閉じる


<<最初から読む

18 / 23ページ

火の手 
 

動物園のオリのなかで
あるいは荒野で
背からずぶずぶ沈んでしまいそうな
へんに弾力性のある夜の岩にしゃがみ
おれこそ未来に生きのびる
たった一頭の気がして
 
はるかに火をつけ
つけられるやつ
人類のおもいでよりも
高く 清潔な火の手をあげて帰ってくるやつ
その火をかぞえ おれの目は
うるんだ砦
砦を越えておれを抱きしめた火よ
それきり夜の岩をはなれなかったのは
火を交わらせぬため
火と火のあいだの闇を行く
最後のたましいのため
岩があり ふたしかな
岩のうえにかろうじておれがいて
 
おれはまたもゆすぶられる
荒野で
オリのなかの蒸れた片隅で
つめたい手によって

豚のためのミサ曲 
 

豚が空を飛べるようになるまで
愛していさえすれば豚も
大根ほどには痩せるだろうし
神だか鬼だか痩せた欲望に
翼を授けるだろう
大地を走りつづける駝鳥は
はてしなく豚だが
孔雀さえ見かけだおしの
尾のむこうで豚だが
豚が耳を落とし
鼻をつめる分厚いまないたをこそ
畏れねばならぬ
教区にミサがながれ
晴れた屋根の上の豚
風の藤棚にひそむ豚が
風切を繰り 飛び立つ午前に
式を挙げよう (せめて指環のための
指はのこりますように)
どぶ泥をどよもす鐘が打たれ
魚肥にまみれる初夜
あすはだれに抱かれようとも
距爪けづめのはしった肌をかくし
豚のいない大まじめな空をスジと
皮になるまで見ている
花嫁よ
あれほど信仰された豚が
たんぽぽと飛び去っていま
だれの冷凍室に吊るされているか

手料理 
 

おれの想う肉に
水がたまるまで
おれの一挙手一投足に
みずごけがはりつくまで
そしておれの休息を
魚どもが喰いつくすまで
 
きみはあの湖をしめだそうとした森の
はるかな怨念のような炭火を
にらみつけていなさい
 
おれたちのぶっきらぼうな
虚無の金網を熱くしておきなさい
死臭がたちこめたら
言いたいことがまとまったら
湖に面した窓をあけなさい
 
生きているきみがなしうることは
そこまでだ
 
ふりかえった金網のうえで
裏がえされたもの
それはおれの掌のようなもの
きみの鼻と口とを同時にふさぐもの

コップ破り 
 

コップ破りの
鍋釜泣かせの
どら水が
コップ破りの
ウサギ殺しの
痩せ水が
水血症の思惑の突堤で
毛皮を着けて立ちどまる
氷柱つららの愛ののどがひらく
陽がのぼる
とけるコップ破りの
弱視の
ひね水が
大腸菌とぼうふらと

泳ぐ爪とかたむくほほと
あふれるおそれに
みずからに喰いさがった吃水線よ
コップ破りがしみわたる
大火の暗がり
涙ぐんだあの眼を屈折し
ふたたびコップに舞いもどる
くせ水が
 
これをしおに
 花でもさしてくれようか


読者登録

ワニ・プロダクションさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について