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12.闇金との決戦

闇金8社の内、4社が過払いで、1社がゼロ、3社に残債務が残っていた。

 

早速、猫さんにアドバイスを貰い、例のご通知を作った。

 

過払い4社には例のご通知を送り、債務ゼロには内容を少し変えて債務ゼロでの和解の通知を出した。

 

再計算しても残債務が残る3社には「今まで支払った金額を元金充当した残りの債務を少額の分割支払いで」という内容に変えて通知をした。

 

8社全てに一気に郵送したので、相手からの反応は一気に来ると予想されたが、直ぐに反応して来た業者は2社だった。

 

「こんな事言われてもウチは飲む気がないよ」

 

「そこに書いてある通りに法律的には払い過ぎているので、返せとは言わないからゼロ和解して欲しい。条件を飲んでくれなければ警察に行くだけだよ」

 

「本当に苦しいの?」

 

「本当だよ。オタクと同じ業者が他にも7社あるし、銀行や商工ローンだってあるから」

 

「そうか・・・・本当にゼロ和解したら警察に行かないか?」

 

「こっちも借りた時は本当に助かったから、ゼロ和解して預けてある小切手を返してくれたらソレでいい」

 

「分かった。和解書送るからそれに印鑑押して返してくれ。小切手は今日中に郵送する」

 

「どうもありがとう」

 

もう1社も同じような感じだった。

 

電話で話した時間は20分程度。たった20分の電話で200万の借金が消えた。

 

他の過払いの1社なんぞは、あまりにも何も言ってこないから、こちらから電話をしたら

 

「良く分かりました。ウチはこれでいいですから」

 

っと、丁重な口調でゼロ和解に応じた。こちらは5分も掛かっていなかっただろう。

 

ゼロ和解1社が少し抵抗したが、翌日にはゼロ和解に応じてくれた。

 

残債務が残る3社は全てが

 

「今日じゃなくてもいいからもう少し話し合おう。もう無理な取り立ても手形を回すこともしないから」

 

と、交渉の土台に乗ってくれた。


吉田猫次郎、恐るべし。

 

私は人生で初めて、本気で人を尊敬し、心から感謝した。


 

朝から始めて時間は既に夕方だった。外に出てたら本当に綺麗な夕日が目に入った。

 

こんなにはっきりと夕日を眺めたのは久しぶりだった。

 

無意識には感じていたのだろうが、心にそんなそんな余裕が無かったのだろう。

 

真っ暗な暗闇の先から小さな光が見えた。まだ本当に小さな光だけど、それは今までに見たこともない明るさだった。


 


13.商工ローンとの戦い

闇金が終わっただけで、まだ多くの問題が残っている。

 

次は商工ローン2社だ。

 

両方とも手形を預けてあるので、これも早急に対応しないと期日が来る。

 

当時は商工ローン相手に、利息制限法での引き直しによる過払いを請求するなんて弁護士でさえ、逃げ出す案件だった。

 

ただ、「腎臓売れ!肝臓売れ!」の事件から、悪質な商工ローンに対して、極少数だが有志の弁護士達が立ち上がっていた。

 

私は猫さんの知り合いの弁護士から、商工ローン対策弁護団の資料を譲り受け、ソレを元に過払い訴訟に踏み切る事にした。

 

ウチはこの2社とも、9年のつき合いがある。

 

コレだけの取引期間があれば過払いの可能性は十分あった。

 

しかし、当時の商工ローンは過払いを真っ向から否定していた。

 

よって、今のように商工ローンから取引履歴を取り寄せる事は不可能だった。

 

だから、自身で9年間の履歴を利息制限法に引き直し、訴状を書かなければならない。


ラッキーだったのは父の唯一の長所である几帳面という事だった。

 

この2社との取引書面をご丁寧に全て取って置いてあったのだ。

 

ただ、他の領収伝票と一緒に保存されているので、まずはコレを集めて時経列順に並べる作業が大変だった。

 

そしてソレを利息制限法での引き直し計算をし直す為に、専用ソフトに入力していく作業も、単純作業だが9年分はさすがに堪えた。

 

仕事が暇とはいえ、日中は現場で仕事をして夕方~夜に入力するという作業が続いた。

 

過払いにはなっているだろうと予測は出来ていたけど、それがいくらであるかはっきりしないと次の一手が打てないのである。

 

そして、利息制限法の金利に引き直した結果、驚く数字がPC画面に映し出された。

 

S社は過払いが1200万円。
N社の過払いは1400万円。

 

今現在のS社、N社への債務残高は各1000万円づつ。

 

2000万円借金があると思ったいたら、2600万円も払い過ぎていたのである。

 

この過払いには、私が夢見ていた、最高なモノも付いていた。

 

過払いだという事は、債務が存在しないという事でもある。

 

債務が無いという事はソレの連帯保証も無くなるという事になる。

 

この2社の借入に私と父・母の他に弟、義理父、取引先の社長、父の知人が連帯保証人となっていた。

 

正直、過払い金なんてどうでもよかった。

 

私の一番の望みは、私と父以外の連帯保証人を外す事だった。


私は猫さんと作戦を練って、まずは特定調停でこの2社の動きを停めて、その間に訴状を作成して一気に過払い返還請求訴訟(不当利得返還請求訴訟)に踏み切る計画を立てた。

 

コレは手形の期日が迫っていて、訴状を作成する時間がないので、その時間稼ぎをする為に特定調停を利用し、特定調停の事前措置が通れば特定調停期間中は手形を取り立てに回せなくなるという法律を利用する為だった。

 

ただし、この方法は猫さんも使った事がなく、知り合いの弁護士も理論的には可能だが、実績が少ない為、ある意味、やってみないと分からない状態だった。

 

しかし私には考えている時間が無かった。

 

闇金を撃破した勢いも手伝って、商工ローン2社に対して東京簡易裁判所へと特定調停を申請した。

 

東京簡易裁判所を選んだのは、当時、特定調停自体が始まったばかりで、経験件数の面で東京簡裁を選んだのだ。


闇金は短期間でケリが付いたが、商工ローンは長い戦いになると覚悟はしていた。

 

しかし、この戦いが非常に困難でこれほどまで長い戦いにになるとは思ってもいなかった。

 


14.特定調停と事前措置

特定調停では過払いは請求しない。

 

過払いが認知された今では特定調停でも過払いを請求出きるようになったが、当時は特定調停での過払い請求は認めていなかった。

 

よって、私は少額での分割支払いの請求にした。相手に過払い請求をするという事を隠したかったのと、相手を特定調停の土俵に乗せないと時間稼ぎが出来ないからである。

 

特定調停は「調停」という名の通り、あくまでも双方の話し合いで決める事で、それを裁判所(調停委員)が仲介に立つというシステムだ。

 

よって、相手が特定調停を拒否する事も可能なのだ。

 

そして、特定調停を申請した債務者を債権者は許さない。

 

直ぐに回収に入り、連帯保証人へと手を延ばす。

 

また、手形を渡してある商工ローン相手には特定調停の事前措置という申請もしないといけない。

 

コレは特定調停中に調停を妨げる可能性がある取り立てを裁判所命令で停止出来るというシステム。

 

コレに背いても10万円程度の罰金で済むのだが、金融機関にとって、裁判所の命令に背くという事は、最低でも営業停止の行政処分対象になる為、効き目は十分にある。

 

ただ、事前措置による手形の停止は猫さんも初めての経験で、かなりハードルが高いと聞かされた。

 

しかし迷っている暇は無かった。

 

書類を用意し、霞ヶ関にある東京簡易裁判所へと向かった。

 

特定調停の申請は簡単に済んだが、やはり事前措置は直ぐにOKが出ず、翌日に裁判官との面接後に結果が出るとの事だった。

 

最初の手形の期日は4日後だった。

 

翌日も霞ヶ関まで片道2時間を掛けて、裁判官との面接に望んだ。

 

色々と壁はあったが、何とか裁判官をねじ伏せて事前措置を認めてもらった。

 

帰ってからS社とN社に特定調停の受理書と事前措置の受理書をFAXした。

 

コレは裁判所から書面が相手に届くタイムラグをなくす為で、手形の期日が迫っている対策として必要だった。

 

両社の対応は紳士的だった。「裁判所で会いましょう」という感じで、少し拍子抜けした。

 

私は戦闘開始と共に、つかの間の休息が出来ると安堵した。


しかし、その安堵を恐怖に変える出来事が起きた。


事前措置で止めたはずのN社の手形が取り立てに回ってきたのだ。

 

「オメー、手形は止められるんじゃなかったのか?オマエが大丈夫だからと言ったから信じてやったのに」


父は狼狽え、私に罵声を浴びせた。


「どうにかしろ!不渡りになったらオマエのせいだ」


父も納得しての特定調停であり事前措置だった。


年のせいもあるが、全ての手続きや猫さんとの打ち合わせも私に任せっきりで

 

「俺は年だから、良く分からない」

 

っと、私が仕事終わりから始める書面作りも手伝うそぶりも見せず、毎日18時には家に帰っていた。

 

そんな身勝手な行動も、人任せな言動も、私は受け入れていた。

 

そもそも商工ローンも銀行も私が連帯保証したのは、私が経営の実権を握る前の事で

 

「ここにサインと実印を押せ」

 

の一言だけで、数億円の連帯保証人にさせれた。

 

それでも、私はコレを自分の借金だと思い、自分で何とかしようと考えていた。

 

ソレは父ではなく、私を信用して連帯保証してくれた義理父や取引先の社長に迷惑を掛ける事は出来ないという一心だった。

 

そんな思いも知らず、父は私に責任だけを押しつけ、成功だけを自身の功績としていた。

 

しかし、私は怒って放り投げる事は出来なかった。

 

私を信じてくれた人達の為に。


直ぐにN社に電話をし


「事前措置で手形は取り立て出来ないはずだけど」


っと、抗議をした。


「すいません。こちらの手続き上の関係で手形が回ってしまいました。今、依頼返却の手続きを取っていますから、午後には下げられると思います」

 

後で分かったのだが、コレはN社恒例の脅しだった。

 

「特定調停なんてやったって無駄だよ」

 

っという、手形という零細企業にとっては命を握られている最強の武器を持っているんだぞという脅しだ。


狼狽える父に説明をして、私は現場周りの為に外へと出た。

 

この時、既に私は父と同じ空間にいる事が耐えられなかった。

 

爆発しそうな気持ちを押さえる為には、彼(父)の顔を見ない事が唯一の方法だった。

 


15.手形の止め方

特定調停と同時にもう一つ、手を打っていた。

 

それは当座がある銀行に対して指定手形の決済の無効の手続きだ。

 

コレは「裁判所から手形決済差し止め命令が出ているのだから、万が一、その手形が回って来ても決済するなよ」という手続きだ。

 

正直、コレは特定調停よりも大変だった。

 

まずは銀行に説明をしなければならず、「特定調停をしている」というだけで金融機関への信頼度はガタ落ちになる。当座も解約されてしまう恐れもある。

 

また、止める手形の1枚に対して1枚の申請書となるので、数十枚ある手形を止めるのに手形と同じ枚数の申請書が必要だった。

(実はコレが一番大変だった・・・)

 

田舎の支店では殆ど、取り扱った事のない事例だったので、担当者は副支店長が対応してくれたが、本部とのやりとりをしながらの手続きとなった為、時間も掛かった。

 

「申請通りの手形であれば止められますが、裏書きなどされて第三者からの取り立てという事になると、ソレが善意か悪意かという判断が出来兼ねますので、当行としてはその手形を止める事は出来ません」

 

要は、S社やN社から直接回ってきた手形なら止められるけど、両者が第三者に手形を譲って、その第三者が事情を知らずに回して来たら、取り立てを止める事は出来ないという事だ。

 

正直、大した効力があるとは思えなかったが、手探り状態で始めた事なので、出来る事は全てヤっておきたかった。

 

案の定、前記のN社の脅し行為の際、裏書きされた手形が第三者(大手銀行)から回ってきた時、副支店長から大慌てで電話が掛かってきた(笑)

 

私はどうしても当座を解約したかった。

 

だから副支店長に最終に切った手形の期日が過ぎた時点で当座は解約されると聞いた時には、この手続きをやった甲斐があったと思った。

 

しかし父はどうしてもこの当座を守りたかった。

 

既に借入先全ての返済を止めている為に他の当座は全部解約されていた。

 

この銀行だけが借入のないところだったので、唯一残っている当座だったからだ。

 

この件でも父から罵倒された。


「当座が無くなったらどうするんだ!?手形が切れなければどうやって仕事をして行くつもりだ!?」

 

父はこの後に及んでまだ手形で仕入れの支払いをしようと考えていた。

 

既にウチは「いつ潰れるか分からない」と噂が広まり、大きな仕事など期待出来ない状態だった。

 

でも私はコレがチャンスだと思っていた。

 

小さな仕事からまた初めていけばいいし、小さい仕事ならこっちのリスクも少なくて済む。

 

「会社が潰れたらオマエの責任だからな!」

 

闇金から始まった債務整理は常に私が行ってきたのは確かだ。

 

しかし、実行する前に父には必ず確認を取って、了解を得てから行って来た。

 

「俺は分からないからオマエに任せる」


父はいつもこう言って私の問い掛けに答えてきた。


この時も今現在も父が代表取締役だ。
(父は未だに社長という地位を捨てきれずに、仕事など全く無いにも関わらず、現在もこの会社を続けている)

 

一代で築いてきた事に対しての敬意と、社長としてのプライドを傷つけないようにと考えた上での行動だった。


この時既に、私は父からの罵倒に対して何も感じなくなっていた。

 

既に止まる事など出来ないところまで進んで来た。

 

何がどうなっても、ウチには進むしか道は無い。

 

父に何を言われようとも、もう止まる事は出来ないのだ。


16.特定調停・第一回目

特定調停はS社・N社とも別々に行う。

 

但し、期日は同日となるので、横須賀から霞ヶ関まで行く我々にとって、非常に便利ではあった。

 

しかし、原則的に全ての申し立て人が出席する事が必要なので、父や私を含め、連帯保証人さん達にも同席してもらう事になる。

 

そういった意味でも月1回で済むのは楽だ。
(調停は申し立て案件に対して原則、月1回)

 

第一回目の調停日は、申し立て人と調停委員の顔合わせ的なモノと、面接のようなモノだ。

 

本当に調停を進めてもいいのかどうかを決める場でもある。

 

また、被告(申し立てられた側はこう呼ばれる)は第一回目は書面、若しくは電話でもOKだ。

 

よって、我々の第一回目はS社・N社の両方の案件に対しての面談となる。

 

「商工ローン相手に調停は無理だよ」

 

調停委員の第一声はコレだった。

 

「アイツらは調停には絶対応じないから」

 

このままでは調停が不調に終わってしまうと考えた私は

 

「実はまだ全ての計算が終わっていないのですが、2社とも過払いが出るのです。だから計算が終わり次第、訴訟に切り替えるつもりです。しかし、それまで預けてある手形の期日が来てしまい、それを事前措置で止めて手形を無効にしてから訴訟にしたいと考えています。」


私はありのままの作戦を調停委員に話した。

 

手形はその性質上、期日が過ぎるとただの紙切れになる。ソレが今回の特定調停・事前措置をヤル真意だった。

 

調停委員は資料の金銭消費貸借契約書の日付けを確かめ


「確かに、これだけ長く借りていれば過払いになる可能性は高いね・・・・」

 

A調停委員はB調停委員にゴソゴソと耳打ちをした。
(調停は2名の調停委員と担当する裁判官がいる)

 

「よし、分かった。調停続行として期日を決めよう。相手が何を言ってきても、調停委員の権限で続行すると伝えるから。」

 

それまで毅然とした態度だった調停委員の顔がゆるみ


「コイツらに今まで我々も嫌な思いをさせられたから、ここで一発、ギャフンっと言わせたいしな(笑)」

 

2人の調停委員はニコニコと笑い


「でも、大変なのはコレからだからね。今日は個人として言っているけど次回からは調停委員としての立場で発言しなければならないから、ちゃんと筋が通るようにしてきてよ」


私は差し出された手を両手で握り

 

「ありがとうございます。本当に感謝します」

 

っと、下を向いて流れる涙を隠した。


ここでも風が吹いていた。


裁判所内でも商工ローンに対して態度が悪いという「風」が吹いていたのだ。

 



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