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最初の計算は足し算でしょう

最初の計算は足し算でしょう

 
 さて、数とはなにかを比較する時に便利になるように考えられた方式であります。並べておいて順番に言葉を対応させていって、その言葉が数(文字で表したら数字)ってことになります。
 ってことだったんですが、ここで大切なのは、基本的に同じものを比べる時に、数は使われるのだ、ということです。ぜんぜん違うものを比べるなら、数なんかよりもっと重要な項目があるはずなんです。使い道であるとか、味であるとか、食べたら死んじゃうとか、そういうふうに、数で比べるより大切なところ、あるもんなんですよ。
 でもまあ、同じものである時に限っては、いろんな細かい違いはあるとしても、数で比べるってことに意味が出てくるんですよね。
 あー、とても大切な点をあえて無視してますが、それに気づいた人、ここは黙って通り過ぎましょう。たぶんそのこと、後でやります。善処します。
 ここはひとまず、数は同じものを比較する時に使うのであった、ということにしときましょう。お願いですからそうしておいてください。
 で、同じものを比べてたら、混ざってしまうこと、ありますわな。混ぜてしまったら、数が変わります。元の数をきちんと覚えていれば、元の数に分けることもできるでしょう。
 
 「○○○○」--これと
 「○○○○○」--これを比べてたら、
 「○○○○○○○○○」--わあ、混ざってしまった。
 でもでも、えいやっと、覚えていた「○○○○」を取り分けて、
 残った「○○○○○」とに分けられました。
 
 はい、これで足し算と引き算の主な考え方が終了しました。
 同じものを持ってきて、混ぜ合わせてやるのが「足し算」。なにか数がある時に、ふたつの数字を混ぜ合わせてできたとすれば、どういうふうに考えられるのか、ってとこから引っ張り出されてくるのが「引き算」と。
 いやいや、「引き算」については異論もあるでしょうね。別の道を通って引き算が考え出された可能性も小さくありません。
 けど、話の都合で今回は、引き算は、足し算しちゃったのを元に戻すために使うのだ、ってことにしといてください。
 こんなまだるっこしいことを書かずに数式で書いてしまえばいいですな。
 
 4+5=9
 9=4+5  もしくは、 9-4=5
 
 馬鹿にしてるわけじゃないんですがね、こんな簡単なことを言葉できちんと「説明」しようと試みると、なんだかややこしくなっちゃうんです。
 で、この説明を見て、前回の原稿をちゃんと読んだ人は「あれ?」と思うかもしれません。
 だって、前回の説明では、原始人のゲンちゃんとゴンちゃんが●と○で比較してたじゃないか、と。それって、「違うもの」を比較してたことになるんでねえの?
 そうなんですよねえ。
 このあたりに数の魔法的な性質がにじみ出てきちゃうのです。
 繰り返し、「数で比べるのは同じもの」と言ってるくせに、違うものを比べることもできてしまうんですよね。ただし、その場合でも、数にして比べることができるのは、同じものに限ってしまうのですよ。
 なんじゃそりゃ、と。
 同じじゃなくても同じ?
 筆者が馬鹿で混乱してるんじゃねえの? あー、完全には否定しきれませんが、今回は混乱しているのではありません。
 つまり、数ってのは、より詳しく言うならば、なにか比べるべきものの、同じである部分を取り上げて(抽出して)数えて作るのだ、ってことなんです。(ここ、さっき無視して通り過ぎた説明の答えになってるかもしれません。不足ぶんはさらに後回し)
 前回の原稿を読み直してみてください。原始人のゲンちゃんとゴンちゃんが比較しているのは、たしかに白と黒ではありますが、どちらも貝で、しかも「同じくらいおいしい」ってことわってありました。
 だから、同じおいしい貝ということで、数の比較が意味を持ったのです。
 さっきの足し算を○と●にしてみましょう。
 
 「○○○○」+「●●●●●」=「○○○○●●●●●」
 どちらもおいしい貝の足し算です。
 ところでここで、ゲンちゃんがこう考えます。「どっちも同じくらいうまいんだが、せっかくだから両方の種類の貝を食いたいねえ」と。そこで、混ぜ合わせてしまった後で、白黒両方を持ち帰ることにしました。
 「○○○○●●●●●」-「○○●●」=「○○●●●」
 厳密には最初の時と違うんですが、それでも数式にしちゃえば 4+5=9 9-4=5
 どちらも同じくらいおいしい貝なので交換可能である、という前提で成立する式、ってことになるわけです。
 ここで「交換可能」っていう考え方、出てきました。
 もちろん、数にはいろんな発生させかたがあるわけですし、それによって変わります。前回の話で「基準」とか「単位」とかってことにこだわりましたが、そこんところとつながってきます。
 数を使う時には、まず単位が統一されなければなりません。そこで単位を統一できると、対象となるなにかしらは「交換可能」となります。そうでなければいけないのです。微妙にニュアンスが間違ってますが、「等価交換」ってやつ。
 
 マンガでありましたっけ。『鋼の錬金術師』って作品。作中でやたらと「等価交換」っていうルールが引き合いに出されます。マンガの話ですし、細かいツッコミをするのは野暮ってもんですが、最初の頃この作品を読みながら思ったのは、「じゃあ価値ってどうやって決めるんだい?」ってことだったりしました。価値を比較するには、なんらかの方法が必要です。それが「同じ」だってことを言えるようにするなら、極論すると、数字にできるってことです。数字にできるためには、そのためのなんらかの「単位」「基準」が必要になります。
 一般的に、こういう「価値」はお金、金額なんですよね。それ以外に、たいていのものを数にしてしまえる方法が、今のところありません(質量とかそういうのは、あまりに普遍的なので「交換」する基準には使いにくい面があります。今はこれでご勘弁)。でも、マンガでは金銭的な価値ではないものが扱われているような印象も(微妙ですが)あります。また、等価交換というルールが、人の印象では崩れるようなケースも発生しているようです。ひょっとしたら、なにか見たこともない「単位」が出てくるんじゃないかと、ちらっと期待してしまったりもしたのでした。
 結局『鋼の錬金術師』は、そういう面倒な領域には踏み込むことなく、多くの読者をうまいこと感動させて終わってしまいましたが。
 
 ともかく「交換可能」という考え方が「数」の基本(裏側)にあるわけですね。
 そうして、「交換可能」の時にだけ、足し算が有効になるのであります。
 数という概念が発生したのとほぼ同時に、足し算の基礎ができたに違いあるまい、と思います。このへん、強引に主張しておいてもいいかもしれません。
 どのみち記録も残らない遠い昔の話ですから、反論するのも難しい。
 もちろん、この考えが正しいってことも、全然証明できないんですけれど。
 ま、いいや。
 ○と○を持ってきて並べたら○○になった。そういう状況を、1と1を持ってきて2にした、と思えるかどうかってのが1+1を2にできるかどうかの分岐点なんですね。
 分かりましたかエジソンくん?