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豚のためのミサ曲 
 

豚が空を飛べるようになるまで
愛していさえすれば豚も
大根ほどには痩せるだろうし
神だか鬼だか痩せた欲望に
翼を授けるだろう
大地を走りつづける駝鳥は
はてしなく豚だが
孔雀さえ見かけだおしの
尾のむこうで豚だが
豚が耳を落とし
鼻をつめる分厚いまないたをこそ
畏れねばならぬ
教区にミサがながれ
晴れた屋根の上の豚
風の藤棚にひそむ豚が
風切を繰り 飛び立つ午前に
式を挙げよう (せめて指環のための
指はのこりますように)
どぶ泥をどよもす鐘が打たれ
魚肥にまみれる初夜
あすはだれに抱かれようとも
距爪けづめのはしった肌をかくし
豚のいない大まじめな空をスジと
皮になるまで見ている
花嫁よ
あれほど信仰された豚が
たんぽぽと飛び去っていま
だれの冷凍室に吊るされているか

手料理 
 

おれの想う肉に
水がたまるまで
おれの一挙手一投足に
みずごけがはりつくまで
そしておれの休息を
魚どもが喰いつくすまで
 
きみはあの湖をしめだそうとした森の
はるかな怨念のような炭火を
にらみつけていなさい
 
おれたちのぶっきらぼうな
虚無の金網を熱くしておきなさい
死臭がたちこめたら
言いたいことがまとまったら
湖に面した窓をあけなさい
 
生きているきみがなしうることは
そこまでだ
 
ふりかえった金網のうえで
裏がえされたもの
それはおれの掌のようなもの
きみの鼻と口とを同時にふさぐもの

コップ破り 
 

コップ破りの
鍋釜泣かせの
どら水が
コップ破りの
ウサギ殺しの
痩せ水が
水血症の思惑の突堤で
毛皮を着けて立ちどまる
氷柱つららの愛ののどがひらく
陽がのぼる
とけるコップ破りの
弱視の
ひね水が
大腸菌とぼうふらと

泳ぐ爪とかたむくほほと
あふれるおそれに
みずからに喰いさがった吃水線よ
コップ破りがしみわたる
大火の暗がり
涙ぐんだあの眼を屈折し
ふたたびコップに舞いもどる
くせ水が
 
これをしおに
 花でもさしてくれようか

おわり岬 
 

去り行く岬に
友よ といいかけて
火の歯を鳴らし
風のうでをはげしくまわす
おれたちは出会わなかった
そう信じこむまでに
ひとつの漁村が砂に埋もれ
さかなくさい樽はころげまわった
愛よ といいかけて
身にあまるとまどいのうちに
海をうしなったふね
ふねをうしなったながい曳航の夜
ここ さみしく暗鬼がうろつく
おれの岬
そこからさきはきみの
海鳴り きみのカモメのむれ
だからいまはまわせ風のうでを
二度と抱きとめられぬために
そして見届けるのだ
ゆがんだ地形を照らして
燃えあがる顔を
きみ自身の顔を

この本の内容は以上です。


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