閉じる


<<最初から読む

13 / 23ページ

鬼どうし 
 

どこから手をつけたものか
ぼくは躯をくしやりと折って待った
爪のあいだからにじむ汗で
輝くばかりに待った
やがて ぼくはひとつかみの
塩になるかもしれない
しわだらけのまま
ぼんやり花ひらく あわててまた
くしゃりと躯を折った
堂々めぐりのあいつののぞみが
どうころんでも果たせる類のものなら
ぼくはあれきり
息をふきかえさずともよかった
そのくせあいつを想いだしては

あいつをまねてころげまわり
左にまわっては
ところてんをぶちまけ
右にまわっては
庖丁を手にした
おもいえがいた円が
目をまわすほどに臭い脚を組んで
ぼくはつぶやく
鶏にでもくれるように
ありあまる恨みごとをバラバラッと
撒きにきたらどうだ
石ころのように突きあげる
赤の他人の照れくささを
いっそぶつけにきたらどうだ
塩分でしかないおれの
どこから舐めてかかろうと 手をつけたがさいご
それはおまえの自由を唾棄することだ
鬼なら鬼らしく
帰って来い

センチメンタル・ネギ 
 

葱は泣いた
固唾をのんでひとが出ていく
不祝儀な夜の廂から
いきなりくすぐったい話の
ひげをさらして
葱は泣いた
泣きながら ぴしりと伸びた
まっさおな空洞を
葱は呪った
鳴咽だけが引返してくる空洞を継いで
あなたにもゆくりなく
鼻につんとくる夜は
台所はなんと
陰湿な塔となり
はるかに聾え立っていることだろう
だれかがまた固唾をのみ
あなたがこらえきれず笑いをもらすところに
杭がうたれ
鞭が霧をくゆらせてい
葱は泣いた
月がかかるのど笛を刺して
葱は泣いた
血と 土を吐きもどし
すこししびれた葉末をふるわせ
もはや何者にも朝を告げぬ
生坂にすがって
泣きじゃくった
冗談だったあれから
鳥肌立ったままの凄惨な風呂あがり
他人のあなたに
葱はふかくきざまれたか

一家皆殺し 
 

台所の灯はしなびて
レモンのようになまあたたかく
おれはほそくちぎった
地図の一点でながいこと見あげていた
あれへ行きつく階段は
たんねんに洗ったすね毛の濃い
あしをかける煮えたった階段はどこだろう
おれはすばやく歩き めざす一家を
とりちがえるはずもなく
平均台のような地上をひきかえす
台所の人影には
あの日おれの怒りをかった頭部がない
あいつをうつむかせたきりの料理
こんどはだれとの悲惨な晩餐だ
レモンの内部のもっとも輝かしい夜に
朝までは待てぬおれを見透かしたか
地図の上の気狂いじみた一点に
虫ピンをたて さらにつよく突刺してくる
台所の灯はしなび
ついにかき消えた下で
おれはうろたえ はずかしい気がした
まだ刃をひらかずにいた果物ナイフが

銭湯 
 

おれの人生の唯一で贅沢な悦びは
週一回の休日 午後三時に
一番乗りで銭湯にはいること
がらんとした脱衣場で
ちゃちな怒りや悲しみを脱ぎ捨て
純粋な蛋白質にかえる
じょう舌な湯気を黙らせにさっそうと
湯につかっては分解しそうなのをこらえてじっと
傾きかけた陽が
膨大な曇りガラスをおびやかして
ずばぬけた明るさ
湯と石鹸と午後の時間を存分に浪費し
ありふれたからだを磨く
陶工のようにきちょうめんに
馬喰のようにあらあらしく
鏡のなかには なかなかの男前がいて
眉をうごかしたり めつきを鋭くしたり
コブシをきかした唄もでる
おれの人生の唯一で贅沢な悦びがきわまり
ふたたびちゃちな怒りや悲しみを身につけて
まっさきにおもてへ出る
だれもがまぶしげに見る
赤みがさした顔に それでも苦汁のしみが甦るまでに
たっぷり二時間はある


読者登録

ワニ・プロダクションさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について