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©Karin Sonoyama/Sakoyan



第七話 お弁当、どこで食べるのだろう。  七月二十八日



 母に頼まれた洗い物を終え、台所から自分の部屋に戻る途中、さわやかな空気を感じ、私は薄暗い廊下で立ち止まった。開けっ放しの玄関が眩しい。雨上がり、庭の露草に残った雨粒たちが、真珠のように輝いている。ひんやりしていた朝の空気が、さっと何処かへ引いていったような感覚が残っている。壁にかかった温度計が、これからみるみる上昇していく。

「そういえば、気のせい…って」

 ふと、昨日、透さんがこぼした言葉を思い出した。いったい「気のせい」って、何のことだろう。ちょっと気になる。でも「気のせい」なのだから、きっと大したことがないのだろう。

「…まあ、いいか」

 手を組んで、爪先立ちで思いっきり伸びをした。すると、

「シーコ姉ちゃん、どいて!」

 ようやく支度を終えたれんげから、ふいに背中を押された。弁当箱が入ったポシェットを下げ、お気に入りの帽子をかぶっている。

「お母さん、もう行っちゃったよ」

「なあんだ。せっかく途中まで、いっしょに行こうと思ってたのに」

「ぐずぐずしてるからよ」

「もう、お母さんたら、急いで届けなくってもいいじゃない」

「回覧板、遅くなっちゃったら、後の人に迷惑かかるでしょうに」

「そりゃそうだけどさ」

 れんげは、わざと口をとがらせた。 

 さっき、透さんのプロフィールと、歓迎会の詳細が書かれた回覧板、母が福江おばさんのところへ持って行こうとした時、れんげは慌てて支度を始めた。別に母といっしょに歩きたいからではない。やっと透さんに村案内ができるから、うれしくて、じっとしていられないのだ。村の隅から隅まで案内するんだって、朝から張り切っている。今朝のラジオ体操、たぶん祐輔に無理矢理引っ張ってこられたと思うけど、透さんも参加したそうで、その時、祐輔の家に九時半に集合ってことになったらしい。戻ってくるなり、約束の時間までまだ余裕があるというのに、れんげは、ずっとそわそわしっぱなしで落ち着きが無い。

「じゃあ、出かけてくるね!」

「はいはい、いってらっしゃい。気をつけてね」

 れんげが外に飛び出したとたん、白い帽子が光を放ったように感じ、私は目を細めながら見送った。

 ゴロベエ先生も高井和先生も、透さんの元気な姿を見て喜んだ、昨日のお詫び行脚。その帰り道で、祐輔が「明日は村案内だからね」と、強引に透さんのスケジュールを決めてしまった。私は、透さんの足のことを気遣い、「歩き回るのは、ほどほどにしなさい」って、祐輔に釘を刺したけれど、透さんは「足のことなら大丈夫。歩いたり、走ったりするのは問題無いんだ。それに、この村のことをもっと知りたいし」って、祐輔のわがままを快く受け入れた。一応、私も悪ガキたちの誘いを受けたのだけど、「用事があるから」と、みえみえの言い訳で断った。案内したい気持ちはもちろんあるし、昨日は雨だったから、れんげの具合が心配で付いて行った。だけど、今日はそうはいかない。悪ガキたちの主催する行事に、さすがに中学生の私が割り込んでは、みっともない。透さんも、本当は面倒くさいのに、きっと無理をして付き合ってあげるつもりなのだろう。村案内といっても、悪ガキたちにとってはほとんど遠足気分。いくら歩くのは問題無いからって、あっちこっち連れ回されたんじゃ、ちょっと可哀想だ。


 人口は百人足らず、わずか三十八世帯の小さな村。しかし、面積は意外に広い。人口が少ないこの村に学校ができたのも、校舎とグランド二つ分の広い土地が空いていたかららしい。試したことはないけれど、タイムトラベル域の縁に沿って一周するなら、たぶん、半日くらいは歩かなきゃいけない。大きな道は、メイン道路のたった一本しかない。けれど、小さな道は多く、複雑に絡み合っている。そこを子供たちの足に合わせて、隅から隅まで歩き回れば、かなりの時間がかかるだろう。

 お弁当、どこで食べるのか聞いていないけれど、奥野森か中山辺りかな。奥野森には、涼しい木のトンネルがあるし、中山の峠には、山百合の可憐な花が所々に顔を出している小さな原っぱがある。どこで食べても、今日は美味しいだろうな。ふと、悪ガキたちに囲まれ、なんやかんやと質問攻めに遭いながら、おにぎりを頬張る透さんの姿が頭に浮かんだ。次第に可笑しくなって、顔がほころんでくる。

 玄関の外から、れんげの姿が見えなくなると、近くで、せっかちなセミたちが少し早めに鳴き始めた。これを合図に、じわじわと暑くなっていく。

「さてと、練習するか」

 もうすぐ歓迎会。その前日は、ふくれもち作りの準備で登校日もお休み。今週は何かと忙しい。今日と明日は、ギターの練習をたっぷりして、明後日は、ふくれもち作りに備え、体をじっくり休めよう。一週間の予定がスムーズに立てられると、気分が良い。

 一昨日の父たちのミーティング、もしもあと一日、透さんが籠っていたら、歓迎会は延期しようか、という話が出ていたそうだ。予定通り開かれることになって良かった。あまり遅くなると、歓迎会って雰囲気は、半減しちゃうだろうな。そんなことを考えながら、私は背中で手を組み、もう一度伸びをした。


©Karin Sonoyama/Sakoyan


第八話 ジャックもレタスも、大丈夫。  七月三十一日



 今朝は十時半から公民館に集合している。明日の歓迎会の準備で朝から忙しい。五回目のゲストから、歓迎会は開かれるようになった。少し日を置いて開くのは、村の話し合いで決まったから。ゲストの気持ちが落ち着いた頃と、もっとも天候が穏やかな日を選んで、八月一日の金曜日、開始は夕方六時からと決まった。それから、野球バカトリオたちにとっては、この日は巨人が宿敵の阪神に大差で勝利する縁起の良い日だそうで、験を担ぐ意味も込められている。まあ、そんな験担ぎなど、私を含む村人たちの大半は、どうでもいいと思っている。

 歓迎会の日はいつも晴れ。夏休みが繰り返すようになって、夕立さえ一度も降ったことがない。涼しい風が時折吹いてくれるから、不快指数はたぶん七十くらいで一日中快い。村人全員が一カ所に集まるには、明日は最適の日であるのだ。

 ほとんどの人は、明日の朝から開始直前までの時間を、歓迎会の準備にあてているが、私たち「ふくれもち係」は一日前から準備をする。ふくれもちというのは岩柿村の名物で、もちという名が付いているけど、実態は、薄力粉をこねた生地に、アンコを詰めて蒸したまんじゅう。

 お正月とか誕生日など、お祝いの時に食べる縁起物ではあるが、観光地のお土産のような、しっとりとした上品なまんじゅうに比べたら、その味は素朴すぎて足元にも及ばない。だけど、やっぱりお祝いの席にはふくれもち。どんなに豪華な料理が並んでいようとも、その中にふくれもちが並んでいなければ、楽しい雰囲気は半減してしまう。私たち岩柿村の住民にとって、お正月の雑煮やひな祭りの菱餅以上に、欠かせないものなのだ。これを、中学と高校の女子全員、それに、ふくれもち作りの名人のキクばあちゃんが加わって、百個余りを作る。

 中学高校の女子全員といっても、この村には五人しかいない。高三の克子姉さん、高一の明代姉さん、中二の私に、中一の光子と由美。それでも、この人数でじゅうぶん足りる。前日から作業するのは、明日に備え、材料や道具を揃えておくため。本番のふくれもち作りは、明朝から一気に進める。

 日をまたいで忙しいふくれもち係ではあるけれど、みんな楽しんで作業をしている。毎回感じていることだけど、今日の気分は、子どもの頃、遠足の前日に感じた、あの、わくわく感に似ている。透さんにはちょっと悪いけど、なんてったって、明日は歓迎会というより、岩柿村のお祭りみたいなもの、なのだから。

「まだもう少し、時間あるわね」

 克子姉さんが、奥の部屋の掛け時計を覗いた。

「じゃあ、それまでおしゃべり!」

 と、明代姉さんが真っ先に台所の椅子を引くと、みんなはテーブルを囲むように次々と席に着いた。

 薄力粉が届けられるのは十一時頃。それまで、いつものように、おしゃべりをしながら時間をつぶす。

「透さんって、デザイナーなんだって?」

 克子姉さんが両手でほおづえをついて、透さんの話題を切り出した。

「うーん…、デザインの勉強をしてる、っては言ってたけど…」

 私は答えにとまどった。

「リーターよ、リーター」

 代わりに、キクばあちゃんが嬉しそうに答え、言い間違えた。

「リーターじゃなくって、フリーターでしょ」

「あれ、そうだったかね。やだねえ、フ抜けになってたよ。はっはっはっはっ」

「もう、ばあちゃんたら、チータといっしょになってるんだから」

 私が呆れていると、明代姉さんが手を叩たいた。

「ばあちゃん、うまいこというなあ!」

 初日の失神事件と、お世話係の家に閉じ篭って最長記録を更新したことで、透さんは気弱な人、というイメージがみんなに定着してしまった。もちろん、キクばあちゃんは本気で間違ったのであって、透さんのことをふぬけと皮肉ったわけではない。だけど、絶妙な言い間違い。笑点の三波伸介だったら、確実に座布団三枚はあげている。

「でもさあ、フリーターって言葉、なんかかっこいいよね」

「うん、やっぱりデザイン関係の仕事なのかな?」

 由美と光子が、克子姉さんの真似をして、ほおづえをついた。


「詳しくは聞いていないけど、デザインの仕事じゃないみたい」

 結局は私も、どんな仕事なのか解っていない。

「やっぱりそうだよねえ。どんなにひいき目に見たって、あの野暮ったい顔は、デザイナーには見えないもん」

「こらこら、明代、ちょっと言い過ぎなんじゃないの」

 明代姉さんの口の悪さを、克子姉さんは注意した。だけど、

「と言っても、まあ、あの汚い恰好は、デザイナーには結びつかないわね」

 と、苦笑いしながら付け足した。

「そういえば、電話で仕事を受けるって言ってたけどねえ。…ほら、シーちゃん、何電話っだったかねえ」

 キクばあちゃんは、拡声器用の呼び出しマイクを手に持つ仕草をしながら、私に助けを求めた。どうやら、透さんのことをさらりと庇っているようだ。

「ケータイでしょ」

 私が言った聞き慣れない単語に、

「ケータイ?」

 みんなが反応した。

「仕事がある時は、登録している会社からケータイに連絡があるって、透さん、言ってたっけ。あ、ケータイって、携帯電話のことなの」

「携帯電話!?」

 みんなは、たちまち目を丸くした。

「本当はね、携帯電話って言うらしいんだけど、略して携帯って呼ばれていたのが、いつのまにか訛って、ケータイって呼ばれるようになったんだって」

 透さんに教えてもらった豆知識を説明すると、克子姉さんがポンと手を打った。

「それって、いつかのゲストのお姉さんが自慢してた、移動電話のことじゃないの? 確か…そうそう、イケイケのお姉さん。一九九一年では、自動車に電話が積んであるって言ってたじゃない」

 由美と光子は、そろってうなずく。今まで、未来から訪れた人はたくさんいるのに、ゲストの話題になると、必ず出てくるイケイケのお姉さん。それだけ、あのお姉さんは、私たちに強烈な印象を残していった。まあ、それはともかく、

「ううん、違うの。透さんのケータイって、透さんが携帯できる電話なの」

 私は解りやすく説明してあげた…つもりだったけれど、かえって、みんなの思考を鈍くさせてしまった。

「もしかしたら、透さんって、お金持ち?」

 由美が、わざと期待に満ちた表情を浮かべる。

「そういえば、移動電話って、もの凄いお金持ちの人しか持っていないって言ってたわよね。ほら、彼氏の一人が大会社の社長の息子で、その彼が乗っている車に付いているって」

 克子姉さんが、また、イケイケのお姉さんの自慢話を思い出した。

「うーん…、移動電話とはだいぶ違うんじゃないかなあ。お金持ちかどうかは解らないけど、ケータイは誰でも持ってるって言ってたから」

「誰でも!?」

 光子が真っ先に驚いた。

「うん、小学生も持ってるって」

「小学生っ!」

 今度はみんなこぞって驚いた。そりゃ驚くに決まってる。悪ガキたちがケータイを使いこなしている、なんて姿を想像したら、驚かないわけがない。

「率直な疑問なんだけど…」

 ふいに明代姉さんが立ち上がった。

「どうやって、電話を携帯するっていうの?」

 と、左手で受話器を持つ真似をして、

「それに、コードはどうなっているの?」

 受話器のコードに、右手の人差し指を絡める仕草をしてみせた。そういえば、大きさのことはまだ話していなかったっけ。きっと、みんなの頭の中には、透さんが黒電話を抱えている姿が浮かんでいる。

「コードは不要なんだって。それに、大きさだってこれぐらいしかないの!」

 この前のゴロベエ先生がやったみたいに、両手の親指と人差し指で窓をつくり、大きさを示す。と、みんなは身を乗り出して窓を覗き込んだ。

「小さな…トランシーバーみたいなもの?」

「遠くの人とは話せないの?」

 光子と由美が不思議がった。

「私もそうなのかなって思ったんだけど、トランシーバーと違って、世界中どこからでも、どこにでもかけられるんだって。それに、番号をいちいち回さなくても、電話がかけられるらしいの!」

 それが現実の話しだと思わなかったのか、克子姉さんも明代姉さんも、由美も光子も、同じようにポカンと口を開けてしまった。

「はっはっはっ、便利なもんじゃろー」

 キクばあちゃんが、まるで自分のもののように得意げにうなずいた。

「ねえシーコ、そのケータイって、本当に誰にでもかけられるの?」

 明代姉さんの目が、急にキラキラと輝き出した。

「たぶん。透さんがそう言ってたから、かけられるんじゃないかな」

「じゃあ、その気になれば、ジャックにもかけられるのね」

 ジャック・ワイルドの大ファンは、とたんにときめいた。

「あ、じゃあ私はマーク・レスターにかける!」

「私も私もっ!  絶対マーク・レスター!」

 にわかファンの由美と光子が、続けて手を挙げる。

「ジャックもレタスも、大丈夫、大丈夫」

 キクばあちゃんは、さらにうなずく。

「やだあ、ばあちゃん、レタスじゃなくって、レスターよ。マーク・レスター!」

 由美が呆れる。キクばあちゃんは、かまわずうなずき続けている。それにしても、ジャック・ワイルドやマーク・レスターって、そんなに素敵なんだろうか。彼らの良さがまだ分からない私は、どうせなら、アラン・ドロンやジュリアーノ・ジェンマにかけてみたい。それからもちろん、吉澤先輩にも…。


 明代姉さんは、中一の時に「小さな恋のメロディ」という映画を見て以来、それに出演していたジャック・ワイルドにゾッコンになった。周りの女子たちがあいざき進也に夢中になっている時でさえ、ジャック・ワイルド一筋。リバイバル上映されるたびに映画館に通い続け、高二になるまでの四年間に、合計で七回も見たらしい。そんな明代姉さんに影響されて、光子と由美が夏休みが繰り返すようになる年の春休み、最後のリバイバル上映と銘打たれた「小さな恋のメロディ」を見に行った。そして、彼女たちは主演のマーク・レスターのファンになった。

 実は私も彼女たちに勧められ、その映画を見に行った。光子と由美が見に行った次の日のことだった。でも、直前で他の映画に変更になってしまった。れんげをいっしょに連れて行ったのが間違いだった。れんげは上映館の入り口で「こんな子供の映画は嫌だ! こっちのがいい!」と駄々をこねた。普通の小学生の女の子だったら、絶対に逆のパターンで駄々をこねるのに。おかげで、隣のブルース・リーの映画を見るはめになってしまった。

 次の週の日曜日に改めて見に行こうと思ったけれど、さすがにお小遣いが足りなくなって諦めた。この村から映画を見に行くのは結構大変で、映画館のある大きな町まで、バスと電車を乗り継いで二時間もかかる。短期間に何回も見に行ったら、交通費だけで映画代八百円を遥かに越え、予算オーバーになってしまう。そんな過酷な状況下、明代姉さんは七回も見に行った。その情熱は凄まじい。

 そういう訳で、私は未だに「小さな恋のメロディ」を見ていない。夏休みが繰り返しているかぎり映画館には行けないし、時間差電波に期待しても、テレビで放送することは、多分ないだろう。

 ジャックとレスターのファンたちが、歓喜の声を上げているのを見て、

「水を差すようで悪いけど、ゲストの持ち物、ここでは役に立たないってこと、忘れたの? だいたい、電話できたとしても、外国の映画スターが、一般人のかけてきた電話なんかに、出てくれるわけないでしょ」

 と、克子姉さんが非情にも指摘した。ううっ、確かにその通り。口には出さなかったものの、私もうっかり期待してしまった。

「もう、克子姉さんのいじわる!」

 明代姉さんがすねてみせると、

「店のは外国にもかけられるよ」

 キクばあちゃんが、あっさりと言った。

「電話を設置した時、電電公社の人が言ってたからねえ」

「そういえば、今の電話からだって、かけようと思えばかけられるんだった。国際電話」

 明代姉さんが思い出して手を打つ。しかし、

「どっちみち、外には通じないよ」

 ふたたび克子姉さんが指摘した。私たちは肩を落とし、ため息をつく。今のこの村からは、国際電話どころか、近くの町の市外局番にだって通じない。通話が可能なのは、タイムトラベル域内に限られている。明代姉さんは両手を広げ、わざとオーバーなポーズで首をすくめた。キクばあちゃんが笑い出すだすと、私たちにも次々に感染し、台所が笑い声で溢れた。

「薄力粉、もらって来たぞー」

 青年団の清行兄さんが玄関口で声を上げた。薄力粉は、運搬係の清行兄さんたちが、村の家々から少しずつ集め、公民館へ運んできてくれる。おしゃべりで盛り上がっていた私たちふくれもち係は、割烹着を身につけ、慌てて表に出た。

 歓迎会の準備には、住民総出であたる。たとえばお父さんたち男性陣は会場づくり。座布団やテーブルを並べて、会場の中学校の講堂を宴会場に変える。中学生以上の男子と青年団は運搬係。小学校や公民館、各家々から必要なものを運ぶ役割。お母さんたち女性陣は料理係。歓迎会の食べ物は、ふくれもち以外はそれぞれの家でこしらえたものを持ち寄よることになっているから、普段は曖昧に料理を作っているお母さんが、この日ばかりは気合いが入る。小学生たちも、会場周辺の掃除をしたり、お父さんたちを手伝ったり、積極的に準備に参加してくれる。みんな、嫌々準備しているわけではない。歓迎会といっても、私たちにとってはお祭りみたいなものだから、だれもがわくわくしながら役目をこなしている。もちろん、ふくれもち作りもそうだ。明日の生地をこねる作業だって、とっても楽しい。

 清行兄さんと和則が、軽トラックの荷台から、どんぶりや茶碗に入った薄力粉を並べたトレイを、すでに降ろし始めている。

「キーボーにカズ、いつもごくろうさんなあ」

 キクばあちゃんが、私たちの後ろから二人をねぎらった。

「なあに、明日はお祭りみたいなもんだから!」

 清行兄さんは胸を張った。明日の期待感は、やっぱりみんな同じなのだ。

「お祭りの準備ほど、楽しいもんはないもん。なあ和則」

 清行兄さんが和則の肩をたたくと、和則は眠そうな目をこすりながらうなずいた。みんな張り切っているというのに、こいつだけは全然覇気が感じられない。どうせ、エッチなハガキのことしか頭に入っていない。

「あんた、また夜更かしして、鶴光にハガキ書いてたんでしょ」

 私は軽蔑のまなざしを浴びせる。

「へ、変なこと言うな! シーコ!」

 と、和則はしらばっくれる。

「和則くーん、夜更かしばっかりしてたら、また鼻血吹き出して、今度は止まんなくなっちゃうわよーん」

 すかさず、明代姉さんが色っぽい声でからかった。口をパクパクさせて反論しようとした和則だが、多勢に無勢と悟ったのか、顔を真っ赤にして、むくれたまま黙ってしまった。

 和則は、毎週土曜日の深夜に放送されている、鶴光のオールナイト・ニッポンにはまってて、リクエストコーナーにハガキを投稿するのを生き甲斐にしている。リクエストコーナーといっても、子守唄代わりの素敵な唄をリクエストする、といった可愛いものではない。落語家の鶴光が「乳頭の色は?」や「今日はネグリジェ着てまんの?」を連発する、ドスケベたちに大受けしている番組だから、全国から投稿されてくるのはエッチな話ばかり。和則も、くだらない創作小話をせっせと書いては、いつか鶴光にハガキを読んでもらうのを夢見て、毎週投稿している。たぶん、ハガキは放送局に届くことは無い。そのことは和則も分っているくせに、夏休みが繰り返すようになってからも、ずっと投稿し続けている。まったく、バカに付ける薬は無い。できるなら、私の友達、美香子の彼氏の爪の垢を煎じて、たっぷり飲ませてやりたい。その素敵な彼氏と、小学校の時から仲が良いっていうのが、どうも腑に落ちない。まあ、投稿に関しては、しょうもない夢ではあるけれど、懲りずに続けているその根性だけは、誉めてあげてもいい。

「器はいつも通り、玄関前に出しといて」

 そう言って、清行兄さんは軽トラのエンジンをかけた。

「それじゃ、ばあちゃん、あとよろしく! みんなもがんばってな!」

「はーい!」

 私たちがお茶目に手を振ると、助手席の和則が、両手で左右の目尻と頬を摘み、いかにも憎たらしくベロを出した。…やっぱり、誉めてあげるのは撤回しようと思う。


 大きめの四つのボールをテーブルに並べ、その中へ、茶碗に入った薄力粉を次々に移し替えていく。その上に布巾をかぶせ、薄力粉の準備はこれでオッケー。後は蒸篭やら大皿やら、明日使うものを洗っておく。一通り作業が終わったのは、十二時ちょっと前。その後は広間でお昼ご飯。キクばあちゃん特製のおにぎりを食べる。毎回、差し入れ代わりに私たちの分まで作って来てくれる。これが実においしい。

 キクばあちゃんのおにぎりは、団子のように丸い。全体をとろろ昆布で覆っている。中身はおかかと細かく刻んだタクアン。このおにぎりを食べることが、ふくれもち係の楽しみの一つになっている。

 午後の作業は二組に分かれる。一組はふくれもちの中に入れるアンコ作り。本来なら、アンコと生地は一緒に作る。だけど、ふくれもちの数が多いから、今日のうちに作っておく。明日の朝、一斉に生地作りに取りかかるためだ。もう一組は、ふくれもちの下に敷く、ふくれもちの葉っぱを摘みに行く。

 アンコ作りはキクばあちゃんと克子姉さんと明代姉さん、葉っぱ摘みは私と光子と由美の担当だ。

 村を流れる二つの川のうちの一つ、もちこし川の上流あたりに、ふくれもちの葉っぱはたくさん生えている。上流といっても山奥ではない。もちこし川は、遅れボタルが生息する奥野川と違って短く、川幅も、私が簡単に飛び越えられる小川。上流は、キクちゃん商店の裏の山道を二百メートルほど登ったところにあって、徒歩で約十五分で辿り着く。私たち三人は、いつものように編みカゴを抱え、そこへ向かう。


 私の背よりも低い小さな滝が、せせらぎを奏でいてる。そこを過ぎると、もちこし川源流がある。幅が三メートルほどの水たまり。真ん中あたりに清水が湧き出ている。水たまりの回りに、ふくれもちの葉っぱが群生している。つやのある葉っぱが、ところどころ、木漏れ日を照らして輝いている。そこに羽を休めていた可愛い糸とんぼたちが、静かに舞って私たちを出迎えてくれる。

 糸とんぼは、虫嫌いの私が許せる二つの虫のうちの一つ。飛んでる姿が可愛い。もう一つは遅れホタル。しかし正確には、ホタルは近くに寄ってこられてはちょっと困るので、唯一、心を許している虫は、実際はこの糸とんぼだけ。

「さあ、始めようか」

 私たちは、早速、ふくれもちの葉っぱを摘み始めた。ツルさえ枯らさなければ、葉っぱは次の夏休みにはしっかり元に戻る。だから、摘むときはツルを折らないように優しくもぎっていく。予備も含めて一人四十枚の葉っぱを摘む。合わせて百二十枚。歓迎会以外の日でも、時々、ふくれもちを作っているキクばあちゃんのために、ほどよい形の葉っぱをいくらか残し、次々に摘んでいく。

 ふくれもちの葉っぱは、可愛い実をつけたツル植物。もうずっと青いままだが、その実は、秋になると鮮やかな赤に染まる。本当の名前は、サルトリイバラというらしい。けれど、村では昔っから、ふくれもちの葉っぱは「ふくれもちの葉っぱ」と呼ぶ。葉っぱ一枚を指しても「ふくれもちの葉っぱ」。葉っぱをたくさん付けたツル全体を指しても「ふくれもちの葉っぱ」と呼ぶ。形は桃を真横から見たようで、可愛い。こぶし大のふくれもちの下に敷くのにちょうど良い。さらに、蒸し上がったときの見栄えも良い。

「シーコさん」

 しばらくして、由美が囁くように声をかけた。光子が私の左肩を指差して、にっこり笑っている。

「あ…」

 いつのまにか、糸とんぼの一匹が私の肩に止まって、ゆっくりと羽を動かし、開いたり閉じたり、静かに繰り返している。まるで私たちを労って、「お疲れさん」と言っているように思えた。この夏は、何か良いことがあるのかも。ふと、そんな気がした。



第九話へつづく…


Illustration  SAKOYAN


この本の内容は以上です。


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