の発展移行との差〉--(【1】【2】)

 

 〈(2)一般的な相対的価値形態の価格形態への転〉--(【3】)

 

 〈(3)単純な商品形態は、貨幣形態の秘密である〉--(【4】)

 

 それぞれの項目のあとに( )に入れて書いたものは、それぞれの項目に該当すると考えられる、現行版のパラグラフの番号です。この報告も、この初版付録の項目にもとづいて、各パラグラフを三つの項目に分けて、行うことにします。まず最初は第1パラグラフです。

 

【1】〈 (イ)形態Ⅰから形態Ⅱへの、形態Ⅱから形態Ⅲへの移行に際しては、もろもろの本質的な変化が起きる。 (ロ)これに対して、形態Ⅳは、今やリンネルの代わりに金が一般的等価形態をとるということのほかには、形態Ⅲと区別されるところがない。 (ハ)形態Ⅳにおける金は、あい変わらず、形態Ⅲにおいてリンネルがそうであったもの--一般的等価である。 (ニ)進歩は、ただ、直接的一般的交換可能性の形態または一般的等価形態が、今や社会的慣習によって、商品金の特有な現物形態に最終的に癒着しているということだけである。〉

 

 (イ) 形態 I (単純な価値形態)から形態II(展開された価値形態)への移行、あるいは形態IIから形態III(一般的な価値形態)への移行に際しては、もろもろの本質的な変化が起きました。それを私たちは、〈C 一般的価値形態〉の〈2 相対的価値形態と等価形態との発展関係〉のなかで詳しく見てきました。例えば等価形態は、単純な価値形態→個別的等価形態、展開された価値形態→特殊的等価形態、一般的価値形態→一般的等価形態と発展し、また相対的価値形態と等価形態の対立も、価値形態が発展または完成するのと同じ度合いで、発展して硬化することが指摘されたのでした。

 

 (ロ)、(ハ) これに対して、形態IV(貨幣形態)では、形態IIIで一般的等価形態にあったリンネルの代わりに、金が来るだけで、それ以外では形態IIIと区別されるところがありません。形態IVにおける金は、形態IIIにおいてリンネルがそうであったのと同じように、一般的等価形態にあるという点では変わらないのです。

 

 (ニ) ただ違うところ、進歩は、一般的等価形態が持っている直接的な一般的な交換可能性の形態が、今では社会的な慣習によって、商品金の特有な現物形態(そのキラキラまばゆく光る形態)に最終的に癒着(全集版では「合生」)しているということだけです。

 

 学習会ではこの最後の全集版で「合生」と訳されている部分について、JJ富村さんから、この原語のverwachsenの訳語の中には「合生」というのがあったことが紹介されました。木村・相良 独和辞典(新訂版) 博友社 昭和45年1月15日第9刷によると、次のような項目があったということです。

 

 〈見出し語 verwachsen

 (I) t. ①

  ② 成長して失う。

 (II) i. ① 成長してきえる, ふさがる, 癒着する。

   ② mit et. ~, 或物(生えるもの)におおわれる。

  ③ 合生する。もつれ合う, からみあう。

  ④ 成長して不具になる。ぶかっこうになる。せむしになる。

 (III) refl. sich ~

  ① 成長しすぎる。

  ② 成長して或物になる, に悪変する。

  ③ ふさがる, 癒着する。〉

 

 次は第二パラグラフです。

 

【2】〈 (イ)金が他の諸商品に貨幣として相対するのは、金が他の諸商品にすでに以前から商品として相対していたからにほかならない。 (ロ)他のすべての商品と等しく、金もまた、個別的な交換行為における個々の等価としてであれ、他の商品等価物とならぶ特別な等価としてであれ、等価として機能した。 (ハ)しだいに、金は、広い範囲か狭い範囲かの違いはあっても、一般的等価として機能するようになった。 (ニ)金が商品世界の価値表現におけるこの地位の独占を勝ちとるやいなや、それは貨幣商品となり、そして、それがすでに貨幣商品となったその瞬間から、はじめて形態Ⅳは形態Ⅲから区別される。 (ホ)言いかえれば、一般的価値形態が貨幣形態に転化するのである。〉

 

 このパラグラフは先のパラグラフで〈一般的等価形態が、今や社会的慣習によって、商品金の特有な現物形態に最終的に癒着している〉と言われていたことに対応し、それを説明しているように思えます。

 

 (イ) 金が形態IVで、他の諸商品に対して貨幣として相対するようになるのは、金がすでに以前から他の商品と同じように一つの商品として、他の諸商品に相対していたからにほかなりません。

 

 (ロ) つまり、他のすべての商品と同じように、金もまた、個別的な交換行為において(つまり単純な価値形態において)、個々の等価物としてあらわれたし、また展開された価値形態では、他の商品と並んで一つの特殊な等価物としてあらわれ、それぞれ等価として機能していたのです。

 

 (ハ) そして、金は、しだいに広い範囲や狭い範囲の違いはあったとしても、徐々に一般的等価として機能するようになったのです。

 

 (ニ)、(ホ) そして金が商品世界の価値を表現する、こうした地位、つまり一般的等価物としての地位、を他の諸商品を押し退けて独占するようになると(本当は他の諸商品の一般的な相対的な価値表現の列から金は例外的なものとして排除されて、受動的にそうした地位につかされるわけですが)、それは貨幣商品になり、そして金がそうした地位についた瞬間から、はじめて形態IV(つまり貨幣形態)は、形態III(一般的価値形態)から区別されるのです。言いかえると、一般的価値形態が貨幣形態に転化するのです。

 

 学習会では、ここでは金が一般的等価物の地位を独占することを、一般的価値形態と貨幣形態とを区別するメルクマールとしているのですが、果たして歴史的もそういうことがいえるのだろうか、ということが疑問として出されました。というのは古代ローマでは、金ではなく、銅が貨幣(鋳貨)であったとマルクス自身も語っていますし、マルクスが生きていた時代においても、大陸諸国では、例えば一大商業都市であったアムステルダムなどでは銀が貨幣だったからです。また日本の江戸時代では、大阪では銀が、江戸では金がそれぞれ貨幣として流通していたとも言われています。つまり歴史的には貨幣は銅や銀、そして金へと貴金属のなかでも変遷して来たといえるのではないだろうかというわけです。だから、もしそういうことなら、このパラグラフのように、金が一般的等価形態の地位を独占して、初めてそれは貨幣形態と言いうるのだというようにいうと、まだ銅や銀が一般的等価形態であった時代や地域では、そうしたものは、いまだ貨幣形態とはいえないものだったのかという疑問が生じてくる、というわけです。  そして「第2章 交換過程」では、次のようにも述べられている、との指摘もありました。

 

 〈商品交換がそのもっぱら局地的な束縛を打破し、したがって商品価値が人間労働一般の物質化にまで拡大していくのと同じ割合で、貨幣形態は、一般的等価という社会的機能に生まれながらにして適している商品に、すなわち貴金属に、移っていく。〉(全集版119頁)

 

 つまりここでは、貨幣形態そのものが、貴金属に移っていくと述べられており、ということは貴金属以前のものも貨幣形態であったかに述べられているわけです。また「金銀は生まれながらにして貨幣ではないが、貨幣は生まれながらにして金銀である」と『経済学批判』の一文が紹介されているように、ここでは貨幣形態として「金銀」という形で金と銀が一緒に語られているとの指摘もありました。しかし、この問題は疑問として出されただけで、それ以上の議論にはならずに終わりました。

 

◎一般的な相対的価値形態の価格形態への転化

 

 次は第3パラグラフです。

 

【3】〈 (イ)すでに貨幣商品として機能している商品たとえば金による、一商品たとえばリンネルの単純な相対的価値表現は、価格形態である。 (ロ)だから、リンネルの「価格形態」は、  20エレのリンネル=2オンスの金 であり、あるいは、二ポンド・スターリングが二オンスの金の鋳貨名であれば、  20エレのリンネル=2ポンド・スターリング である。〉

 

 (イ)、(ロ) すでに貨幣商品として機能している商品、例えば金による、一商品、例えばリンネルの単純な相対的価値表現は、価格形態です。だからそれは次のように表されます。

 

  20エレのリンネル=2オンスの金

 

  あるいは、2ポンド・スターリングが2オンスの金の鋳貨名であれば、

 

  20エレのリンネル=2ポンド・スターリング

 

 がリンネルの価格形態となるわけです。

 

 ここでは、そもそも価格形態と貨幣形態とは何が違うのか、両者はどのように区別されるのか、が問題になりました。ピースさんは、次のように説明してくれました。

 

 〈一般的価値形態の貨幣形態への転化〉と言われるように(第2パラグラフ)、貨幣形態は一般的価値形態に対応している。

 

  それに対して〈一般的な相対的価値形態の価格形態への転化〉と言われるように、価格形態は一般的相対的価値形態に対応しているのではないか、というわけです。

 

  だから価格形態は一般的な相対的価値形態にある商品、例えばリンネルに対して言われているのに対して、貨幣形態の場合は、相対的価値形態と等価形態との全体を含めた価値形態の一つとして、単純な価値形態(形態 I )、展開された価値形態(形態II)、さらには一般的価値形態(形態III)に対応するもの(形態IV)として言われているというわけです。

 

  同じように、一般的等価形態(あるいは一般的等価物)は、貨幣(貨幣商品)になるということができるかも知れません。

 

◎単純な商品形態は、貨幣形態の秘密である

 

 最後の第4パラグラフです。

 

【4】〈 (イ)貨幣形態の概念把握における困難は、一般的等価形態、したがって一般的価値形態一般、形態Ⅲに限定される。 (ロ)形態Ⅲは、もとにさかのぼれば形態Ⅱ、すなわち展開された価値形態に帰着し、そして、この形態Ⅱの構成要素は形態Ⅰ、すなわち、20エレのリンネル=1着の上着 または x量の商品A=y量の商品B である。 (ハ)だから、単純な商品形態は貨幣形態の萌芽である。〉

 

 (イ) 貨幣形態を概念的に把握する困難は、一般的等価形態、だから一般的価値形態そのものの理解に限られています。

 

 (ロ) しかし一般的価値形態の理解は、そもそももとに遡れば、形態II(展開された価値形態)の理解に帰着し、そしてその理解はさらにはそれの構成要素でもある形態 I (単純な価値形態)の理解に帰着するのです。つまり 20エレのリンネル=1着の上着 または x量の商品A=y量の商品B という単純な価値形態の理解こそが、すべての出発点であり、その概念的な理解こそが重要であるということです。

 

 (ハ) だから、単純な商品形態は貨幣形態の萌芽だといえるわけです。

 

 まずここでは最初に単純な価値形態ではなく、〈単純な商品形態〉と言われているが、これはどうしてなんだろうか、ということが疑問として出されました。これに対しては、〈4 簡単な価値形態の全体〉において、次のような指摘があったことが紹介されました。

 

 〈労働生産物は、どのような社会状態においても使用対象であるが、労働生産物を商品に転化するのは、ただ、使用物の生産において支出された労働を、その使用物の「対象的」属性として、すなわちその使用物の価値として、表す歴史的に規定された一つの発展の時期だけである。それゆえ、こうなる--商品の単純な価値形態は、同時に労働生産物の単純な商品形態であり、したがってまた、商品形態の発展は価値形態の発展と一致する、と。〉(全集版83頁)

 

 だからここで〈単純な商品形態〉と言われているのは、商品形態の未発達の状態を意味しているのではないか、そしてそれは単純な価値形態でもあったということではないか、ということになりました。

 

 次に問題になったのは、最初に出てくる〈貨幣形態の概念把握における困難〉というように、どうして〈概念的把握における困難〉が問題にされているのか、ということでした。というのは、初版付録では、この部分は次のようになっているからです。

 

 〈(3)単純な商品形態は、貨幣形態の秘密である

 

 要するに、本来の貨幣形態は、それ自体としては、全くなんらの困難をも呈していない。一般的な等価形態がひとたび看破されてしまうと、この等価形態が金という独自の商品種類に固着するということを理解するには、いささかも苦慮する必要がないのであって、このことは、一般的な等価形態は、本来、ある特定の商品種類が他のすべての商品によって社会的に排除されることを条件としている、ということを理解するのに苦慮する必要がない、のと同じである。問題になるのは、こういった排除が、客観的社会的一貫性一般的妥当性とを獲得し、したがって、いろいろな商品にかわるがわる付着するのでもないし、商品世界のたんに特殊な範囲内でたんに局地的な射程をもっているだけでもない、ということだけである。貨幣形態の概念上の困難は、一般的な等価形態の理解に、したがって、形態IIIという一般的な価値形態一般の理解に、かぎられている。ところが、形態IIIは、反射的に形態IIに解消し、そして、形態IIの構成要素は、形態 I 、すなわち 20エレのリンネル1着の上着 または、x量の商品Ay量の商品B なのである。そこで、使用価値と交換価値がなんであるかを知れば、この形態 I は、たとえばリンネルのような任意の労働生産物を、商品として、すなわち、使用価値と交換価値という対立物の統一として、表示するところの、最も単純で最も未発展な仕方である、ということがわかる。そうなると、同時に、単純な商品形態である 20エレのリンネル1着の上着 が、この形態の完成した姿態である 20エレのリンネル2ポンド・スターリング すなわち貨幣形態を獲得するために通過しなければならないところの、諸変態の系列も、容易に見いだされることになる。〉(906-7頁)

 

 つまりこの初版付録と較べてみると、現行版は初版付録についていた前半部分がカットされているように思えます。しかし初版付録の展開をみると、途中かから言われている〈貨幣形態の概念上の困難は〉云々という文言は、明らかに、最初の〈要するに、本来の貨幣形態は、それ自体としては、全くなんらの困難をも呈していない〉に対比した形で言われているように読めます。初版本文の最初で言われていることは、要するに、一般的価値形態から貨幣形態への移行というのは何の困難もなく理解できるということのようです。ただ問題になるのは、それが客観的・社会的一貫性と一般的妥当性を獲得し、もはやアチコチに付着することもなく、局地的なものではなくなるということだということのようです。そして、それに対して〈貨幣形態の概念上の困難〉が対比されているように思えます。

 

  この問題については、ピースさんから、それに関連するのではないかと、久留間鮫造氏が問題にした〈第2章 交換過程〉の最後の方にある次の一文が指摘されました。

 

 〈すでに一七世紀の最後の数十年間には、貨幣分析のずっと踏み越えた端緒がなされていて、貨幣が商品であるということが知られていたけれども、それはやはり端緒にすぎなかった。困難は、貨幣が商品であることを理解する点にあるのではなく、どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にある。〉(全集版123頁)

 

 つまり貨幣形態を概念的に捉えるというのは、ここでマルクスが言っている〈どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する〉ということではないか、というわけです。〈商品が貨幣である〉というのをどのように理解するのかはなかなか難しいのですが、どうして商品には価格形態がついているのか、つまりどうして商品には値札がついているのかを商品の価値の概念から出発して、展開して説明することは困難なのだとマルクスは言っているのではないでしょうか。マルクスは第3節の前文のところでも、次のように述べていました。

 

 〈だれでも、ほかのことは何も知らなくても、諸商品がそれらの使用価値の種々雑多な現物形態とはきわめて著しい対照をなす共通の価値形態をもっているということは知っている。すなわち、貨幣形態である。しかし、今ここでなしとげなければならないことは、ブルジョア経済学によって決して試みられることもなかったこと、すなわち貨幣形態の発生を立証すること、すなわち、諸商品の価値関係に含まれている価値表現の発展を、そのもっとも単純なもっとも目立たない姿態から目をくらませる貨幣形態にいたるまで追跡することである。それによって、同時に、貨幣の謎も消えうせる。〉(全集版65頁)

 

 まさに〈貨幣形態の概念把握における困難〉というのは、これまでの展開でマルクスが試みた〈ブルジョア経済学によって決して試みられることもなかったこと、すなわち貨幣形態の発生を立証すること〉の困難だといえると思います。

 

 なおこれは学習会では指摘されなかったのですが、フランス語版のこのパラグラフは極めて簡略化されており、その代わりにそれに付けられた注25ではかなり詳しい説明がなされています。そこでは〈古典派経済学はいまだかつて、商品、特に商品の価値の分析から、商品が交換価値になる形態を演繹することに成功したためしがなく、これがこの経済学の主要な欠陥の一つである〉云々とあります。しかし詳しくは付属資料を参照してください。

 

◎「第3節 価値形態または交換価値」の位置

 

 さて、今回で〈第3節 価値形態または交換価値〉が終わったのですが、そもそもこの第3節は第1章のなかでどういう位置と役割を持っているのかも最後に問題になりました。そしてこうした第1章の各節や第2章、第3章のそれぞれの役割や意義について、最初に問題にして、自身の理解を明らかにし、その後、その見解が多くの人たちにも受け入れられ、また最近になって批判されもしているという点で大きな影響を与えたものとして、久留間鮫造著『価値形態論と交換過程論』が話題になりました。そこで、ここでは、この久留間氏の著書を取り上げるなかでこの問題を考えてみたいと思います。

 

 久留間氏は次のように自身の問題意識を紹介することから始めています。

 

 〈「資本論」の最初の部分の構成を見てみると、第一章が「商品」で、これが四つの節に分れている。第一節が「商品の二つの要因、使用価値および価値」、第二節が「商品で表示される労働の二重性格」、第三節が「価値形態または交換価値」、第四節が「商品の物神的性格とその秘密」。それから章がかわって、第二章が「交換過程」、その次の第三章が「貨幣または商品流通」となっている。この構成を見てみるといろいろな疑問が起きてくる。貨幣という言葉は、表題では、第三章の「貨幣または商品流通」のところにはじめてあらわれてくる、これがいわゆる貨幣論にあたるものと考えられる。しかし内容をみると、その前にすでに貨幣に関するさまざまな議論が展開されている。第一は価値形態論、第二は物神性論、第三は交換過程論で、すべて貨幣が出てくる。いったいこれらは、第三章の貨幣論に対してどういう関係に立つのか。こういう疑問が当然おきてくる。第三章の貨幣論は本格的な貨幣論で、それ以前のものは序論的なものだと考えるのが当然のように思われるが、それではいったい、序論といい本論といい、その間にどういう本質的な区別があるのか、これがはっきりしないと具合がわるい。それから第二には、この第三章以前の貨幣に関する議論は序論的なものだとして、この今あげた三つのもの、すなわち価値形態論と物神性論と交換過程論、これらは序論としてそれぞれどういう特殊な意味をもっているのか。これがまた疑問のたねになる。そしてこれがわからぬとやはり具合がわるい。それから第三には、序論にあたると考えられる以上の三論のうちで、価値形態論と物神性論とは、「資本論」の現行版でいうと、第一章「商品」のうちのそれぞれ一つの節をなしているのに対して、交換過程論は、この商品論の全体とならぶ位置を与えられて、第二章になっている。しかも、頁数を見てみると、いまあげた第一章のどの一節よりもはるかに少いのである。にもかかわらず、それらの全部をふくむ第一章と対等な地位を与えられている。これはいったいどういうわけなのか。これがまた擬問のたねになる。こういういろいろな疑問が、「資本論」の最初の部分の構成を徹底的に理解しようとするならば、きっとおきてくるにちがいない。少くともわたくしのばあいにはそうであった。〉(1-2頁)

 

 この久留間氏の問題意識をみて最初に気付くのは、氏が問題にしているのは、第1篇の内容であるのに、そもそも第1篇の「商品と貨幣」という表題には注意が及んでいないことです。だから氏の問題意識は、第3章の「いわゆる貨幣論」から始まっており、この貨幣論の本論ともいうべき第3章と、その前で貨幣について論じている序論というべき部分(第1章第3節、同第4節、第2章)との関係はどうか、それは貨幣論の本論に対してどんな意義があるのかという問題意識しかないということです。

 

 しかし第1篇の表題が「商品と貨幣」であることを考えるなら、マルクス自身は、この第1篇では、まず「商品」を考察し、その上で「貨幣」を考察していると捉えなければなりません。貨幣が中心にあるわけではないのです。もちろん、貨幣とは何かを明らかにするためには、まず商品が明らかにされなければならないわけですが、しかし貨幣を明らかにするのは、資本を明らかにするためでもあり、決して、貨幣が事の中心にあるわけではないのです。まず商品とは何かが解明されて、初めて貨幣とは何かも明らかになり、貨幣の諸機能と諸法則が解明されるわけです。そして第2篇の「貨幣の資本への転化」へと繋がっていると捉える必要があるわけです。

 

 だからそもそもの久留間氏の問題意識そのものに問題があると言わなければならないのです。最初からこうしたやや偏った問題意識から出発しているが故に、その解決も必ずしも正しいものにならなかった、とわれわれは結論せざるをえません。

 

 氏は上記の引用では、三つの問題を提起していますが、それらはすべて、この氏の最初の間違った問題意識と関連しており、そうした間違った意識そのものによって生じてきている問題でもあるということです。それぞれについて少し検討してみましょう。

 

 まず久留間氏の最初の問題意識は、「価値形態論」(第1章第3節)と「物神性論」(同第4節)と「交換過程論」(第2章)では、すべて貨幣が出てくるが、これらは第3章の貨幣論に対してどういう関係に立つのか、〈第三章の貨幣論は本格的な貨幣論で、それ以前のものは序論的なものだと考えるのが当然のように思われるが、それではいったい、序論といい本論といい、その間にどういう本質的な区別があるのか、これがはっきりしないと具合がわるい〉というものです。すでに述べたように、第1章第3節や同第4節、第2章は、決して第3章の「序論」といった性格のものではありません。われわれは、『資本論』の展開に則して、素直にみて行くべきです。すなわち、それは次のようになっています。

 

 まず「第1篇 商品と貨幣」は「第1章 商品」と「第2章 交換過程」、「第3章 貨幣または商品流通」からなっています。この構成をみれば、第1章では商品とは何かが解明され、第3章では貨幣の諸機能と商品流通における諸法則が解明されることが明らかになり、第2章は、第1章と第3章を媒介する章であることが分かるのです。これが問題の正しい捉え方なのです。

 

 だから次の久留間氏の第二の問題意識も同じことが言えます。つまりそれは久留間氏が貨幣論の序論として位置づけた〈すなわち価値形態論と物神性論と交換過程論、これらは序論としてそれぞれどういう特殊な意味をもっているのか。これがまた疑問のたねになる。そしてこれがわからぬとやはり具合がわるい〉というものです。しかしこれらは第1章第3節、同第4節、第2章なのです。だからこの三つを、ただ貨幣が出てくるというだけで貨幣論の序論として位置づけることそのものがおかしいわけです。少なくとも「価値形態論」と「物神性論」は「第1章 商品」のそれぞれ第3節と第4節をなしており、だからそれらは「商品とは何か」を解明している第1章の、いわば「商品論」の一部である、という認識が必要なのです。それが十分意識されていないことが久留間氏の問題意識の決定的な誤りと言えるでしょう。今述べたことは、だから久留間氏の第三の問題意識にも直接関連しています。だから第三の問題意識もついでにみておくことにします。それは次のようなものです。

 

 第三の問題意識は、〈序論にあたると考えられる以上の三論のうちで、価値形態論と物神性論とは、「資本論」の現行版でいうと、第一章「商品」のうちのそれぞれ一つの節をなしているのに対して、交換過程論は、この商品論の全体とならぶ位置を与えられて、第二章になっている。しかも、頁数を見てみると、いまあげた第一章のどの一節よりもはるかに少いのである。にもかかわらず、それらの全部をふくむ第一章と対等な地位を与えられている。これはいったいどういうわけなのか。これがまた擬問のたねになる〉というものです。

 

 しかし第2章が第1章と第3章を媒介する章であるとの位置づけが分かれば、それが短いのに一つの章として第1章と第3章と対等の位置に置かれているという理由も分かると思います。それは例えば第2篇には、一つの章しかなく、しかも分量としては短いものであるのに、第1篇や第3篇と対等の位置にどうして位置づけられているのかという理由と同じ理由なのです。第2篇の表題は「貨幣の資本への転化」ですが、これはまさに第1篇と第3篇を媒介する篇であることをその表題そのものが示しているといえるでしょう。だから同じような位置づけで考えるなら、「第2章 交換過程」は、内容からいえば、いわば「商品の貨幣への転化」とでも言えるような位置にあると考えられるわけです。

 

 そこで今問題になっている。第3節の第1章全体における位置とその役割はどういうものと考えるべきか、についてですが、まず久留間氏の問題意識が、その点でもやはりおかしい点を指摘しておかなければなりません。氏は次のように述べています。

 

 〈特に価値形態論と交換過程論との関係、これが、三十四五年前に「資本論」を読みはじめてから間もない頃から、ずいぶん長いあいだわたくしを苦しめた。どちらを読んでみても、貨幣がどのようにしてできるかについて論じているように思われる。ところがその論じかたを見てみると、全くちがっている。そのちがいは、本質的にはどういう点にあるのか。これがなかなかわからない。そしてそれに関連して、前にも述べたように、価値形態論の方は第一章の商品論のうちの第三節になっているが、交換過程論の方は独立した第二章になっている。これもいったいどういうわけなのかということ、これまた長いあいだ疑問のたねであった。〉(2頁)

 

 やはり久留間氏の問題意識そのものが間違っているのです。と言うのは、氏は第3節と第2章との関係を直接問うているのですが(そしてこの問いは、この著書の表題『価値形態論と交換過程論』そのものになっていることをみても久留間氏にとっては重要な問題意識だったことか分かります)、しかし、関係を問題にするのなら、いきなり第1章第3節と第2章とではなく、まず第3節の第1章のなかでの位置を明確にした上で、次に第1章と第2章との関係を問うべきではないでしょうか。そうすれば自ずから、第1章第3節と第2章との関係も明らかになるはずなのです。

 

 では第3節は第1章でどういう位置と役割を持っているのでしょうか。

 

 第1章の表題は「商品」です。つまり商品とは何かを明らかにすることが課題になっています。しかし第1章の冒頭パラグラフでは、マルクスは「第1部 資本の生産過程」が「第1篇 商品と貨幣」の考察から始まり、さらにそれは「第1章 商品」の考察から始めなければならない理由を述べています。

 

 そして商品をそのありのままの姿で観察して、それがまず使用価値として存在すること、しかしそれが商品である限りは、同時に交換価値でもあることを指摘して、交換価値の考察に移り、交換価値をさしあたりは一つの種類の使用価値が他の種類の使用価値と交換される量的関係としてとらえます。つまり諸商品の交換関係という現象から考察を始めているのです。そしてマルクスはそこからその交換関係に内在する商品の価値を摘出し、価値の概念を与え、さらに使用価値と価値という二重物である商品に表される労働の二重性の考察まで深めたあと(第2節)、もう一度、商品の交換価値という現象形態に帰ってくるのです。それがすなわち第3節でした。第1節で価値の概念を明らかにしたところでも、次のように述べていました。

 

 〈研究の進行は、価値の必然的な表現様式または現象形態としての交換価値にわれわれをつれ戻すであろうが、やはり、価値は、さしあたり、この形態から独立に考察されなければならない。〉(全集版53頁)

 

 だから第3節はわれわれが第1章の冒頭で商品をそのまま観察した現象の背後にある本質的なもの(価値)を取り出して考察したあとで、その現象形態(交換価値)に再び帰ったものなのです。つまり現象の背後にある本質的な関係を考察したあと、再びその本質から最初の現象形態を展開して説明するのが第3節の課題であると言えるでしょう。つまり価値の概念からその現象形態(価値形態)を展開して説明することです。

 

 第3節の課題については、その冒頭の前文ともいうべきところで、次のように述べています。

 

 〈商品は、使用価値または商品体の形態で、鉄、リンネル、小麦などとして、この世に生まれてくる。これが商品のありふれた現物形態である。けれども、商品が商品であるのは、それが二重のものであり、使用対象であると同時に価値の担い手であるからにほかならない。だから、商品は、現物形態と価値形態という二重形態をもつ限りでのみ、商品として現れ、言いかえれば、商品という形態をとるのである。〉(全集版64頁)

 

 このようにマルクスはまず〈商品は、使用価値または商品体の形態で、鉄、リンネル、小麦などとして、この世に生まれてくる。これが商品のありふれた現物形態である〉と商品のもっとも最初の現象に帰っています。つまり商品がわれれわれの目に写るありふれた姿をそれ自体としてとらえているわけです。これは第1節の冒頭で商品をまず使用価値としてとらえていたのと同じです。そして同時に〈商品が商品であるのは、それが二重のものであり、使用対象であると同時に価値の担い手であるからにほかならない〉と指摘するのです。〈だから、商品は、現物形態と価値形態という二重形態をもつ限りでのみ、商品として現れ、言いかえれば、商品という形態をとるのである〉というのが大変重要なのです。つまりわれわれが商品をみて、これは商品だと分かるのは、商品が現物形態(これは鉄、リンネル、小麦という物的姿そのものです)と同時に価値形態という二重形態を持たねばならないと述べています。「価値形態」というのは、価値が形あるものとして目に見えるものとして現われているということです。だから商品が商品という形態、つまりその姿そのもので商品であることが分かるようなものになるためには、その物的形態だけではなく、商品に内在する価値も、何らかの形あるものとして直接的なものとして現われていなければならないのだ、とマルクスは述べているわけです。ではその価値形態というのはどういうものなのか、それが問題です。それについては、マルクスは次のように述べています。

 

 〈だれでも、ほかのことは何も知らなくても、諸商品がそれらの使用価値の種々雑多な現物形態とはきわめて著しい対照をなす共通の価値形態をもっているということは知っている。すなわち、貨幣形態である。〉(65頁)

 

 つまりわれわれが商品の価値形態として、そのありふれた姿として見えているのは、貨幣形態だとマルクスは述べています。そしてすでに貨幣形態まで学んだわわれは、マルクスがここで述べている「貨幣形態」というのは「価格形態」であることを知っています。つまり商品はその物的形態と同時に価格形態、すなわち「値札」をつけているというのが、われわれが商品を店頭でみるもっともありふれた姿なのです。だから例え商品であっても、それにもし値札が付いていないとそれが商品であるのか、すなわち売り物であるのか、それともその商店が自分で使っているものなのかは分かりません。値札がついていて、「ああ、これは商品だな」と分かるわけです。だから値札こそ、商品の価値形態であり、その発展したもの、すなわち貨幣形態なのです。だから第3節の課題は、商品とは何かを解明するために、商品にはどうして値札が付いているのかを説明することなのです。そしてそのためには貨幣形態を説明しなければならず、どうして商品は貨幣形態を持つのかを説明しなければならなかったわけです。だからマルクスは次のように述べているのです。

 

 〈しかし、今ここでなしとげなければならないことは、ブルジョア経済学によって決して試みられることもなかったこと、すなわち貨幣形態の発生を立証すること、すなわち、諸商品の価値関係に含まれている価値表現の発展を、そのもっとも単純なもっとも目立たない姿態から目をくらませる貨幣形態にいたるまで追跡することである。それによって、同時に、貨幣の謎も消えうせる。〉(65頁)

 

 だからこの第3節は確かに貨幣に言及し、貨幣形態の発生を立証しているわけですが、しかし、それはあくまでも商品とは何か(それが第1章の課題です)を明らかにする一環としてそうしているのだということ、商品とは何かを明らかにするために、商品にはどうして値札が付いているのかを説明するためのものだという理解が重要なのです。同じように貨幣の発生を説明しているように見える第2章が、第1章の商品論を前提にして、商品がその現実の交換過程において、如何にして貨幣へと転化するのかを解明するものであり、それによって第1章と第3章とを媒介するものであるという、その役割や位置づけにおける相違も分かってくるのです。

 

 だから第3節を最後まで考察し終えたわれわれは、すでに商品とは何かがそれによって掴むことができたことになります。しかし、それでは第4節はどういう意義を持っているのでしょうか。これは次回以降の学習の対象であり、次回以降の課題になりますが、久留間氏の諸説を検討したついでに、少し先回りして簡単に論じておきましょう。

 

 確かに第3節までで商品とは何かは明らかになったのですが、しかしそれだけでは商品の何たるかが十全に解明されたとは言えないのです。というのは商品というのは、歴史的にはどういう性格のものなのかがまだとらえられていないからです。資本主義的生産様式は歴史的な一つの生産様式です。だから資本主義的生産様式とそれに照応する生産諸関係や交易諸関係というものも、やはり歴史的な存在であるわけです。だから資本主義的生産様式を構成するさまざまな諸契機もやはりそれぞれが、やはり歴史的な存在なのです。つまりそれらも歴史的に形成されてきたものであり、それぞれがそれぞれの歴史を持っており、それぞれがそれぞれの生成や発展、消滅の過程を辿っているものなのです。だから商品の何たるかを十全に把握するためには、それを歴史的なものとしてとらえる必要があるわけです。そしてその課題を解決しているのが、すなわち第4節なのです。

 

 そして第1章として「商品」が解明されたあと、諸商品の実際の交換過程のなかから、如何にして貨幣が生まれてくるのかを説明するのが、第2章の課題であり、それを踏まえて貨幣の諸機能や商品流通における諸法則を解明するのが、第3章の課題である、ということができるのです。極めて簡略ですが、久留間氏の問題意識に答えるものとして、このように説明しておきましょう(久留間氏の著書を批判的に検討するのは、それはそれで別の課題であり、ここでの課題ではありません)。

 

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【付属資料】

 

●【Dの表題】

 

《初版付録》

 

 〈IV 貨幣形態〉(905頁)

 

《フランス語版》

 

 〈(貨幣形態《Forme monnaie ou argent(24)》

 

 (24)“Geld,Geldform”というドイツ語の正確な翻訳は困難である。“forme argent”という表現は、貴金属を除いてすべての商品に無差別に適用できる。人はたとえば、読者の頭を混乱させずに、“forme argent de I'argent”とか“I'or devient argent”などとは言えないであろう〔フランス語の“”は、「貨幣」という意味と「銀」という意味をもっているから〕。さて、“forme monnaie”という表現は、“monnaie”という語がフランス語では鋳造された貨幣片の意味でしばしば用いられることから生じるところの、別の不都合を示している。われわれは状況に応じて、といっても、いつも同じ意味で、“forme monnaie”と“forme argent ”との両語を交互に使用することにする〔両語とも本書では「貨幣形態」と訳すことにする〕。〉(43-4頁)

 

●【貨幣形態の図示】

 

《初版付録》

 

 〈 20エレのリンネル  =

   1着の上着       =

   10ポンドの茶     =

   40ポンドのコーヒー =   2オンスの金

   1クォーターの小麦  =

   1/2トンの鉄     =

   x量の商品A      =

    その他の商品     =      〉

 

《フランス語版》

 

 〈 20メートルリンネル  =

    1着の上衣         =

    10ポンドの茶       =

    40ポンドのコーヒー  =    2オンスの金  

    1/2トンの鉄      =

    x量の商品A       =

       その他                 =       〉(44頁)

 

●【1】パラグラフ

 

《初版付録》

 

 初版付録には、「IV 貨幣形態」には三つの小項目がある。すなわち

 

 〈(1)一般的な価値形態から貨幣形態への移行と、それ以前の発展移行との差異。〉

 〈(2)一般的な相対的価値形態の価格形態への転化。〉

 〈(3)単純な商品形態は、貨幣形態の秘密である。〉

 

 ここでは、まず項目(1)の内容を紹介する。

 

 〈(1)一般的な価値形態から貨幣形態への移行と、それ以前の発展移行との差異

 

 本質的な変化は、形態 I から形態IIへの移行、形態IIから形態IIIへの移行にさいして、生じている。これに反して、形態IVは形態IIIとは、いまではリンネルに代わって金が一般的な等価形態をもっているということを除くと、なんらの差異もない。金は、形態IVでは、リンネルが形態IIIでそうであったもの--一般的な等価物である。進歩があるのは、直接的な一般的交換可能性という形態あるいは一般的な等価形態が、いまでは、社会的な慣習にのっとって、商品体独自な現物形態最終的に癒着している、という点だけである。〉(905頁)

 

《フランス語版》

 

 〈本質的な変化は、形態 I から形態IIへの移行、形態IIから形態IIIへの移行において生ずる。これに反して、形態IVは、いまでは金がリンネルにかわって一般的等価形態をもつようになったことを除けば、形態IIIと全然ちがわない。進歩はただたんに、直接的、普遍的な交換可能性の形態、すなわち一般的等価形態が、金という独自な自然形態のうちに終局的に体現された、ということにある。〉(44頁)

 

●【2】パラグラフ

 

《初版付録》

 

 以下も項目(1)である。

 

 〈が他の諸商品に貨幣として相対しているのは、金がこれらの商品にたいしてすでにあらかじめ商品として相対していたからにほかならない。金もまた、他のすべての商品と同じに、個々別々の交換行為における単一の等価物としてであろうと、他の商品等価物と並んで特殊的な等価物としてであろうと、等価物として機能していたのである。だんだんに、金は、もっと狭いかもっと広い範囲のなかで、一般的な等価物として機能するようになった。金が商品世界の価値表現においてこの地位の独占をかちとってしまうと、金が貨幣商品になる。そして、金がすでに貨幣商品になってしまった瞬間から、初めて、形態IVが形態IIIと区別されることになる。すなわち、一般的な価値形態貨幣形態に転化する。〉(905-6頁)

 

《フランス語版》

 

 〈金が他の商品にたいして貨幣の役割を演じるのは、金がすでに以前から他の商品にたいして商品の役割を演じていたからにほかならない。他のすべての商品と同じように金もまた、孤立的交換において偶然的にであろうと、他の等価物とならんで特殊な等価物としてであろうと、等価物として機能してきた。金は広狭さまざまな限度内で、しだいに一般的等価物として機能したのだ。金は、商品世界の価値表現においてこういった地位の独占を勝ちとるやいなや、貨幣商品になったのであり、金がもはや貨幣商品になったその時にはじめて、形態IVが形態IIIから区別される、すなわち、一般的価値形態が貨幣形態に変態する。〉(44-5頁)

 

●【3】パラグラフ

 

《初版付録》

 

 次から小項目の(2)である。

 

 〈(2)一般的な相対的価値形態の価格形態への転化

 

 すでに貨幣商品として機能している商品での、たとえば金での、一商品たとえばリンネルの単純な相対的価値表現が、価格形態なのである。だから、リンネルの価格形態は

  20エレのリンネル2オンスの金

であり、または、二ポンド・スターリングが二オンスの金の鋳貨名であれば、

  20エレのリンネル2ポンド・スターリング

である。〉(906頁)

 

《フランス語版》

 

 〈たとえばリンネルという一商品の、すでに貨幣として機能している商品たとえば金においての、単純な相対的価値表現が、価格形態になる。したがって、リンネルの価格形態は、   20メートルのリンネル2オンスの金 あるいは、2ポンド・スターリングが2オンスの金の鋳貨名であれば、  20メールのリンネル2ポンド・スターリング になる。〉(45頁)

 

●【4】パラグラフ

 

《初版付録》

 

 次は小項目(3)である。

 

 〈(3)単純な商品形態は、貨瞥形態の秘密である

 

 要するに、本来の貨幣形態は、それ自体としては、全くなんらの困難をも呈していない。一般的な等価形態がひとたび看破されてしまうと、この等価形態が金という独自の商品種類に固着するということを理解するには、いささかも苦慮する必要がないのであって、このことは、一般的な等価形態は、本来、ある特定の商品種類が他のすべての商品によって社会的に排除されることを条件としている、ということを理解するのに苦慮する必要がない、のと同じである。問題になるのは、こういった排除が、客観的社会的一貫性一般的妥当性とを獲得し、したがって、いろいろな商品にかわるがわる付着するのでもないし、商品世界のたんに特殊な範囲内でたんに局地的な射程をもっているだけでもない、ということだけである。貨幣形態の概念上の困難は、一般的な等価形態の理解に、したがって、形態IIIという一般的な価値形態一般の理解に、かぎられている。ところが、形態IIIは、反射的に形態IIに解消し、そして、形態IIの構成要素は、形態 I 、すなわち 20エレのリンネル1着の上着 または、x量の商品Ay量の商品B なのである。そこで、使用価値と交換価値がなんであるかを知れば、この形態 I は、たとえばリンネルのような任意の労働生産物を、商品として、すなわち、使用価値と交換価値という対立物の統一として、表示するところの、最も単純で最も未発展な仕方である、ということがわかる。そうなると、同時に、単純な商品形態である 20エレのリンネル1着の上着 が、この形態の完成した姿態である 20エレのリンネル2ポンド・スターリング すなわち貨幣形態を獲得するために通過しなければならないところの、諸変態の系列も、容易に見いだされることになる。〉(906-7頁)

 

《フランス語版》

 

 〈したがって、単純な商品形態は貨幣形態の胚種である(25)。

 

 (25)古典派経済学はいまだかつて、商品、特に商品の価値の分析から、商品が交換価値になる形態を演繹することに成功したためしがなく、これがこの経済学の主要な欠陥の一つである。まさにアダム・スミスやリカードのような古典派経済学の最良の代表者は、価値形態を、商品そのものの本性には無関心なあるもの、すなわち、この本性とはどんな内的関係もないあるもの、として論じている。それは、量としての価値が彼らの注意をひいたためばかりではない。その理田はもっと深いところにある。労働生産物の価値形態は、現在の生産様式の最も抽象的な、最も一般的な形態であって、それゆえに歴史的な性格を、特殊な社会的生産様式という性格を獲得しているのである。これを、あらゆる社会におけるあらゆる生産の自然約な永遠の形態と取りちがえる、という誤りをおかすならば、価値形態、次いで商品形態、また、さらに発達した段階では貨幣形態、資本形態等の独自な側面を、必ず見失ってしまう。労働時間による価値量の測定については完全に意見がお互いに一致している経済学者たちのあいだで、貨幣、すなわち、一般的等価物の固定した形態については、この上もなく多種多様でこの上もなく矛盾しあった考えが見出されるのも、このためである。たとえば銀行問題のような問題が姐上にのぼるやいなや、われわれはこのことに特に気がつくものだ。そのばあいになると、貨幣の定義やこの定義について絶えず言いふらされてきた常套旬とは、もはや縁が切れなくなる。私はきっぱりと指摘するが、私が古典派経済学と言うのは、俗流経済学とは反対に、ウィリアム・ペティ以降、ブルジョア社会における生産関係の現実的で内的な総体を洞察しょうと努める、すべての経済学のことである。俗流経済学は、外観に満足し、自分自身の必要のために、また、この上なく大ざっぱな現象の俗流化のために、先行者たちによってすでに丹念に作りあげられた諸材料を絶えず反芻し、ブルジョアが自分に属する世界すなわち可能なかぎりすばらしい世界に好んで繁殖させる幻想を、衒学的に体系にまで昇格させ、これを永遠の真理である、と宣言するにとどまっている。〉(45-6頁)

 

 

 


第33回「『資本論』を読む会」の案内

『 資  本  論 』  を  読  ん  で  み  ま  せ  ん  か

 

 

                                                                                                                      第33回「『資本論』を読む会」の案内文を出そうと思いながら、ぐずぐずしていたら、東北の三陸沖でM8.8という(後にM9.0に修正)巨大な地震が起こり、東北地方や関東地方を含めて、甚大な被害に見舞われる災害が発生した。

 

3月12日『朝日新聞』夕刊より

 

  とくに大津波の猛威は想像をはるかに越えるものであり、大きな船もろともに家屋までもを巻き込んで、一切合切を撫で斬りに流し去ってしまっている。家も何も跡形もなく、残ったのはただ瓦礫の山だけになっている。そこで生活していた人たちはどうなってしまったのか、その安否を思うにつけ、心痛の限りであるが、ただテレビの画面に釘付けになり、見入ることしかできない自分に歯がゆさを感じざるを得ない。

 

 おまけに福島原子力発電所では、地震によって緊急停止装置が働き停止したのはよいものの、緊急炉心冷却システム(ECCS)が作動せず、第一原発の建屋が骨組みを残して吹っ飛んだとニュースでは報じている。これはチェルノブイリ原発事故に相当する災害をもたらしかねない事態が生じていることを物語っている。放射能による二次災害はさらに広い範囲に長期間に渡る被害をもたらすことが予想される。まさに大変な事態である。

 

 考えてみれば、われわれ人類が築いてきた産業や毎日の生活の営みは、ただ地球のマントルの上べりにできた瘡蓋(カサブタ=地殻)の上にあるわけである。その瘡蓋は地球自体の長い歴史のなかで、火の玉の状態から徐々に冷却してくる過程で生じたものであるが、当然のことながら、今もって、その冷却は進んでおり、その冷却を媒介しているものがマントルの対流なのである。それによって地球はその内部の熱を宇宙に放出して徐々に冷えているわけだ。

 

 そしてそのマントルの対流に応じて、その瘡蓋は地球の表面を長い時間をかけて(われわれ人類の歴史から見て長いだけであるが)移動しており、日本列島は、そうした瘡蓋(プレート)の幾つかが地球内部のマントルにもぐり込んでいる場所にできた島である。

 

 

プレートテクトニクスから見た日本列島

 

 だから今回のような地震は当然予想されてきた。東海地震や東南海地震、あるいは南海地震というのがそれであるが、まさか三陸沖にそれが生じるとはあまり予想されて来なかったのではないだろうか。しかしそうであるなら、やがては来るだろうといわれているわれわれの身近で起こる南海地震も、同じような甚大な被害を関西地方にもたらすだろうことは容易に想像できる。だから、これはまったく人ごとではないわけである。

 

 マルクスは社会の歴史を地球の歴史になぞらえて「社会構成体(Gesellschaftsformation)」という概念を提起している。マルクスはこれを地質学の用語からとってきたと言われている。

 

 〈社会史の諸時代は抽象的な厳密な境界線によっては区分されないということは、地球史の諸時代の場合と同じことだからである。〉(全集23a486頁)

 

 〈さまざまな地質の累層の順次的継起について,ひとは,明確に分離された諸時代が突如として現われるなどと考えてはならないが,さまざまな社会構成体の形成についても同様である。〉(『1861-1863年草稿集』9巻129頁)

 

 地球の歴史は人類の歴史からすれば、気の遠くなるほど長いスタンスで変化しているものであるが、同じように人類の歴史も決して不変ではなく、現在の資本主義的生産様式も、やがては新しい社会構成体へと移行する一時代が来るものと思われる。それは今回の自然災害をもたらすようなものではないが、やはり世界全体を巻き込んだ一つの生みの苦しみともいうべき陣痛を伴うものなのかも知れない。

 

 そうしたことを今回の地震で考えさせられた。

 

 『資本論』など読んでいる場合ではない、と言われそうだが、一応、会場の予約もあり、第33回「『資本論』を読む会」は予定どおり開催します。

 



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