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『心配するなよ。僕は別に君を粉々にするために一緒に来たんじゃない。
君のポケットにあるものを預かりに来たんだ。』

 

「ポケット?」

 

『そう、そのポケットの中。』

 

黒い杖で私の方を指す。
私は急いで白い服を触って確かめる。
すると左のポケットに手のひらくらいの大きさのカプセルが入っていた。

 

「これのこと?」

 

ポケットから取り出してそっと振ってみる。
中にガラスのビー玉のようなものがひとつだけ入っていた。

 

『そう、そいつだ。それを取りに来たんだ。
本当は君まで連れてくるつもりじゃなかったんだけど、無理矢理取ってくる訳にもいかなくてさ。』

 

差し出された彼の手に渡そうとすると、中のビー玉は磁石のように私の手のひらにくっついてくる。
下向きに手を離しても落ちてこない。

 

『ほらね。』

 

と言って、彼はすぐに手を引っ込めた。
不思議なビー玉は私の手の中が気に入ったようで、私もポケットにしまわずにそのまま両手で包みこんだ。

 

『仕方ないからこのまま一緒に工場までおいで。
特別に中を見せてあげるから。
だけど、中の魂には絶対触っちゃ駄目だよ。』

 

「うん。」


舟は抜け殻達の脇を抜けて、少し丘を登る。
丘を越えて坂を下り始めると、目の前に大きなドームが見えた。
サーカスのテントや、メリーゴーランドのような楽しげな外観。
さっきまでの、あのアトラクションのような不安は感じなかった。
舟はそのまま音もなくゆっくりとドームの中へ入っていく。

 

『ここが工場だよ。
一番真ん中が材料の砂。それを水で練って丁寧に形を作るんだ。
あとはこのドームをゆっくり1周する頃には太陽の熱で膨らんで完成する。
本当にゆっくりだから、完成するまでに1年くらいかかるけどね。』

 

説明を聞きながら、工場の上から全体を見渡す。
真ん中に集まる砂はドームの一番上から少しずつさらさらと落ちてくる。
この肌理の細かい粒子の中には、多分さっき見た壊れた魂を砕いたものも混じっているのだろう。
落ちてきた砂は裾のところで水と混じって小さな球になり、ドームの側面へと転がりながら一列に並ぶ。
ドームの渕には螺旋階段の様に球の通り道が作られ、

上に行けばいくほど、少しずつ大きな球体に育っている。
舟のすぐ近くにもそのレーンが通されていて、完成に近い美しい魂が間近に見える。

 

「きれい。真っ白ですべすべ。陶器みたいね。」

 

『生まれたてはみんな真っ白なんだ。
完成したら、それぞれの場所へ運んでいくんだよ。』

 

「それぞれの場所?」

 

彼は答えず、代わりにゆっくり笑った。


『さあ、こっちへおいで。』

 

私の両手の中のビー玉にもう一度手を差し出す。
すると今度はゆっくりと彼の手の中に吸い付いていった。
外側のカプセルを黒い杖で叩くと、シャボン玉のように簡単に割れて消えてしまった。
小さなビー玉だけが、彼の手に残った。

 

「どうするの?」

 

『もう一度焼き直すんだ。
こいつはヒビも傷も入ってないからね、もう一年じっくり焼いたらまた元通りだ。』

 

「小さいけどその子も魂だったのね。わからなかった。」

 

『時々こうやってしぼんで戻ってきてしまうんだ。
でも大丈夫、みんなこうやって元に戻るから。心配しなくていいよ。』

 

そう言って、そっとその小さな魂を舟の下へ落とす。
小さな魂はゆっくりと落下して、細い列の一番後ろへ行儀良く並んだ。

 

『これでいい。君も早く戻らないとね。ベッドまで連れて行ってあげるから。』

 

そう言って、彼はすぐに舟を進めた。


私は返事もせずに見えなくなるまでずっとさっきの魂が並んでいるのを目で追った。


他の魂よりもずいぶん小さいその姿は、ゆらゆらと列を乱しながら少しずつ前へ進んでいく。
私はとても心配になった。


「あんなに小さくて大丈夫かしら。レーンから落ちて割れたりしない?」

 

『大丈夫だよ。僕がずっと見張ってるから。
それにあいつは君が気に入ってるみたいだから、君が呼ぶまで取っておくよ。』

 

私があの小さな魂を呼ぶ?

 

 

 

 

 

 

 

 


ああ、そうか。


あの魂は私がしぼませてしまったのだ。


10

 目を覚ましたのはもうすっかり夕方になってからだった。
麻酔が効いていてぼんやりしている私の部屋には、心配そうな彼と母が来ていた。
一人で大丈夫だから、と言ったのに。

 

「ずいぶん眠ってたから心配したよ。気分はどう?」

 

彼が私に声をかけると、母は気を使って部屋を出た。

 

「ありがとう。大丈夫。」

 

私は神経を澄まして体に違和感がないか確かめる。
右腕にはまだ点滴がついている。
それからとても喉が渇いている。
そして、生理痛のような痛みが体の真ん中にあるのを感じた。


同時にさっきの小さなビー玉のことを思い出した。

 

ああ、そうか。
あの魂はここにいたんだ。
私があんなに小さくしぼませてしまったのだ。
それでも私の手から離れたくない、としがみついていたのだ。

 

急に涙が溢れて止まらなくなった。
子供のようにぐしゃぐしゃに泣きじゃくった。
彼も母も、私が今まで強がっていたのだと思ったことだろう。
でも、そんなんじゃない。

 

 

私はただ、あの小さなビー玉をなくして淋しかった。

 

 

 


 fin.


この本の内容は以上です。


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