目次
はじめに
シリーズのご紹介
北海道のスタンプラリー
道南・道央の旅
5年ぶりの北海道!“花ロードえにわ”
石狩平野を一望!“マオイの丘公園”
夕張メロンの里!“夕張メロード”
ラムサール条約登録湿地!“ウトナイ湖”
伊達武士団開拓地!“だて歴史の杜”
内浦湾を望む高台に建つ!“あぷた”
駒ケ岳を望む都市公園!“YOU・遊・もり”
駒ケ岳を望む!“つど~る・プラザ・さわら”
国宝を展示する道の駅!“縄文ロマン南かやべ”
海と山の絶景!“なとわ・えさん”
北島三郎のふるさと!“しりうち”
二人の横綱を生んだ町!“横綱の里ふくしま”
北海道唯一の城下町!“北前船 松前”
追分ソーランラインの絶景!“上ノ国もんじゅ”
江差追分のふるさと!“江差”
メークイン発祥の地!“あっさぶ”
海抜40mからの眺め!“ルート229元和台”
海水浴場のシャワー室!“てっくいランド大成”
漁港が隣接!“みなとま~れ寿都”
100円ソフトを味わう!“よってけ!島牧”
世界の珍しい貝が揃う!“シェルプラザ・港”
とっても小さな道の駅!“いわない”
台風被害からの復活!“オスコイ!かもえない”
宇宙への夢を育む!“スペース・アップルよいち”
工場見学!“ニッカウヰスキー余市蒸溜所”
羊蹄山の伏流水!“名水の郷きょうごく”
元祖1億円トイレ!“フォーレスト276大滝”
道央・十勝の旅
しのつ湖畔の観光ゾーン!“しんしのつ”
羊蹄山に沈む夕陽!“望羊中山”
洞爺湖を見下ろすロケーション!“とうや湖”
北海道を代表するリゾート!“230ルスツ”
羊蹄山を仰ぎ見る!“真狩フラワーセンター”
ニセコ町の玄関口!“ニセコビュープラザ”
広大な自然公園!“らんこし・ふるさとの丘”
人気のパン工房!“くろまつない”
内藤大助の出身地!“とようら”
有珠山を望む!“そうべつ情報館アイ”
白鳥大橋を望む!“みたら室蘭”
ししゃもが名物!“むかわ四季の館”
競走馬の故郷!“サラブレッドロード新冠”
マリンレジャーの拠点!“みついし”
いよいよ十勝へ!“コスモール大樹”
ナウマン象のまち!“忠類”
大規模機械化農業の村!“さらべつ”
花と緑とアートの村!“なかさつない”
夏も冬も楽しめる!“星野リゾートトマム”
十勝平野の北西部!“しかおい”
乗馬体験のできる道の駅!“うりまく”
赤いとんがり屋根!“ピア21しほろ”
純植物性天然温泉!“しほろ温泉”
丘の上の欧風建物!“足寄湖”
松山千春出身地!“あしょろ銀河ホール21”
日本一寒い町!“オーロラタウン93りくべつ”
北斗七星をイメージ!“ステラ★ほんべつ”
道内一番の人口増加の町!“おとふけ”
幻の魚イトウが泳ぐ!“南ふらの”
自然の豊かさ!“自然体感しむかっぷ”
飛び地の町!“樹海ロード日高”
道央・道北の旅
巨大水車の駅!“三笠”
北海道の旅:道の駅ハウスヤルビ奈井江
道の駅マグネットに出会う!“つるぬま”
時間に焦る!“道の駅たきがわ”
雨竜沼湿原の入口!“田園の里うりゅう”
二頭の龍が出迎える!“サンフラワー北竜”
国内最大級スイングベル!“鐘のなるまち・ちっぷべつ”
釜炊き銀しゃりが人気!“ライスランドふかがわ”
極寒、多雪の地!“森と湖の里ほろかない”
ニシン漁栄華の跡!“おびら鰊番屋”
日本海オロロンラインを北上!“風Wとままえ”
ホテルと同居!?“ほっと・はぼろ”
日本最北の天文台!“☆ロマン街道しょさんべつ”
マスコットはモモちん!“富士見”
恐竜の化石が!“なかがわ”
北寄カレーに未練!“てしお”
サロベツ原野を走る!
稚内とノシャップ岬
北の果て“宗谷岬”
日本最北端の道の駅!“さるふつ公園”
巨大な船舶か?“マリンアイランド岡島”
一攫千金の夢!“ピンネシリ”
北海道命名の地!“おといねっぷ”
あげいもを味わう!“びふか”
もち米収穫量日本一!“もち米の里☆なよろ”
メルヘンの世界!“絵本の里けんぶち”
でんすけすいかの町!“とうま”
これが道の駅?“あさひかわ”
写真の町“ひがしかわ「道草館」”
パッチワークの世界!“びえい「丘のくら」”
憧れの地!“美瑛 四季彩の丘”
星の降る町!“スタープラザ芦別”
スイス風景観の町“うたしないチロルの湯”
道東の旅
ラーメン屋さんが道の駅!?“しらたき”
オホーツククラフト街道“まるせっぷ”
からくり王国“おんねゆ温泉”
童話村!“香りの里たきのうえ”
森のオーケストラ!“にしおこっぺ花夢”
JR興部駅廃線跡!“おこっぺ”
空に浮かぶ宇宙船?!“おうむ”
流氷科学センター!“オホーツク紋別”
屯田兵が拓いた!“かみゆうべつ温泉チューリップの湯”
サロマ湖畔!“愛ランド湧別”
日本第3位の湖!“サロマ湖”
おーろら号発着場!“流氷街道網走”
絶景ビューポイント!“メルヘンの丘めまんべつ”
鉄道マニアの憧れ?!“あいおい”
屈斜路湖を眼下に見下ろす!“ぐるっとパノラマ美幌峠”
たぶん日本で一番小さい?!“摩周温泉”
神秘の湖 “摩周湖”
温泉レストラン!“パパスランドさっつる”
JR駅と一体化!“はなやか小清水”
知床半島の付け根!“しゃり”
世界遺産 知床!“ うとろ・シリエトク”
ちょっとだけ“知床観光”
海産物の宝庫!“知床・らうす”
白鳥の風蓮湖!“スワン44ねむろ”
厚岸湾の景観に感動!“厚岸グルメパーク”
阿寒国際ツルセンター!“阿寒丹頂の里”
ついに北海道全駅制覇!“しらぬか恋問”
オープン1週間目!“うらほろ”
豆の元気くん!“ステラ★ほんべつ”
道東2泊3日の旅
屈斜路湖の絶景!〝ぐるっとパノラマ美幌峠”
北海道2泊3日の旅:7年ぶりの再会!〝摩周湖”
ロケーション抜群!〝屈斜路湖プリンスホテル”
幻のご来光!〝美幌峠”
北方四島への叫び!〝おだいどう”
大自然が創った感動スポット!〝野付半島”
生まれ変わった道の駅!〝摩周温泉”
ちょっとだけ立ち寄り!〝900草原”
廃線跡の鉄道公園!〝あいおい”
フォトスポット!〝メルヘンの丘めまんべつ”
北海道縦断の旅
北の果てに到着!“わっかない”
サロベツ原野に咲く花たち!“こうほねの家”
自然再生の取り組み!“サロベツ湿原センター”
絶品しじみの町!“てしお”
とんがり屋根が目印!“富士見”
2年前にリニューアル!“おびら鰊番屋”
二頭の龍が守るひまわりの町!“サンフラワー北竜”
美瑛観光の玄関口!“びえい丘のくら”
美瑛の丘巡りその① “ぜるぶの丘”
美瑛の丘巡りその② “北西の丘展望公園”
美瑛の丘巡りその③ “マイルドセブンの丘”
美瑛の丘巡りその④ “三愛の丘”
美瑛の丘巡りその⑤ “新栄の丘展望公園”
美瑛の丘巡りその⑥ “四季彩の丘”
神秘の感動スポット!“白金青い池”
活火山「十勝岳」を望む! “望岳台”
だまし絵を楽しむ!“深山峠トリックアート美術館”
定番の人気スポット!“ファーム富田”
星の降る里!“スタープラザ芦別”
人気の漬物処!“うたしないチロルの湯”
日本一の直線道路!“ハウスヤルビ奈井江”
カルデラ盆地の村!“あかいがわ”
噴き出す温泉の迫力!“しかべ間歇泉公園”
北海道新幹線が停まる!“みそぎの郷きこない”
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道南・道央の旅

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5年ぶりの北海道!“花ロードえにわ”

本日より、北海道 道南シリーズをスタートします。
その最初に向かった先は
道の駅花ロードえにわ です。





北海道の道の駅は、2008年に2回、2009年に2回の合計4回で回り終えましたので、北海道へ来るのは5年ぶり、道南方面を回るのは6年ぶりということになります。

今回再び北海道へやってきた目的は、既に何度か書きましたようにブログを始めた当初の頃の貧弱なレポートの書き直しです。
ですから、北海道全部をもう一度回るつもりはなく、2008年に回った道南地区、それに十勝方面だけを予定しており、今回に続いて10月下旬にもう一度計画をしています。



今回の相棒はこのフィットです。
福岡空港を離陸したのは朝の7時なのですが、羽田での乗り継ぎに1時間20分も費やし、新千歳空港に到着したのは11時35分です。

新千歳空港はレンタカーの基地が離れた場所にあり、送迎車で移動しますので結局スタートしたのは12時半近くになっていました。
福岡から新千歳へは直行便もあるのですが、それだともっと遅くなるので不便です。



そんなわけで、この日は近場の4か所だけ回って、登別温泉に宿泊します。
最初にやってきたのが、空港から35分ほどの道の駅花ロードえにわ です。

本当は空港にもっと近い、“サーモンパーク千歳” という道の駅があるのですが、ここは全面リニューアルの為に、今年の4月から来年(2015年)7月まで閉鎖されているのです。





“恵庭市” は千歳と札幌のほぼ中間地点に位置します。
「恵庭」の名前はアイヌ語の 「エエンイワ」 が語源になっており、これは “鋭く尖った岩” の意味で、市の西方にいただく “恵庭岳” を指すのだそうです。



この道の駅はその恵庭市を走る国道36号沿いの、交通量の激しい場所にあります。
平成18年にオープンして、5年後には500万人の来場者を突破した、北海道でも上位の道の駅です。







入り口を入ると、とっても広くて開放的な、“情報コーナー” があります。
その左手が売店になっていたので、私はこれを買いました。



2014年度版のスタンプブックです。
もう一度全部を回るつもりはありませんが、これが無いと何となく恰好がつかないのです。(^^;)

北海道というのは、本当にスタンプラリーが盛んです。
前回回った時も感じましたが、どこへ行っても、次から次にスタンプ帖を持った方が押しにこられます。
こんな立派なスタンプ帖が、「150円」というのも安いですね!



この情報コーナーの一角にあったのがこの写真です。
FM放送のスタジオです。
この時は、ゲストと思われる女子高校生が数人中におられて、オンエアをされていました。





更に進むとテイクアウトの軽食コーナーがあります。
私たちはここで、軽くお腹を満たしました。



軽食コーナーの更に奥が “休憩・飲食コーナー” で、“コンサバトリー” といういわゆる温室になっているのです。



道の駅の全体はご覧のような配置になっています。
図面の右手の方が大きな公園になっているのがお分かりだと思います。





その公園付近から先ほどの “休憩・飲食コーナー” を外側から見たのがこの写真で、ガラス張りの温室になっているのがわかりますね。





そして公園はこのようにきちんと整備され、広々とした憩いの空間です。
都市型の、充実した道の駅といえると思います。



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石狩平野を一望!“マオイの丘公園”

初日の2カ所目は20分強で
道の駅マオイの丘公園 にやってきました。









ここは “夕張郡長沼町” になります。
“長沼” という地名もやはりアイヌ語に由来しており、「タンネトー」 という “細長い沼” を意味する言葉からつけられたそうです。

この付近は石狩平野の広大な田園地帯なのですが、その畑や牧場のなかにひょっこり近代的、モダンな煉瓦つくりの建物が現れます。







ここは私が北海道の中でもお気に入りのひとつなのです。
建物の2階部分がガラス張りになっていますが、ここがレストランです。

前回6年前に来た時は旅の最後の道の駅だったので、ここで食事をしました。
今回レストラン内部の写真はありませんが、見晴らしもよく素敵なレストランでした。

レストランの名前が “美夕(ビュー)” ですから、眺めが良いはずです。(笑)



道の駅の全体図はご覧のとおりですが、自然豊かな公園の中の道の駅です。
駐車場も広く、いつもたくさんのお客さんで賑わっています。





道の駅の主な施設としては、最初にご紹介したモダンな “センターハウス” と、もうひとつ “農産物直売所” があります。





この農産物直売所は、8店舗が並んでいて、農産物、果樹、酪農製品などそれぞれの店舗の特徴を出して北海道らしい商品が並んでいます。

ちょうど私たちが来た時、何かのテレビ番組の取材中で、テレビカメラが入っていました。





やはり北海道内でも人気が高いのだと思います。





では、センターハウスに入ってみましょう。







センターハウスの内部はご覧のとおり、3階建てプラス屋上展望スペースです。
1階に売店があり、2階が先ほど紹介した “レストラン美夕” そして3階は、研修室になっています。





エントランスは吹き抜けになっていて、開放感があります。
全体が煉瓦つくりで、“サイロ” をイメージしているのだと思います。

石狩平野の風景に溶け込んだ素敵な道の駅だと思います。


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夕張メロンの里!“夕張メロード”

次は新しい道の駅である
道の駅夕張メロード にやってきました。







ここは道東自動車道の “夕張IC” を下りて1.5kmの位置にあり、“JR新夕張駅” もすぐそばです。
2011年6月にオープンしたので、私にとっては初めての道の駅になります。

“夕張市” はかつて夕張炭鉱で栄え、人口11万人を擁する道内有数の都市として発展してきました。
しかし石炭の衰退とともに人口は減少し、2013年には1万人を割り込んでいます。

2007年3月には “財政再建団体” に指定され、事実的に夕張市は財政破綻致しました。
現在夕張市は、30代前半という若さの鈴木市長のもと、その再建に果敢に取り組んでいます。



夕張市には、かつての繁栄の歴史遺産である “石炭博物館” があり、映画の “幸福の黄色いハンカチ” の撮影舞台、“北の零年” のロケ地などの観光資源があります。

更に特産としては誰でもが知っている “夕張メロン” があります。




夕張メロードという名前は夕張メロンに由来していると思います。

“夕張メロン” は、「スパイシーカンタロープ」という品種を父に、「アールスフェボリット」を母として作り出された赤肉のマスクメロンで、近年初セリで2玉入り一箱が100万円以上の値がつき話題を呼んでいます。



道の駅の入り口には、夕張メロンのキャラクターが立っていました。(^∇^)







道の駅の内部は簡単な情報コーナーがある以外はまったく普通のスーパーマーケットと変わりません。
メロンも探してみたけど、時期的にひとつも並んでおらず、ちょっとがっかりでした。

夕張には、実は個人的に思い入れがあります。
現役時代、約20年間ほぼ毎年冬に北海道を訪れていたのですが、その半数以上が夕張の “マウントレースイ” です。
ここはホテルから直結したゴンドラで直接山頂までゆくことができ、私のような初級クラスでも安全に下りてこれるお気に入りのコースがあったからです。

観光や農産物を目玉に、早く財政が健全化することをお祈りします。


 


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ラムサール条約登録湿地!“ウトナイ湖”

次も初めての道の駅で
道の駅ウトナイ湖 にやってきました。







夕張ICから高速に乗り、苫小牧東ICで下りて、全部で65km、55分で到着しました。

ここは2009年10月にオープンした道の駅で既に5年も経つのですが、北海道を回り終えた直後だったので、私にとっては初めてなのです。





ここはその名前のとおり、道の駅のすぐ裏側に “ウトナイ湖” があります。



このウトナイ湖、この航空写真を見ると、形が北海道とそっくりではありませんか?(*^▽^*)





道の駅の横を入るとすぐそこが湖です。

“ウトナイ湖” は周囲が9.5km、面積230ha、平均水深0.6mという浅い淡水湖です。
湖の周辺には原野や湿地などの豊かな自然が形成されており、1991年に国内4番目の “ラムサール条約登録湿地” になりました。

この豊かな環境の中で、今までに約250種類もの野鳥が観察され、“国指定鳥獣保護区” にもなっています。





湖畔には白鳥や鴨などが戯れていましたが、人が近づいても警戒心は無く、逃げることもありませんでした。



さて、道の駅に戻りましょう。





玄関先にいたのがこの、“とまチョップ” という苫小牧のゆるきゃらですが、ここウトナイ湖が本籍なのだそうです。

ここにある “とまチョップ” は、中国の秦皇島市にあるパワースポット長寿山景区公園の石(パワーストーン)でつくられたそうで、健康・長寿にご利益があるということです。(^∇^)







店内は広い休憩コーナーなどもあって、なかなか綺麗でした。



壁にはアイヌの方たちの衣装なども飾ってありました。
この道の駅、オープンして1年足らずで来場者が100万人を突破したということですが、店内の充実と周囲の美しい環境から考えるとなるほどと納得できました。

さて、初日に訪問したのはこの4か所です。
今の時間が4時半ですが、これから約1時間かけて登別温泉の今夜の宿に向かいます。




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伊達武士団開拓地!“だて歴史の杜”

2日目になりました。
宿泊した登別温泉のホテルを出発して最初に向かったのは
道の駅だて歴史の杜 です。





2日目のこの日、5日間でこの日だけが雨の予報でしたが、朝のうちに少しぱらついただけで、ほぼ終日良い天気に恵まれました。

初日に宿泊したのは、登別温泉の “第一滝本館” というホテルです。
今回JTBの航空券、ホテル、レンタカーがセットになったプランを使ったので宿泊地の選択肢は狭くなって、この付近、登別しかなかったのです。

でもこのホテル、バイキングの夕食も良かったし、さまざまな種類の浴槽がいくつもある巨大な温泉には驚きました。

登別東ICから伊達ICまでを高速で走り、全行程43km、45分ほどで道の駅に到着しました。







6年ぶりに訪れた道の駅ですが、石垣に囲まれた城跡のような佇まいは以前と変わりません。
正面にある大きな門が、“大手門” です。





その大手門前の広場には、巨大な兜が置いてあります。
この兜、前回来た時は他の場所にあったように思います。

細い三日月の前立を飾った兜、といえば “伊達政宗” ですね。
ここの地名が “伊達市”、そしてこの伊達政宗の兜、実はこの地は仙台の伊達家と大きな繋がりがあるのです。



戊辰戦争で新政府軍に敗れた仙台藩は、62万石から28万石に減封され、その分家であった「亘理伊達氏(わたりだてし)」 も2万3千石から58石程に減俸されました。

領主伊達邦成は、家臣の窮状を救い、戊申の汚名をすすぐために、家臣団2800名を率いてここ北海道に移り住み、開拓に取り組むことを決意します。

当時明治政府は、ロシアの南下政策に対応するために北海道の開拓と警備に力を入れており、「北門の警備は武士の本領」 のスローガンのもと、亘理伊達武士団は新しい大地に夢を託したのです。





この地は現在、“総合公園 だて歴史の杜” となっていますが、旧伊達氏邸跡の7千坪の土地に、“伊達市開拓記念館” を始めとするさまざまな施設が整備されています。







大手門を中に入ってみると、そこは広大な芝生公園になっており、その先には巨大な建物が見えます。



これは “カルチャーセンター” で、写真では分り難いですがその先には総合体育館もあります。
これ以外にも、先ほど紹介した “開拓記念館” 直木賞作家宮尾登美子さんの “文学記念館” などがあります。







更に奥へ進み、この建物は “黎明観” といって、藍染め体験と刀剣製作実演施設です。
6年前に来た時はここが道の駅で、売店などがあったと思いますが、現在は移転したようです。

伊達は北海道で唯一の “藍” の生産地であり、藍工房では75名が一度に体験可能です。
また、伊達藩の武士が築いた伊達市は武士の魂が宿っており、日本刀作りも根付いているのです。





もうひとつ面白いのが、この道の駅のレストハウスとなっている、 “びっくりドンキー” の建物ですね!
武家屋敷風の建物になっていますが、屋根にはしゃちほこならぬ、牛ほこ?があり、すべての窓からいろんな動物が顔を出しているのです。

さて、最後になりますが道の駅の本体です。





実は、大手門に向かってすぐ右手に、2012年4月に新築移転していたのです。





入り口には、“来たぞ伊達男道の駅” の垂れ幕が・・・・(^∇^)





いつもの道の駅登録証だけは、店内を探し回ったけど見つかりませんでした。

まさに “歴史の杜” の名前にふさわしい道の駅だったと思います。



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内浦湾を望む高台に建つ!“あぷた”

この日の2カ所目は15分ほど走って
道の駅あぷた へやってきました。











ここの地名は、“虻田郡洞爺湖町” になります。
2006年3月に虻田町と洞爺村が合併して洞爺湖町になりました。

“虻田” は合併前、合併後ともに “あぶた” と読みます。
道の駅の名前が、なぜ “あぷた” なのかというと、この地名の語源がアイヌ語の 「アプタペッ」 からきているからだと思いますが、あくまで私の推測です。



この町は、洞爺湖と内浦湾(噴火湾)に挟まれた地域にあります。

洞爺湖の周辺には、有名な “有珠山”“昭和新山” がありますが、ここへ来る途中見事な山容が望めます。
有珠山は江戸時代、1663年(寛文3年)に突然噴火して以来、幾度となく大きな噴火を繰り返す活火山として有名です。



道の駅あぷたは国道37号に面していますが、ここは小高い丘の上に位置し、眼下には “内浦湾”“虻田漁港” が眺望でき、特に夕陽が美しい場所です。






(ズーム撮影)

6年前に来た時はちょうど夕方だったので、ここで美しい夕陽を眺めた記憶があります。
さて、道の駅はこちらです。





以前来た時よりも、何故かすごく立派に見えました。
お天気が良いので、印象も違うのだろうと思います。



こんなテラス席も、以前はなかったような気がします。
気が付かなかっただけかな?







この道の駅、規模としてはそれほど大きくは無いのですが、中にはいるととっても感じが良く、お洒落なのです。
商品も、北海道らしい珍しいものがいろいろ揃っています。



例えばこの “ぐるまきソーセージ” 、レジのところにあったので食べてみたかったけど、まだ朝早いので断念しました。(^^;)





さて次は、内浦湾に沿って一気に南下し、大沼公園付近まで走ります。

この虻田周辺には、もっといくつもの道の駅が点在するのですが、今晩中に函館に着けるように、次回10月下旬にもう一度回ることにしているのです。



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駒ケ岳を望む都市公園!“YOU・遊・もり”

道央自動車道を一気に森ICまで走り
道の駅YOU・遊・もり に到着しました。





この道の駅は、私がまだ道の駅巡りを始める以前に函館観光の途中で往復立ち寄ったことがあり、今回が多分4回目になると思います。

当時はまだ高速道路が途中までしかできておらず、内浦湾(別名:噴火湾)に沿って、国道5号を随分長く走ったような気がします。
現在は大沼公園付近まで高速が繋がっていますから、ずいぶん楽になったものです。

それでも道の駅あぷたからは1時間40分を要しました。





ここは国道5号を大沼公園を経由して函館に向かう道路と、内浦湾沿いに恵山方面に向かう国道278号との分岐点付近にあり、ちょっと一休みするドライバーでいつも賑わっています。

この日は、観光バスで立ち寄った外国語を話す人たちが大勢いて、試食のリンゴを一斉に食べていました。
一人くらい買ったのかどうかは定かでないですが・・・(^^;)







ここって、“いかめし” の発祥地なんですね!

“茅部郡森町” は人口が17,500人、内浦湾の暖流のおかげで年間の平均気温が7~8度という積雪の少ない温暖な気候です。
幕末の戊辰戦争最後の戦いとなる函館戦争で、榎本武揚、土方歳三ら旧幕府軍が上陸した場所としても知られています。

ちなみに “榎本武揚” は五稜郭での戦いに敗れて降伏し、命を助けられて後に北海道の開拓使として活躍します。
日本で最初の舗装道路 “札幌本道” の建設を指揮したり、ここ森町では日本初の木材防腐工法として、原油を橋脚にぬった “森桟橋” を築き、その一部は現在も残っています。



建物は森町の象徴である “秀峰駒ケ岳” をイメージしたアーチ形になっており、右手が特産物販売所、左手はトイレ、そして3階部分が展望ラウンジになっています。





この特産物販売所には海産物の加工品などが充実しており、勿論発祥の地である “いかめし” もたくさん並んでいます。

私たちはここでソフトクリームを買って、この道の駅の裏手にある公園のベンチで頂きました。





道の駅のアーチをくぐった先にあるこの広大な公園ですが、“オニウシ公園” といいます。
“オニウシ” というのはアイヌ語で “樹木の生い茂る所” を意味し、“森町” の地名の由来になっているのです。







このオニウシ公園には、桜の樹が500本植えられています。
更にここから5分ほどの “青葉ヶ丘公園” には1000本の桜があり、昭和25年以来毎年5月には桜まつりが開催されます。

ここからは “駒ケ岳” が望めるのですが、今回あんまり良い写真が撮れなかったので、前回来た時のを掲載させて頂きます。



 


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駒ケ岳を望む!“つど~る・プラザ・さわら”

次に向かったのは、YOU・遊・もりからわずか10km程の
道の駅つど~る・プラザ・さわら です。





“YOU・遊・もり” の道の駅から1kmほど南下したところから国道5号を離れ、噴火湾に沿った国道278号を辿ります。
この付近、“さわらフラワーロード” といい、道路の両サイドにはマリーゴールドらしい黄色い花が、4kmに渡って続いていました。





ここは “茅部郡森町砂原” が地名で、前回と同じ森町です。
そして、“さわら” というのは、“砂原” と書くんですね!

ここへ来る途中の道筋でも、ずっと右手に “駒ケ岳” が見えていました。
そしてこの道の駅からも、目の前が駒ケ岳です。





“駒ケ岳”という名の山は全国にいくつもありますが、ここ北海道の駒ケ岳はこの反対側、大沼公園方向からが一番美しいと私は思います。

それに、ここから正面に見えている山は、正確には “砂原岳(さわらだけ)” といいます。
駒ケ岳は山頂付近に直径2kmの火口原のある活火山ですが、西の剣ヶ峯、北の砂原岳、南の馬の背・隅田盛に囲まれています。

この道の駅から見えるのは、この中の “砂原岳” というわけです。



この扇形の玄関のある建物が、道の駅のメインです。
そしてもう一つ、その隣にも建物があります。



こちらは、“やすらぎプラザ” といいますが、休憩スペースとバーベキュースペースがあります。
昼間は一般に開放していますが、夜は地元住民の集会所になるのだそうです。



以前来た時は、道の駅はこの扇形の部分だけだと思っていたのですが、実はその裏側には細長い建物の部分が続いています。

この内容は次のようになっています。



1階と2階にそれぞれカルチャールームがいくつかあったようです。
カルチャールームは、最大100名の収容人数があるのだそうです。

さて、建物に入ってみます。



この道の駅の登録証、後ろに人の手が見えませんか?
嫁が写真を撮っていたら、写しやすいようにわざわざ手で支えて頂いたのです。(^∇^)



6年前に来た時はここで、ホタテ貝の形をした最中を買ったことを覚えています。
今度も同じ商品を見つけたのですが、ここにはいろんな水産加工品が揃っていて、別の土産を買いました。

ここは物産館の商品も充実していますが、地域住民のためのいろんなイベントを行うための施設、といった利用の方が多いのかもしれません。




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国宝を展示する道の駅!“縄文ロマン南かやべ”

次に向かったのは、2011年10月にオープンした
道の駅縄文ロマン南かやべ です。





渡島半島(おしまはんとう)南東部を内浦湾(噴火湾)に沿って更に南下すると、途中から国道278号バイパスに分岐します。
海岸線を離れた丘陵地帯をしばらく走ると、そのバイパス沿いに道の駅はありました。







ここは2011年10月1日にオープンした新しい道の駅ですから、勿論私も初めてです。
コンクリート壁の横に細長い建物なのですが、これを上空から見るとこのようになります。


(パンフレットより写真借用)

ここ、“南茅部地区” は現在は函館市に合併していますが、昭和40年代には日本で最初の昆布養殖に成功するなど、豊かな海の恵みと共に、道内屈指の漁業基地として発展してきました。

更にもう一つの特徴は、縄文時代早期から晩期にかけて約7000年もの間、綿々と縄文文化が栄えてきた地域だということです。





この道の駅の配置図でお分かりのように、ここは 「函館市縄文文化交流センター」 という博物館と一体化しているのです。





建物の右手の方にお店らしきものが見えたので行ってみると、そこが道の駅の入り口になっていました。
その少し左手にもう一つ、博物館の入り口もありますが、中で繋がっています。





売店には縄文グッツなども売っていましたが、あまり大きいお店ではありません。

通路を辿ってゆくと、博物館の受付があります。



手前にある休憩所から外を見て気が付いたのですが、ここは2階部分であり、この下に1階があるのです。





折角ここまで来たので博物館を見学してゆくことにしました。
入場料は300円です。

「中で写真の撮影をしても構いませんか?」 と受付の女性に尋ねると、「フラッシュを使わなければ大丈夫ですよ」 とのことで、一安心!

受付のある2階部分は事務室や体験学習室などがあり、主な展示は階段を下りた1階にありました。
展示室にも説明の女性がおられたので、念の為に撮影の許可を頂きました。







ここには遺跡から発掘された様々な生活道具などが展示されていました。

私の認識では、縄文時代というのはかなり原始的な生活だと思っていたのですが、それらの道具の精巧な造りに、驚くばかりでした。



これは、実際に発掘された地層を展示したものです。
この地域の遺跡は、他の縄文遺跡に較べて住居の規模が極めて大きいことと、集落の密集が非常に高いことが特徴です。

例えば一般的な竪穴式住居跡は。深さが0.5m、長さが4~5mほどですが、ここは深さ2.4m、長さが8~11mもあります。

住居の規模から、かなり安定した縄文生活が想像できるのだそうです。







女性に案内されて更に奥の部屋に進むと、そこにあったのがこれです。



これがなんと “国宝” である、“中空土偶” です。
これは著保内野遺跡から出土された土偶で、高さは41.5cm、内部は空洞で頭部から足先まで全身が薄く精巧にできていて、優れた文様が刻まれています。

縄文時代後期の約3500年ほど前の墓から出土したもので、単なる生活道具でなく、精神面でもかなり進んでいたことを示す遺物です。

暗い部屋で、ガラスケース越しに撮影したのであんまり鮮明ではありません。
入場券の写真を掲載しておきましょう。



そして、国宝であるという証明がこちらです。



それにしても、“国宝” の現物が展示してある道の駅というのは、全国でもここだけでしょうね。

数万年に及ぶ氷河期が終わって地球の気温が上昇し、世界で様々な文明が生まれては消えてゆきましたが、1万年にも及ぶ日本の縄文文化は、世界的にも珍しいのだそうです。

南茅部地区でこれまでに確認された遺跡は91カ所、延べ面積は160万平方メートル、出土した遺物は400万点を超えています。

この内、18カ所の縄文遺跡が現在ユネスコの世界遺産暫定リストに登載されており、函館市では平成27年度の本登録を目指しているのだそうです。


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海と山の絶景!“なとわ・えさん”

2日目の最後となる目的地
道の駅なとわ・えさん に到着しました。







ここは渡島半島(おしまはんとう)の最東南端に位置し、縄文ロマンの道の駅からは31kmの距離です。
東、西、北の三方を山に囲まれ、地域の9割が森林という町です。





実はこの道の駅、私が6年前に北海道の道の駅巡りを始めた時に、最初に訪れた思い出深い道の駅なのです。
道の駅スタンプ帖もここで手に入れたし、なにより景色の良さに感動した場所です。



道の駅の全体図がこれです。
右手が国道で、左手は海岸です。

一番下のところに道の駅がありますが、全体としては、キャンプ場、多目的広場、こども広場などが整備されています。

この地域は、道南の中核都市である函館市から1時間圏内です。
山、海、川、温泉といった優れた観光資源を持つ景勝地であり、漁業と観光の振興を目指して平成10年から2か年計画で整備がなされました。

「なとわ」 というのは、この地方の方言で “あなたとわたし” を意味し、“人と人、人と地域” の交流を目指す “恵山(えさん)” として名付けられました。



この写真、ずっと遠くまで芝生の広場が続いているのがお分かりかと思います。
ではまず、道の駅の本体から紹介してゆきましょう。





道の駅はご覧のようにになっていて、向かって左側から “子供の広場わらしゃらんど” “情報コーナー・総合案内所” “物産館・レストラン” といった配置になっています。





これが、屋内の子供広場と情報コーナーです。
階段を上った2階は、津軽海峡が一望できる屋外テラスになっています。



道の駅のスタンプは情報コーナーにありました。
スタンプを押し終えたあと、物産館にはいってみます。







やはり海産物の加工品が多いようです。
土産品を物色したあと、奥のレストランの方に行ってみました。

すると・・・



以前来た時には確かにあったレストランがなくなっており、休憩所に変わっています。
そして入り口には、こんな張り紙がありました。



レストランの経営はあんまり順調ではなかったのかもしれません。
そういえば今日最初にここへ到着したとき、ちょっと違和感を感じたものがありました。



なとわ・えさんと書かれた文字の横が、何か看板を剥がしたような跡がありますね。
何の看板だったかな、と思って6年前の写真を探してみました。



これが6年前ですが、この場所にはレストランの看板が貼ってあったのですね!

レストランはなくなっていたけど、ここの景色は変わっていません。
道の駅の裏側の海岸に出てみました。





左手にある、頂上が少し白く見える山が “恵山(えさん)” です。

地域のシンボルともいえる恵山は標高618mの活火山で、かつては硫黄鉱山の開発や砂金の露天掘りが行われていました。
5月下旬から6月の初めにかけては、山全体に群生する60万本ものつつじが麓から順次花を咲かせます。

火口原は標高618mの高さしかありませんが、本州では2000m級の山々でしか見られない60種類以上の高山植物が群生しています。
その自然の美しさから、“道立自然公園” にも指定されています。



恵山には、ご覧のようにいくつかの登山コースがあります。

でも、注意書きに、
 ・音を出して、クマに自分の位置を知らせましょう。
 ・初夏はスズメバチにご注意を!

などと書いてありますから、ちょっと怖いですね!(^^;)







この水鳥が一斉に飛び立つ瞬間があったのですが、残念ながらシャッターチャンスを逃してしまいました。

この日の最後ということもあって、ここではゆったりとした時間を過ごし、4時前に宿泊地である函館市内に向かいました。

今夜の宿は、函館駅の真横にある “ロワジールホテル函館” を選びました。
函館山は2回ほど行っているので今回は観光せず、ホテルの近くの居酒屋で地元の料理を味わいました。




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北島三郎のふるさと!“しりうち”

3日目の最初に向かったのは
道の駅しりうち です。





函館のホテルを出発して、津軽海峡を左手に見ながらひたすら走り、1時間10分ほどかかって到着しました。





“上磯郡知内町” には昭和63年(1988年)に開通した “青函トンネル” の北海道側出口があります。



ご覧の拡大図で、点線がトンネル部分ですから、まさにこの道の駅のすぐそばに出口があることが分りますね。

そして道の駅の真裏を “JR津軽海峡線” が走っています。
津軽海峡線は、青森県外ヶ浜町の “中小国駅” から、北海道 “木古内駅” までの区間で、木古内駅で今度は “江差線” に接続します。



道の駅に到着した時、ちょうど裏側の津軽海峡線を列車が走り抜けました。
でも、6年前に来た時とちょっと様子が変わっていました。





この2枚の写真が6年前のもので、ここには “JR知内駅” があり、道の駅はその駅舎を兼ねていて直接ホームに繋がっていたのです。
でも、今はそのホームがありません。

実は2016年3月に開業が予定される “北海道新幹線” の運転に向けて、現在三線軌化の工事が進められており、それに伴って2014年3月14日(金)を最後に知内駅は廃止されてしまったのです。

線路内ではたくさんの人たちが作業をなさっていましたが、新幹線開業に向けた工事だったのでしょう。





道の駅の建物も、以前来た時よりもなんだか綺麗になったような気がします。
外壁の塗装をされたのか、あるいはお天気が良いので印象が違うのかもしれません。





以前はこの店舗の奥にホームへつながる出口があったのですが、今はありません。





以前と全く変わっていないものもありました。
それは、壁に貼ってあるたくさんのポスターです。

このポスター、ご存知の “北島三郎” です。



表の看板にもイラストがありますが、ここ知内町は日本を代表する演歌歌手、北島三郎 の出身地です。
毎年8月に行われるイベントでは、町をあげて盛り上がるのだそうです。



この図が道の駅の全体の配置です。





上が “さわやかトイレ” 下の写真が “農村活性化センター” です。

2年後に北海道新幹線が開通すれば、この付近の風景はまた変わってしまうのかもしれません。





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二人の横綱を生んだ町!“横綱の里ふくしま”

次は20分ほど走って
道の駅横綱の里ふくしま に到着しました。







ここは “松前郡福島町” で松前半島の南部に位置し、南は津軽海峡、北は日本百名山のひとつ、“大千軒岳” に囲まれています。
津軽海峡を流れる対馬暖流の影響で、年間を通して温暖な気候に恵まれた土地柄です。

青函トンネルの工事の時は、北海道側の基地となり、町には “青函トンネル記念館” があります。


青函トンネル記念館 (パンフレットより借用)





さて、これが道の駅なのですが、まわりにたくさんののぼりが立っています。
相撲ののぼりですね!

実は福島町は、第41代横綱 “千代の山” 第58代横綱 “千代の富士” という二人の横綱の生誕地なのです。



これが道の駅全体の配置図です。
右側に道の駅の本体があり、道路を挟んだ反対側には、“横綱千代の山・千代の富士記念館” があります。







千代の山は千代の富士の師匠にあたります。
千代の富士が15歳の時、郷土の大先輩である先々代の九重親方(横綱千代の山)に誘われて、相撲の世界に入ったのです。

師弟の関係にあったふたりの横綱を讃えるこの記念館には九重部屋の稽古土俵が再現されており、毎年の夏巡業ではここでぶつかり稽古が一般公開されます。





福島町は “横綱の里” としてまちづくりに取り組んでおり、町のメインストリートは “横綱街道” そこにかかる橋は “横綱橋” 海水浴場は “海峡横綱ビーチ” と名付け、まさに横綱一色の町です。



町の街灯も洒落ていますね!(^∇^)
さて、道の駅の本体に戻ってみましょう。







ご覧の配置図のとおり、道の駅自体はごくシンプルです。


 

レジの向こう側には、お相撲さんの手形が並んでいました。
店員さんに断わって、写真を撮らせて貰いました。



福島町はスルメイカの生産量が日本一です。
店内には、そのイカの他、海産物の加工品がいっぱい並んでいます。

写真には納めなかったけど、スルメイカをまるまる一匹使った、でっかい熨斗イカがあったので、土産に買いました。

 


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北海道唯一の城下町!“北前船 松前”

本日の3カ所目は
道の駅北前船 松前 です。







この道の駅は2009年4月にオープンしましたから、私にとっては初めての場所です。

“松前郡松前町” は北海道の最南端に位置し、西は日本海、南は津軽海峡に面し、北海道の中では特に温暖な地域です。
道の駅はかつて本州と蝦夷地を行き交う交易船で賑わった埠頭近くの海岸線に建っており、津軽海峡を隔てて、青森まで見える場所にあります。







この日のお天気は見事な快晴!
海の向こうにうっすらと浮かんで見える陸地が青森県の竜飛岬あたりです。
もう少し空気が澄んでいれば、青森の名峰 “岩木山” が望めるのだそうです。

そして、目を反対の陸地側に向けると見えるのがこちらです。





これが “松前城” です。
松前城の付近は現在 “松前公園” となっており、250種1万本の桜が植えられて北海道を代表する桜の名所にもなっています。


“松前藩” は徳川幕府が唯一北海道で認めた城主大名であり、松前はその城下町として、政治、経済、文化の中心として栄えてきました。

1600年ころから近江商人(現:滋賀県)が大勢この松前に来るようになり、ここに店舗を構え、蝦夷からはにしん・こんぶ・干しあわびなどの産物を京都や大阪に運び、帰りには呉服・米・味噌・醤油・漁具などの物資を松前に運んで商いをしました。

彼らは松前藩の重臣たちと密接な関係を保ち、藩の物資だけでなく、私生活でも支えていたといわれています。

その物資の往来に使ったのが、“北前船” です。





新しい道の駅というのはやっぱり気持ちが良いものです。
中に入ってみましょう。





この道の駅登録書の横に飾ってあった “道” という文字ですが、“九重 貢” の署名があります。
九重親方、すなわち千代の富士の書なのですね!



そして店内の入り口付近にあったのが、この “北前船” の模型でした。
この船で蝦夷地と関西を往復し、近江商人は栄華を極めたのでしょう。



当時の生活を再現した模型もありました。



津軽海峡を望む窓側には休憩用のテーブルや椅子が並び、左手には豊かな海で獲れる海産物を中心とした物産コーナーがあります。



そして一番奥が、この “北前食堂” です。

北前の新鮮な海産物を使った料理が並びますが、一番のおすすめはここで水揚げされた “松前マグロ” を使ったメニューでしょう。
津軽海峡で獲れるマグロは、ブランドが違うだけで、対岸の “大間産” と全く同じですからね!

ここでは夏にはイカ釣り船のいさり火も見ることができ、津軽海峡の冬景色もまた格別です。
四季折々の景色を楽しむことができ、時期によって生うにや活きあわびなども味わうことのできる、恵まれた道の駅だと思います。




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追分ソーランラインの絶景!“上ノ国もんじゅ”

次は日本海側を北上し
道の駅上ノ国もんじゅ(かみのくに) に向かいました。





松前を出ると、荒々しい日本海の海岸線が延々と続く快適なドライブコースとなり、このルートを “追分ソーランライン” といいます。
追分ソーランラインは主に国道228号、国道229号の小樽付近までの区間であり、229号の終点から先は、こんどは “日本海オロロンライン” が稚内まで延びています。

いずれも日本海に沿ったルートで、海は荒々しくて奇岩が多く、走っていてオッと思う絶景に出くわすことがたびたびあります。

ちなみに “追分ソーランライン” の名前は、“江差追分”“ソーラン節” に由来します。







国道228号を走り案内に従って道の駅への側道を入ると、まず “多目的公園” があります。
道の駅自体はもっと下におりたところなのですが、この公園、すごく景色が良いので一旦ここに車を停めました。







この不思議な形のオブジェから歩道が続いており、その先に小さく見える建物が道の駅です。
勿論下にも広い駐車場があるので、ここは車で移動します。





道の駅自体も、なかなかユニークな建物です。



これは道の駅から先ほどの多目的公園を振り返った写真です。
そして、道の駅の裏側に回ると、そこもなかなかの絶景です。





先ほどの多目的公園にあったのと似たようなオブジェが立っていますが、これは “風の王” という名前なのだそうです。

実はこの道の駅、北海道ウォーカーという雑誌での、「絶景感動部門」“金賞” を受賞しています。
確かに、北海道で1~2を争う絶景の道の駅ではないかと思います。





さて、道の駅の中に入ってみましょう。

“上ノ国” というのはここの地名ですが、“もんじゅ” は、旧地名である 「文珠浜」 からとっています。

“文殊浜” の由来は、地元の漁師が漁に出て、船の上から前浜を眺めると、眼下の岩が 「文珠菩薩」 に似ていることなど、いくつかの説があるそうです。









1階にある物産販売コーナーは、平成21年6月にオープンしたとのことですから、6年前に来た時は無かったのだと思います。
広い、開放的な窓からの景色も抜群です。



1階はこの物産販売コーナーと情報コーナー、それに研修室、交流室などがあり、2階が “海のレストランもんじゅ” です。
このレストランのメニューである “てっくい(平目)天丼” が駅弁部門の銅賞に入っており、絶景とグルメの両方を兼ね備えた道の駅といえると思います。




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江差追分のふるさと!“江差”

次は20分ほどの距離で
道の駅江差 に到着しました。







江差町に和人が住み着くようになったのは、1189年に源義経が衣川で自刃した後、藤原泰衡の一族がこの地に上陸したのが始まりといわれており、北海道文化の発祥の地とも呼ばれています。

江戸時代から明治にかけて “ニシン漁” で栄え、北前船での交易により、人口も3万人を超えており、「江差の五月は江戸にも無い」 と唄われました。



江差の町には、当時の繁栄を物語る、国指定重要文化財 “旧中村家住宅” を始めとして、“横山家”、“旧関川家別荘” などいくつもの豪商の住宅跡が残されています。

また、この地図の左上、不思議な形をした “かもめ島” のそばに、“開陽丸” という船舶が停泊しています。

開陽丸は幕末にオランダで建造された幕府の軍艦ですが、明治元年江差沖で暴風雨にあって座礁、沈没しました。
オランダに残っていた設計原図を基に復元され、現在は “えさし海の駅” として、海底に沈んだ開陽丸から引き揚げられた遺物、約3000点が展示されています。



道の駅は、その江差の町をちょっと抜けたあたりの海岸沿いにあります。



すぐ裏側には浜辺があり、“繁次郎浜(しげじろうはま)” といいます。

江戸時代に実在した “江差の繁次郎” という 「トンチ」 の名人に由来するもので、彼は愉快なトンチで町中に笑いを振りまいた、庶民のアイドルだったといわれています。

浜には、繁次郎の像が立っているそうです。





そして道の駅の本体がこれです。
江戸時代の鰊場の雰囲気を再現した、ヒノキ造りの切妻屋根になっています。

二つの建物がありますが、左側の大きい方がトイレで、右のちっちゃいのが道の駅なのです。





一応道の駅の登録証は掲げてあり、入り口のところに道の駅のスタンプも置いてあります。



店内は数坪、といったところでしょうか?
まるでタバコ屋さんのようなこの道の駅、失礼だけどなぜこれが道の駅なのか、不思議な気がします。



これはトイレの建物ですが、こちらの方がうんと大きいのも面白いです。





6年前に来た時は、確かここで “江差追分” の曲が流れていたように思います。

“江差追分” は日本を代表する民謡の王様と呼ばれ、「民謡は江差追分に始まって江差追分に終わる」 ともいわれます。

追分節は江戸時代の頃から信州中山道で唄われた馬子唄が元になって全国各地に広まり、江差には “舟歌” として北前船で持ち込まれたと伝えられています。

それを江差の “座頭佐之市” という人物が、独特の音調をもつ江差追分に発展させたものです。

江差では毎年9月の第三金、土、日に “江差追分全国大会” が開催され、全国から選び抜かれた唄い手が結集し、自慢ののどを競い合います。




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メークイン発祥の地!“あっさぶ”

ずっと海岸線を走ってきましたが、ちょっとだけ内陸部に入って
道の駅あっさぶ にやってきました。





江差までは国道228号を走ってきましたが、途中右折して内陸部に入るとそこは国道227号です。
ここをまっすぐ走ると、函館市内に繋がります。







この道の駅全体はご覧のように、公園を併設した広い敷地です。
広すぎて見にくいを思いますので、左右2つに分けてみましょう。



ここが、今いる道の駅の本体のあるエリアです。
ここには、道の駅の本体の他に、“さわやかトイレ”“コミュニティセンター” があります。







写真の上から、道の駅本体、さわやかトイレ、コミュニティセンターの順番です。

道の駅本体は、尖った三角のような斬新な形をしていますが、地元で育てられた “ヒノキアスナロ材(ヒバ)” を使った、山小屋風です。



そしてその右手には、ご覧のように親水池や花壇、展望台を備えた広い公園があります。





“檜山郡厚沢部町” は人口は4200人ほどの農山村ですが、じゃがいもの “メークイン” の発祥地として知られています。

メークインは、ごつごつとした男爵イモと違い、楕円形のほっそりとした形をしていますが、大正14年に厚沢部町内にあった北海道庁桧山農事試作場で作られたのが日本で最初なのだそうです。
その後品種改良を重ね、現在のブランドが確立したものです。



そこでこの厚沢部町のキャラクターは、メークインをデザインした “おらいも君” です。(^∇^)



おらいも君は、道の駅のスタンプにも描かれているし、いろんなイベントでも活躍しています。
道の駅の玄関入り口にもおらいも君の家族がいますね!



では道の駅に入ってみます。







写真の左手にいるのは、日本ハムの選手たちですね!
我が、福岡ソフトバンクホークスのライバルです。(笑)

6年前をあまりよく覚えていないのですが、この “あっさぶ町物産センター” は、2013年9月にリニューアルされて今のようになったのだそうです。





壁や床のヒノキ材がとっても素敵だと思います。

休憩コーナーでは軽食も販売しています。
写真は撮っていないのですが、私たちはここでソフトクリームを味わいました。


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海抜40mからの眺め!“ルート229元和台”

再び日本海側の海岸線に戻り
道の駅ルート229元和台(げんなだい) に到着しました。







この道の駅の名前に、“ルート229” とあります。
先ほどまでは国道228号を走ってきたのですが、前回内陸部のあっさぶの道の駅へ曲がった三叉路を境に、“国道229号” となります。

国道229号はこの先、積丹半島を巡って、小樽まで続くのです。







ここは日本海を見下ろす海抜40mの位置にあります。
最後の写真に写っているように、“檜山道立自然公園” に指定された、とても見晴らしの良い場所です。

その風景を次の写真でご紹介しましょう。







眼下には、“元和台海浜公園” があり、そこには全国でも珍しい “海のプール” があります。
“海のプール” は、日本海をそのままカラーブロックでぐるりと囲んだ巨大ジャンボプールです。

最初、上の写真にあるブロックで囲まれた部分かな、と思っていましたが、ここには船が停泊しており、港のようです。

残念ながら写真にはちらっとしか写っていないのですが、この港のすぐ隣が、その海のプールです。


(資料としてHPより借用)

さて、道の駅で写真を撮って回っていると、町の職員という方が話しかけて来られました。
アンケートを実施しているということで、どこから来たのか、今日はどこからどこまで行くのか、道路や観光スポットの感想だとか、いろいろ聞かれました。

たまたまそばにおられた地元のおばさんが、私達が九州から来ていることを知って興味を示したのか、あれこれとこの地の自慢話を始められました。



先ほどの写真にもあった、港の向こう側に見える面白い形の岩のことを尋ねると、なんとかいう名前を言われたのだけど忘れてしまった!(^^;)

この岩のところで毎年お祭りがあるそうで、「ここを下りて、今から一緒に行ってみようよ!」という誘いを断るのに苦労しました。(^_^;)





道の駅自体はごくシンプルで、トイレと小さな売店があるだけです。







そして道の駅の裏側に回ってみると、そこは展望広場になっています。







この、広場の中心にあるオブジェですが、私はすっかり釣り針だと思っていたのですが、違うようです。
“潮笛” という名前がついており、「異国ダッタンを想う」 という副題がついています。





寛政7年(1795年)この地の漁師がコンブ漁の出漁中に嵐に遭い、ダッタン(現在の中国吉林省)に漂流し、2年後、北京、長崎の出島を経て苦難の末に故郷に戻ることができた。
その、強い望郷の念をこの作品に現しているのだそうです。

なぜそれが釣り針の形なのかは理解できませんが・・・・。(-_-;)

さて、いよいよ本日の予定もあと1カ所になりました。


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海水浴場のシャワー室!“てっくいランド大成”

次は国道229号を35kmほど北上し
道の駅てっくいランド大成 にやってきました。





ここ国道229号、通称 “追分ソーランライン” は以前にも紹介したように、日本海の荒々しい波で削られた “奇岩” の多いルートです。







走っていると、つい車を停めて眺めてみたくなる風景が続きます。
そんな中、特に目立つのがこの奇岩です。



これは、“親子熊岩” といいます。
左側の子熊が、母熊にすがっているように見えますね。

大昔、大嵐が続いて山の食料も無くなり、飢えた熊の親子が海岸までたどり着き、見つけた蟹を小熊に食べさせていました。
ところがふとした油断で小熊は海に転落し、母親は必死に子供を助けようとしますが、濡れた岩に足を滑らせ、親子ともども海中に沈んでしまいます。

一部始終を見ていた海の神様は、子を思う母熊の愛の深さに心を打たれて親子を救い上げ、愛の形をそのまま岩に変えてしまったのが、この親子熊岩なのだそうです。





“せたな町大成区” のこの場所から、まっすぐ西に海上を27km進んだところが “奥尻島” です。
奥尻島は1993年7月の大地震と大津波で甚大な被害がありましたね。


この地はかつて “にしん漁” で栄えた町で、このルートを “にしん街道” と呼びます。





当時は随分と賑やかだったようですね。

ところで、てっくいランドの “てっくい” というのはヒラメのことです。
ですから、この道の駅のキャラクターもヒラメの “てっ平くん”“ひららちゃん” です。





この道の駅の目の前は、海水浴場になっています。







一番下の写真に写っている写真は、“てっ平・ひらら交流館” といって、1階が地元食材を使った食堂、2階は海水浴客の休憩所になっています。
建物の壁に、こんな看板がありました。



海水浴客のシャワー室は、道の駅にあるのです。
ですから道の駅は、海水浴場と一体化しているともいえます。



この道の駅の配置図を見ても、シャワー室が大きなスペースを占めていますね。





逆に道の駅自体はごくシンプルで、建物の右端の部分が “観光案内所” で常駐の案内人の方がおられ、ごくわずかなお菓子などの商品が並んでいます。



あまりにも狭い部屋の中に、この日はなぜか外国語を話すお客さんがひしめいていたので、店内の写真は撮れませんでした。

さてこれで、3日目の今日の予定は回り終えました。
6年前に来た時はここから更に北上していくつかの道の駅を回ったのですが、今回はこれで終わりとし、今夜宿泊する “洞爺湖畔” に、ここから直行します。

国道229号をちょっとだけ戻り、国道277号に進路を変えて半島を横断し、噴火湾側にでます。
八雲ICから道央自動車道に乗り、虻田洞爺湖ICまで走ると、洞爺湖畔は間もなくです。

この日の宿である “洞爺湖畔亭” まで2時間15分かかり、ホテル到着は17時10分でした。

明日の4日目は、小樽までの道の駅を巡ります。

 



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漁港が隣接!“みなとま~れ寿都”

4日目に入り、最初に向かったのは
道の駅みなとま~れ寿都(すっつ) です。





洞爺湖畔のホテルを8時半に出発し、再び 「虻田洞爺湖IC」 から高速に乗って黒松内JCTまで走り、そこからは一般道です。

途中、“くろまつない” の道の駅の前を通りますが、これは次回の旅に組み込んでいるので素通りです。







丁度1時間かかって到着しました。

この道の駅がオープンしたのは2008年の4月ですから、6年前に来た時はオープン半年後でした。
その時は雨のなかで、写真も良く撮れなかった記憶があります。

ここは、“寿都(すっつ)漁港” がすぐ裏側にあります。





この地もかつてはニシンで栄えたようで、この標識がありました。



昨日の道の駅でも見かけた、“にしん街道” の標識です。

その手前にあるのは錆びた碇のようですが、当時使っていたものでしょうか?
この道の駅には、他にも古い漁具などが展示されています。



この船は、“保津船(ほつせん)” といって、大正から昭和初期にかけて実際にニシン漁に使われていた船なのだそうです。





建物はご覧のように斜めの土地に建っていますから、3階建ての2階部分が1階で、一番下はトイレだけの地階となっています。





再び道の駅の正面に戻ると、入り口の柱には古い写真と説明が貼ってあります。
北海道開拓時代の、建物や商店の看板のようです。

ニシン漁で栄えていた時代なのかもしれません。







この広い空間は “多目的スペース” になっていて、その一方が “物産コーナー” です。



広い窓からは漁港の様子が一望でき、なかなかの見晴らしです。
2階には “サークル活動室” が複数あり、地域のコミュニティセンターのような役割を果たしているのだと思います。


 

 


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100円ソフトを味わう!“よってけ!島牧”

国道229号を一旦30kmほど南下し
道の駅よってけ!島牧 にやってきました。







6年前にこの付近を回った時は、昨日の最後 “てっくいランド大成” から、この “よってけ!島牧” そして、“みなとま~れ寿都” “くろまつない” というルートを辿ったのですが、これだと時間がかかり過ぎます。

前回はホテル到着がかなり遅くなった反省から、今回はコースを変えたものです。





私達が到着したとき、ちょうどバイクの集団が出発して行きました。
この日は土曜日ですから、ツーリングの人たちも多いですね。





ご覧の “センターハウス” と、隣に “自然体験学習センター” があります。

ここ、“島牧村” は日本海に面していますが、少し山手に入ると、日本の滝100選に選ばれた “飛龍 賀老の滝” を始めとする、景勝地やキャンプ場などの自然に恵まれた土地なのです。

“飛龍 賀老の滝” には、松前藩の財宝が滝壺に隠されており、それを龍が守っているという伝説があります。





道の駅には、建物の左端の階段を上って入ります。
前回来た時は雨の中だったので、今回は随分印象が違います。









店内は明るくてゆったりしており、とても開放的です。
そしていろんなものが安いのです。

ここでは、ミニトマトと、ぶどうのパックを買いましたが、どちらも100円でした。
このぶどうは、このあと走りながら食べたのですが、残念ながらすっぱかった!(><;)

100円といえば、ここのソフトクリームも100円なんです。
もっとも、普通サイズは確か250円前後だったと思うけど、“ミニソフトクリーム” というのがあって、これが100円です。



ちょっと小さめではあるけど、私達にはこれで十分です。
右がバニラで、左がイチゴです。

これは旨かった!!





窓際の休憩コーナーにテーブルと椅子が並んでいて、ソフトクリームはそこで頂きました。
すぐ横に、先ほど紹介した “賀老の滝” の大きなパネルと、そこへの道順を書いたボードが置いてありました。

6年前来た時はあんまり印象に残っていなかったのですが、今回は何かすごく雰囲気の良い道の駅に思えました。


 

 


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世界の珍しい貝が揃う!“シェルプラザ・港”

国道229号を引き返し、今度は
道の駅シェルプラザ・港 にやってきました。





国道229号の今来た道を引き返し、1カ所目に来たみなとま~れ寿都の前を通過し、全部で1時間弱を走って、“シェルプラザ・港” に到着しました。

ここは、“蘭越町港町” という地名で、“シェルプラザ” というのは、ここが “貝” をテーマとした道の駅だからです。





国道229号沿いの、白一色の建物は目立ちます。
やはり、貝殻をイメージしているのだと思います。





“貝の館” という大きな看板がありました。
配置図を見ると、先ほどの真っ白の建物が “直売センター” で、もうひとつ道を挟んで、“憩いの広場” と“貝の館” があります。



これがその “貝の館” で、まさしく貝の形をしています。
館内は神秘的な海中をイメージしており、世界の珍しい貝など、1500種、5000点を展示しているのだそうです。

中を覗いてみたけど、有料だし誰もいない様子だったので、入りませんでした。







再び直売センターの方へ戻ってきました。
こちらの方は、結構お客さんが出入りしています。





入ってすぐのところはカウンターがあって、軽食のコーナーのようです。





海辺の道の駅なので海産物の加工食品が多いようです。
何故か、奥の方は照明が暗い感じがしました。

そしてこの道の駅の最大の特色はこちらです。





入り口付近に、世界の珍しい貝殻を販売しているコーナーがあります。
ほとんどが真っ白な貝で、でっかくて初めて見るような貝殻も多数並んでいました。

“貝” をテーマとした道の駅というのも、全国でここだけではないかと思います。



これは外にあった看板ですが、周辺の道の駅の位置を示しています。
この付近の他の道の駅にも同じように設置してありますが、これは分かり易いですね。

次は、ここを更に北上して “いわない” に向かいます。





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とっても小さな道の駅!“いわない”

国道229号を更に18km北上し
道の駅いわない へやってきました。







ここは積丹半島(しゃこたんはんとう)の付け根にあたります。
“岩内郡岩内町” は、人口が約1万4500人の漁業、農業を主力産業とした町です。

特に “アスパラガス” は日本での発祥の地になっています。
大正11年に農学博士の “下田喜久三” 氏がこの地で初めて栽培に成功し、それが全国に広まったのだそうで、アスパラは岩内を代表する特産品のひとつです。



ここは一般の道の駅のように、道の駅の敷地内に駐車場はありません。

何カ所かに分散してスペースがあるのですが、私は6年前に停めたところを覚えていたので、道の駅から2~300mほど離れた、“木田金次郎美術館” と兼用のパーキングに駐車しました。



この写真が “木田金次郎美術館” で、駐車場と道を挟んだ向かい側にあります。

“木田金次郎” という人物は、有島武郎の小説「生まれ出づる悩み」のモデルとなった岩内町出身の画家です。
網元の次男として生まれ、生涯この岩内を離れることもなく、漁師をしながらこの地の自然を描き続けました。

美術館は、長男である木田尚斌氏の設計により、1994年に開館しました。



道の駅は、そこから少し歩いたところにあります。
これは道路を挟んだ向かい側から撮った写真です。

ヨットをイメージしているそうで、確かにヨットが帆を張っているように見えますね。

ここは元国鉄岩内駅の跡地であり、道の駅や先ほどの美術館、それに岩内地方文化センターなどの付近一帯を “岩内マリンプラザ地区” といいます。





道の駅の壁に、こんな案内が貼ってありました。



このトイレは、先ほどの “木田金次郎美術館” の隣の公園の中にあります。



つまり、道の駅には専用の駐車場はおろか、トイレさえ無い、ということです。(^▽^;)



道の駅の玄関では、こんなキャラクターが迎えてくれました。
岩内のゆるキャラで、“たら丸” です。

岩内は、北海道におけるスケトウダラ延縄漁業発祥の地であり、その “タラ” から名付けられたものです。



このたら丸くん、「第1回ゆるキャラ日本一決定戦」 で全国準優勝を果たしたつわものです。







道の駅は正式名称を “ガイドセンターたら丸館” といいます。
どちらかというと、観光案内所がメインで、土産物なども並んでいます。

ですから、この施設自体としてはごく小さいのですが、各地への観光の拠点となるだけに、お客さんの出入りはとても多いです。

そして、もうひとつ今回楽しみにしていることがありました。
この道の駅をすこし先に行ったところに、おいしい食事処があるのです。





“焼き魚定食” がメインで、漁港らしく10種類ほどの魚から選ぶことができます。
前回食べたホッケの焼き魚定食をもう一度食べたくて、早速行ってみました。

でも・・・・
時間がちょうどお昼時で、人気店だけあって店内はぎっしりの満員、しかも待っている方がずらっと並んでいます。

迷った末、次の道の駅に期待することにして、併設された特産品販売所で買い物だけ済ませて出発することにしました。


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台風被害からの復活!“オスコイ!かもえない”

次に目指すのは積丹半島にある
道の駅オスコイ!かもえない です。







“神恵内(かもえない)” という地名は、アイヌ語で “美しき神秘な沢” という意味の “カムイナイ” が語源なのだそうです。
この神恵内村がどこにあるのかを再確認しておきましょう。



ご覧の通り積丹(しゃこたん)半島の日本海側になります。

この日本海沿岸の “追分ソーランライン” が荒々しい奇岩の続く海岸線であることは既に紹介しましたが、特にこの積丹半島にはいると更に絶景スポットが連続します。

残念ながら今回途中で車を停めることができず、あんまり良い写真がないので、パンフレットから1枚だけお借りしました。



(神恵内パンフレットから一部を切り抜き)

この青い海を特に、“シャコタンブルー” と呼びます。



この道の駅は実は、私は初めて訪れます。

2004年(平成16年)9月の台風18号でこの道の駅は壊滅的な被害を受け、一旦閉鎖されてしまったのです。
そしてリニューアルして再開したのが、2010年(平成22年)4月なのです。







道の駅は意外とシンプルでした。
そして、今まで何度も見た、“にしん街道” の標識も立っていました。

神恵内もやはり江戸時代からニシン漁が盛んで、本格的な村づくりが始まった明治時代に最盛期を迎え、繁栄の象徴ともいえる “ニシン御殿” が立ち並んだものです。

ですが大正元年に全道一の漁獲量を記録したのを境に水揚げは年々減少し、ニシン漁は衰退してしまいました。

現代の神恵内は、“育てる漁業”“観光業” を2本柱に村の活性化に取り組んでおられます。





道の駅の中に入ってみると、まず正面には観光案内を兼ねた、レジカウンターがあります。







店内はごくシンプルで、最大の特徴としては、この中央に置いてある “水槽” です。
この水槽には、神恵内が育てる漁業として取り組んでいる中のひとつである “ホタテ” が入っています。

それ以外の商品も多少は壁側に並んでいますがごくわずかで、店内の半分ほどはテーブルと椅子だけの休憩コーナーでした。

岩内の食事処でホッケの焼き魚定食を諦め、このかもえないのレストランに期待した私たちは、見事に裏切られてしまいました。

次の道の駅までは1時間以上かかります。
それまでお腹が持ちそうにないので、店内に唯一売っていた饅頭を買って、休憩コーナーでお昼ご飯代わりとしました。



次は、積丹半島を横断し、半島の反対側の付け根にある、“余市” を目指します。







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宇宙への夢を育む!“スペース・アップルよいち”

4日目の最後の目的地は
道の駅スペース・アップルよいち です。





前回来た時は積丹半島の先端をぐるっと回って余市に向かったのですが、今回は半島の真ん中を横断する最短距離をとりました。






正面の駐車場はいっぱいで、ガードマンの指示で裏の駐車場に回ったのですが、そこには本州ナンバーを始めとするキャンピングカーがいっぱい!

ワゴンタイプのものも含めると、20台以上は停まっていたと思います。
手ごろな大きさのカッコいいキャンピングカーもあって、しばらくうっとり!( ̄▽+ ̄*)





これが道の駅の施設の正面ですが、“余市宇宙記念館「スペース童夢」” といいます。
余市は、日本初の宇宙飛行士 “毛利衛” さんの出身地で、それに因んで宇宙に関する様々な学習体験のできる施設として作られました。

ここは第三セクターが運営していたのですが、残念ながら2008年(平成20年)12月で清算され、施設も一時休館になっていました。

その後、町営施設として規模を縮小し、季節営業で2010年4月に再開されたものです。





その宇宙記念館の裏側に回ると、そこが道の駅です。
こんな案内板もあります。



間違って宇宙記念館の方に入ってゆく方もいるのでしょうね!





館内はさすがに宇宙に関連するグッツや、科学のおもちゃなどが並んでいます。
上の写真にツナギのような服がぶら下がっていますが、これは “宇宙飛行士のユニホーム” です。

子供の夢が叶いそうな商品ばかりです。
そして、部屋の奥にはこんなものがあります。



“錯覚の部屋” と書いてあります。
無料なので早速入ってみます。



これがその中なのですが、要するに床も壁も傾いているのです。
無重力だともしかするとこんな気分なのかもしれませんが、先端の出口まで歩いてゆくだけで、目が回ったようになります。

気分悪いです!(笑)



再び外に出ると、隣にもう一つ建物があります。
ここは、普通の土産物店になっていました。

さて、先ほどの宇宙記念館の建物ですが、その壁に大きな看板がありました。





ひとつは、「スペースデブリ特別展」 の案内、そしてもう一つが、「連続テレビ小説マッサン」 の紹介です。

実はこの道の駅のすぐ隣が、“ニッカウヰスキー余市蒸溜所” なのです。
そして “マッサン” こと “竹鶴政孝” がニッカウヰスキーの創業者です。

“ニッカウヰスキー余市蒸溜所” は、無料で工場見学ができ、試飲などもあります。
この日はこの道の駅が最後で、あとは小樽市内のホテルに向かうだけです。

少し時間にも余裕があるので、工場見学をしてゆくことにしました。
そのお話は、次回紹介したいと思います。


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工場見学!“ニッカウヰスキー余市蒸溜所”

せっかく余市の道の駅に来たのだから、隣にある
ニッカウヰスキー余市蒸溜所 を見学することにしました。



道の駅はこの図の、右上のところにあります。

工場はすぐ隣ではあるのですが、なにせ全体が広いので、正門にある受付までは、国道229号をしばらく歩かなければなりません。



工場の壁が見えましたが、入り口はまだしばらく先です。

受付に到着し工場見学をしたい旨伝えると、まずパンフレットを頂きました。
中の写真を撮って良いか確認すると、「構いません」 との返事で一安心!

そして、「お車ですか?」 との質問に 「そうです」 と答えると、これを渡されます。



工場内には試飲の場所がありますから、これをこのように胸に貼り付けます。



当然飲んだりはしませんが、一目でわかってなかなか良いと思います。
でも、私の胸に貼っていたこのシールは、いつの間にか剥がれてなくなっていました。(^^;)







これらは、正門から入った入り口付近です。
工場見学は17時までですが、私たちが入ったのは確か16時前後だったと思います。

この日は土曜日ということもあるのでしょうが、見学の人たちの多さにびっくりしました。
やはり “連続テレビ小説 マッサン” の影響だと思います。

私はNHKの連続テレビ小説なんて今まで一度も見たことも無いし、“マッサン” という番組もここへ来て初めて知りました。



私がここを訪ねた日はまだ “マッサン” の放送は始まっていません。

ですから、余市宇宙記念館のまえには、このように “連続テレビ小説「マッサン」の初回を見る会” なる看板が立っていました。(笑)

ちなみに私は、折角ニッカウヰスキーの工場見学までした手前、この放送は毎日録画し、休日にまとめて見ています。
いや~!面白くて楽しみが増えました。(*^▽^*)



工場内部はご覧のようになっていて、工程順にこの番号に沿って見てゆきます。







3枚目の写真にある小さな建物は、ニッカウヰスキーの昔の事務所だそうです。
団体のお客さんの場合は、ちゃんと説明してくれる人がついています。

1934年、創業者竹鶴政孝は、北海道・余市をウヰスキーづくりの理想郷と考え、ここに蒸溜所を建設しました。
モルト原酒の熟成を待つ間、リンゴジュースの製造を手掛け、6年後の1940年10月になって、ついに第一号のウヰスキーが誕生するのです。

ですから、創業時の社名は “大日本果汁株式会社” であり、それを略して “ニッカ” という社名に発展したのです。





それぞれの建物の中では、実際の製造工程を見ることができ、歴史を紹介するパネルや器具を展示している部屋もあります。

途中には、マッサンと妻のリタが実際に暮らした自宅の建物も移設されていました。

見学の後半になって、“ウヰスキー博物館” があったので入ってみました。







ここはなかなかの見ごたえのある博物館で、一番奥には “有料” の試飲コーナーもありました。
博物館を出て更に奥へ進むと、“ニッカ会館” というのがあって、その2階が無料の試飲コーナーです。



これがその建物です。
何故か西洋人らしいお客さんもたくさんいます。

嫁は、自分だけ飲もうか?などと言っていましたが、元々ウヰスキーは飲めないはずです。

その隣にはレストランがあります。



更に一番奥に、売店があります。



売店に入ってみると、ウヰスキーはもとより、いろんな余市の特産品なども売っていてかなりの賑わいでした。
私達も、少しだけ土産を買って、見学を終えることにしました。





NHKの “マッサン” を見ておられる方はご存知と思いますが、「竹鶴政孝」 の実家は、広島県の竹原市にある造り酒屋です。

この町には、“道の駅たけはら” という道の駅があります。
3年ほど前にそこへ行ったとき、すぐそばにある “たけはら町並み保存地区” というのがあったので見学してきました。



その保存地区に今でも現存するこの造り酒屋が、、「竹鶴政孝」 の生家で、「ニッカウヰスキー創業者竹原政孝の実家」 であることが小さく書いてありました。

現在は、竹鶴酒造の “小笹屋酒の資料館” になっています


さて、再び道の駅に戻り、17時ちょうどに出発して小樽市内のホテルに向かいました。
この日の宿、“グランドパーク小樽” に着いたのが、17時45分でした。

明日はいよいよ最終日ですが、今回は帰りの飛行機の時間が早いので、2カ所だけ訪問して千歳空港に向かいます。



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羊蹄山の伏流水!“名水の郷きょうごく”

最終日になり、まず最初に向かったのは、
道の駅名水の郷きょうごく です。







今回の帰りの飛行機は、14:20の千歳空港発 福岡空港行きの直行便です。
申込みが遅かったので、それより後の便が取れなかったのです。

遅くとも1時間前までには空港に着きたいので、道の駅巡りはせいぜい午前中で終わらせなければなりません。

宿泊した小樽のホテルを7:40に出発し、1時間20分で “名水の郷きょうごく” に到着しました。





この、上の写真が道の駅の本体である、“名水プラザ” で、下の写真は “公園売店施設” です。

公園売店施設の写真の右手後方、樹木の間から山の山頂が見えると思います。
これが “羊蹄山” です。

この道の駅には、羊蹄山の伏流水が湧き出しており、それが “名水の郷” の由来です。
ここは、今回の旅で私が楽しみにしていた道の駅のひとつでもあるのです。

その湧水を紹介する前に、まず道の駅の本体に入ってみます。





到着したのは丁度9時だったのですが、この道の駅は8時からオープンしています。

ここには売店とレストランがあり、特に自慢の名水を使ったミネラルウオーター、コーヒー、コーヒーゼリー、それに “京極” の名のついた日本酒などが並んでいます。





さて、店内の見学はそこそこで切り上げて、楽しみにしていた “湧水” を見に行きました。



道の駅全体の配置はご覧の通りです。
二つの池が川で繋がっており、名水プラザのすぐ横に吊り橋がかかっていますので、まずこれを渡ります。



このつり橋の上からの景色がまず見事です。



そして吊り橋を渡った先にあったのは、これ!



これは大きな切り株ですが、トイレです。(笑)
ここから坂道を下りてゆくと、湧水の場所に至ります。

その途中の景色がこちらです。





この周辺を、“ふきだし公園” といって、日本庭園のような風情です。
そして、環境庁の名水百選に選ばれている、“羊蹄の吹き出し湧水” に到着!





ここではたくさんの人たちがポリタンクなどを持ち込んで水を汲んでいます。

羊蹄山に降った雨や雪が地下に染み込み、何十年かの年月を経て湧水となって湧き出たもので、その湧出量は毎日8トンにもなります。
8トンというと30万人の生活用水に匹敵し、日本でもトップクラスだそうです。

それに水温は通年を通じて6度、という冷たさです。





水汲み場のすぐ後ろに、滝のように湧水が流れ落ちてきます。
この景色をもう一度見たくて楽しみにしていたのですが、なんだかちょっと様子が変です!



そこには土嚢が積んであり、重機まで置いてあります。



しかも、柵があって中には入れなくなっていました。

以前来た時は、湧水の滝の正面に木橋があって、そこを散策しながら正面から苔むした湧水を眺めることができたのです。
その木橋を渡った先に階段がつくってあって、もとの道の駅の駐車場に戻れたのですが、これも無くなっていました。

何らかの事情で修復作業が行われていたのでしょうが、楽しみにしてきただけに、がっかりしました。



以前通ったのとは別の階段を上って道の駅の駐車場に戻りました。
その途中には、こんな風景もあります。



この小さなお地蔵さんは、湧水口から上ってくる通路沿いにもずっと並んでいました。
駐車場に出ると、そこは “公園売店施設” のところです。



ここには観光客相手の、土産物屋さんが並びます。





そして次々にやってくる観光バスからは、外国語を話す人たちがどっと下りてきます。
北海道のどこへ行っても、政治的にはうまくいっていないはずのあの国からの観光客が多いのに驚かされます。





駐車場の隣には広大な芝生公園があり、中央が噴水です。

肝心の湧水付近の工事が早く終わって、元の美しい景色が早く戻って欲しいと思いました。


 

 


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元祖1億円トイレ!“フォーレスト276大滝”

いよいよ今回の旅の最後の目的地となる
道の駅フォーレスト276大滝 にやってきました。







実はこの道の駅、私は過去何度も立ち寄ったことのある馴染みの場所なのです。
まだ道の駅になる前、ドライブインだったのですが、冬場にニセコ方面やルスツ方面に行くとき、バスは必ずここでトイレ休憩していたのです。

そして道の駅巡りを始めてからの6年前も、勿論来ています。



この看板は、今回撮ったものです。
6年前の写真を見直してみると、作り替えられているのが分りました。



写真がボケているので見ずらいと思いますが、“1億円トイレ” と書いてありますね。

ここはドライブイン時代の、20年前から “1億円トイレ” を目玉にしてきたのです。
道の駅の1億円トイレといえば、今でこそ 福岡県の “おおとう桜街道” それに秋田県の “ふたつい” が有名ですが、歴史からいえばここ “フォーレスト276大滝” が元祖ということになります。(^∇^)

今回、そのトイレの写真を撮ってきました。





これはトイレの入り口にある、自動演奏のグランドピアノです。

横にいたお母さんが、子供に 「ほら、女の人がピアノを弾いているでしょう!これは正直な人しか見えないのよ!」 と話していました。
子供は妙に納得した顔をしていました。(笑)

女性用のトイレには、パウダースペースやテーブルなどがあり、ベビーベットも備わっているそうです。
男性用のトイレの写真が一応あるのですが、これは今では普通の、とりたてて立派でもありません。

でも、20年前に作った時は多分画期的だったのでしょう。
「1億円トイレ」 の看板をなくしたのも、年月が経ちすぎたからかもしれませんね。





“世界最大ログハウスの里” と書いてあります。
この写真に写っている部分は全体の左半分で、全部 “レンタル催事場” の建物です。





この2枚の写真は右半分で、道の駅の本体になります。
それらのすべてがログハウスなのです。





道の駅の全体、並びに道の駅部分の拡大を、HPからお借りしました。
随分大きいことがわかりますね。

では、店内に入ってみましょう。





ここは場所が良いこともあってか、常に人であふれています。







この3枚は、1階の売店付近です。
生鮮食品を始めとする食材などが中心です。



この奥がレストランです。
確か “キノコ汁” が昔1杯100円で売っていて食べた記憶がありますが、今もやっているかどうかは分かりません。

そして中央の階段を上った先に民芸品などの売り場があり、その先が先ほどの1億円トイレです。



ここにはアイヌの民族衣装を始めとするさまざまな民芸品があり、見て回るだけでも楽しいです。

“大滝村” は明治13年、青森県から移住した 「永井五郎兵衛」 がここに居を構え、最初に開拓を行ったと伝えられています。

日本有数の豪雪地帯であり、厳しい環境の中、キノコ栽培に代表される農業と、その地名の由来となった“大滝” を始めとするいくつもの滝などの大自然、それに四季折々の美しさが楽しめる温泉郷があり、観光の町としても発展してきました。

北海道にはそれぞれの地域に開拓の歴史があることも、素晴らしさの由縁だと思います。


さて、これで今回予定した、すべての道の駅を回り終えました。
道の駅の数が26カ所、全走行距離は1299kmでした。

1か月後、今回訪問しなかったこの付近の道の駅と、あとは十勝方面を巡ります。
次回からは、その報告を始めます。