目次
はじめに
第1回「『資本論』を読む会」の案内
第1回「『資本論』を読む会」の報告
第2回「『資本論』を読む会」の案内
第2回「『資本論』を読む会」の報告
第3回「『資本論』を読む会」の案内
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第4回「『資本論』を読む会」の案内
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第5回「『資本論』を読む会」の案内
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第50回「『資本論』を読む会」の報告(補足)

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第46回「『資本論』を読む会」の案内

 『 資 本 論 』 を 読 ん で み ま せ ん か 

                                    

                                      

 

 日本銀行は2月、4月と立て続けに追加金融緩和措置を講じてきたが、5月8日に公表した資料によれば、同行が保有する長期国債の額が、今年度末には同行が内規として定める上限額を突破する見通しだという。その内規というのは「国債保有は世の中に出回るお札(銀行券)の量まで」というものらしい。

 

 今年3月末の時点で、銀行券発行残高80.8兆円に対し、長期国債(発行時の満期が2年以上)の保有残高は70.7兆円と下回っていたが、年末には長期国債が92兆円にふくらみ、銀行券残高の83兆円を超えるのである。

 

 

 

  この「銀行券ルール」と称する内規については、日銀サイトの2001年の「新しい金融調節方式Q&A」を見ると、「日本銀行はこれまで、長期国債買い切りオペの増額に反対してきたのではないですか」という質問に、「今後も、国債価格の買い支えや財政ファイナンスを目的として長期国債買い切りオペを増やすということは考えていません。このような趣旨を明らかにするため、今回、これまでの『長期国債買い切りオペは銀行券に対応させる』という考え方を守り、銀行券発行残高を長期国債保有残高の上限とする明確な歯止めも用意しました」と答えている。

 

  しかし、この「歯止め」なるものも今ではほぼ有名無実化しつつあるというわけである。白川総裁は、日銀の国債買い入れは「金融政策の目的遂行のために行っている」「財政ファイナンスを行わないという、私どもの言葉を信用してほしい」と述べているが、しかし、市中銀行からの国債の大量購入は、事実上の日銀の国債引き受けと同じであることは明らかである。

 

  ところで日銀がルールとして定めている銀行券の発行残高と国債保有高にはどういう関連があるのであろうか。

 

  この両者を関連づけているということは、日銀には両者に何らかの関連があると考えているからであろう。実は、それは日銀券が銀行券という性格から来ている。銀行券はもともとは銀行が自らの信用にもとづいて発行する手形であり、その限りでは発券銀行にとっては債務なのである。だからかつては銀行券の発行のためには、発券銀行は、同行が保有する何らかの債権や金などを担保として、その発行の保証としなければならなかったのである。だから保有国債を日銀券の発行高と関連づけることで歯止めにしようと日銀は考えたのであろう。

 

   しかし、今日の日銀券はこうしたかつてのような手形流通に立脚して流通するようなものとはすでに異なっている。日銀券は手形流通に立脚する商業流通においてはまったくと言ってよいほど流通はしておらず、もっぱら一般流通のなかて通貨として流通しているからである。そして通貨としては貨幣流通に立脚し、貨幣の流通法則に規制されるのである。

 

  だから今日では、日銀券と日銀の有する国債などの債権との間には、理論的には直接的な関連はないのである。日銀が市中銀行から国債を購入するということは、利子生み資本(貨幣資本moneyed Capital)を貸し出すことである。つまり日銀の信用を拡大して、潤沢な貨幣資本を市中銀行に供給するわけである。しかしこの貨幣資本は、当面は、市中銀行の中央銀行にある当座預金の積み増しとして現れ、それが直ちに市中銀行の産業資本や商業資本への貸し出し増加に繋がるとは限らない。むしろ現実には、市中銀行は、その増加した預金を使って、新たな国債購入に充てているというのが現実である。だからいくら金融緩和をしても一向に景気が上向かないのはそのためでもある。

 

  他方、銀行券の発行残高というのは、一般の商品市場における通貨の必要量によって規定されており、日本銀行によってその増減を左右できるようなものではないのである。実際、日銀券の発行残高は、この間、日銀が買いオペによって国債や社債、株式まで購入しているのに、ほぼ80兆円前後を推移している。

 

  日銀は「デフレ脱却」を掲げ、「物価上昇率1%」を目標に金融緩和策を行っていると説明しているが、こうした主張は通貨と貨幣資本(moneyed Capital)との区別を混同した間違った理論に立脚しているわけである。マルクスはこの両者について、次のように述べている。

 

  〈このような場合(恐慌時--引用者)のほかは、通貨の絶対量は利子率(つまり貸し付け可能な貨幣資本の増減--同)には影響しない。なぜならば、この絶対量は――通貨の節約や速度を不変と前提すれば――第一には、諸商品の価格と諸取引の量とによって規定されており・・・・、また最後に信用の状態(諸支払の相殺度合い--同)によって規定されているが、逆にそれが信用の状態を規定するのではけっしてないからである。また、第二には、商品価格と利子とのあいだにはなにも必然的な関連はないからである。〉(『資本論』第3部第33章全集25b680頁)

 

  貴方も、現在の政府や日銀の財政・金融政策を科学的に分析するためにも、『資本論』を読んでみませんか

 


第46回「『資本論』を読む会」の報告

第46回「『資本論』を読む会」の報告

 

 

◎大飯原発再稼働

 

  野田首相は、何がなんでも大飯原発の再稼働を考えているようです。

 

  しかし、福島原発事故の原因はいまだ究明されたとはいえません。国会の事故調査委員会の最終報告も出ていません。原子力規制庁の発足もまだなのです。大飯の安全が確認できたと言いますが、しかし政府の安全基準なるものは、いまだ暫定的なものでしかなく、事故が起きた場合の拠点となる免震棟もありません。放射能の拡散を防ぐフィルター付きのベントもない有り様なのです。にも関わらず、野田首相は、この夏の電力事情が関電管内では逼迫しているとの理由で、「私の責任で最終判断したい」というのです。

 

  しかし、「私の責任」と言いますが、一体、事故が起こった場合に、どういう「責任」をとるというのでしょうか。福島原発事故で、誰かがその責任をとったということは聞いたことがありません(むしろ事故のために故郷を追われた福島の人々こそがその責任を押しつけられ、尻拭いを強いられているのではないでしょうか)。原発事故の「責任」を云々しても始まらないのです。起こってしまえば、取り返しがつかないのが原発事故です。

 

  それをただ目の前の電力需給の逼迫を理由に、なし崩し的に再稼働に向けて突っ走るなどということは許されるものではありません。そもそも関電が夏の電力需要に対応するために、原発以外の手段を動員する十分な対策をとったといえるでしょうか。原発を動かしたいがために、休眠中の火力発電所を動かそうともせず、それに必要な設備投資を怠ってきたのではないでしょうか。原発事故が起こった時点で、今日の事態は十分予測できたことであり、そのための対策をとる期間も無かったとはいえないのです。実際、東電は短期間に火力発電所を再稼働させ電力需要に応じています。やる気さえあればできるのです。

 

  関電の狙いは、停電を脅しに強引に再稼働に持ち込もうということではないでしょうか。そして野田政権は、その電力資本の言いなりなのです。

 

  結局、野田民主党政権は消費税増税にしても、原発推進にしても、これまでの自民党と何一つ変わることなく、資本のいいなりの政権でしかないことがハッキリしたわけです。

 

  とにかく腹の立つことばかりですが、しかし、まあ、本来の学習会の報告に移りましょう。今回は、第2章「交換過程」に入って二回目です。第4~6パラグラフをやりました。さっそく、その報告を行います。

 

◎第4パラグラフ

 

  報告はこれまでのように、まずパラグラフ本文を紹介し、文節ごとに記号を付して、それぞれの解読を行い、そのなかで学習会での議論も紹介していくことにします。

 

【4】〈 (イ)どの商品所有者も、自分の欲求を満たす使用価値をもつ別の商品と引きかえにでなければ自分の商品を譲渡しようとはしない。 (ロ)その限りでは、交換は彼にとって個人的な過程でしかない。 (ハ)他方では、彼は自分の商品を価値として実現しようとする。 (ニ)すなわち、彼自身の商品が他の商品の所有者にとって使用価値を持つか持たないかにはかかわりなく、自分の気にいった、同じ価値をもつ他のどの商品ででも価値として実現しようとする。 (ホ)その限りでは、交換は彼にとって一般的社会的過程である。 (ヘ)だが、同じ過程が、すべての商品所有者にとって同時にもっぱら個人的であると共にもっぱら一般的社会的であるということはありえない。〉

 

  (イ)、(ロ) どの商品所有者も、自分の欲しい商品とでなければ、交換しようとしません。その限りでは、交換は、彼にとっては個人的な過程でしかないでしょう。 

 

  この場合も、商品所有者の立場から、交換過程を考察しています。これまでのパラグラフでは、商品所有者と商品そのものとの相違ということで、第2章の第1章との相違を見ていたのですが、ここでは問題をもう少し具体的に交換過程そのものを対象にして、商品所有者が商品を交換するというのは、どういう問題意識と観点からか、という形で問題を見ていることが分かります。そしてその場合の交換過程の矛盾を見ているわけです。


  これまでは商品所有者と商品との関係が考察の対象でしたが、ここでは商品所有者同士の関係が問題になっています。そしてその上で、商品所有者にとって、交換は、まずは個人的な過程であることが指摘されているのです。交換が、商品所有者にとって、「個人的な過程」であるというのは、それは商品所有者の個人的な欲望と密接不可分だからです。直接的な生産物の交換の場合、交換者は自分の欲しいと物とだけ、交換しようとします。だから相手も自分の持っているものが欲しい場合にだけ、偶然的にそれは交換されるわけです。それはまったく偶然的で個人的な過程なのです。

 

  (ハ)、(ニ)、(ホ) 他方で、彼は自分の商品の価値を実現しようとします。つまり、彼は自分の商品が他の商品所有者にとって使用価値を持つかどうかに関わりなく、自分の気に入った同じ価値を持つ商品とであればどれとでも交換しようと思うわけです。だからこの限りでは、交換は彼にとっては、一般的社会的過程であるわけです。

 

  ここでは先の場合とは違って、〈彼は自分の商品を価値として実現しようとする〉とあります。つまりこの場合の交換は、決して偶然的なものではなく、個人的な欲望には関わりなく、交換を行うということです。だからすでに交換されるものは、それ自身の使用価値や個人的欲望とはかかわりのない価値として、つまり自身に対象化されている労働の一般的社会的な妥当性を示そうとしているわけです。つまりこの場合、この商品の所有者は、次々に他の諸商品と交換することを望んでいるわけです。だからこの場合は、交換は、彼にとっては社会的な過程なのです。〈交換の不断の繰り返しは、交換を一つの規則的な社会的過程にする〉(117頁)と後にマルクスは述べていますが、自身の商品を次々に別の諸商品と交換しようとするということは、それ自体、交換の一定の社会的な発展を想定しています。マルクスは「展開された価値形態」(第二の形態)について、次のように述べています。

 

  〈第一の形態、20エレのリンネル=1着の上着 では、これらの二つの商品が一定の量的な割合で交換されうるということは、偶然的事実でありうる。これに反して、第二の形態では、偶然的現象とは本質的に違っていてそれを規定している背景が、すぐに現われてくる。リンネルの価値は、上着やコーヒーや鉄など無数の違った所持者のものである無数の違った商品のどれで表わされようと、つねに同じ大きさのものである。二人の個人的商品所持者の偶然的な関係はなくなる。交換が商品の価値量を規制するのではなく、逆に商品の価値量が商品の交換割合を規制するのだ、ということが明らかになる。〉(全集23a86頁)

 

  つまり次々と諸商品と交換しようとする場合、すでにその商品所有者にとっては、交換は一般的社会的な過程なのです。

 

  (ヘ) しかし、同じことはすべての商品所有者にとって言えることです。だから同じ過程が、すべての商品所有者にとって同時にもっぱら個人的であると共にもっぱら一般的社会的であるということはありえません。

 

  つまり、次のようなことではないでしょうか。ある部族の一人の有能な猟師が毛皮を求めて狩猟をしながら森を移動したとします。そしてその行き先々で彼はたまたま接触した幾つかの部族と彼の獲物の毛皮を、それぞれの部族の産物と交換したとします。この場合、その一つ一つの交換は偶然的なもので、互いに欲望が互いの物を欲する限りで行われるに過ぎません。その限りでは交換は個人的な過程なのです。


  しかしその有能な猟師は、それまで一定の定着農耕の農閑期に限っていた狩猟を、生活の中心に置くようになります。つまり彼は獲物を求めて、一年を通し、この季節にはこの森に、この季節にはこの谷に、どういう動物がいるのかを知るようになり、季節によって、年々、同じルートを巡回して、獵を行い、毛皮を生産しつつ、それをそのルートで接するある程度決まった部族と交換するようになります。つまり猟師にとって、獲物の毛皮を交換して歩くことが彼自身の生活になってきます。だから彼の毛皮は最初から交換を目的に生産されることになるわけです。そうすると、猟師が遭遇する部族との交換は、ある獣の毛皮一枚はジャガイモ二袋としか交換しないというように、その交換は一定の規則性を帯びてきます。つまり猟師は、彼の毛皮を価値として交換しようとするようになります。


  しかしやがて猟師だけではなく、猟師がそれまで接触してきた部族のなかにも、交換が発展してきます。しかしすべての部族の生産物が同じように彼らの生産物を価値として実現しようとしても決してできないのです。こうした交換の発展が、それらに内包する矛盾を発展させる過程が、ここでは分析されているのではないでしょうか。

 

◎第5パラグラフ

 

【5】〈 (イ)立ちいってみてみると、どの商品所有者にとっても、他人の商品はどれも自分の商品の特別な等価として意義をもち、したがって、自分の商品は他のすべての商品の一般的等価として意義をもつ。 (ロ)しかし、すべての商品所有者が同じことを行うのだから、どの商品も一般的等価ではなく、したがってまた、諸商品は、それらが自己を価値として等置し、価値の大きさとして比較しあうための一般的相対的価値形態をもってはいない。 (ハ)だから、諸商品はおよそ商品として相対しているのではなく、ただ生産物または使用価値として相対しているにすぎないのである。〉

 

  (イ) 少し詳しく考えてみると、どの商品所有者にとっても、他の人の商品はどれも自分の商品の特別な等価として意義を持ちます。だから自分の商品は他のすべての商品に対しては一般的等価として意義を持つわけです。

 

  先の過程をより立ち入って考えてみましょう。〈どの商品所有者も、自分の欲求を満たす使用価値をもつ別の商品と引きかえにでなければ自分の商品を譲渡しようとはしない。・・・・他方では、彼は・・・・彼自身の商品が他の商品の所有者にとって使用価値を持つか持たないかにはかかわりなく、自分の気にいった、同じ価値をもつ他のどの商品ででも価値として実現しようとする〉ということは、どの商品所有者にとっても、他人の商品はどれも自分の商品に対する特殊的等価物として意義を持つということであり(展開された価値形態)、だから他方では、自分の商品は他のすべての商品に対して一般的等価物として意義をもつという関係にあるわけです(一般的等価形態)。

 

  つまりここでは先の「展開された価値形態」に対応する交換過程が、それ自身が内包している逆の関係、つまり「一般的価値形態」に対応する交換過程へと発展することが論じられているように思えます。

 

  (ロ) しかし、すべての商品所有者が同じことを行うわけですから、どの商品も一般的等価ではなく、したがってまた、諸商品は、それらが自分が価値として等置し、価値の大きさとして比較し合うための一般的相対的価値形態をもっていないことになります。

 

  しかし、すべての商品所有者が同じことを行い、自分の商品を一般的等価物にしようとしても、それは不可能なことです。なぜなら、ある商品の所有者が、自分の欲する諸商品と次々と交換し、だから他の諸商品を自分の商品の特殊な等価物にし、それによって自分の商品を他のすべての商品に対する一般的等価物の地位に置くということは、自分以外のすべての商品を一般的等価物から排除するということでもあるからです。しかし、すべての商品所有者が同じことをしようとするなら、すべての商品が一般的等価とはなれず、だから諸商品は、互いに自分たちを価値として等置し、価値の大きさとして比較し合うための一般的相対的価値形態をもっていないことになります。

 

  (ハ) だから、諸商品はおよそ商品として相対しているとは言えず、ただ生産物あるいは単なる使用価値として相対しているに過ぎなくなります。つまり交換は不可能になるわけです。

 

  ということは、商品は価値形態を持たないことになり、価値形態を持たないということは、それれらは商品形態を持たないということ、すなわち単なる現物形態を持っているだけになり、そうした形で相対しているだけになるわけです。つまり交換は不可能になります。

 

  この三つ目の矛盾は、初版本文に出てくる「価値形態IV」の場合と類似しているように思えます。初版からその部分を紹介しておきましょう。

 

  〈とはいえ、われわれの現在の立場では、一般的な等価物はまだけっして骨化されていない。どのようにしてリンネルがじっさいに、一般的な等価物に転化されたのであろうか? リンネルが自分の価値を、まず一つの単一の商品で相対的に表し(形態Ⅰ)、次には、すべての他商品で順ぐりに相対的に表わし(形態II)、こうして反射的に、すべての商品が自分たちの価値をリンネルで相対的に表わす(形態III)、ということによって。単純な相対的価値表現は、リンネルという一般的な等価形態がそこから発展してきた胚種であった。この発展のなかで、リンネルは役割を変える。リンネルは、自分の価値量を他の一商品で表わすことで始まり、すべての他商品の価値表現のための素材として役立つことで終わる。リンネルにあてはまることは、どの商品にもあてはまる。リンネルの発展した相対的価値表現(形態II)は、リンネルの単純な価値表現の多数のあつまりからのみ成り立っているのであって、この形態IIでは、リンネルはまだ一般的な等価物として現われていない。むしろ、ここでは、他の商品体はどれも、リンネルの等価物になっており、したがってリンネルと直接的に交換可能であり、それゆえにリンネルと位置を取り替えることができる。
 だから、われわれは最後に次の形態を得ることになる。

 形態IV
 20エレのリンネル=1着の上着、または=u量のコーヒー、または=v量の茶、または=x量の鉄、または=y量の小麦、または=等々
 1着の上着=20エレのリンネル、または=u量のコーヒー、または=v量の茶、または=x量の鉄、または=y量の小麦、または=等々
 u量のコーヒー=20エレのリンネル、または=1着の上着、または=v量の茶、または=x量の鉄、または=y量の小麦、または=等々
 v量の茶=等々

 ところが、これらの等式のどれも、逆の関係にされると、一般的な等価物としての上着やコーヒーや茶等々が生じ、したがって、すべての他商品の一般的な相対的価値形態としての上着やコーヒーや茶等々での価値表現が生ずる。一般的な等価形態は、つねに、すべての他商品に対立して、一商品にのみ属している。だが、それは、すべての他商品に対立して、どの商品にも属している。ところが、どの商品もが、自分自身の現物形態を一般的な等価形態として、すべての他商品に対立させるならば、すべての商品が、自分たちをことごとく一般的な等価形態から排除し、したがって、自分たち自身を、自分たちの価値量の社会的に認められている表示から、排除することになる。〉(江夏訳56-58頁)

 

◎交換過程の三つの矛盾

 

  これまで検討してきた交換過程の三つの矛盾について、それらの相互関係を如何に理解するかが、さまざまに議論されてきました。それについて、少し考えてみることにしましょう。まず三つの困難としてマルクスが述べているものについて、簡単に復習してみます。

 

  1)〈諸商品は、みずからを使用価値として実現しうるまえに、価値として実現しなければならない(価値として実現しうるまえに、みずからが使用価値であることを実証しなければならない)〉〔第2・3パラグラフ〕。

 

  2)〈同じ過程が、すべての商品所有者にとって同時にもっぱら個人的であるとともにもっぱら一般的社会的であるということはありえない〉〔第4パラグラフ〕。

 

  3)〈どの商品も一般的等価物ではなく、それゆえまた、諸商品は、それらが自己を価値として等置し、価値の大きさとして比較しあうための一般的相対的価値形態をもってはいない〉〔第5パラグラフ〕。

 

  この三つの事態について、これらを相対的に独立した「三つの矛盾」と見るか、それとも「一つの矛盾」を三つの側面から考察したものと見るべきか、ということが論じられて来たのだそうです。

 

  しかし、これらの三つの矛盾の相互の関係を論じるまえに、そもそもどうして交換過程では、こうした矛盾が論じられているのでしょうか。まずそれから考えましょう。

 

  それを考えるためには、もう一度、第1章「商品」との関連で、第2章「交換過程」の課題を明確に掴む必要があります。

 

  これについては、一度詳しく論じたことがあります(第44回報告)。そこでは次のように説明しました。

 

  第1章「商品」は、商品とは何かを明らかにすることでした。確かに第1章ではリンネルや上着やコーヒーや鉄や金など、さまざまな商品が登場してそれらの関係が考察されたのですが、しかしこれらはあくまでも商品とは何かを明らかにすることが目的なのです。もちろん、商品とは何かを明らかにするということは、その商品がリンネルであろうが、上着であろうが何でも良かったのですが、しかし問題は、あくまでも商品とはそもそも何かを明らかにすることでした。そしてその商品の何たるかを解明するためには、商品は自らの価値を具体的に表す存在でなければならないこと、それを商品は貨幣形態、つまり価格という形で表していることをマルクスは明らかにしたのです。だからリンネルと上着との価値関係やリンネルと他の諸商品との展開された価値形態など、さまざまな諸商品との関係が考察されたのも、そもそも商品にはどうして価格が、すなわち値札が付けられているのか、そうしたことを明らかにするために商品の価値の表現形態としての貨幣の発生を論証したのでした。

 

  しかし重要なことは、そうした一連の諸商品の価値関係や価値形態の考察も、あくまでも、そもそも商品とは何かを解明するためであったということです。だから第1章では、商品はそれ自体として存在するもの、つまりその姿においてだれもが商品として分かる物的存在として、すなわち一つの現存在として把握されたのでした。あとはこの商品が一つの自立的存在として、今度はそれ自身の運動する過程をわれわれは分析するのですが、しかし、マルクスはその前に、商品そのもの歴史性を暴露する節を設けていました。それがすなわち第4節です。

 

  つまり第4節の商品の物神性というのは、商品そのものの歴史性を暴露し、商品の発生、発展、及び消滅の必然性を明らかにするのが、この節の課題でした。

 

  だから第2章は、第1章で明らかにされた商品をもとに、今度は自立した商品の運動が、すなわちその交換の過程が分析の対象になるのです。そして商品の運動とは、すなわち他の諸商品との交換過程そのものです。そして運動を分析するということは、その運動として現れている矛盾を解明すること、つまり交換過程に潜む矛盾を解明することでもあるのです。

 

  これは例えば、ある物質が運動している場合、その運動する物質を規定しようとする場合、論理的には、ここに「ある」と同時に「ない」としか説明できません。しかしある物が「ある」と同時に「ない」というのは矛盾そのものです。しかし運動しているものは、すべてこうした矛盾した規定的存在なのです。もう一つの例を上げると、古代ギリシアの哲学者ゼノンの有名なアキレスと亀の話があります。アキレスが亀に追いついたと思ったら、亀はその分だけ前に進んでおり、さらにその分の距離を追いついたと思ったら、やはり亀は、その時間だけ前に進んでいて、いつまで経ってもアキレスは亀に追いつけないという話です。これも実際にはアキレスは亀をあっというまに追い抜くという運動をしているのですが、しかしその運動を分析し規定しようとすると、こうした「悪無限」という論理的には矛盾した状態が明らかになるのです。

 

  交換過程は、現実の商品の交換が行われる過程であり、諸商品は実際に交換されているものとして運動しているのですが、こうした運動を分析するということは、その運動を運動たらしめている矛盾を明らかにすることになるのです。これが交換過程では矛盾が最初に問題にされている理由なのです。

 

  最初の矛盾(商品は使用価値として実現する前に、価値として実現していなければならず、価値として実現するためには、使用価値として実証していなければならない)は、価値形態では最初の「単純な価値形態」に対応するものですが、そのことは同時に、商品の交換そのものに内在する矛盾を明らかにしたものでもあるのです。その限りではその矛盾は、抽象的な形で交換を捉えたものであり、交換一般に潜む矛盾を明らかにしたものともいえるでしょう。

 

  それに対して、第二の矛盾(商品の交換は個人的過程であると同時に一般的過程であるということはできない)は、価値形態の「第二の形態」に対応していますが、今度は、交換一般ではなく、商品がより多くの諸商品との交換過程に入るなかでの矛盾です。一つの商品が、それ以外の他の多くの諸商品と交換過程に入るなかで生じる矛盾なのです。

 

  それに対して、第三の矛盾は、諸商品が相互に交換し合う社会的な関係を想定しています。それは一つの商品が、それ以外の他の多くの商品と交換するだけではなく、すべての商品が自分以外の多くの諸商品と交換し合う過程を想定して、その矛盾を見ているわけです。

 

  交換過程は現実の商品が実際に交換されている過程の分析ですが、しかし諸商品が交換されるということを分析すると、だからこうした矛盾が見いだされ、現実の商品の交換の発展は、こうした矛盾を解決する過程として捉えられることになるわけです。

 

  私たちは第1章第3節では、諸商品の交換関係の中に潜む価値の表現形態の発展を跡づけました。そこでは価値形態の発展は、商品形態の発展であり、商品の交換関係そのものの発展でもあるとの指摘がありました。次のように指摘されていました。

 

  〈労働生産物は、どんな社会状態のなかでも使用対象であるが、しかし労働生産物を商品にするのは、ただ、一つの歴史的に規定された発展段階、すなわち使用物の生産に支出された労働をその物の「対象的」な属性として、すなわちその物の価値として表わすような発展段階だけである。それゆえ、商品の単純な価値形態は同時に労働生産物の単純な商品形態だということになり、したがってまた商品形態の発展は価値形態の発展に一致するということになるのである。〉(全集23a83頁、下線は引用者)

 

  またマルクスは価値形態のそれぞれがどのような交換過程を前提しているかについても、次のように述べていました。

 

  〈第一の形態--この形態が実際にはっきりと現われるのは、ただ、労働生産物が偶然的な時折りの交換によって商品にされるような最初の時期だけのことである。〉(同前89頁))

 

  〈第二の形態--展開された価値形態がはじめて実際に現われるのは、ある労働生産物、たとえば家畜がもはや例外的にではなくすでに慣習的にいろいろな他の商品と交換されるようになったときのことである。〉(同)

 

  〈第三の形態--新たに得られた形態は、商品世界の価値を、商品世界から分離された一つの同じ商品種類、たとえばリンネルで表現し、こうして、すべての商品の価値を、その商品とリンネルとの同等性によって表わす。リンネルと等しいものとして、どの商品の価値も、いまではその商品自身の使用価値から区別されるだけではなく、いっさいの使用価値から区別され、まさにこのことによって、その商品とすべての商品とに共通なものとして表現されるのである。それだからこそ、この形態がはじめて現実に諸商品を互いに価値として関係させるのであり、言いかえれば諸商品を互いに交換価値として現われさせるのである。〉(同)

 

  つまり私たちが第1章で跡づけた価値形態の発展(単純な価値形態→展開された価値形態→一般的価値形態)は、いわば現実の商品交換の発展を前提して、そのうえで、そのそれぞれの発展段階の交換過程から、諸商品の交換を前提した上で、交換される諸商品そのものに注目して、それ以外の現実の商品交換に付随する商品所有者やその欲望等を捨象して、純粋に諸商品の交換関係だけを取り出し、商品の価値関係そのものに潜む、価値の表現形態の発展段階を分析してきたといえるのです。だからこそ、そうした商品の価値形態の発展の前提としてあった交換過程そのものが、今度は、第2章の分析の対象なのですから、諸商品の交換過程の発展が、こうした交換過程の三つの矛盾に対応していると言いうるのではないかと考えられるわけです(だからまた、当然、交換過程の三つの矛盾は、価値形態の三つの発展段階にも対応しているとも言えます)。

 

◎第6パラグラフ

 

【6】〈 (イ)わが商品所有者たちは、当惑してファウストのように考えこむ。(ロ)はじめに行動ありき。 (ハ)したがって、彼らは考える前にすでに行動していたのである。 (ニ)商品の性質の諸法則は、商品所有者の自然本能において確認されたのである。 (ホ)彼らは、彼らの商品を一般的等価としての他の何らかの商品に対立的に関係させることによってしか、彼らの商品を価値として、商品として、たがいに関係させることができない。 (ヘ)このことは、商品の分析が明らかにした。 (ト)だが、もっぱら社会的行為だけが、ある特定の商品を一般的等価にすることができる。 (チ)だから、他のすべての商品の社会的行動がある特定の商品を排除し、この排除された商品によって他のすべての商品はそれらの価値を全面的に表示するのである。 (リ)これによって、この排除された商品の現物形態が社会的に通用する等価形態となる。 (ヌ)一般的等価であるということは、社会的過程によって、この排除された商品の特有な社会的機能となる。  (ル)こうして、この商品は--貨幣となる。
(ヲ)「“この者どもは、心を一つにしており、自分たちの力と権威を獣(ケモノ)にゆだねる。 (ワ)この刻印のあるものでなければ、だれも物を買うことも売ることもできないようになった。 (カ)この刻印とはあの獣の名、あるいはその名を表す数字である Illi unum consilium habent et virtutem et potestatem suam bestiae tradunt. Et ne quis possit emere aut vendere, nisi qui habet characterem aut nomen bestiae, aut numerum nominis ejus. ”」(ヨハネ黙示録)。〉

 

  (イ)、(ロ)、(ハ) 商品所有者は、困り果ててファウストのように考え込みます。はじめに行動ありき。つまり彼らは、考え込む以前に行動していたのです。

 

  〈はじめに行動ありき〉というのは、ゲーテ『ファウスト』第1部「書斎」でのファウストの言葉ですが、この部分については、所沢の「『資本論』を読む会」の資料を紹介させて頂きます。それは次のようなものです。

 

【●《太初(はじめ)に業(わざ)ありき》について、NHKドイツ語講座のテキストで以下のように述べられていることが紹介されました。
 聖書(ヨハネによる福音書Ⅰ章1節)の「Im Anfang war das Wort はじめに ことばがあった」について《ここで言われているdas Wort「ことば」は、おしゃべりの言語や話し言葉といういみではなく、ギリシャ語の言語ではLogos ロゴス、つまり神の意志、理念、力、神の行動とそのことば、イエス・キリスト、といった複雑な意味を込めた語です。》
 《ウルフィラがロゴスをそのままの音で使わず、「ことば」と訳したのが、現代までの聖書訳の原型になっています。》《ゲーテは、ルネサンス的行動の巨人ファウスト博士に、このロゴスをこう訳させています。「誠実な心で 神聖な原文を わが愛するドイツ語に訳そう。 こう書いてある、「太初(はじめ)にことばがあった」。 ここで俺はもうつまずく、よい知恵はないものか。 ことばというものを、そう高くは尊重できぬ。・・・・霊の力だ! 俺にはよい知恵がありありと見える。 そして安んじて記す、はじめに行動があった、と。 [注]Tat:行為、行動。ここでは人間の行動、そして神の行為という意味も込められています。》】

 

  (ニ) つまり商品の性質の諸法則は、商品所有者の自然のおもむくままにその行動によって確認されたのです。

 

  (ホ) 彼らは、彼らの商品を価値として、互いに関係させようとするなら、他の何らかの商品に対して、共同して、それを一般的等価として対立的に関係させることしかないのです。

 

  (ヘ)、(ト) こうしたことは第1章における商品の分析があきらかにしたことです。しがしどの商品が一般的等価物になるかということは、ただ社会的行為だけが決めることです。理論的考察によって決まることではないのです。

 

  諸商品の交換関係が、価値形態としては一般的価値形態にまで発展せざるを得ないことは、第1章「商品」の第3節「価値形態または交換価値」のなかで明らかにされました。しかし、現実の商品の交換過程のなかで、如何なる商品が商品世界からはじき出されて、一般的等価物として登場するかは理論的に明らかになるものではないのです。それは実際の歴史的・社会的過程によって、すなわち諸商品の社会的行為だけが決めるものなのです。

 

  (チ)、(リ) だから、他のすべての商品の社会的行動が、ある特定の商品を排除し、この排除された商品によって、他のすべての商品が、自分たちの価値を表現することになります。こうして、この排除された商品の現物形態が社会的に通用する等価形態になるわけです。

 

  (ヌ)、(ル) 一般的等価であるということは、社会的過程によって、この排除された商品の特有な社会的機能となり、こうしてこの商品は貨幣になるわけです。

 

  (ヲ)、(ワ)、(カ) (「ヨハネ黙示録」からの引用)
 
  これは書き下し文は不要と考えます。この「ヨハネの黙示録」からの引用は、このパラグラフの最初のファウストの言葉に対応させていると考えられます。

 

   ところでこのパラグラフの最初に出てくる〈はじめに行動ありき〉については、以前、大阪で開催していた「『資本論』を学ぶ会」のニュースで次のように論じたことがあります。参考のために紹介しておきましょう。

 

 【〈◎「はじめに行為ありき」とは理論的破産?

 

  さて、マルクスは先に紹介したように、交換過程に潜む三つの矛盾を明らかにした後に、突然、第六パラグラフで〈わが商品所有者たちは、当惑してファウストのように考え込む。はじめに行為ありき。彼らは考えるまえにすでに行動していたのである。・・・・もっぱら社会的行為だけが、ある特定の商品を一般的等価物にすることができる〉と述べています。この部分は久留間鮫造氏によれば、〈マルクスはここで、理論的に解決不可能な問題を商品所有者の行為が解決するものとして説明しているのだ〉と主張し、〈そういう「説明」は説明ではなく、理論的破産を意味するものでなければならぬとして、ここにマルクス批判の一つの根拠を見いだそうとする試みがあらわれ〉(『価値形態論と交換過程論』24頁)たのだと述べています。もちろん、久留間氏はこうした批判が根拠のないものであることを論証しているのですが、それによれば、〈貨幣は--商品生産のすべてのその他の関係と同様に--自然発生的なものであって反省の産物ではないということ、ブルジョア経済学者がしばしばいっているように「発明」されたものではないということを、いささかしゃれたいい方でいっているものにすぎない〉と説明しています。

 これはこの限りでは、正しく異論はないのですが、ただマルクスがこの第六パラグラフと、さらにこれまでの分析の結論部分と考えられる第七パラグラフに続いて、第八パラグラフから貨幣発生の歴史的考察に移っていることを考えると、こうした説明だけで果たして十分なのだろうかと考えます。

 ここではマルクスは、久留間氏がいうように貨幣は「発明」品ではなく、自然発生的な産物だというだけでなく、〈だが、もっぱら社会的行為だけが、ある特定の商品を一般的等価物にすることができる〉とも述べています。つまりどの商品が貨幣になるかは、理論の問題ではなく、現実の社会的過程によって決まるのだ、ともいっているように思えるのです。だからマルクスは第八パラグラフから商品交換の歴史的な発展を分析的にあとづけて、まず最初の一般的等価形態は、それを生み出す一時的な社会的接触とともに発生し、それとともに消滅すること、しかしそれはすぐに商品交換の発展につれて、特殊な種類の商品に固着し、貨幣形態に結晶すること、しかしさしあたりそれが何に固着するかは偶然的であるが、しかしますます商品交換が発展していくにつれて、最終的には貴金属に移っていくことが明らかにされています。つまり貨幣形態が最終的に貴金属に固着するには理由はあるが、しかしそれがそうなるのは社会的行為によってなるのだとしているのです。

 このようなマルクスの歴史的考察の挿入は、『資本論』では他にも多く見られます。例えば、絶対的剰余価値の生産から相対的剰余価値の生産に移る間に、労働日をめぐる階級闘争の長い歴史的考察が見られます。マルクスは「第八章 労働日」の第一節の最後で次のように述べています。

 〈かくして、資本制的生産の歴史においては、労働日の標準化は、労働日の諸限度をめぐる闘争--総資本家すなわち資本家階級と総労働者すなわち労働者階級との間の一つの闘争--として現われる

 そして第二節から、長い歴史的考察を始めているのです。つまり絶対的剰余価値の生産を限界づける労働日の標準化そのものは、一つの社会的行為、すなわち現実の階級闘争そのものが決めるのです。そしてそうした歴史的な闘いによって制限された労働日を前提にして、資本は今度は生産様式の変革による相対的剰余価値の生産に移行すると展開していくのです。

 マルクスは『経済学批判要綱』では、〈われわれの方法が、どのような点で歴史的考察がはじまらなければならないかを、・・・・指し示している〉(高木訳Ⅲ396頁)とか〈叙述の弁証法的な形態は、自己の限界をしっているばあいにのみ正しい〉(同Ⅴ1069頁)と述べています。交換過程のこの部分についても、マルクスはそうした歴史的考察を指し示すものとして、「ファウストの当惑」を挿入しているのだと思うのですが、どうでしょうか?】(同ニュースNo.28)

 

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【付属資料】

 

●第4パラグラフ

 

《初版本文》

 

 〈どの商品所持者も、自分の商品を、自分の必要をみたす使用価値をもっている他の商品と引き換えにのみ、譲渡しようと思う。そのかぎりでは、交換は、彼にとっては個人的な過程でしかない。他方、彼は、自分の商品を、価値として実現しようと思う、つまり、自分自身の商品が他の商品の所持者にとって使用価値をもっていようといまいと、それを、他の気に入った同じ価値の商品でありさえすればどの商品においてでも、実現しようと思う。そのかぎりでは、交換は、彼にとっては一般的・社会的過程である。といっても、同じ過程が、どの商品所持者にとっても同時に、たんに個人的であるとともにたんに一般的・社会的である、ということはありえない。〉(72-3頁)

 

《フランス語版》

 

 〈各々の商品所有者は、自分の必要をみたす使用価値をもつ他の商品と引き換えにしか、自分の商品を譲渡しようとしない。この意味では、交換は彼にとって個別的な仕事でしかない。おまけに、彼は自分の商品を、価値として、自分の気にいる同価値のどんな商品のうちにでも実現しようとする。このばあい、自分自身の商品が他の商品所有者にとって使用価値をもっているかどうかは、問わない。この意味では、交換は彼にとって一般的な社会的行為である。だが、この同じ行為がすべての商品交換者にとって同時に、たんに個別的であるとともにたんに社会的、一般的でもあるということは、ありえない。〉(63頁)

 

●第5パラグラフ

 

《初版本文》

 

 〈もっと詳しく見ると、どの商品所持者にとっても、他人の商品はどれち自分の商品の特殊的な等価物と見なされ、したがって、自分の商品はすべての他商品の一般的な等価物と見なされる。ところが、すべての商品所持者が同じことを行なうから、どの商品も一般的な等価物ではなく、したがってまた諸商品は、それらが価値として等置され価値量として比較されあうところの、一般的な相対的価値形態を、もっていない。だから、諸商品は、一般的には、商品として相対するのではなく、生産物または使用価値としてのみ相対することになる。〉(73頁)

 

《フランス語版》

 

 〈もっと細かく事態を考察してみよう。各々の商品所有者にとって、他人の商品はどれも自分の商品の特殊な等価物であり、したがって、自分の商品は他のすべての商品の一般的等価物である。ところが、すべての交換者が同じ状態にあるから、どの商品も一般的等価物ではなく、諸商品の相対的価値は、これらの諸商品が価値量として比較されることのできる一般的形態を、なんらもたない。要するに、諸商品は互いに相手にたいして商品の役割を演じるのではなく、単なる生産物、あるいは使用価値の役割を演じるわけである。〉(63頁)

 

●第6パラグラフ

 

《初版本文》

 

 〈わが商品所持者たちは当惑のあまりファウストのように考え込む。初めに行為ありき、と。だから、彼らは、考えるよりも以前にすでに行為していたのだ。商品の本性の諸法則は、商品所持者たちの自然本能において実証されている。彼らが、自分たちの商品を、価値として、それゆえに商品として、互いに関係させることができるためには、彼らが、自分たちの商品を、一般的な等価物としてのなんらかの別の一商品に対立的に関係させる、という手段にたよるほかない。このことは、商品の分析が明らかにしたところである。ところが、社会的な行為だけが、ある特定の商品を一般的な等価物にすることができる。だから、すべての他商品の社会的な行為特定の一商品を排除し、この商品のうちに、すべての他商品が自分たちの価値を全面的に表わすことになる。このことによって、この商品の現物形態が、社会的に認められる等価形態になる。一般的な等価物であるということが、社会的過程によって、この排除さされた商品の独自な社会的機能になる。こうして、この商品は--貨幣になるのである。「彼らは心を一つにしておのこうして、がちからと権威とをけものにあたう。このしるしをもたぬすべての者に売り買いすることを得ざらしめたり。そのしるしはけものの名、もしくはその名の数字なり。」(ヨハネ黙示録。)〉(73頁)

 

《フランス語版》

 

 〈われわれの交換者たちは困り果てて、ファウストのように考える。初めに行為ありき、と。したがって、彼らは考えるよりも前にすでに行動していたのであって、彼らの自然本能は、商品の性質から生ずる法則を確認するにすぎない。彼らが自分たちの物品を価値として、したがって商品として比較できるのは、もっぱら、彼らが自分たちの物品を、これにたいして一般的等価物として置かれる他のなんらかの商品と比較することによってのことである。このことは、上述の分析がすでに証明したところである。だが、この一般的等価物は、社会的行為の結果でしかありえない。だから、特殊な一商品が、他の諸商品の共同行為によって除外されて、他の諸商品の相関的価値を表示するのに役立つわけである。このようにして、この商品の自然形態が、社会的に有効な等価形態になる。それ以後は、一般的等価物の役割がこの除外された商品の独自な社会的機能になり、この商品が貨幣になる。「彼らは心を一つにしておのがちからと権威とをけものにあたうこのしるしをもたぬすべての者に売り買いすることを得ざらしめたりそのしるしはけものの名もしくはその名の数字なり」(ヨハネ黙示録)。〉

 

 


第47回「『資本論』を読む会」の案内

『 資 本 論 』 を 読 ん で み ま せ ん か 

                                    

 

                                      
  野田政権は消費税増税のためには、社会保障改革で同党が公約したものをことごとく捨て、自民・公明案を丸飲することも辞さない構えのようである。

 

  与野党の協議では、すでに消費税を14年に8%、15年に10%と二段階で引き上げるとした民主党案を自民・公明が受け入れ、基本合意に達したとされている。

 

  あとは社会保障改革であるが、自民・公明は民主党が掲げる最低保障年金制度や後期高齢者医療制度廃止の撤回を求め、自民党の社会保障基本法案の丸飲みを要求しているという。そして野田首相は、13日、自民党案へ歩み寄る姿勢を示した。

 

  もはや「税と社会保障の一体改革」は有名無実化し、民主党が選挙で掲げた社会保障改革は置いてきぼりをくらい、ただ消費税増税論議だけが突っ走っていると言ってよい。しかし、これでは本末転倒も甚だしい。そもそも消費増税が必要なのは、少子高齢化社会の到来によって、現行の年金制度等がこのままでは立ち行かなくなる、だから社会保障制度全体を見直し、改革する必要がある。しかし、そのための財源が必要、だから消費増税だ、というのが同党の説明ではなかったのか。もっとも、同党の選挙向けのマニフェストでは、当面は消費増税は不要で、行政の無駄を徹底的に省けば、改革に必要な財源などはいとも簡単にひねり出せるなどとも主張してきたのではあったが。

 

  しかし、いまでは、その肝心要の社会保障制度の抜本的な見直しが棚上げされ、ただ消費増税だけが先走りしている。これでは国民に対する二重三重の裏切りではないか。そもそも消費増税は当面はやらないというのが民主党の約束だった筈である。にも関わらず、それを持ち出してきたことがまず一つの裏切りであり、その増税の根拠としてきた社会保障制度の改革さえ棚上げするとなれば、さらなる裏切りだからである。

 

  少子高齢化社会の到来とともに、社会保障費が増大していることは一つの事実である。しかし、それらはすでに何度も述べてきたように、現在の社会が資本主義の社会であるが故である。例えば年金にしても、資本が一定の年齢に達した労働者を機械的に退職に追いやる制度から不可避に必要となっているものである。高齢者の大半は、それぞれの年齢に応じた仕事を与えられるなら、幾らでも働く能力も意志も持っている。本当に社会から保障されなければならないほどの高齢に達しているような人は、決して多くはないのである。

 

 

  マルクスは一定の年齢以上のすべての子供たちや高齢者にも、それぞれの年齢に相応しい適切な労働が必要であること、例えば子供たちの場合は、教室に缶詰になって一方的に知育を押しつけられるより、教育と生産的労働とを結合した方が、教育への子供たちの意欲を引き出し、全面的に発達した個性を作り出すことができることや、さまざまな年齢層の男女の労働者が職場で共同して働く方が、生産力を高めうるだけでなく、人間的発展の源泉になりうることを次のように指摘している。

 

  〈ロバート・オーエンをくわしく研究すればわかるように、工場制度から未来の教育の萌芽が芽ばえたのであり、この未来の教育は、社会的生産を増大させるための一方法としてだけでなく、全面的に発達した人間をつくるための唯一の方法として、一定の年齢以上のすべての児童に対して、生産的労働を知育および体育と結びつけるであろう。〉(『資本論』第1巻、全集23a629-30頁)

 

  〈結合労働人員の構成が、両性のきわめてさまざまな年齢層の諸個人からなっていることは、労働者が生産過程のために存在し生産過程が労働者のために存在するのではないという自然成長的で野蛮な資本主義的形態においては、退廃と奴隷状態との害毒の源泉であるけれども、適当な諸関係のもとでは、逆に人間的発展の源泉に急変するに違いない。〉(同上、全集23a637-638頁)

 

  いずれにせよ、社会保障の抜本的改革は民主党の公約である。消費増税なしでそれが可能としたのが同党の約束であったが、いまではそれは公然と反故にされ、そればかりか社会保障制度の改革まで棚上げされて、消費増税一本槍では、国民は納得できない。民主党は国民との約束を守れないなら、さっさと政権から身を引くべきではないか。

 

  「税と社会保障の一体改革」の欺瞞を暴くためにも、貴方も共に『資本論』を読んでみませんか。

 

 


第47回「『資本論』を読む会」の報告

第47回「『資本論』を読む会」の報告

 

 

 

◎原発再稼働反対デモに20万人!

 

  毎週金曜日に首相官邸前で行われてきた原発の再稼働に反対する集会は、6月22日は主催者発表で4万5千人とされていましたが、7月1日の大飯再稼働を前にして、29日には、爆発的と言ってもよいほど増えて、同20万人という規模に膨れ上がりました。

 

  これは政党や労働組合等による組織的な動員などはまったくなく、ごく普通の市民が、ツィッターなどインターネットで得た情報をもとに集まったものだと言います。だから動員規模が大きくても、統制がとれず、ただ集まり、思い思いに抗議の意志を示したというものに過ぎないのかも知れません。しかし、これがさらに膨れ上がって、「アラブの春」のように何百万人もの規模になれば、そして自然発生的にせよ、何らかの組織的な統制がとれてくれば、時の政権といえども無視することは出来なくなるでしょう。

 

  その意味では、インターネットという新しい情報機器とネットワークの形成は、政治的闘いの形態そのものを変化させ、旧態然たる古い組織にしがみついているような運動体はもはや現実の運動から見放され、新しい階級闘争の形態から弾き飛ばされてしまうのかも知れません。

 

  しかし現実の運動形態がどのように変わろうとも、その運動がめざす将来の社会が、自覚した個人によって自主的に営まれるものであるならば、それは彼らが、彼らをとりまく客観的な歴史的・社会的な現実を科学的に認識して、彼ら自身の社会的物質代謝を意識的に統制することでにかかっています。だから、現実を科学的に認識することは不可欠の契機なのです。現実の資本主義的生産様式とそれが不可避に向かうであろう未来の新しい生産様式の萌芽を理論的に解明している『資本論』から真剣に学ぶことは、また不可欠のことだろうと思っています。

 

  というわけで、“我田引水”の誹りを受けそうですが、私たちの「『資本論』を読む会」は、一見迂遠のようでいて、その意義は大きいものと確信します。

 

  まあ、その意義を確認したところで、前回の報告を行うことにします。前回は第7と第8の二つのパラグラフを進みました。これまでと同じように、まず本文を紹介し、各文節ごとに記号を付して、それぞれについて平易な解読を行いながら、そのなかで議論の紹介も行っていくことにします。

 

◎第7パラグラフ

 

【7】〈 (イ)貨幣結晶は、種類を異にする労働生産物が実際にたがいに等置され、したがって実際に商品に転化される交換過程の必然的産物である。 (ロ)交換の歴史的な拡大と深化は、商品の性質のうちに眠っている使用価値と価値との対立を発展させる。 (ハ)交易のためにこの対立を外的に表示しようとする欲求は、商品価値の自立した形態へと向かわせ、商品と貨幣とへの商品の二重化によってこの自立した形態が最終的に達成されるまでとどまるところを知らない。 (ニ)したがって、労働生産物の商品への転化が生じるのと同じ度合で、商品の貨幣への転化が生じるのである(40)。〉

 

  (イ) 貨幣というのは、種類の違う労働生産物が実際にたがいに等置されて、商品に転化される交換過程の必然的な産物なのです。

 

  先のパラグラフでは、それまで分析されてきた交換過程の矛盾が、結局は、現実の交換過程における当事者である商品所持者たちの社会的行為によって、そうした矛盾は解決されること、だから諸商品のなかでどの商品が貨幣になるかは歴史的・社会的に決まってくることが指摘されたのでした。


  だからこのパラグラフでは、そうした指摘を受けて、だから貨幣結晶というのは、交換過程の必然的産物であり、それは商品に内在する対立が、交換の歴史的発展のなかで、外的な対立として表示されたものだという指摘がされています。


  同じような説明は、『経済学批判』でも次のようになされています。

 

  〈それ(貨幣--引用者)は、諸商品が交換過程そのものにおいて形成する、諸商品の交換価値の結晶である。〉(全集13巻33頁)〈貨幣は反省や申合せの産物ではなく、交換過程のなかで本能的に形成されるのであるから、きわめて多様な、多かれ少なかれ不適当な諸商品が、かわるがわる貨幣の機能を果たしてきた。交換過程の発展のある段階で、交換価値と使用価値との規定が諸商品のあいだに両極的に配分され、たとえば一つの商品は交換手段として機能するのに、他の商品は使用価値として譲渡されるようになる必然性にともなって、いたるところで最も一般的な使用価値をもっている一つまたはいくつかの商品が、さしあたり偶然に貨幣の役割を演じるようになる。これらの商品が当面の欲望の対象ではないにしても、素材の点で富の最も重要な構成分であるというその定在が、それらに他の使用価値よりもいっそう一般的な性格を保証する。〉(同34頁)

 

  (ロ)、(ハ) 交換の歴史的な広がりと深まりは、商品のなかに眠っている使用価値と価値との対立を発展させます。そして交易の必要のために、この対立を外的に表示しようとする欲求は、商品価値の自立した形態へと向かわせ、商品と貨幣とへの商品の二重化によって、この自立した形態が最終的に達成されるまでとどまることを知らないのです。

 

  (ニ) だから、労働生産物の商品への転化が行われるのと同じ程度で、商品の貨幣への転化も生じてくるのです。

 

  さて、学習会では、このパラグラフの位置づけについて若干の議論になりました。報告者のJJ富村さんは、このパラグラフは、次のパラグラフへの橋渡しの位置にあるのではないかとの意見でしたが、亀仙人は、そうした位置づけもあるが、むしろそれまでの交換過程の矛盾の分析を踏まえて中間的に総括する位置づけもあるのではないかと主張しました。つまり第6パラグラフで、交換過程の矛盾は、結局は、社会的行為によって解決されること、それは理論の問題ではなくて、現実の交換過程の歴史的・社会的行為そのものが解決する問題だという指摘を受けて、貨幣は交換過程の必然的結晶であることが指摘され、交換過程の歴史的発展こそが貨幣を産み出したということがこのパラグラフでは指摘されていると思います。そして次のパラグラフから、実際の諸商品の交換の歴史的考察が始まると考えられるわけです。

 

  ところで、このパラグラフは、他のパラグラフに較べて、初版本文が比較的大きく書き換えられたところでもあります。初版本文では次のようになっていました。

 

  〈貨幣結晶は、諸商品の交換過程の必然的な産物である。使用価値と交換価値との直接的な統一としての商品の、有用な諸労働の一つの自然発生的な総体系すなわち分業の個々別々にされた一肢体であるにすぎない有用な私的労働の生産物としての商品の、そしてまた、抽象的な、人間的な、労働の直接的に社会的な具象物としての商品の、内在的な矛盾--この矛盾は、それが商品と貨幣とへの商品の二重化の形をとるまでは、とまりもしなければ休みもしない。だから、労働生産物の商品への転化が行なわれるのと同じ程度で、商品の貨幣への転化が行なわれるのである(35)。〉(73-4頁)

 

  この初版本文と較べると第二版では歴史的な考察が前面に出ているような気がします。マルクスは、実際、次のパラグラフから交換の歴史を辿り、そこから如何にして貴金属が貨幣として商品世界から排除されていくかを明らかにするのですが、このパラグラフは、そのための導入であるとともに、それまでの交換過程の分析を締めくくるものでもあると言えるのではないでしょうか。

 

◎注40

 

【注40】〈 (40) これによって、小ブルジョア社会主義の小ずるさを判断されたい。それは、商品生産を永遠化し、しかも同時に「貨幣と商品との対立」を、したがって、貨幣そのものを--というのは、貨幣はこの対立においてのみ存在するのだから--廃止しようとするのである。それができるなら、教皇を廃止して、しかもなおカトリック教会を存続させることもできるであろう。これについての詳細は、私の著作『経済学批判』の61ページ以下〔『全集』、第13巻、66ページ以下〕。〉

 

  この注は貨幣は商品交換の歴史的発展の必然的産物であり、だから商品生産を認めながら、貨幣を無くそうという小ブルジョア社会主義者たちの主張の無意味さを指摘していると思いますが、ここに出てくる〈小ブルジョア社会主義〉については、すでにこれまで出てきた原注24と38でも次のように紹介されていました。

 

  〈(24) じっさい、一般的直接的交換可能性の形態を見ても、それが一つの対立的な商品形態であって、ちょうど一磁極の陽性が他の磁極の陰性と不可分であるように非直接的交換可能性の形態と不可分であるということは、けっしてわからないのである。それだからこそ、すべての商品に同時に直接的交換可能性の極印を押すことができるかのように妄想することもできるのであって、それは、ちょうど、すべてのカトリック教徒を教皇にすることができると妄想することもできるようなものである。商品生産に人間の自由と個人の独立との頂点を見る小市民にとっては、この形態につきもののいろいろな不都合、ことにまた諸商品の非直接的交換可能性から免れるということは、もちろんまったく望ましいことであろう。この俗物的ユートピアを描きあげたものがプルドンの社会主義なのであるが、それは、私がほかのところで示したように、けっして独創という功績などのあるものではなく、むしろ彼よりもずっと前にグレーやブレーやその他の人々によってもっとずっとよく展開されたのである。こういうことは、このような知恵が今日でもある種の仲間のあいだでは「科学」という名のもとに流行しているということを妨げないのである。プルドンの学派ほど「科学」という言葉を乱用した学派はかってなかった。じっさい、
   「まさに概念の欠けているところに、
   言葉がうまくまにあうようにやってくるものなんだ。」

 

  〈(38) プルドンは、まず第一に、正義、永遠の正義という彼の理想を、商品生産に対応する法的関係から汲み取る。ついでに言えば、これによって、商品生産という形態も正義と同様に永遠だというすべての俗物にとって大いに慰めになる証明も与えられるのである。次に彼は、逆に、現実の商品生産やそれに対応する現実の法をこの理想に従って改造しようとする。もしも、物質代謝の現実の諸法則を研究して、これを基礎として、一定の課題を解決しようとはしないで、そのかわりに「自然状態」や「親和性」という「永遠の理念」によって物質代謝を改造しようとする化学者があるとしたら、ひとはこんな化学者をどう思うだろうか? ひとが、高利は「永遠の正義」や「永遠の公正」や「永遠の相互扶助」やその他の「永遠の真理」と矛盾すると言うとき、ひとが「高利」について知るところは、教父たちが、高利は「永遠の恩寵」や「永遠の信仰」や「神の永遠の意志」と矛盾すると言ったとき、彼らが高利について知っていたところよりも、はたしてより多いであろうか?

 

  またこの注では、『経済学批判』が参考文献に上げられていますが、『批判』の当該部分ではジョン・グレーの〈労働時間を貨幣の直接の度量単位だとする学説〉が批判されています。グレーは商品に含まれている労働を直接尺度にして銀行を介して、社会的に生産物の交換が可能としたのですが、それに対して、マルクスは次のように批判しています。

 

  〈労働時間が価値の内在的尺度であるのに、なぜそれとならんでもうひとつの外在的尺度があるのか? なぜ交換価値は価格に発展するのか? なぜすべての商品は排他的な一商品でその価値を評価し、こうしてこの商品が交換価値の十全な定在に、貨幣に転化されるのか? これこそグレーの解決しなければならなかった問題であった。これを解決するかわりに、彼は商品は社会的労働の生産物として直接互いに関係しあうことができる、と想像する。だが諸商品は、ただそれらがあるがままのものとして互いに関係しあえるにすぎない。諸商品は、直接には個別化された独立の私的労働の生産物であって、これらの私的労働は、私的交換の過程でその外化によって、一般的社会的労働であるという実を示さなければならない。すなわち、商品生産を基礎とする労働は、個人的労働の全面的な外化によってはじめて社会的労働となるのである。ところがグレーは、商品にふくまれている労働時間を直接に社会的なものと想定するのだから、彼はそれを共同体的な労働時間、つまり直接に結合された諸個人の労働時間だと想定することになる。そうだとすると、実際上、金や銀のような独特な一商品が、一般的労働の化身として他の諸商品に対立することはできないし、交換価値は価格とはならないであろう。それで使用価値も交換価値にならず、生産物は商品とならず、こうしてブルジョア的生産の基礎が揚棄されてしまうであろう。しかし、グレーの意見は、けっしてこうではない。生産物は商品として生産されなければならないが、商品として交換されてはならない 、というのである。グレーは、この敬虔な願望の達成を国民銀行にまかせる。社会は一方では、銀行のかたちで個人を私的交換の諸条件から独立させ、他方では、同じ個人に私的交換の基礎のうえで生産をつづけさせる。しかしグレーは、ただ商品交換から発生する貨幣を「改良」しようとしただけなのに、内面的に首尾一貫させようとして、彼はブルジョア的生産諸条件をつぎからつぎへと否定することになった。こうして彼は、資本を国民資本に、土地所有を国民的所有に転化させる。そして彼の銀行をこまかく観察すると、それは一方の手で商品を受け取り、他方の手で提供された労働にたいする証明書を発行するだけでなく、生産そのものをも統制していることがわかる。グレーはその最後の著作『貨幣にかんする講義』で、小心翼々として、彼の労働貨幣が純粋にブルジョア的な改良だ、と述べようとしているが、もっとひどい矛盾におちいっている。〉(全集13巻67-68頁)

 

◎第8パラグラフ

 

【8】〈 (イ)直接的な生産物交換は、一面では単純な価値表現の形態をもっているが、他面ではまだそれをもっていない。 (ロ)あの形態は、x量の商品A=y量の商品B であった。 (ハ)直接的な生産物交換の形態は、x量の使用対象A=y量の使用対象B である(41)。 (ニ)AとBという物は、ここでは、交換の前には商品ではなく、交換を通してはじめて商品となる。 (ホ)ある使用対象が可能性からみて交換価値である最初の様式は、非使用価値としての、その所有者の直接的欲求を超える量の使用価値としての、その定在である。 (ヘ)諸物はそれ自体としては人間にとって外的なものであり、したがって譲渡されうるものである。 (ト)この譲渡が相互的であるためには、人々は、ただ、黙って、その譲渡されうる諸物の私的所有者として、またまさにそうすることによって相互に独立の人格として、相対しさえすればよい。 (チ)しかし、このようにたがいに他人である関係は、自然発生的な共同体の成員にとっては--その共同体が、家父長制的家族の形態をとっていようと、古インド的共同体の形態をとっていようと、インカ国家などの形態をとっていようと--存在しない。 (リ)商品交換は、共同体の終わるところで、諸共同体が他の諸共同体または他の諸共同体の諸成員と接触する点で、始まる。 (ヌ)しかし、諸物がひとたび対外的共同生活で商品になれば、それらのものは反作用的に、内部的共同生活においても商品になる。 (ル)諸物の量的交換比率は、さし当りはまったく偶然的である。 (ヲ)それらの物が交換されうるものであるのは、それらをたがいに譲渡し合おうとする所有者たちの意志行為によってである。 (ワ)しかし、そのうちに、他人の使用対象に対する欲求がしだいに固まってくる。 (カ)交換の不断の反復は、交換を一つの規則的な社会的過程にする。 (ヨ)したがって、時の経過と共に、労働生産物の少なくとも一部分は、意図的に交換めあてに生産されざるをえなくなる。 (タ)この瞬間から、一面では、直接的必要のための諸物の有用性と交換のための諸物の有用性とのあいだの分離が確定する。 (レ)諸物の使用価値は、諸物の交換価値から分離する。 (ソ)他面では、それらの物が交換されあう量的比率は、それらの物の生産そのものに依存するようになる。 (ツ)慣習はそれらの物を価値の大きさとして固定させる。〉

 

  (イ) 直接的な生産物の交換、つまり物々交換では、一面では単純な価値表現の形態を持っていますが、他面ではまだそれを持っていません。

 

  ここから商品の交換過程の歴史的な発展の考察が始まるのですが、マルクスは、商品の交換の原生的形態として、労働生産物(使用価値)が商品になる条件の考察から始めています。『経済学批判』では、次のように述べています。

 

  〈交換過程の原生的形態である直接的交換取引〔物々交換〕は、商品の貨幣への転化の開始というよりも、むしろ使用価値の商品への転化の開始をあらわしている。〉(全集13巻34頁)

 

  つまり、まず労働生産物が商品になるのは歴史的にはどういう場合かという形で問題を始めているのです。労働生産物が商品になるのは、労働生産物の交換が一定の広がりと深さを獲得してからであることは、すでに第1章第4節のなかで、次のように述べていました。

 

  〈労働生産物は、それらの交換の内部で、はじめてそれらのたがいに感性的に異なる使用対象性から分離された、社会的に同等な、価値対象性を受け取る。有用物と価値物とへの労働生産物のこの分裂がはじめて実際に発現するのは、有用物が交換を目あてに生産されるまでに、したがって、諸物の価値性格がすでにそれらの生産そのものにおいて考慮されるまでに、交換が十分な広がりと重要性とを獲得した時である。99頁)

 

  第36回の報告では、この部分を、ここに出てくる「価値物」の理解と関連させて、次のように解説しました。

 

  【ここでは交換されるのは「労働生産物」です。そして交換関係に潜む価値の表現形態ではなく、実際の交換そのもの(その歴史的な発展段階)が問題になっています。労働生産物の価値性格がハッキリ現れてくるのは、労働生産物の交換の一定の発展段階においてだということが指摘されているのです。その意味では、労働生産物の価値性格が明確に現れてきて、初めて労働生産物は「商品」になるとも言えるわけです。そうした問題を論じるなかで、「価値物」というタームが出てくるということがまず確認されなければなりません。
 そしてパラグラフの本文にそって問題を考えてみますと、そこでは労働生産物が価値を持つのは、労働生産物の交換の内部においてであること、しかも、その労働生産物の交換がある程度発展して初めて、そうした労働生産物の価値性格がハッキリ現れてくるのだと述べているわけです。
 われわれが商品の価値の形態を問題にした時には、交換されるのは商品であることは当然のことながら、前提されていました。しかし、このパラグラフでは、労働生産物が交換され、その交換される労働生産物が価値を持つようになるのは、どういう交換の発展段階かが問題になっているのです。労働生産物は一つの有用物です。つまりそれは本来は、直接に生産者の欲望を満たすものなのです。生産者は自らの欲望を満たすために、物を作るわけです。しかし、それが価値という性格を持つのは、もはやそれが彼の、つまりその労働生産物を生産した者の欲望を直接満たすものとしてではないのです。それは生産者にとっては、それ以前に持っていた有用物としての性格とは違ったものとして、すでに彼には現れているのだ、というわけです。だからマルクスはそうした性格は、有用物とは〈分裂して〉現れてくると述べているのだと思います。つまり労働生産物の交換が発展して、生産者がその生産物の価値性格を意識するような段階、つまり交換を目的に生産を行うような段階、そのような段階においては、労働生産物はもはや生産者の欲望を直接満たす有用物ではなく、ただ彼のさまさまな欲望を満たすために必要なさまざまな他の労働生産物を彼が入手するための「手段」でしかなくなるわけです。だからここには、それが本来は持っていた有用物という属性とは分裂した、ある一つの属性が労働生産物に付け加わっているとマルクスは指摘しているわけです。それはすなわち他の労働生産物との「交換のための手段」という属性です。そしてその限りではそれは他の労働生産物と社会的に同等な性格を持ったものとして存在している、それをマルクスは「価値物」と述べているのだと思います。だから価値形態に出てくる「価値物」は、相対的価値形態にある商品の価値が一つの他の等価形態にある商品の物的姿をとって現れてきた物でしたが、このパラグラフにおける「価値物」とは、そうしたものではなく、労働生産物そのものが「価値物」として現てくるということを述べているのだと思います。 
 マルクスは、有用物と価値物とに労働生産物が分裂する段階を、労働生産物が、すでに交換を目的に生産される段階、だから生産においてすでにその価値性格を意識する段階と述べています。これは価値形態の発展段階としては、どの段階を意味するでしょうか。それは労働生産物のうちの主に剰余物だけが、たまたま偶然に、個別的に、交換されるような段階ではないことは明らかです。だから価値形態の発展段階としては、形態 I(「簡単な、個別的な、または偶然的な価値形態」) の段階ではなく、形態II(全体的な、または展開された価値形態」)か、あるいは形態III(一般的価値形態)の段階だと考えられます。形態IIというのは、ある特定の労働生産物が次々と他のさまざまな労働生産物と交換されていく段階です。これは具体例を上げて説明しますと、遊牧民族がその遊牧の過程で、接触したさまざまな定着農耕民族と自分たちの生産物である羊を小麦やジャガイモなどと交換してゆくような段階と考えることができるでしょう。羊はすでにさまざまな労働生産物を自らの価値の表現形態にしますが、しかし羊と交換される小麦やジャガイモなどは、それらを生産する定着農耕民族にとっては剰余生産物であり、彼らからみれば、この交換は依然として個別的・偶然的なものにすぎないわけです。つまり彼らから見れば、価値形態としては形態 I の段階です。しかし交換がさらに発展し、商品交換がそうした定着農耕民族までをも捉えるようになると、彼らも交換を目当てに生産するようになり、互いの労働生産物をも交換し始めるようになりますが、そうした段階では彼らが自分たちの労働生産物の価値性格を羊という彼らにとって共通の物差しで秤量し、そうして互いの労働生産物を交換するようになった発展段階が、すなわち形態IIIだったわけです。】

 

  だから直接的な生産物の交換の段階では、まだ労働生産物の価値性格は、ハッキリとは出てこない段階です。だからこそ、マルクスは〈直接的な生産物交換は、一面では単純な価値表現の形態をもっているが、他面ではまだそれをもっていない〉と述べているのだと思います。〈一面では単純な価値表現の形態をもっている〉というのは、単純な価値形態というのは、すでに労働生産物が商品になり、互いに交換されている現実を前提して、それらの交換関係を純粋に考察したものです。その限りでは、それは抽象的な思考の産物なのですが、しかし、そうした抽象性においては、それらは同時に、歴史的にはもっとも最初に現れるものにも妥当すると言えるからです。しかし〈他面ではまだそれをもっていない〉というのは、実際に歴史の最初に現れるものは、いまだ交換されるものは商品とは言えないからです。それらは労働生産物(使用価値)の交換とは言えても、商品の交換ではないからです。マルクスは、それを次に具体的に価値形態の等式を使って説明します。

 

  (ロ)、(ハ)、(ニ) この形態はx量の商品A=y量の商品B というものでした。しかし直接的な生産物の交換の形態は、x量の使用対象A=y量の使用対象B なのです。つまり交換される生産物は、必ずしも商品になっているとはいえない場合もあるということです。AとBという生産物は、ここでは、交換の前には商品ではなく、交換を通してはじめて商品になります。

 

  最初の単純な価値形態(形態Ⅰ)は、x量の商品A=y量の商品B でしたが、実際の直接的な生産物の交換は、いまだ商品の交換とはいえず、x量の使用対象A=y量の使用対象B、つまり労働生産物(使用対象物)の交換に過ぎないのです。だからこそ、それらはいまだ単純な価値表現の形態をまだ持っていないのです。マルクスは〈AとBという物は、ここでは、交換の前には商品ではなく、交換を通してはじめて商品となる〉と言っていますが、もちろん、〈交換を通して〉ということを、交換されれば、すぐに商品になるというふうに理解してはいけません。というのは、すでに説明したように、交換の一定の広がりと深まりを待って、初めてそれらは商品になると言えるのだからです。

 

  (ホ) ある使用対象が可能性からみて交換価値である最初の様式は、非使用価値としての、その所有者の直接的欲求を超える量の使用価値としての、その定在です。

 

  単なる生産物が交換の対象になり、よって商品になりうるのは、それが生産者自身の欲求を満たす以上に生産された余剰物としてあるということです。しかしここでも注意しなければならないのは、マルクスは〈可能性からみて交換価値である最初の様式〉と厳密に述べていることです。というのは余剰物であるということだけでは、まだそれらは商品になるとは言えないからです。個別の余剰物が、一時的・偶然的に交換される段階では、いまだ労働生産物は価値対象性を獲得したとはいえず、よっていまだ商品とは言えないからです。それらは〈可能性からみて交換価値である〉に過ぎないのです。

 

  (ヘ)、(ト) 諸物はそれ自体としては人間にとっては外的なものですから、だから譲渡されうるものです。だからこの譲渡が相互的であるためには、人々は、ただ、諸物の私的所有者として、そしてそうしたものとして互いに独立した人格として、相対すればよいわけです。

 

  この文節は商品交換が前提する商品所有者相互の関係をもう一度、根底から問うものになっています。つまり「第2章 交換過程」の冒頭のパラグラフを彷彿とさせる内容になっているわけです。もう一度、その部分を紹介しておきましょう。

 

  〈商品は物であり、したがって人間に対して無抵抗である。・・・・これらの物を商品としてたがいに関係させるためには、商品の保護者たちは、自分たちの意志をこれらの物に宿す諸人格としてたがいに関係しあわなければならない。それゆえ、一方は他方の同意のもとにのみ、すなわちどちらも両者に共通な一つの意志行為を媒介としてのみ、自分の商品を譲渡することによって他人の商品を自分のものにする。だから、彼らはたがいに相手を私的所有者として認めあわなければならない。・・・・諸人格は、ここではただ、たがいに商品の代表者としてのみ、したがってまた商品所有者としてのみ、存在する。

 

  (チ) しかし、このような互いに他人である関係は、自然発生的な共同体の成員にとっては、存在しません。その共同体が家父長制的な家族の形態をとっていようと、あるいは古代インド的共同体の形態をとっていようと、インカ国家などの形態をとっていようと、私的な個人はいまだ存在していないからです。

 

  こうした商品交換が前提する人間相互の関係そのものが、ここでは問題になっています。つまりそうした人間相互の関係(互いに私的所有者として認め合い相対する関係)というのは、決して歴史の端緒に存在するものではなく、一定の歴史的な発展段階において初めて生まれてくるものだとマルクスは言いたいわけです。原始共同体の社会では、個人は共同体に埋没していていると、マルクスは次のように述べています。

 

  〈人類の文化の発端で、狩猟民族のあいだで、またおそらくインドの共同体の農業で、支配的に行なわれているのが見られるような、労働過程での協業は、一面では生産条件の共有にもとついており、他面では個々の蜜蜂が巣から離れていないように個々の個人が種族や共同体の臍帯(サイタイ)からまだ離れていないことにもとついている。〉(23a438頁)

 

  またここに出てくる家父長制的家族や古代インド的共同体、インカ国家等については、マルクスが第1章第4節で〈共同的な、すなわち直接的に社会化された労働を考察するためには、われわれは、すべての文化民族の歴史の入口で出会う労働の自然発生的形態にまでさかのぼる必要はない〉と述べていたものに該当するように思います。その時は、〈自家用のために、穀物、家畜、糸、リンネル、衣類などを生産する農民家族の素朴な家父長的な勤労が、もっと手近な一例をなす〉とここに出てくる〈家父長制的家族の形態〉が例として上げられ、具体的に論じられていました。

 

  それ以外の〈古インド的共同体の形態〉や〈インカ国家などの形態〉についても、マルクスはさまざまなところで言及しています。今、その主なものを紹介しておきましょう。

 

  〈古インド的共同体の形態〉について

 

  〈たとえば、部分的には今日なお存続しているインドの太古的な小共同体は、土地の共有と、農業と手工業との直接的結合と、固定した分業とを基礎としており、この分業は、新たな共同体の建設にさいしては与えられた計画および設計図として役だっている。このような共同体は自給自足的な生産的全体をなしていて、その生産領域は百エーカーから数千エーカーに至るまでさまざまである。生産物の大部分は共同体の直接的自己需要のために生産され、商品として生産されるのではなく、したがって、生産そのものは、商品交換によって媒介されるインド社会の全体としての分業からは独立している。ただ生産物の余剰だけが商品に転化するのであり、しかも一部分は、いつともない昔から一定量の生産物が現物地代として流入してくる国家の手のなかではじめて商品に転化するのである。インドでも地方によって共同体の形態は違っている。最も簡単な形態では、共同体は土地を共同で耕作して土地の生産物を成員のあいだに分配し、他方、各家族は、紡いだり織ったりすることを家庭的副業として営んでいる。これらの一様な仕事をしている民衆のほかに、次のようなものが見いだされる。裁判官と警察官と徴税官とを一身に兼ねている「人民の長」。農耕について計算し、それに関係のあるいっさいのことを記録する記帳人。犯罪者を追及し、外来の旅行者を保護して一村から他村に案内する第三の役人。近隣の共同体の境界を見張る境界管理人。農耕のために共同貯水池から水を分配する水の監視人。宗教的行事の諸機能を行なうバラモン〔婆羅門〕。共同体の子供に砂で読み書きを教える教師。占星者として播種収穫の時期や、すべての特別な農耕作業の時期の適否を告げる暦術バラモン。あらゆる農具を製造し修理する鍛冶師と工匠。村に必要なすべての容器をつくる陶器師。理髪師。衣類を清潔にするための洗濯人。銀細工師。ところによっては詩人。これはある共同体では銀細工師の代わりをし、また他の共同体では教師の代わりをする。この一ダースほどの人々は共同体全体の費用で養われる。人口が増加すれば、新しい共同体が元のものを模範として未耕地に設けられる。この共同体機構は計画的分業を示してはいるが、しかしマニュファクチュア的分業は不可能である。というのは、鍛冶師や工匠などにとっての市場は変わることがなく、せいぜい、村の大きさの違いにしたがって一人の鍛冶師や陶器師が二人か三人になるくらいなものだからである(60)。共同体労働の分割を規制する法則は、ここでは自然法則の不可侵的権威をもって作用するのであるが、他方、鍛冶師などのようなそれぞれの特殊な手工業者は、伝統的な仕方に従って、しかし独立的に、自分の作業場ではどんな権威も認めることなしに、自分の専門に属するあらゆる作業を行なうのである。このような、絶えず同じ形態で再生産され、たまたま破壊されてもまた同じ場所に同じ名称で再建される自給自足的な共同体の簡単な生産体制(61)は、アジア諸国家の不断の興亡や王朝の無休の交替とは著しい対照をなしているアジア的諸社会の不変性の秘密を解く鍵を与えるものである。社会の経済的基本要素の構造が、政治的雲上界の嵐に揺るがされることなく保たれているのである。
 (60) 陸軍中佐マーク・ウィルクス『インド南部の歴史的概観』、ロンドン、一八一〇―一八一七年、第一巻、一一八―一二〇ページ。インド共同体のいろいろな形態の適切な比較対照は、ジョージ・キャンブル『現代インド』、ロンドン、一八五二年、のなかに見いだされる。
 (61) 「この簡単な形態のもとで……この国の住民たちはいつともない大昔から暮らしてきた。村々の境界は、まれにしか変えられなかった。そして、村そのものはときには戦争や飢饉や疫病に見舞われ、また荒らされさえもしたが、同じ名称、同じ境界、同じ利害関係、そして同じ家族さえもが久しく続いてきた。住民は王国の滅亡や分割には少しも心を煩わされない。村が完全に残っているかぎり、それがどんな権力に引き渡されようと、どんな君主にゆだねられようと、彼らは少しも気にかけない。村の内部の経済は相変わらず元のままである。」(元ジャワ副総督トマス・スタンフォード・ラフルズ『ジャワ史』、ロンドン、一八一七年、第一巻、二八五ページ。)〉(23a468-470頁)

 

 〈インカ国家などの形態〉について

 

  〈また他面では次のように言うことができる。非常に発展してはいても歴史的には比較的未熟な社会形態があって、そこにはどんな貨幣も存在しないのに、経済の最高の諸形態、たとえば協業や発展した分業などが見られるものがある、と。たとえばペルーがそれである。スラヴ人の共同体にあっても、貨幣や貨幣の生まれるための条件である交換は、個々の共同体の内部ではまったく現われないか、またはわずかしか現われないで、むしろ共同体の境界で他の共同体との交渉で現われる。じっさい、交換を共同体そのもののなかに本源的な構成要素としてもちこむことは、およそまちがいなのである。むしろ、交換は、当初は、一つの同じ共同体のなかの諸成員のあいだでよりも別々の共同体の相互関係のなかでのほうがより早く現われるのである。〉(経済学批判への序説「経済学の方法」、全集13巻929-30頁)

 

  〈もう一つの場合としては、統一体が労働そのものにおける共同性にまで拡大されることがありうるのであって、この共同性は、メキシコ、とくにペルーにおけるように、また古代ケルト人、インド人のいくつかの部族の場合のように、正式の一制度(システム)となっていることもある〉(草稿集②121頁)

 

  〈{たとえばペルーに見られるような共同的生産および共同所有は、明らかに、二次的な形態であって、征服諸部族によって導入され、移植されたものである。これらの征服諸部族は自分自身のところで、インドで、またスラヴ人のあいだで見られるような、古い、もっと単純な形態における共同所有および共同的生産を知っていたのである。〉(草稿集②142頁)

 

  〈さらに明らかなことは、交換者たちが交換価値を生産するという前提が、単に分業一般を前提しているばかりでなく、分業の特殊な発展形態をも前提している、ということである。たとえばペルーでもやはり分業は行なわれていた。自給自足を行なっていたインドの小さい共同体においても同様である。しかしこの分業が前提しているものは、交換価値に基礎を置く生産ではないどころか、逆に多かれ少なかれ直接に共同態的な生産なのである。流通の諸主体が交換価値を、つまり直接に交換価値という社会的規定性のもとに置かれている生産物をすでに生産しており、したがってまた特定の歴史的姿態をまとったひとつの分業のもとに包摂されて生産を行なっている、という根本前提は、一連の諸前提を含んでいるが、これらは個人の意志から生じるものでもなければ個人に直接に具わっている自然的性質から生じるものでもなく、歴史的な諸条件と歴史的な諸関係から生じるものである。こうした歴史的諸条件および諸関係によって、個人はすでに社会的に、つまり社会によって規定されたものとして、存在している。上記の〔根本〕前提はまた、諸個人が流通のなかで対応しあう単純な生産諸関連とは別の、諸個人の生産諸関連のなかで現われる諸関係をも含んでいる。交換者が生産したものは商品であり、しかも商品を生産する者たちのために生産された商品である。このことは二つのことを含んでいる。一面では、交換者は、独立した私的個人として、自発的に、ただ自分自身の欲求と自分自身の諸能力によってのみ規定されて、自分自身からまた自分自身のために、生産を行なったのであって、ひとつの自然生的な共同体の成員として行なったのでもなければ、直接に社会的な個人として生産に参加し、したがってまた自分の生産物に対しても直接の生活源泉に対するようなふるまい方をしない個人として行なったわけでもない。しかし他面では、この私的個人が生産するものは交換価値である、つまり、ある特定の社会的過程、すなわちある特定の変態を通じてはじめて彼自身にとっての生産物になるような生産物である。だから私的個人はすでにひとつの速関のなかで、つまりある生産諸条件および交易諸関係のもとで、生産を行なっていたのである。この生産諸条件および交易諸関係は、ひとつの歴史的過程を通じてはじめて生成したものであるのに、彼自身の目には自然必然性として現われるのである。こうした意味で、個別的生産の独立性は、分業に適切な表現を見いだす社会的な依存性によって補完されている。
  交換価値を生産する個人が行なう生産の私的な性格は、それ自身歴史的産物として現われる、--つまり、生産の内部での彼の孤立点在的な自立性は、ひとつの分業を条件としており、この分業はさらにまた、個人を他の個人との連関においても彼自身の存在様式においても、あらゆる側面から条件づけているような一連の経済的諸条件全体の上に成り立っている。〉(『批判』原初稿、草稿集③115-116頁)

 

  〈ところで、私的交換が分業を前提とするというのは正しいが、分業が私的交換を前提とするというのは誤りである。たとえばペルー人のあいだでは、私的交換、商品としての生産物の交換はおこなわれなかったが、分業は極度におこなわれていたのである。〉(『批判』全集13巻44頁)

 

  (リ) だから商品交換は、共同体の終わるところで、諸共同体が他の共同体または他の諸共同体の成員と接触するところで、始まるのです。

 

  (ヌ) しかし、諸物がひとたず対外的共同生活で商品になれば、それらのものは反作用的に、内部的共同生活においても商品になります。

 

  『批判』では、〈ここで交換取引が始まり、そして、そこから共同体の内部にはねかえり、これに解体的な作用を及ぼす〉(13巻34頁)と指摘されています。

 

  (ル)、(ヲ) しかし、諸物の量的交換比率は、さしあたりはまだ偶然的です。またそれはらの物が交換されうるものであるのは、それらを互いに譲渡し合おうとする所有者たちの意志行為によって決まってくるものです。その意味では、交換はまだ個人的な過程なのです。

 

  これはまだ価値形態では形態Ⅰの段階(単純な、個別的な、偶然的な段階)と言えます。交換されるのは商品といえず、単なる使用対象(労働生産物)です。

 

  (ワ)、(カ)、(ヨ) しかし、そのうちに、他人の使用対象に対する欲求がしだいに固まってきます。交換の不断の反復は、交換を一つの規則的な社会的な過程にします。そして時の経過と共に、労働生産物の少なくとも一部分は、意図的に交換目当てに生産されるようになるのです。

 

  これは価値形態では形態IIの段階(全体的なまたは展開された段階)といえます。ある特定の生産物(例えば猟師の毛皮や遊牧民の羊など)が、季節によって移動する遊牧民や狩猟民族がその行き先々で接するさまざまな定着農耕民と習慣的に交換を行っていくようになる段階です。交換は一つの規則的な社会的な過程になり、狩猟民や遊牧民自身の生活をささえる重要な柱になってきます。だから彼らは毛皮や羊を交換を目的に生産するようになるわけです。

 

  (タ)、(レ) この瞬間から、一面では、直接的必要のための諸物の有用性と交換のための諸物の有用性との間の分離が確定します。諸物の使用価値は、諸物の交換価値から分離します。

 

  この段階から、次々と他の生産物と交換を行う労働生産物は、それを行う者にとって、一つは自分たちの欲求を満たす生産物であると同時に、他面では、交換手段という新たな属性を獲得し、また彼らは彼らの生産物のうち自家需要のためのものと、交換のためのものというように物的にも区別し、分離するようになります。交換手段としてはそれは他の諸物との同等なものとして、価値対象性を持ったものとして存在することになります。

 

  (ソ)、(ツ) 他面では、それらの物が交換されあう量的比率は、それらの物の生産そのものに依存するようになります。つまり習慣はそれらの物を価値の大きさとして固定するのです。

 

  そしてそうなると、それらが交換される割合も、その偶然性は徐々になくなり、徐々にそれれらの生産そのものに依存するようになり、やがては習慣はそれらを価値の大きさとして固定するようになるわけです。

 

  さて、このパラグラフから、商品交換の歴史的発展を跡づけて、如何にしてそれが貨幣を産み出すかを論じるのですが、しかし、このパラグラフでは、その最初のものとして、そもそも労働生産物が商品になるのは如何にしてか、ということから、マルクスは考察を開始しています。だから交換されるのは、いまだ商品ではなく、単なる使用対象(労働生産物)であり、その直接的な交換の形態(物々交換)というわけです。労働生産物が商品になるのは、こうした物々交換が一定の発展をとげ、一部の労働生産物が、少なくとも交換を目当てに生産されるようになってからだ、というわけです。

 

◎注41

 

【注41】〈(41) 二つの異なった使用対象がまだ交換されず、未開人のあいだにしばしば見られるように、混沌とした諸物のひとかたまりがある第三の物の等価として提供される限りでは、直接的な生産物交換そのものはやっとその入口に立ったばかりである。〉

 

  この注は〈直接的な生産物交換の形態〉そのものにも発展段階があることを示しています。つまり最初の〈直接的な生産物交換〉は、最初はひとかたまりの物が、他の物の等価として交換されるというようなものであり、いまだ個別の生産物同士が交換されるというものではなかったと指摘されています。学習会では、そもそも共同体のなかでは生産物は共同生産の結果であり個別の成員のものではなかった、だから共同体の首長が共同体を代表して、他の共同体やあるいはその成員と交換することになるが、もっとも最初の場合は、共同体を訪れた外部の者が、自分が属する共同体を代表して、自分の共同体からの贈り物としてひとかたまりの物を差し出し、それに対して、その送られた共同体の首長も、自分たち共同体の総意としてその共同体のあれこれの産物のひとかたまりを、返礼として差し出すというような形で始まったのではないか、こうした段階では、最初は当事者には贈与とその返礼という認識しかなく、「交換」するという意識がないのだから、いまだ〈直接的な生産物の交換の形態〉とさえ言えないような段階ではなかったかという意見も出ました。他方、マルクスは、〈直接的な生産物交換〉(すなわち物々交換)の一つの例として、『経済学批判』のなかで、貨幣の価値尺度の機能の観念的性格を説明して、実際上の取り引きは物々交換でありながら、しかし交換当事者たちは観念的な貨幣によって彼らの物の価値を尺度しながら、互いに交換し合う例を紹介しており(「またシベリアと中国とのあいだの商品交換では、実際上取引はたんなる交換取引〔物々交換〕にすぎないのに、銀が価格の尺度として役だっている。」全集13巻57頁)、こうした場合の物々交換は、その意味では、同じ〈直接的な生産物交換〉といえども、貨幣を前提したものであり、その限りでは発達した一連の社会的関係を前提したものだろうという意見も出されました。

 

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【付属資料】

 

●第7パラグラフに関連するもの

 

《初版本文》

 

 〈貨幣結晶は、諸商品の交換過程の必然的な産物である。使用価値と交換価値との直接的な統一としての商品の、有用な諸労働の一つの自然発生的な総体系すなわち分業の個々別々にされた一肢体であるにすぎない有用な私的労働の生産物としての商品の、そしてまた、抽象的な人間的な労働の直接的に社会的な具象物としての商品の、内在的な矛盾--この矛盾は、それが商品と貨幣とへの商品の二重化の形をとるまでは、とまりもしなければ休みもしない。だから、労働生産物の商品への転化が行なわれるのと同じ程度で、商品の貨幣への転化が行なわれるのである(35)。〉(73-4頁)

 

《フランス語版》

 

 〈貨幣は、交換--この交換によって、さまざまな労働生産物が実際に互いに同等とされ、まさにそのために、商品に転化されるのである--のなかで自然発生的に形成される結晶である。交換の歴史的な発展は、ますます労働生産物に商品の性格を押しつけ、同時に、商品の性質が包蔵している対立、使用価値と価値との対立を発展させる。商業の必要性そのものは、この反立(アンチテーゼ)に体躯を与えることを強制し、手で触れることができる価値形態を産むことを目ざし、商品を商品と貨幣とに二重化することによってついにこの形態に達するまでは、もはや休止も中断も許さない。したがって、労働生産物の商品への一般的な転化が完成するのにつれて、商品の貨幣への転化もまた完成する(4)。〉(64頁)

 

●注40に関連するもの

 

《初版本文》

 

 〈(35)この点から推して、小ブルジョア的な社会主義の狡猾さを判断せよ。この社会主義は、商品生産を永遠化しようとし、このことと同時に、「貨幣と商品との対立」を、したがって貨幣そのもの--なぜならば、貨幣はこの対立においてのみ存在しているのだから--を、廃止しようとする。もしそんなことができるなら、教皇を廃止してカトリック教を存続させることもできるであろうに。これについてさらに詳しい事情は、私の著書『経済学批判』、61頁以下、を見よ。〉(74頁)

 

《フランス語版》

 

 〈(4) 商品生産を永遠化し、同時に「商品と貨幣との対立」すなわち貨幣そのもの--貨幣はこの対立においてのみ存在するのであるから--を廃止しようとするブルジョア社会主義は、このことによって評価することができる。この問題については、私の『経済学批判』、61ページ以下を見よ。〉(64頁)

 

●第8パラグラフに関連するもの

 

《経済学批判》

 

 〈交換過程の原生的形態である直接的交換取引〔物々交換〕は、商品の貨幣への転化の開始というよりも、むしろ使用価値の商品への転化の開始をあらわしている。交換価値は自由な姿を得ておらず、まだ直接に使用価値に結びつけられている。このことは二重に示される。生産そのものは、その全構造において使用価値を目的とし、交換価値を目的としていない。だから使用価値がここで使用価値であることをやめて、交換の手段、商品になるのは、ただ生産が消費のために必要とされる限度を越えることによってだけである。他方では、諸使用価値は、たとえ両極に配分されているとしても、直接的な使用価値の限界内でだけそれ自体商品となるのであって、したがって商品所有者たちによって交換される諸商品は、双方にとって使用価値でなければならないが、ただし各商品は、その非所有者にとっての使用価値でなければならない。実際には、諸商品の交換過程は、もともと原生的な共同体の胎内に現われるものではなく〔*〕、こういう共同体の尽きるところで、その境界で、それが他の共同体と接触する数少ない地点で現われる。ここで交換取引が始まり、そして、そこから共同体の内部にはねかえり、これに解体的な作用を及ぼす。だから、異なった共同体のあいだの交換取引で商品となる特殊な使用価値、たとえば奴隷、家畜、金属が、多くの場合、共同体そのものの内部での最初の貨幣を形成する。すでに見たように、一商品の交換価値は、その等価物の系列が長ければ長いほど、つまりその商品にとって交換の範囲が大きければ大きいほど、それだけますます高度に交換価値としてあらわされる。だから交換取引の漸次的拡大、交換の増大、交換取引にはいってくる商品の多様化は、商品を交換価値として発展させ、貨幣形成にまでおしすすめ、こうして、直接的交換取引に分解的な作用を及ぼす。経済学者たちは、拡大された交換取引がつきあたる外部的な諸困難から貨幣をみちびきだすのが例となっているが、そのさい彼らは、これらの困難は交換価値の発展、したがって一般的労働としての社会的労働の発展から生じるものだということを忘れている。たとえば、こうである、商品は使用価値としては任意に分割可能ではないが、交換価値としては任意に分割可能でなければならない、と。あるいは、Aの商品はBにとって使用価値でありうるが、Bの商品はAにとって使用価値でない、と。あるいは、商品所有者たちが互いに交換しようとする分割できない商品を等しくない価値比率で需要することがありうる、と。言いかえれば、経済学者たちは単純な交換取引を考察するという口実のもとに、じつは使用価値と交換価値との直接的統一としての商品の定在が包み隠している矛盾のいくつかの側面をみずからに具体的に示しているのである。ところが、他方、彼らは一貫して交換取引を商品の交換過程の十全な形態として固執し、それにはただいくつかの技術的不便が結びついているだけであり、この不便にたいしてたくみに考案された方便が貨幣である、というのである。このまったく浅薄な立場からすれば、イギリスの才知にあふれた一経済学者が、貨幣は船や蒸気機関のように一つのたんなる物質的な用具であって、社会的生産関係の表示ではなく、したがってまたなんらの経済学的範疇ではない、と主張したのももっともだったのである。だから実際に技術学となんの共通するものももたない経済学で貨幣が振り扱われているのは、まったくまちがいだというのだ〔**〕。
 〔*〕 アリストテレスは、最初の共同体としての私的家族について同じことを述べている。しかし家族の最初の形態はそれ自体種族的家族であって、その歴史的分解からはじめて私的家族が発展するのである。「なぜならば、最初の共同社会(これが家族であるが)では、明らかにこれ(つまり交換)にたいする必要はすこしもなかった。」(前掲書)
 〔**〕 「貨幣は実際には、売買をおこなうための用具にすぎないのであって、」(だが売買とはなんのことか?)「そして貨幣の考察が経済学の一部をなさないのは、船や蒸気機関、あるいはまた富の生産と分配を容易にするために用いられるその他のなんらかの用具の考察が、経済学の一部をなさないのと同じことである。」(トマス・ホジスキン『通俗経済学等々』、ロンドン、一八二七年、一七八、一七九ページ)

 商品世界では、発展した分業が前提されている、あるいは発展した分業が、特殊な諸商品として対立しあっている諸使用価値の多様性、同様に多様な労働様式がふくまれている諸使用価値の多様性のうちに直接にあらわされている。すべての特殊な生産的作業様式の総体としての分業は、その素材的側面から、使用価値を生産する労働としてみた社会的労働の総姿態である。しかしそのようなものとして分業は、商品の立場からすれば、また交換過程の内部では、ただその結果のなかにだけ、諸商品そのものの分化のなかにだけ実在している。
 諸商品の交換は、社会的物質代謝、すなわち私的な諸個人の特殊な生産物の交換が、同時に諸個人がこの物質代謝のなかで結ぶ一定の社会的生産諸関係の創出でもある過程である。諸商品相互の過程的諸関係は、一般的等価物の種々の規定として結晶し、こうして交換過程は同時に貨幣の形成過程でもある。さまざまな過程の一つの経過としてあらわされるこの過程の全体が流通である。〉(全集13巻34-36)

 

《初版本文》

 

 〈直接的な生産物交換は、一面では単純な相対的価値表現の形態をとっているが、他面ではまだこの形態をとっていない。この形態は x量の商品A=y量の商品B であった。直接的な生産物交換の形態は x量の使用価値A=y量の使用価値B である。AおよびBなる物は、ここでは、交換以前には商品ではなくて、交換によって初めて商品になる。ある使用対象がその可能性から見て交換価値であるという最初の様式は、非使用価値としての、この使用対象の所持者の直接的な必要を越える量の使用価値としての、この使用対象の存在である。諸物は、それ自体としては人間にとって外的なものであり、したがって譲渡可能なものである。この譲渡が相互的であるためには、人間たちは、暗黙のうちに、この譲渡可能な諸物の私的所有者として相対しているだけでよいのであって、まさにそうすることによって、互いに独立な人として相対しているだけでよいわけだ。とはいえ、このように互いに他者であるという関係は、共同体が、家父長制的家族、古代インド共同体、インカ国等々の形態をとるにしても、この自然発生的な共同体の構成員にとっては、まだ存在しない。商品交換は、共同体が果てるところにおいて、この共同体が他の諸共同体または他の諸共同体の諸構成員と接触する地点において、始まるのである。ところが、諸物がひとたび対外的な共同生活において商品になると、それらは、反作用的に、内部的な共同生活においても商品になる。諸物の量的な交換割合は、最初は全く偶然である。それらが交換可能であるのは、それらを相互に譲渡しあうそれらの所持者たちの意志行為に依拠している。だから、それらは、価値として表示される以前に、交換可能なものという形態を得ているのである。そうこうするうちに、他人の使用対象にたいする必要が、しだいに固定してくる。交換の不断の反覆が、交換を規則正しい社会的過程にする。だから、時がたつにつれて、労働生産物の少なくとも一部が、交換の目的のためにわざわざ生産されなければならなくなる。この瞬間から、一方では、直接的な必要のための諸物の有用性と交換のための諸物の有用性との分離が、確立される。諸物の使用価値が、諸物の交換価値から分離する。他方では、諸物が交換しあう量的な割合が、諸物の生産そのものによってきめられる。慣習が諸物を価値量として固定させる。〉(74-5頁)

 

《フランス語版》

 

 〈直接的な生産物交換では、価値表現は一方では単純な相対的形態を帯び、他方ではまだこの形態を帯びていない。この形態は、x量の使用価値A=y量の使用価値B であった。直接的な交換の形態は、x量の使用価値A=y量の使用価値B である(5)。ここでは、物体Aと物体Bとは、交換以前にはけっして商品でなく、交換そのものによってはじめて商品になる。ある有用物は、豊富でみるために、その生産者の必要を越える瞬間から彼にたいし使用価値ではなくなるのであって、状況が与えられれば交換価値として使用されるであろう。物は、それ自体としては人間にとって外的であり、したがって譲渡可能なものである。この譲渡が相互的であるためには、ただたんに、人間がこの譲渡可能な物の私有者として、まさにそのために独立の人として、暗黙の承認によって互いに関係しあうだけでよい。しかしながら、このような相互的な独立という関係は、原始共同体の成員にとってはまだ存在しない。たとえこの共同体の形態が家父長家族、インドの共同体、ペルーのようなインカ帝国等であろうとも、そうなのだ。商品交換は共同体の終わるところで、共同体が外部の共同体または外部の共同体の成員と接触する地点で、始まる。物がひとたび外部との共同生活のなかで商品になるやいなや、物は反作用的に、内部の共同生活でも同じように商品になる。それらの物が交換される比率は、最初はもっぱら偶然である。それらの物は、互いに譲渡することを決心した所有者の意志行為によって、交換可能になる。外部から生ずるところの有用物にたいしての必要が、しだいによりいっそう感じられるようになり、強固になる。交換の不断の反復が交換を一つの規則正しい社会的事業とし、時の経過につれ、有用物の少なくとも一部が交換を目あてに意図的に生産される。この瞬間から、直接的必要のための物の有用性と、互いに行なわれるべき交換のための物の有用性とが、すなわち、物の使用価値とその交換価値とが、明瞭に分離される。他方では、それらの物の交換される比率が、それらの物の生産そのものによって規制されはじめる。慣習はそれらの物を価値量として固定する。〉(64-5頁)

 

《資本論》

 

 〈社会のなかでの分業と、それに対応して諸個人が特殊な職業部面に局限されることとは、マニュファクチュアのなかでの分業と同じように、相反する諸出発点から発展する。一つの家族のなかで(50a)、さらに発展しては一つの種族のなかで、性の区別や年齢の相違から、つまり純粋に生理的な基礎の上で、自然発生的な分業が発生し、それは、共同体の拡大や人口の増加につれて、またことに異種族間の紛争や一種族による他種族の征服につれて、その材料を拡大する。他方、前にも述べたように〔*〕、生産物交換は、いろいろな家族や種族や共同体が接触する地点で発生する。なぜならば、文化の初期には独立者として相対するのは個人ではなくて家族や種族などだからである。共同体が違えば、それらが自然環境のなかに見いだす生産手段や生活手段も違っている。したがって、それらの共同体の生産様式や生活様式や生産物も違っている。この自然発生的な相違こそは、いろいろな共同体が接触するときに相互の生産物の交換を呼び起こし、したがって、このような生産物がたんだん商品に転化することを呼び起こすのである。交換は、生産部面の相違をつくりだすのではなく、違った諸生産部面を関連させて、それらを一つの社会的総生産の多かれ少なかれ互いに依存し合う諸部門にするのである。この場合に社会的分業が発生するりは、もとから違ってはいるが互いに依存し合ってはいない諸生産部面のあいだの交換によってである。前のほうの場合、つまり生理的分業が出発点となる場合には、一つの直接に結成されている全体の特殊な諸器官が、他の共同体との商品交換から主要な衝撃を受ける分解過程によって互いに分離し、分解し、独立して、ついに、いろいろな労働の関連が商品としての生産物の交換によって介される点に達するのである。一方の場合には以前は独立していたものの非独立化が行なわれるのであり、他方の場合には以前は独立していなかったものの独立化が行なわれるのである。
 
 〔*〕 全集、第二三巻、一〇二(原)ページを見よ。
  (50a) {第三版への注。――その後の非常に根本的な人類の原始状態の研究は、著者を次のような結論に到達させた。すなわち、元来は家族が発達して種族になったのではなく、反対に、種族こそが、血縁関係にもとづく人類社会形成の本源的な自然発生的な形態だったのであり、したがって種族団体の解体が始まってからはじめているいるに違った家族形態が発展するようになったのだということである。――F・エンゲルス}〉(23a461-2頁)


●注41に関連するもの

 

《初版本文》

 

 〈(36) まだ二つの相異なる使用対象が交換されるのではなく、未開人のあいだでしばしば見いだされるように、諸物の無秩序なひとかたまりが、ある第三の物にたいし等価物として提供されているあいだは、直接的な生産物交換そのものは、やっとその玄関口に立ったばかりである。〉(75頁)

 

《フランス語版》

 

 〈(5) まだ二つのちがった有用物が交換されず、未開人のあいだで見受けるように、諸物の混沌としたかたまりが第三の有用物にたいし等価物として提供されているかぎり、直接的な生産物交換自体はやっと生まれたばかりである。〉(65頁)

 

 

 


第48回「『資本論』を読む会」の案内

『 資 本 論 』 を 読 ん で み ま せ ん か 

                                    

                                      

 

  福島第一原発の国会事故調査委員会の最終報告書が出された。

 

 

 今回の報告書は、「この事故が『人災』であることは明らかで、歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった」とするなど、これまで出された政府や民間等の幾つかの調査報告書より、より踏み込んだ内容になっている。

 

 例えば「事故の根源的な原因」は、3.11以前にあるとし、福島第一原発はそもそも地震にも津波にも耐えうる保証の無い脆弱な状態であったこと、にも関わらず、事業者である東電や規制当局である原子力安全委や安全・保安委、経産省が馴れ合って、「それまでに当然備えておくべきこと、実施すべきことをしていなかった」からだとしている。

 

 具体的には、2006年、耐震基準が改訂され、保安院が、耐震安全評価の実施を求めたが、東電は、報告を先送りし、耐震補強工事の必要を認識しながら、まったく実施していなかった。保安院もそれを黙認していた。また同年には、原発の敷地を超える津波が来た場合に全電源喪失に至ることは、保安院と東電の間で認識は共有されていたにも関わらず、東電は対応を先延ばしし、保安院も明確な指示を怠った、等々と指摘し、「このように、今回の事故は、これまで何回も対策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局及び東電経営陣が、それぞれ意図的な先送り、不作為、あるいは自己の組織に都合の良い判断を行うことによって、安全対策が取られないまま3.11を迎えたことで発生したものであった」としている。

 

 「東電は、新たな知見に基づく規制が導入されると、既設炉の稼働率に深刻な影響が生ずるほか、安全性に関する過去の主張を維持できず、訴訟などで不利になるといった恐れを抱いており、それを回避したいという動機から、安全対策の規制化に強く反対し、電気事業連合会(以下「電事連」という)を介して規制当局に働きかけていた。

 

 このような事業者側の姿勢に対し、本来国民の安全を守る立場から毅然とした対応をすべき規制当局も、専門性において事業者に劣後していたこと、過去に自ら安全と認めた原子力発電所に対する訴訟リスクを回避することを重視したこと、また、保安院が原子力推進官庁である経産省の組織の一部であったこと等から、安全について積極的に制度化していくことに否定的であった。


 事業者が、規制当局を骨抜きにすることに成功する中で、「原発はもともと安全が確保されている」という大前提が共有され、既設炉の安全性、過去の規制の正当性を否定するような意見や知見、それを反映した規制、指針の施行が回避、緩和、先送りされるように落としどころを探り合っていた」等々。

 

 このように今回の報告書では、これまで指摘されてこなかった新しい知見もあるが、なぜ、東電や規制当局は、こうした「人々の命と社会を守るという責任感」を「欠如」させたのか、という点については、当然のことながら、何も明らかにすることは出来ていない。

 

 日本が高度成長で有頂天になり、「自信」が次第に「おごり」変わったからとか、国民の命を守るより、「組織の利益を守る」ことが優先されたからだとか、色々と現象的なことが書きつらねられているだけである。

 

 しかし、根源的にはすでに何度も指摘してきたが、原子力発電が「資本の生産力」として存在し、国家が「資本の国家」であるからである。

 

 〈科学や自然力や大量の労働生産物のこのような社会的労働に基づく充用は、すべてそれ自身ただ労働の搾取手段としてのみ、剰余労働を取得する手段としてのみ、それゆえ、労働に対立し資本に所属する諸力としてのみ現われる・・・・このようにして労働の社会的生産力の発展もこの発展の諸条件も、資本の行為として現われるのであって、これにたいして個々の労働者は受動的な態度をとるだけでなく、むしろ労働者に対立してこれが進行する。〉(『学説史』26巻 I 498頁)

 

 そして〈われ亡きあとに洪水は来れ! これが資本家、すべての資本家国家の標語なのである。〉(『資本論』23a353頁)。

 

 原子力発電など膨大な自然力をコントロールし、それだけに一層危険と隣り合わせの巨大な技術は、歴史的には、もはや資本主義的生産様式のなかでは制御不能なものとして存在しているということを我々は知らなければならない。

 

 そのために貴方も、共に『資本論』を読んでみませんか!

 

 



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