目次
はじめに
第1回「『資本論』を読む会」の案内
第1回「『資本論』を読む会」の報告
第2回「『資本論』を読む会」の案内
第2回「『資本論』を読む会」の報告
第3回「『資本論』を読む会」の案内
第3回「『資本論』を読む会」の報告
第4回「『資本論』を読む会」の案内
第4回「『資本論』を読む会」の報告
第5回「『資本論』を読む会」の案内
第5回「『資本論』を読む会」の報告
第6回「『資本論』を読む会」の案内
第6回「『資本論』を読む会」の報告
第7回「『資本論』を読む会」の案内
第7回「『資本論』を読む会」の報告
第8回「『資本論』を読む会」の案内
第8回「『資本論』を読む会」の報告
第9回「『資本論』を読む会」の案内
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第10回「『資本論』を読む会」の案内
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第11回「『資本論』を読む会」の案内
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第12回「『資本論』を読む会」の案内
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第13回「『資本論』を読む会」の案内
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第14回「『資本論』を読む会」の案内
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第15回「『資本論』を読む会」の案内
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第16回「『資本論』を読む会」の案内
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第17回「『資本論』を読む会」の案内
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第18回「『資本論』を読む会」の案内
第18回「『資本論』を読む会」の報告
第19回「『資本論』を読む会」の案内
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第20回「『資本論』を読む会」の案内
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第21回「『資本論』を読む会」の案内
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第22回「『資本論』を読む会」の案内
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第23回「『資本論』を読む会」の案内
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第24回「『資本論』を読む会」の案内
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第25回「『資本論』を読む会」の案内
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第26回「『資本論』を読む会」の案内
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第27回「『資本論』を読む会」の案内
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第28回「『資本論』を読む会」の案内
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第29回「『資本論』を読む会」の案内
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第30回「『資本論』を読む会」の案内
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第33回「『資本論』を読む会」の案内
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第34回「『資本論』を読む会」の案内
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第35回「『資本論』を読む会」の案内
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第36回「『資本論』を読む会」 の案内
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第37回「『資本論』を読む会」の案内
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第38回「『資本論』を読む会」の案内
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第39回「『資本論』を読む会」の案内
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第40回「『資本論』を読む会」の案内
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第49回「『資本論』を読む会」の案内
第49回「『資本論』を読む会」の報告
第50回「『資本論』を読む会」の報告
第50回「『資本論』を読む会」の報告(補足)

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第50回「『資本論』を読む会」の報告

第50回「『資本論』を読む会」の報告

 

 

◎第50回で閉会します

 

  殘念ながら、「『資本論』を読む会」は第50回をもって終えることにしました。

 

  2008年2月から開始してほぼ4年半、ようやく第2章を終えるところまでこぎ着けました。しかし、この間、新しい参加者は僅か1人、しかもその人も体調のこともあって足が遠ざかり、最初の参加メンバーからも脱落者があったりして、最近は寂しい状態が続いていました。

 

  そして何よりも、この学習会を立ち上げた中心メンバーであるピースさんが自らに降りかかった解雇攻撃との闘いに忙殺されるという状態になり、学習会を維持していくことが困難になってしまったのです。何を隠そう、第45回案内で紹介した、不当な思想弾圧を受けた教育労働者こそピースさんその人なのです。

 

  そこで第2章を終えたこともあり、50回という一つの区切りのよい機会でもあるので、これをもって学習会を閉じることに決定した次第です。

 

  まことに勝手ではありますが、この学習会に参加はされなくても、ブログ等を通じてご注目頂いてきた皆様には、ご勘弁頂くようお願い申し上げます。

 

  第50回の案内が出ないことを訝しく思われた方もあったかと思いますが、そういうこともあって、すでに閉鎖を決めたものに、「『資本論』を読んでみませんか」と参加を呼びかけるのも憚れたので、案内は作成せず、最後の学習会は9月30日、出発メンバーの一部だけで開催することにした次第です。しかし、間の悪いことに、当日は17号の台風の接近で大阪府に暴風警報が発令され、図書館が休館になってしまい、やむなく中止しました。よって第50回は日程を変更して、10月2日、案内も出さない学習会であるという事情を考えて、改めて会館を借りずに、メンバーの個人宅で行いました。

 

  そういうわけで、とにかく第2章の締めくくりの第50回の「『資本論』を読む会」は変則的ながら、開催しましたので、その最後の報告を行いたいと思います。

 

◎第15パラグラフ

 

  今回は第2章の最後に残された第15・16の二つのパラグラフを学習しました。報告はこれまでと同じように、まず本文を掲げ(青太字)、文節ごとに記号を付けて、それぞれの平易な書き下し文を記し(太字)、それに関連した解説を加え、その中で議論の内容も紹介するという手順で行います。まず本文です。

 

【15】〈 (イ)先に指摘したように、一商品の等価形態はその商品の価値の大きさの量的規定を含んではいない。 ()金が貨幣であり、したがって他のすべての商品と直接的に交換されうるものであることを知っても、それだからといって、たとえば一〇ポンドの金の価値がどれだけであるかはわからない。 (ハ)どの商品もそうであるように、貨幣〔*〕はそれ自身の価値の大きさを、ただ相対的に、他の諸商品によってのみ、表現することができる。 (ニ)貨幣〔*〕自身の価値は、その生産のために必要とされる労働時間によって規定され、等量の労働時間が凝固した、他の各商品の量で表現される(48)。 (ホ)貨幣〔*〕の相対的価値の大きさのこうした確定はその産源地での直接的交換取引の中で行われる。 (ヘ)それが貨幣として流通に入る時には、その価値はすでに与えられている。 (ト)すでに一七世紀の最後の数十年間には、貨幣分析のずっと踏み越えた端緒がなされていて、貨幣が商品であるということが知られていたけれども、それはやはり端緒にすぎなかった。 (チ)困難は、貨幣が商品であることを理解する点にあるのではなく、どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にある(49)。〉
〔* カウツキー版、ロシア語版では「金」となっている〕

 

  (イ) 先に指摘しましたように、一商品の等価形態は、その商品の価値の大きさの量的規定を含んでいません。

 

  ここで〈先に指摘したように〉とあるのは、第1章第3節Aの「三 等価形態」の次の一文を指すと考えられます。

 

  〈ある一つの商品種類、たとえば上着が、別の一商品種類、たとえばリンネルのために、等価物として役だち、したがってリンネルと直接に交換されうる形態にあるという独特な属性を受け取るとしても、それによっては、上着とリンネルとが交換されうる割合はけっして与えられてはいない。この割合は、リンネルの価値量が与えられているのだから、上着の価値量によって定まる。上着が等価物として表現され、リンネルが相対的価値として表現されていようと、または逆にリンネルが等価物として表現され、上着が相対的価値として表現されていようと、上着の価値量は、相変わらず、その生産に必要な労働時間によって、したがって上着の価値形態にはかかわりなく、規定されている。しかし、商品種類上着が価値表現において等価物の位置を占めるならば、この商品種類の価値量は価値量としての表現を与えられてはいない。この商品種類は価値等式のなかではむしろただ或る物の一定量として現われるだけである。〉(全集23a75-6頁)

 

  (ロ) 金が貨幣であり、よって他のすべての商品と直接に交換されうるものであることを知っても、それだからといって、例えば10ポンドの金の価値がどれだけかは分かりません。

 

  10ポンドという金の物的な量は、金でその価値を表す(だから価格として表示される)商品、例えばリンネルの価値の大きさを10ポンドという金の重量で表しているわけです。だからそれは金そのものの価値の量的表現ではないわけです。

 

  (ハ) どの商品もそうですが、貨幣(金)はそれ自身の価値の大きさを、ただ相対的に、よって他の諸商品の助けを借りて、表現しうるのみです。

 

  第1章第3節Cの「2 相対的価値形態と等価形態との発展関係」には次のようにあります。

 

  〈反対に、一般的等価物の役を演ずる商品は、商品世界の統一的な、したがってまた一般的な相対的価値形態からは排除されている。もしもリンネルが、すなわち一般的等価形態にあるなんらかの商品が、同時に一般的相対的価値形態にも参加するとすれば、その商品は自分自身のために等価物として役だたなければならないであろう。その場合には、20エレのリンネル=20エレのリンネル となり、それは価値も価値量も表わしていない同義反復になるであろう。一般的等価物の相対的価値を表現するためには、むしろ形態IIIを逆にしなければならないのである。一般的等価物は、他の諸商品と共通な相対的価値形態をもたないのであって、その価値は、他のすべての商品体の無限の列で相対的に表現されるのである。こうして、いまでは、展開された相対的価値形態すなわち形態IIが、等価物商品の独自な相対的価値形態として現われるのである。〉(同前93頁)

 

  すべての商品の価値は、商品に内在的なものですから、直接には目にすることは出来ません。商品の直接的な定在はその使用価値だからです。だからすべての商品は、その内在的な価値を目に見えるように表すためには、他の諸商品の直接的な定在であるそれらの使用価値を使って(助けを借りて)表す以外にありません。つまり「相対的に」表すしかないのです。目に見えるということは、直接的なものになるということです。「価値形態」というのは、本来内在的なものである「価値」を「形態」あるものに、つまり「形ある状態」にする、あるいはなったものということです。商品の価値は、それ自体としてはまったく姿形も分からない抽象的で本質的なものです。だからそれが具体的な姿をとって現象するようにしたのが、価値形態、すなわち価値の現象形態(交換価値)なのです。

 

  (ニ) 貨幣(金)自身の価値は、他の諸商品と同じように、その生産のために必要とされる社会的に必要な労働時間によって規定されます。だからそれと同じ大きさの労働時間が凝固した、他の諸商品の使用価値の量によって、金の価値も量的には表されなければならないのです。

 

  (ホ)、(ヘ) 貨幣(金)の相対的価値の大きさかがこのような形で確定されるのは、金が生産される場所における直接的な交換取引(物々交換)の中でです。そしてそれが貨幣として流通に入る時には、すでにその価値は与えられたものとして存在しているのです。だから、それは決して流通のなかで与えられるのではありません。

 

  この点について、『経済学批判』には、次のようにあります。

 

  〈金は、他のすべての商品と同様に、その原産地では商品である。金の相対的価値と鉄やその他すべての商品の相対的価値とは、そこでは、それらが互いに交換される量であらわされる。しかし流通過程では、この操作は前提されており、商品価格のうちに金自身の価値はすでにあたえられている。だから、流通過程の内部で金と商品とは直接的交換取引の関係にはいり、したがってそれらの相対的価値は、単純な商品としてのそれらの交換によって確かめられる、という考えほどまちがったものはない。流通過程で金がたんなる商品として諸商品と交換されるように見えるとしても、この外観はたんに、価格で一定量の商品がすでに一定量の金と等置されているということ、すなわち一定量の商品がすでに貨幣としての、一般的等価物としての金に関係しており、それだからこそ直接に金と交換できるということから生じるのである。一商品の価格が金で実現されるかぎりでは、その商品は、商品としての金、労働時間の特殊な物質化したものとしての金と交換される。だが、金が、金で実現される商品の価格であるかぎりでは、その商品は、商品としての金ではなく、貨幣としての金、すなわち労働時間の一般的な物質化したものとしての金と交換される。しかし、二つの関係のどちらでも、流通過程の内部で商品と交換される金の量が交換によって規定されるのではなく、交換が商品の価格、すなわち金で評価されたその交換価値によって規定されるのである。〉(全集13巻73頁、下線はマルクスによる強調)

 

  また少し先走りしますが、『資本論』からも紹介しておきましょう。

 

  〈金銀の流れの運動は二重のものである。一方では、金銀の流れはその源から世界市場の全面に行き渡り、そこでこの流れはそれぞれの国の流通部面によっていろいろな大きさでとらえられて、その国内流通水路にはいって行ったり、摩滅した金銀鋳貨を補填したり、奢修品の材料を供給したり、蓄蔵貨幣に凝固したりする。この第一の運動は、諸商品に実現されている各国の労働と金銀生産国の貴金属に実現されている労働との直接的交換によって媒介されている。他方では、金銀は各国の流通部面のあいだを絶えず行ったり来たりしている。それは、為替相場の絶え間ない振動に伴う運動である。〉(前掲189頁、下線は引用者)

 

  (ト)、(チ) すでに17世紀の最後の数十年間には、貨幣分析のずっと踏み込んだ端緒がなされていて、貨幣が商品であることは知られていました。しかし、それはやはり端緒に過ぎなかったのです。困難は、貨幣が商品であるということを理解する点にあるのではなく、どのうよにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にあるのです。

 

  貨幣が商品であるという理解に達していた諸説の例は、第14パラグラフにつけられた原注45で紹介されていました。それらの引用文とその著者のそれぞれの人名索引の解説をつけて、もう一度、書き出して見ましょう。

 

 ・〈「われわれが貴金属という一般的名称で呼ぶことのできる銀や金そのものは・・・・価値が・・・・上がったり下がったりする・・・・商品である。・・・・そこで、そのより小さい重量でもってその国の生産物または製造品のより大きい量が買われるのならば、貴金属の価値は高くなったものとみなされる」〔S・クレマント〕『相互関係にある貨幣、商業、および為替の一般的観念に関する一考察。一商人著』、ロンドン、一六九五年・・・・

 

 (クレメント,サイモンClement,Simonイギリスの商人。)

 

 ・「銀や金は、鋳造されていてもいなくても、他のすべての物の尺度として用いられるけれども、ワイン、油、タバコ、布や織物と同じく一つの商品である」〔J・チャイルド〕『商業、ことに東インド貿易に関する考察』、ロンドン、一六八九年・・・・


 (チャイルド,サー・ジョサイアChild,SirJosiah(1630-1699)イギリスの商人,経済学者,重商主義者.高利貸資本に反対する「商業および産業資本の先駆者」,「近代的銀行業者の父」(マルクス)。)

 ・「厳密に言えば、王国の資産と富を貨幣に限定するのは適切でないし、金や銀を商品ではないとすべきではない」〔Th・パピロン〕『東インド貿易は最も有利な貿易である』、ロンドン、一六七七年・・・・〉

 (パピロン,トマスPapillon,Thomas(1623-1702)イギリスの商人,政治家,国会議員,東イソド会社の支配人のひとり。)

 

  原注では、この順序に引用文が紹介されていましたが、これを見ると、マルクスは17世紀の最後の数十年間のなかでも、もっとも最近のものから歴史を遡って紹介していたことが分かります。これらが貨幣分析の端緒だったというわけです。

 

  そしてその次に書かれている一文(困難は、貨幣が商品であることを理解する点にあるのではなく、どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にある)が久留間鮫造氏によって、『資本論』の第1章第3節(どのようにして)、第4節(なぜ)、第2章(何によって)のあいだの関連を説明するものとして、問題提起されたことによって、極めて有名になったものです(『価値形態論と交換過程論』)。果たして久留間氏のようにこの一文に着目して、こうした『資本論』の一連の展開を説明することが、あるいはそれで説明可能だとすることが、妥当なのでしょうか。この問題については、すでに何度も論じてきたので(例えば第1回、第32回、第36回等々を参照)、ここで改めて取り上げる必要はないかも知れませんが、やはりこの問題は、これまで多くの人たちによって取り上げられ、論争にもなってきた問題なので、もう一度、論じておきましょう。

 

  ただ、私たちは、その久留間説を評価するためにも、そもそもこの第15パラグラフでは、全体としてマルクスは何を論じているのか、このパラグラフの本来の課題は何か、という問題から考えてみることにしましょう。というのは、久留間氏の問題提起が、あまりにも強い影響力があるために、あたかもこのパラグラフの課題は最後の文節で言われていることにあるかに思い込んでいる人がいないとも限らないからです。

 

  しかし果たしてマルクスがこのパラグラフで言いたかったことは、〈困難は、貨幣が商品であることを理解する点にあるのではなく、どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にある〉ということなのでしょうか。私にはどうしてもそのように思えないのです。というのは、もし、そうしたことがこのパラグラフでマルクスが言いたいことなら、どうしてマルクスは、等価形態にある商品の価値の大きさの量的規定という問題から話を始めているのでしょうか。その説明がなかなかつかないのです。

 

  そうではなく、マルクスがこのパラグラフで中心に述べていることは、文節記号でいうと(ホ)で述べていることではないかと考えます。つまり貨幣としての金の価値の大きさは、産源地での他の諸商品との直接的な交換取引の中で確定されるのだということです。だから貨幣として、現実に流通にある金の価値は、すでに与えられたものとして前提されているのであって、流通過程の内部でも金と商品とが直接的な交換取引の関係に入って、それによってそれらの相対的価値がそれらの相互の交換によって確かめられるなどと考えるのは間違いなのだ、ということです。これは先に紹介した『経済学批判』の一文を良く吟味すれば分かります。

 

  だから17世紀の最後の十数年間における貨幣分析のなかで、当時の商人や経済学者たちが貨幣が商品であるとの理解に達していたとしても、彼らがそうした正しい認識に達していたというのではないのだということです。マルクスが〈それはやはり端緒にすぎなかった〉と述べているのはそういう意味ではないかと思います。つまり彼らはすでに金が貨幣として流通している現実を前提したうえで、そこで貨幣としての金と他の諸商品とが交換される現実を見て、それをあたかも直接的な交換取引と見立ててそうした主張をしているに過ぎないのですが、しかし、そうした理解そのものは決して正しいものではないのだ、というのがマルクスが言わんとすることではないでしょうか。

 

  つまり貨幣としての金が、他の諸商品と同じ一つの商品として登場するのは、あくまでも金の産源地においてのみであるということです。そうしたことを理解した上で、17世紀の最後の十数年間の商人や経済学者たちが貨幣は商品であると理解していたわけでは無かったということです。そうしたことを理解するためには、〈どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのか(商品が貨幣になるのか)〉、つまり「商品の貨幣への転化」を論じたこの第2章でマルクスが展開してきたように論証する必要があるのだ、ということではないかと思います。

 

  だから、久留間氏が注目した最後の二つの文節((ト)(チ))で述べていることは、このパラグラフ全体でマルクスが中心に言いたいことから見れば、ある意味では、副次的な、あるいはそれを補強するようなものでしかないといえるのではないでしょうか。

 

  なぜ、マルクスがこうした貨幣としての金の価値の量的確定という問題を、ここで論じているのでしょうか。それは貨幣としての金が、他のすべての商品と同じように、一つの商品として現れ、他の諸商品と互いに交換される量によって、その価値の量的規定が確定されるのは産源地という特殊な交換過程の問題だからです。こうした産源地における金の他の諸商品との直接的交換取引というものは、全体の商品交換の過程からみるなら、極めて特殊なものですが、しかし、それもやはり交換過程の問題であることは確かでしょう。だからこそマルクスは、交換過程の最後あたりで(この第2章を締めくくる最後のパラグラフの直前のパラグラフで)、その特殊な交換過程の果たす役割として貨幣としての金の価値量の確定という問題を取り上げているのではないでしょうか。

 

  さて、その上で、それでは久留間氏の問題提起に戻りましょう。これまでの考察を前提して、最後の文節((チ))の内容をもう一度吟味してみましょう。まず〈貨幣が商品であることを理解する〉というのは、厳密にいえば正しいとはいえなくても、比較的容易なことであって、〈すでに一七世紀の最後の数十年間〉に〈貨幣分析〉の〈端緒がなされ〉るなかでも指摘されてきたことです。しかし本当に困難なのは、そうしたことではなく、〈どのようにして、なぜ、何によって、商品が貨幣であるのかを理解する点にある〉とマルクスは言います。まずここで、〈商品が貨幣である〉とは、一体、どういうことなのでしょうか。

 

  フランス語版では,この部分は〈困難は、貨幣が商品であることを理解することにあるのではなく、どのようにして、なぜ、商品が貨幣になるか、を知ることである〉となっており、〈商品が貨幣になる〉と書かれています。また〈どのようにして、なぜ〉としか問われていません。フランス語版の場合は、ドイツ語版の初版や第二版に較べて、平易化する配慮がなされていることを考慮したとしても、ここでマルクスが述べていることは、貨幣が商品あるということより、商品が貨幣になるのはどうしてかを理解するこの方が困難であり、またそれこそが貨幣の何であるかを知ることになるのだ、ということではないでしょうか。

 

  だから〈商品が貨幣である〉というのは、フランス語版のように、文字通り商品がどのようにして貨幣になるのかを知ることだということのように思えます。以前、第2章の位置づけや課題について、次のように論じたことがありました。

 

  【「第1篇 商品と貨幣」は「第1章 商品」と「第2章 交換過程」、「第3章 貨幣または商品流通」からなっています。この構成をみれば、第1章では商品とは何かが解明され、第3章では貨幣の諸機能と商品流通における諸法則が解明されることが明らかになり、第2章は、第1章と第3章を媒介する章であることが分かるのです。・・・・
 
  そして第2章が第1章と第3章を媒介する章であるとの位置づけが分かれば、それが短いのに一つの章として第1章と第3章と対等の位置に置かれているという理由も分かると思います。それは例えば第2篇には、一つの章しかなく、しかも分量としては短いものであるのに、第1篇や第3篇と対等の位置にどうして位置づけられているのかという理由と同じ理由なのです。第2篇の表題は「貨幣の資本への転化」ですが、これはまさに第1篇と第3篇を媒介する篇であることをその表題そのものが示しているといえるでしょう。だから同じような位置づけで考えるなら、「第2章 交換過程」は、内容からいえば、いわば「商品の貨幣への転化」とでも言えるような位置にあると考えられるわけです。・・・・〉(第33回報告)

 

  〈だからこの第3節は確かに貨幣に言及し、貨幣形態の発生を立証しているわけですが、しかし、それはあくまでも商品とは何か(それが第1章の課題です)を明らかにする一環としてそうしているのだということ、商品とは何かを明らかにするために、商品にはどうして値札が付いているのかを説明するためのものだという理解が重要なのです。同じように貨幣の発生を説明しているように見える「第2章 交換過程」が、第1章の商品論を前提にして、商品がその現実の交換過程において、如何にして貨幣へと転化するのかを解明するものであり、それによって第1章と第3章とを媒介するものであるという、その役割や位置づけにおける相違も分かってくるのです。〉(第44回報告)

 

  〈(1)まず第1章では商品は、二重の観点で観察され、ある時は使用価値の観点のもとに、他の時は、交換価値の観点のもとに、分析されたのですが、しかし第2章では、商品はひつの全体として、すなわち使用価値と交換価値との直接的な統一物として考察されるということです。つまり第1章では、その限りでは商品は抽象的に取り上げられたのですが、第2章では、商品はより具体的なものとして取り上げられることが分かります。だから諸商品の相互の現実の関係、つまり諸商品の交換過程が考察の対象になるというわけです。
 
  (2)そしてそうすると、商品はそうした使用価値と交換価値との直接的な統一物としては、直接的な矛盾だとも指摘されています。第1章では商品の二要因である使用価値と交換価値(価値)とは、互いに対立するものとして考察されました。これに対して、第2章では、そうした対立物の直接的な統一として商品は考察されるために、諸商品は直接的な矛盾だというのです。矛盾ということは、諸商品が、使用価値として存在する場合、あるいは交換価値として存在する場合、それらは互いに前提し合いながらも、同時に排斥し合う関係にもあるということです。第2章では、現実の諸商品の相互の関係が、こうした直接的な矛盾として分析されることが指摘されています。そしてその矛盾が現実に解決されていく過程こそが、すなわち貨幣の発生過程でもあるというわけです。だから第2章は現実の諸商品の交換過程において、如何にして商品は貨幣へと転化するのかを解明するものでもあるといえるでしょう。
 
  (3)そしてまた商品の現実の関係である交換過程においては、互いに独立した諸個人、すなわち商品所有者が入り込む社会的過程でもあると指摘されています。つまり商品は第1章に比べてより具体的に考察されるわけですが、それは使用価値と交換価値との直接的な統一物として考察されるだけではなく、第1章では捨象されていた、それらの諸商品の所有者が新たに考察の対象に入ってくるということです。〉(第45回報告)

 

  〈しかし、これらの三つの矛盾の相互の関係を論じるまえに、そもそもどうして交換過程では、こうした矛盾が論じられているのでしょうか。まずそれから考えましょう。
 
  それを考えるためには、もう一度、第1章「商品」との関連で、第2章「交換過程」の課題を明確に掴む必要があります。
 
  これについては、一度詳しく論じたことがあります(第44回報告)。そこでは次のように説明しました。第1章「商品」は、商品とは何かを明らかにすることでした。確かに第1章ではリンネルや上着やコーヒーや鉄や金など、さまざまな商品が登場してそれらの関係が考察されたのですが、しかしこれらはあくまでも商品とは何かを明らかにすることが目的なのです。もちろん、商品とは何かを明らかにするということは、その商品がリンネルであろうが、上着であろうが何でも良かったのですが、しかし問題は、あくまでも商品とはそもそも何かを明らかにすることでした。そしてその商品の何たるかを解明するためには、商品は自らの価値を具体的に表す存在でなければならないこと、それを商品は貨幣形態、つまり価格という形で表していることをマルクスは明らかにしたのです。だからリンネルと上着との価値関係やリンネルと他の諸商品との展開された価値形態など、さまざまな諸商品との関係が考察されたのも、そもそも商品にはどうして価格が、すなわち値札が付けられているのか、そうしたことを明らかにするために商品の価値の表現形態としての貨幣の発生を論証したのでした。
 
  しかし重要なことは、そうした一連の諸商品の価値関係や価値形態の考察も、あくまでも、そもそも商品とは何かを解明するためであったということです。だから第1章では、商品はそれ自体として存在するもの、つまりその姿においてだれもが商品として分かる物的存在として、すなわち一つの現存在として把握されたのでした。あとはこの商品が一つの自立的存在として、今度はそれ自身の運動をわれわれは分析するのです・・・・
 
  だから第2章は、第1章で明らかにされた商品をもとに、今度は自立した商品の運動が、すなわちその交換の過程が分析の対象になるのです。・・・・

 

  つまり私たちが第1章で跡づけた価値形態の発展(単純な価値形態→展開された価値形態→一般的価値形態)は、いわば現実の商品交換の発展を前提して、そのうえで、そのそれぞれの発展段階の交換過程から、諸商品の交換を前提した上で、交換される諸商品そのものに注目して、それ以外の現実の商品交換に付随する商品所有者やその欲望等を捨象して、純粋に諸商品の交換関係だけを取り出し、商品の価値関係そのものに潜む、価値の表現形態の発展段階を分析してきたといえるのです。だからこそ、そうした商品の価値形態の発展の前提としてあった交換過程そのものが、今度は、第2章の分析の対象なのですから、諸商品の交換過程の発展が、こうした交換過程の三つの矛盾に対応していると言いうるのではないかと考えられるわけです(だからまた、当然、交換過程の三つの矛盾は、価値形態の三つの発展段階にも対応しているとも言えます)。〉(第46回報告)】

 

  だから〈どのようにして、なぜ、商品が貨幣になるか〉(フランス語版)というマルクスの問いは、自立した現存在として捉え返された諸商品の運動、すなわちそれらの交換過程のなかで、あるいはその歴史的な発展の過程において、〈どのようにして、なぜ、商品が貨幣になるか〉ということであって、それは決して久留間氏が考えたような、第1章の課題ではないのです。

 

  第1章第3節が貨幣の発生を論証しているのは、あくまでも商品形態--つまりその目に見える姿や形だけで、直接、われわれが商品であると認識できるような状態--を説明するために、その貨幣形態(価格形態、すなわち値札、われわれは値札が付いていて、初めてそれが商品であることを知り得るのです)を説明するがためなのです。それは自立した諸商品の運動が、すなわちそれらの交換過程のなかで、如何にして貨幣になるのか、つまり貨幣を生み出すのか、要するに「商品の貨幣への転化」を直接説明するものではありません。それはあくまでも商品の価値の表現形態の発展過程を跡づけることが課題であり、その最終的な完成形態としての貨幣形態を--商品にはどうして値札がついているのかを--説明し論証するがためのものなのです。

 

   第1章第3節は、第2章の交換過程が、その歴史的な発展において、どのように貨幣を生み出していくのかというその道程を、ただ諸商品の価値の表現形態という一面だけから、いわばその一面だけを切り取って、抽象的に見ることで、その発展を跡付けたものだといえるものなのです。

 

  だから久留間氏のように、〈どのようにして〉が何処で論じられ、〈なぜ〉は何処で、〈何によって〉は何処だというような詮索の是非はともかく(そんな詮索そのものは本当は何も説明したことにはなっていないと思うのですが)、われわれは、これまでの第2章の展開のなかでそれらは追求され、明らかにされてきたのだと理解されるべきではないかと思います。

 

  いずれにせよ、以前にも指摘したように、この問題での久留間氏の問題意識そのものが最初から正しいものでは無かったといわざるを得ません。むしろ久留間氏の問題提起は、その影響力が極めて大きかったこともあり、マルクスが本来このパラグラフで言いたかったことを正しく理解することを反対に妨げてきたといえるのではなないかとさえ私には思われます。

 

◎二つの原注

 

  この第15パラグラフには、マルクスによって二つの注が付けられています。それらも本文を紹介して、簡単な考察を加えておきましょう。

 

【注48】〈(48) 「もしある人が一ブッシェルの穀物の生産に要するのと同じ時間で、一オンスの銀をペルーの地中からロンドンまで持ってくることができるのならば、一方は他方の自然価格である。今、もし彼が、新しい、より豊かな鉱山のおかげで、かつて一オンスを獲得したのと同じ容易さで二オンスの銀を獲得することができるのならば、穀物は、一ブッシェルあたり一〇シリングの価格であっても--“他の事情が同じであれば”--以前に五シリングの価格であった場合と同じ安さであろう」(ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、ロンドン、一六六七年、三一ページ〔大内・松川訳、岩波文庫、八九~九〇ページ〕)。〉

 

  ペティは、この文節((ニ))でマルクスが述べていることをほぼそのまま論じているように思えます。つまりそれだけ後の学者である注49のロッシャーに較べても、問題を正しく理解していたといえそうです。

 

  学習会では、まず〈自然価格〉という言葉が使われているが、これはどのように理解したらよいのか、という質問が出され、これは実際の穀物価格は需給によって変動するが、そうした上下に変動する価格を平均したものとして、あるいは、そうした上下に変動する価格を規定するものという意味で〈自然価格〉と言われているのではないかとの説明があり、一応、了解されました。

 

  またこのペティが最後の部分で述べていることの解釈についても、少し議論になりました。すなわち〈今、もし彼が、新しい、より豊かな鉱山のおかげで、かつて一オンスを獲得したのと同じ容易さで二オンスの銀を獲得することができるのならば、穀物は、一ブッシェルあたり一〇シリングの価格であっても--“他の事情が同じであれば”--以前に五シリングの価格であった場合と同じ安さであろう〉とありますが、〈穀物は、一ブッシェルあたり一〇シリングの価格であっても--“他の事情が同じであれば”--以前に五シリングの価格であった場合と同じ安さであろう〉というのがいま一つよく分からないと疑問が出されたのです。それに対しては、報告者であるJJ富村さんから、適切な解説が加えられました。

 

  すなわち1ブッシェルあたりの穀物が、以前は5シリングだったが、それが金の価値の低下によって10シリングになったとしても、しかし、価値としては5シリングだった時と同じだと主張しているのではないか、というのです。これでみんなの疑問も氷解しました。

 

【注49】〈(49) 教授ロッシャー氏は、われわれに教えて、「貨幣の誤った定義は二つの群に大別できる。すなわち、貨幣を商品以上のものとみなす定義と、商品以下のものとみなす定義とである」と言い、ついで貨幣なるものに関する著作の種々雑多な目録をあげるが、そこには貨幣理論の現実的歴史についての洞察の片鱗さえも見られない。ついで次の教訓だ。「大部分の近ごろの国民経済学者が、貨幣を他の商品から区別する特異性」(では、商品以上なのか、以下なのか?)「を十分に眼中においていないということは、とにかく否定できない。--その限りでは、ガニルなどのなかば重商主義的な反動もまったく無根拠ではない」(ヴィルヘルム・ロッシャー『国民経済学原理』、第三版、一八五八年、二〇七~二一〇ページ)。以上--以下--十分に……いない--その限りでは--まったく……ではない! 何という概念規定だ! そして、このような折衷的な大学教授的むだ話を、ロッシャー氏は、控え目に、経済学の「解剖学的生理学的方法」〔同前、四二ページ〕と命名するのだ! もっとも、一つの発見は彼に負うところである。すなわち、貨幣は「人を引きつける商品」〔同前、二〇六ページ〕である、と。〉

 

   このロッシャーというのは、すでに19世紀の半ばの学者です。つまり17世紀の最後の数十年間で、経済学者は貨幣は商品てあることは理解していたのですが、そして先に見たように問題を的確に理解していたペティはその最初の頃の人なのですが、しかし、19世紀の半ばになっても、相変わらず貨幣についての正しい理解にほど遠かったということです。それだけ貨幣のなんたるかを理解することは困難なことだったということでしょうか。それはマルクスによって初めて解明されたといえるでしょう。

 

◎第16パラグラフ

 

【16】〈 (イ)われわれが見たように、すでに最も単純な価値表現、x量の商品A=y量の商品B においても、他の一つの物の価値の大きさがそれによって表される物は、その等価形態を、この関係から独立に社会的な自然属性として持っているかのようにみえる。 (ロ)われわれはこの虚偽の外観の確立を追求した。 (ハ)一般的等価形態が、ある特殊な種類の商品の現物形態に癒着した時、あるいは貨幣形態に結晶した時、この外観は完成する。 (ニ)一商品は、他の諸商品がその価値をこの一商品によって全面的に表示するので、はじめて貨幣になるのだ、とは見えないで、むしろ逆に、この一商品が貨幣であるからこそ、他の諸商品はこの一商品で一般的にそれらの価値を表示するかのように見える。 (ホ)媒介する運動は、運動それ自身の結果では消失して、何の痕跡も残してはいない。 (ヘ)諸商品は、みずから関与することなく、自分たち自身の価値姿態が、自分たちの外に自分たちとならんで存在する一商品体として完成されているのを見いだす。 (ト)金や銀というこれらの物は、地中から出てきたままで、同時に、いっさいの人間労働の直接的化身なのである。 (チ)ここから、貨幣の魔術が生じる。 (リ)人間の社会的生産過程における人間の単なる原子的なふるまいは、したがってまた人間の管理や人間の意識的な個人的行為から独立した彼ら自身の生産諸関係の物的姿態は、さしあたり、彼らの労働生産物が一般的に商品形態をとるという点に現れる。 (ヌ)だから、貨幣物神の謎は、目に見えるようになった、人目をくらますようになった商品物神の謎にほかならない。〉

 

  (イ) 私たちがすでに見たように、最も単純な価値表現、x量の商品A=y量の商品B においても、他の商品の価値の大きさがそれによって表される商品の使用価値は、その等価形態を、この関係から独立に社会的な自然属性として持っているかのようにみえます。

 

  〈われわれが見たように〉とあるのは、第1章第3節Aの「3 等価形態」で次のように述べていたことを指しているのだと思われます。

 

  〈ある一つの商品、たとえばリンネルの相対的価値形態は、リンネルの価値存在を、リンネルの身体やその諸属性とはまったく違ったものとして、たとえば上着に等しいものとして表現するのだから、この表現そのものは、それが或る社会的関係を包蔵していることを暗示している。等価形態については逆である。等価形態は、ある商品体、たとえば上着が、このあるがままの姿の物が、価値を表現しており、したがって生まれながらに価値形態をもっているということ、まさにこのことによって成り立っている。いかにも、このことは、ただリンネル商品が等価物としての上着商品に関係している価値関係のなかで認められているだけである。しかし、ある物の諸属性は、その物の他の諸物にたいする関係から生ずるのではなく、むしろこのような関係のなかではただ実証されるだけなのだから、上着もまた、その等価形態を、直接的交換可能性というその属性を、重さがあるとか保温に役だつとかいう属性と同様に、生まれながらにもっているように見える。それだからこそ、等価形態の不可解さが感ぜられるのであるが、この不可解さは、この形態が完成されて貨幣となって経済学者の前に現われるとき、はじめて彼のブルジョア的に粗雑な目を驚かせるのである。そのとき、彼はなんとかして金銀の神秘的な性格を説明しようとして、金銀の代わりにもっとまぶしくないいろいろな商品を持ち出し、かつて商品等価物の役割を演じたことのあるいっさいの商品賎民の目録を繰り返しこみあげてくる満足をもって読みあげるのである。彼は、20エレのリンネル=1着の上着 というような最も単純な価値表現がすでに等価形態の謎を解かせるものだということには、気がつかないのである。〉(全集23a77-8頁)

 

  またこの文節には〈社会的な自然属性〉という言葉が出てきますが、これも次のように説明されていました。

 

  〈それでは、労働生産物が商品形態をとるとき、その謎のような性格はどこから生ずるのか? 明らかにこの形態そのものからである。いろいろな人間労働の同等性はいろいろな労働生産物の同等な価値対象性という物的形態を受け取り、その継続時間による人間労働力の支出の尺度は労働生産物の価値量という形態を受け取り、最後に、生産者たちの労働の前述の社会的規定がそのなかで実証されるところの彼らの諸関係は、いろいろな労働生産物の社会的関係という形態を受け取るのである。
 だから、商品形態の秘密はただ単に次のことのうちにあるわけである。すなわち、商品形態は人間にたいして人間自身の労働の社会的性格を労働生産物そのものの対象的性格として反映させ、これらの物の社会的な自然属性として反映させ、したがってまた、総労働にたいする生産者たちの社会的関係をも諸対象の彼らの外に存在する社会的関係として反映させるということである。このような置き替えによって、労働生産物は商品になり、感覚的であると同時に超感覚的である物、または社会的な物になるのである。同様に、物が視神経に与える光の印象は、視神経そのものの主観的な刺激としてではなく、目の外にある物の対象的な形態として現われる。しかし、視覚の場合には、現実に光が一つの物から、すなわち外的な対象から、別の一つの物に、すなわち目に、投ぜ備られるのである。それは、物理的な物と物とのあいだの一つの物理的な関係である。これに反して、商品形態やこの形態が現われるところの諸労働生産物の価値関係は、労働生産物の物理的な性質やそこから生ずる物的な関係とは絶対になんの関係もないのである。ここで人間にとって諸物の関係という幻影的な形態をとるものは、ただ人間自身の特定の社会的関係でしかないのである。それゆえ、その類例を見いだすためには、われわれは宗教的世界の夢幻境に逃げこまなければならない。ここでは、人間の頭の産物が、それ自身の生命を与えられてそれら自身のあいだでも人間とのあいだでも関係を結ぶ独立した姿に見える。同様に、商品世界では人間の手の生産物がそう見える。これを私は呪物崇拝と呼ぶのであるが、それは、労働生産物が商品として生産されるやいなやこれに付着するものであり、したがって商品生産と不可分なものである。〉(前掲97-8頁、下線は引用者)

 

  (ロ)、(ハ) 私たちはこの虚偽の外観の確定を追求しました。一般的等価形態が、ある特殊な種類の商品の現物形態に癒着した時、あるいは貨幣形態に結晶した時、この外観は完成しました。

 

  ここでは〈われわれはこの虚偽の外観の確立を追求した〉とありますが、これは第1章第4節の次の部分を指していると考えられます。

 

  〈人間生活の諸形態の考察、したがってまたその科学的分析は、一般に、現実の発展とは反対の道をたどるものである。それは、あとから始まるのであり、したがって発展過程の既成の諸結果から始まるのである。労働生産物に商品という極印を押す、したがって商品流通に前提されている諸形態は、人間たちが、自分たちにはむしろすでに不変なものと考えられるこの諸形態の歴史的な性格についてではなくこの諸形態の内実について解明を与えようとする前に、すでに社会的生活の自然形態の固定性をもっているのである。このようにして、価値量の規定に導いたものは商品価格の分析にほかならなかったのであり、商品の価値性格の確定に導いたもの諸商品の共通な貨幣表現にほかならなかったのである。ところが、まさに商品世界のこの完成形態--貨幣形態--こそは、私的諸労働の社会的性格、したがってまた私的諸労働者の社会的関係をあらわに示さないで、かえってそれを物的におおい隠すのである。もし私が、上着や長靴などが抽象的人間労働の一般的な具体化としてのリンネルに関係するのだ、と言うならぽ、この表現の奇異なことはすぐに感ぜられる。ところが、上着や長靴などの生産者たちがこれらの商品を一般的等価物としてのリンネルに--または金銀に、としても事柄に変おりはない--関係させるならば、彼らにとっては自分たちの私的労働の社会的総労働にたいする関係がまさにこの奇異な形態で現われるのである。
 このような諸形態こそはまさにブルジョア経済学の諸範疇をなしているのである。それらの形態こそは、この歴史的に規定された社会的生産様式の、商品生産の、生産関係についての社会的に認められた、つまり客観的な思想形態なのである。〉(前掲101-2頁)

 

  (ニ) 一商品は、他の諸商品がその価値をこの一商品によって全面的に表示するから、初めて貨幣になるのだ、というようには見えないで、むしろ逆に、この一商品が貨幣であるからこそ、他の諸商品はこの一商品によって一般的にそれらの価値を表示できるかのように見えるのです。

 

  こうした逆転して見える理由については、直前に紹介した第4節の一文が良く説明してくれていると思います。

 

  学習会では、こうした逆転して見える現象に囚われているのは、何も昔の人の話ではなく、今日においても同じだということになりました。というのは、今日でも、例えば日銀の追加金融緩和策を称して、「カネの垂れ流し」をしていると批判してる人もありますが、そもそも「カネを垂れ流せ」ば、景気が良くなるというのは、まさにマルクスがここで述べている逆転現象に囚われた間違った理解なのです。だからまた、それを「カネの垂れ流し」だと批判している人も、実は同じような現象に囚われている点では、同じだ、ということでもあるのです。

 

  これは第3章の一文ですが、同じような逆転現象について、マルクスが論じている部分を紹介しておきましょう(また『経済学批判』にも同様の指摘があります。全集13巻81-2頁参照)。

 

  〈貨幣の流通は、同じ過程の不断の単調な繰り返しを示している。商品はいつでも売り手の側に立ち、貨幣はいつでも購買手段として買い手の側に立っている。貨幣は商品の価格を実現することによって、購買手段として機能する。貨幣は、商品の価格を実現しながら、商品を売り手から買い手に移し、同時に自分は買い手から売り手へと遠難ざかって、また別の商品と同じ過程を繰り返す。このような貨幣運動の一面的な形態が商品の二面的な形態運動から生ずるということは、おおい隠されている。商品流通そのものの性質が反対の外観を生みだすのである。商品の第一の変態は、ただ貨幣の運動としてだけではなく、商品自身の運動としても目に見えるが、その第二の変態はただ貨幣の運動としてしか見えないのである。商品はその流通の前半で貨幣と場所を取り替える。それと同時に、商品の使用姿態は流通から脱落して消費にはいる。その場所を商品の価値姿態または貨幣仮面が占める。流通の後半を、商品はもはやそれ自身の自然の皮をつけてではなく金の皮をつけて通り抜ける。それとともに、運動の連続性はまったく貨幣の側にかかってくる。そして、商品にとっては二つの反対の過程を含む同じ運動が、貨幣の固有の運動としては、つねに同じ過程を、貨幣とそのつど別な商品との場所変換を、含んでいるのである。それゆえ、商品流通の結果、すなわち別の商品による商品の取り替えは、商品自身の形態変換によってではなく、流通手段としての貨幣の機能によって媒介されるように見え、この貨幣が、それ自体としては運動しない商品を流通させ、商品を、それが非使用価値であるところの手から、それが使用価値であるところの手へと、つねに貨幣自身の進行とは反対の方向に移して行くというように見えるのである。貨幣は、絶えず商品に代わって流通場所を占め、それにつれて自分自身の出発点から遠ざかって行きながら、商品を絶えず流通部面から遠ざけて行く。それゆえ、貨幣運動はただ商品流通の表現でしかないのに、逆に商品流通がただ貨幣運動の結果としてのみ現われるのである。〉(全集23a151-2頁)

 

  ここでマルクスが述べているように、貨幣の運動が商品の流通を引き起こしているように見えるから、だから貨幣をどんどん流通に投げ込めば(彼らはそれが可能だと考えている!)、商品がもっと流通して、すなわち商品がどんどん売れて、景気もよくなるように見えるわけです。貨幣が不足しているから、「流動性」が不足しているから、商品が売れず、景気が悪いのだと彼らには見えるわけです。

 

  他方、「日銀は通貨の番人たれ」と、「カネを垂れ流す」日銀に対して説教を垂れて、日銀はその本来の任務を自覚すべきだなどと論じている人もありますが、こうした主張もまったく逆転現象に囚われたまま、日銀を批判している(批判したつもりになっている)に過ぎないのです。なぜなら、日銀が実際に、通貨を管理している(出来ている)などと考えること自体が、何も理解していないことを意味するのであって、貨幣の流通は、商品の流通の結果であって、その逆ではないという本質的な関係が何も分かっていないことを物語っているからです。

 

  これと類似した問題は、第1章第3節の一般的価値形態のところでも論じましたので、ついでにそれも紹介しておきましょう。まず本文は次のようなものでした。

 

  〈相対的価値形態の発展の程度には等価形態の発展の程度が対応する。しかし、これは注意を要することであるが、等価形態の発展はただ相対的価値形態の発展の表現と結果でしかないのである〉(91頁)

 

  そしてこの部分の解説のなかで、次のように書いたのです(今回、紹介するにあたり一部補足しました)。

 

  【今回は、この転倒した観念に、現実には、どれほど多くの人たちが惑わされているかということが話題になり、次のような例が紹介されました。
 
  例えば戦後の世界資本主義は「管理通貨体制」と言われています。あるいは「管理通貨制度の下にある」とも。つまり「通貨」が国家によって「管理」されていると捉えられているのです。もちろん、ここには「通貨」概念の混乱が背景にあります。

 

  「通貨」というのは厳密には貨幣の流通手段と支払手段との機能を合わせたものを意味します。そしてこうした意味での「通貨」を「管理」できるなどと考えるのは、貨幣についてのまさに転倒した観念の産物なのです。ところが、ブルジョア経済学者だけではなく、ほとんどのマルクス経済学者も、今日のいわゆる「不換制」の下では、「通貨」は国家によって「管理」されているのだという認識を持っています。しかし、「通貨」を概念的に捉えれば、それを「管理」するなどいうことができないことは明らかなのです。なぜなら、このパラグラフでマルクスが強調しているように、諸商品の交換という現実があって(そしてそのために諸商品がその価値を相対的な価値形態として表すという現実があって)、貨幣形態(一般的等価形態)があるのだからです。イニシアチブをとっているのは商品交換という現実です。だからもし「通貨」を「管理」しようと思うなら、商品の交換そのものを「管理」しなければならないことになるのです。そしてそれは実質上、われわれの社会的な物質代謝を「管理」するということに他なりません。しかしこんなことは現代の資本主義社会をひっくり返さない限り不可能事でしょう。ところがマルクス経済学者を自認する人たちまで、資本主義を前提したままで、「通貨」の「管理」は可能だと考え、現代の資本主義はそうした体制なのだと説明して、何の疑いも持たず、いわばそれが常識と化しているありさまなのです。

 

  こうした現代資本主義においては「通貨」は「管理」されていると捉えている人たちの誤りには二つの理由が考えられます。一つは先に指摘した「通貨」概念の混乱にもとづくものです。つまり「通貨」と「利子生み資本という意味での貨幣資本(moneyed Capital)」との区別が分からずにごっちゃに論じていることから来るものです(これについては第30回の「案内」でも少し述べました)。本当は「利子生み資本としての貨幣資本(moneyed Capital)」の運動なのに、それを「通貨」の運動と捉えてしまっているのです。(補足:いわゆる「預金通貨」という概念は一般的に認められています。これは何もブルジョア経済学者だけではなく、多くのマルクス経済学者にも肯定的に取り扱われています。なかには預金通貨こそ本来の信用貨幣なのだと主張する人さえいます〔例えば山本孝則氏〕。この学習会でもしばしば取り上げてきた日本のマルクス経済学の権威と目されている大谷禎之介氏もその一人なのです。しかし、「預金」を「通貨」と捉えるというのは、まさに「通貨」概念の混乱の最たるものなのです。というのは、預金が諸支払に利用されるということは、通貨の節約になりこそすれ、それ自体が通貨であるなどということは決して無いからです。そもそも預金は貨幣信用の範疇なのです。)

 

  しかし「通貨」は社会的な物質代謝に直接関連します(媒介します)が、「貨幣資本(moneyed Capital)」は社会的な再生産の外部にある信用(貨幣信用)の下で運動する貨幣なのです。だからこうした人為的な制度のもとでは、それは信用(特に公信用)を背景にいくらでも膨張したり縮小したり、ある程度までは恣意的に左右できるわけです。だからそれを「通貨」と捉えると、「通貨」は国家によって恣意的に「管理」されていると捉えることになってしまうわけです。(追加:現在の日銀の追加金融緩和策は、日銀が市中銀行の持っている国債などを買い取り〔買いオペ〕、日銀における市中銀行の当座預金を積み増す操作のことですが、このこと自体は、ただ市中銀行の準備金の形態を変換しているだけに過ぎないのに、こうした「預金」を「通貨」と捉えるからこそ、そうした日銀の操作を「通貨の供給」と捉えたり--日銀自身もそう考えているのですが--、それを批判する側も、「通貨の垂れ流し」だ、などと批判することに〔批判したつもりに〕なってしまうわけです。)

 

  もう一つは貨幣名を変更することを持って、「通貨」を「管理」していると錯覚していることです。これについて詳しく説明すると、あとで学習する予定の〈第3章 貨幣または商品流通〉の内容にあまりにも踏み込みすぎますので、それは割愛しますが、いずれにせよ、貨幣名は確かに時の権力者によって恣意的に決めることが可能です。しかし、それは商品の価値量を表現する等価物の使用価値量が、例えば上着を「1着」「2着」と数えたり、ラクダを「1頭」「2頭」と数えるのも、ただ社会的な慣習にもとづいているように、一般に社会的な慣習によるものだからであり、だからまた貨幣としての金の量をどのように数えるのかも(それが貨幣名を決めるということです)、その限りでは恣意的に決めることが可能だというにすぎないのです。だからこれも決して「通貨」を「管理」しているわけではないのです。現代の不換制の下においても基本的にはこの延長上にあると考えるべきなのです。

 

  このように『資本論』を読んでいる限りでは分かったつもりになっていても、いざ、現実の過程を説明しようとなると、結局は『資本論』が何度も強調し注意している間違った転倒した観念にとらわれている例が実に多いのだという説明でした。】(第30回報告)

 

  自分では『資本論』の重要なところは理解したつもりになっている人が、実は何も理解していないということが明らかになるわけです。日頃の研鑽を怠っては、理論的迷妄に迷い込むというよい例ではないでしょうか。

 

  (ホ) 媒介する運動は、その運動によってもたらされた結果においては消失して、何の痕跡も残していません。

 

  これはある意味では、すべての現象に言いうることです。例えば、地球が火の玉から徐々に冷却して今日の姿になったということは、今日の地球を見ている限りでは分かりません。というのは、そうした歴史的な媒介された運動は、その結果である今日の地球では、すでに過去のものとして、見ることが出来ないからです。

 

  「第5章 労働過程と価値増殖過程」には、次の一文があります。

 

  〈要するに、労働過程では人間の活動が労働手段を使って一つの前もって企図された労働対象の変化をひき起こすのである。この過程は生産物では消えている。〉(前掲237頁)

 

  また『経済学批判要綱』には、次のような一文もあります。

 

  〈資本の生成成立の諸条件および諸前提が想定するのは、まさに、資本がまだ存在せず、ようやく生成しつつある、ということである。だからそれら諸条件・諸前提は、現実的資本の出現とともに、すなわち自己の現実性から出発して、自己の実現の諸条件を自ら措定する資本の出現とともに消失するのである。……それゆえ、剰余資本Ⅰの創造に先行した諸条件、言い換えれば資本の生成を表現する諸条件は、資本が前提となっている生産様式の圏域に属するのではなくて、資本生成の歴史的先行段階として資本の背後にある。それはちょう、地球が、どろどろの火と蒸気の海からその今日の形態へと移行してきたときに通過した諸過程が、完成した地球としての地球の生活の彼方にある、というのと同然である。〉(草稿集②99-100頁)

 

  (ヘ) 諸商品は、自らは関与せずに、自分たちの自身の価値の姿が、自分たちの外に自分たちとならんて存在する一商品体(金銀)として完成されているのを見いだすだけです。

 

  本来は諸商品が自ら関与して、自分たちがそれによって価値を表そうとするから、金銀は、その物的姿そのものにおいて諸商品の価値を表すものとして存在しているのに、そうした媒介過程は消え失せているために、あたかも金銀はそれ自体として、諸商品とならんで価値そのものとして存在しているかに見えるのであり、諸商品はそうした完成された貨幣としての金銀をただ眼前に見いだすだけに過ぎないわけです。

 

  (ト) 金や銀というこれらの物は、地中から出てきたままで、同時に、いっさいの人間労働の直接的化身なのです。

 

  だから金銀は、地中から出てきたままで、すでに一切の人間労働の直接的化身として、あらゆるものと直接的な交換可能性を持っており、一つの社会的な力を持ったものとして登場するわけです。

 

  (チ) ここから貨幣の魔術が生まれます。

 

  貨幣の魔術については、第3章でも色々と出てきます。その一つを紹介しておきましょう。

 

  〈「金はすばらしいものだ! それをもっている人は、自分が望むすべてのものの主人である。そのうえ、金によって魂を天国に行かせることさえできる。」(コロンブス『ジャマイヵからの手紙』、一五〇三年。)
 貨幣を見てもなにがそれに転化したのかはわからないのだから、あらゆるものが、商品であろうとなかろうと、貨幣に転化する。すべてのものが売れるものとなり、買えるものとなる。流通は、大きな社会的な坩堝(るつぼ)となり、いっさいのものがそこに投げこまれてはまた貨幣結晶となって出てくる。この錬金術には聖骨でさえ抵抗できないのだから、もっとこわれやすい、人々の取引外にある聖物にいたっては、なおさらである。貨幣では商品のいっさいの質的相違が消え去っているように、貨幣そのものもまた徹底的な平等派としていっさいの相違を消し去るのである(91)。しかし、貨幣はそれ自身商品であり、だれの私有物にでもなれる外的な物である。こうして、社会的な力が個人の個人的な力になるのである。それだからこそ、古代社会は貨幣をその経済的および道徳的秩序の破壊者として非難するのである。すでにその幼年期にプルトンの髪をつかんで地中から引きずりだした近代社会は、黄金の聖杯をその固有の生活原理の光り輝く化身としてたたえるのである。〉(全集23a1726頁)

 

  またこの引用文のなかに付けられた原注91では、次のようなシェークスピアの一節が紹介されています。

 

  〈(91)「黄金? 黄色い、ギラギラする、貴重な黄金じゃないか? こいつがこれっくらいありゃ、黒も白に、醜も美に、邪も正に、賎も貴に、老も若に、怯も勇に変えることができる。……神たち! なんとどうです? これがこれっくらいありゃ、神官どもだろうが、おそば仕えの御家来だろうが、みんなよそへ引っばってゆかれてしまいますぞ。まだ大丈夫という病人の頭の下から枕をひっこぬいてゆきますぞ。この黄色い奴めは、信仰を編みあげもすりゃ、ひきちぎりもする。いまわしい奴をありがたい男にもする。白癩病みをも拝ませる。盗賊にも地位や爵や膝や名誉を元老なみに与える。古後家を再縁させるのもこいつだ。……やい、うぬ、罰あたりの土くれめ、……淫売め。」(シェークスピア『アゼンスのタイモン』。〔中央公論社、坪内訳、130-132頁。〕)〉(前掲173頁)

 

   確かに、ただの土くれと同じ一つの鉱物でしかないのに、それに多くの人たちが、引き回され、跪き、身も心も引き裂かれ、それを得るために、何と多くの労苦を強いられていることでしょうか。本当に忌々しい土くれです。こんな単なる物質に、われわれは支配され、従属させられているわけで、原始の人たちが、自然を恐れ、自然の圧倒的な力に神を見出して、敬っているのを、決して笑うことはできないのです。最近も、最先端の高度の医療技術を研究し、それでノーベル賞までもらった学者が、さらに研究を続けるためと称して、金の必要を訴えてマラソンまでやっている現実があるではないですか。金、金、金、何をやるにも、まずこの「先立つもの」が必要だ、この現実は、何も変わっていないのです。

 

  (リ) 人間の社会的生産過程における人間の単なる原子的なふるまいは、だからまた人間自身の管理や彼らの意識的な個人的行為からは独立した彼ら自身の生産諸関係の物的姿態は、さしあたり、彼らの労働生産物が一般的に商品形態をとるという点に現れます。

 

  第1章第4節には、次のような一文がありました。

 

  〈だから、商品形態の秘密はただ単に次のことのうちにあるわけである。すなわち、商品形態は人間にたいして人間自身の労働の社会的性格を労働生産物そのものの対象的性格として反映させ、これらの物の社会的な自然属性として反映させ、したがってまた、総労働にたいする生産者たちの社会的関係をも諸対象の彼らの外に存在する社会的関係として反映させるということである。このような置き替えによって、労働生産物は商品になり、感覚的であると同時に超感覚的である物、または社会的な物になるのである。〉(全集23a97-8頁)

 〈交換者たち自身の社会的運動が彼らにとっては諸物の運動の形態をもつのであって、彼らはこの運動を制御するのではなく、これによって制御されるのである。互いに独立に営まれながらしかも社会的分業の自然発生的な諸環として全面的に互いに依存しあう私的諸労働が、絶えずそれらの社会的に均衡のとれた限度に還元されるのは、私的諸労働の生産物の偶然的な絶えず変動する交換割合をつうじて、それらの生産物の生産に社会的に必要な労働時間が、たとえばだれかの頭上に家が倒れてくるときの重力の法則のように、規制的な自然法則として強力的に貫かれるからである。〉(同101頁)

 

  (ヌ) だから、貨幣物神の謎は、目に見えるようになった、人目をくらますようになった、商品物神の謎、その発展したものに他ならないのです。

 

  さて、この最後の第16パラグラフは、「商品の貨幣への転化」を論じた第2章の締めくくりとして、商品の貨幣への転化とともに、商品の物神性は、貨幣の物神性へと発展したのだと論じたものになっています。これは、「商品とは何か」を論じた第1章の締めくくりとして第4節で「商品の物神的性格とその秘密」を論じたのに対応しているともいえるでしょう。

 

◎最後に--「『資本論』学習資料室」として

 

 以上で、殘念ながら、「『資本論』を読む会」の最後の報告を終わります。実際の学習会への参加者数は低調のままに終わったのですが、このブログへのアクセス数は比較的多く、この4年半ほどの間に、訪問者数は45226人、閲覧数は88516を数えました(2012年10月11日現在)。その意味では、この学習会もまんざら無駄ではなかったと自身を慰めている次第です。

 アクセス数の多さを考えた場合、学習会の閉鎖と同時にブログもすぐに閉鎖するのではなく、『資本論』の最も難解といわれる冒頭の部分を、一人でも多くの働く人たちが学び理解するために、何らかの参考になるかも知れないと考えて、当面は、ブログの名称を「『資本論』学習資料室」として、これまでの学習の成果をそのまま残しておくことにしたいと思います。今後とも、大いに利用して頂くようお願いします。

 

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  (なお【付属資料】は電子書籍化の1頁当たりの字数制限のために、別頁として紹介します。)

 


第50回「『資本論』を読む会」の報告(補足)

第50回「『資本論』を読む会」の報告(補足)

 

  第50回の報告に本来は付属していた資料を別頁として以下、掲載します。

 

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【付属資料】

 

●第15パラグラフ

 

《初版本文》

 

  〈前に指摘しておいたように、一商品の等価形態は、その商品の価値量の量的な規定を含んでいない。金が貨幣であり、したがって、それがすべての他商品と直接的に交換可能である、ということは知っていても、だからといって、たとえば10ポンドの金がどれほどに値するかは、知られていない。どの商品でもそうであるように、貨幣は、自分自身の価値量を、他の諾商品で相対的にのみ表現することができる。貨幣自身の価値は、貨幣自身の生産に必要とされる労働時聞によって規定されており、この労働時間と同じだけの労働時間が凝固されているところの、他のそれぞれの商品の量のうちに、表現されている(43)。貨幣の相対的価値量のこういった確定は、貨幣の原産地において、直接の物々交換のなかで生ずる。貨幣が貨幣として交換過程にはいり込んでいるとき、この貨幣の価値はすでに与えられている。すでに17世紀の最後の数十年間には、貨幣分析の端緒がかなり進んでいるために、貨幣が商品であるということは知られていたにしても、ほんの端緒でしかなかった。困難は、貨幣が商品であるということを理解することではなく、いかにして、なぜ、なにによって、商品が貨幣であるか、ということを理解することである(44)。〉(80頁)

 

《フランス語版》

 

  〈すでに述べたように、商品の等価形態は、この商品の価値量についてなにも明らかにしていない。金が貨幣であること、すなわち、金がすべての商品と交換可能であることを知っても、そのためにたとえば10ポンドの金がどれだけに値するかは、全然わからない。貨幣もあらゆる商品と同様に、それ自身の価値量を他の商品のうちに相対的にしか表現することができない。貨幣の固有の価値は、その生産に必要な労働時間によってきめられ、同時間の労働を必要とした他のすぺての商品の分量のうちに表現される(12)。貨幣の相対的価値量をこのようにきめることは、それの生産源自体で、それの最初の交換において行なわれる。それが貨幣として流通に入りこむやいなや、その価値は与えられるのである。すでに17世紀の最後の数年には、貨幣が商品であることは充分に認められていたが、これについての分析はまだやっと緒についたばかりであった。困難は、貨幣が商品であることを理解することにあるのではなく、どのようにして、なぜ、商品が貨幣になるか、を知ることである(13)。〉(69頁)

 

●注48

 

《初版本文》

 

  〈(43) 「もしある人が、1ブッシェルの穀物を生産することができるのと同じ時間で、1オンスの銀をペルーの地中からロンドンに運んでくることができるならば、後者は前者の自然価格である。さて、もしある人が、もっと採掘のたやすい新鉱山のおかげで、以前1オンスの銀を手に入れたのと同じたやすさで2オンスの銀を手に入れることができれば、穀物は、その他の事情が等しければ、1ブッシェル当たり10シリングであっても、以前に5シリングであったのと同じ安さであろう。」(ウィリアム・ペティ『租税貢納論。ロンドン、1667年』、31ページ。)〉(80頁)

 

《フランス語版》

 

  〈(12) 「もしある人が、1ブッシェルの穀物を生産するために要したのと同じ時間で、ペルーの鉱山で採掘された1オンスの銀をロンドンまで届けることができれば、そのばあい、一方は他方の自然価格である。さて、もしある人が、いっそう新しくていっそう富んだ鉱山の採掘によって、以前に1オンスの銀を獲得したのと同じ容易さで、2オンスの銀を獲得でぎるならば、他の事情が等しいかぎり、穀物は1ブッシェルあたり10シリングでも、以前に5シリングであったのと同じ安さであろう。」(ウィリアム・ペティ『租税貢納論』、ロンドン、1667年、31ぺージ)。〉(69-70頁)

 

●注49

 

《初版本文》

 

  〈(44) ロッシャー教授はわれわれにこう教えている。「貨幣の誤った定義は、二つの主要なグループに分けることができる。それは、貨幣を商品以上と考えるものと、これ以下と考えるものとである。」 こう述べたあとで、彼は、貨幣制度にかんする諸著作の雑然とした目録を示しているが、それを見ても、貨幣理論についての現実の歴史のどんな微光さえも見いだされない。そのあとで、次の教訓が登場してくる。「なお、たいていの最近の経済学者たちが、貨幣を他の諸商品から区別する諸特性(それでは、貨幣は商品以上のものかまたは以下のもの、ということになりはしないか?)を充分には限中に置いていなかったことは、否定すべくもない。……そのかぎりでは、ガニル等々の半ば重商主義的な反動は、全く無根拠なものではない。」(ヴィルヘルム・ロッシァー『国民経済学原理、第三版、1858年』、207-210ページ。)以上--以下--充分ではない--そのかぎりでは--全く、ではない! なんという概念規定だ! しかも、このような折衷的な大学教授風のたわごとを、ロッシァー氏は控え目に、「経済学の解剖学的・生理学的方法」と命名している! といっても、貨幣は「好ましい商品」であるという一つの発見は、彼のおかげなのである。〉(80-1頁)

 

《フランス語版》

 

  〈(13) 教授ロッシャー氏は、まずわれわれにこう教える。「貨幣の誤った定義は、二つの主要群に区分することができる。すなわち、貨幣が商品以上であるとする定義と、商品以下であるとする定義とがある、次いで、彼はわれわれに、貨幣の性質にかんするきわめて雑然とした著書目録を提供するが、そういうことは、貨幣理論の真の歴史についてどんな光もあてるものではない。最後に、お説教がやってくる。彼はこう言う。「大多数の最近の経済学者が、貨幣を他の商品から区別する特殊性(いったいそれは、商品以上のものか以下のものか?) にはほとんど注意しなかったことは、否定すべくもない。……この意味では、ガニルの半重商主義的反動は、……全く無根拠なものではない」(ヴィルヘルム・ロッシャー『国民経済学の基礎』、第三版、1858年、207ページ以下)。以上--以下--余りにわずか--この意味では--全くそうでない--、言葉の概念上、なんと明晰でなんと正確なことよ! そして、ロッシャー氏が控え目に「経済学の解剖学的・生理学的方法」と命名するものは、このような雑駁な大学教授的折衷主義なのだ! それにもかかわらず、一つの発見、すなわち、貨幣が「快適な商品」であるということは、彼のおかげによるものである〉(70頁)

 

●第16パラグラ

 

《初版本文》

 

  〈われわれが見たように、すでに x量の商品A=y量の商品B という交換価値の最も単純な表現にあっても、他方の物の価値量がそれのうちに表わされているところの物は、自分の等価形態を、この関係にかかわりなく、社会的な自然属性として、もっているかのように見える。われわれは、この虚偽の仮象の固定化を追跡した。この虚偽の仮象は、一般的な等価形態が、ある特殊な商品種類の現物形態に癒着するやいなや、すなわち、貨幣形態に結晶するやいなや、完成されることになる。ある商品は、他の諸商品が自分たちの価値を全面的にこのある商品で表わすがゆえに初めて貨幣になる、とは見えないのであって、逆に、このある商品が貨幣であるがゆえに他の諸商品が自分たちの価値を一般的にこのある商品で表わしている、というように見える。媒介する運動は、運動自身の結果のなかに消滅して、なんの痕跡も残さない。諸商品は、なにもすることなしに、自分たち自身の価値姿態が、自分たちのそとに自分たちと並んで存在している一商品体として、完成されているのを、見いだすのである。これらの物すなわち金銀は、地の底から出てきたままで、同時に、いっさいの人間労働の直接的な化身になる。ここから貨幣の魔術が生ずる。社会的な生産過程における人々のたんに原子論的なふるまいは、したがって、彼らの制御や彼らの意識的な個人的行為にはかかわりのない、彼ら自身の生産諸関係の物的な姿は、彼らの労働諸生産物が一般的に商品形態をとるということのうちに、まず現われている。だから、貨幣物神の謎は、商品物神の謎そのものが目に見えるようになり、人目を肢惑させるにいたったもの、にほかならない。〉(81頁)

 

《フランス語版》

 

  〈すでに見たように、最も単純な価値表現である x量の商品A=y量の商品B においては、ほかの物体の価値量を表わす物体は、自己の等価形態を、この関係とはかかわりなく、自己が自然から引き出すところの社会的属性としてもっているかのように見える。われわれはこの虚偽の外観を、それが固定される瞬間まで追究した。この固定化は、一般的等価形態がもっぱら特殊な一商品に付着する、すなわち貨幣形態に結晶するやいなや、完了した。一商品は、他の諸商品が自分たちの価値をこの一商品のうちに相関的に表現するがゆえに、貨幣になるとは見えない。全く逆に、一商品が貨幣であるがゆえに、他の諸商品は自分たちの価値をこの一商品のうちに表現するように見えるのである。媒介の役を果たした運動は、それ自身が産んだ結果のうちに消え失せて、なんの痕跡も残さない。諸商品は、なんらこの運動に関与したようには現われずに、自分たち自身の価値が、自分たちとならんで自分たちの外にある一商品体のうちに表わされ、固定されているのを、見出すわけである。これらの単純な物、すなわち、地球の胎内から出てきたままでの銀と金は、ただちに、すぺての人間労働の直接の化身として姿を現わす。ここから貨幣の魔術が生まれる。〉(70頁)

 

 

 

 


この本の内容は以上です。


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