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3.不動産屋そしてバブル時代

現場を引退(?)した後は、営業・現場管理・不動産業務を兼任した。

 

特に不動産業務は新しいモノ好きの私にはたまらなく魅力的で、ドンドンとのめり込んでいった。

 

町場の小さな不動産屋は仲介・賃貸管理・立ち退き交渉・競売・・・・とおおよそ不動産屋として行える業務の全てをこなす。

やらない業務としたら大手しかお目に掛かれない信託受益売買くらいなモノだ。

 

会社所有の賃貸ビルもあり、大家業も学べた。

 

この経験も今の私にとってはとても良い結果となったのだが、この時はまだそんなコトなど微塵も思わなかった。

 

バブル景気も経験し、1物件を1日に5回ころがしたコトもあった。

その時は朝から銀行に行き、1時間おきに次の買主を呼んで、売買契約と同時に決済。売買契約・決済を5回も繰り返した。

同じ契約書なのに金額だけが3割、5割、7割と、増えていく様は今考えれば異様なコトだった。

最初から出来レースなので司法書士も同じ人で、最初と最後だけ仕事をし、途中の3回の決済には同席していただけだった。

(中間省略が簡単に出来た時代だったからね)


知り合いの同業者は一気に金持ちになり、ベンツを何台も乗り出したり、クルーザーまで手に入れたヤツもいた。

そういえば、いきなり「飲みにいこうよ」と誘われてクルーザーに乗せられ、京都まで飲みに行ったコトもあったっけ(笑)

 

私?

 

私はそんなに儲けなかったから、年に数回ハワイに通っただけだったけど(笑)

 

っても、世の中はそんなに甘くはなく、世紀の不動産屋の宴は終演を迎えた。

 

羽振りの良かった同業者達は、次々と消えていなくなった。

(今も行方が分からないヤツがいる)

 

バブルの崩壊を読めなかった私と父は最高値で仕入れた土地を悪法である国土法に妨げられ、売り出す前にバブルは崩れ始め、売り出し許可が出た時には既に仕入れ値の3割減でも売れる状態ではなかった。

 

そして、ココから借金地獄に陥って行くのである。

 


4.借金地獄の始まり

会社のメイン事業は分譲住宅の製造・販売だった。

 

銀行から借入し、土地を購入、宅地を作り、建物を企画・設計し、土地付き建物の分譲をしていた。

 

だからバブル前から銀行からの借入はあり、物件が売れては返し、また仕入れて借りるという繰り返しだったが、売れ残る物件は無く、借入は常にあったが返済を滞る事などあり得なかった。

 

確か、一番の全盛期の借入は10億は越えていたと記憶している。

 

しかし、バブル崩壊直前に仕入れた物件が売れず、バブル崩壊を迎え、仕入れ値の1/3にまで価格を落としても売り切れなかった。


ある日メインバンク(某第一勧銀)に呼び出され

 

「自宅売ってよ。」

 

この一言から私の借金地獄が始まった。


バブル最中に仕入れた物件の共同担保で自宅に根抵当権を付けさせられたが、コレも本来なら自力で買える物件を、当時の担当者の成績が足りないからといって、無理矢理借りさせられたモノだった。

 

そして最後の引導を私に告げたのも、その時に私の前で土下座して「お願いですから助けて(借りて)下さい。」と言ったヤツだった。

 

本当に腸が煮えくり返る思いだった。

 

しかし、当時の私は銀行との良好な関係を保つ事が仕事を続けていける唯一の方法だと信じていたので、彼らの横暴を受け入れざる負えなかった。

 

そして、私は私の手で自宅を壊した。

 

ユンボで最初に壊した壁が剥がれた瞬間に見えたのが、子供達と過ごした居間だった。

落書きの跡や、日焼けしたポスターの跡が残る壁を見た瞬間、涙が溢れ出てきた。どう踏ん張っても涙を止める事が出来ず、若い職人に任せて、近くに停めていた車の中で泣いた。


メイン事業の分譲住宅販売の最後の物件である自宅を売却した会社には、新しいブツを仕入れる力など無く、同業者の建て売り住宅の建築のみを受けたり、増改築や、テナント工事、不動産仲介などでしのぎを削ったが、6億という借金を払い続けるまでの売り上げをあげる事が出来ず、全盛期には30名いた従業員を全員解雇し、私と父だけになった。

 

それでも、銀行への返済、買掛金の支払い、事務所維持費などに足りる訳もなく、ついに商工ローンから借りるようになった。

 

商工ローン大手S社から最高3000万円。大手N社からも3000万円。準大手I社・S社から1000万円ずつ。当時の利息は39%程度だった(後の法律改正で29%に下がる)

 

商工ローンはなぜ破綻しかけている会社に貸すのか。

それは第三者の連帯保証人をつけさせるからだ。

主債務者がコケたら主債務者にいくら請求したところで回収は出来ない。不動産などの資産は既に銀行に押さえられているから、後付けの商工ローンに回ってくるはずはない。それ以外で回収する方法といえば第三者の連帯保証人から取ればいい。

また、第三者の連帯保証人をつける事によって主債務者が「連帯保証人にだけは迷惑をかけたくない」と考え、じり貧になっても優先して返そうとするからだ。

 

私も第三者の連帯保証人をつけさせられた。

母・弟・義理父・取り引先の社長・父親の知人


「絶対に迷惑はかけないから」

 

心からそう思っていた。本心だった。何がなんでも迷惑はかけないと。

 

しかし、人間には限界がある。出来る事と出来ない事が。

 

100mを10秒切って走る事なんて出来ないと簡単に分かる。

 

しかしこの時、迷惑を絶対にかけないという事が無理な事だという事には気がつかなかった。

 

商工ローンを借りては返しの繰り返し、俗にいう自転車操業の開始である。

 

しかし、銀行の借り入れだけでも返せない会社が、それに上乗せして高利の商工ローンへと返すにも限界があり、父親の親族からも数千万円援助してもらったりと、支払い日前日には仕事そっちのけで資金繰りの為に駆けずりまわっていた。

 

この時の私は本当に日銭欲しさに、色んな仕事を何でもやった。特に競売関係の仕事を覚えたのはこの時期だった。

 

当時は競売物件を扱うのは反社会的組織系列の不動産屋が多く、その筋から仕事を依頼され、競売の入札・手続き、居住者の立ち退き交渉、果ては競売物件の占有(要は居座って立ち退き料をもらう)まで、競売に関わるありとあらゆる仕事を請けた。

 

それでもお金が足りなくて、苦し紛れに私個人の借り入れでサラ金7社から借りて、会社の支払いに充てていた。

 

しかし、当たり前だがコレも長続きはしなかった。


そして、1枚のDMから借金地獄の底まで落ちて行く事になる。

 


5.闇金からの借り方

「即日融資、初回300万円まで」

「年利3%~5%」

「最長10年返済可能」

「連帯保証人・担保不要」

 

とても良質な紙を使い、印刷もきれいなDM。

しかし冷静になってよく見れば、怪しいところだらけ。

だけどその当時の私の精神状態で、コレを冷静に分析する事など不可能だった。

 

借金地獄に陥った人間の思考は「お金を作る」=「借りてくる」だけになってしまい、仕事で金を作ろうという考えは消えてしまう。

 

そして、甘い言葉にも疑いを持たず、誘われるままその罠にはまる。

 

DMに書かれた連絡先に電話を入れ、数時間後にはウチの事務所に来ていた。

DM・電話での印象とはかけ離れ、茶髪にチャラけた仕草。しかしコレも私達には何も感じなかった。

 

「社長のところは・・・コレじゃお貸し出来ませんねぇ」

 

決算書・当座残高証明・手形、小切手帳。その他もろもろの書類を一通り目を通した若造は言った。

 

「でも、折角、お電話頂いたし、私も手ぶらでは帰れないので、まずは信用を付ける意味で初回は短期でのお取引という事でいかがいでしょう?」

 

ウチは信用が無いから、DM通りの内容の貸し方は出来ないという事だ。

冷静になって考えれば銀行はもとより商工ローン数社から目一杯借りているのだから、まともな金融機関なら貸すわけがない。

注意深く観察していれば、ヤツの決算書の見方なんてイイ加減なはずだった。


「初回ですので、100万円を本日お貸しします。返済期日は10日後。その時に100万円を返済して下さい。1回決済してもらえれば、次回からは信用貸しで増額も長期分割も可能ですから。本日は、初回手数料と先取り利息を頂いて・・・・80万円の手渡しとなります。」

 

10日で2割の利息という事だ。

 

法律が分からない人でも、映画やドラマなどで「ウチはトイチ貸しなんじゃ」と凄んでいるヤクザもんを見たことがあるだろう。

 

10日で1割だから「トイチ」。

 

ウチは10日で2割だから「トニ」。


トイチなんてカワイイもんだ。

 

しかし冷静な判断が出来ない頭と、翌日に迫った支払いの事を思うと、80万円を貸てくれるという若造が天使に見えた。

 

期日が未記入の100万円の手形を切らされ

「もし10日後にご返済が厳しい場合は、お気軽にご相談下さい。利息は掛かりますが、期日延長のご相談にも応じますから」

 

手形取引などではコレをジャンプと呼ぶ。支払い期日に入金が出来なかった場合、20万円(利息分)を支払えばその期日を延長するという意味だ。

 

こうして、80万円の現金と引き替えに地獄の底に降り立った。


 


6.闇金の罠

銀行の支払いも商工ローンの支払いも出来ない会社が闇金に借りたのだから、余計に支払いが厳しくなるのは小学生にだって分かる事。

 

だから当然の如く1社も決済なんて出来やしない。

 

それどころかジャンプ金すら用意出来ない。

 

死んでいるにも関わらず動き回っている。

 

そう、まるでゾンビのような会社だ。

 

そんなゾンビ会社に闇金の決済が翌日に近づいた日の朝。

 

前夜に届いた数枚のFAXの中に

 

「即日融資。担保不要」の文字が。

 

これが闇金の追い込み方だ。自分が貸し出した顧客の決済日の前日に仲間の闇金、若しくは系列の闇金にデーターを流し、別な業者を装ってFAXを流す。

 

そこで新規の借り入れをさせ、翌日に決済をされても取引は続けさせる事が出来る。

 

大概の債務者は借入金の一部で翌日のジャンプ金を支払い、残りを他の資金繰りに回す。

 

そうなれば、2口の借り入れが出来上がる。

 

そしてまた10日後には別の業者を装ったFAXが流れる。

 

これを1ヶ月も続ければアッと言う間に闇金地獄の出来上がりだ。

 

さすがにそこまでなれば気がつくだろうって思った人もいるだろうが、何度も言うように既に冷静な判断は出来ない。

 

借金で首が回らないという人は、その呼び方の通りにある一方の方向しか見えなくなってしまう。

 

その唯一見える方向が「どこか貸してくれるところはないか?」という事なのだ。

 

私も父も一方向しか見えない立派な首が回らない破綻者だった。

 

ウチに貸してくれるトコロなんて闇金しか無いと分かっているのにも関わらず、次々と甘い言葉で言い寄って来るヤツらの罠にハマり、2ヶ月後には4社から600万円の借金が出来上がった。

 

もうこれで闇金地獄から抜け出せなくなってしまった。



7.荒んだ生活~蜘蛛の糸発見

闇金から借り続けている間の生活は、誰が見ても正常ではなかった。

 

ガス・電気は何度も停められ、家に入れるお金など無く、財布の中には数百円なんて当たり前。

 

ロウソクの灯りで夜を過ごしたり、車で30分掛かる親族の家に行ってお風呂を借りたり。

 

カップラーメンなど買えないから特売の5食入りのインスタントラーメンで育ち盛りの子供3人の夕食を済ませたり、バン屋さんからパンの耳を貰い、ソレで1週間の食事を賄ったりと、先進国に住んでいる人間とは思えない生活をしていた。

 

それでもなんとか綱渡り的な生活を続けていたが、さすがに肉体的にも精神的にも参ってしまい、ついに最悪の結末を考えることになる。

 

「オレが死んだらいくらになるのかなぁ?」

 

私は自他共に認める楽天家で、どんな難問にぶち当たっても「何とかなるべっ」っと過ごしてきた。

 

そんな私でさえ、自死を考える程、心も体も病んでいた。

 

しかし、その考えは5秒足らずで諦める事になった。

 

そう。生命保険など既に解約していたのである。

 

子供にパンの耳食わしているヤツが生命保険の保険料など払える訳がない。そんな金があったらちゃんとした飯を食わせている。

 

「なんだオレ、死んでもいくらにもならないんじゃん」

 

生命保険を解約していた事が私の命を救った。

 

余りにも貧乏過ぎると逆に死ねないモノなのだ(笑)

 

そしてコレが私の考えを変えるきっかけとなる。

 

「本当に何も出来ないのか?」

 

私は楽天家でもあるが、ややこしい問題に当たるとソレを解読したくなる悪い癖も持っている。

 

友人の家に行き、事情を話してPCを借りて「借金・地獄・倒産」などのキーワードを検索した。

(当時、インターネットが流行り始めた時代でまだ電話回線でジーッコ、ジーッコっと繋いでた(笑)

 

「借金地獄・倒産危機から、自力で脱出する方法」

 

「吉田猫次郎」

 

いかにも自分で作りました的な素人感満載のHP。しかしその内容に私は驚き、そしてのめり込んでいった。

 

そう、彼がHPに載せていた体験記の内容は、借金の額が違うだけで、銀行・商工ローン・サラ金・親戚・闇金っと全てが同じだった。

 

そして借金地獄の底から這い上がる姿を克明に書いていた。

 

本当にこんな事が出来るのだろうか?

 

私は一気に彼の体験記を読んだ後にそう思った。

 

この地獄から解放される方法がココに書かれている。本当にこの苦しみから解放されるのだろうか?

 

私は友人に頼んで、HPを全てプリントアウトしてもらい、家に持ち帰った。

 

深夜に一人でもう一度読み直した。

 

本当にコレで解放されるんだったら。

 

半信半疑のまま、フッと一番最初のページに目がいった。

 

HPのトップページ。

 

「はじめに」と書いてある文章の最後の行。

 

「私にだって出来たのだからあなたに出来ないはずはありません」

 

そうだ。コイツが出来たんだから私にだって出来ないはずはないんだ。

 

この出会いが私の人生の大きな分岐点となる。

 

 

 



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