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かけ算はまとめる

かけ算はまとめる

 
 さて、本当は、ここで0(ゼロ)の発見っていう話を入れるべきなのかもしれません。たぶん、すごく大切なところです。が、引き算の話と一緒にパスしちゃいます。
 なんだか面白くなさそうだから、勘でパスするんです。
 ま、実のところ0は便利ではあるんですよね。0,1,2,3,4,5,6……。こういう文字を使って数を表すやつをアラビア数字とか呼ぶわけですが、ここでは(複数桁の)特定の桁にゼロを入れることができるってことが、いろんな点で便利になってるんです。日本語で五万八千九百四十二とか書くと、数の塊はイメージしやすいんです。けれど、五万九百四十二なんて場合に、千の桁が抜けていることを後から考えないといけません。五万零千九百四十二って、あえて書けばいいのかもしれませんが、それも鬱陶しい。足し算するのも面倒だ。あんなことこんなこと、ゼロはとっても便利なのです。でも、その話はこれくらいでパス(この後、ちょこっと出てきますけどね)。それだけで一冊の本になってたりもしますし、興味がある人はそういうのを探しましょう。
 
 で、かけ算です。
 こいつがどうやって出てきたのか、よく知りません。
 推測ですが、最初は気づかずに使ってたんじゃないか、と思うんです。
 変な話ですけどね。最初のかけ算は、それと知らずに使っていたのだ、と。たぶん、ですが。
 どういうこと?
 つまり、数の数え方(えーと、並べた物に言葉を対応させてゆく、という意味の「数え方」のことです)の限界突破についての話になってゆくんでありますよ。
 つまりです。
 並んだ物に順番に言葉を対応させてゆく、ってやり方だけだと、今の数の概念で使われているところの「桁」とか「位」って方式が含まれないんですよ。これ、すげえ不便です。つまり、たとえば一万まで数を数えようと思って、桁の概念がないとしたら、すべて異なる別々の言葉を、順番ごとに全部覚えておかなければならないんですよ。
 そんなん覚えられっこない。たとえ作った自分が覚えても、他の人が覚えてくれなかったら役に立たない。
 英語なんかだと、そのややこしさが残ってます。
 わん、つー、すりー、ふぉー、ふぁいぶ、しっくす、せぶん、えいと、ないん、てん、いれぶん、とぅえれぶ、さーてぃーん……。
 なんか、「めんどくさっ!」って感じ。十でひとまとまりになってない言葉なんですよね(かわりに最初だけ十二でひとまとめにしてる)。その点日本語は、桁ごとに言葉が整理されてますなあ。じゅういち! とか、ごせんさんびゃくにじゅうはち! とかね。漢字にします。「十」「百」「千」「万」ここで一区切りで、「十」から「千」までは再利用。「千万」の上が「億」、「千億」の上が「兆」とどんどん続くのが論理的で嬉しい(これは中国のやり口?)。
 ちょっと本論から話がずれました。
 
 これが「かけ算」とどう関係しているかというと、つまり、「桁が上がる」というのは、数をひとまとめにして処理した、ってことだからなのです。
 この、「ひとまとめにして処理する」というのが、そもそものかけ算の基本的考え方になるのですね。
 だから、桁上りがかけ算より先にあった、という保証はないのですが、考え方の根っことしては同じであるわけ。漠然と思うのは、数の数え方の拡張として桁の概念が発生して、そこにかけ算の基礎が隠れていた、ってことなんじゃないのかな、って感じです。
 
「やあゲンちゃん、ひま?」
「それがヒマじゃねんだよ。相談にのってくんねえ?」
「なになに」
「数ってやつさ。どうも言葉の並びじゃ面倒だからさ、いいこと考えたんさ」
「いいことって?」
「指だよ。指。言葉じゃなく、指で数えたらいいんじゃねえかと思ってさ。数えたぶんだけ指を曲げてくと、その場所で数ってことになるべえよ」
「おお。そうだなあ」
「けどよお、これだと指の本数と同じだけしか数えられねえ。な、ここにある栗を指で数えべえと思ったんだけど、足りねえのさ」
「そりゃそうだ」
「なにかいいこと、お、そうだゴンちゃん、おめえの指を貸してくれや」
「いいよ。それで足りるかねえ」
 原始人のゲンちゃんとゴンちゃんには、よく分かってないでしょうが、ただ単純に指を借りるんではふたりで二十までしか数えられません。しかし現代人の我々はもう知ってます。そのやり方で、ふたりで百(本当は百十)まで数えられるんです。
「うわー、ふたりぶんの指じゃ数えられない」
「お、そうだ。いいこと思いついた」
 つまり、ゲンちゃんが十まで数え終わったら、ゴンちゃんに指を1本折ってもらいます。ゲンちゃんの指はリセット。また最初から指折り数えてゆきます。それが数え終わったらまたゴンちゃんの指をひとつ折ってもらう、という感じですね。で、これが現在の数字の作り方。十で桁上りするので十進法と呼ばれますな。
 もし指じゃなくて腕でやったらどうなるでしょう。2まで数えたら隣のゴンちゃんの腕に桁上り。ということで、二進法と呼ばれるようになるのです。これはコンピュータの基礎の……なんて話はまあいいや。パス! このへんにはややこしい問題も隠れてます。本によってはそっちを大切にしなくちゃならない場合もありますが、ここではそれもパス。
 
 なんとか数をまとめる、ということの意味は分かったかと思います。
 あとは、いくつごとにまとめるかを変えてやるだけで、かけ算という考え方にたどりつきます。
 この、まとめて数える方式は、並べ方として考えてやることもできます。つまり、
 
 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ を、
 
 ○○○○○○○○○○
 ○○○○○○○○○○ こう並べてやる。十がふたつ並んでるわけですね。
 でも、十ずつ並んでるのは、人間が直感的に見分けるには多いような気がします。そこで、
 
 ○○○○○
 ○○○○○
 ○○○○○
 ○○○○○  こんな風に並べてやる。
 
 同じ二十でも、なんとなく直感的になってきました。ただしもちろん、これはかけ算九九を知っているからこそ、二十という数がすぐに分かるのです(分かるというのとは本当は違うんです。実は単に、答えを知ってるだけ)。
 まとめてやる、という話はこのへんにしておきます。
 あとはかけ算というのをいかに効率的にやるのか、という計算技術になります。ま、基本は「覚えておく」だったりします。うわあ、なんだか泥臭い。でもまあ、九九ってのを覚えてなきゃどうにもならんわけですよ。かけ算なんてものは。極端な話、どこまでだって答えを覚えておけば、本当の意味で計算なんてしなくてかまわんのです。それは無駄すぎるので、なるべく少なく覚えておくようにしよう、というのが九九の基礎ですな。
 しかし正直なところ、九九も半分くらいは覚えるの無駄な気もしますね。
 
 ということでかけ算が終わり、になるといいんですが、実はいよいよここからが本番。
 かけ算は、まとめて数える方法として考案されたには違いないのですが、ここでとても大切な考え方が出てきているのです。
 ここのところ、すごく混乱しやすいところなので、間違ってはいけないのでていねいにやってゆこうと思います。
 では、節を改めましょう。