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 気がつくと白い箱の中にいた。
硬くもなく、冷たくもなく、四角いような、丸みを帯びたような、捉えにくい形の箱。
ただ私を入れて音もなくゆっくりと進む。
辺り一面が雲の様に、柔らかく白い世界。
私を乗せた箱はまっすぐ進んだり、ゆるい円を描いたり、時々不自然なカーブで曲がったり、

なんだか同じ場所を何周もしている感覚だ。
子供の時に乗せられた、たくさんの人形が踊るのを観て回るアトラクションを思い出す。


あのドームの中の湿気の匂い。


カラフルだけど少し古びた色彩。


焦点の合わない人形の表情。


無意味に水の上を走る行為そのもの。


何から何まで私を意味もなく不安にさせる、あの場所の感覚。
急に前だけ見ているのが怖くなって、後ろを振り返った。
すると今まで気が付かなかったが、そこにはもう一人いたのだ。

 

『こんにちは。』

 

その人は目が合った私にゆっくりとおじぎをした。

 

「こんにちは。いつからそこにいたの?」

 

『ずっとだよ。君が乗る前から。』

 

「ずっと?」

 

『そう。僕はずっとこの舟で見張りをしているんだ。
工場がきちんと動いているか、壊れた奴らが逃げ出さないか、ね。』

 


そう言って、彼は持っていた黒い杖で舟の右前を指した。
白いだけの景色は、本当に霧がかかっていて何も見えないが、
杖の先に目を凝らすと霧の奥に何か小さな影が見えた。
舟はコースを外れて、まっすぐ杖の方向へ近づいていく。
無数の細長い影がだんだんと形をはっきりとさせていく。


森を抜けたように突然霧が晴れた。
すると影にしか見えなかったものがはっきりと見えてきた。
細長く見えていた無数の影。
それは私と同じ白い服を着たひとだった。

 

「あれはここに住んでいる人達なの?」

 

みんな穏かそうに微笑んでいる。
ここが本当に雲の上ならば、あれはきっと天使なのだろう。

 

『ヒトなんてとんでもない。あれは壊れて使えなくなった抜け殻だよ。
生きてる間に大事な魂を壊しちゃったから、死んだ後もそのままリサイクルできやしない。
だからここに集めて、魂を作る工場で粉々にしてから使うんだ。』

 

魂を壊した、ヒト。


そういえば小さい頃、おばあちゃんが入院していた病院でこういう人達を見たことがある。
事故やショックで自分がわからなくなっちゃったのよ、と母は言った。
なんだか急に穏かな微笑が不気味に思えた。


「粉々にするの?」

 

『そうさ、元の砂に戻してやるんだ。
それを工場でもう一度練り直して、新しい魂をつくる。
それが正常に出来ているか見張るのが僕の仕事さ。』

 

「動物の抜け殻はいないのね。」

 

『そうだね、君達ヒト以外はもっと魂を上手に使うからね。
滅多なことじゃ壊したりはしないよ。』

 

「だとしたら、動物達は生まれ変わってもヒトにはなりたくないでしょうね。」

 

私達は自分達が思っている以上に哀れな生き物なのだろう。


ヒトが生態系の頂点なのではなく、

他の生命から疎まれて生命の連鎖からはじき出されてしまっているのかも知れない。

 

「私の魂もいつか壊れちゃうの?」

 

『さあ、わからない。大事にしてなきゃ壊れるかもね。』

 

「…」


『心配するなよ。僕は別に君を粉々にするために一緒に来たんじゃない。
君のポケットにあるものを預かりに来たんだ。』

 

「ポケット?」

 

『そう、そのポケットの中。』

 

黒い杖で私の方を指す。
私は急いで白い服を触って確かめる。
すると左のポケットに手のひらくらいの大きさのカプセルが入っていた。

 

「これのこと?」

 

ポケットから取り出してそっと振ってみる。
中にガラスのビー玉のようなものがひとつだけ入っていた。

 

『そう、そいつだ。それを取りに来たんだ。
本当は君まで連れてくるつもりじゃなかったんだけど、無理矢理取ってくる訳にもいかなくてさ。』

 

差し出された彼の手に渡そうとすると、中のビー玉は磁石のように私の手のひらにくっついてくる。
下向きに手を離しても落ちてこない。

 

『ほらね。』

 

と言って、彼はすぐに手を引っ込めた。
不思議なビー玉は私の手の中が気に入ったようで、私もポケットにしまわずにそのまま両手で包みこんだ。

 

『仕方ないからこのまま一緒に工場までおいで。
特別に中を見せてあげるから。
だけど、中の魂には絶対触っちゃ駄目だよ。』

 

「うん。」


舟は抜け殻達の脇を抜けて、少し丘を登る。
丘を越えて坂を下り始めると、目の前に大きなドームが見えた。
サーカスのテントや、メリーゴーランドのような楽しげな外観。
さっきまでの、あのアトラクションのような不安は感じなかった。
舟はそのまま音もなくゆっくりとドームの中へ入っていく。

 

『ここが工場だよ。
一番真ん中が材料の砂。それを水で練って丁寧に形を作るんだ。
あとはこのドームをゆっくり1周する頃には太陽の熱で膨らんで完成する。
本当にゆっくりだから、完成するまでに1年くらいかかるけどね。』

 

説明を聞きながら、工場の上から全体を見渡す。
真ん中に集まる砂はドームの一番上から少しずつさらさらと落ちてくる。
この肌理の細かい粒子の中には、多分さっき見た壊れた魂を砕いたものも混じっているのだろう。
落ちてきた砂は裾のところで水と混じって小さな球になり、ドームの側面へと転がりながら一列に並ぶ。
ドームの渕には螺旋階段の様に球の通り道が作られ、

上に行けばいくほど、少しずつ大きな球体に育っている。
舟のすぐ近くにもそのレーンが通されていて、完成に近い美しい魂が間近に見える。

 

「きれい。真っ白ですべすべ。陶器みたいね。」

 

『生まれたてはみんな真っ白なんだ。
完成したら、それぞれの場所へ運んでいくんだよ。』

 

「それぞれの場所?」

 

彼は答えず、代わりにゆっくり笑った。



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